伝書フクロウが学院から届いた。モンモランシーからだ。
ルイズに報告終了。
さぼりはコルベール経由で学院長に通達。公欠にはならず。
また、コルベールには興味深いものを見せるとも通達完了。
メイドの方は追って学院から通達があるまで休暇せよとのこと。
と書いてあった。
追伸、ロングビルが緊急の用事があるとのこと。早く帰ってきて。ルイズの相手は……。
そこまで書かれていて後はぐちゃぐちゃに塗りつぶされていた。
はて、緊急の用事とはなんぞや?
ゼロ戦の運搬はギーシュが親のコネを使った。学院の中庭について運送代を聞いたときはビビった。
払えねーよ。
救世主はいた。
「きみ! こ、これはなんだね? よければ私に説明してくれないかね?」
ゼロ戦を地面に下ろす作業を見守っていた俺は、コルベールを見てにやりとわらった
「よかった。これが見せたかった興味深いものですよ」
「おおこれが!」
SIDE:コルベール
当年とって四十二歳。私の生きがいは研究と発明である。
学院の広場に現れてたものを研究室の窓から見つけて慌てて駆けつけたのである。
サイトくんを見つけて私は驚愕した。
なんと、彼が見せたかったものとはこのことだったのだ。
疑問が湧いてくる。いったい、この平民の少年は何者なんだろう?
あの日、ミス・ヴァリエールに召喚された、伝説の使い魔『ガンダールヴ』。ロバ・アル・カリイエの生まれで、コルベールの発明品を『素晴らしい』と唯一言ってくれた人物……。
「これは『ひこうき』っていうんです。俺たちの世界じゃ、普通に飛んでる」
「これが飛ぶのか! はあ! 素晴らしい!」
知的好奇心を抑えられず物体を観察する。
「ほう! もしかしてこれが翼かね! 羽ばたくようにはできておらんな! さて、この風車はなんだね?」
「プロペラです。これを回転させて、前に進むんです」
彼が答える。なんと! ほうほう、なるほど。考えついたことを述べてみる。私の手が勝手に震えるのがわかる。
「なるほど! これを回転させて、風の力を発生させるわけか! なるほどよくできておる! では、さっそく飛ばせてみせてくれんかね! ほれ! もう好奇心で手が震えておる!」
彼は困った顔をした。
「あー、実は、そのプロペラを回すためには、ガソリンが必要なんですよ」
「ガソリンとは、なんだね?」
「それを今から先生に相談しようと思ってたんですよ。ほらこの前、先生が授業でやっていた、発明品があるでしょ?」
「愉快なヘビくんのことかね?」
「そうです! あれを動かすために、油を気化させていたでしょう?」
「あの油が必要なのか! なんの! お安い御用だ!」
「いや、あれじゃ、ダメです。ガソリンじゃなきゃ」
「がそりん? ふむ……、油にもいろいろあるからのう」
そんな話をしていると彼に近寄る人物がいた。
「取り込み中のところ、悪いのだが、あの方たちに運び賃を払わないと……」
「あいつらだって、貴族だろうが。平民のためにただ働きしろよ」
「きみ。軍人は、貧乏なんだよ」
「しらんね。金ならギーシュの親に払ってもらえ。今の俺じゃ支払い無理だ。足りん」
私は彼に笑いかける。
「私でよければ運び賃を立て替えよう」
SIDE:サイト・ヒラガ
ハゲの頭がひかる。今だけ神々しく見えた。
しかしボロい掘っ立て小屋だ。
「初めは、自分の居室で研究をしておったのだが、なに、研究に騒音と異臭はつきものでな。すぐに隣室の連中から苦情が入った」
俺は何も聞いちゃいなかったが、勝手に話していた。
小屋のなかは理科室をゴチャ混ぜにしたような感じだ。せめて換気くらしろ。くせー。
「なあに、臭いはすぐに慣れる。しかし、ご婦人方には慣れるということはないらしく、この通り私は独身である」
いや、聞いてない。ハゲはガソリンを入れたつぼの臭いを嗅いでいた。
『固定化』のおかげで化学変化はおきていないらしい。
『固定化』便利すぎだろ。
「ふむ……、嗅いだことない臭いだ。温めなくてもこのような臭いを発するとは……、随分と気化しやすいのだな。これは、爆発したときの力は相当なものだろう」
さすが天才。わかってらっしゃる。
なにやらメモを取っている。
「これと同じ油を作れば、あの『ひこうき』とやらは飛ぶのだな?」
俺は頷いた。
「たぶん壊れてないと思うので飛ぶと思います」
「おもしろい! 調合は大変だが、やってみよう!」
ハゲはブツブツ言いながら徐々にテンションが上がって騒ぎながら色々と動いていた。
「きみは、サイトくんとか言ったかね?」
名前くらい覚えて欲しいものだと思いながら俺は頷いた。
「きみの故郷では、あれが普通に飛んでおると言ったな? エルフの治める東方の地は、なるほどすべての技術がハルケギニアのそれを上回っているようだな」
ガソリンの調合、運賃の支払い。俺の真実を伝えるからチャラにしてね。
「先生、実は、俺は、この世界の人間じゃないんです。俺も、その飛行機も、いつだったかフーケの盗んだ『破壊の杖』も……、ここじゃない、別の世界からやってきたんです」
ハゲがピタリと止まった。
「なんと言ったね?」
「別の世界から来たと言ったんですよ」
並行世界うんぬんは説明無理。そう思ってると俺をマジマジと見るハゲ。
「なるほど」
「あんまり驚かないんですね」
「そりゃあ、驚いたさ。でも、そうかもしれぬ。きみの言動、行動、すべてがハルケギニアの常識とはかけ離れている。ふむ、ますますおもしろい」
「先生は、変わった人ですね」
色んな意味で。
「私は、変わり者だ、変人だ、などと呼ばれることが多くてな、未だに嫁さえこない。しかし、私には信念があるのだ」
「信念?」
「そうだ。ハルケギニアの貴族は、魔法をただの道具……、何も考えずに使っている箒のような、使い勝手のよい道具ぐらいにしかとらえておらぬ。私はそうは思わない。魔法は使いようで顔色を変える。従って伝統にこだわらず、様々な使い方を試みるべきだ」
素晴らしい考えだ。マジもんの天才はよく変人扱いされるがそれは時代が追いついていないだけだ。
「きみを見ていると、ますますその信念が固く、強くなるぞ。ふむ、異世界とな! ハルケギニアの理だけがすべての理ではないのだな! おもしろい! なんとも興味深いことではないか! 私はそれを見たい。新たな発見があるだろう! 私の魔法の研究に、新たな一ページを付け加えてくれるだろう! だからサイトくん。困ったことがあったら、なんでも私に相談したまえ。この炎蛇のコルベール、いつでも力になるぞ」
「それはどうも、先生はまさに天才ですよ」
アウストリの広場に置かれたゼロ戦の操縦席に座って、俺は各部を点検していた。
操縦桿を握ったり、スイッチに触れるたびに左手のルーンが光る。そのたびに頭の中に流れ込んでくる情報が、各部の状況を教えてくれるのだ。
「ふむ、なるほど」
こ、こいつ、生きてる!
ガス欠以外問題はなかった。
ニヤニヤと笑いながら点検するのが気になったのか剣が話しかけてきた。
「うれしそうだね、相棒、あの剣といい……、すねるぞ?」
「うっせぇ、いいじゃん。早く飛びたい」
「相棒、これは飛ぶんかね」
「飛ぶ」
「これが飛ぶなんて、相棒の元いた世界とやらは、ほんとに変わった世界だね」
周りでは何人かの生徒が入れ替わり立ち代りでゼロ戦を見ていた。
さすがにこれがなんなのかわからない。わかってもらっては困る。
そこに一人の、長い桃色のブロンドを誇らしげに揺らした少女があらわれた。
「よお、元気だった? お兄さんが留守の間、寂しくなかった?」
「なにこれ?」
「飛行機」
「じゃあそのひこうきとやらから、あんたは降りてきなさい」
なにやら怒ってらっしゃる。
言われたとおりに降りた。
下手に怒らして爆発で壊されるわけにはいかんのじゃ。
「どこ行ってたのよ」
「宝探しとモンスターハンティング」
「ご主人様に無断で行くなんて、どういうつもり?」
「伝言聞いたろ?」
ルイズは腕を組むと、俺を睨みつけた。
「事後報告じゃない。主人の私には前もっていいなさいよ!」
「言ったら付いてくるだろ?」
「あたりまえじゃない」
虚無の魔法はできるだけ温存しておかないといけなかった。チャージ期間が長いし。宝探しで虚無を目覚めさせるかけにもいかない。
「ゴメンね☆」
「一週間以上も、どこ行ってたのよ。もう、ばか、きらい」
ルイズはぼろぼろと泣きはじめた。
「な、泣くなよ」
女性の涙がこんなにも破壊力のあるものだとは思わなかった。
「きらい。お兄ちゃんなんてだいっきらい」
「ぶふぉ」
ルイズの渾身の一撃が俺の急所にあたった。