SIDE:アンリエッタ
トリステインの王宮で、私は客を待っていた。
女王とはいえ、いつも玉座にこしかけているわけではない。王の仕事は、主に接待である。
戴冠式を終えて女王となってからは、国内外の客と会うことが格段に増えた。
何かしらの訴えや要求、ただのご機嫌伺い、私は朝から晩まで、誰かと会わねばならない羽目になった。そのうえ戦時なので、普段より客は多い。
それなりに威厳を見せねばならぬので、大変、気疲れがする。
マザリーニが補佐してくれるとはいえ、受け答えにも揺るぎがあってはならない。
すでにもう私は、何も知らないお姫さまでいることを許されない。
しかし……、今度の客は、そのような作った表情と態度を見せないでもすむ相手だった。
扉が開いた。
ルイズが立って、恭しく頭を下げた。
その隣にはサイトの姿も見える。さらにその後ろに見知らぬ人がいた。
「ルイズ、ああ、ルイズ!」
私は駆け寄り、ルイズを抱きしめた。顔をあげず、ルイズは呟いた。
「姫さま……、いえ、もう陛下とお呼びせねばいけませんね」
「そのような他人行儀を申したら、承知しませんよ。ルイズ・フランソワーズ。あなたはわたくしから、最愛のおともだちを取り上げてしまうつもりなの?」
「ならばいつものように、姫さまとお呼びいたしますわ」
「そうしてちょうだい。ああルイズ、女王になんてなるんじゃなかったわ。退屈は二倍。窮屈は三倍。そして気苦労は十倍よ」
「そんなにいやなら投げ出して母ちゃんに押し付ければいい」
サイトさんも相変わらずだ。
「あら? お隣の殿方は?」
「さあね。さて、なにかあるかもしれないからディティクトマジックを頼むわ」
そう言われて隣の平民の格好をしてマスクをかぶっている人物は懐から杖をとりだした。
貴族?
「扉にはロック」
平民の格好をしているというおかしな貴族の男性は言われたままに魔法を行使している。
平民が貴族を従わせている光景に私は疑問を抱く。
仮にも女王である私の前で軽々と魔法を使う貴族は初めてだった。
「ここに居る人間以外に知られる危険は?」
謎の貴族は首を振る。
「一体何事です? 仮にも私は女王ですよ?」
「おー、さっそく権力を示すか」
カチンと来た。私は好きで女王やってるんじゃない。
「意地悪はもういいんじゃないかな?」
聞き覚えのある声がした。
まさか、いや、そんなはずは。
「んじゃ、ご対面を許可する。俺らは部屋にいるから、それでも気にしないならベッドインで」
「了解した」
そう言ってマスクを取った人物に私は驚いた。
「相変わらずだねアンリエッタ。なんて泣き虫なんだ」
私は泣いていた。
「ウェールズ様!」
私はウェールズ様に抱きついた。
SIDE:ルイズ
「姫様嬉しそう」
「見せつけれくれる。さあ、俺たちも負けないぞ」
サイトは手を広げていた。
「何いってんのよ。ばかじゃないの?」
二人を引きあわせた張本人である。
私はしばらく幸せそうな二人を見つめていた。
本当に良かった。
二人は抱き合い、キスをした。
まるで私たちがいないように。
「おーい、俺たちも居るゼェ?」
サイトは二人を引き離した。
「もう、空気読みなさいよ」
「知らんね」
こいつはどう思っているのだろう?
姫様とウェールズ様のこと、私のこと。
「すまない。アンリエッタ。私は生き延びてしまったよ」
「いいのです。あなたさえ無事なら私は……」
「ちなみに、俺、ウェールズに求婚されたからな」
「なんですって?! ウェールズ様?」
アレは冗談じゃないの。
「姫様、こいつの言う事はまともに聞いてはダメですって言ってます。確かにウェールズ様はサイトに指輪をプレゼントしましたが」
「ほれほれ、悔しいか?」
「アンリエッタ、これは彼に対する正当な報酬だよ。なにせ彼は私を救ってくれたからね」
ウェールズ様はサイトの言う事を気にしていなかった。
短いながら友人となったウェールズ様はサイトのあしらい方を私以上に心得ているように思えた。
「あ、あなたには助けてもらってばかりですわね。この前の戦勝もあなたとルイズのおかげだものね」
危惧していたことだった。
わざわざ私を呼び寄せた理由はやはり『虚無』のことだろうか?
「わたし、なんのことだか……」
私は誤魔化すために嘘をついた。
SIDE:サイト・ヒラガ
誤魔化せる訳ないよねー。あんだけ派手に働いてれば誰かが気づく。
アンリエッタは微笑んで、ルイズに報告書を渡していた。
それをルイズと一緒に読む。
「ここまでお調べなんですか?」
「あれだけ派手な戦果をあげておいて、隠し通せるわけがないじゃないの」
「ですよねー」
アンリエッタは俺の方を向いて続ける。
「異国の飛行機械を操り、敵の竜騎士隊を撃滅したとか。厚く御礼を申し上げますわ」
「別に、謝礼はいいからカネをくれ」
「あなたは救国の英雄ですわ。できたらあなたを貴族にしてさしあげたいぐらいだけど……」
「貴族? 嫌だね」
メンドクセー。
「姫様、こんな奴を貴族にするなんていけませんわ」
おい、どーいう意味だ?
「彼は貴族という役柄にしばられるのが嫌なのさ。アンリエッタ」
「そう、ですか。しかし、多大な……、ほんとうに大きな戦果ですわ。ルイズ・フランソワーズ。あなたと、その使い魔が成し遂げた戦果は、このトリステインはおろか、ハルケギニアの歴史の中でも類をみないほどのものです。本来ならルイズ、あなたには領地どころか小国を与え、大公の位をあたえてもよいくらい。そして使い魔さんにも特例で爵位を授けることぐらいできましょう」
「わ、わたしはなにも……、手柄を立てたのは使い魔で……」
ルイズの嘘はバレバレだ。誤魔化すつもりがあるのか?
「その通り。俺の手柄です。よって小国を買えるほどの金を請求する」
「あの光はあなたなのでしょう? ルイズ。城下では奇跡の光だ、などと噂されておりますが、わたくしは奇跡など信じませぬ。あの光が膨れ上がった場所に、あなたたちが乗った飛行機は飛んでいた。あれはあなたなのでしょ?」
スルースキルを覚えた姫様は俺の手を離れたようだ。
「相変わらず話を聞かないな! 奇跡など信じないとか言う癖に、さっきウェールズと抱き合ったとき奇跡だと思ったろ?」
「そ、そんなことはありません」
「嘘だ! いつまで手を繋いでる気だ?」
抱き合ってからずっと二人は手を繋いでいる。
嫉妬してるわけじゃないんだからねっ!
「サイトくん話を戻そう。アンリエッタ、何が言いたかったんだい?」
駄目だこいつ、早く何とかしないと。
「ルイズ、ルイズは『虚無』の担い手なのでは?」
「そうです。姫様」
あっさりばらしちゃった。