丘から見下ろすラグドリアン湖の青は眩しかった。
陽光を受けて、湖面がキラキラとガラスの粉をまいたように瞬いている。
サイトは一人で馬に乗るのをいやがったため、モンモランシーの前に跨っている。
モンモランシーと一時たりとも離れるのがイヤなようだ。
「これが音に聞こえたラグドリアン湖か! いやぁ、なんとも綺麗な湖だな! ここに水の精霊がいるのか! 感激だ! ヤッホー!」
一人旅行気分のギーシュが馬に拍車をいれ、わめきながら丘を駆け下りた。
馬は水を怖がり、波打ち際で急に止まった。
ギーシュは馬上から投げ出されて湖に頭から飛び込んだ。
「足が付かない! 足が! 溺れるぅううう!」
ばしゃばしゃとギーシュは必死の形相で助けを求めている。どうやら泳げないらしい。
「何しに来たのよ?!」
「やっぱりつきあいを考えたほうがいいかしら」
私とモンモランシーが呟く。
「そうだね、友人からクラスメイトまで格下げをしたほうがいい」
「サイト」
「なに?」
「私が必ず治してあげるわ」
どんな結果になろうと、モンモランシーはサイトを治すことに決めたのだ。
なにより、私も今のサイトのままでは困るので治すつもりがなかったらモンモランシーを牢獄に入れてやるつもりだったが、杞憂に終わった。
モンモランシーはびしょ濡れのギーシュそっちのけで、じつと湖面を見つめたまま、首をひねった。
「どうしたの?」
私は尋ねた。
「ヘンね」
「どこがヘンなの?」
「水位があがってるわ。昔、ラグドリアン湖の岸辺は、ずっと向こうだったはずよ」
「ほんと?」
「ええ。ほら見て。あそこに屋根が出てる。村が飲まれてしまったみたいね」
モンモランシーが指差した先に、屋根が見えた。
私は、澄んだ水面の下に黒々と家が沈んでいることに気づいた。
モンモランシーは波打ち際に近づくと、水に指をかざして目をつむった。
モンモランシーはしばらくしてから立ち上がり、困ったように首をかしげた。
「水の精霊は、どうやら怒っているようね」
「理由はわかるか? モンモランシー。事と次第では君に危険が及ぶ」
モンモランシーは顔を赤くした。
そのとき、木陰に隠れていたらしい老農夫が一人、一行の元へとやってきた。
「もし、旦那さま。貴族の旦那さま」
初老の農夫は、困ったような顔で一行を見つめている。
「どうしたの?」
モンモランシーが尋ねた。
「旦那さまがたは、水の精霊との交渉に参られたかたがたで? でしたら、助かった! はやいとこ、この水をなんとかして欲しいもんで」
「わかった。なんとかしよう。心配するな。ここには優秀な水のメイジがいる」
農夫はサイトの言葉に感動したのかお礼を言って去っていった。
「ちょっと、何勝手なこといってるのよ!」
「大丈夫だ。モンモランシーならきっとやってくれる。な?」
複雑な顔をしたモンモランシーは腰にさげた袋からなにかを取り出した。
それは一匹の小さなカエルであった。
カエルはモンモランシーの手のひらの上にちょこんとのっかって、忠実な下僕のように、まっすぐにモンモランシーを見つめていた。
「カエル!!」
「ルイズはカエルが嫌いなのか? しかし、モンモランシーの大切な使い魔だ。それをバカにするならルイズでも容赦はしない」
「サイトはちょっと黙って。ごめんなさいルイズ」
「いいのよ」
記憶が戻ったときに散々懲らしめるから。
「いいこと? ロビン。あなたたちの古いおともだちと、連絡が取りたいの」
モンモランシーはポケットから針を取り出すと、それで指の先をついた。赤い血の玉が膨れ上がる。その血をカエルに一滴垂らした。
「なんてことを、すぐに治療しないと」
サイトを無視してすぐに、モンモランシーは魔法を唱え、指先の傷を治療する。
「これで相手はわたしのことがわかるわ。覚えていればの話だけど。じゃあロビンお願いね。偉い精霊、旧き水の精霊を見つけて、盟約の持ち主の一人が話をしたいと告げてちょうだい。わかった?」
カエルはぴょこんと頷いた。
それからぴょんと跳ねて、水の中へと消えていく。
「今、ロビンが水の精霊を呼びに行ったわ。見つかったら、連れてきてくれるでしょう」
サイトは黙ったままモンモランシーを見つめていた。
「な、なによ、サイト」
「いや、可憐だなと思って。キスしていい?」
「ダメに決まってるだろ!」
「えー」
サイトに好意を寄せられる度にモンモランシーは複雑な表情を浮かべていた。
私に置き換えて考える。もし、ちい姉さまの愛情が偽りのものだったら?
悍ましい感覚が身体を駆け巡る。きっとモンモランシーは私の感じている何倍もの悍ましさに包まれているのだろう。
「なんか来たぞ」
サイトが口にした瞬間、離れた水面が光りだした。
水の精霊が姿をあらわしたのであった。
「ありがとう。きちんと連れてきてくれたのね」
「うへぇ、グニョグニョだ」
「あんたは黙ってなさい」
「わたしはモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。水の使い手で、旧き盟約の一員の家系よ。カエルにつけた血に覚えはおありかしら。覚えていたら、わたしたちにわかるやりかたと言葉で返事をしてちょうだい」
水の精霊……、盛り上がった水面が……、見えない手によって粘土がこねられるようにして、ぐねぐねとかたちをとり始める。
水の塊が、モンモランシーそっくりのかたちになって、にっこりと微笑んだ。
「やはりモンモランシーは美しい」
サイトの言葉に反応するかのように、水の精霊は、表情をさまざまに変えた。
笑顔の次は怒り、その次は泣き顔。まるで表情の一つ一つを試すように、水の塊の顔は動く。
それから再び無表情になって、水の精霊はモンモランシーの問いに答えた。
「覚えている。単なる者よ。貴様の体を流れる液体を、我は覚えている。貴様に最後に会ってから、月が五十二回交差した」
「よかった。水の精霊よ、お願いがあるの。あつかましいとは思うけど、あなたの一部をわけて欲しいの」
「さすが、水の精霊。わかってらっしゃる。その姿がこの世で一番美しいのだ!」
「しっ! 大声出さないで! 精霊が怒るじゃないの! だから滅多なことじゃ手に入らないの! 街の闇屋に仕入れている連中は、どんな手を使って手に入れているのか……、まったく想像もつかないわ」
水の精霊は、にこっと笑った。
「断る。単なる者よ」
「だってよ。残念でしたー。さ、帰ろ。帰って愛を育もう」
「水の精霊さん! お願いよ! なんでも言うこと聞くから、『水の精霊の涙』をわけて! ちょっとだけ! ほんのちょっとだけ!」
私はたまらなくなって叫んだ。
私の剣幕にモンモランシーも同調した。
「お願い! 私も何でもするわ!」
「モンモランシーが頼んでるんだ。俺もモンモランシーのためなら何でもしよう。水の精霊。聞いてやれ」
水の精霊はサイトに答えた。
「よかろう」
「まじで~?」
「しかし、条件がある。世の理を知らぬ単なる者よ。貴様はなんでもすると申したな?」
「モンモランシーのためならという条件がこちらにはある」
「ならば、我に仇なす貴様らの同胞を、退治してみせよ」
私たちは顔を見合わせた。
「退治?」
「さよう。我は今、水を増やすことで精一杯で、襲撃者の対処にまで手が回らぬ。そのものどもを退治すれば、望みどおり我の一部を進呈しよう」
「サイト」
「なんだいモンモランシー?」
「お願い、サイトのためでもあるの。協力してくれる?」
「愚問」
私たちは、水の精霊を襲う連中をやっつけることになってしまった。
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戯言。
ルイズに惚れ薬飲ませてモンモランシーとの百合を考えていた時期がありました。
もう一つ、サイトがモンモランシーに惚れ薬を飲ませて惚れさせることも考えました。
原作でルイズ×モンモランシーあったし、サイト×モンモランシーだったら今のほうが面白いと思ったので悩んだ結果こうなりました。
サイト×ギーシュ、サイト×ウェールズは誰得?
崩壊するので作者は考えるのをやめた。
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