SIDE:アンリエッタ
幕があがり……、芝居が始まった。
あの夜のことは、その、仕方なかったのです。
詳しくは覚えてませんが、気がついたときには服を正されてベッドに寝かされていました。
その後、妙に優しいサイトさんが不気味でした。
なんでも、男にはそうゆう時があると言ってましたがどうゆうことでしょう?
目的の人物を見つけて私は思考を止める。
その隣に腰掛ける。
「失礼。連れが参りますので。他所におすわりください」
その連れの御方は今頃、牢の中ですわ。
「聞こえませんでしたかな? マドモワゼル」
「観劇のお供をさせてくださいまし。リッシュモン殿」
リッシュモンは目を丸くして驚いた顔をしている。やっぱり、人を騙すのは面白い。
「これは女が見る芝居ですわ。ごらんになって楽しいかしら?」
嫌味も付け加えておく。だが、さすがは裏切り者の首謀者である。
すぐに落ち着いた態度を取り戻した。
「つまらない芝居に目を通すのも、仕事ですから。そんなことより陛下、お隠れになったとの噂でしたが……。ご無事でなにより」
「劇場での接触とは……、考えたものですわね。あなたは高等法院長。芝居の検閲も職務のうち。誰もあなたが劇場にいても、不思議には思いませんわ」
「さようで。しかし、接触とは穏やかではありませんな。この私が、愛人とここで密会しているとでも?」
ただの愛人との密会ならどれだけよかったことか。
「お連れのかたなら、お待ちになっても無駄ですわ。切符をあらためさせていただきましたの。偽造の切符で観劇など、法にもとる行為。是非とも法院で裁いていただきたいわ」
「ほう。いつから切符売りは王室の管轄になったのですかな?」
戯言では通じない相手。早々に、攻めるべく事実を述べることにした。
「さあ、お互いもう戯言はやめましょう。あなたと今日ここで接触するはずだったアルビオンの密使は昨夜逮捕いたしました。彼はすべてをしゃべりました。今ごろはチェルノボーグの監獄です」
「ほほう! お姿をお隠しになられたのは、この私をいぶりだすための作戦だったというわけですな?」
「そのとおりです。高等法院長」
この人がおとなしく捕まるはずがないと思う。
「私は陛下の手のひらの上で踊らされたというわけか?」
「わたくしにとっても不本意ですが……、そのようですわ」
リッシュモンのちっとも悪びれないその態度に、私は強い不快感を覚えた。
サイトさんとは違う本物の不快感だ。サイトさんはなんだかんだ言って私の味方でいてくれる。
しかし、リッシュモンは違う。
私は続ける。
「わたくしが消えれば、あなたは慌てて密使と接触すると思いました。『女王が、自分たち以外の何者かの手によってかどわかされる』。あなたたちにとって、これ以上の事件はありませんからね。慌てれば、慎重さはかけますわ。注意深いきつねも、その尻尾を見せてしまう……」
「さて、いつからお疑いになられた?」
「確信はありませんでした。あなたも、大勢いる容疑者のうちの一人だった。でも、わたくしに注進してくれた者がおりますの。あの夜、手引きをした犯人はあなただと」
信じたくはなかった。
王国の権威と品位を守るべき高等法院長が、このような売国の陰謀に荷担するなんて。
リッシュモンは言う。私は何も知らない少女なのだと。
無知な子供に国を任せるくらいならアルビオンに支配された方がいい、幼き頃に可愛がってくれたのは媚を売るためだと言う、私は何を信じればいい?
リッシュモンから見れば私は子供なのかもしれない。
でも、彼はどうだろうか?
私と同い年に見える彼。
彼は、真実を見抜く目を持っていると思う。
彼は、動じない。
年頃の男の子くらいには女の子の色香に惑わされるみたいだが、本心はどうなのだろう。
私は良い部分だけ見習うことにした。
「あなたを、女王の名において罷免します、高等法院長。おとなしく、逮捕されなさい」
「まったく……、小娘がいきがりおって……。誰を逮捕するだって?」
リッシュモンも口調が変わる。
「なんですって?」
「私にワナを仕掛けるなど、百年早い。そう言ってるだけですよ」
リッシュモンは、ぽん! と手をうった。
すると、今まで芝居を演じていた役者たちが……、男女六名ほどであったが、上着の裾やズボンに隠した杖を引き抜く。
そして私めがけて突きつける。
だが、私は動じない。
「陛下自らいらしたのが、ご不幸でしたな」
「それはどうかしら?」
舞台の中央、見慣れた大剣を構えている人物がいた。
その人物を見て、無用心に安心してしまう自分がいることに私は驚いた。
SIDE:サイト・ヒラガ
俺はリッシュモンの仲間だと嘘をついて舞台に立っていた。
ただの木の役だったが、剣を隠すには好都合だった。
アンリエッタには予め紛れ込むと言ってある。
うん、あの夜はオカズにしました。スイマセン。
ようやく出番だ。
「わははは」
「なにやつ?」
いい感じでリッシュモンが激昂している。
「名乗る名前などない! さあ、銃士隊みなさん、やってしまいなさい!」
俺の声を聞いて銃士隊の皆様が一斉に立ち上がり拳銃を撃つ。
同時に俺はアンリエッタの側に駆け寄る。
役者に扮したアルビオンのメイジたちは各々何発も弾を食らい、呪文を唱える間もなく全員が舞台の上に撃ち倒されていた。
あぶっねー、俺にも当たる所だった。
俺はアンリエッタを立ち上がらせて、後ろに匿う。
アンリエッタはどこまでも冷たい声で告げた。
「お立ちください。カーテンコールですわ。リッシュモン殿」
リッシュモンはやっとのことで立ち上がった。そして高らかに笑う。
銃士たちがいっせいに短剣を引き抜いた。
銃士隊とはいえ、女の子に囲まれてうらやましいぞ。
リッシュモンはゆっくりと舞台に上る。周りを銃士隊が取り囲む。
「往生際が悪いですよ! リッシュモン!」
「ご成長を嬉しく思いますぞ! 陛下は立派な脚本家になれますな! この私をこれほど感動させる芝居をお書きになるとは……」
お互いに芝居を演じてますね。さっさと捕まえろ。何してる銃士隊!
「陛下……、陛下がお生まれになる前よりお仕えした私から、最後の助言です」
「おっしゃい」
「昔からそうでしたが、陛下は……」
俺はリッシュモンに駆け寄る。
リッシュモンは舞台の一角に立つと……、足で、どん! と床を叩く。
すると、落とし穴の要領で、かぱっと床が開いた。
俺はリッシュモンに飛びかかる。
「詰めが甘い!」
「そう、姫様は詰めが甘いんじゃぁああ」
リッシュモンと一緒にまっすぐに落ちていった。
リッシュモンは『レビテーション』を使い、緩やかに落下している。
「いつまでつかまっておる! 貴様は誰だ?」
「好きでつかまってねーわ。落ちたら痛いだろ!」
ギャーギャー騒ぎながら地面に到着した。
「暗っ! 明かりつけて!」
「うるさいぞ!」
なんだかんだで杖の先に魔法の明かりがともる。
「しかし……、あのアホ姫にも困りましたねぇ……」
「ほほぅ、わかるかね。どうやら君は私の味方のようだ」
いいえ、敵です。
しかし、リッシュモンは俺の沈黙を肯定とみなして歩き始めた。
「おやおやリッシュモン殿。変わった帰り道をお使いですな」
ドS女アニエスが現れた。
「貴様か……」
リッシュモンは相手が平民だからほっとしたようだ。平民でもアニエスは強いらしいぞ。
「どけ。貴様と遊んでいる暇はない。この場で殺してやってもよいが、面倒だ」
「お前は、陛下といたではないか、私たちの敵だったのか?」
流れでついて来た。と言える空気じゃないです。どうやら勘違いなさっているので、そのまま悪役になることにした。
たまには悪役を演じてもいいよね?
「知らんなぁ。リッシュモン殿、貴方が手を下すまでもないですよ。平民は平民同士、貴族は貴族同士、そうでしょ?」
「はっはっは、君に任しても?」
「貴様! 裏切り者だったのか!」
アニエスさんが激昂してらっしゃる。拳銃を抜いて銃口を向けられた。
しかし、二十メートルほど離れている。たしか、これだけ離れていると銃弾は当たらないはずだ。
「銃など当たらん。命を捨ててまでアンリエッタに忠誠を誓う義理などないだろ? 誰かは知らんが、あんたは平民なのだから」
自己紹介してもらってないので、知らない振りをしておく。
アニエスはキレイで男勝りだ。復讐の為に生きるなんてもったいない。
「彼の言うとおりだ。素直に私を見逃したまえ」
「私が貴様を殺すのは、陛下への忠誠からではない。私怨だ」
リッシュモンを睨みながらアニエスが答えた。
う~ん。予想通り、復讐ですね。
「くだらん。銃士隊は口だけは達者なようだ」
「なんだと!」
アニエスは手に握った拳銃を投げ捨てた。
そのまま走って向かってくる。
リッシュモンのアホウは俺の後ろでアニエスを挑発していた。
「リッシュモン殿は動かぬように」
「ふ、任した。見せてもらおう君の腕を」
リッシュモンは俺の後ろの方へ少し下がる。
アニエスには俺を恨んでもらうか。
日本刀に手を添える。
抜刀。
「うぉおおおおおおおおおおおッ!」
「ふんっ!」
アニエスの振り上げた剣に向けて居合い斬りをブツける。
カランと金属音が響く。
タダの剣に負ける訳ないね。
「残念だったね」
ドン、とアニエスの鳩尾に拳を当てる。
ボクシングでいうハートブレイクショット。
バタリとアニエスが倒れた。
マジで気絶するんだ。ごめんよ。
「よくやった」
振り向いて隙だらけのリッシュモンにも同じようにハートブレイクショットを打ち込む。
ただし、かなり強めに。
どさりとリッシュモンも倒れる。なんか、骨が折れた感触がしたが、気にしないでおこう。
「安心せい、峰打ちだ」
「相棒、俺を使ってくれよ」
うっせ。
アニエスをおんぶしてリッシュモンは杖を取り上げておいて、足を持って引きずる。
女の子の人殺しはよくないよね?
ということで、リッシュモンは逮捕させることにした。
壁沿いに歩いて出口にでた。
街行く人の悲鳴があがったが、それを聞きつけた兵隊に事情を説明してリッシュモンを引渡しておいた。
アニエスも銃士隊の皆様に渡して俺はその場をさった。
「サイト・ヒラガは、クールにさるぜ」
その辺にいた銃士隊に聞こえるように呟いておいた。
わがままな妹を抑えるのは手間がかかる。
「すまんって言ってるでしょ?!」
「逆ギレ?!」
厨房で言い争う。
「姫様も言ってたろ? こっちは護衛してたの!」
「知ってるわよ」
「じゃあ、なんで怒ってるんだよ?」
「怒ってないわよ」
ならなぜ足を踏んだままなんだ?
羽扉が開き、二人の客が姿を見せた。深くフードをかぶっている。
「ほら、客だ」
「いらっしゃいませ」
しぶしぶルイズが注文を取りに行く。
客はそっとフードをもちあげルイズに顔を見せた。
「アニエス!」
「二階の部屋を用意してくれ」
「あなたがいるってことは……、もう一人は……」
「……わたくしですわ」
なにしてんの? 早く帰れよ。アニエス超睨んでるじゃん。
客の二人は勝手に二階の客室に向かう。
SIDE:アンリエッタ
「さてと……、ルイズ。まずはあなたにお礼を……」
私はテーブルを囲んだ面々を見回して言った。
ルイズ、アニエス、サイト……。
アニエスは軽症だった。何故かサイトさんにやられたというが、単に気絶させたれたようだった。
リッシュモンは骨折と酷い擦り傷だらけだった。
まるで地面に引きずり回されたように。
サイトさんに会う、と言った時のアニエスの顔はすごいものだった。
サイトさんを敵視しているようだ。
「いよー、元気?」
「お陰様でな」
リッシュモンは牢獄に入れられた。
アニエスは復讐の対象をサイトさんに奪われたことに腹を立てている。
サイトさんに迷惑のかからないようにルイズに話を向ける。
「あなたが集めてくれた情報は、本当に役に立ってますわ」
「あ、あんなのでよろしいのでしょうか?」
「あなたはなんの色もつけずに、そのままわたくしのところに運んでくださいます。わたくしが欲しいのは、そういった本当の声なのです。耳に痛い言葉ばかりですが……」
「このままだと、無能王に続いて無能女王の誕生だ。よかったな無能」
口が悪いです。アニエスが睨んでますよ?
「いえ、若輩の身、批判はきちんと受けとめ、今後の糧としなければいけません」
「それでいい」
「ちょっと、サイト。何様よ?! 姫様に意見するなんて!」
「そうだぞ」
ルイズの発言にアニエスも乗る。
「さすが、キスした者同士、仲がよろしいことで」
「んな、なんで知ってんのよ!」
話が進まないわ。
「ルイズ、耐えるのです。で、次はお詫びを申し上げねばなりませんね。なんら事情を説明せずに、勝手にあなたの使い魔さんをお借りして申し訳ありませんでした」
「そ、そうですわ。わたしをのけものになんて、ひどいですわ」
ルイズは、つまらなそうに言った。
「あなたには、あまりさせたくなかったのです。裏切り者に……、ワナを仕掛けるような汚い任務を……」
「高等法院長が裏切りものだったんですよね……」
私は内密に処理しようとしたが……、捕まえたのがサイトさんであったことから内密なんて無理でした。
「でも、わたしはもう子供じゃありません。姫さまに隠し事をされるほうがつらいですわ。これからは、すべてわたしにお話しくださいますよう」
私は頷いた。
「わかりました。そのようにいたしましょう。なにせ、わたくしが心の底より信用できるのは……、ここにいる方々だけなんですもの」
「えー、もしかして俺も~? 嫌なんですけど」
「え、ええ……。当然ですわ。あ、そういえば! 正式な紹介がまだでしたわね!」
私は誤魔化すような調子で、アニエスに手を差し伸べる。
「わたくしが信頼する銃士隊の隊長、アニエス・シュヴァリエ・ド・ミラン殿です。女性ですが、剣も銃も男勝りの頼もしいお方ですわ。メイジ相手に剣で臆することなく挑む……、英雄ですわ」
「私は英雄などではありませぬ」
「俺に負けたしね」
余計な一言を言う。
バカにした口調やふざけた様子がなければもっと良い人なのに……。