SIDE:サイト・ヒラガ
「ペルスラン、一体ここで何があったの?答えて」
さて、手がかりを探そうという時にこの老執事が現れたのだ。
キュルケと顔見知りらしく、泣きながら語り始めた。
たくさん兵隊がきたから、隠れた。
王軍が引き上げた後もしばらく隠れてたのはエルフがいたからである。
タバサの母親は眠らされて連れていかれた。
その翌日にタバサが現れてエルフと対決して敗れて連れていかれた。
タバサの母親を連れて行く兵隊が『アーハンブラ城まで運ぶのか。まったく、反対側じゃねえか』と話していた。
うむ、この老執事、中々役立つ。
情報は武器になるのだ。
「戦うだけが手柄じゃない。というわけで、ペルスランさんは大手柄だ」
「ですが……、シャルロットさまの居所までは……」
「アーハンブラ城って言ったら、昔、幾度となくエルフとやりあった土地じゃないの……」
何を勘違いしたのか、モンモランシーはエルフと戦うと思っているらしい。
「別に俺たちがエルフと対峙するわけと決まったわけじゃないぞ」
嘘をついた。いや、実際戦うのは俺だけだから嘘じゃないな。
「その可能性は限りなく高い。教師としてはお勧めはできんね」
ハゲは一言多い。
「まー、ここまでやって引き返すとか俺はしないんで。怖いならここでお別れだ。じゃあなモンモランシー」
「べ、別に怖くないわよ! 絶対ついていくからね」
玄関から出ようとした俺は人の気配に気付く。
少しだけ玄関を開けて外の様子を覗いてみた。
あ~。
「どうしたの?」
モンモランシー、キュルケ、ハゲの順で外の様子を見させた。
「やれやれ」
困った様子でコルベールが首を振る。
玄関の先、アニエス率いる銃士隊が門を封鎖して取り囲んでいる。
ルイズとギーシュもいた。
どうせヘマしたか、鉢合わせになったのだろう。
「貴様達は完全に包囲されている。おとなしく人質を開放して投降しろ!」
立てこもりの犯人に警察がやるようにアニエスが叫んだ。
「サイト! 隊長のギーシュだよ! 君を捕まえにきた。おとなしく投降しろー!」
ギーシュはバカだった。まあ、やってることは正しい。
「サイト! さっさと私に捕まりなさい!」
ルイズも叫んでいた。手柄を取りたいように聞こえるが気のせいだろう。
「どうするかね? サイトくん」
ハゲが聞いてきた。既に手は考えている。
ロープを取り出してハゲを縛る。
人質役をキュルケからハゲにチェンジ。
「じゃ、後は任しました。行くぞイルククゥ」
「きゅい」
玄関を開けてハゲを蹴飛ばす。
同時にモンモランシーが水の壁を作りそれにキュルケが炎を当てる。
水蒸気が溢れ出し、周りを包む。
イルククゥがシルフィードに代わりそれに全員が飛び乗り空中に移動。
「わはははは。人質は返したぞ! 諸君、さらばだ!」
「何だこいつは! 人違いだ!」
アニエスが興奮した様子で、叫んでいた。
「えーい、撃て! 撃ち落とせ!」
銃士隊の人たちが一斉に引き金を引く。
しかし、シルフィードは範囲外まで飛んでいた。
調子に乗りすぎたから撃たれたんですね。わかります。
SIDE:タバサ
今まで様々な敵と渡り合ってきた私にも、立ち会いたくない相手はいる。
一つは竜。理由は単純に人の身で成熟した竜と戦えないから。
二つ目は目の前にいるエルフだった。
強力な先住魔法を使い、戦士としても優秀。人間の何倍もの歴史と、文明を誇る長命の種族。
そして最近三つ目が現れた。
二つ目と三つ目に戦って負けた。
ビダーシャルと名乗るエルフは私に水の精霊の力で、心を失ってもらうと言った。
窓の外から見える風景には武装した兵士が見える。
杖がなく、母を守りながらアーハンブラ城を抜け出すのは不可能。
だが、一つの可能性がある。
私の使い魔がエルフから逃れた。
きっと、サイトや、キュルケに知らせただろう。
私を助けに来る?
ありえない。「平民の賢者」と言われるサイトが気づかないわけがない。
私を助けることは一国に喧嘩を仕掛けると同等である。
ましてや、サイトはトリステインの近衛騎士だ。
それに、誰が助けに来ても無駄だろう。
私はエルフの薬で心を失くす。エルフの先住魔法は、人の手ではどうにもならない。
私は妙に冷静だった。そんな私にビダーシャルが言った。
「退屈なら、本を読め。いくつか持ってきた」
ビダーシャルの指差す先には、オルレアンの屋敷から持ってきたらしい本が数冊並んでいる。
「この『イーヴァルディの勇者』は実に興味深いな」
『イーヴァルディの勇者』。
ハルケギニアで一番ポピュラーな英雄譚だ。
勇者イーヴァルディは始祖ブリミルの加護を受け、〝剣〟と〝槍〟を用いて竜や悪魔、亜人に怪物、様々な敵を打ち倒す。これといった原典が存在しないため、筋書きや登場人物のみならず、伝承、口伝、詩吟、芝居、人形劇……、数限りないバリエーションに分かれている。メイジ《貴族》が主人公ではないため、主に平民に人気がある作品群だ。
「我らエルフの伝承は、似たような英雄を持っている。聖者〝アヌビス〟だ。彼は〝大災厄〟の危機にあった我らの土地を救ったとされる。この本によると、光る左手を勇者イーヴァルディは持っているな。我らの〝アヌビス〟は、やはり聖なる左手を持っていた。エルフと人間の違いはあれど、興味深い共通点だ」
ビダーシャルは私に『イーヴァルディの勇者』を手渡した。
私はおとなしく本を受け取り、母が眠るベッドに腰掛けた。
ビダーシャルは頷くと、部屋を出て行く。
私はゆっくりとページをめくり始めた。
本のページをめくる音が、静かな小部屋に響く。
ページをめくるうちに、私は声を出していた。
いつかの母のように。
SIDE:サイト・ヒラガ
もともとアーハンブラ城は、砂漠の小高い丘の上に、エルフが建築した城砦である。
それを多大なる犠牲を払って、ハルケギニアの聖地回復連合軍が奪取したのは、今を遡ること千年近く昔のこと。
聖地回復連合軍は、その先に国境線を制定。
「こっからここまで俺らの土地だから」
「いやいや、知らんがな」
かつて砂漠に暮らすエルフに〝国境〟という概念はなかった。
「勝手に攻めこんで随分やってくれるじゃん」
「はあ? 国境をしらんのかね?」
人間という生き物が、〝国境〟を決めねばどこまでも貪欲に土地を切り取り我がものにすることを知ったエルフは、その人間たちが引いた線を、〝国境〟としてしぶしぶ認めることにしたのである。
「よし、そっちがその気なら、こっちも嫌がらせするからな!」
「ちょ、おま、エルフさん穏便に行きましょうよ」
その城砦は、幾度となくエルフの土地に侵攻するための拠点となったため、何度もエルフの攻撃を受けた。そのたびに取ったり取られたりを繰り返し……、数百年前の戦いで、聖地回復連合軍がその主となり、現在に至る。
「どう? サイト?」
アーハンブラ城上空、およそ千メートルにシルフィードに乗った俺たちはいた。
「兵隊が三百人、貴族らしき将校が十人ちょいってところかな」
酒場や商人から情報を仕入れてタバサ親子がアーハンブラ城にいることは確認済みである。
途中何度か出会った警邏の騎士には眠ってもらった。俺は既に犯罪者なので今更罪を重ねることに躊躇しなかった。
「たいしたもんねぇ」
モンモランシーが賛嘆の声をあげる。ガンダールヴの力は視力すら上昇させる。
あらゆる武器を扱うことのできるガンダールヴの力の応用である。
まあ、原作サイトこの使い方を知らなかったのか思いつかなかったのか……。
武器を持っただけで何十メートルも飛躍できたり、ありえないスピードで走ったりできるのだから視力を上げるくらい簡単なことだった。
それを使って俺は上空から敵を把握していた。
「で、どうやってタバサをあの城から救い出すつもり?」
モンモランシーが聞いてくる。
「兵隊全員に魔法をかけて眠ってもらう」
「そうね。ドンパチやったらすぐにどこからか援軍が飛んでくるし、タバサに危害が及ぶかもしれない。タバサが別の場所に連れていかれちゃう可能性もあるわね」
「でもどうやって?」
モンモランシーが嫌な顔をしている。いや、アレだけ眠り薬を調合させられてればわかるだろうに。
一旦地上に降りて大量の眠り薬をキュルケ、モンモランシーがレビテーションをかけて上空に運ぶ。
「ふ、眠りの雨だ。やっておしまいなさい」
大量の眠り薬を雨のように降らす。
それを媒体にスリープ・クラウドを発生させると、あら不思議。
アーハンブラ城を包むほどの広範囲魔法になった。
「すごい……」
モンモランシーが感動していた。マジックアイテムと魔法の組み合わせなんてゲームじゃよく使うだろ。
「さすがサイト。私たちにできないことを平然とやってのけるわね」
「褒めるな、褒めるな。さて、重要なお知らせです」
キュルケとモンモランシーは俺の言いたいことがわかったのだろう。真顔になった。
「エルフを見たら逃げろ。絶対に戦おうなんて思うな。忘れちゃいけないのは、俺たちは決して戦いに来たんじゃないってことだ。エルフはもちろん、ガリア軍ともな。俺たちは慎重かつ大胆にアーハンブラ城に忍び込み、タバサとタバサの母ちゃんを救い出す。そう、〝おともだちを救い〟に来ただけだ。俺たちが傷つくようなことになったら、本末転倒だ。だからエルフに限らず、危険を感じたら逃げろ。それは臆病ではない」
二人はわかった、というように頷いた。
「あたしの親友を救い出すことに協力してくれてありがとう。サイト」
キュルケが丁寧に一礼した。
モンモランシーは改めて、真剣な顔つきになった。
「期待してるわよ。サイト。コルベール先生が言ってたわ。サイトくんは、この世界を変えることができる人間だって。あたしもそれを信じてる。だからタバサの運命も、変えてあげて」
モンモランシーの真摯な顔は美しかった。
「任せとけ」
「ありがとうなのね」
シルフィードはいたく感動した様子でお礼を言ってきた。
ちょうど、兵隊が全員眠ったようだ。
SIDE:タバサ
私が目覚めると……、母のベッドの上だった。
本を片手に突っ伏したかたちで、自分はベッドの上に横たわっている。
隣では母が安らかに寝息を立てている。
どうやら自分は、『イーヴァルディの勇者』を朗読しているうちに、眠くなって寝てしまったらしい。
母の目が、小さく開いた。
暴れるかと思ったが……、母はじっと自分を見つめたまま動かない。もしかして正気を取り戻したのだろうか? との喜びが胸に広がり、私は母に呼びかけた。
「母さま」
しかし、母はなんの反応も見せない。
ただ、自分をじっと見つめるのみだった。でも、それで十分だった。
私は鏡台に置かれた人形を見つめたあと、小さく微笑んだ。
「シャルロットが、今日もご本を読んでさしあげますわ」
本のページをめくる。私は朗読を開始した。
イーヴァルディは竜の住む洞窟までやってきました。従者や仲間たちは、入り口で怯え始めました。猟師の一人が、イーヴァルディに言いました。
「引き返そう。竜を起こしたら、おれたちみんな死んでしまうぞ。お前は竜の怖さを知らないのだ」
イーヴァルディは言いました。
「ぼくだって怖いさ」
「だったら正直になればいい」
「でも、怖さに負けたら、ぼくはぼくじゃなくなる。そのほうが、竜に噛み殺される何倍も怖いのさ」
居室にビダーシャルが入ってきたときも、私は本から顔をあげなかった。母はエルフが入ってきても怯えない。
この十日間ほどの間、ずっと毎日、私は母に『イーヴァルディの勇者』を読んでいた。
他の本では、昔のように取り乱すのである。
だから私は、何度も同じ本を読み返していた。
何度も声に出して読んだので、ほぼ暗記してしまったぐらいであった。
ビダーシャルは、本を読むタバサを見ると、わずかに微笑を浮かべた。
「その本がいたく気に入ったようだな」
私は答えない。
今では、ビダーシャルが入ってきても、特に用事のない限り朗読をやめないようになっていた。
ビダーシャルは僅かに硬い声になり、私に告げた。
「何者かが、襲撃してきた」
私は顔をあげる。
「この部屋を出るな」
ビダーシャルはそれだけ言って、部屋を出ていった。
私は『イーヴァルディの勇者』に目を落とす。
作中の竜に囚われた少女のように勇者が助けに来てくれた?
私は心の中で苦笑した。
今現在、自分は囚われの身になっている。
本と違うのは、自分には助けに来てくれる勇者など存在しないということだ。
でも……、この『イーヴァルディの勇者』を読んでいると、想像してしまうのだ。
自分を救い出してくれる、勇者を。
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久々の更新。
原作者であるヤマグチノボル氏の手術も無事終わり、現在は療養中だそうです。
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