第八話 それぞれのジレンマ
イリスアーゲートがエトランジュ達がいる場所に着くと、すぐに二人を乗せて逃走する。
まさか到着する前に逃げるとは思ってもいないだろうから、わりとあっさり逃げることが出来た。
「全員、脱出成功しましたエトランジュ様!
戦死者は田中夫妻、如月 始、山越 和人四名、負傷者八名です」
「負傷なさった方は、すぐに手配した病院へ搬送をお願いいたします。
ブリタニア軍はコーネリアの救助を最優先しているでしょうから危険は少ないと思いますが、くれぐれもご用心を」
「はい!」
生き残ったレジスタンス達はエトランジュの指示を受けて、処理を始めていく。
エトランジュも疲れたのか、近くのコンクリートに座りこんで田中 文江から受け取った合金製のロボット人形をじっと見つめている。
『息子の形見なんです・・・預かって頂けませんか?』
「あんたに持っていて欲しかったみたいっすね、エトランジュ様」
そう後ろから声をかけて来たのは、レジスタンスを束ねていたリーダーの加藤だった。
「あ、加藤さん・・・お怪我はありませんか?」
「いや、まったくピンピンしてる。にしても、さすがはゼロだな・・・正直これだけの犠牲であそこまでコーネリアを追いつめられるとは思わなかった」
「・・・私の指揮がもう少し迅速なら」
「変わんなかったと思いますよ、俺は。正直あの作戦は、誰の指揮でも同じ結果が出るもんです。
ぶっちゃけコーネリア一人を囲い込んで全員でフルボッコっていう、単純な作戦ですからねー」
作戦だけ聞けば卑怯極まりない戦法だが、それ以前にコーネリアがしたことがしたことだったので、それと比較すれば大したものではない。
「むしろ、あんたに驚きだ・・・田中夫妻が自分達ごとコーネリアを撃てって言った際、わりとすぐに反応して俺達に指示をした・・・いや、お見事です」
穏やかに笑いながらグンマに住んでいる住民の避難や子供の相手などをしている 彼女を見た時、てっきり正論ばかりのほやほやしたお姫様かと思っていたら、思いきった決断をしたエトランジュに加藤は心底から感心した。
「あんたは出来るだけのことはした・・・後はあれでコーネリアが死んでくれればいいんですけどね・・・ま、最悪でも当分動けなくなる程度の怪我は間違いない」
「そうですね・・・見る限りクライスが投げた大砲は二つ、命中していたみたいですし」
「たとえ死んだとしても情報がすぐに流れないと思うんで、判定は難しいけど」
「すぐに調べて頂きますので、お待ち頂きたく」
マオには悪いが、確実にコーネリアを殺せたかどうか調べて貰おうとエトランジュは思った。
「とりあえず、作戦結果をゼロに報告しなくては・・・藤堂中佐の救出はうまくいったのでしょうか?」
「さあ・・・こっちもこっちのことで精いっぱいですからね。エトランジュ様はさっさと租界に戻ったほうがいいと思いますよ」
他のレジスタンスの者達も同意の頷きを返すと、エトランジュがルルーシュへリンクを開こうとした刹那、脱出合流地点にいたレジスタンスの一人が慌てた声で報告してきた。
「おい、凄いことになってるぞ加藤!あのユーフェミア皇女が騎士の発表を行った!」
「あん?あのお飾り皇女か。そいつがどうした?」
ブリタニアの皇族は一人につき一人、選任の騎士を持つことが出来る。コーネリアもギルフォードという騎士を持っていることから、それ自体は不思議なことではない。
このテロが頻発している日本でまだ選任騎士を持っていない方がおかしかったのだから、さすがに危機感が出て来たのだろうと加藤はのんきに思っていたが、続きの報告に飲んでいた水を噴き出した。
「それが、名誉ブリタニア人なんだ!あの日本最後の首相の息子、枢木 スザクなんだよ!」
「あの、神楽耶様の従兄の?!本当ですか?」
「今、そのニュースでどれももちきりっす!あの・・・これってどうなるんですかね?」
恐る恐るといった様子で問いかけてきたレジスタンスに、エトランジュもさすがに首を傾げることしか出来ない。
「とにかく、キョウトの対応も聞いておきます。皆様はくれぐれもブリタニアの情報に踊らされることなく、ご自重をお願いしたいかと」
「・・・確かに、それが一番だな。おい、とりあえず撤収だ。レジスタンス狩りが始まる前に、出来るだけ遠くの県まで逃げるぞ」
「了解!」
皆がざわめきながら散り散りにそれぞれの退避地へと去っていくのを見ながら、エトランジュはルルーシュへとリンクを開く。
ちなみに万一言葉が出てしまってもごまかせるよう、人前では携帯電話を持ってカモフラージュしていたりする。
《ゼロ、聞こえますか?エトランジュです。コーネリアを撃破しました。残念ながら死亡までは確認出来ず・・・ゼロ?》
何の反応も返してこないルルーシュに若干焦りながら、エトランジュは再度問いかける。
《ゼロ、どうかなさいましたか?ゼロ?!》
《・・・クックック、はははははは!》
哄笑が脳裏に響き渡る中、エトランジュは瞬きを繰り返して途方に暮れる。
あのルルーシュが何を言っても反応しないどころか、狂ったように笑っている。まるで理性を捨てたかのようなそれ。
《落ち着いて下さいな、ゼロ!何があったのです?!》
《はははは、エトランジュ様ですか。いいえ、何でもありません・・・下らぬことです》
《そんなはずないでしょう!・・・解りました、とりあえずこちらの報告を先にさせて頂きます》
今強引に話を聞いても無駄だと判断したエトランジュは、手短に報告する。
《作戦は成功しました。コーネリアは現在、最悪でも重傷を負い当分戦場には立てないかと存じます。
協力して下さったレジスタンスの方々からは、後日黒の騎士団に合流してもいいとのお言葉を頂きました》
《なるほど、それは朗報ですね。こちらも藤堂中佐の救出に成功いたしました。
今後は我々とともに行動することになろうかと思います》
それを聞いたエトランジュは、まだ残っている加藤にそれを伝える。
「加藤さん、藤堂中佐の救出に成功したそうです。今後はおそらく、黒の騎士団の傘下に入るだろうとのことです」
「お、二重にいい知らせだな。よし、藤堂中佐がいるなら他のレジスタンスも黒の騎士団に入ることに同意するかもしれないから、説得しておきますよ」
加藤の他にもそれを聞いたレジスタンスが、よっしゃと手を叩いて喜んでいる。
《それと、こちらは悪い知らせなのですが・・・テレビをご覧になりましたか?》
《テレビ・・・何かニュースでも?》
《ユーフェミア皇女が騎士の発表を行ったのですが・・・それがあの枢木 スザクだと》
《・・・!!クックック、そうですか・・・あのユーフェミアがスザクを》
(・・・スザク、と今呼び捨てに?まさか、ルルーシュ様は枢木 スザクとお知り合いなのでしょうか)
《花畑で夢しか見るつもりがない主従同士、お似合いだな。解りました、至急キョウトとも話し合って対応を決めましょう。
エトランジュ様も至急、租界へお戻りを》
素気ない口調だったが、内心でどれほどの怒りと焦りを秘めているのか、エトランジュには解る。
しかし事情を詳しく知らないためにどう言えばいいのか解らず、リンクを切った。
「・・・申し訳ありませんが、すぐにトウキョウ租界へ戻らなくてはならなくなりました。
皆様に対する援護は続けてキョウトより行われますので、よろしくお願いいたします」
「ああ、今日はありがとうございますエトランジュ様。何かあったら、いつでも声をかけてくれてオッケーなんで」
「そうそう、何だかんだでいろいろ気にかけてくれたしな」
加藤の言葉に周囲も頷くと、エトランジュは小さく頭を下げた。
「ありがとうございます・・・では、失礼いたします」
エトランジュはそう礼を言うと、イリスアーゲートに乗ってアルカディア、クライス、ジークフリードと共に租界へと走っていく。
それを見送ってから、加藤達もその場から逃げ去ったのだった。
「コーネリアの件、お聞きになりましたわ!大金星ですわエトランジュ様。
藤堂中佐および四星剣も黒の騎士団に入団・・・吉報続きでよろしいこと!」
神楽耶がうきうきとした声で租界に戻ったエトランジュ達を出迎えると、エトランジュは伝えたくはないことを伝えようと重い口を開いた。
「それが、神楽耶様。先ほどのニュースで貴女の従兄の方がユーフェミア皇女の騎士になると・・・・」
「ああ、ついさっき報告が上がってまいりましたわね。でも、お気になさることはございません。
あの者はブリタニア軍に入った時点で裏切り者、縁も切っておりますもの。どうとでもご自由にと、ゼロ様にお伝え下さいませ」
さらりと告げられた切り捨て発言に、エトランジュは目を丸くする。
「そうおっしゃって頂けると正直やりやすいのですが・・・よろしいのですか?」
「ええ、こんな日が来るかもしれないとは思っておりました。それに、あの男は例の白兜のパイロットだと合わせて報告が来ましたので」
「え・・・名誉ブリタニア人がナイトメアに?!」
エトランジュ達は驚愕して顔を見合せた。
あのナイトメアに乗る資格を持つのは純粋なブリタニア人だけだと公言してはばらかないブリタニア軍が、最新鋭のナイトメアに名誉ブリタニア人を乗せるとは、いったいどういう風の吹き回しか。
「マジで何があったんだ?ブリタニア軍・・・」
「さあ・・・私も何て言えばいいのやらと」
クライスとアルカディアも首をひねるしかない事態である。もともとそこまで日本人とブリタニア人の関係について詳しく把握していないマグヌスファミリアの一行としては、ゼロに聞いてみるかという他力本願な答えを即座に導きだした。
(でも・・・ゼロの様子がおかしかったのですが)
「・・・神楽耶様、申し訳ないのですが桐原公とお会いしたいのですが・・・よろしいですか?」
「桐原に、ですか?解りました、すぐに手配いたします」
どうもルルーシュの様子から察するに、枢木 スザクとの間に何らかの関係があるとしか思えない。
そういえば彼が現れたのは、スザクがクロヴィス殺害の濡れ衣を被せられて処刑されようとした時ではなかったか?
神楽耶がすぐに桐原との面会を手配すると、エトランジュはアルカディアとクライスを置いて彼の前まで来るや人払いを要求した。
「申し訳ございませんが、二人きりでお話したい事がございます。お傍控えの方は、ご退出願いたいのですが・・・よろしいですか?」
「うむ・・・皆下がれ」
ルルーシュ絡みのことだと悟った桐原の言葉に、使用人達は頭を下げて退出していく。
それを見届けてエトランジュが単刀直入に尋ねた。
「いきなりで失礼ですが、ゼロ・・・ルルーシュ様のことなのですが、枢木 スザク様とはどのようなご関係ですか?」
「・・・一言で申し上げるなら、親友同士ですな」
質問の意味を瞬時に悟った桐原は、重い溜息を吐きながら答えた。
「ゼロ・・・スザクの件が相当衝撃だったと?」
「はい・・・コーネリアに重傷を負わせたと報告をしたら、それを聞きもせず狂ったようにお笑いで・・・彼がユーフェミア皇女の騎士になると伝えたら、お似合いの主従だとお怒りの様子でした」
「狂ったように笑った、か・・・無理もない」
幼き頃のスザクは、名家のお坊ちゃま育ちにありがちな傲慢な性格をした少年だった。
初めこそは互いに喧嘩もしていたが、やがて敵国の長の子供同士という枠を乗り越えて互いに認め合い、あの戦争時にも手を取り合っていた。
それがどうした運命のいたずらかスザクはブリタニアの軍人になり、ルルーシュはブリタニアに反旗を翻す反逆者となった。
「・・・エトランジュ女王陛下、個人的に言わせて頂くならあの二人は本来手を結んでもよかったはずじゃった。
ルルーシュ殿下がゼロであるなら、あのうつけも目を覚ましてブリタニアのくびきから抜け出すやもしれぬと期待してもいた。
・・・もしそうなったら、あやつは我がキョウト六家の枢木の長、ゼロと希望の重みを分かち合えるものと考えておりました」
「それほどまでに仲が・・・」
「まさかあの白兜のパイロットがスザクとは、想像すらしておりませなんだ・・・今探りを入れて調べておりますが、いったいどうやったものやら」
今、日本人の誰もがそう思っているだろう。いや、ブリタニア人も同様で、おそらく日本が占領されて以来、初めて日本人とブリタニア人の思考がシンクロした日に違いない。
「近々、それについて会議が行われると思います。
しかし、今の状態ではいくら枢木の御子息といえどもあの白兜のパイロットは早急にどうにかするべきとなるかも・・・しかも、皇女の騎士になるとあってはおさら」
「その件については、神楽耶様が申されたとおり切り捨てることで意見の一致を得ました。
わしもゼロのことがなければ何のためらいもなく同意したのでな」
「解りました、枢木 スザクについてはキョウト六家の総意としてはゼロに一任ということでお伝えしてもよろしいのですね?」
「・・・ゼロにお伝えして下され。
“あのうつけが目を覚まさぬようなら、もう目を覚まさなくともよいようにしても構わぬ”と」
つまりは神楽耶の言うとおり切り捨てろという意味である。
エトランジュとしては内心非常に複雑ではあったが、上に立つ者としては至極当然の判断であることも理解していたために何も言わなかった・・・そもそも口出し出来る立場でもない。
「確かに承りました。それにしても、枢木 スザク・・・どうしてブリタニア軍などに入ったのでしょう?」
「・・・あやつの考えは解りませぬ。ただ、己の保身のためではないということは解りますが」
桐原はスザクが過去、あくまで開戦しようとする父を諌めるために父親の血で両手を染めた。
だがそれは六家の秘事としているため、エトランジュといえど話せるものではない。
だが桐原には解る・・・彼が死に場所と断罪を求めて軍に入ったのだということを。
「一度、彼の考えもお聞きしたいものですが・・・コーネリアの生死とこの後の展望についてのほうが先ですね」
「そうですな・・・おお、お祝いを申し上げるのを忘れておりました。
コーネリアを撃破なさったそうで、おめでとうございます」
「いいえ、すべてはゼロの采配と他のレジスタンスの方々のご協力あればこそです。
私はただゼロの指示を伝えただけですもの」
エトランジュは手を振って謙遜したが、桐原はいやいやと賛辞の言葉を送る。
「それでも、あのサイタマの惨劇を生んだ魔女を追いつめたのはエトランジュ陛下です。日本を束ねる六家として、お礼を申し上げたく存じる」
エトランジュは小さく頭を下げることで賛辞を受けると、桐原は手を叩いて使用人を呼ぶ。
「さあ、今宵は小難しい話はこれくらいにして、ごゆっくりとお休み下され。夕餉の支度と風呂を用意させておりますゆえ」
「ご好意に甘えさせて頂きます。それでは、おやすみなさいませ」
着物を着た使用人がしずしずと歩み寄ってふすまを開けると、こちらへと頭を下げて誘導する。
エトランジュは再度桐原へ頭を下げると、使用人の後ろについて歩きだす。
スザクのほうに気を取られて忘れていたが、まずはコーネリアがどうなったかを確かめなくてはと思い、エトランジュはマオとの間にリンクを開く。
《マオさん、失礼します。エトランジュです》
《ああ、エディー、無事でよかった!で、どうだった?》
《コーネリアを撃破することに成功はしたのですが、生死はまだ解らないのです。
マオさん、大変申し訳ないのですが、アルカディア従姉様と確認して頂けませんか?》
申し訳なさげなエトランジュに、マオはあららと両手を上げた。
《それは残念だね~。まあ、人数少ないから追いつめただけでもすごいのかな?
ん~、めんどくさいけどやることないからまあいいよ》
《ありがとうございます!お礼に今度、マーボー豆腐をお作りしますね。お好きだと伺いましたので》
《ほんと?約束だよ!じゃあアルが帰ってきたらすぐに行くね》
嬉しそうな声音で了承したマオに再度礼を言うと、エトランジュは小さく溜息をつく。
予想外のことばかりが相次いで、もともと処理能力が小さいエトランジュの脳はパンク寸前である。
何はともあれ、コーネリアを撃破したことだけは家族達にも伝えておこう。
エトランジュはそう決めると、今度は伯父達のもとへとリンクを繋ぐのだった。
一方、ブリタニア政庁では大混乱を極めていた。
政庁を司る姉妹のうち姉は重傷を負わされて緊急入院、妹は突然何の通告もなく選任騎士の発表・・・それだけならまだしも、なんとそれは名誉ブリタニア人だという。
挙句その男が、純粋なブリタニア人しか許されぬナイトメアのデヴァイサー・・・しかも最新型を動かしているということが判明したのだ。
「何と言うことだ・・・コーネリア殿下が重傷だと?!ギルフォード卿は何をしていたのだ!」
「彼も現在、殿下を庇い重傷を負っております!コーネリア殿下以外の兵士の被害はほとんど0です・・・何でも殿下一人を狙い撃ちにしたものと・・・」
「ええい、狡猾な・・・この件は外部に漏らすな!イレヴンどもに付け入る隙を与えるわ!!」
ダールトンの指示に一斉に政務官が散っていくと、蒼白な顔でユーフェミアが叫ぶ。
「お姉様が、重傷・・・す、すぐに病院へ向かいます!」
「なりませぬユーフェミア様!今外には例の騎士の発表のためにマスコミどもが数多くおります。
そんな中に病院に足を運べば、秘匿したコーネリア殿下のことが漏れかねません。ご自重を!!」
ダールトンの制止に、ユーフェミアはフラフラとソファに座りこむ。
ああ、何と言うことだろう。こんな時に限って姉があのような目に遭うとは、想像もしなかったのだ。
「とにかく、コーネリア殿下の件を隠すためにも騎士の件について早急に詳しいことを発表して目を逸らしましょう。よろしいですな?」
「はい・・・解りました・・・」
「それにしても・・・思い切ったことをなさいましたな。我々に何の御相談もなく・・・」
思わず額を手で覆って嘆くダールトンに、ユーフェミアは力のない声で言った。
「だって相談したらきっと、反対されてしまうと思って・・・でも、どうしても彼を騎士にしたかったの」
自分の考えを聞いてくれる人だったから。
お人形扱いされていつも聞かれることのなかった自分の言葉を、最後まで聞いてくれてそして間違っていないと言ってくれた人だから。
「なぜ、そこまで彼を?彼は名誉とはいえしょせんイレヴン。いつ我らに牙をむくか知れないのですよ」
「そんなことはありません!彼は、ルルーシュの親友なのですよ」
「ルルーシュ・・・あの、このエリア11でお命を落とされたマリアンヌ様の御子息ですな。何故彼とルルーシュ殿下が?」
ダールトンの疑問に、ユーフェミアは彼が枢木首相の息子であり、ルルーシュが日本に送られた時に知り合い、そして友達になったのだと答えてやる。
「友達が出来た、とルルーシュから来た一度だけの手紙に書いてありました。それで私、ルルーシュのことをいろいろ彼から聞いていたの」
「なるほど、そういうことですか。しかし、思い出話をなさるためなら何も騎士になどせずともよいではありませんか」
ダールトンはあまり考えの足りないユーフェミアに、それ以上何も言わなかった。既に発表してしまった以上、覆すことも出来ない。
このまま適当なシナリオをでっちあげて、ブリタニア人の反感を買わぬよう、そしてユーフェミアとコーネリアの株が下がらぬようにしなければならない。
まさかこんな発表があるとは黒の騎士団やコーネリアを襲ったレジスタンス共も思ってもみなかっただろうが、最悪のタイミングである。
(コーネリア殿下がご無事なら、ご指示を仰げたのだが・・・これではユーフェミア様のご意志を尊重して枢木を騎士にせざるを得ん!
それにしても、あのテロリスト共・・・よくもコーネリア殿下を、許さんぞ!)
怒りに燃えるダールトンは、ユーフェミアの騎士発表を行うことと並行してコーネリアに重傷を負わせたレジスタンス狩りを行うことを決意した。
あの辺りをサイタマと同じようにすれば、やつらが出てくるに違いないのだ。
しかし、ユーフェミアがそのようなことに同意するとは思えないため、許可を得られるか解らない。
コーネリアが不在の今、決定権は彼女にあるのだ。
さらに今回のコーネリア襲撃についても、いろいろと疑問がある。
兵力からして騎士団が全力で藤堂を奪還したはずだが、黒の騎士団が関係しているのか?
レジスタンスは黒の騎士団だけではない。表向きは別グループとしておいて、実態は黒の騎士団の下部組織という可能性もある。
さらに、このタイミングで・・・まさかとは思うが、スパイがいるのだろうか?
「ダールトン、お願いがあるのですが」
「何でしょう、ユーフェミア様」
ユーフェミアが青白い顔のままであることに気づいたダールトンが、水差しからグラスに水を注ぎながら応じると彼女はおずおずと言った。
「あのお姉様がどのようにして襲撃を受けたのか、知りたいのです。お姉様を襲った犯人を捕らえるためにも、今から情報を解析するのでしょう?」
「それはそうですが、ユーフェミア様がご覧になるものでは・・・」
「いいえ、私が副総督である以上、知る必要があると思うのです。忙しいのは解っておりますけど・・・」
「・・・かしこまりました、ユーフェミア様」
コーネリア救出を最優先にしたため、すでに連中は他県に逃走しているだろうが、必ず捕えてやるとダールトンは決意していたため、既に情報解析の準備を行うよう、グラストンナイツに命令を下していた。
幸いほとんどが租界にいたために無傷のこの軍さえあれば、ゼロが後ろで糸を引いていようとも必ず殲滅させることが可能だと、彼は信じている。
ダールトンの命令でグンマで行われた戦闘状況を録音したブラックボックスがユーフェミアの部屋に運ばれて来ると、彼女はごくりと唾を飲み込んだ。
「ユーフェミア様・・・お辛いのでしたら」
「大丈夫です・・・始めて下さい」
ユーフェミアの命令でスイッチが押され、当時の状況が再現される。
コーネリアがトンネルを通り抜けたところに、上から大型の廃棄物を落として退路と後方部隊を遮断、ナイトメア数体でコーネリアを追い込み、さらに油を撒いて動きを止める。
さらに火炎瓶で逃げ道を遮断し、脱出装置を作動させた者は旧型であるとはいえ大砲で撃ち落とす。
その上でコーネリア一人を狙い撃ちと言う、卑怯極まる戦い方に非難の声が飛ぶ。
「おのれ、卑怯な!戦争の仕方も知らぬ野蛮なイレヴンどもが!!」
「まともに戦う気もないらしい。大した装備もないくせに」
これをエトランジュ達が聞いていたら、戦争の仕方を知らない国に戦いを仕掛けるのはいいのか、軍人ではないのだからまともに戦う気がないのは当たり前だと言うだろう。
だがそれよりもユーフェミアの顔から血の気が引いたのは彼らの戦い方ではなく、その主張だった。
『そうですか?私達は何の武器を持たない一般人を殺傷する事よりはるかに恥を知った行為であると考えておりますので』
『・・・・』
『その行為に比べれば、私達は貴方がたに何をしようとも罪悪は感じないのです。
コーネリアのブリタニア軍に遠くから油をかけて火をつけましたと世界に宣伝しても、何ら恥じることはありませんよ』
それを聞いた時、ユーフェミアは内心で正しいと思ってしまった。あの時の姉は確かにやりすぎだと思う。
周囲によってその時の街の様子は知らされてはいなかったけれど、住民が残っていたのならそれは虐殺だからだ。
『そうだ、そうだ!俺達の家族を、お前達は殺して回ったんだ!』
『僕の姉さんも父さんもだ!友達も殺された!』
『このブリキ野郎!人の姿をした悪魔め!』
耳に轟き渡る罵声に、思わずユーフェミアは耳を塞いだ。
これまで日本人は自分達を恨んでいるだろうという認識はあったが、その恨みの声を聞いたことはなかったから彼女はそれを正確に実感してはいなかった。
しかし、自分達がどれほどの憎悪と怨恨の渦の中にあったのか、彼女は今初めて知ったのである。
「あ・・・あ・・・・」
「ユーフェミア様!お気を確かに・・・別室へ」
「いいえ、いいえ!続けて下さい」
ユーフェミアはダールトンの手を振り払い、続きを聞くことを選んだ。
今まで自分は、レジスタンス達がどのような思いで戦っているのかを知らなかった。今はその考えを知るいい機会のはずだ。
(これからスザクと一緒に、ブリタニア人と日本人と仲良く暮らす国を造るんですもの。この人達だって、話せば解ってくれるはずです)
未だに甘い認識を持っているユーフェミアはそう考えたが、次のレジスタンスの指揮官の言葉に息を呑む。
『人を殺すのに一番必要なものがここにあるから、こんなものでも人は殺せるのです。
成功するかどうかは別にして、石ころ一つあれば人は殺せる・・・ご存知でしたか?』
『私は貴方がたに、93人の家族を奪われました。この場にいる全員の方が、家族、友人、恋人を奪われました。
だから、貴女を殺すという意志が生まれたのです。
・・・貴方がたの主張は人は生まれも育ちも能力も違いがあり、差がある、平等ではない・・・でしたね』
『その通りだ!間違いなどない!』
『はい、認めましょう。それは全くの事実だと』
「え・・・この方はどうして・・・」
てっきり父の国是を否定していると思っていたのに、それを認めた指揮官にユーフェミアは目を丸くした。
周囲の人間も同様だったが、彼女はそれが動物の真理であり、どのようにその国是を受け止めているかを聞いて納得した。
『ブリタニアの主張は私にはこう聞こえます。
“親は子供より頭がよく力があり、仕事をして養っている。だから子供が親に従うのは当然のことであり、子供が親の気に障ることをすれば死ぬまで殴っても構わないのだ”と』
「・・・言っていることが正しくても、やっていることが間違っていたら何の意味もない」
ユーフェミアはその通りだと思った。
人間は言葉より行動でその真意を測る。親が子供を愛するのは当然だと言いながら殴っていたら、それは正しいことなのだろうか。
『“やったらやり返される”のですよ、コーネリア』
「やったら、やり返される・・・」
何と単純な言葉だろう。声音から自分と似たような年齢、しかも女性だろうその指揮官の言葉は的確で、反論のしようがないものばかりだ。
事実姉ですら、指揮官の糾弾に反論出来ずにいる。
だが一つだけの反論・・・すなわちルルーシュとナナリーを殺したという言葉に対して、レジスタンスの一人が妙な反応を返した。
『・・・ゼロが聞いたら怒り狂うか、笑いだすかのどっちかだろうねえ』
「!!」
ユーフェミアはその言葉に敏感に反応した。
あの時、カワグチで会ったゼロは言っていた。
『あの男がブリタニア皇帝の子供だから・・・そう言えば、貴女もそうでしたね』
「もしかしたら・・・本当に・・・」
忘れるはずがない。自分の初恋の異母兄を。
あの時、クロヴィスを殺しておきながら自分を殺さなかったゼロ。
そして出会ったスザクはルルーシュのことを、今でも生きているかのように話すことがある。
スザクは自分の言葉を聞いてくれる、大事な人だ。もしルルーシュが生きていて、スザクがそれを知っていたのなら。
そしてそれを自分にも黙っている理由は解らないけれど、自分にも秘密を話してくれるほどの信頼を得られたら、真実に辿りつけるのではないかと考えた。
だから、彼を騎士にしようと思った。
(ゼロがルルーシュなら、あの言葉も解る。
ブリタニアの皇族を恨んでいるのも、殺そうとしたのは日本人じゃなくて、皇帝陛下なら・・・あのレジスタンスの人の言葉も納得出来るし・・・)
ユーフェミアはおぼろげながら真実に気づいていたが、悲しい事にそれを口にしても誰も信じてくれないということも解っていた。
姉に言えばいいのかもしれないが、その場合姉はルルーシュをサイタマで殺そうとしたわけであって、きっと彼は怒っているに違いない。
(それに、ゼロがルルーシュだって決まったわけじゃないし・・・でも)
ユーフェミアが考え込んでいる間にも記録は進んでいき、田中夫妻がコーネリアを抑えつけて彼らもろともレジスタンス達が攻撃していた。
そして恨むならゼロを恨むべきだというギルフォードに対して、指揮官が尋ねている。
『貴方がたに問いましょう。
貴方はある日、見知らぬ人間に殴られました。そして殴った人はこう言いました。
“俺はお前の友人に殴られたんだ。だからお前を殴ったらそいつが来ると思ったから殴った。お前の友人が来るまで殴らせろ。そして恨むならそいつを恨め”と。
・・・そう言われたら、貴方が恨むのは友人ですか、それとも・・・殴った人物ですか?』
それまでの冷静そのものだった声に、苛立ちがこもっている。そしてその問いに答えられないコーネリアに見切りをつけたのか、それ以上指揮官は姉に対して何ら言葉をかけるのをやめていた。
そして田中夫妻は玉砕し、レジスタンス達は姉の生死を確認する間もなく援軍が来る前に撤退していったが、まだ息のあった姉に息子を殺されたという母親は笑っていた。
ざまあみやがれ、まだまだいる・・・と言い遺して。
ユーフェミアは姉よりも、このレジスタンスの指揮官の方に共感を覚えた。
彼女は何ら間違ったことは言っておらず、またコーネリアに対して考えを尋ねたりもしているが、姉はそれに答えることはなかった。
あの指揮官は正論すぎるほどの正論で論破していた。
自分も心のどこかで思っていた言葉を堂々と伝えた彼女に、羨望を抱くほど。
だけど、姉が自分を守るためにどれほどの努力をして危険な戦場に立っているのかも知っていたから、自分は何も言えなかった。
自分も何かを言えるほどの功績を立てたいのに、過保護さからそれをさせて貰えないという矛盾が、常にユーフェミアを取り巻いている。
だが思いもよらぬ形で副総督としての立場が求められているこの状況を利用出来るほど、ユーフェミアは有能ではなかった。
レジスタンスの指揮官と話をしたいが、捕まえたが最後ダールトン達はきっと彼女を殺してしまう。
だけど、捕まえなかったらこのまま自分達は彼らによって殺されてしまう。それだけのことをしてしまっているのだから、当然だ。
だから、ユーフェミアは震える唇でこう命じた。
「・・・レジスタンスを捕らえる前に、租界の護りを固めた方がいいかもしれません。
万一にもお姉様の件が漏れていたら、ここでテロが起こるかもしれないですし」
こう命じておけばレジスタンスを捕らえることは難しくなると、短絡的に考えてのことだった。
いつもは己の意見を無視されることが多いユーフェミアだが、今回は頷く者が多かった。
「私も賛成です、ダールトン将軍。コーネリア殿下があのルートを通ってイシカワに向かうのは極秘のことだったのに、こうもあっさり漏れていたのもおかしい。
・・・言いたくはありませんが、スパイの可能性が」
「・・・むう」
ダールトンが渋面を作るのも無理はない。
まさか己の心の声を聞いていたなどというトンデモ理論など思いもつかない彼らがその結論になるのは、当然と言えよう。
「例の純血派のこともありますし・・・租界の護りを固めておくほうが無難かと。
幸いコーネリア殿下はお命までは助かる可能性が高いとのこと、それまでユーフェミア様とトウキョウ租界を守り抜く方が無難では?」
「おのれ・・・!くっ、ではテロリストどもの捕縛は後回しとし、租界の守りをこれより強化する!
ゲットーへの出入りはブリタニア人でも禁止し、名誉ブリタニア人の施設の利用も制限する。
併せて裏切り者の発見に全力を尽くすぞ!」
「イエス、マイロード!」
ダールトンの命令にグラストンナイツは敬礼をして応じているのを見つめながら、ユーフェミアは椅子に座りこんだ。
(スザク・・・スザクに会いたい。私はこれから、どうすればいいのかしら)
自分はお飾りだと言われてきたから、今後も政務官達が望むとおり、書類に判子を押すだけの仕事をするのだろうか。
それではだめだと思うけれど、どんな政治をすればいいのか。
(・・・私は、みんなで仲良く暮らせる国を造りたい。スザクを騎士にして日本人の人達とも仲良く出来ると伝えればいいんだわ。
今まで酷い目に遭わせてしまった分、大事にすればきっと解ってくれる)
そう決意するユーフェミアだが、その背後で日本人達の生活をさらに圧迫しようとしているダールトン達を止めることはしなかった。
彼女には解っていないのだろう・・・確かに租界とゲットーの出入りをブリタニア人でも制限すればレジスタンス狩りは出来なくなるが、代わりに生活するための必需品の入手、租界での仕事が減り収入もなくなるということに。
ゲットーでの仕事などたかが知れている上、租界から材料の搬入などが出来なくなるとそれすらも不可能になる。
パンがなければお菓子を食べればいいじゃない、と言ったお姫様がいた。
それはお菓子の方が高額だと知っていれば出ない発言だが、ユーフェミアはまさにそれだ。
ユーフェミアはゲットーがどれほど荒廃しているか、スザクと共に見ている。
そしてそれはシンジュクでのテロが原因と言われていたが、それがなくても荒れていたのだ。
理由は簡単・・・再開発するだけの資金と物資がなかったから。
さらに言うなら、基本的な事柄・・・人間が生きるには何が必要かということも彼女は忘れている。
衣・住・食がなければ生きていけない、そしてその中で最も大事なのは食糧だ。
ユーフェミアも知らなかったことだが、ブリタニア人でも日本人達に慈悲を施す者は存在する。
そう言った者達はこっそりと、ゲットーの者達に食料や衣類などを援助している。ただ租界近くだとそれがバレてスパイの疑いをかけられたり、非難されたりするため、割と遠いゲットーで行われていることが多かった。
それを制限されれば、その援助を得ている者達はどうすればいいというのか。
スザク一人の意見で満足せず、ゲットーに住む者の意見も聞いていたらユーフェミアも物資の援助などを行って住民に被害が及ばぬようにという考えが生まれたかもしれないが、残念なことにそこまで及ばなかった。
軍人気質のダールトンでは、そんな思いやりなど最初からない。
己が中途半端なままの理想を掲げていることに気づかぬまま、テロリスト狩りを阻止出来たことに満足して、ユーフェミアはスザクの選任騎士の発表を行うべく部屋を出た。
「ユフィ・・・どこまで俺のものを奪えば気が済むんだ・・・!」
エトランジュからの報告を聞いて怒り狂ったルルーシュは、ユーフェミアの騎士発表の映像を見て乱暴に電源を落として消し去った。
「ああ、解っているさあいつは善意だけだと!スザクを騎士にしたのだって、日本人を思っての行為だということもな!」
自分は日本人でも差別しない、だから一緒に新しい国と作りましょうと言いたいのだと、ルルーシュはすぐに解った。
それは全くの事実だが、何故こうも自分を追いつめる行為に繋がることをするのだろう。
もしもスザクが選任騎士になったら、まずブリタニア人の嫉妬を買ってアラ探しのためにスザクの身辺を調べるだろう。
そうなったら、自分達の生存が本国にバレかねない。
(いや、その件はユフィも知らないから責めようもない・・・俺が隠してくれと言ったわけでもないからな。
だが、名誉ブリタニア人は喜ぶかもしれないが、これではレジスタンス活動がし辛くなる・・・いや、待てよ?)
コーネリアを半殺しの目に遭わせた・・・これはいい。
だが、それについて報復行為を行わないはずがない。ユーフェミアはともかく、ダールトンやグラストンナイツはそうではないからだ。
(ユフィが止めるだろうから、大っぴらな軍事行動は行えない・・・となると、当分ゲットーへ物資や出入りの制限が行われるな・・・桐原とも相談して、手を打たねば)
あの白いお姫様に教えてやろう。そう、エトランジュの言葉の意味を、経験で理解させてやる。
『言っていることが正しくても、行動が間違っていたら意味がない』
ルルーシュは唇の端を上げると、ようやく落ち着きを見せた。
「理想と現実の違いを、そろそろ知ってもいい頃だ・・・そうだろう?ユフィ」
かつての初恋の少女を憐れむ声で、ルルーシュは彼女を追いつめるための手を打った。