部屋を出て行く。
本来であればこのゲームに入ったギルド員はこの円卓の間に最初に出てくるので、誰かが来るならここで待っているのが一番効率が良い。
しかしこの部屋を出て行く理由は、ヘロヘロにはああ言ったもののもう誰かが来る可能性は非常に低い。それを知っているからだ。
もうこの部屋に来ることは二度と無い。
歩き出す。
足音に続き、スタッフが床を叩く音が追従する。
幾たびかの角を曲がった辺りで、前方から1人の女性が彼のほうへと歩いてくる。
豊かな金髪が流れ落ちるように肩から滑り落ちており、顔立ちははっきりとした美女だ。
170センチほどの肢体はすらりと伸び、黒と白の部分が逆転した純白のメイド服を、豊かな双丘が押しのけんばかり自己出張をしている。
メイド服はエプロン部分は大きく、スカート部分は長いという落ちついたもので、すべてが相まって全体的におしとやかそうな感じがする。
やがて2人の距離が近づくと、前方にいた女性は通路の隅によると彼に向け、深いお辞儀をする。
彼はそれに手を軽く上げることで答えると、その横を通り過ぎようとして足を止める。
女性のメイド服を眺める。
非常に細かな作りとなっている。エプロン部分に非常に細かな刺繍が施されている。作った人間の性格が分かるようなそんな細かさだ。
ゆっくりと女性は頭を上げていくところも彼は黙って眺める。
ぶしつけな視線にさらされても女性の表情に変化は無い。先ほどから変わらず、あるかないかの微笑を浮かべたままだ。
メイドはN P C<Non Player Character>だ。プログラムによって動いてはいるもの。どれだけ精巧にできていたとしても本来であれば、返礼を返すのもある意味馬鹿らしいといえる。
しかしながら彼にしてみれば無碍にもできない理由がある。
この居城にいる36体のメイドはすべてが違うイラストを元に作り出されている。
イラストを起こしたのは現在月刊誌で連載中の、当時はイラストで食べていた人物のものだ。行動AIプログラムを組み立てたのは先ほどもいたヘロヘロ。
イラストを書いた人物はメイド服が俺のジャスティスという人物だけあって、非常に細かい作りであり、外装を作り上げた人間が絶叫を上げたのを思い出す。
つまりメイドもまたかつていたギルド員達の協力で出来上がった存在、むげにするのも仲間達に悪く感じられるのだ。
そういえば今の連載でもヒロインがメイド服を着ていたな。彼がそんなことを思っていると、メイドはまるで何かありますか、というかのように小首を傾げる。
ある一定時間以上、近くにいるとこういうポーズを取るんだったか。モモンガは記憶を手繰り、ヘロヘロの細かなプログラムに感心する。
他にも隠しポーズはいくつもあるはずだ。久しぶりにすべて見たい欲求に駆られるが、残念ながら時間は差し迫っている。
モモンガは左手に巻かれた金属板の上に浮かぶ半透明の時計盤に視線をやり、現在の時刻を確認する。
やはりあまりのんびりしている時間は無い。
「付き従え」
後ろにメイドを連れ、歩き出す。
後ろに足音を一つ連れ、角を曲がったところに、10人以上が手を広げながら降りることも可能ぐらい巨大な階段があった。赤を基調とした絨毯を踏みしめながらゆっくりと下り、最下層へと到着する。
9層目が客間、応接室、ギルド員の部屋、客室という部屋という用途で構成されているのに対し、最下層である10階層は心臓部、図書室、宝物殿等ギルドの真髄ともいうべき重要なものが詰まった階層である。
階段を降りきった周囲は広間になっており、そこには複数の影があった。
最初に目に入ったのは、オーソドックスな執事服を着た老人の男性のものだ。
髪は完全に白く、口元にたたえた髭も白一色だ。だが、その姿勢はすらりと伸び、鋼でできた剣を髣髴とさせる。
白人的な堀の深い顔立ちには皺が目立ち、そのため温厚そうにも見えるが、その鋭い目は獲物を狙う鷹のようにも見えた。
そしてその執事の後ろに影のようにつき従う6人のメイド。
その異様さは一目瞭然だ。
銀や金、黒といった色の金属でできた手甲、足甲をはめ、動きやすそうな漫画のような鎧を身に着けている。各員がそれぞれ違った種類の武器を所持している。
それだけでは戦士や警備兵というイメージだが、メイドと断定したのは理由がある。
鎧が漠然とだが、メイド服をモチーフにしているんだろうなと気がつける作りになっているのだ。そして頭にはかぶとの代わりにホワイトブリム。
まさに漫画等にありがちなメイド兵とかメイド戦士とかいうべきか。
彼女らも武装が違うように外見はばらばらだ。日本人風、白人風、黒人等々。
髪型もシニョン、ポニーテール、サイドテール、三つ編み、サイドアップ、夜会巻き?と多彩だ。
共通していえるのは皆、非常に美人だということか。まぁ、美しさも妖艶、健康美、和風美とバラバラなのだが。
彼らを一言で説明するなら、レイドボスと取り巻きのPTである。
『ユグドラシル』というゲームにおいて、城以上の本拠地を所持したギルドは幾つかの特典が与えられる。
その中に自らの本拠地を守るNPCという存在がある。
これは例えば城であれば警備兵や騎士という存在である。レベル30までのこれらのNPCはほぼ無限に沸くし、別に倒されてもギルドに出費があるわけではない。だが、このレベルのNPCは他のギルドが攻めてきた場合、紙のようになぎ払われる可能性があるぐらい弱い。
そして自分達の好きなように外装を変えたり、AIを組み替えたりということができないようになっている。
それに対し、他の与えられる特典の中に戦闘のできるNPCを作る権利というのがある。これは城を所持する程度のギルドであれば、500レベルを好きなように割り振ってNPCを作っても良いという権利だ。
MAXレベルは100なので例えば、100レベルを3人と50レベルを4人とか、という具合である。
そしてこうして作れるNPCの場合、外装、AI、武装できる外装なら武装もいじることができる。
無論、人間以外で作っても良い。
ある城を占拠したギルド――ネコさま大王国――ではNPCをすべて猫、または猫科の動物で作ったところがあったぐらいだ。
「ふむ」
モモンガは顎に手を当て、自らの前で頭を下げる執事達をみる。あまりここには来ないこともあって、懐かしさを覚えるほどだ。
空中に手を伸ばし、そこに浮かぶアイコンをクリック。
執事達の頭上に名前が浮かぶ。
「そんな名前だったか」
モモンガは軽く笑った。覚えてないことに対する苦笑であり、記憶の片隅からよみがえってきた名前を決めた際の悶着を懐かしんで、だ。
執事に与えられた設定は、このナザリック大地下墳墓のランド・スチュワードだ。テキストログには細かな設定が書かれているはずだが、そこまで読む気がしない。時間もあまりないのだから。
ちなみにメイドを含むNPC全員に細かな設定があるのは、『アインズ・ウール・ゴウン』に設定を細かく作るのが好きな人間がそろっていたからということに他ならない。
特に外装を作ったりしたイラストレイターやプログラマー達に多くいたためである。
「付き従え」
執事とメイドたちは一度頭を上げると、再び下げ、命令を受諾したことを示す。
本来であればこの執事とメイドたちは、侵入者達を迎撃する最後から1つ前の守り手だ。まぁ、ここまで来たプレイヤーを撃退できるとは思ってないので、あくまでも時間稼ぎの意味だが。
それでもここから動かすことはある意味、ギルドの仲間達皆が想定した目的とは違うといえよう。『アインズ・ウール・ゴウン』は多数決を重んじていたギルド。たった1人の意志で皆が作り上げたものに勝手なことをしていいわけが無い。
ただ、ここまで攻め込んできたプレイヤーはいまだいないため、彼らはずっとここで出番を待っていたのだ。
NPCを哀れに思うなんていうのは、愚かな行為だ。モモンガはそう考える。感情の無い、データーでしかない。もし感情があるように思えたなら、それはAIを組んだ人間が優れていたということである。
しかしながらギルド長たるもの、しもべを働かせるべきであろう。
考えてしまったえらそうな思考に自分で突っ込みを入れつつ、歩き出す。
複数の足音を引き連れながら、広い通路を歩いていく。
やがて大広間へと到着した。
そこは半球状の大きなドーム型の部屋だ。天井には4色のクリスタルが白色光を放っている。壁には穴が掘られ、その中には彫像が置かれていた。
彫像はすべて悪魔を形どったもの。その数67体。
この部屋に名づけられているタブ――名前はレメゲトン。
置かれている彫像こそ、ソロモンの72柱の悪魔をモチーフにした、すべてが超が点くほどの希少魔法金属で作り出されたゴーレム。72体いないのは単純に作っていた人間が途中で飽きたためである。
天井の4色のクリスタルは敵侵入時には地水火風の上位エレメンタルを召喚し、それと同時に広範囲の魔法攻撃を開始するモンスターだ。
この部屋こそ最終防衛の間。レベル100のパーティー2つ――12人ほどなら崩壊させられるだけの戦力である。
そして目的の一つ前の部屋でもある。
その部屋を横切り、1つの大きな扉の前に立つ。
3メートル以上はあるだろう巨大な扉の右の側には女神が、左の側には悪魔が異様な細かさで彫刻が施されている。
流石にこの扉までは動かないのだが、こう見ると今にも襲い掛かってきそうなぐらいの作り込みだ。
「……動かないよな?」
モモンガは多少の不安を覚えながら、扉に手を触れる。流石の彼もこの迷宮のすべての作りこみを完全に把握しているわけではない。もしかすると引退していった誰かの、変わった土産があっても可笑しくは無い。
第一、そういうことをやってくる人間も2人ほどいたのだから。
結果襲われることなく、自動ドアであるかのように――だが、重厚な扉に相応しいだけの遅さで、ゆっくりと扉は開いていく。
そこは広く、高い部屋だ――。
数百人が入ってもなお余るような広さ。見上げるような高さにある天井。
玉座の間。
このナザリック大地下墳墓最奥にして最重要箇所。そして最も手の込んだ部屋だ。
壁の基調は白。そこに金を基本とした細工が施されている。
天井から吊り下げられた複数の豪華なシャンデリアは7色の宝石で作り出され、幻想的な輝きを放っていた。
壁にはいくつもの大きな旗が天井から床まで垂れ下がっている。
金と銀をふんだんに使ったような部屋の最奥――突き当たりには、数十段階段を昇った位置に真紅の布に大きく描かれたアインズ・ウール・ゴウンのギルド印がかけられていた。
その前に1つの巨大な水晶から切り出された椅子がおかれていた。
それこそ――玉座である。
モモンガは歩く。広い部屋を。
「そこまでで良い」
後ろに続く足音はそのまま続いてくる。
モモンガは苦笑した。今の命令では動かなくなるはずが無い。
ふたたび命令を出す。今度は間違えたりはしない。NPCは所詮プログラムだ。所定以外の命令では行動をやめさせることはできない。
「――待機」
足音が止まる。
奥の階段を上り、玉座の前まで来るとゆっくりと座る。
眼下で執事とメイドたちが固まって立っている。棒立ちというのもこの部屋ではすこし寂しいものがある。
確かこんなコマンドがあったような、モモンガは昔見たことがある命令一式を思い出しながら、片手を軽く上から下へと動かす。
「ひれ伏せ」
一斉に片膝を落とし、臣下の礼を取る。
これで良い。
モモンガは左手を持ち上げ、時間を確認する。
23:55:48
ぎりぎり間に合ったというところか。
今日が『ユグドラシル』最後の日――サービス停止の日である。
恐らく今頃ひっきりなしにゲームマスターの呼びかけがあったり、花火が撃ちあがったりしているのだろうか。
そういったすべてを遮断しているモモンガには分からない。
モモンガは背を椅子に任せ、ゆっくりと天井に顔を向ける。
最高難易度を誇るダンジョンだからこそ、乗り込んでくるパーティーがいるかと思っていた。
待っていた。ギルド長として挑戦を受け入れるために。
かつての仲間達全員にメールを送ったが来てくれたのはほんの一握りだ。
待っていた。ギルド長として仲間を歓迎するために。
「過去の遺物か――」
モモンガは思う。
もう中身がスカスカでも、そこにいたるまでは楽しかった。
目を動かし、天井からたれている大きな旗を数える。合計数41。
「そうだ、楽しかった――」
月額使用料金1500円にもかかわらず、モモンガは月5万円以上は課金していた。ボーナスを狙っての宝くじには10万はぶち込んだものだ。別に金持ちだとか高給取りだとかではない。単純に趣味が無かったため、お金の使い道がユグドラシルぐらいしかなかったというだけだ。
まぁ、『アインズ・ウール・ゴウン』自体、社会人で構成されていたということもあり、ほぼ皆が課金はしていたのだが、その中でもモモンガはトップクラスだった。
サーバー全体でもかなり上位に入るだろう。
それだけはまっていたのだ。冒険も楽しかった。だが、それ以上に友達と遊ぶのが楽しかったのだ。
両親はすでに無く、友達が殆どいないモモンガにしてみれば、このギルド『アインズ・ウール・ゴウン』こそ自分と友達達の輝かしい時間の結晶なのだ。
杖を握り締める。終わりの時間は迫っている。
視界の隅に映る時計には23:57。サーバー停止が0:00。
もう殆ど時間は無い。
空想の世界は終わり、普段の毎日が来る。
当たり前だ。人は空想の世界では生きれない。
モモンガはため息を1つ。
明日は4:00起きだ。このサーバーが落ちたら直ぐに寝なくてはならない。
23:59:35、36、37……
モモンガもそれにあわせ数えだす。
23:59:48、49、50……
モモンガは目を閉じる。
23:59:58、59――
時計と共に流れる時を数える。幻想の終わりを――
ブラックアウトし――
0:00:00……1、2、3
「……ん?」
モモンガは目を開ける。
見慣れた自分の部屋では無い。ここはユグドラシル内の玉座の間だ。
「……どういうことだ?」
時間は正確だったはず。今頃サーバーダウンによる強制排出されているはずなのに。
時計を確認する。
0:01:18
0時は確実に過ぎている。そして時計のシステム上、表示されている時間が狂っているはずが無い。
モモンガは困惑しながらも、何か情報は無いかと辺りをうかがう。先ほど、自分が目を閉じたときから何も変わっていない。玉座の間だ。
「サーバーダウンが延期した?」
考えられる。
何らかの要因によってサーバーのダウンが延期しているのだ。もしそうならGMが何かを言っている可能性がある。モモンガは慌てて今まで切っていた通話回線をオンにしようとして手が止まる。
システムコマンドが一切出ない。
「何が……?」
システムコマンドだけではない。本来なら浮かんでいるはずのシステム一覧も出ていない。モモンガは慌てて他の機能を呼び出そうとする。シャウト、GMコール、システム強制終了入力。どれも感触が無い。
まるで完全にシステムから除外されたようだ。
「どういうことだ!」
モモンガの怒号が広い玉座の間に響き、そして消えていく。本来なら反応するはずの無い八つ当たり気味のものだったはずだ。そう、先ほどまでならば――。
「――何かございましたか、モモンガ様?」
初めて聞く老人の声。モモンガは呆気に取られながら声を発した人物を見る。
それは頭を上げた執事のものだった。
――――――――
※ やっと転移しました。でも主人公無双はまだまだ先です。当分は説明が続くような予感。