セバスと別れ、戻ってきたクライムはラナーに何があったかを伝える。通りであったこと、セバスの話、そしてセバスが助けたという女性。
そしてその女性を匿ってもらえるかというクライムの質問に対し、迷いの時間は数秒も無い。即座という言葉が相応しい速度で発された、ラナーの返事は快いものであった。
「うん、構いませんよ」
「ありがとうございます」
優しく微笑んでいるラナーに、クライムは深い感謝と共に頭を下げる。
王女であるラナーの領地はかなり広く、それを考えれば女性の1人ぐらい匿うことなぞ容易いことだ。領内の外れの方の村にでも入れてしまえば、滅多なことでは情報は漏れないだろう。つまりは彼女の安全はかなりの確率で保証できるということだ。
これで突然現れたにも係わらず、自らに修行を着けてくれたセバスへの恩義を返せる。そしてラナーがそう判断したということは、迷惑をかける可能性も低いのだろうと、クライムは胸を撫で下ろした。
「クライム……心配した? 私が断ると?」
僅かに悲しげな色を含んだラナーの言葉に、クライムは弾かれたように頭を上げる。
「そ、そのようなことはありません! お優しいラナー様なら決して断らないとは思っていました。ですが、それによってラナー様にご迷惑をかけては従者として許されることではありません! ですのでもし、心配していたとするなら、ラナー様にご迷惑をかけることに対してです!」
クライムはあの拾われた日から、ラナーをこの世界でも最も優しい女性の1人であろうと信じている。
慌てて言葉を紡ぐクライムを見て、微かにラナーは唇の端を優雅に緩めた。その態度に先の発言が冗談だったと悟り、クライムは安堵のため息をつく。
ラナーという女性を悲しませることがあってはならない。そんなクライムの感情は、憧れの女性を眩しく仰ぎ見たことのある男性ならば理解できるだろう。
「……少しばかりその老人に会ってみたいわね」
「うんうん、でもおじいさんかー、残念」
「……はぁ」
横で話を聞いていたラキュースが興味を惹かれたように呟く。それに同意するようにティアが頭を縦に振る。
それは王国最強であるA+冒険者としての意志を含んだ言葉だ。
クライムが見るところガゼフ級という人物――セバス。そんな人物が居れば情報が耳に入っているはずなのに、A+冒険者である2人ですら名前に覚えが無い。それは興味を惹かれてしかるべき存在だ。
「外見を偽ってるとかありそうね」
「うーん、かもしれないね」
「A+やAクラスの冒険者で老人はいなかったし」
「外見から考えると、世捨て人って線も消えそうだしね」
「なら、女性の件でもう1度会う約束をしております。その際先方にお尋ねして、もし許可をいただければお会いしてみますか?」
「ええ、よろしく、クライム」
「畏まりました」
クライムはラキュースに頭を下げ、これで1通りの話は終わりだという空気が室内に生まれる。しかしながら、それをラナーは容易くぶち壊した。
「ところで、クライム。本当はもっと言いたいことがあるんでしょ?」
王女という地位に相応しい、落ち着きながらも豪華なこの部屋の空気がピキリと音を立てて凍りついたようだった。ラキュース、クライムは互いの顔を見合わせ、言葉無く視線を駆使して相談を行う。ティアはぼんやりとその光景を眺めているだけだが、そのぼんやりとした空気はまるで自分に話しかけるなという無言の障壁のようでもあった。
「……何を?」
ごくりと唾を飲み込み、クライムはラナーに尋ねる。そんなクライムを迎撃したのは不思議そうなラナーの瞳だ。
「クライムはもっと別のことを言いたいんですよね? もっと別のことを私にお願いしたいんですよね?」
ニコリと笑うラナーに、クライムは冷や汗が背筋を流れるのを感じ取った。
同じテーブルに座っているラキュースが僅かに怪訝そうに表情を歪め、それから何を言っているのか予測が付いたのか、しかめっ面へと変化する。
クライムが言いたいことはたった一言。
助けれないのか。
それだけである。
他にも捕らわれている人が居て、それらの人に救いの手を伸ばせないのか。だがしかし、そんな思いを込めた言葉をクライムは告げるすべを持たない。
目を閉じて知らない振りをすれば、何事も無く全て終わるのだ。多少の罪悪感は残るだろうが、実際に被害が出るよりも良い。
「その様なことは何もございません、ラナー様の勘違いかと」
「そう? クライムの考えていることは大体分かるんだけど」
「で、では今回が初めてお間違いですね。わ、私は何も特別なことを願ってはお、おりません」
「本当に?」
覗きこむように、ラナーがクライムの顔を伺う。
「は、はっ……その通り、です」
じわりと額に滲み出した汗を感じながら、クライムは言葉を濁す。ここから先は踏み込んでも利益どころか不利益しか出ない領域だ。ラナーという自らの主人の利益を考えれば、クライムの考えたことは破棄すべきアイデアである。
ラキュースも眉を顰めているのは、ラナーが言いたいこととクライムの思いを理解しているからだ。
「ねぇ、アルベイン。クライムの言う、セバスさんの拾ったという女性のいた地域から何か調べがつかない?」
答えの前にはぁ、と1つのため息。
「……あんまり首を突っ込むべき話じゃないと思うけど?」
「なんで?」
「なんでって……」
無邪気そうに顔を傾げたラナーに、脱力をしたようにラキュースは説明する。
「王都の闇に首を突っ込むのはよした方が良いということ。まぁ、あなたがどうこうされるということはないだろうけど、それでもあんまり良いものは見れないと思うわ」
困っている人がいて、救いの手を伸ばす。それは素晴らしい行いだ。しかし、事はそんな簡単にはすまない。王族という圧倒的な権力を持っていようともだ。それらの人を救うという行為は、それらを苦しめている存在と敵対する行為に繋がるのだから。
闇社会というのは欲望によって生じる、社会の腐敗した部分だ。当然、利権関係で王家とだって繋がっている犯罪者だっているだろう。ある意味必要悪な部分があるのだ。それとの敵対行為は弱りつつある王家に大きな落とし穴を作りかねない。
だからこそクライムも、その他の人を助けるという関係の発言は一切しなかったのだ。
ラキュースは迷う。
そういう汚れを王国で最も綺麗な人物に見せてよいのか。そしてそんなものの存在を知って、ラナーという女性が変に動き出したらどうすれば良いのか。
――答えは出ない。
「お願い、調べてくれる?」
じっとラキュースは友人の顔を見つめる。この友人は人の気持ちを理解するのが鈍い女だ。ただ――チラリとクライムに視線を流す――クライムの気持ちだけは異様なほど理解するのが早い。
もしかして気持ちを理解しない、空気の読めない女というのは演技なんでは無いだろうかと持ってしまうほど。
いや――。
ラキュースは被りを振る。いくらなんでも自分や王家を追い込むような演技まではしないだろう。
「無理」
「なら誰かにお願いするから――」
「――止めておきなさい。友人からの警告よ?」
「なら苦しんでる人は見捨てるの?」
「……それは……」
「仕方が無いんじゃないですか? 運が悪いからと諦めてもらうのが一番ですよ」
元々、イジャニーヤの一員であるティアの発言は容赦が無い。
「民が苦しんでいるのを、見捨てるのが正しい王家の人間の行動なの?」
「…………」
「……むぅ」
クライムとラキュースは言葉に出せない。
確かにラナーという女性ならするだろう行為ともいえるからだ。
黄金と称されるこの女性は民を考え、弱きものを考え、助かろうと足掻くものへ手を差し伸べる。
そんな女性なのだから。
クライムは思わず現れてしまいそうになる敬愛の念を必至に堪える。クライム本人としては非常に嬉しいのだが、ラナーのことを考えれば良い行動とはいえないために。
ラナーとラキュースは見つめあい、そしてラキュースは折れる。
「はぁ、分かったわ。調べてくるから少し待っていて。ティア行くわよ。あなたのコネクションを使って、盗賊ギルドから情報を買ってきましょう」
◆
「調べてきたわ」
それがものの3時間足らずで帰ってきたラキュースの1言だった。
先ほどまではドレスを纏っていたのに、今のラキュースは服装を変え、非常に動き安そうな格好をしている。冒険者が鎧の下に着る厚手の服だ。ただ、王女の前にくるということもあって、その中でも充分に綺麗なものを選んでるのだろう。泥や汚れ、あとは血の色といったものが一切無い。
それに動きにあわせて、微妙に花のような良い香りが立ち込める。香水なんて自分の位置をばらすようなものを冒険する人間が使うはずが無いので、それなりに気を使っていることか。
「お帰りなさい。さぁ、座って」
ラキュースとティアはラナーの指し示した、3時間前まで座っていた席にどかりと座る。その体を投げ出すように座り込む姿は、情報収集を急いだために疲労したことを充分に物語っていた。
「お、お早いのですね」
テーブルに座ったラキュースとティアの前に飲み物を準備しながら、クライムは尋ねる。
デキャンターのようなものから注がれる水には、ほのかな柑橘系の匂いが漂っていた。グラスを掴み、ラキュースは一気に呷る。綺麗な――染み1つ無い健康的な喉がごくごくと動き、果実水を即座に胃に収めた。
「はぁー」
こつんと置かれたグラスに、クライムが再び果実水を注ぐ。クライムはラキュースの横に座るティアに視線を動かす。両手でグラスを掴み、ハムスターとか小動物を思わせる雰囲気でちびりちびりと飲んでいるティアのグラスには、果実水はまだ充分に入っている。
それを確認すると、クライムは自らに許可された席へと腰を下ろす。
「ありがとう、クライム」
今度はゆっくりと唇を湿らすように、果実水を含んでから、ラキュースは1つため息をついた。
「えっと、元々、盗賊ギルドも厄介だと思っていたみたい。それで彼らが内偵を進めていたお陰で、直ぐに情報が集まったわ。始める?」
「ええ、お願いします」
「……ねぇ、ティエール。私はこれをあなたに言って良い話なのかどうか判断がつかないわ。こういった世界があるというのは知るべきだろうと思うけど、それが正しいのかまではね」
「……教えてアルベイン。知るべき事だと思うから」
「……なら一切隠し事はしないわ。それに言葉もあまり濁さない。構わないわね?」
じっと見つめるラキュースに、ラナーは微笑む。それは何も考えてないようにも、強く決心しているようにも思える不思議なものだ。ラキュースもじっと見つめ、僅かに首をかしげた。読めないのだ。
「まずは彼らは3つの店を経営……持ってるわ」ラキュースの表情が険しくなる。「1つが子供とか年齢が若い子を使っているところ。1つが成人しているけどなんとかなる人。そして最後が……先の2つでボロボロになった人が回されるところで、廃棄目的の使い方をするところ。最も下種なお客さんが集まるところよ」
処分を兼ねたところね、とラキュースは最後に呟く。
「で、その店はディーヴァーナークの8本指という奴らが色々と運営管理を行っているわ」
「ディーヴァーナーク? 堕落と快楽の魔神ですか」
クライムが横から尋ねる。
13英雄が倒した魔神とは別ではあるのだが、ディーヴァーナークは魔神の1体であり、穢れた欲望などを統べるとされる、神話において炎神に焼き尽くされ、魔界に封じ込められたという存在だ。
そんな魔神の持つ8本指は、人の大きな欲望8つを意味するとされていた。
「それじゃ、邪教集団が後ろにいるのかしら?」
「そうだったらよかったんだろうけど、残念ながら違うわ。単純にその名前を使っているみたいね。盗賊ギルドの調べによると」
邪教集団なら討伐する大義名分が出来る。これは流石に後ろに貴族がいたとしても庇うことの出来ない、重大な法違反だからだ。流石に神殿まで敵にするような人間を、いくら同じ派閥の貴族でも庇ったりしないだろうし。
「えっと、戦闘能力に長けているのは8人中5人。その他は店の金銭的な管理、法律的な管理、貴族とのパイプの強化やもみ消しの3人のようね。一応、その8人の外見的特長や能力を大雑把に教えてもらってきたわ」
ラキュースは厚手の紙を数枚取り出し、テーブルの上に広げた。
「失礼します」
クライムは手を伸ばし、紙に走り書きされた文章を読む。女性の手で書かれたそれは、ラキュースかティアの手によるものだろう。
名前、外見、そして主となる戦法。使っている武器等々、非常に細かく書かれている。
同じように紙を眺めていたラナーは興味を失ったように紙を戻す。王女であるラナーからすれば興味を引かれないのも当然か。
「えっと、強いの?」
「……何を基準に考えるかね。私たちからすれば全員大した敵じゃないわ。でもクライムからすれば強敵というより勝てない奴が何人かいるわね」
恐らく3人。もしかするともう1人追加というところだ。
クライムは全部の紙を眺め、そう判断する。
「えっと、それでその店は元々貴族とかのお払い箱になった女性が安く売られてきて、働かされているみたい。安く売られてくるのは処分も兼ねてるからね。それに最悪なタイプの性欲の発散にも使われているんでしょうね。最後の店ではかなり人が死んでるみたいよ。多分殺されてるんでしょうね。バラバラになった手や足の処分というのも見つかってるらしいわ」
太陽が雲に隠れるように――ラナーという女性の美貌にわずかな影が掛かる。その表情を見て、こんな世界のことを聞かせるべきではない。しかし知ってもらいたい。その2つの相反する感情がクライムの中に生まれる。
「そして厄介なことに裏にいる貴族はイズエルク伯ね」
ラキュースの言葉を聞いて、先ほどのラナーよりも強くクライムは眉を顰める。
王宮内の権力闘争はラナーまで飛び火しかねない危険な大きな炎だ。そのため彼は貴族の権力闘争もある程度は知るように努力している。無論、どこの派閥からも遠慮されてはいるために、充分な知識を持っているわけではないが、食堂や訓練所などでの兵士の動きを見ていれば僅かには理解できる。
闇のもぐった部分は不明だが、それでもクライムの知識ではイズエルク伯は――
「――王派閥の中堅貴族ですか」
みたいねとラキュースが肩をすくめる。
貴族の令嬢ではあるが、冒険者としての名高い彼女は貴族社会に関する知識はクライムより劣る程度しか持っていないはずだ。そんなクライムの疑問をラキュースは容易く答える。
「盗賊ギルドで聞いたわ。当然、後ろ盾のイズエルク伯についてだって盗賊ギルドだって調べているわ。その店の用途はどうも、派閥の強化や寝返りなんかに使っているみたいよ? 下種な欲望を満たして後腐れは無い」
反吐が出るとラキュースが呟く。
「さて、大雑把に説明したけどこんなところかしら?」
「完璧」
「そう、ありがとう、ティア。さて、どうするの?」
沈黙という帳が室内に下りる。そしてそれを切り裂くのはラナーの一言だ。
「兵士を動かして、ずばっと」
「無理ね」
ずぱっと切ったのラキュースだ。その勢いに押され、ラナーはそれ以上を口には出さず、別の手段に思考を巡らせる。
王女だからといって兵士を動かせるのはかなり難しい。
王女直轄の兵士がいればこんなことを考えるまでも無いのだが、残念ながらラナーには直轄の兵士はクライムぐらいなものだ。そのため兵士を動かすとなると命令を下す必要が出てくる。そうやってこの場合は王派閥の兵士を動かすこととなるだろう。
しかしながら相手の後ろ盾となるイズエルク伯は王派閥の貴族。どのようなコネクションがあるのかまでは不明だが、動員した兵士の動きが遅くなる確率が非常に高いのは容易く想像できる。
では貴族派閥の兵士を動員したらどうなるのか。
それは対立派閥に一撃を食らわせることの出来るチャンスを、敵対しているはずのラナーから貰ったようなものだ。全力で命令をこなし、そこに囚われている人は助かるだろう。しかしその結果として確実に王派閥の勢力をそぎ落とすものとなり、王派閥に亀裂を入れかねない原因へと繋がる。
つまりは兵士を動員等、ラナーの権力を使った行為では良い結果をもたらすことは出来ない。そのため次の案は――
「冒険者を動員したら問題は解決しますよね?」
「……でしょうね」
ポツリとラキュースは答えるが、その目に宿っているのは否定的な意志だ。次に説明したのはティアだ。
「冒険者なら問題は解決する。でもイズエルク伯の問題は解決しない」
イズエルク伯が裏で手を引いている商売を潰した場合、禍根は確実に残る。それが例え王女の命令だとしても。いや王女の命令だからこそというべきか。派閥の中心になる人物が派閥にダメージを与える行為をするのだから、派閥を大きく揺らす問題に繋がりかねない。
イズエルク伯が裁かれればもっと大きな問題に発展するだろう。
つまりはどう転がっても王派閥にはダメージとなる。だからこそラキュースは反対しているのだ。どっちにしてもラナーという友人の不利益にしかならないから。
「どうして? イズエルク伯が捕縛されれば問題は解決じゃなくて?」
「だから、そんな単純にはいかないのよ。派閥を揺るがしかねないの」
「……そんな悪い人は派閥に必要あるのかしら?」
「……派閥というのはそんな簡単なものではないわ。そしてある意味イズエルク伯が必要悪とされている可能性だってあるんだから」
「依頼人を隠せばいいんじゃない?」
「ギルドはその辺を調べるから、ラナーが依頼したということを完全に隠すのは難しいわ。ワーカーを雇うしかないけど……ワーカーは信頼性にかける場合があるから」
「ならアルベインが雇うというのは?」
「勘弁してよ。一応私も貴族の娘よ。下手なこと出来るわけ無いんじゃない。家に迷惑が掛かるわ」
「そうなの? でも正しいことしてるんだから……」
「はぁ。……いい? イズエルク伯が運営している店をどうにかするなら、イズエルク伯と交渉しないといけないわ。もしくはイズエルク伯に黙らせるだけの圧力をかけないといけない」
「王女である私なら圧力ぐらいできますよね?」
ね? とラナーはクライムとラキュースを交互に見る。
分かんないかなぁ、そう疲れたように言ってから、ラキュースはクライムへチラリと視線を動かす。そしてそんな視線に含まれた意味を、クライムは鋭敏に理解した。
「……ラナー様。正直、圧力をかけるのは難しいかと思います。ここまで考えてくださったラナー様のお優しさは皆、充分に理解しております。ただ、これは非常に繊細な問題。歯を噛み締めて、目を伏せるのが得策かと」
クライムはそうは思わないのだが、ラナーは根回しの大切さをあまり理解しない、わが道を行くタイプの女性だ。今回のような微妙な問題である場合、突き進んだ結果大怪我をする可能性は非常に高い。それをみすみす見過ごすわけにはいかないのだ。
自分の好きな女性が、ズタズタに傷つく、茨の道をあえて行くことを望む男はそうはいない。クライムはそれぐらいなら自分がズタズタに傷ついて、切り開いた少しは安全な道を歩いて欲しいと思うタイプの男だ。
囚われ、奴隷のごとき扱われ、そして死んでいく人は可哀想だし、そんなことをする奴らには吐き気すら催す。しかしクライムにとって最も大切な女性はたった1人であり、その人物のためならば目を逸らすのも仕方が無いことだと考えていた。
「クライム以外の直属の兵士を私も持つべきでしたね」
「そうだったかもしれません」
「持っていても貴族関係の問題は解決しないけどね」
「王女様は綺麗なお飾りだから」
「ティア!」
「事実」
重い沈黙が落ちる。ラキュースはティアに鋭い視線を送るが、爆弾発言を行ったティアの表情に変化は無い。
「アルベイン、クライム。やっぱりお飾りなんですよね」
「そ、そのようなことはございません!」
クライムは大声で言う。それは誤魔化すポーズのようであり、そしてそんなことに騙されるラナーではない。
「……本当ですか?」
「うっ……」
純粋なラナーの瞳に飲み込まれたように、クライムは言葉を続けることが出来なくなる。ティアの言ったことは事実だとクライムも思っているから。
ラナーは目を閉じ、頤を上に向ける。
そのまま数秒の時間が経過する。クライムはなんと慰めればよいのか考えるが、ちょうど適した言葉を思い浮かべることが出来ない。ラキュースも無言で、顔を歪めるだけだ。
「……仕方ありません。レェブン候を呼んで下さい。つい最近の色々な事態に対する会議で来てましたので、まだ王都内にいるはずです」
「候をですか?」
クライムの記憶では6大貴族の1人で、王派閥に属する貴族だ。ただ、その中でもある意味異質な存在であり、レェブン候の兵士達もあまり王派閥の兵士と仲が良い雰囲気をみせない。
そんな人物を? という疑問が浮かぶが、ラナーの命令であればクライムのすべての考えに優先される。ただ、念のために1つだけ確認は取る。
「……もう遅い時間ですがよろしいですか?」
クライムの視線が動き、窓の外の光景を確認する。外の天空には星星が浮かび、夕闇が世界を支配している。ただ、夕食の時間にはまだなっていないが、これからアポイントも取っていないのに呼ぶというのはある意味あまり品の良いことではない。
勿論、王女であるラナーの召喚を受けて、大貴族といえども断れるわけが無いが。
「構いません。私から緊急でお願いしたいことがあると伝えてくれれば、来ていただけると思います」
「畏まりました。ではこれからレェブン侯をお呼びしてきます」
クライムはゆっくりと席から立ち上がった。
「アインドラ様、では少し失礼します」
「ええ……。ねぇ、ティエール。蝙蝠を呼ぶなんて、何を考えているの?」
そんなラキュースの疑問の声を背中に聞きながら、クライムは部屋を出る。
◆
1人の男がラナーの前に姿を見せた。後ろにクライムを引き連れて。
金髪を完全にオールバックで固め、切れ長の碧眼は冷たい光を放っていた。顔色は光に当たっていない人間特有の不健康な白。長身痩躯と相まって蛇のような感じのする男だ。
年齢は40代になってないのだろうが、不健康な白さがやけに歳を取っているようにみせた。
身嗜みは完璧としか言う言葉が無い。何か特別な獣――恐らくはモンスターに属するもの――の毛で作られたのだろう金糸の入ったダブレット。前ボタンや衿周りの装飾は非常に凝っており、光の反射する様を考えるならボタンには小粒の宝石が埋め込まれているのだろう。
細い立て衿が首を取り巻き、ヒラヒラの純白のシュミーズが首を包み隠している。謁見にも使える最高級の服を、見事に着こなしている様は、まさに王国の6大貴族の1人に相応しい姿だった。
男は室内に入ると、非常に品良く頭を下げる。
「お呼びになられたと、ラナー殿下」
「はい。良く来てくれました、レェブン侯。頭を上げてください」
イスに座ったまま、ラナーは答える。
顔を上げたレェブン候の顔には薄い笑いが貼り付けたようにあった。それはどちらかといえば陰湿なものではあるのだが、何故かこの男には非常に似合っており、薄気味悪いという以上の印象を与えない。
「どうぞ、こちらに」
「はい」
レェブン候は室内に入り、ラナーの元まで近寄る。
「しかしこのような遅い時間に一体何事でしょうか? 殿下がお呼びともなればいつ如何なる時でも馳せ参じる気持ちではありますが」
「ありがとうございます。王国最高の知者たるレェブン侯にそう言ってもらえ、これ以上の安堵できる返事はありません」
「滅相もございません。それに王国最高の知者は私ではなく、私の前にいらっしゃる方です」
2人は互いに慎み深く笑いあう。そしてラナーの視線が動く。
「クライム。あなたは隣の部屋に」
「畏まりました。ラナー様」
部屋の入り口脇で不動の姿勢をとっていたクライムは、1つ頭を下げると部屋の外へと出て行く。隣の部屋、控えの間に移動したのだ。
「さて、レェブン候。どうぞ、おかけください」
「これは恐縮です」
レェブン候はラナーに指差されたイスに腰を下ろす。ラナーはグラスに水を注ぎ、レェブン候に差し出す。
「どうぞ?」
「これはお手自らとは」
レェブン候はそれを取ると口に含む。
「クッツの果実水ですね。非常に美味です」
「それは良かったです。これよりはツィルの果実水の方がお好きかとも思ったのですが」
「いえいえ。ツィルの果実水はこの年だと、少々甘みが強く感じて、どうも口に中に残ってしまうんです。その点、クッツの果実水の酸味はちょうど良いですね」
「そうですか。では次回もクッツの果実水をご用意しておきますね」
「それはありがとうございます。ですが、次回は私のほうから何かご用意しましょう」
「それはレェブン候に悪いですわ。こちらがお呼びしたんですから」
「いえいえ。殿下のような美しい方への贈り物をしてそれを受け取ってもらえるというのは、男にとっても嬉しいものです」
そして一拍の空白の時間が開いた。レェブン候は細い目でラナーを観察し、ラナーはどこから話せばよいのかと考えて。
そして最初に口火を切ったのは、当然ラナーである。
「……あなたの知恵をお借りしたいのです」
単刀直入だ。駆け引きが殆ど無い言葉に、レェブン候の少しばかり切れ長の目が開き、驚きの色を湛える。しかしながらすぐさま平静を取り戻し、その色は隠された。
「私に知恵ですか……殿下に分からぬ問題があったとは……。それに答えられる自信がありませんな」
「大丈夫だと思います。宮廷のそういうことにはレェブン候の右に出るものはいないと思っておりますので」
「……ほう」
微かに驚きの声をレェブン候は上げる。
ラナーという人物は人間関係の上手いやり取りが非常に苦手な人間だというのが、レェブン候の知っていることだ。そして権力闘争においてもラナーは係わったことがほとんど無い。
では今の発言『宮廷のそういうこと』というのは一体何を指しての言葉か。
もし権力闘争等の暗い話であった場合、一体どこからその情報を入手しているのか。
クライムという線はほぼ消える。それは自らの兵士の中でも選りすぐりの者に時折監視させているためだ。どこかの貴族が擦り寄ったという話は聞かない。
では『蒼の薔薇』の一行か。それもまた消えるだろう。リーダーのラキュースは親しいだろうが、あまり貴族社会に関係を持とうとしないタイプだ。深い部分まで知っているはずが無い。
では2つの派閥を彷徨ったために蝙蝠と呼ばれるようになったからだろうか? 蝙蝠だから自分の方に飛んでくるかもという考えか?
そこまでをレェブン候は考え、のんびりと微笑む。情報が少ない中、予測を立てすぎると変な方向に行ってしまうのは自明の理。もう少し情報を集めてからでも構わないだろうと判断して。
「とりあえずはどのようなことお聞きしたのでしょか?」
「王派閥の影の支配者、というより王派閥を影で纏めている方としてイズエルク伯をどうにかすることは出来ませんか?」
「……は?!」
爆弾が突如目の前に投じられた、そんな顔をレェブン候はした。もしこの場にいれば誰もが驚くだろう。レェブン候という人物は、通常それほど大きく表情を変えないのだから。
ラナーは更に説明が必要なのかと、レェブン候の驚きを完全に無視して、のんびりと話を続ける。
「……いえ、本来であれば王派閥、他の2人の大貴族のどちらかに話を聞くべきかもしれませんが、ブルムラシュー候は帝国に情報を流してますよね? そうなると……」
「少し待っていただきたい!」
細い目を大きく見開き、レェブン候は僅かに掠れた声を上げる。
「ブルムラシュー候が……」
「ご存知でしょ? だからブルムラシュー候の元には、重要な情報は多く集まらないようにされてるんじゃないんですか?」
「…………!」
レェブン候は絶句し、ラナーを見つめる。
ラナーは先ほどと全然変わらない穏やかな表情で、違ったかしらとか呟いている。
「あ、なたは……」
殿下という言葉を忘れるほど、レェブン候は驚愕していた。
ラナーの言っていることは間違っていない。6大貴族の1人で、王派閥の大貴族ブルムラシュー候が王国を裏切っているのはレェブン候のみが知る事実である。そしてそんな彼を潰せないのは、彼を処分してしまうと派閥間の均衡が崩れてしまうためだ。
そのためレェブン候が必死になって貴族派閥に知られないよう上手く誤魔化しつつ、帝国に重要な情報が流れないようにしているのだ。そう今までは完璧に行ってこれたはずだ。
ではこの場所から全くでないラナーという人物はどうやって情報を得たのか。自らの作った情報封鎖が緩んでいるのか。
「どうやってそこまで……」
「少しは話を聞けば分かりますよ? メイド達とも時折話をしますし」
メイドの話なんか、どれほどの信憑性があるというのか。確かにここで働くメイドはどこかの貴族の娘であろう。そして家を気に入られようと話をするというのは充分考えられる。しかしそうやってラナーに流される情報のどれほどが真実か。しかし、それだって……。
ありえないという思いがレェブン候の心中を支配する。
しかしながら、ラナーの言っていることは――メイドとかの話等からの推測は――事実なのだろうとレェブン候の優秀な頭脳は納得もする。
目の前の女性は無数のゴミから、綺麗な部分だけを選りすぐって、宝石の嵌ったネックレスを自作したのだと。
故に――
「――ばけものか」
ラナーという女性に相応しい評価が小さく漏れ出た。
充分に聞こえているだろうに、ラナーは微笑むだけで無礼を嗜めるようなことはしない。レェブン候は先ほどまでの自らの考えを破棄する。
これは対等に相手をするに相応しい相手だと。そして過去の記憶は真実だったと。
「――畏まりました。襟懐を開かせていただきます。ただ、その前に本当のラナー殿下とお話をしたいのですが?」
「本当というのは?」
不思議そうに、そしてある意味無邪気そうにラナーは聞き返す。
「昔ある少女を見たことがあります。私の理解できないような高度な洞察から、計り知れない価値のある言葉を述べていた少女です。無論、私がその言葉に価値があると思ったのはかなり後のことですが」静まり返った室内にレェブン候の独白が響く「……ただ、私は当時はその少女の瞳を見て、価値が無いなと思ったのを覚えています」
「価値が……無いですか?」
ラナーが静かに尋ねる。
「はい。世界に対し何とも思ってない。全てを軽蔑している人間がしそうな空虚な瞳をしていたものですから」
室内の一変し、冷たくなった空気から身を守るようにレェブン候は肩をすくめた。
「ただ、それからしばらくして再びあったときの少女の瞳はまるで変わっていたのを覚えています。私はね、殿下。お聞きしたいのですよ、上手く誤魔化されているのか。それとも変わったのかを」
両者の瞳はぶつかり合う。しかし火花を散らすようなことは無い。どちらかといえば2匹の蛇が絡みつくような陰湿な争いだ。
そして突如、ラナーの瞳の奥がどろりと濁る。
その瞳に宿る色の変化を目視し、レェブン侯は懐かしいものを見たと薄い笑いを浮かべる。
「やはりですな、ラナー殿下。その瞳、昔見たものにそっくりです。あれから演技をされていたわけですか」
「違うわ、レェブン候。演技をしていたわけではないわ。あなたが見た時の私は満たされたのよ」
「……殿下の兵士、クライム……君ですか?」
「そう、私のクライムのおかげだわ」
「ほう。あの少年に殿下を変えるほどのものがあったとは……。汚らしい子供にしか思えませんでしたが……ふむ、殿下にとっての彼とはどんな存在なのですかな?」
「クライムですか……?」
すっとラナーの視線が中空をさ迷う。それはクライムという人物がどれほどの価値があるのか。それを表現するにはどんな言葉が妥当かを考えてだ。
ラナー・ティエール・シャルドロン・ランツ・ヴァイセルフ。
彼女という存在を一言で表現するなら『黄金』である。それはその輝かしいまでの美貌から来る言葉だ。しかしながら、そんな美貌すら霞む、1つの才能を持っているということを知る者は少ない。
彼女が持つ才覚とは、内政の天才というべきものである。
その才能はまさに神がもたらしたものとしかいえないようなものであった。閃きによって成り立っているようにも思われる彼女の考えは、無数の情報の欠片から、とてつもない洞察によって考察されたものなのだ。
恐らくはこの大陸を見渡しても、彼女に匹敵する才能を持つ人物はいないだろう。
唯一匹敵する存在といえば人間以外の存在である。ただ、それでも少ない。人という種を超える存在達であってすら、彼女に匹敵する存在は極少なのだ。
ナザリックでは有効活用されてはいないとはいえ、悪魔的叡智の持ち主であり、軍略、内政、外政――国家作用すべてに関して極限までの才能を持つ、守護者統括であるデミウルゴスを持ってして、ほぼ五分といえばその桁の狂いっぷりが理解できるだろうか。
人間は自らの視点で物事を考える。そういう意味では奇人や変人というレッテル張りこそ、彼女の天才さを表現するに、単なる一般人である凡人が下す評価としては正しいのかもしれない。
つまりはラナーはそれほどの天才なのだ。
ただ、彼女には1つの欠点があった。それは人の考えが理解できないということだ。
単純に彼女は自分が理解できることが、何故、即座に他の人間は理解できないか、それが分からなかったのだ。そして同じように彼女に匹敵するだけの才覚を持つ人間は無く、彼女の言葉の真意を掴み取れるものはいなかった。それは結果として彼女の発言は誰にも理解できないということに繋がる。
天才が故の孤独といえば通りは良いかもしれない。
もしここに彼女と同格の存在がいれば、彼女の天稟を悟れただろう。そうすればその結果は違ったはずだ。
しかしながらそうはならなかった。
結果としてあったのは幼い少女が理解不明なことを言うという、気持ち悪いまたは薄気味悪いという評判だった。ラナーは非常に可愛い少女でもあったため、嫌悪されることは少なく、愛はある程度与えられた。しかしながら自分の言ってる意味を誰も理解してくれないというのは、少女の精神育成に多大な負担をかけ、ゆっくりと時間をかけて少女は歪んでいった。
いや歪みかけた。
子犬がいなければそうなっただろう。
それは本当に気まぐれだ。ある雨の日、少女は死にかけていた子犬を拾った。その日が無ければ、もしかするとここには1人の魔王が生まれたかもしれなかった。人の気持ちを理解できず、数字でしかものを見ることが出来ない、大多数の人間を満たす魔王が。
拾われた子犬は、飼い主である彼女に1つの目を向けた。
重い目だ。そう彼女は思った。
無邪気に尊敬を向ける目。
人の考えが理解できない彼女が、それでも重いと感じてしまうほどの、誰もが理解できるような考え――心の篭った目。
人の考えが理解できない彼女にとって、その瞳は嫌悪であり、驚愕であり、愉悦であり、感動であり、そして――人間だった。
そう、彼女は自分と同じ人間をそこに見出したのだ。無論、それは才能という意味ではない。劣る者に教師が熱心に教えるがごとき――そういった対応を彼女は子犬に対してのみ覚えたのだ。
少女の拾った子犬は、やがて彼女の心の中で少年になり、そして男となった。
子犬の時も、少年の時も、男となった時も、その瞳は彼女を眩しく純粋な瞳で射抜く。
でも、それはもはや苦ではない。
その瞳があったから、彼女は幾分か普通に人として他人と会話ができるのだ。酷く劣った生物を相手にできるのだ。
「クライム……そうですね。この糞ったれな王国なんかどうでも良いから、クライムと結ばれれば……うーん。ついでにクライムを鎖で繋いで、どこにも行かないように飼えればもっと幸せかもしれません」
室内の空気が凍る。流石のレェブン候も驚愕の表情を浮かべた。
王国で最も美しいといわれる女性の、子供っぽく甘い発言が当然のように飛び出ると思ったからだ。いや、本当のラナーが姿をみせたことを考えれば、そこまで甘ったるいものではないかもしれないが、それでもそっち系の話が出るかと思っていたのだ。
今聞かされた言葉はレェブン候の想像からしてもあまりに突拍子もなさすぎる。そのためにフリーズしたのだ。しかしながら直ぐに再起動する。もしかしてこちらをからかっているのではないかと判断したためだ。
「飼えばよいではないですか。殿下のすることに……いや、難しいですな。協力者がいないと」
「そうですね。王女という外見を維持するとなるとそのようなことは難しいでしょう。……それに無理矢理にこちらを見てもらっても仕方が無いのです。あの目のまま、鎖で完全に縛り付けて、犬のように飼ってみたいと思うのです」
他人の性癖を聞かされて喜ぶ人間はそうはいない。レェブン候はラナーという女性の心中に触れ、できれば数歩下がりたい気分だった。
「犬……飼うとか……つまりは愛していないということですか?」
何を言ってるんだ、と馬鹿を見るような目でラナーはレェブン候を見つめる。
「愛してますよ? ただ、あの目が凄く好きなんです。犬のように纏わり付いてくる姿が好きなのです。この頃、なんか奇妙に聞き訳がよくなってしまって……つまらないんでしょうね」
「申し訳ありません、少々理解できない話でして」
「理解してもらいたいとは思いません。私が彼を好きだと、愛しているとわかってもらえればそれで良いのです」
おかしい。
レェブン候は頭を振りたい気持ちで一杯だった。
凄い――王女が単なる兵士を愛しているという爆弾発言を、場合によっては国が揺らぐような話を聞いているはずなのに、それ以上のとてつもないことを聞かされている気がする。
「まぁ、性癖というのは……」
「性癖ではなく純粋な愛なのですが」
訂正するようにレェブン候の意見を遮るラナーに、そんなわけないだろと突っ込みを入れたくなる気持ちをぐっと押さえ込む。
常人であれば思わず突っ込んだであろう。それを耐えるのだから、流石は大貴族として権力闘争を掻い潜ってきた人物であった。
「まぁ、愛ですね……ええ。ただ、現在の段階ではクライム……殿と結ばれるのは――」
「難しいでしょうね。それは充分に理解してますよ。状況から考えると非常に困難だと。全部の権力が私の手の中に集中している状況であれば問題なく出来たでしょうけど、現在の王国の状況ではどのような手段を投じても不可能でしょうね」
ラナーのどろりとした瞳に苛ついたものが浮かんだ。絶対にクライムの前では浮かべそうも無い、そんな表情も一緒に。
「殿下なら国を取れるでしょうに」
「無理ね。私はクライム以外の人間がなんで考えていることについて来れないのかが理解できないのです。つまりはクライム以外の人の気持ちが分からないんですよ」
なるほどと、レェブン候は納得する。
つまりはラナーを懐に収めるにはクライムと結ばせる協力をすれば良い。そうすれば強大な味方の誕生だ。
レェブン候は今回呼ばれたことを感謝する。
「とりあえず、わが子と婚姻を結ぶというのはどうでしょう?」
ピクリと額を悪い意味で動かしたラナーを差し止めるように、レェブン候は手を上げる。
「わが子と婚姻を結び、殿下はクライム君と子をなせばよい。わが子の跡継ぎは子供の最も愛した女性との間の子――私からは孫ですか、にすれば良い。そして申し訳ないが、殿下が母親というふうに偽装してもらう」
「なるほど。偽装結婚で血を入れるということですね」
「はい。そうすれば殿下は愛した男との間に子をなせ、わが家は偽装ですが王族の血を引き入れることが出来る。両者の得にはなっているかと思いますが?」
「非常に素晴らしい。王派閥の重鎮たるあなたが言えば、父も無下には出来ないでしょうし」
素晴らしいのか。レェブン候は脱力を覚える。
なんというか、ラナーという人物の評価を上げてよいのか、下げてよいのか見当がつかない。言えることは通常の女の子、女の子した姿は真っ赤な偽者ということだ。
女が男の前で偽装することは良く知っている。いうなら化粧も上手い人間がやれば変装と同じ領域なのだから。
「ご子息は今お幾つでしたか?」
「5歳になりました」
「では可愛い――」
「そのとぉおりです!」
細い目が大きく見開かれ、レェブン候が声を張り上げる。突如上がった大声にびくりとラナーが体を震わす。
「あ、……ゴホン。失礼しました」
「あ、いえ……」
ラナーとレェブン候の2人は互いに顔を見合わせ、それから僅かにそらす。
「さて話が反れてしまったようですね」
「ですが、非常に実りのある脱線でしたが」
それは両者ともそう思う感想だ。互いに大きなメリットのある話だ。レェブン候は王家の血を入れ、ラナーは愛する男と結ばれる。
「そうですね。ただ、レェブン候をお呼びしたのはある理由があってです」
「確か、イズエルク伯をどうにかすること……だとか?」
「はい。その通りです」
ラナーはレェブン候にイズエルク伯の店の話を始める。それを黙って聞いていたレェブン候は大きく頷いた。そしてラナーより渡された紙に目を通し、再び大きく頷いた。
「理解いたしました。そう珍しい話ではありませんが……つまりは娼館を潰して、その中で囚われている人々を救いたいということですね」
この娼館を潰したところで意味は殆ど無く、ある程度威圧をかけるだけにしか過ぎない。喉元を過ぎればこのような娼館はまたどこかの貴族が経営するだろう。それをいちいち潰していくつもりなのか。
レェブン候はそんなことを思いながら、とりあえず今回はラナーの願いを叶えるよう行動することを決心する。
自らの息子との婚姻に関して好意的に考えてもらっているのだから、もっとパイプを太いものとして、完全に味方に引き込みたいためだ。
「今回問題になるのは伯爵が王派閥ということでしょうか。王に忠誠を尽くしているのではなく、利益を考えての行為ではありますが」
「なら父からの命令で、権力を使えばその問題は解決するのではないのですか?」
「逆です。伯は権力的にはさほどですが、兵力的にはそこそこある人間です。幾つものコネクションを持ち、トータルとして発言力はそこそこ高い人物です。そんな人物を排斥しかねない行動は派閥にヒビを入れます。ですので権力という方面からその店を切り崩す行為は避けた方が良いでしょう」
「つまり?」
ラナーは不思議そうに尋ねた。人の気持ちが分からないラナーからすると、自分の損失となるイズエルク伯から他の貴族が手を引かないメリットが不明なのだ。
デメリットしかないではないかと言いたげな顔をしている。
それを見てレェブン候は僅かに背筋を冷たいものが流れるのを感じた。
ラナーは人間の気持ちが分からない。それはつまりはどれだけ友人としての関係を作ったと思っていても、彼女自身はなんとも思ってないということだ。つまりはどれだけ友好を深めたとしても、デメリットがメリットを上回ると判断した時点で切り捨てられる。
信義や恩義、友情、愛情、貸し借り。そういったものは彼女には通用しない。
ならばラナーという女性を上手く縛り付ける手段は1つ。
クライムを懐に収めることだ。
だが、ここで問題が出てくる。それはクライムを懐に収めようとすると、それは確実にラナーの知るところなり、下手すると厄介な敵を作ってしまうということ。
そこまで考えたレェブン候は笑う。
だが、しかし、そんな危険な爆弾だからこそ、懐に収める価値があるというもの。
とりあえずはここではラナーに恩義を売るのではなく、クライムに恩義を売ったと考えるべきだろう。
「……何か邪悪な笑みを浮かべられていますね」
「そうでしたか? イズエルク伯の力を削いだ後の考えてしまったもので」
「そうですか」
ラナーが無邪気に微笑む。黄金という言葉がまさに相応しい。そう思ってしまうほどの輝かしい微笑だ。
ただ、今のレェブン候からしたら、何を考えているという疑ってしまうものなのだが。
「さて、権力を使って強制的に店との関係を切らせるのではなく、伯のほうを上手く誘導して切らせてみせましょう」
「可能なのですか?」
「勿論ですとも。彼には幾つか貸しもありますし、そしてある程度は友好があります。そして何より貴族派閥の人間に知られ、情報を奪いに行動しつつあるという話を流します。一応、そんな娼館が存在しているのは、法律の面からすれば危険ギリギリの行為です。ですので関与があるということを知られれば、下手すれば失脚にも繋がりかねません。そのように私が色々と吹き込んでしまえば、潰してくれたことを逆に感謝してくれるでしょうね」
「では関係が切れた後、店の方はどうされるんですか?」
「そちらは潰してしまいましょう。貴族派閥の人間に情報を持っていかれる前に掃討したという名目で」
「手段はどのようにですか? 候の兵士を動員して行うのですか?」
「いえ、冒険者を使います。兵士を集めて使っても良いですが、その場合はある程度の人数が必要になります。王都内で下手に兵士を大きく動かすと目立ちすぎますし。その結果、情報が大きくもれると考えられます。そうやって貴族派閥の人間に調査という名目で口を出されると厄介ですので」
「一騎当千の冒険者で、情報が漏れるのを少なくするわけですね」
「そうです。殿下には個人的に友好関係の深い冒険者たちがいましたね」
頷くラナー。
「その彼らに、さらに私の子飼いの冒険者パーティーを動員します」
「それで順繰りに潰して回る?」
「いえ、短期に潰してしまわないと厄介です。もしかすると貴族派閥の者が兵士を動員して情報を奪おうと来るかもしれません。都市の治安維持とか名目立てされると引かざるを得なくなりますし」
店の中に変な情報があった場合、非常に厄介な問題になる。そのため突撃し、即座にあらゆる資料を奪う必要がある。
「問題は時間が少なく、店が4つあるということです」
「蒼の薔薇のメンバーに2手に分かれてもらうとして、私の子飼いが1つ。どう考えても1つ手が足りません」
「仕方ないですから、それは諦めましょうか? それとも他の冒険者を雇いますか?」
「冒険者を雇うとなると、色々と面倒です。金ですべてこなしてくれるワーカーを雇いたいところですが、今回の件は出来る限り情報の漏洩を避けたい仕事。出来れば殿下の蒼の薔薇と、私の子飼いだけで終わりにしたいですね。……見捨てるべきでしょうし、見捨てるとしたら最後の最悪の店でしょうね。その店に重要な情報等があるとは思えません」
そこで少しばかりラナーが考え込むような素振りを見せる。
「どうかいたしましたか?」
「クライムが……それを望まない……。でも危険……」
その短い呟きだけで、ラナーが何を考えているかは充分理解できる。
「クライム君は皆を助けたいと思ってるのですか? 子供ですね」
そして苦笑いをレェブン候は浮かべた。
実際、最後に回された店で働かされている人間を助けられる可能性は低い。まず回復魔法をかける費用、次にかけたとしても回復させることの出来ない人間だっているだろう。それに助けた後、如何するのかという問題だって出てくる。
それが分からず、只助けたいと思ってるだけだとしたら、子供としかいえないだろう。
「ですけど、だからこそのクライムなんですが」
にっこりとラナーは笑う。そこで初めてレェブン候は、ラナーが美しい女性だと知ったように目を細めた。今、ラナーの浮かべた表情に嫌なものはなかった。純粋に惚れた男を自慢する女のものだったからだ。
「ではしょうがありません。クライム君には最後の店の近くにいてもらって、どこかの店を攻略し終わったメンバーと共に潜入してもらいましょう」
「他のメンバーと共に他の店の襲撃メンバーに入ってもらうのはどうですか?」
「それも悪くはありませんが、怪我を負う可能性もあります――」
「――それが良いですね。クライムには見張り番をやってもらって、襲撃を終えたメンバーと共に最後の店を襲ってもらいましょう」
「しかし……正直、何故、その娼館を潰そうというので? メリットがあまりにも無いことは理解されていると思うのですが?」
不思議そうなレェブン候にラナーはそんなことかと笑う。
「クライムがそれを望んでいるからです」
「と言いますと?」
「クライムの思うラナーと言う女性像を演じていると言うだけですよ」
「……演技で捕まえると大変ですよ? 男とはそんなものじゃないと思いますが……」
妻と子を持つ身としてのレェブン候の言葉には重みがあった。だが、ラナーにはそれは分からない。言葉どおりの意味でしか。
「そうですか? まぁ、完全に鎖で縛るまでの我慢ですし、別に全部が演技と言うわけでもないですから。単純にクライムが思ってることをやってあげたいと言う気持ちだけですから」
「それならよろしいのですが……」
よろしいのか? そんな疑問を抱きつつ、あんまり納得はしていないが、愛の形は人それぞれだと無理矢理にレェブン候は納得する。
「では時間も無いことですし、早急に動きましょう。恐らくは王女の下に私が行ったということは既に情報として流れつつあるはずです。この機を逃せば監視が厳しくなることは確実ですので」
「レェブン候にはご迷惑をおかけします」
「何。我が子の――偽りの妻のためとあらば、この程度のご協力はなんでもないというもの。私は早急に冒険者を動かすのと同時に、伯爵の下に行こうと思っております」
「1時間後に行動開始ということ問題はないですか?」
「私の方は冒険者の予定も空いておりますし、問題はございません。ですが殿下の方は?」
「私の方も問題ありません。蒼の薔薇の予定は先ほど聞いておりますので」
「では動くとしましょう」
「そうしましょうか。隣の部屋にクライムと蒼の薔薇のリーダーのラキュースがいます。彼らにも説明をしてもらえますか」
「畏まりました、殿下」
◆
クライムは黒い塊を手に持つ。プルプルと震えるそれは非常に柔らかい性質のもので、クライムの手の中で重力に引かれて平べったく姿を変えていた。
そんな液体が詰まったような奇妙な玉を、クライムは自らの体――鎧に叩きつける。
バシャっと音を立てるように広がった球体は、クライムの白いフルプレートメイルに黒色の斑を作る。先ほどのクライムが持っていたものは、黒い染料が入った玉。そういう認識が正しい光景であった。
だが、それで終わりではない。そんな単なる玉を潰したわけではないのだ。
クライムの鎧を汚した黒い染料がもぞもぞと動き、全身に広がるように鎧の表面を流れ出したのだ。そしてものの数秒でクライムの鎧は、一箇所の塗り残しも無く、輝かしい純白からつやの無い漆黒へと変わる。
クライムが潰した球体こそ魔法の染料<マジック・ダイズ>と呼ばれるアイテムである。高位のものであれば、酸や炎、冷気等に対する抵抗のボーナスをくれるものもあるそうだが、クライムが使ったものは単なる色変えの効果しかない。
これを使ったのも言うまでも無く、クライムの着用する純白のフルプレートメイルは目立ちすぎるためだ。だが、逆にこうやって色を変えてしまうと、通常のイメージが強いため、即座にクライムと結び付けられないというメリットもある。
「クライム」
色変えが終わったのを確認し、準備が終わったと判断したのであろう。ラキュースが近寄ってくると、今回の計画の最終的な目標等の確認作業をはじめた。
今回の仕事は4つの娼館を襲い、中に囚われている人の救出、そして内部資料の奪取である。その際、店の人間は優先的に掃討し、客は出来れば気絶程度で押さえる。客を助ける理由はレェブン候がこの一件を武器に脅して利用するためだ。
4つの娼館への襲撃は、2つの店は蒼の薔薇がパーティーを2つに分けて対処。もう1つの冒険者パーティーがもう1つ。クライムは最後の娼館の監視に当たる。
その後、襲撃の終わったパーティーがクライムと共に、最後の娼館に襲撃をかけるという戦法を取る。
今回の仕事は非常に秘匿性が高く、貴族派閥の人間に知られてはいけない。そのため、大騒ぎになるような行為は出来る限り慎むこと。および情報が持ち出されることをなるべく避けること。
クライムはラキュースの説明を受け、大きく頷く。
「了解しました」
「それじゃ、そっちも気をつけて」
「おう、話は終わりか?」
「ガガーラン様」
少し離れたところで装備を確認している蒼の薔薇の一行――イビルアイ、ティアとティナ。その3人の元からガガーランが歩いてくる。
装備も宿屋にいた頃とは違い、全身一級品の魔法のアイテムで身を包んでいる。
スパイクの突き出した、どす黒い赤色のフルプレートメイルの胸の部分には、目のような紋様が書き込まれている。これこそ有名な鎧『凝視殺し<ゲイズ・ベイン>』だ。
その小手の部分は少しばかり変わり、絡み合った一対の蛇が掘り込まれている。接触した相手を治癒させる力を持つ古代の一品、『ケリュケイオンの小手<ガントレット・オブ・ケリュケイオン>』。
そして腰に下げた両手で使いそうなほど大きさのウォー・ピックは『鉄砕き<フェルアイアン>』。王侯貴族が着用しそうな真紅の豪華なケープは『真紅の守護者<クリムゾン・ガーディアン>』。鎧の下で見えないが『抵抗の上着<ヴェスト・オブ・レジスタンス>』や『竜牙の魔除け<アミュレット・オブ・ドラゴントゥース>』、『上位力のベルト<ベルト・オブ・グレーターパワー>』『飛行の靴<ウィングブーツ>』、『竜巻の頭飾り<サークレット・オブ・ツイスター>』を装備し、指輪にも強大な魔法の力が宿っていた。
これが王国最強のA+冒険者パーティーの片割れの一員にして、最高峰の戦士であるガガーランのフル装備だ。
「何しにきたの?」
冷たい言葉を返すラキュースだがその身を包む魔法のアイテムもガガーランに劣らず優れている。
まずはその名を極限まで高めている魔法の剣――魔剣キリネイラム。バスタードソードほどのそれは、鞘に納まれているためその漆黒の夜空を思わせるという刀身を見ることは出来ないが、柄の部分だけでも非常に素晴らしい作りだというのが分かる。特にその柄頭にはめ込まれた巨大なブラックサファイヤの内部では、魔法の炎ごとき揺らめきが輝いていた。
そして着用するフルプレートメイルは白銀と金によって作られたとしかいえない輝きを放ち、様々な部分に無数のユニコーンを刻み込んでいた。これこそ乙女のみしか着用できない、汚すこと適わずとされる『無垢なる白雪<ヴァージン・スノー>』。
そんな輝かしいばかりの武装に対して、その背中を守る外套はネズミ色の木綿製のようなものだ。これは『ネズミの速度の外套<クローク・オブ・ラットスピード>』といわれる移動速度や敏捷性、回避力を上昇させる外見からは想像も出来ないほど強力なマジックアイテムなのだ。
それだけではない。ガガーランに匹敵するほど、マジックアイテムを装備している。
1つだけでも目が飛び出るほど高いそれらを、これだけ持っているのもA+冒険者だからこそだろう。
「おいおい、リーダーは言うこときついね。これから戦いに行く童貞に色々といいことを教えてやろうと思ってな」
「ど! ……はぁ。まぁいいけど、あの娘の所為でかなりの急ぎの仕事よ。あんまり余裕ある時間はないんだからね? とっとと終わらせなさいよ?」
「あいよ。でもよ、ラキュース。そいつ使って大丈夫なのか?」
「そいつ……ってキリネイラム? 別に大丈夫だけど……」
「そうか? まぁ、無理するんじゃねぇぞ? やばいと思ったらいつでも教えてくれよ」
「ええ? 良くは分からないけど、分かったわ」
蒼の薔薇のメンバーの下に頭を捻りつつ歩き出すラキュースを見送り、ガガーランは懐から変わったものを取り出す。そしてそれをクライムに突きつけた。
「こいつを持っていけや」
ガガーランが手渡してきたのはハンドベルだ。それも3つ。外見的には非常に似通っているが、そのベルの部分に刻み込まれた絵は全て違う。そしてクライムはそれが何か、そしてどのような時に使用するか聞いたことがあるため知っている。
「これは……」
「別に使うとは思ってないが、何かあったときの用心のためだ」
「しかし……」
クライムが迷ったのは、このマジックアイテムは襲撃をかける彼らこそ使うべきものではないか、と判断したためだ。そんなクライムの心配をガガーランは鼻で笑い飛ばす。
「はん。こっちはティアとティナが二手に別れるんだ。盗賊系のアイテムの出番はないぜ。それよか、お前さんが持っていた方が良いってことよ」そこでガガーランは少しばかり声を落とす。「ただ、だからってそれを使おうとするなよ。状況を良く見て考えて使うんだぜ?」
クライムが尋ねようとした、ちょうどその時、イビルアイの焦れたような声が飛ぶ。
「まだか、ガガーラン!」
「おう。今行くって!」
くるっと再び視線を戻し、ガガーランはクライムに忠告を与える。
「俺達が先にお前のところに着いたなら問題はねぇ。でももう1つのパーティーって奴がついた場合、全然知らないお前を面倒な奴だと思う可能性は高い。そりゃ、異質な奴をパーティーに入れた場合、上手く動かなくなる可能性があるからな。その時は迷惑が掛からないようにするんだぞ?」
「はい。それは分かっています」
「なら、いいさ。まぁ油断すんじゃねぇぞ?」
その言葉を最後にガガーランは仲間の方へ歩き出した。その大きな後姿を見送り、それからクライムは渡された鐘を見つめた。
この世界においては基本的に、日が沈むと同時に寝るような生活が一般的である。これは明かりを灯すのもお金が掛かるという理由である。貧しい家庭からすれば、ランプを灯す油だって節約したいと思うのは当然だ。そのため、村落の生活というのは健康的なものとなる。
ただ、都市のような場所にもなればそうではない。まず《コンティニュアル・ライト/永続光》が付与されたマジックアイテムが街頭代わりに使われているようなところは全然違う。そして一部の仕事というのは日が沈んでからが活動時間になるというものだ。華やかな歓楽街なんかまさにその通りだ。
しかしクライムの向かった先、狭い路地にはそんな言葉は通じない。
静まり返った路地をクライムは無言で、明かりを持たずに歩く。真っ暗な路地を明かり無しに歩けるのは、鎧のヘルムの部分が闇視の兜<ヘルム・オブ・ダーク・ヴィジョン>と同じ用法で作られているためだ。
15メートル先までが限界だが、その細いスリットから覗く光景はまさに真昼の如しだ。
ミスリルで出来ている鎧は、通常のフルプレートメイルほどの騒がしい音は立てないため、静かな雰囲気が壊れることは無い。腰に吊り下げたクロスボウが鎧にぶつかる音も大したものでは無い。
よほど聴覚に優れた人物か優秀な盗賊でなければ、クライムの歩く音は家の中からでは聞き取ることは出来ないだろう。
やがて、セバスがツアレを拾った場所を通り越し、数軒先まで行った所で、クライムは近くにあった家屋の扉に手を当てた。
少しばかり力を入れ、ゆっくりと――出来る限り音がしないように押し開ける。その行動は扉が当然開くと知っている、そんな人間特有の迷いの無い動きである。
扉が開かれ、モワリと古臭い空気が流れ出す。
真っ暗ではあるが、問題なく見通せるクライムは、その中に滑らすように体を入れた。
扉を後ろ手に閉めると、クライムはまずは耳を済ませる。音は何も聞こえてこないことを確認すると、クライムは次の手に移った。
ゆっくりと歩き出したのだ。
クライムの体重を受け、床がミシミシと軋む音を立てる中、注意深くクライムは歩を進める。床が木製である場合腐っている可能性がある。そうなるともし地下があったりした場合、底が抜けて天然の落とし穴が発動することもあるからだ。
完全に真っ暗な室内は、クライムが歩くたびに舞い上がる埃とカビの匂いが充満していた。幸運なのはそれ以外の匂いがしないということだろう。
都市内部にだってモンスターがいる。例えば1メートル級の大きさを持つジャイアントラットやジャイアント・コックローチなどだ。そういったモンスターはそれ特有の匂いを放つ。それが無いということはこの家屋にはいないということの現れである。
そうやって充分に安全を確認すると、クライムは扉のところまで戻り、僅かな隙間を作る。そして伺うように外を監視しはじめた。残念ながら角度的な問題もあって、クライムの位置からでは目的の娼館はまるで監視できない。
クライムが監視しているのは別の家屋だ。
何故、別の家屋を監視するのか。
その理由は簡単である。
クライムが監視している家屋も、その娼館の一部だからだ。
目的の娼館は2階建てではあるが、1階部分も2階部分も大した使われ方をしてはいない。本当に使われているのはその地下部分である。そう。本当の店舗は地下に広がっているのだ。
そしてクライムが監視する家屋、それはその店舗のもう1つの入り口――非常用の隠し出口として存在すると、盗賊ギルドの調べで分かっているからだ。
本来であれば通常の入り口として使われている家屋を監視するほうが良いと思うかもしれない。しかし、盗賊として優れた能力を持つティアが、先に周辺の様子を伺った結果、この家屋が一番安全だろうとみなしたのだ。
ティアのような超越した盗賊系のスキルを保有する人間であれば、入り口の建物も監視できるだろう。しかしながらド素人であるクライムには逆立ちしても無理な話だ。そのため、この家に隠れて見張っているのだ。
クライムの監視する家屋は外見的には周辺の家屋とまるで同じ作りであり、非常にぼろい外装だ。しかしながら中から明かりは一斉漏れ出てない。非常口であることを考えれば、人がいるはずなのだからそう考えるとかなりいじられている可能性はある。
じっとクライムは動かずに外の光景を眺める。そして――
「クシュン」
――可愛らしいくしゃみを1つ。
周囲を見渡し、それを聞いた人間とかがいないことを確認する。それから腰につけた皮袋からハンカチと非常に薄い布を取り出した。
次にヘルムを取り外す。ヘルムを被っていたことによる闇視の効力が切れ、一気に闇が押し寄せる。クライムは一瞬で周囲を見ることは出来なくなっていた。
しかしながら予期していたことだ。クライムは一切慌てずに行動を続ける。
クライムはハンカチで鼻をかんだ。この家屋に溜まった埃で恐らくは真っ黒になった鼻汁がついたことだろう。数度繰り返して鼻をかみ、鼻のむず痒さが取れたことを確認すると、クライムはハンカチをたたむ。それから口や鼻を中心に布を巻きつけ始めた。そうやって布で完全に顔の下半分を覆うと、再びヘルムを被った。
呼吸が若干苦しいが、埃を吸うよりはなんぼかマシだ。
クライムの心境を言葉にするとそんな感じである。
それから再び黙って外の光景を眺め始めた。
そんな中思い出したのはある1人の老人だ。
彼は非常に強かったし、目的はある意味一致している。しかしながら主人に迷惑がという発言があったように、巻き込むわけにはいかないだろう。そして何より正体の知れない第三者を巻き込むのは危険がある。
信用できるとクライムはセバスを見ているが、この問題はラナーにまで発展しかねないものだから、力を借りるわけにはいかない。
ただ黙って様子を伺う、そんな退屈な時間がどのくらい経過しただろうか。クライムは突如、異様な音を耳にする。
重く巨大なものが放り出されるような音だ。
響いた音色は金属製のもの。フルプレートメイルを着た戦士を放り捨てるような音に、クライムは慌てて外の様子を伺う。しかし、クライムの位置からでは何も見ることは出来ない。
もう少し扉を開け放って様子を伺うべきだろうか。クライムは逡巡した。
それが幸運を招いたのだろう。
クライムが監視していた扉。それが開かれたのだ。中からの光を背中に浴びながら、1人の男が顔を出す。人相風体共にあまり良いとは言えないような男だ。そんな男の片手には金属の反射がある。抜き身のショートソードを片手にしているのだ。
「おい! 扉がぶち壊されているぞ!」
外の様子を伺っている男は、中にいるのだろう者に声をかける。
何の扉が壊されたのか。それは考えるまでも無く、入り口の扉だろう。あの鉄の扉が何者か、彼らの知らない人物によって破壊されたということだ。
他の店を落とした人物達が来たのだろうか。だが、もしそうだとしたなら、何故クライムには何も教えないのか。冒険者がクライムがいると邪魔だから、教えないで攻略を始めたのか。はたまたは――。
「貴族派閥の人間が動いた?」
クライムがここにいると知らない人間が動いた可能性だってある。そうなると推測されるのは貴族派閥の人間だ。
不味い。
クライムは焦りを覚える。
もし貴族派閥の人間だった場合、内密で終わらせようという計画がぱぁだ。
クライムは困惑しながらも選択を突きつけられる。
どうするかである。貴族派閥に情報が漏れた場合、伯爵に手が回るだろう。そうなると王派閥の力が削がれるということになる。無論クライム本人の考えとしては、あのような外道な店の経営に係わっている腐れ貴族なんかどうなっても良い。しかし、王派閥の弱体化は望んでいないのだ。
王派閥の弱体化はラナーにとって不利に働く。それを許せるはずが無い。
クライムは決心する。
ゆっくりと心を静める。ラナーの敵の排除に心は揺らいだりはしない。あの子供の時、拾われた恩義。そしてそれから育てられた感謝。そして愛情。ラナーの幸せのためならば、己の命を投げ打つ価値があるというもの。
クライムは剣を抜き放ち、扉から躍り出た。狙いは様子を伺っている男だ。
ミスリルの金属鎧とはいえ、流石に完全に音がしないわけではない。突然、自分の後ろで金属の音がしたことを受け、男は慌てて振り返る。
しかしながらすべては遅すぎる。
見えたのは剣のきらめきと、闇の中から姿を見せた黒い影のみだ。
クライムの剣が振り下ろされ、頚部を切裂かれた男は血を噴出しながら路地に転がる。手から零れ落ちたショートソードがカランという音を立てた。
クライムは男の生死を見届けるまもなく、家屋に飛び込む。明かりの満ちた部屋に飛び込んでも、魔法的な視野強化を受けていたクライムに問題は生じない。
そこにいたのは男がもう1人。
ショートソードと皮鎧というさきほどの男とまるで同じ格好だ。姿格好がラキュースの見せてくれた資料に載ってないことを確認し、一気にクライムは距離をつめる。
「な! なんだてめぇ!」
慌てた男は室内に入ってきた黒い金属鎧を着たクライムに、ショートソードを突き立てようとするが、クライムはそれを容易く剣で弾く。
そして上段から一気に剣を振り下ろした。
ショートソードで止めようとするが、クライムの全体重の掛かった重い一撃を受け止めるにはあまりに不十分だ。ショートソードを弾き、そのままクライムの剣は男の肩口から入り込み、胸部に抜ける。
「ぎゃぁああ!」
男の絶叫が響き、どさりと床に転がる。床の上でビクリビクリと体が痙攣している。
クライムは致命傷だと判断し、即座に部屋の奥に飛び込む。そして誰もいないことを確認すると2階に駆け上った。
それから1分。
全部の部屋を見渡して他に敵がいないことを確認すると、再び入り口まで駆け戻ってくる。横目で床に転がった男がピクリとも動いてないことを確認し、外に飛び出る。僅かに切れつつあった息を整えながら、外に転がった死体を家屋の中に放りこむ。扉を閉め、水袋を取り出すと、中身を路地に溜まった血にすべて溢す。
皮袋に入れられた水特有の匂いと、噎せ返るような濃厚な血の臭いが混じり、多少は血の臭いが薄れたようだった。流石に近くまで寄られると誤魔化せないが、距離があれば気にも留めないぐらいだろう。
そうやって大雑把な後始末を終えると、クライムは慎重に入り口の家屋に向かった。
路地には分厚い鉄の扉が転がっていた。扉は木に鉄板を両側から打ちつけ、さらに真ん中にも別の金属をはめ込んだ重厚なものだ。
扉は凄い力でこじ開けられたのだろう。ノブの部分が異様な形にひしゃげていた。
まず人間の腕力でこんな行為が出来るわけが無い。考えられるのは何らかの道具だ。いや、道具を使ったとしても普通の人間に短時間で出来る業ではない。
そうなると考え付くのが魔法という存在だ。
アイテムを破壊する類の魔法というのは存在する。それを使って蝶番や鍵を破壊してから放り出したとするなら――かなり重かっただろうが納得はいく。
クライムは家屋内に目をやる。ぽっかりと口を開いた入り口から通路がそのまま続いており、奥に閉まった扉。
人の気配は感じられない。そして聞き耳を立てても聞こえてくる音は無い。しかしながら侵入者がいることは確実だ。
そのことを確認し、クライムは慌てて先ほど襲撃した家屋へと駆け戻る。
扉を蹴破るような荒い動作で開き、中に飛び込む。そして血の匂いが立ち込める室内を見渡す。先ほど家屋内をぐるっと見渡したが、地下へ通じる扉や通路は見つからなかった。つまりは隠されているということだ。
クライムは盗賊系のスキルを納めていないため、室内を見渡したぐらいでは発見することが出来ない。もしこの場に小麦粉のような細かな粉があって、時間があるならそれを振りまき、吹き飛ばして見つけるという手段を取っただろう。
粉が隠し扉の隙間に入ることで見つけやすくなるという方法だ。しかし、手元に小麦粉が無ければ、それを巻き散らかす時間も無い。クライムがこうしている間にも謎の侵入者は歩を進めているのだろうから。
だからこそクライムは懐からマジックアイテムを取り出す。取り出したのはガガーランに渡されたハンドベルだ。書かれた絵を見比べ、3つの中から目的の物を選ぶ。
取り出したマジックアイテムの名前は、隠し扉探知の鐘<ベル・オブ・ディテクトシークレットドアーズ>。
それを1度振る。持ち主のみに聞こえる涼しげな音色が広がった。
その音色に反応し、床の一角に青白い光が灯る。それは点滅を繰り返し、クライムにここに隠し扉があるとアピールをするようだった。
クライムはその場所を記憶にとどめると、この家の1階部分をぐるっと回った。そしてその場所以外に魔法に反応したところは無いと確認すると、元の場所に戻る。
あとはこの隠し扉を開けて中に潜入するばかりなのだが、クライムは目を細め、隠し扉を眺める。それからため息を1つ付くと、再び3つのハンドベルを取り出した。
今度選んだものは、先ほどとは違う絵のかかれたものだ。そしてそれを同じように振る。
先ほどに似た、しかしながら違う鐘の音色が広がった。
罠解除の鐘<ベル・オブ・リムーブトラップ>。
あるかどうか分からない罠を警戒して使うには勿体ないのだが、戦士であるクライムに罠を発見解除する能力は無い。そして罠にかかった時の対処法も1人では上手く取れない可能性がある。それぐらいなら、1日の使用回数に制限はあるとはいえ、ここで1回ぐらい無駄に使ったとしても仕方が無い。
他に問題があるとしたら、このマジックアイテムでも大掛かりな罠や魔法的な罠、そして難易度の高い罠を解除することは出来ない。ただ、そこまで大掛かりなものは無いだろうと判断してだ。
そして、今回ばかりはクライムは読み勝ったようだった。
ガチリという重い音が、隠し扉から響いたのだ。
クライムは隠し扉の隙間に剣を差込、こじ開けるように開く。
木の床の一面がぐわっと持ち上がり、向こう側に倒れる。隠し扉の裏側にはセットされたクロスボウが付けられていた。クロスボウに番えられた矢の先端部分が、明かりに照らし出され、金属とは違う奇妙な反射の仕方をした。
クライムは場所を変え、クロスボウを眺める。
先端部分に付着したのはヌラリとした粘度の高い液体のようなもの。十中八九、毒だ。
もし無造作に開けようとしていたら、毒を塗られたボウが射出されていたことだろう。
僅かに安堵の息を吐き、クロスボウを取り外せないか、クライムは調べる。残念ながらしっかりとセットされているため道具が無ければ外すことは出来ない。
仕方なく、矢の部分だけ努力して取り外す。
初心者の多くが行うミスの1つは。せっかく手に入れたというのに、使う際自分の体を最初に傷つけてしまうことだ。それを避けるため、クライムは最初っから自らの持っているクロスボウに矢をセットしておく。
毒を使うことを忌避する人間は多い。冒険者の大半がそうだ。毒なんか悪役の使うものだと。
しかしながらクライムはあまりその辺にこだわる人間ではない。特に自分が弱いということを知っている人間からすれば、ありとあらゆるものを使うのは至極当然だからだ。そんなクライムが普段、毒を使わないのは、ラナーに仕える兵士が毒を使っていては世間体があまりに悪すぎるためだ。
しかしながらこのような危険な状況下で使わないのは、バカのすることだ。
準備を終え、クライムは隠し扉の奥を覗く。
そこそこ急な階段が下に向かって伸びており、その先は角度的に見ることが出来ない。階段も周囲も石で固められたしっかりとしたものだ。
クライムは階段に一歩踏み込む。念のために剣で床を突っつきながら、そのまま1歩、2歩と歩を進める。
非常に危険極まりない行為だ。
戦士1人で潜り込むなんか気の狂った行為と思われても仕方が無い。
しかし、これしか手段が無いのだ。
入り口の方から入り込むという手段もあったが、その場合は先に潜入した相手が味方なら良いが、敵だった場合は得る物が無いということになってしまう。それどころか対立することになるし、こちらの扉から人を逃がしてしまうということになる。
そうなると隠し扉の前で陣取り、逃げてくる者を捕まえるという方法もあるが、その場合は重要な情報を他の潜入者に奪われるだろう。消極的だが、最も賢いのは様子をそのまま黙って見ていて、何があったのかを伝えることだろう。
しかしそれではラナーの不利益に繋がる可能性が高い。
故に最も危険な手を取る。
入り口から侵入した人間が引き付けている内に、こちらから入り込んで中の情報を回収するなり、貴族風の人間を捕まえるなりした方がメリットが大きい。問題は戦士であるクライムにどこまで盗賊の真似事が出来るかだ。
階段を下りきると数メートル先に扉がある。
注意深く床を突っつきながらクライムは進む。非常口通路にクロスボウ以上の罠を仕掛けるとは思えないが、それでも重武装をした戦士が落とし穴の1つで無力化するというのはよく聞く話である。それだけは避けなくてはならない。
ちょっとの距離に充分な時間を掛けるという慎重さで歩を進め、クライムは扉の前まで到着した。クライムは盾を前に構えると、離れた場所から木の扉を剣で突っつく。それを数度。
接触による罠の発動が無いことを確認すると、木の扉に耳を近づけ、中の音を聞き取ろうとする。
やはりクライムには何も聞き取れない。
再びマジックアイテムを使うか迷い、それから勇気を出してドアノブを掴み――捻る。
しかし……動かない。
「鍵か……」
残念そうにクライムは呟くと、3つのハンドベルの内、最後のハンドベルを振る。
鍵解除の鐘<ベル・オブ・オープンロック>。
魔法の力によって鍵は外され、かちゃりという音と共に、今度はドアノブが回る。
クライムは僅かに扉を開け、中の様子を伺う。
広間だ。
部屋の隅には人が入れそうな檻や木箱といったものが幾つか置いてある。荷物置き場だろうか。それにしては少々広くも感じられた。
向かいには扉の付いてない出入り口。クライムが耳を済ませてみると、遠くの方で騒ぎが起こっているのか少々騒がしい。
隙間から見る範囲内に人気が無いことを確認すると、クライムは身を屈めるように室内に入る。そして中ほどまで来た辺りで――
「ふん。あちらが陽動で、こちらが本命かと思ったんだがな」
突然掛かる声。クライムが視線を動かした先には木箱の陰から1人の禿げた男が姿を見せるところだった。別に転移したとか、透明化をしていたとかではなく、単純にクライムの知覚能力では感知できなかったのだ。
男の上半身は裸で、筋骨隆々のその肉体には無数の刺青が掘り込まれ、地肌が見えないほどだ。
その姿を見て、ゾクリとしたものがクライムの背中を走る。
頭の中に浮かんだのはラキュースが盗賊ギルドで買ってきた情報の1つ。8本指という者たちに関してのものだ。
クライムは即座にクロスボウを構えると、問答無用で射出した。
毒の塗られた矢は男目掛け、中空を走る。
狙った箇所は最も大きい胴体である。回避するか、木箱に隠れるか。その2つぐらいしか対処が無いはずなのに、男は第3の対処を取る。
「――ふん」
男は容易くボウを手で掴み取ったのだ。そしてせせら笑うと無造作にほうり捨てる。
カランという音が立ち、ボウが床に転がった。
「もういいぞ」
その声に反応し、男とは反対側の木箱の陰からもう1人の男が姿を見せる。
片手にはレイピアを持ち、中性的な美貌を持っていた。まるで友人を歓迎するような優しげな微笑をその整った顔に浮かべていた。
ぴったりとしたハードレザーアーマーを着ているが女性用の胸の部分があるものではなく、男性用のものだ。
クライムの喉を苦いものがこみ上げる。
8本指のうち、クライムが勝てないと判断したのは3人。そのうちの2人が姿を見せたのだから。
己の不運さには頭が下がる。
4つ店があって、なんでここに上の2人がいるんだと。それともここが最も重要な店だったのか。だとすると他の侵入者に情報を持っていかれる前にどうにかしなくてはならないのだが……。
クライムは頭を巡らせる。いや、それしか手段が無いからだ。
「何故、ここに?」
2人に挟まれたクライムは油断なく両者を視界内に収めるように動きつつ、尋ねる。まさかこの場所にいつもいるわけではないだろう。それに他の侵入者があった時点でここに来ると読んでいたのか。
「《アラーム/警報》だよ。分かるかなぁ?」
レイピアを持った男――外見上は――が嘲笑うように告げる。舌打ちを堪え、クライムは剣と盾を構える。
「やる気だってさ、ゼロ」
「……ふん。ここまで来たんだ。やる気に決まっているだろう。なぁ、侵入者?」
クライムはそれには答えない。そして鞘に手を這わせ、1言だけ呟く。それに反応したのはほかでもない、クライムの持つ剣だ。それに魔法の力が突如宿ったのだ。剣に宿った白い光は神々しく輝く。
「へぇ。《マジック・ウェポン/武器魔化》と《ブレス・ウェポン/武器祝福》ってところかな? 同時に2つの魔法が掛かるなんて結構なマジックアイテムだよ、あれ」
「ふん。なら殺した後でより強くなれるということだ」
「ゼロは気楽だなー。凄いマジックアイテムを持ってるんだから強敵だとか考えないの? ねぇ、君。そんなアイテム何処で手に入れたの? くれたら命ぐらいは助けてあげても良いよ?」
クライムはやはり返事をしない。助けてくれるなんて言うのは大嘘だと読めるからだ。
「そっか。まぁ良いや。それじゃどうする? 皆で掛かる? それともどちらかは向こうに行く?」
「ルベリナ」
「はーい、何?」
非常に軽い口調で男――ルベリナがゼロと呼んだ男に返事をする。
「とっととこちらを片付けて、向こうの対処をするぞ」
「そりゃそうだよね。お客さんに迷惑かけてるもの。りょーかい」
「……壁を作って守れと命令してますし、時間は稼げてるでしょうけどね」
突然新たな声が割り込む。
まだいたのかとクライムは慌てて確認をする。先ほどのルベリナの『皆』という発言には違和感を感じていたが、これでそういうことかと納得もできた。やはり同じように木箱の後ろから男が姿を見せたのだ。
クライムの記憶にも当然ある。クライムが勝てるかどうかギリギリのラインの男で、名前をサキュロントと言ったはずだ。
確かに彼1人だけなら勝算はある。しかしながらこの状況下ではまるで無いとしか言いようが無い。
ただ、ある意味劣った存在が戦闘に参加するというのはクライムにとって悪いことばかりではない。そこが弱点となるからだ。
しかし、そんなクライムの甘い期待は即座に破棄される。
「君は壁際で見てるんだね。邪魔になるといけないから」
「了解です、ルベリナさん」
ルベリナの命令を受けて、サキュロントが壁際によったのだ。それは戦闘に参加する態度ではない。
「というわけで、君さぁ。2人しか相手をしないけど、寂しくないよね?」
「ふん。何を話しているんだか」クライムが何も言わないのを見て、ルベリナに叱咤交じりの声をゼロは上げた。「そいつに喋る気はないのは一目瞭然だろうが。とっとと片をつけるぞ」
「まぁまぁ。もうちょっと待ってよ、ゼロ。そろそろだからさ」
――ガチリという音が重く響く。
クライムが入ってきた扉から聞こえる音だが、後ろを見る余裕はない。しかしその音が何かは予測は出来る。
「……びっくりした? 自動式の鍵だよ。開いてから一定時間ごとに鍵が自動的に閉まる仕組みになってるんだ。ドワーフ細工の一品だよ。凄いでしょ」
楽しそうなルベリナの声。
つまり喋るかけていたのは時間を稼ぐためだったのかと、クライムは判断する。
後ろの逃げ道は閉ざされ、つまりは逃げる道は強者2名を乗り越えた先にあるということ。いや、もう1つ。
クライムはハンドベルを取り出すチャンスを油断無く伺う。懐に手を入れた段階で敵に何をする気なのかばれる。つまりはチャンスは一度。それを見逃してはいけない。
「ところで、君さぁ。見たところ戦士だよねぇ。どーやって扉開けて入ってきたの?」
「……さぁね」
ルベリナの顔が大きく歪んだ。
「はっははは」突然の哄笑。「――反応するなんて、君、馬鹿だねぇ。ここでは無視するのが一番なのに、図星を突かれて反応しちゃったね。……ゼロ、彼は何らかのアイテムを保有しているよ。鍵を開けることの出来るね」
「ふん。ならそのチャンスは与えん」
ずいっとゼロが踏み出し、歩き出す。その歩運びは堂々としたもので、挑戦者を迎え入れる王者のものだった。
それに対してクライムは剣と盾を構えたまま、ゆっくりと後退をする。目的は壁である。2人に攻撃されるのは仕方ないが、それでも攻撃される範囲を狭めようというのだ。
だが、そんなクライムの行動は2人とも読めている。左右から挟みこむように、そしてクライムの直線状に向かいの入り口を配置して。
走って向かいの入り口まで走るのは愚だ。
背後からの一撃を食らうだけ。そう判断したクライムはまずはルベリナを相手にすべしと考え、動き出す。
「へぇ、まずは私? 良い考えだねぇ」
ルベリナとゼロ比べて僅かでも勝算があるのはルベリナだ。ただ、そのクライムの判断はルベリナからすれば不快な行動でもある。
ダンとルベリナが踏み込み、クライムの顔を覆うヘルムがガリガリという耳障りな音を響かせる。
「へぇ、良い鎧じゃん」
頬の辺りに響く振動を無視し、クライムは剣を振る。しかしルベリナには届かない。既に剣の届かない間合いまで離れているのだ。入りと出の速度が桁を外れている。いやクライムがそう思うだけで、ガゼフやガガーランといった超一級からすると大した速度でもないのだろう。しかし今戦っているのはクライムだ。
まるで中空に浮かんだ鳥の羽を相手にしているように捉えることが出来ない。
クライムはそう思い、ルベリナを睨む。
「残念だな。頬を貫通させてやろうと思ったのに」
頬の辺りへの攻撃は、外れたものやクライムが回避したものでなく、狙ったもの。頬では致命傷にならないということを考えれば、ルベリナの性格の一端がつかめようというものだ。
「おいおい、こっちに注意を向けすぎるのは危ないよ?」
「――ふん!」
「ごっ!」
ルベリナに注意を払っていたクライムの肩口に衝撃が走り、それに押されるようによたよたと横に歩く。盾を引き上げ、その後ろに隠れるように睨む。細いスリット状の限定された視界の中に、追撃の一手を加えようと飛び込んでくるゼロの姿。
「っ!」
ゼロの踏み込みにあわせて、クライムは剣を振り下ろす。
ゼロはクライムの剣の腹を横から叩き、方向を変えさせると、腹部めがけ拳を叩きつける。
グワァンという激しい音。それは金属と金属のぶつかる音のようでもあった。
「がはぁ!」
「はいはい、こんどはこっち!」
よたよたと後退するクライムの太ももに辺りから、ガリガリという音が何かが走り抜ける衝撃が響く。クライムは声のあった辺りに適当に剣を振るう。
しかし触れる感触はない。
闇雲に振るう剣では届くわけが無い。冷静な戦士としての感覚がそう叫ぶが、振るわなければ更なる追撃を食らう可能性だってある。無駄な剣の振りは疲労を誘うが、この状況ではするしかないのだ。
ヘルムの下でクライムは顔を歪めながら、敵のいる場所を捉えようと周囲を確認し始めたところで、視界の隅で何かが動くのを捕らえる。慌てて盾を構えようとし――
金属音と共に胸部に強い衝撃と痛みが走る。
よたよたと後ろに後退しながら、自分の全面に盾を構えつつ視線を飛ばす。そこにいたのは予想通り拳を突き出したゼロだ。
胸部を殴られた衝撃で呼吸が乱れる。殴打系の攻撃は内部に浸透するようにダメージを伝える。魔法の掛かったフルプレートだから耐えれるものの、クライムが受けたダメージは小さくない。
「ふん。ルベリナ、遊びすぎだぞ? ほかに殺さなくてはならない奴がいるんだ」
「ええ? ああ、そうだよねぇ。侵入者がいるんだったね。ちょっと忘れてたよ」
ルベリナの言動にわずかな殺意が混じる。つまりはこれからは本気になったということか。
クライムは必死に呼吸を整えようとする。服の下から噴きあがった汗がダラダラと流れているのが感じ取れた。実戦は幾たびもこなしたことがあるが、これほどの死を目視しながらの戦闘は初めてだ。
すさまじい勢いで精神力が削られていくのをクライムは感じていた。そして無駄な行動やダメージが体力を奪っていくのも。
「もういい。疲労し始めたこいつならお前でも安全に殺れるだろう。参加しろ、サキュロント」
「はい、ゼロさん」
ゆっくりと今まで様子を見ていた男が壁際から離れ、囲むような位置に動き出す。抜き放ったのはショートソードだが、その刀身にはぬらりとした輝きがあった。
クライムの左手がダランと力なく垂れる。持った盾が非常に重く感じられた。肩口から伝わる赤熱感は折れてはいないこそ、ヒビぐらいは入っていそうだった。胸部、腹部からも同じようにジクジクとした痛みが響く。
囲まれ、ゆっくりと距離が迫る。一息の距離になったとき、3者の攻撃は確実にクライムの命を奪うだろう。
クライムは喉に苦いものを感じていた。
これが死の味か。
クライムは自らの体が震えるのを感じていた。
ラナーの下に帰れないと、心が泣いているのか。
死というものを前にした時、人は殉教者の心になるという。それは戦闘中にあっては諦めに似た感情だ。そしてそういう者は次の攻撃で命を失う。それは至極当然だ。戦闘は命の奪い合い、諦めた人間が命を奪えるはずも無いのだから。
しかし――クライムの剣を握り締めた手からは力が抜けない。
この剣はラナーから貰ったもの。それを手放すことは出来ない。
クライムの脳裏に自らが最も愛する女性の像が浮かぶ。
クライムは突如ヘルムを外し、床に落とす。甲高い音を立ててヘルムが床を転がった。そして自らの主人にわびの言葉を呟いた。
「――ふん」
「――あらまぁ」
「――誰だ?」
8本指の3者は眼前でクライムが行う行動に、何かの意味があるのかと注意深く様子を伺う。諦めた人間の行動にも良く似ていたが、クライムの目に宿る闘志は死を受諾した者のものではない。
クライムは自らの鼻や口の周りを覆っている布を取り外し、喉に絡まった死という味を唾と一緒に吐き出した。
「何を負けた気になっているんだろう」
クライムは嘲笑する。それはこの出来すぎな状況を作った運命に対してだ。
クライムは力を込め、肩口まで盾を持ち上げる。痛みなんか我慢だ。
そう、クライムはいつだって我慢してきた。痛みを堪え、厳しい訓練に耐え、嘲笑に耐え、愛している女性を失うだろう未来に耐え。
そして耐えながらも1歩1歩進んできたのだ。恵まれた人間が階段飛ばしで昇っていく中、クライムは1段1段、時間をかけながら昇ってきたのだ。
ならばこの場もクライムが昇るための階段にしてやればよい。
そしていつもの様に勝って、ラナーの後ろに立ちに行けば良いのだ。
ニヤリとクライムが成長しきってない顔に獰猛な笑みを浮かべる。
それに対してゼロとルベリナは僅かに、本当に僅かにだが警戒心を浮かべる。先ほどまでにあったのは確実な勝算だった。それが今では圧倒的な勝算になっていると感じたのだ。
「スペルタトゥー起動」
ゼロのキーワードの詠唱により、刺青にほのかな光が浮かぶ。
「ふーん。2つ目のタトゥーの発動とは……結構、本気? サキュロント下がってるんだね。ちょいっと厄介な敵になったみたいだ」
「……何も変わってないみたいですが?」
「ふん。だからお前は下なのだ」
コォオオと、息を吐きながら、ゼロは体内の熱を爆発的に燃やす。全身が赤くなり、凄まじい力が貯められているのが目視できるようだった。
「先に行くよ、ゼロ」
ダンとルベリナが踏み込み、むき出しとなったクライムの顔を目掛けレイピアを走らせる。遊びを捨て本気となったルベリナの一撃は、容易く鎧を貫通する。クライムの鎧は非常に硬いがそれでも貫通できる自信があった。
しかしながら、不安が1つだけルベリナの頭を過ぎる。
盾と鎧は同時には貫通できないのでは、という思い。
貫通しないで止められれば、圧倒的に不利になるのはルベリナだ。
だからこそクライムの無防備となった頭を狙う。
盾で受けたならそのまま貫く。剣で弾いたなら、そのまま滑らして貫くという狙いで。
クライムはその『心臓貫き<ハート・ペネトレート>』と呼ばれるレイピアを前に、顔を逸らせるように回避行動を取る。
ルベリナの顔に冷酷な笑みが浮かぶ。そのまま剣先を跳ね上げて頭部を貫通してやると。
一瞬の後――剣先が肉に突き刺さる感触。しかし血は思ったよりも吹き上がらない。
「なっ!」
ルベリナの驚く声。
ハート・ペネトレートの剣先が貫いたのはクライムの頬。同時にクライムが頭を動かし、更に頬の奥へと剣先を進める。剣先が反対側の頬を貫いた後でクライムは歯を動かし、噛み締めた。
ガリガリという歯が削られるような感触が、ハート・ペネトレートを伝わってルベリナの元に届く。
「ほほほかんふうさせはかったんはろ」
口からぼたぼたと血を吐き出しながらクライムはそう、ルベリナにつげ、全身の力を込め剣を振るう。
「まずっ!」
ハート・ペネトレートを引き戻そうにも、痛みを無視して1人の人間が全力で歯を噛み締めている力の方が強い。引き戻すことを止め、レイピアを手放そうとするが、全ては遅すぎる。クライムの剣はルベリナに目掛け走り、そして――。
――もし相手が1人であれば勝利を収めただろう――。
クライムの体は大きな音を立てて吹き飛ぶ。
鎧を着た1人の男性の体が中空に浮かび、数メートル吹き飛ぶのだ。それがどれだけの一撃かは語るにはおよばないだろう。
「油断のしすぎだ」
豪腕でクライムに一撃を食らわせた姿勢で、ゼロがルベリナに呟く。
「ああ、助かったよ、ゼロ」
ルベリナは床に転がっていたハート・ペネトレートを拾い上げる。ゼロの一撃を受けた衝撃でクライムの頬から離れたのだ。
血と唾液、そして僅かな噛み跡。魔法の剣にこれだけの跡を残すというのだから、一体どれほどの力で噛み締めていたのか。
ルベリナは床に転がったクライムに視線をやり、驚くような光景を目にする。
ゆっくりと立ち上がるクライムの姿だ。ゼロの一撃を受けて、それもまともに受けて立ち上がる。そんな人間は滅多に見れるものではない。
「ゼロ! お前こそ遊んでいるじゃないか!」
「いや、これは驚いたな。鎧のお陰か、何かは不明だが、死なないとは頑丈な」
がはっという声と共に、立ち上がりつつあったクライムが血反吐を吐き出す。半死半生。そんな言葉が相応しい姿だ。目はうつろで、右手も左手も力なく垂れ下がっている。顔は裂けたのか、酷い有様だった。
しかしそれでも、戦うという意志がそこにはあった。
「殺すぞ! こいつ! サキュロント、お前も何を見てるんだ! 参加しろ!」
「は、はい!」
余裕が無くなった声でルベリナが叫び、3人がクライムに迫る。
耳鳴りのする耳に聞こえる声。それに反応するように、荒い息でクライムはそれを迎撃せんと剣を持ち上げた。勝算は非常に無いが、それでも負けるわけにはいかない。
勝ってラナーの元に戻らなければならないのだ。
ぐらんぐらんと揺れる視界の中、クライムは必死に敵を見据える。剣先も揺れているが、それでもまだ戦える。
クライムは睨みつけ、そして――
「――1人に対して複数とはあまり良い趣味とは言えませんね」
そんな静かな声が響いた。
剣を抜いて殺し合いをしている最中だというのに、誰もが動きを止める。そしてありえないようだが眼前の敵から視線を動かし、声のした方に向けた。そんな無防備な姿を見せながら、誰も不意を打とうとはしない。
それは全員が全員、その声から圧倒的な力を感じ、その人物の確認こそを何よりも優先したからだ。敵から目を離してでも。
全員の視線が交わった先、そこに立つのは1人の老人だ。
執事風の燕尾服を着用したその人物に汚れは一切見受けられない。ここが自らが仕える主人の館であるといわんばかりの綺麗な格好であり、自然な態度だ。しかしながら赤い靄でも纏っているかのように、濃厚すぎる血の匂いを漂わせていた。
室内の全員の視線を浴びながら、老人は歩を進める。コツリと靴が乾いた音を立てた。何をしたわけでもない。単に足を部屋に踏み入れただけだ。
殺意も敵意も何も感じられない。
だが、ゼロ、ルベリナそしてサキュロント。その3人は見えない圧力に押されるように、無意識の内に1歩後退する。その老人が足を踏み入れただけで、部屋が小さくなったような迫力があったのだ。
クライムは何故、その人物がそんなところにいるのは分からなかった。だから、声を上げる。
「ぜ――じじょうぉ」
危うく老人――セバスの名前を言いかけ、クライムはとっさに浮かんだ呼び方を叫ぶ。サキュロントがいる以上セバスの正体はばれている。しかしクライムはそんなことを知らないため、正体を隠そうとしたのだ。
そんな配慮を含んだ呼びかけに、セバスは苦笑いを浮かべた。
「……さて。私の――弟子がお世話になったようですね」すっとセバスが腕を差し出し、自分の方に招くようにジェスチャーをする。「お相手をしてさしあげましょう。――さぁ、掛かってきなさい」
――――――――
※ ラナーの設定コンセプト。女郎蜘蛛系お姉さん。別にヤンデレでもSでもないです。ちなみにラキュースでもデメリットが大きくなれば切り捨てるよ! あ……病んでるわ……。
ラナー「どーでもいいけどクライムが助けてって顔をしてるし、助けてあげようかな。というかクライム飼いたいわー」
レェブン候「まぁ力貸すか。関係している店が法律違反でやばいよ。それを知った貴族派閥が動いて、おまえさんを失脚させようとしているよ。だから変な情報が奪われる前に潰したよって言えば伯爵も仕方ないから納得すんだろ」
クライム「すげー、ラナー様すげー。ラナー様のためなら死んでもいいです」
って感じが上手く説明できてます? 頭の中の言葉を取り出すって難しいですよね。
さて、次回『王都4』でお会いしましょう。これで王都は終わりです……終わるよなぁ?
――――――――
「そんなところで何をしているのか、聞かせてもらおうか」
そんな声がした。やれやれと頭を振って、デミウルゴスは視線を向けた。その先にあったのは仮面を付けた子供のような体躯を持つ者。
飛行系の魔法を使っているのか、ゆっくりとデミウルゴスのいる屋根へと降りてくる。
あまり時間もかけられない。デミウルゴスは標的が屋根に降り立つのを見届けてから、特殊能力を発動させる。
『――自害せよ』
低位の存在であれば強制的に支配する強大なる能力。支配の呪言が放たれ――そしてデミウルゴスは目を細める。
標的はいまだ健在――。
「……困ったものだね」
以下、むちむちぷりりんが面倒になったらデミウルゴスVS蒼の薔薇戦は省略。その時はご容赦ください。戦闘シーンは疲れるのよ……。それと支配の呪言を50レベルから40レベルに引き下げ。そうしないと将来出る人がやばいじゃんということ発覚。