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No.18721の一覧
[0] オーバーロード(オリジナル異世界転移最強もの)[丸山くがね](2012/06/12 19:28)
[1] 01_プロローグ1[むちむちぷりりん](2010/11/14 11:37)
[2] 02_プロローグ2[むちむちぷりりん](2010/09/19 18:24)
[3] 03_思案[むちむちぷりりん](2011/10/02 06:54)
[4] 04_闘技場[むちむちぷりりん](2011/10/02 06:55)
[5] 05_魔法[むちむちぷりりん](2011/06/09 21:16)
[6] 06_集結[むちむちぷりりん](2011/06/10 20:21)
[7] 07_戦火1[むちむちぷりりん](2010/05/21 19:53)
[8] 08_戦火2[むちむちぷりりん](2011/02/22 19:59)
[9] 09_絶望[むちむちぷりりん](2010/09/19 18:28)
[10] 10_交渉[むちむちぷりりん](2011/08/28 13:19)
[11] 11_知識[むちむちぷりりん](2011/10/02 06:37)
[12] 12_出立[むちむちぷりりん](2010/09/19 18:29)
[13] 13_王国戦士長[むちむちぷりりん](2011/10/02 06:53)
[14] 14_諸国1[むちむちぷりりん](2011/10/02 06:39)
[15] 15_諸国2[むちむちぷりりん](2010/06/09 20:30)
[16] 16_冒険者[むちむちぷりりん](2010/06/20 15:13)
[17] 17_宿屋[むちむちぷりりん](2010/11/14 11:37)
[18] 18_至上命令[むちむちぷりりん](2011/06/02 20:46)
[19] 19_初依頼・出発前[むちむちぷりりん](2011/06/02 20:44)
[20] 20_初依頼・対面[むちむちぷりりん](2010/08/04 20:09)
[21] 21_初依頼・野営[むちむちぷりりん](2010/11/07 18:11)
[22] 22_初依頼・戦闘観察[むちむちぷりりん](2010/09/19 18:30)
[23] 23_初依頼・帰還[むちむちぷりりん](2011/02/20 21:38)
[24] 24_執事[むちむちぷりりん](2010/08/24 20:39)
[25] 25_指令[むちむちぷりりん](2010/08/30 21:05)
[26] 26_馬車[むちむちぷりりん](2010/09/09 19:37)
[27] 27_真祖1[むちむちぷりりん](2010/09/18 18:05)
[28] 28_真祖2[むちむちぷりりん](2011/06/02 20:15)
[29] 29_真祖3[むちむちぷりりん](2010/09/27 20:50)
[30] 30_真祖4[むちむちぷりりん](2010/09/27 20:47)
[31] 31_準備1[むちむちぷりりん](2011/06/02 20:33)
[32] 32_準備2[むちむちぷりりん](2011/02/22 19:41)
[33] 33_準備3[むちむちぷりりん](2011/10/02 06:55)
[34] 34_準備4[むちむちぷりりん](2010/10/24 19:36)
[35] 35_検討1[むちむちぷりりん](2010/11/14 11:58)
[36] 36_検討2[むちむちぷりりん](2010/11/14 11:55)
[37] 37_昇格試験1[むちむちぷりりん](2011/02/20 21:52)
[38] 38_昇格試験2[むちむちぷりりん](2011/01/22 07:28)
[39] 39_戦1[むちむちぷりりん](2010/12/31 14:29)
[40] 40_戦2[むちむちぷりりん](2011/10/02 06:54)
[41] 41_戦3[むちむちぷりりん](2011/02/20 21:42)
[42] 42_侵入者1[むちむちぷりりん](2011/10/02 06:40)
[43] 43_侵入者2[むちむちぷりりん](2011/10/02 06:42)
[44] 44_王都1[むちむちぷりりん](2011/10/02 06:51)
[45] 45_王都2[むちむちぷりりん](2011/10/02 06:57)
[46] 46_王都3[むちむちぷりりん](2011/10/02 07:00)
[47] 47_王都4[むちむちぷりりん](2011/10/02 06:38)
[48] 48_諸国3[むちむちぷりりん](2011/09/04 20:57)
[49] 49_会談1[むちむちぷりりん](2011/09/29 20:39)
[50] 50_会談2[むちむちぷりりん](2011/10/06 20:34)
[51] 51_大虐殺[むちむちぷりりん](2011/10/18 20:36)
[52] 52_凱旋[むちむちぷりりん](2012/03/29 21:00)
[53] 53_日々[むちむちぷりりん](2012/06/09 14:02)
[54] 54_舞踏会[丸山くがね](2012/11/24 09:16)
[55] 55_邪神[丸山くがね](2013/02/28 21:45)
[56] 外伝_色々[むちむちぷりりん](2011/05/24 04:48)
[57] 外伝_頑張れ、エンリさん1[むちむちぷりりん](2011/03/09 20:59)
[58] 外伝_頑張れ、エンリさん2[むちむちぷりりん](2011/05/27 23:17)
[59] 設定[むちむちぷりりん](2011/10/02 06:44)
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[18721] 50_会談2
Name: むちむちぷりりん◆bee594eb ID:1c6b9267 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/10/06 20:34




 一通りの話を聞いた後で、デミウルゴスが瞳を閉ざした。アインズは内心は恐る恐るだが、態度には出ないように注意をして問いかける。

「やはり不味かったか?」
「はい」

 デミウルゴスの即答を聞いて、アインズはやはりと思う。

「……アインズ様の優しさが裏目に出ました。上位者としての態度を取って行けば、あのような結果にならなかった可能性もございます」
「そうか……」

 予測は出来ていたが、断言されると気が重い。
 しかも激情に駆られて殺すというのはとんだ失態だ。今まで殺すよりも生かしていたほうが何かに使える。そういう意思で行動していたのにも関わらず、なんで重要なときにそういった行動を取らないのか。
 王国と事を構えるのは最終的には仕方が無いかもしれない。しかし、まだまだ未知の部分が多い中、敵対行動に出るつもりは無かった。この結果、ナザリックの存続に関わるような展開になったら、かつての仲間にどのように謝罪すれば良いのだろうか。

「しかしながら……王国側の行動は少々稚拙なもの事実」

 アインズはあごを動かし、続けろとジェスチャーを送る。

「馬車の準備や使者の送り方。基本的にナザリックを重要視していないのが読み取れます」
「セバス」
「はっ。私もデミウルゴスと同じ意見を持ちました」
「そうか。ではどうする? 我々重要視しないのであれば同じことが繰り返されだけだ。いや、確かに次回はより上手く行くだろう。しかし、スタート時点の評価の低さはどうにかしたいものだな。それに蒼の薔薇の件もある」
「……それであれば、アインズ様。手段の一つとして私がお勧めしたいのは王都にモンスターを送り込むことです」
「何? 蒼の薔薇にぶつけるのか?」
「その通りでございます。70レベル台のモンスターを送り込み、王都内で暴虐の限りを尽くさせます。これを蒼の薔薇が倒せるなら、かれらの実力はそれだけあるということ。蒼の薔薇が逆に全滅したなら、それはそれでナザリックに敵はいなかったと知るということ。アインズ様がそのモンスターを殺して名を売るというのも良いかもしれません」

 アインズが本当に警戒しているのはユグドラシルプレイヤーの存在。
 その存在がどの程度いるか不明の段階で、人の大量殺戮等をして敵に回すという愚は犯したくは無い。正義の味方を気取るユグドラシルプレイヤーとは戦いたくは無いのだ。
 しかしこれだけ情報を集めても、漏れや不安があるという現状に不満を感じているもの事実だった。

 アインズはしばらく考え、それからデミウルゴスに頷いた。

「そうするか」

 その言葉にデミウルゴスは酷薄な笑みを浮かべた。凄惨な光景が頭の中に浮かんでいるのだろう。

「では何を送り込むかは私の方で決定しても?」
「そうだな……。そうしてくれるか?」
「かしこまりました」

 どれほどおぞましく、多くの人間に絶望を与えることの出来るものを送り込むか。デミウルゴスはそれを考えただけでもわくわくとしてくる思いを堪えられないようだった。
 そんなデミウルゴスに失敗はないとは思っていても、一応念は入れて針をさした方が良いと判断し、アインズは警告を込めた低い声で呼びかける。

「……デミウルゴス。承知しているとは思うが、我々が送り込んだと言う証拠を握られないようにしておかねばならない」
「はい、十分注意を払って送り込みたいと思います」
「…………」

 アインズよりも優秀なデミウルゴスがこうも言い切るのだから問題は無いだろう。アインズがそう考えた時、魔法の発動と共になんらかの糸のようなものが繋がる。
 慣れた《メッセージ/伝言》の発動である。
 アインズは嫌だなと思いながら、送ってきた相手であるユリの声に耳を傾ける。

 一通り聞いた段階で、デミウルゴスとセバスの両者が自分に注目していることに気付く。《メッセージ/伝言》が飛んできたということを理解していたのだろう。

「……はぁ」アインズはため息を1つ。それからデミウルゴスを眺めた。「《メッセージ/伝言》だ。バハルス帝国の先触れが来たそうで、皇帝があと少ししたら来るそうだ」
「ほう」

 デミウルゴスが歓心の声を上げる。セバスも僅かに目を見開いた。
 友好的ではない隣国まで、一国の頂点が出向いたということに対する驚きの表れだ。つまりは皇帝はナザリックに対する重要性を熟知していると言うこと。ワーカーを送り込んできたのが帝国の貴族であるということを考えると、その辺りのことも何かあるのかもしれない。
 デミウルゴスは頭の中で無数の可能性を検討し始める。

「しかし、どんな目的を持って来たのか」

 アインズの呟きにデミウルゴスは一瞬、怪訝そうな顔をする。考えるまでも無く答えは1つしかないだろうから。
 その一瞬の表情の変化を鋭くアインズは捉える。

「デミウルゴス、答えよ」
「アインズ様にお会いしにだと思われ――」
「――愚か」

 アインズの叱咤が飛び、デミウルゴスが体を硬直させる。

「その先を知りたいのだ。何故、皇帝は直接来た? どういう狙いがその後ろにある?」
「それは……」

 デミウルゴスには答えられない。当たり前だ。情報が少ない中、そこまで答えられるはずが無い。可能性ならば幾つか考えられるが、自らの主人にそのようなあやふやな話をするのはデミウルゴスの望むところではない。
 自らの主人が真に考えていたところまで見抜けず、結果として自分が無礼な行為を行ったと知り、デミウルゴスは羞恥のあまりに自害を望むほどだった。
 だからこそ、安堵の息を漏らすアインズの表情はつかめなかった。

「良い。良いのだ、デミウルゴス。少々意地悪な問いかけであったな。自らが下らない失態を犯したことで、不機嫌になっていたようだ。許して欲しい」

 頭を下げたアインズに、デミウルゴスもセバスも大きく慌てる。

「何をおっしゃいます! アインズ様のお優しさに付け込んだ、奴らが薄汚いだけ!」
「その通りです。私の王都の一件があったからこそ、波風を起こさないようにと考えていただけたお優しさは充分に理解しております」

 アインズは僅かに驚いたようにセバスを見つめ、それから力なく下を向いた。

「気付いてしまったか」
「元より……」


 デミウルゴスはセバスとアインズを見比べ、何故アインズが使者に対して下に出たのか、その真意を掴んだような気がした。
 セバスが行った行為は決して悪いことではない。しかしそれは片側から見た場合だ。
 あの店がどのような経緯を持って経営されていたのかは不明だが、経営を維持できたということはなんらかの権力者との繋がりがあったからだろう。そんな店に襲撃をかけ、人を浚ったという行為は確実に権力者の恨みを買った筈だ。
 もしアインズが王国の救世主と紹介されていれば、その行為は美談の1つになるが、そうでなければ厄介ごとになる可能性は充分にある。もし権力者が貴族であった時、さらに強い力を王国内で持っている場合は特に厄介だ。

 無論、これはセバスと言う人物を表に出さなければ問題にはならないかもしれないが、絶対に秘密にできるかと問われたなら首を傾げてしまう。
 秘密というのは漏れると考えたうえで、計画を立てるほうが正解なのだから。

 相手の今回の出方を考えると王国の救世主という線は消えている。ならばセバスというカードを一枚渡している状況では、下から出る方が厄介ごとにはならないはずだ。下手に怒らせて、カードを悪いように切ってこられた場合、困る可能性だってあるのだから。例えば犯罪者であるセバスを引き渡せのように。
 アインズの取った行動は、力でどうにかしようと考えないのであれば、部下を守るということを前提に自らを投げ打った良策だ。

 デミウルゴスに続き、同じ思いを抱いたセバスも身震いする。
 アインズが自らの部下をどれだけ大切にしているか、充分に理解できるために――。


 自らの部下の忠誠心がゲージを破壊して上昇している中、アインズは流れないはずの汗が大量に流れているような、そんな幻覚に襲われていた。
 まさに綱渡りだ。
 そしてこれ以上の会話は何かボロを出しそうな気がすると判断したアインズは、全てを終わらせるようにもっていくことを決める。ただ、その前にセバスに対する謝罪はする必要がある。
 セバスは悪くも無いのに、悪者にしているような気がするから。


「すまないな、セバス」

 アインズは頭を下げる。その行為は2人を驚愕させるには充分だった。何故、自らの偉大なる主人は頭を下げるのか。

「本来であればセバスに目立つような行為を取らせなければ、このようなことでお前を悩ませるはずは無かったはずだ。あの時の私の考えが甘かったと言わざるを得ない。だからお前が気にすることは無いのだ」

 デミウルゴスもセバスも瞳の端に光るものを宿す。
 なんという寛大かつ慈悲に溢れた方なのかと思って。

 ――この方だからこそ最後まで残ってくれたのか。

 自らたちを生み出した至高の存在は姿を隠した。しかしそれでもなお、最後まで残ってくれた――自らたちを捨てないでくれた方がいる。
 その思いはデミウルゴス、そしてセバスの忠誠心をより高め、もはや狂信という領域まで到達させる。


 2人が己の思いを燃え上がらせている中、アインズは許してくれたのかと判断し、口を開く。

「さて、皇帝が何故……私に会いに来たかは不明だが……デミウルゴス!」

 デミウルゴスは一礼をする。アインズの言いたいことは命じられずともわかる。

「では準備の方は私にお任せいただけるでしょうか?」
「ああ。任せるとも、デミウルゴス」
「畏まりました! そのご期待にお答えできるよう、全力を尽くしたいと思います!」

 デミウルゴスの熱意に満ちた返答。
 アインズは心の中で拍手喝采をデミウルゴスに送る。
 引き受けてくれてありがとう。もし演技をしてないなら、そう叫んでデミウルゴスの手を握っただろう。
 そんな思いをおくびにも出さずに、アインズは重々しく頷く。

「では、全権をゆだねる。したいようにするが良い。ナザリックにある大半のものの使用を許可しよう」
「ありがとうございます、アインズ様。ではアインズ様もお召し物をお代えください」
「む?」

 アインズは自らの来た白や金に彩られた服を見る。

「アインズ様はやはり闇と共にあってこそ、栄えるお方。その服も良いものですが……」
「……セバス。デミウルゴスと相談の上、服を見繕ってくれ。ただ、装飾過多なのはちょっと……」
「畏まりました」

 2人の声が揃って聞こえる。アインズは安堵したように、デミウルゴスに軽く声をかける。
 アインズの心の中では、すべてデミウルゴスが終わらせてくれるだろうと判断して、すでに終わった話となっていたのだ。

「では、デミウルゴス。私がすべきことは何かあるか?」
「いえ。アインズ様は玉座に腰掛、来訪した者たちにナザリック大地下墳墓の主人として、絶対なる支配者としてお相手されるだけでかまいません。あとの雑務は我々が」
「…………?」アインズは目をぱちくりさせる。「やはり私が相手をしなくてはならないか」
「おお、アインズ様。やはり弱者たる人間の相手はお好きにはなれませんか。しかし、相手が礼儀を尽くしてきたのです、こちらも礼儀を取るべきでしょう。たとえ、下等な虫けらといえども」

 いや、そういうことではなく。
 アインズはそう言いたい気持ちをぐっと押さえ込む。重役会議に新入社員を出すなよ、と叫べればどれほど楽か。しかしそういうわけにはいかない。アインズはこのナザリックのトップに座する者なのだから。
 王国の失敗で、あと時抱いた覚悟がどこかに吹き飛んでいる。
 アインズは己の駄目さ加減にしょんぼりとしながら、再び覚悟を決めようと自らに声援を送る。

 ――頑張れ、俺。
 ――負けるな、俺。

 少しばかり自分が馬鹿なような気がするが、それでもなんとか皇帝を迎え入れる覚悟は湧き上がる。

「そうか。では私は準備を整えたらあちらで待つとしよう」





 6台の豪華な馬車が草原を疾走する。
 草原という場所にも係わらず、その馬車は驚くほど上下しない。それはその馬車が外見のみならず、様々な場所に驚くべき金額を注ぎ込んでいるからだ。
 まずは車輪の部分。これは快適な車輪<コンフォータブル・ホイールズ>といわれるマジックアイテムである。さらに車体部分にも軽量な積荷<ライトウェイト・カーゴ>という魔法的な改造が施されている。
 合計すると目玉が飛び出るほどの金額を費やいている馬車を引く馬。それはスレイプニールといわれる魔獣の一種である8足馬だ。それらを合計して6台分ともなれば、費やした経費を計算するのも馬鹿馬鹿しくなるだろう。

 そんな単なる金持ち程度では乗れない馬車の周囲には、見事な体躯の馬に乗った者たちがいる。
 総数で20人を超えていた。
 皆、チェインシャツに腰に剣、背中には矢筒とロングボウという同じ武装を整えている。
 武装自体は傭兵といっても通りそうな格好だが、その規律取れた動きは決して単なる傭兵に出来るものではない。その目は鋭く、周囲を油断なく警戒している。
 これほど開けた草原でありながら警戒を怠らないというのは、愚かにも思えかねないが実際は違う。下手なモンスターは致命的な攻撃を行ってくるものが多い。石化の視線を行ってくるモンスターに近寄りたいと思うものがいるだろうか? 猛毒のブレスを吐いてくるモンスターに近寄りたいだろうか?
 そういった危険なモンスターを遠くから察知するには、風によらない草の動きなどに注意を凝らす必要があるのだ。

 そして上空に目やれば、そこにも警護の手はある。
 そこにはヒポグリフと呼ばれるモンスターに乗った者たちの姿があった。
 飛行できる騎乗動物――これらはモンスターだが――は売買するなら非常に高額になるのは説明する必要が無いだろう。彼らの目的もまた地上の者と同じで、馬車の警護である。

 これほどの警護をされている馬車の中にいる人間が、大した地位で無いはずが無い。

 それも当然である。
 その馬車の一台にいる男こそ、隣国バハルス帝国の支配者。鮮血帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスなのだから。

 ジルクニフの馬車はまるで豪華なホテルの一室を思わせた。壁や床には柔らかな絨毯が貼り付けられ、座る場所も柔らかで長期間乗っていても痛くなるようなことが無いつくりだ。
 実際、広くないということを除けば、ここで生活している方が快適なつくりだという人間がどれぐらいいるかは想像もできないほどだろう。
 そんなところにいるのは4人の男。馬車とも言えば4人も乗ったら狭く感じるというイメージが強いが、それは本当に贅沢な馬車に乗ったことの無いイメージにしか過ぎない。
 4人の男はみなゆとりあるスペースを保っていたのだから。
 そんな男のうちの1人は当然、この馬車の主人である皇帝、ジルクニフである。その顔に微妙な笑みを浮かべつつ、報告を楽しみながら聞いている。
 そしてもう1人。それは皇帝に報告をする者。
 白く長い髭を生やした老人であり、その名を近隣諸国で知らないものはいないとされる、生きる伝説。フールーダ・パラダイン。
 そして皇帝の横にはバインダーに書類を挟み込んだ秘書官。ロウネ・ヴァミリネン。
 そして最後は金属製の全身鎧に身を包んだ男だ。流石に馬車の中にあってはそのヘルムは外しているために、その髭の生えた野生的な素顔が露出している。
 彼こそ帝国4騎士といわれる者の1人、『雷光』バジウッド・ペシュメルだ。

「以上の時刻より、ナザリック大地下墳墓の周辺を監視しているものから報告がございません」
「なるほど、すべて殺されたか」

 気楽そうな皇帝の言葉だが、隣に座ったロウネは僅かに眉を動かす。彼ら1人1人はかなりの金額を投資して育成した、帝国内でも類を見ないほどのエリートだ。そんな簡単な言葉で済ませられる出費ではない。
 そんなロウネの雰囲気を変化を、隣も見ずに理解したジルクニフは、淡い期待をそぎ落とそうと薄い笑いを浮かべたまま、フールーダに問いかける。

「じい。それ以外の理由で連絡がつかなくなった可能性は?」
「ありえますな。4つのチーム全てを同時に巻き込むような、巨大な魔法的防御手段を講じられればそうなるのでしょうな」
「その可能性は?」
「……空から太陽が落ちてくるような可能性ですな」
「そうか。世界中が常時真っ暗になるよりは、殺された――は言い過ぎにしても無力化されたと考えた方が安心できるな」
「無力化ですんでいると助かるのですが」

 算盤を弾いて用いたような、硬質な声。そんなロウネの考えをジルクニフは笑い飛ばした。

「買い戻すのに非常に金が掛かるぞ? それよりは見捨てた方が安くないか?」
「確かにそうです。……しかしながら見捨てれば彼らの士気が下がるかと?」

 ジルクニフは初めて笑みを消す。

「侮りすぎだ。そいつらもその程度の覚悟は承知の上だ。そうだろ?」
「おっしゃるとおりです」
「ただ、またカードを持たれたのは痛いな」

 これでワーカーに続いて2枚目だ。
 しかしながらジルクニフは少しばかりの楽しみも感じていた。
 カードを持たれたとしても、別に問題は無い。カードゲームだって使ってこないカードに警戒する人間はいないだろう。重要なのは、相手がどのようにそのカードを切ってくるか。その一点に集約される。
 ジルクニフが楽しみに思っているのは、未知の相手の手を覗き込むことのできる瞬間だ。

「……それよりも陛下。危ないんじゃないですか? 先行して俺達だけで様子を見に行きましょうか? 何か様子が変わっていると厄介ですし」

 皇帝に対しての言葉遣いとしては、失格の印が押される礼儀の無い喋り方だ。
 バジウッドは元々、王国の最強の戦士ガゼフ・ストロノーフと同じく平民上がりである。そのため色々と修正されたが、それでも時折喋り方に育ちが出てしまう。しかしこの場においてそれを注意する者はいない。
 バジウッドがここにいるのは皇帝をお喋りで楽しませるためにではない。買われているのはその高い戦闘能力。ならば言葉程度大した問題ではない。そう、バジウッドはその腕でジルクニフを守れば良いのだ。

 だいたい喋り方に品が無くとも、バジウッドは別に馬鹿ではない。4騎士の唯一の平民出身であり、まとめ役に就いているのは伊達ではないのだから。

「早馬は送っているのだろ?」
「はい。既に『ロイアル・エア・ガード』を送っています」
「私の弟子も同行させております。《メッセージ/伝言》が帰ってこないところを考えると、まだ着いてないのでは無いでしょうか?」
「今の移動速度だとナザリック到着は何時間後ぐらいだ?」
「はい」ロウネが懐から時計を取り出し、その時刻を確認する。それから口を開いた。「およそ1時間後かと」
「まぁ、ならば4騎士を出したところで、あまり意味が無いだろう」
「どういう意味ですか?」
「最初からこっちを害する気持ちなら、対処の仕様が無いということだ。まぁ、運次第じゃないか」

 ピラピラと軽く手を振るジルクニフを除く、全員が顔を見合わせる。
 自らの皇帝である、ジルクニフは微妙に変なところがある。
 悪い意味ではないが、自らの命を軽く考えている気配がある。もしくは自らの命が奪われるはずが無いと高をくくっているのか。
 馬鹿なことなために命を投げ出すという意味ではない。すべきことのためであれば、自分の命も賭けのチップになるということだ。問題はすべき事と言うのが、常人だと微妙に思ってしまうこともそれに含まれるということだ。
 つい最近であれば、ガゼフ・ストロノーフを帝国に勧誘するために、周囲を騎士に守られていたとはいえ、戦場に入って声をかけたこともそうだ。

「それよりは王国の使者がナザリックに到着したせいで、会えなくなるというのが一番詰まらんな」
「……運次第といわれましたが、その可能性はどの程度で?」
「うん? ああ、あの化け物女がどのように動くかだな」

 ジルクニフが警戒心を表に、化け物と呼ぶ女はこの周辺国家にたった1人しかいない。

「……ラナー王女がですか?」
「ああ。あれがこっそり動いていたら厄介だな。あれは人の気持ちが理解できない分、純粋なメリットを的確に提示する。アインズ・ウール・ゴウンを引き込むにたるメリットを用意してるだろうな。……いや、道具の1つとして相手の気持ちも使用するんだから、本当は理解できてるんじゃないか? あの気持ち悪い女、誰か暗殺してくれないものか」
「それがご命令でしたら即座にイジャニーヤを呼び集めますが?」

 ロウネの言葉にフールーダが微妙な表情を浮かべる。

「よせよせ。あの女には新たな技術を発見してくれなくては困る。殺すよりは生かしておいたほうがちょうどいい。……あの女その辺まで理解してるんじゃないか?」
「ありえますね」

 ラナーの提案を行うタイミングは微妙に帝国の動きを読んでいるのではと思うときがあった。特に、公表を惜しんでいるときなど特にその雰囲気を強く感じさせる。もし、そうだとしたらラナーという女は、目も耳も無い状況で、帝国の動きを感知してうまく転がしているということになる。
 こういった得体の知れなさが、ガゼフさえも部下にしようとするジルクニフが、いまいち欲しがれない理由だ。

「もしラナー王女が動いていた場合の陛下の安全は?」
「問題ないだろ、じい。俺を殺すよりは利用しようと考えるだろうさ。あの女なら」

 それはどうだろうかと3人――もしかしたら2人の男は思う。
 現在、鮮血帝とも恐れられる目の前の人物の下、帝国は絶対的な組織を作ろうと邁進している。その絶対的な組織の頂点たる人物を今失うことは、その歩みが一気に瓦解する可能性があった。
 なにより現在、皇帝の世継ぎはいまだ幼い。
 将来的に帝国がどの程度の巨大な国家となるか。それを悟れる者であれば、何を犠牲にしてもいまここで皇帝を亡き者にしようと思うはずだ。王国や法国のような近隣諸国は特に。

「まぁ何か起こりましたら、私の元まで」
「ん? じいの転移魔法か?」
「はい。それで陛下ぐらいなら問題なくつれて戻れますので」
「ならば俺たちはその盾を見事こなしてみせますって」
「私はその辺で小さくなって邪魔にならないようにします」

 まじめな顔でそう言い切るロウネに微妙な笑い声が上がった。そんな中、コンコンと馬車の扉がノックされる。馬車に僅かにかかる振動は、いまだ動いていることを意味する証だ。

 この馬車は占術対策や防御効果を考えて、ほぼ全面を金属板で囲まれている。そのために外を覗くための窓というものは無い。バジウッドが動き、扉に手をかける。別に問題は無いはずだが、念のための用心というやつだ。
 扉を開ける。草原の新鮮な風が流れ込んできて、室内の人間の髪をかすかにくすぐる。
 扉の外、馬車に併走するように空を飛んでいたのは、《フライ/飛行》を使っている魔法使いであり、フールーダの高弟の1人だ。

「失礼いたします」

 飛行状態の人間が、頭を下げるというのは微妙に変な光景だ。ジルクニフも苦笑いを浮かべると指示を出した。

「そこで話すのもなんだ、入れ」
「ははっ。失礼いたします」

 滑り込むように馬車に入り、魔法使いは扉をしっかりと閉める。そんな僅かな時間ももったいないように、ジルクニフは魔法使いに尋ねた。

「届いたか?」
「はっ、はい。今、《メッセージ/伝言》が――」
「――何だって?」
「はい。現在ナザリック大地下墳墓のログハウスにてメイドに陛下の来訪予定を告げたとのことです」
「で、王国の馬車は?」
「はい。現在、その姿は発見できずとのことです」
「ふーん」

 考え込むように、ジルクニフは唇に指を当てる。隠したのか、隠す必要があったのか。どちらも考えられる。

「……それ以外に報告は?」
「以上になります」
「陛下、偵察していた人間を探さないので?」
「止せ、止せ、バジウッド。そいつらは部下が勝手に送り込んだことだ。私からの使者が探しに行ったら、私が知っていたことになるじゃないか」

 ジルクニフは座席に深々と座りなおす。

「まぁ、あとすべては1時間後だ。楽しもうじゃないか」




 ジルクニフを乗せた6台の馬車と、20人の騎士たちは草原のど真ん中にあるナザリック大地下墳墓に到着する。
 騎士たちや御者の視線はログハウス入り口の部分に立つ、1人の美女――ユリ・アルファに向けられていた。6台の馬車からは全身鎧を纏った3人の騎士――4騎士の残りの3人が降りる。巨大な盾を持つ者、ハルバードを持つ者、立派な鎧を着た者の3者だ。その他にフールーダの高弟たる魔法使いなどが降りだした。
 各員が慌しく行動する中、本来であれば一番最後まで開かれるはずが無い馬車のドアが開かれた。
 降車台すら準備されていないのに、姿を見せたのは全員の中で絶対最後に降りるべき人物――皇帝たるジルクニフだ。慌てて、降車台を準備しようと動き出す者たちに手を差し出して止めると、ひらりと飛び降りる。
 そして優しい微笑を浮かべると、ユリの方に向かって歩き出した。後ろではジルクニフと同じようにフールーダたちも飛び降り始めていた。流石に皇帝がああやって降りたのに、降車台を待つなんていう行動は取ってられない。

 周囲の反応でその登場した――そして自分に向かって歩いてくる人物が誰かわかったユリは丁寧に頭を下げる。

「お待ちしておりました」そして頭を再び上げと、自己紹介を行う。「私は皆様を歓迎するよう任せられたユリ・アルファと申します」
「それはありがたい。私はバハルス帝国の皇帝。ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスだ。まぁ隣国での地位など聞いてもしょうがないだろうから、単なる1人の人間としてこの場合は親しみを込めてジルで結構だよ」

 笑顔をジルクニフはユリに向ける。
 皇帝というよりも非常に気さくな1人の青年という笑い方だ。好青年という言葉を当てはめるとしたら、今のジルクニフほど似合う者がいない。女であれば心が動いてしかるべきの笑みを受けても、ユリのまじめな表情は崩れない。
 そしてそんな瞳を覗き込んでいたジルクニフも、僅かな波紋すらユリの中に起こらなかったことを悟る。
 趣味じゃないのか、はたまたは仕事中は仕事と自分から切り離すタイプなのか。はたまたは絶対の忠誠を捧げるべき対象に命じられた仕事の最中だからか。
 読み取れないな。
 そんな呟きはジルクニフの心の内だけに留める。

「お戯れを。主人――アインズ・ウール・ゴウン様より皇帝陛下を歓迎するように受けておりますので」
「そうかい。それは残念だ」

 おどける様に、ジルクニフは肩をすくめる。

「それはゴウン殿は?」
「準備を整えているということですので、もうしばらくお待ちいただければと思います」
「なるほど。ではどこで待たせていただけるのかな? あのログハウスかな?」
「いえ。せっかく、日差しも良いのです。ここでお待ちいただければと思います」
「ふむ」伺うように、ジルクニフの視線が細くなる。「了解した。では我々は馬車に戻るとしよう」

 その声に幾人かの騎士の瞳に憤りに似た感情がわきあがっていた。例え隣国の――場合によっては敵となっているかもしれない者の居住地とはいえ、一国の皇帝に対してこの場で待てというのは無礼ではないかという思いだ。しかし、そんなことを言い出すものはいない。自らの主君が納得しているのに、臣下である自分たちが言えるはずも無いから。

「お待ちください」ユリの静かな声が響く。「こちらでお待ちいただく以上、失礼の無いように持て成せとアインズ様よりお仰せつかりました」

 アインズ様という言葉にちょっとだけの驚きを浮かべ、それからジルクニフは楽しそうに頷いた。その動作を了承ととったユリはログハウスに向き直る。

「では準備をさせていただきます。来なさい」

 ユリの命令に従い、ログハウスの扉が開き、巨大な何かが出てくる。

「げぇ!」

 1人の叫び声が起こった。ここが調理場であれば、鶏が絞め殺されるときにあげたものだと思っただろう。
 その声を上げた人物。それが誰か理解した帝国の人間、全員に動揺が走った。
 それは帝国主席魔法使い、フールーダ・パラダイン。かの伝説の13英雄に並ぶとも上回るともされる男。それほどの人間が、驚愕のために目を大きく見開いて、ログハウスから出てきたものを凝視していた。
 それに引っ張られるように、全員の視線が同じ一点を凝視する。

 ログハウスから出てきたのは、暴力の匂いが立ち込めるような黒鎧を着た者だ。その巨躯で大理石でできたようなテーブルを担ぎ上げながら、外に出てきたのだ。

 どさりと言う音が聞こえる。
 フールーダの近くにいた高弟の1人が真っ青な顔で力なく、両膝を地面につけていた。いや、連れてこられた4人の高弟。ほぼ全員が同じような状態だ。真っ青な顔を驚愕という形に凍りつかせ、喘ぐような短い呼吸を繰り返す。

「ありえん。馬鹿な……いや、ありえん。あれはデス・ナイトなのか……?」

 まるで我を忘れたように、言葉をぼそぼそと呟くフールーダ。その光景は誰がどう見ても非常事態だ。フールーダの状況から騎士たちは危険と判断し、黒鎧に対して僅かながらの警戒態勢をとる。

 フールーダは信じられなかった。
 目の前での光景。
 自らがいまだ支配することのできない最強のアンデッドが、持ってきたテーブルを草原に下ろす姿は、まさにメイドのシモベのようだ。それが何を意味するのか理解できないほど、現実からは逃避してはいない。
 小船が嵐の日に波に弄ばれるように、フールーダは精神的は強い動揺によって翻弄されていた。
 しかしフールーダは鋼のごとき意志を取り戻す。
 その可能性だってあったのだ。ガゼフに匹敵するアンデッドを使役するという段階で。
 自らよりも上位の魔法使いには会いたかったのは、フールーダの願いだ。
 それがいま叶っただけじゃないか。そうやって必死に自らの心の安定を保つ。それができないフールーダの弟子たちは強いストレスから過呼吸を起こしていたのだが。

「どうした? じい」

 ジルクニフの心配そうな声。親しい人間の異常を不安がっているような態度は演技であり、その内面にあるのは、何が起こったのか説明しろという強いものだ。フールーダは普段であれば即座に説明をしただろう。
 しかし、今はそれがわずらわしい。お前に説明することすら時間が勿体無い。そういった態度を表に出し、フールーダはジルクニフを完全に無視する。それに驚くのは周囲の人間だ。
 自らの主君にそのような行為をとるのだから。

「問いたい! あれはデス・ナイトでよろしいのですかな?!」
「はい。左様です」

 フールーダの緊張したような声に対して、ユリの声は何も変わらない平然としたものだ。

「あれは、ゴウン殿の?」
「はい。アインズ様のシモベの一体です」
「なんと! あれをゴウン殿は支配しているというのか!」

 ここまでくれば周りで聞いている誰でも話の中身はわかる。つまりはあのデス・ナイトを支配するというのはフールーダをして偉業といえるのだろうと。
 では――では、だ。
 あれはどのように判断すればよいだろうか。

 ログハウスから再び、デス・ナイトがテーブルを持って出てくる。
 そして先ほどのデス・ナイトに渡した。それはバケツリレーと言われる行為に近い。無論、姿を見せるのは2体では終わりではない。計5体のデス・ナイトによるバケツリレーだ。

 フールーダの体が揺らぐ。
 その表情はあまりにも信じられないものを見たように、凍りついたまま一切動かない。

「あ……あ……」

 ぺたりとフールーダは地面に座り込む。その口を大きく開けた呆けたような表情で。

「フールーダど、殿?」

 騎士の1人が喘ぐ様に問いかける。問いかけたのは1人だが、周りにいた騎士全員の顔に同じようなものが張り付いていた。それは帝国最強とされる4騎士の上にもだ。
 フールーダはかの13英雄に匹敵するとも超えるとも言われる男。騎士からしてもその圧倒的な魔法の数々は驚愕に値し、帝国最大の守護者と尊敬するものは多い。そんな尊敬を一心に受ける男のその小さな姿。それは圧倒的な混乱を招くものだった。
 フールーダの瞳に力が宿る。しかし、その瞳には周囲の混乱は入ってこない。当たり前だ。それ以上に先に確認しなくてはならないことがあるのだから。
 フールーダはユリに問いかける。

「お聞きしたい。あ、あれも?」
「はい。アインズ様のシモベですが?」
「あ、ありえない……どんな魔法で……いや、私との能力の差……。質問が、ゴウン様は第何位階までの魔法をお使いになるのですかな?」
「それはアインズさまに直接お尋ねください」

 すっぱりと切り捨てるような冷たいユリの発言にフールーダの表情が凍る。
 そして沈黙が支配した。
 騎士たちは単なる一介のメイドの言葉とは思えず、ジルクニフは興味深げに、そして――

「ふふはははははは」
 
 ――それを破壊するように笑い声が上がる。心の底からの歓喜に満ち溢れた、この場には――そして今までのフールーダの行動からすればイメージに合わないそんな笑い。
 あまりの気持ち悪さにバジウッドは眉をひそめる。いま、そんな笑いを浮かべる状況だろうか。どう考えても警戒すべきタイミングであり、笑いは相応しくない。それともユリの言葉に、自らでは理解できない何かがあったのか。
 自らの仲間である他の騎士に警戒の合図を送ると、立ち上がったフールーダに近づき問いかける。

「フールーダ殿。ここは危険な場所なのか? 陛下の警護に――」
「――馬鹿が」

 フールーダがはき捨てるようにバジウッドに言い切った。罵声を飛ばされても、バジウッドは何も言えなかった。正面から見つめてくるフールーダの瞳に宿った危険な光、それに威圧されて。

「お前にはここがどのような場所か理解すらできていない。……桁が違うのだよ。あのデス・ナイト1体で軽く見ても騎士がどれだけ必要となるかわからない化け物だ。それを5体。お前たち4騎士が全力でかかって何とか1体受け持てて終わりだ。それすら感じ取れず、どのように警護するんだ? この状況下で守れると思っているのか? 武装を解いているからといってもその特殊能力はいまだあるのに?」

 英雄のオーラ。
 フールーダから叩きつけてくる気迫はまさにそれだ。ただ、心地よいものではない。
 宿った魔法の力は巨大であり、帝国最強の4騎士すら同時に相手にできる。そういう英雄たる人物の狂気が、まるで声とともに荒れ狂うようだった。
 騎士たちが鳥肌を立てたのも仕方が無いだろう。
 そんな中、ナザリックに所属する者、そしてジルクニフのみが平然としたままだった。

「しかし……デス・ナイトを支配する。それもあれだけの数を! 素晴らしい! 素晴らしい! こんな近くの地にかくも偉大な人物がいたとは! 素晴らしい! ふははははは!」

 瞳の端には涙があり、その顔には壊れたような笑いがあった。
 ――いや、違う。違うのだ。
 それは帝国の主席魔法使いという地位をかなぐり捨てた、魔法という深遠を覗き込もうとする1人の男の素顔だ。フールーダの英雄然とした表情の下にいつもあったものが、強大な魔法使いの存在を確認したことで剥げただけにしか過ぎない。

「陛下。さて、さてどうしますか? 転移の魔法を使って逃げますか? 今ならお逃げになることもできると思いますぞ? いやいや、この地の方が寛大であればですがね」

 フールーダの嘲笑を浮かべるような表情に、ジルクニフは笑いかける。

「そっちの顔の方が好きだぞ、じい。そして聞き返そう。俺が逃げると?」

 フールーダの顔に亀裂が走る。その裂けたような狂人の笑いは、見る者に恐怖を与えた。

「流石ですな、陛下。私と同じですな。私は見てみたい、会ってみたいですな。あのデス・ナイトを使役する稀代の大魔法使い。アインズ・ウール・ゴウン殿に」
「それほどか」

 1体ですら支配できないフールーダに対して、5体を支配するアインズ・ウール・ゴウン。単純に考えればフールーダの最低でも5倍は優れた魔法使いということになる。

「ははは、まさにそうですぞ、陛下。おそらくは私をはるかに凌駕するでしょう。私が生きているうちこれほどの力を持つだろう魔法使いに会えると思うと興奮しますな」

 フールーダの弟子たちはみな顔色悪く、騎士たちも自分たちがどんな存在の庭にいるのか悟ったようで顔色が悪い。平然としているのはジルクニフ、フールーダぐらいだ。

「陛下、どうすればいいんですか?」

 バジウッドが困惑したように、ジルクニフに問いかける。ジルクニフは全員を見渡す。
 フールーダや弟子たちは別としても、騎士たちの精神は徐々に張り詰められていっている。それはいつ切れてもおかしくは無いほど。これはかのフールーダの異常っぷりや、いまの話で聞いたデス・ナイトの強さ。そういったものによって対策がまるで浮かんでいないことに対する不安が起因している。
 抗えない死が近くにあるよといわれて、平然としてられるジルクニフが異常なのだ。ちなみにフールーダは魔法という叡智への興味が死への恐怖を凌駕している。

「どうしようもなかろう?」
「はっ? それでよろしいので?」
「……魔法に関してはもっとも詳しいじいがあれなんだ。もはやすべて向こうに任せるほかあるまい」
「逃げるとかどうですか?」
「逃げられると本気で思っているのか?」

 バジウッドは逃げる算段の相談が聞こえているにもかかわらず、平然と色々な準備を整えているメイドに目をやる。

「人質にとったらどうですかね?」
「取れるのか?」
「……無理っぽいですね」

 実際、取れそうな気がしない。バジウッドからすると、デス・ナイトよりもあの1人のメイドの方が底が知れない。他の3人の騎士たちもそれには同意の印を送ってくる。全力で戦いを挑んで、数十秒持ちこたえられるかなんて、馬鹿な想像をしてしまうほど。

「……準備ができました。こちらでおくつろぎください」

 その言葉に反応するように見れば、草原の上に椅子とテーブルが複数用意されていた。純白のテーブルクロスがかけられ、パラソルが影を作っている。荷運びをしていたデス・ナイトたちは全員、邪魔にならないようログハウス横に並んでいた。

「飲み物もご用意させていただきました」

 テーブルの上に置かれた、デキャンターには冷たそうな水滴が付着しており、中にオレンジ色の液体の揺らめきがあった。そしてその横には透明かつ薄いガラスで出来たであろうグラス。そのどれもが精巧な細工が施されていた。
 皇帝という最高級のものに包まれて暮らすジルクニフをして、驚きのために目を見開くほどのものばかりだ。

「それと何かございましたら、私どもにお声をかけてください、皆」

 ログハウスが開き、メイドたちが出てくる。あまりの美しさに、今まであったことを一瞬とはいえ忘れてしまうほどのメイドたちだ。
 ジルクニフたちは当然知らないが、ルプスレギナ・ベータ、ナーベラル・ガンマ、シズ・デルタ、ソリュシャン・イプシロン、エントマ・ヴァシリッサ・ゼータの戦闘メイド5人だった。

「ぐぶっ!」

 再び奇怪な声が漏れ、全員の視線が再びフールーダに集まる。フールーダはよろよろと歩くと、今回このためだけに強制的に呼び戻されたナーベラルに話しかける。

「……お、お1つ聞きたいのですが、よろしいでしょうか?」

 非常に敬意を込めた、礼儀正しい話し方だ。もしかするとジルクニフに話しかけるとき以上に心がこもっているような感じさえある。

「はい、なんでしょうか?」
「あ、ぁあ。アインズ・ウール・ゴウン殿――いや」フールーダは大きく頭を振った。「アインズ・ウール・ゴウン様はあなた様よりも上位の位階の魔法を使えるのでしょうか?」
「……はい。当然です」

 ナーベラルの目が動き、自らの何もしてない指を捕らえる。見れば僅かにそこには今まで指輪をしていたような跡があった。

「おお……。失礼ですが……あなた様は……第8位階は使えるのでは?」
「……左様です」

 その言葉を聞くとフールーダはよろよろとテーブルの所まで戻り、椅子にどすんと腰を下ろす。本来であれば最初に座るべき皇帝を差し置いての行為だ。誰かが叱咤してもおかしくは無いだろう。しかし誰も注意できない。
 フールーダのプルプルと肩を震わせながら、溢れている歓喜の笑みを手で覆うことで隠そうとしている姿。そしてそのメイドが言った第8位階魔法の行使を可能とするという発言。それがどれほどの意味を持つか、それがわからないほど馬鹿なものはこの場には来ていない。

 騎士たちが互いの顔を伺う。
 英雄たるフールーダが到達しているのが第6位階魔法。それを超越した領域にある第8位階魔法。それがどれほど桁が違うのか、理解は当然出来ないが予測は十分に出来る。
 それは単純に目の前のメイドはフールーダをはるかに超越した存在だということ。そしてそんな存在がメイドをしているというイカレた事実。
 もはやあまりの事態過ぎて頭が痛くなったとしてもおかしくは無かった。

「はははははっはっは! 凄い! 凄いぞ! もはや個人では到達できるはずが無い、第8位階の魔法を可能とする存在がここにいたんだ! 聞いたか、お前たち!」

 フールーダの狂気すら感じる視線が、自らの弟子たちに向けられる。

「メイドがだぞ! 久遠にも等しい寿命を持つドラゴンや、人間をはるかに凌駕する種族ではなく、単なる人間のメイドがだぞ! さらにアインズ・ウール・ゴウン様はそれを超える力を持つという!」

 フールーダは椅子からガタリと音を立てるほどの勢いで立ち上がり、小走りにナーベラルの前に来ると、膝を大地に付けて哀願する。

「おお! 早く、早く、アインズ・ウール・ゴウン様に会わせて欲しい。本当に少しでも良いから、その宿している魔法の力を愚劣なるこの身に授けてはくれないか!」

 フールーダは再び視線を自らの弟子たちに向ける。

「私たちは今、最高の伝説の場所に足を踏み入れつつあるんだ! 良いか! ここから瞬き1つもするな! すべてが宝だ! この地はまさに伝説の雰囲気を十分に宿している地だ!」 
「フールーダ、少し落ち着かないか!」

 流石にこの狂乱は看破できなくなったと、ジルクニフが声を張り上げる。一瞬、ジルクニフにも何か言いかけたフールーダの瞳にようやく理性の色が戻ってくる。

「フールーダ。勘違いするなよ? 今回は帝国として来たのだ。お前の魔法に関する知識を求めに来たのではないと」
「……陛下、失礼しました。少々興奮してしまったようです。皆様方にも失礼しました」

 フールーダは立ち上がり、ペコリとメイドたちに頭を下げた。

「そうだぞ、じい。飲み物でも飲んで、少しは落ち着け。さて、いただけるかな?」
「畏まりました」

 ジルクニフの前に置かれたグラスに、ユリによって金色の液体が注ぎ込まれる。周囲には柑橘系の甘い香りが漂いだした。
 果実水をジルクニフは一口含む。そしてその美味さに笑いを浮かべてしまう。それは今まで自分が飲んできた飲み物は何だという笑いだ。そして回りでも騎士たちが驚きの表情を浮かべている。皇帝と言う贅を尽くしているジルクニフですら驚いたのだ、騎士たちの驚きはジルクニフの非ではないだろう。事実、礼儀というものを忘れて、勢いよく飲む者の姿は珍しくは無かった。
 そして口々に驚きの声が上がっていた。

「美味いぞ」
「なんだこの飲み物。酸味と甘みがちょうど良いところで調和している」
「喉越しが最高だ。口の中にしつこい甘みが残らない」

 そんな驚きの声を耳にしながら、再びジルクニフも飲み物で喉を潤す。
 ナザリックは飲み物すら最高だというのか。ジルクニフは苦笑いを浮かべる。飲み物1つに敗北感を強く抱かせてくれるとは、という思いと共に。

 日差しを避けながら、草原を走る風の音を聞くという時間をどれだけすごしたか。やがてユリがジルクニフが望んでいた言葉を告げた。

「お待たせしました。アインズ様の準備が整いましたので、こちらにどうぞ」





 半球状の大きなドーム型の部屋に到着したジルクニフの前には、巨大な扉が鎮座していた。3メートル以上はあるだろう巨大な扉の右の側には女神が、左の側には悪魔が異様な細かさで彫刻が施されている。そして周囲を見渡せば、禍々しい像が無数に置かれている。
 タイトルをつけるなら『審判の門』とかどうだろう。ジルクニフは門を眺めながらそんなことを考えてしまう。

 大きな室内は沈黙が支配し、静寂が音として聞こえてくるぐらいだ。
 そう。ここまで連れてこられた誰もが何も言葉を発さない。時折動きに合わせて起こる鎧の金属音ぐらいが唯一の音だ。
 騒がしくしないのが礼儀だとかの以前に、ここに来るまでに目の前に広がってきたあまりにも美しすぎる光景に、全員が魂を引き釣り出されていたのだ。
 まるで神話の世界、神々の居城。
 そんな言葉が相応しい光景を前に、飲み込まれないようにしろと言う方が酷だ。実際、ジルクニフですら、きょろきょろと歩きながら周囲を見渡してしまう衝動は抑えられなかった。
 それほどの世界が広がっていたのだ。

 ジルクニフは肩越しに後ろ――ここまで付いてきた自らの配下の者を見る。
 バジウッドら4騎士、それに選ばれた精鋭騎士10名。フールーダに高弟4名。秘書官であるロウネに、その部下2名。計22名。
 その誰もが肩身を狭くしている。
 自らの矮小さを強く実感させられる、帝国の贅を集めたとしても作り出せない通路を通ってきた結果がこれだ。
 もはやナザリック大地下墳墓という場所、そしてアインズ・ウール・ゴウンという人物に対して浮かぶイメージは巨大すぎて、形容しがたいものとなっていた。
 それも仕方ないことだろう。
 ジルクニフは自嘲げに笑みを浮かべる。優れたものに頭を下げるのは人間として当たり前の行為だ。これほどの建築物――華美な調度品を前に、敬意を示さない人間のほうがどうかしている。

「困ったものだ」

 ジルクニフは呟く。
 この扉を奥に待ち構えるアインズ・ウール・ゴウン。
 フールーダをしのぐ強大な魔法使いであり、おそらくは歴史上においても類を見ない存在。居を構えた場所の華美さは人間の想像を超え、付き従う者も強大な力を持つ。
 いうならありとあらゆる力を持つ存在だ。

 王国が引き込む前に、自らの陣営に入れたい。そう考えていたころの自分を嘲り飛ばしたいものだ。

 金銭で引き込むのは無理。
 力でも無理。
 異性でも――ユリらメイドを頭に浮かべて――無理だろう。まぁ男と仮定してだが。
 地位や権力などをこれほどの居住区を持つ者が必要とするはずが無い。
 ならば何を欲するか。

 ジルクニフには想像も付かない。人がイメージできる欲望では、アインズ・ウール・ゴウンを動かすにたるものになるのか。これほどのものを持っていて、ジルクニフが提示できる程度のもので心を揺らがせられるのか。

「……難しいかもしれんな」

 ジルクニフはアインズ・ウール・ゴウンという人物に対して取るべき手段を頭の中で無数に考える。結論は処置なし。敵対的な状況下に持っていかないようにするのが、最も賢いという答えに行き着く。
 そんな思いを含んだ声は、ぼそりと発せられる。ジルクニフが思ったよりも大きく響く。
 しかしそれに反応するものはいない。それほど皆、周囲の世界に引き込まれているのだ。

「ではこの奥が玉座の間となります。アインズ様はそちらでお待ちです」

 ユリがこれで自分の仕事は終わりだと、深い一礼をジルクニフたち一行に向けた。

 その言葉を待っていたのか、その扉はゆっくりと開いていく。誰が押し開けているのでもない、重厚な扉に相応しいだけの遅さで開いていく。
 幾人かが息を呑む。それも数人単位ではない、おおよそ十数人以上。この場に来た人間の大半が行う。それは覚悟を決めてなかったための動揺の現れ。逃げたいという気持ちの結露。この扉が開かないことを望んでいた者が多くいたということだ。
 だからこそ、扉が自動的に開いていったことを感謝するべきだろう。もし覚悟を待っていたら、いつまでも開くことが出来なかっただろうから。

 そこは広く、高い部屋だった。壁の基調は白。そこに金を基本とした細工が施されている。
 天井から吊り下げられた複数の豪華なシャンデリラは7色の宝石で作り出され、幻想的な輝きを放っていた。壁にはいくつもの大きな旗が天井から床まで垂れ下がっている
 玉座の間という言葉が最も正しく、それ以外の言葉は浮かばない部屋だ。
 そしてそこから吹き付けてくる気配に、ジルクニフたち一行は顔色を一瞬で青よりも白に染め上げる。

 中央に敷かれた真紅の絨毯。その左右に並んでいるのは形容しがたいほどの力を感じさせる存在たちだ。
 悪魔、ドラゴン、奇妙な人型生物、鎧騎士、二足歩行の昆虫、精霊。大きさも姿もまちまちな、ただ、その内包した力だけは桁が違う存在。そういったものが左右に無数に並んでいたのだ。数にしておおよそ、100は超えるだろうか。
 その者たちがジルクニフたちを無言で見つめてくる。ある種の階級や権力を持つ人間はその瞳に力があるとされるが、物理的な力を持って押し寄せてくる気がするのは、ジルクニフをして初めてだった。

 ジルクニフの後ろから聞こえてくるのは、掠れたような悲鳴。小刻みに揺れる金属音。
 それは部下たちが恐怖を感じていることを示す印。

 しかしながら、正直に言おう。
 ジルクニフは自分の部下が恐怖を顕わにすることを叱咤する気は無く、逆に誰一人として逃げないその心を褒めてやりたい気持ちで一杯だった。これほどの存在――人間として潜在的な恐怖を抱いてしまう上位存在を前に、逃げ出さないということを。

 ジルクニフはアインズ・ウール・ゴウンに対して考えていたレベルを十数段階上昇させる。今まで警戒し、上方修正してなお甘かったと知ったために。もはやアインズ・ウール・ゴウンという存在に対しては帝国存続とか言うレベルではなく、種――人間のみならず亜人などの種族存続規模の存在だと判断している。

 ジルクニフの視線は絨毯の先へと動く。
 そこは階段があり、左右に幾人かが並んでジルクニフたちを眺めている。ナザリック大地下墳墓の、アインズ・ウール・ゴウンの側近だろう。それはダークエルフ、銀髪の美少女、白銀の直立する昆虫、そして悪魔。
 そして――

「あれが……」

 水晶で出来た玉座に座り、異様な杖を持ったおぞましい死の具現。
 骸骨の頭部を晒しだした化け物。
 まるで闇が一点に集中し、凝結したような存在。

 ――あれがアインズ・ウール・ゴウン。

 頭部には見事な王冠のようなものを被り、豪華な漆黒なローブを纏っている。指では無数の指輪が煌く。これだけの距離があってなお、身を飾る装飾品の値段は、帝国の一年間の国家予算をして足りないだろうと、ジルクニフは悟る。
 アインズ・ウール・ゴウンの頭蓋骨の頭部には、流れ出したような血にも似た色の光が空虚な眼窟の中に灯っている。その血色の灯火がジルクニフたち一行を舐めるように見渡しているのが感じ取れた。

 人でないという事実に驚きはこれっぽちも無い。逆に人間でなくて良かったという思いが湧き上がる。
 人間でない化け物だからこそ、桁外れの超越者だと強く実感できるのだ。

「ふぅ」

 ジルクニフは薄く息を吐き出す。それは覚悟の吐息。
 ここまでで扉が開いてさほど、時間がたっているわけでは無い。何もおかしくない程度の時間だろう。しかし、いつまでも入り口に突っ立ているわけにはいかない。だから――踏み出す。

「行くぞ」

 後ろの者のみに聞こえるような小さい声を発する。見ている者はジルクニフの口が動いてないのに、言葉が出たことに驚くだろうか。これは魔法とかではなく、ある種の単なる特技である。こういった場においては重宝する特技でもあった。
 ただ、ジルクニフの言葉に反応し、動き出そうとする気配は感じ取れない。

 仕方ないか。

 ジルクニフは考える。アインズ・ウール・ゴウンの前まで行くということは、左右を並ぶ異形の者たちの前を通るということ。恐らくは襲われないと知っていても、あれほどのモノの前を歩くのは勇気が要るだろう。
 襲われないというのは楽観的な判断ではない。
 今回のように玉座の間が使われるというのは、大抵が儀式的な面を持ち、国威を示すという理由であるというのは誰もが知る事実だ。そういったときでない場合は、もっと小さい場所を使うのが一般的である。つまりこの場所を選んだということ自体、ナザリックの力を見せ付けるという狙いがあり、本気でこの場で殺すつもりは無いということの証明になる。

 そしてその異形を抜けた先にいる者たち。その者たちの内包する力は桁が狂った領域。
 最後、玉座に腰掛ける――アインズ・ウール・ゴウン。

 ようやく悟る。
 ジルクニフは心の底から悟る。あれが『神』とか言われる力の存在なんだろうと。精神防御のアイテムをしてなお、感じ取れるプレッシャーの桁は違う。油断すればこの鮮血帝と言われた男ですら膝を折ってしまうだろう。

 だから行かねばならない。

 ジルクニフがアインズ・ウール・ゴウンを観察したように、あちらもジルクニフを観察しているのだ。ここで評価が失格であれば、今後帝国の運命はどうなるか。最低でも多少の価値はあると知ってもらい、帝国の存続に繋げなくてはならない。
 厭世気味であり、自分の命すらチップに出来ると思っていた男が、このざまとは笑えてくる。
 ジルクニフは嘲笑する。今まで自分は圧倒的な強者を知らないがゆえに、上から見下ろすように行動していただけ。子供の幼さで斜に構えていただけと悟り。

「行くぞ!」

 ジルクニフは歩を進めだす。後ろの気配が追従するのを感じ取る。
 柔らかな絨毯だが、今のジルクニフの気分からすればあまりにもふわふわしすぎている。
 無数の吹き付けてくる気配を受け流し、ジルクニフは前のみ――アインズ・ウール・ゴウンから目を離さずに歩き続ける。もし目的の人物から目を離したら、足運びが止まってしまうだろうと直感しているためだ。

 ジルクニフは別に戦士として優れているわけではない。騎士たちが怯えるこの中を歩けるのは、単に慣れであり、皇帝としての行き方で培った精神力だ。

 やがて階段の下まで到着する。
 本来であればこちらの身分を名乗るであろう者がいるのが基本だが――。

「アインズ様。バハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。お目通りをしたいとのことです」

 玉座に最も近い位置に立つ悪魔の言葉に、死をモチーフに神々が作り上げたような者は口を開く。

「良くぞ来られた、皇帝よ。私がナザリック大地下墳墓主人、アインズ・ウール・ゴウンだ」

 思ったよりもまともな――人間に近い声だ。ジルクニフの心に少しばかりの安堵が生まれる。
 例え、伝わると言っても虫のキチキチ鳴くような声だった場合、その中に含まれる感情を理解するのは難しい。確かに抑揚の無い声ではあるが、これなら人間の常識で含まれた思考を読める可能性があることを知って。

「歓迎を心より感謝する。アインズ・ウール・ゴウン殿」

 骸骨の顔であるために表情はさっぱり分からない。どういった口火の切り方がもっともこの場には相応しいのか、ジルクニフは考え込む。そんな空白の時間を切り裂いたのはジルクニフでもアインズでもない。

「アインズ様。下等なる種である人ごときが、アインズ様と対等に話そうというのは不敬かと思われます」悪魔の言葉は続く。「『ひれ伏したまえ』」

 ガシャンという金属音がジルクニフの背後から無数に聞こえる。確認せずとも想像は付く。自らの臣下が悪魔の言葉に従ってひれ伏しているのだろう。必死に立とうとしているのかうめき声のようなものが聞こえる。
 おそらくは強力な精神攻撃による強制効果。
 ジルクニフの肌に付くように首から下げられているネックレスが無ければ、自らもひれ伏していたことが予測できる。
 たった1人ひれ伏さないジルクニフに無数の視線が集まる。実験動物を観察するような、そんな冷たい目だ。

「――よせ、デミウルゴス」
「はっ」

 デミウルゴスという名の悪魔が頭を下げる。

「……ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス殿。遠方より来られた君に対して、部下が大変に失礼な行いをとった。勝手な行いとはいえ、部下を御せなかった私の不徳、許していただけると嬉しいのだが?」

 ジルクニフの心に警戒と安堵が同時に吹き荒れる。警戒はアインズ・ウール・ゴウンが力のみで行動するタイプの存在で無いと知って。安堵はアインズ・ウール・ゴウンが力のみで行動するタイプの存在で無いと知って。

「無論。主人の意を勘違いし、部下が暴走するのは良くあること。もしかすると、私――帝国の人間も同じようなことをやっている可能性がある。その時はアインズ・ウール・ゴウン殿の寛大なお心に慈悲をお願いしたもの」
「おお。了解した。この私の名で寛大な処置を行おう」
「感謝する」

 まずはここでワーカーが侵入したというカードを1枚切ってくるとは。やはりこの化け物は頭も切れる。だが、すべてはここからが勝負だ。
 ジルクニフは決意を固める。おそらくは今まで行ってきたどんなことよりも危険で、そして――楽しい交渉の始まりだ。強さでは勝てない。しかし、人の知恵を思い知らせてやる。
 その覚悟が正面から、強くアインズ・ウール・ゴウンを直視する力へと変わる。
 アインズ・ウール・ゴウンが僅かに驚いたような行動を取ったのは、人の勇気を知ったからか。そうジルクニフは考える。

 両者の視線が交わる。
 そしてジルクニフは今まで浮かべていた堅い表情を壊し、朗らかな――親しみを込めた笑顔を見せた。

「アインズ・ウール・ゴウン殿。貴方に会えた事を……神に感謝してもよろしいかな?」

 アインズ・ウール・ゴウンが息を吐き出す。まるでここからが本番だと活を入れるように。

「……随意に。私個人は神なぞは信じないが、だからと言って君の信仰の邪魔をしようという気持ちも無い」
「……神は信仰しないのか?」スレイン法国に伝わる神とは関係が無いのかとジルクニフは考える。「……それならば勝手に感謝させてもらうよ。さて、話をする前に私の名前は少々長いので、そうだな……親しみでも込めてジルクニフと呼んでもらえれば幸いなんだが?」
「……そうかね? ではジルクニフと呼ばせてもらおう。私はアインズでかまわないとも」
「感謝するよ。アインズ」

 親しみを込めたジルクニフに対して、アインズは観察するように会話を続ける。

「アインズと言う絶対的支配者に会えたことは、私にとって本当に感謝すべきことだよ。私も皇帝として、上に立つ者として色々な重圧を感じるときがある。貴方はどうかな?」
「確かに感じるときがあるな」
「……そうか。では同じような……当然貴方の方が上だとは思うが、同じような重圧を持つ者として友好を深めたいのだが?」
「……それは?」
「友となろうじゃないか」

 ある意味傲慢な言葉に、玉座の間の空気が重くなったようだった。しかしジルクニフはその表情を変えることなく、ただアインズを見つめる。
 それを受けて、玉座に腰掛けたアインズはゆっくりと姿勢を変える。その骨の指を頬に当て、しげしげとジルクニフを眺め返す。

 ボールは放った。次はそのボールをアインズがどのように扱うかだ。

「……友か」

 アインズの声にあるのは僅かな笑い。それを受けてその横に立つ者たちも微妙な表情を浮かべた。圧倒的弱者が圧倒的強者に対しての言葉ではないから。

「従属の間違いじゃありんせんの?」

 鈴を転がすような音色が響き、そのあとミシリという音がした。銀髪の少女が微妙に表情を歪め、その横に立つダークエルフの少女が呆れたような顔をしていた。ジルクニフの動体視力では何が起こったか理解はできなかったが、まるでダークエルフが銀髪の少女に蹴りを入れたようだった。
 そんなことを視界に留めながらも、アインズは無視を決め込み、それから口を開く。

「友か……良いじゃないか。友となろう」

 かすかな動揺をジルクニフは肌に感じる。ナザリックの者たち、そして自らが引き連れて来た部下達のものだ。それは劣等な存在に対して、アインズが友と認めたことに対する感情の吐露であろう。
 それと同時にジルクニフはアインズという存在に対して、底知れない恐怖を感じた。アインズの返答はジルクニフにしても意外過ぎたのだ。

 何故、友となる。
 何故、従属を要求しない。
 絶対的強者――圧倒的立場な者が、何故受け入れる。

 従属を要求すれば、そこから無数の手段を取れるよう思案していた。友となるという返答は、ジルクニフのそれらの予測の範疇には無い。
 何故、友となることを受け入れたのか。まさか本気で友達になろうと受け入れたはずが無い。では何が狙いか。
 ジルクニフにはアインズの思考を読みきることは出来ない。
 
 ただ強者と戦う際、足を払う方法を考えるのが弱者の戦い方である。それは強者の驕りを利用しての戦い方ともいえる。しかし、強者が決して驕らない存在だとしたら、その戦い方は出来ない。
 弱者唯一の戦い方は意味をなくすのだ。
 アインズはまさにそれだ。強者としての驕りを感じさせる行動を取らない。

 そこまでを考えて、ジルクニフの動きを牽制する意味での行動だろうという可能性が浮かぶ。
 強さだけでは無い。
 ジルクニフはアインズという存在が恐ろしいのは、その内包したであろう力のみならず、その叡智だと強く認識する。

「感謝するよ、私の新たな友アインズよ」
「よいと言うことだ。私の新たな友ジルクニフよ。それよりは本題に入ろうじゃないか。私の寿命は長いが、君たち人間の寿命は泡沫の夢のようなものだろう? あまりくだらない話で時間をつぶす必要も無かろう。さて、ここには何用で来たのかね?」

 ここからが本番だ。
 ジルクニフは今までの短い時間で無数に立てた計画のうち、最善と思われるものを用意する。

「君が素晴らしい力を持った人物であり、本当は私の部下にならないかと声をかけに来たつもりだったんだが、その考えは破棄させてもらうよ。その代わり……ここに国を作らないか?」
「……ほう?」
「この地に君の国を作り、君が王となって支配する。とても素晴らしいことだと思うし、君に相応しい地位だと思うんだ。そして私達帝国は君を最大限バックアップして、この地に建国する手伝いをしたいと思う。どうだろう?」

 アインズの横に立つ者たち――コキュートスを除いて――の顔に感心の表情が浮かんだ。己の主人に相応しい地位だという判断からだろう。
 そんな者たちを視界に捉え、ジルクニフは大したことが無いと考える。やはり警戒すべきはアインズただ、1人。
 返答をせずにジルクニフを黙って眺めるアインズがやがて口を開いた。

「……ジルクニフよ。君にメリットがあるようには思えないのだが?」

 予測された答え。だからこそ、ジルクニフは心の底からという演技で答える。

「帝国は君がこの辺りに国を作ることを支援する。そうすれば君たちも感謝してくれるだろ? 君たち――アインズの支配する国と私の帝国、友好的な同盟国となりたいのだ。将来を見越してね」

 納得のいく答えのはずだ。返答はいかに。
 ジルクニフはアインズという存在が罠に嵌ることを祈る。
 そして――

「いやそれには及ばない。それより私は、ジルクニフ――君の下に跪こう」

 言葉にならないどよめきが起こった。ナザリックに属するものたちから吹き上がったのは動揺であり、驚愕であり、自らの主人が下につくということに対する憤怒だ。ジルクニフが何からの魔法的手段を用いたのではと、勘ぐる者たちもいた。
 デミウルゴスですら、驚愕に目を見開き、アインズの顔を眺めたほどだ。

 この中にあって、アインズの言葉に驚愕とは違う反応を示したのはたったの1人――遅れてもう1人の2人だった。
 1人はジルクニフ。遅れて別の反応をしたのはデミウルゴスだ。
 両者とも表情には何も出てはいない。すべては瞳の奥、ほんの少しだけの感情の発露にしかその変化を映し出さない。しかし、その2人に浮かんでいるのはまったく違ったもの。
 ジルクニフは策を見破られたことに対する憤怒。
 そしてデミウルゴスは驚愕のあとは感心であり、尊敬だ。

「……何を言う、アインズ。君は誰かの臣下になるような男ではない。それよりは上に立つべき人物だよ」
「……感謝するよジルクニフ、そう言ってくれて。では君の下に跪いたことにしてくれないか。実際は友人だし対等ということでね」
「…………っ!」

 友人という関係をここで利用するかと、ジルクニフは舌打ちをしたい気持ちを押さえ込む。
 アインズは今までの交渉の流れで、友人というものは地位を越えたものだと提示してきている。実際、これだけの力の差がありながら、対等の交渉をしているのは友人だからだと言われてしまえば、確かに反論のしようが無い。
 そうやって来ているのに、今更こちらから先ほどの話とは別に、主従関係はしっかりやろうなんて言えるはずが無い。第一友人としての関係を望んだのはジルクニフなのだから。
 この化け物。
 ジルクニフは親しみを込めた笑みの下で、アインズに対する無数の呪詛を吐き出す。

 初めてナザリックの者たちにあった動揺が和らいだ。そんなジルクニフの僅かな変化を悟って。

「――し、しかし」
「――私はね、ジルクニフ。君たちの力を借りるだけ借りて作られた国に価値は無いと思うのだよ。それに君に悪いではないか。帝国という力を借りるだけ借りて、メリットがそちらにあまりに無いのでは。君は友人と言ってくれたね? 私に国を――領土をくれるというのならば、代価として君の下につこう。それなりの地位があればその辺にでも据えてくれると嬉しいのだがね? 帝国の傘下ということになっている私に」

 黙ったのはジルクニフだ。圧倒的に有利な言葉を引き出したにも係わらず、何も言うことができないという状況下だ。その異様さはその場にいるすべてのものに伝わる。
 一体、何があったのか。
 アインズの言葉にはどういった意味があったのか。
 領土をくれるなら配下として従う。極当たり前のことであり、そこに変な部分は一切無い。確かにアインズという力ある存在が、人ごときの下に付くというのは違和感があるが。
 ジルクニフの沈黙をアインズはどう受け止めたか。じれたように再び口を開く。

「私が君の下につくといっているのに、何か問題でもあるのかね? 私の友よ」

 その言葉にジルクニフは覚悟を決め、同意する。
 ジルクニフにとっては脅しにしか聞こえない言葉を前に、抗う手段を持たなかったのだ。

「……いや、何も問題は無いとも。君という人物が帝国の中に入ってくれことほど嬉しいことは無いよ、友よ。では地位の件だが、辺境伯ということでどうだろう?」

 皇帝の血を引く分家筋が公爵となり、その下が侯爵、伯爵、子爵、男爵と次ぐ。辺境伯は帝国では侯爵に順ずる地位を持つ。いうなら皇帝の血を引かない――婚姻関係によって流れている場合は多いが――貴族階級での最上位だ。
 独自の軍事力と、広大な領地、ある範囲においては帝国の定める法律以外の法を定める権利を有している貴族。そう考えるとアインズには相応しい地位だ。

「……辺境伯は何人帝国に何人かはいるのかな?」
「今では2人だね」

 辺境伯は鮮血帝の時代になってから、その保有する力のために解体されてきた貴族の位階でもある。ジルクニフが皇帝になった時には5人。帝国の周囲を守るようにいたのだが。

「ならば私が3人目の辺境伯になるわけだ? そんなにいるものなのか……」
「……そうだが?」

 なぜそのようなことを言うのか。言葉にするまでも無く、当たり前のことを。
 そこまで考えたジルクニフはアインズの狙いを読み取る。先ほどの『対等』という言葉をここで示せということだろう。

「……確かに辺境伯はほかにもいる。それでは君に送る地位としては確かに不足だね。私のもっとも親しい友人である君には……新しい地位である辺境侯を作って送ろう。それではどうだろう?」

 辺境伯自体が侯爵と目されるので、それを考えれば呼び名が変わっただけにしか過ぎない。しかし、その呼び名と言うのは重要な意味を持つ。つまりはジルクニフはアインズという人物が特別な地位を作って送るだけの存在と、高く評価しているということを内外に示す働きを持つからだ。
 順位的に考え辺境伯が侯爵に順ずるなら、辺境侯は公爵に順ずると考えても、多少は屁理屈が入るがおかしくは無いだろうし、それを聞いた貴族たちはそう思うだろう。
 皇帝の血族たる公爵と同格。そして保有する戦力を考えればそれ以上の存在。つまりは皇帝に限りなく近い地位と帝国の貴族であれば思っておかしくは無い。
 それはアインズが暗に要求していただろう地位に相応しい、とジルクニフは考える。

 アインズは沈黙する。
 その特別に作った地位でも満足できないのかとジルクニフが思い出したとき、アインズは口を開いた。

「そうか……新しい地位か。……誰をお手本にして良いやら」

 支配者の貫禄を持つアインズが今更とジルクニフは考え、その言葉が臣下としてという意味を含んでいると言うことに気づき、苦笑いを浮かべる。

「はっはっは。厳しい冗談が上手いな。普通に辺境伯と同じようにしてくれれば良いよ。それにある程度は私と同等ということを匂わせよう」
「……ああ。……了解した。君の臣下として最低限の忠誠を周囲には知らしめるつもりだが、ジルクニフがそうしてくれると厄介ごとに巻き込まれないですむ。……頭を下げたことが無いので、上手く臣下としての礼儀を尽くせる自信が無いのでね」
「理解したとも。その辺りは私からもサポートする者を送ろう」
「……そうしてくれると嬉しいな。さて話は変わるが、私の知っている辺境伯……辺境侯と帝国の定める辺境侯が同じものなのか、その辺りの相違が無いか確認が必要だと思うが、どうだろう」
「その通りだとも。領土を得た際の税など、帝国の定める法律は知ってもらわなくてはならない。その辺りの詳しい説明は必要だと思うね」

 辺境伯と言うのは他の国にもいるが、当然微妙な違いは存在する。下手すると国によっては独立国と同じ扱いになる場合もある。それに辺境侯という地位を作るなら、帝国貴族階級に組み込んで色々と細かな調節を定める必要がある。

「なるほど。ではその辺りは私の側近――デミウルゴス辺りに任せよう」
「了解した。彼だな」ジルクニフが視線を送ると、デミウルゴスはやわらかい笑顔を見せる。「その辺りは細かく決めるとしよう。私はすぐに帝国に戻り、君という新たな貴族の誕生と、この地を占領するための宣戦布告を王国に対して行うつもりだ。それでアインズ・ウール・ゴウン辺境侯でゴウン辺境領だね。帝国の領土としての準備を整えておこう」
「いや、アインズ・ウール・ゴウン辺境侯にアインズ・ウール・ゴウン辺境領で頼む」

 ジルクニフは微妙な表情を浮かべた。

「ゴウン辺境領では駄目なのかね?」
「駄目だな。正式な名称はアインズ・ウール・ゴウン辺境領だ」

 ぶっちゃけ変な名前だ。どこに自分のフルネームを領土に付ける者がいると言うのか。しかし、そこにこだわるところを考えると、譲れない線なのだろうと判断は付く。

「……まぁ一度もないと言う事は無いから、それでいこうか」

 狂人とかの類がそういった行為に出たことはある。それと勘違いされないよう、貴族には内密に知らしめておく必要があるだろう。
 下手な噂――侮辱する類のものでもされて、アインズの耳に飛び込んだりしたら厄介だから。

「納得してくれて嬉しいよ。それではよろしく頼むよ。何か協力できることがあれば、言ってくれると嬉しいのだが?」
「……即座には浮かばないな。ただ、こちらの使者を置かせてもらえる場所など、君と直ぐに連絡を取れる手段の確立したいのだが?」
「……了解した。その辺りは検討しておこう」
「ならば私の秘書官を置いておくので、その辺りのすり合わせをお願いしても良いかな?」
「ああ。構わないとも」
「では……ロウネ・ヴァミリネン!」
「――はい!」

 デミウルゴスの支配の呪言によって、いまだ床に平伏していたロウネが声を上げる。

「私の新たな友であり、帝国の新たなる辺境侯に詳しい帝国の法律などを教えてさしあげろ。今日から残ってな」
「…………ぁ」
「どうした? ロウネ」
「い、いえ、何も私でなくてもと思いまして。後日他の者を――」
「ロウネ。お前の仕事だ」

 ジルクニフの拒絶を許さぬ言葉に、ロウネが絶望に満ちた顔をしてから、力なく返答をする。

「……畏まりました」
「ではアインズ。彼が教えてくれるはずだ」
「そうかね? では先ほども言ったようにデミウルゴスだ。彼に教えてやってくれ。それとデミウルゴス?」
「はい。『自由にしたまえ』」

 支配の呪言の消失に伴い、今まで襲っていた重圧が解かれたことに対して、安堵の息がジルクニフにも聞こえてくる。

「さて、友よ。帝国まで戻るということだが、もし良ければ私が――いや私の手の者が送っても構わないが?」

 アインズの提案に少しばかりの好奇心が湧き上がる。しかしジルクニフはそれを振り払った。それだけのはずが無いのだから。

「好意、感謝するよ。しかし、一応馬車で来た身だ。最後まで馬車で行動するとしよう」
「アンデッドの首なし馬などなら休み無く……」
「……すまない、友よ。ほんと気持ちだけで感謝するよ」
「そうか?」

 わずかばかりの残念さは演技なのか、本心なのか。ジルクニフには検討もつかない。まぁ、演技の可能性は濃厚だ。アインズという存在が帝国に入った、皇帝の近くにいるということを帝国内に宣伝する目的だと考えるのが妥当だろうから。

「ではこれで帰らせてもらおう」
「折角だから一晩ぐらい泊まっていかないか? 色々歓迎しよう」
「いや、それには及ばないとも。即座に帰って色々と行動に移さないとね」
「そうか? 本当に残念だ。デミウルゴス……お客様を外まで送って差し上げなさい」

 軽い口調でアインズはデミウルゴスに命令を飛ばす。本当に友達を外に見送るようにという軽いもの。しかし、それは2人からすればその中に含まれた本当の意味を直感するには充分だ。
 デミウルゴスが本心から微笑を浮かべる。想像も付かないような邪悪を浮かべて。

 ジルクニフは肌が泡立つのを押さえ込めなかった。
 自らには効果は無くても、デミウルゴスの言葉には強制効果がある。それを使って連れて来た臣下に何かを仕掛けるつもりだろう。宿泊を勧めたこともその一環。
 友となり、辺境侯の地位を得、帝国に入り込んだ直後から蠢動するという気を露骨にこちらに叩きつけるとは。
 無論、あくまでもこれは誇示に過ぎないのだろうが。

「いや、結構だよ。即座に色々と行動するから」

 アインズは不思議そうに頭を傾げた。
 ――わざとらしい真似を。ジルクニフは微笑を浮かべた顔の下で、憤懣を必死に抑える。

「そうかね? まぁそれならば良いのだが。では外で待機ししているだろうメイドに言うと良い」
「ありがとう、友よ」
「気にするな、友よ」

 ジルクニフがアインズに背を向けた瞬間、いままで平伏していた1人の男が立ち上がった。

「アインズ・ウール・ゴウン様! 1つ、お願いが!」

 血を吐きそうな真剣な叫びを上げたのは、フールーダである。誰もがいきなりの展開に驚く中、再び声を張り上げた。

「何卒! 私のあなた様の弟子にしてください!」

 玉座の間が静まりかえる。
 初めて困惑したようにアインズがジルクニフを眺めた。
 流石にこの展開は予測していなかったのだろう。ジルクニフはわずかばかりに胸がすく思いだった。

「すまないが、彼は何者かな?」
「ああ、帝国の主席魔法使いを任じられているフールーダという」
「フールーダ・パラダインと申します。アインズ・ウール・ゴウン様」

 深々とフールーダは一礼をする。それはジルクニフにすら見せたことの無い、真摯で忠誠心に溢れたものだった。

「私はゴウン様の偉大な魔法の力に魅せられ、その強大な力を一端でも欲するものです。この全てを捧げる代わりに、ゴウン様の叡智、そして魔法の技を伝授していただければと思います! 何卒、お許しくださいますよう、お願いいたします」

 フールーダはそこまで言い切ると、跪き、頭を垂れる。床の赤い絨毯に額が沈んでいる。
 アインズは困惑したように、杖を数度撫でると、ジルクニフに問いかける。

「……どうすれば良いかな、ジルクニフ。私は問題ないのだが、彼は君の国でも指折りの存在だろ? それを勝手に弟子にするわけにはな」

 アインズからボールを放り投げられたジルクニフは跪いたフールーダを眺め、即座に判断する。
 フールーダという人物を失うのは惜しい。フールーダを有効に活用すれば一軍に匹敵する戦力になるし、その叡智は帝国随一だ。しかしこの場で拒否すれば、フールーダは絶対に恨みに思うだろう。
 下手したら潜在的な敵を作り、アインズの弟子となるために帝国を売り渡すような行為に出る可能性だってある。
 出来ればフールーダなみに――後継者が生まれるまで待てと言いたいところだが、それがいつになるか不明瞭だ。そこまで考えれば即座に決断することで度量の広さを見せて、フールーダに対する貸しとすべきだ。

「いや、構わないとも。フールーダ。お前の主席魔法使いの任を解く。つまりはもはや帝国の臣下ではないと知れ」
「おお、陛下。感謝します」
「え? そんなんでいいの?」ポツリとアインズの呟き。しかしそれは誰の耳にも入らずに、中空に消えていった。「……デミウルゴス」

 アインズの呼び声にデミウルゴスは一礼で答える。

「……どう思う?」
「……と言いますのは?」
「うむ……なんというか……」

 アインズは言葉を濁す。その姿に僅かにジルクニフは安堵する。先ほどまでの謀略家としての姿は無く、困惑した1人の人間のようだったために。

「そうだな……。単なる人間ごときに私の叡智を受け止められると思うか?」
「問題ございません!」叫んだのはフールーダだ。「確かにゴウン様の深淵なる叡智をすべて納められるとは思ってもおりません。ですが、その欠片でも得ることができれば、この身、それ以上の喜びはありません!」
「……弟子となるからには、私の命をき――」
「はい! ゴウン様に全てを捧げて、教えを請いたいと思っております」
「うむ……」

 アインズはまるで反対意見を探すように周囲を見渡す。

 シャルティアは何でか優越感に満ちた顔をしている。
 アウラは当然だよね、と今にも言いそうな顔だ。
 コキュートスは――虫で微妙にわからない。
 デミウルゴスは無表情だが、先ほどの答えを考えればアインズに任せると言うところだろう。

 結局反対意見っぽいものはなさそうだ。そう判断したアインズは1つ頷いた。

「良かろう。お前を私の弟子としよう」
「ありがとうございます!」

 歓喜に満ち満ちた声は、人生の絶頂期に達した人間が上げるものだ。いや、フールーダの絶頂期はもしかすると今この瞬間から始まるのかもしれない。

「さて」アインズは何処からとも無く、一冊の本を取り出す「デミウルゴス。渡して来い」

 黒皮の表紙の本を丁寧に受け取ったデミウルゴスは、その本を持って階段を降り、フールーダに手渡す。神より賜ったような恭しさでそれを擁いたフールーダにアインズは声をかける。

「開け、我が弟子よ」
「はい!」

 弟子という言葉に強い歓喜の感情を発散し、フールーダは跪いた状態で恭しく頭を下げる。
 それからフールーダはゆっくりと注意深く書物を広げる。古臭くかび臭い香りが立ちこめ、それとともに魔力が周囲に広がっていくのが感じ取れた。周囲の温度が下がるような濃厚な魔力だ。フールーダの肌に鳥肌が立つ。

 これほど強大な魔力は――そこまで考えたフールーダは自らの師を盗み見る。玉座の間に入って、最初にアインズを目にしたときの衝撃を思い出す。あの吐き気をもよおすような魔力の奔流を。
 フールーダはそこで今はそんなことを考えるべきでは無いと、自らの立場を思い出す。自分の弟子が他の事を考えていたら容赦なく叱り飛ばすだろうから。
 フールーダは開いたページに目を落とす。その中は薄い紙にびっしりと文字が書き込まれていた。

「読めるか?」

 フールーダは文字読解の魔法をかける。そして驚愕に目を見開いた。
 それは叡智の塊だ。死者に関する様々な知識や魔法儀式が無数に、これでもかといわんばかりに記載されていた。フールーダのいままでの人生で手にした何よりもより凄い魔法書だ。
 あまりの緊張に手が震える。
 それがどれだけの価値があるかは計り知れない。近隣諸国にあるどんな本よりも貴重品だ。魔法使いであれば所有者を殺すことすら考えるほどの書物。それをフールーダは今、手にしているのだ。

「理解できるか?」

 ゆっくりと、それでいて丁寧にページをめくる。
 両眼は血走り、書かれている魔法の深淵を理解しようと努める。しかし、その知識はあまりに深く、あまりに難解だ。フールーダの長い人生で得てきた全ての記憶を動員しても、その一部にしかたどり着けない。

「理解できるか?」

 再び自らの師から声が掛かる。

「理解……できません。いえ、一部は理解できるのですが、全体としてのことになると……」
「ならば私の知識を伝授するにはまだまだ足りないようだな」
「……申し訳ありません」

 師を失望させたかと、フールーダは小さくなりながら謝罪する。
 先ほどの幸福感が一気に失われ、目の前が真っ暗になるような絶望感が怒涛のごとき押し寄せてくる。しかし、その絶望を与えたのがアインズの声なら、救いあげてくれるのもまたアインズの声だった。

「良い。フールーダよ」

 その崇拝すべき師の優しげな声にフールーダは顔を上げ、アインズの顔を凝視する。

「我が弟子よ急ぐ必要は無い。ゆっくりと学んでいけばよかろう。まずは師としての命はその本を理解することだ。その次に別の本を理解してもらう。それまでは私の持つ叡智を与えることはよしておこう。下積みが無い者に魔法の深淵を触れさせることは危険だからな。とりあえず、私の所持する図書館を開放しよう。何か調べたいことがあればそこで調べると良い。デミウルゴスは別件があるから……シャルティア」
「はい」
「後で司書長であるティティスとフールーダの顔を合わせておけ。それとフールーダが私の弟子になったということをナザリック内に伝えておくのだ。後ほどフールーダの部屋の準備やその他諸々の件でペストーニャとも相談しておけ」
「畏まりました」
「それと我が弟子よ。私を呼ぶ時はアインズで構わない」
「畏まりました、我が師――アインズ様」

 フールーダは与えられた本を書き擁き、深々と頭を下げる。その表情には歓喜を浮かばせて。

「さて、ジルクニフ。つまらないものを見せた」
「いや、興味深い光景だったよ」

 いままで黙ってアインズの対応を観察していたジルクニフは、いまだ頭を下げるフールーダを見下ろしながら答える。
 フールーダは完全に忠誠心をアインズに捧げている。恐らくはアインズの命令であれば、どのようなことも平然と行うだろう。それが帝国内に被害を出すことであっても。
 帝国主席魔法使いが死に、アインズ・ウール・ゴウンの熱狂的な弟子が生まれた。
 アインズが人の扱い方も長けるという実例を見せてもらえたことは、ジルクニフのアインズという存在に対する警戒心をより一層強める働きがあった。

「とりあえずは私はこれでお暇させてもらうよ。直ぐに色々と連絡を取ったりするつもりだ、友よ」
「うむ、我々ナザリックは君のためであれば直ぐに門を開くと知っておいてもらおう」
「それは心強いよ、我が辺境候」
「ああ。我が皇帝よ、また会うとしよう」





 会談が終わり、アインズの自室には守護者たちとセバスの姿があった。
 アインズを含め、総数6人。
 この場に集まったのは、ナザリックはついに後ろ盾を得たということから、大きく動いていく時期を迎え、細かなことを決めていく必要があるとアインズが判断したためだ。
 今後の行動方針をより固める目的である。

 自らの机の向こうに座ったアインズが語りだすよりも早く、アウラが最初に疑問を投げかける。

「何故、アインズ様は国を作るということに反対し、人間の下に付くことをお決めになったのですか?」

 この場にいる殆どの者が感じた疑問だ。自らの主人であるアインズの決定に逆らう気はこれっぽちもないし、それが最も正しいとは思っていても、疑問というのはどうしても起こる。それにアインズが何故そういう選択肢を選んだかという真意を知ることは、よりアインズの役に立てるという考えている。
 理解できなかったら、アインズの望まぬ行動を取ってしまう可能性だってのだから。その辺りが顕著なのはすでに失敗を犯しているシャルティアとセバスだ。両者とも非常に真剣な顔で、アインズの言葉をそしてその真意を僅かとも逃がさないような気配を漂わせている。
 アインズは全員の視線が集められるプレッシャーに押されながらも、己のあの時抱いた考えを述べた。

「国を作ったとしてそれを上手く管理できるかという問題がある。廃墟となった国を持っては、アインズ・ウール・ゴウンの名が泣こう」

 確かに納得のいく答えである。
 しかし守護者達の目が、それを聞いて薄い笑いを浮かべているデミウルゴスに向かう。ナザリック最高の知能を持つ、守護者のまとめ役であるデミウルゴスであれば、その辺りの問題はどうにかなるのではないかという疑問が浮かぶためだ。
 一歩踏み込んで考えれば、デミウルゴスの能力にアインズが疑いを持っているということだろうか?
 そんな疑問の視線が向けられたデミウルゴスの行動は、他の守護者からすると混乱に匹敵する行動だった。

「――くくくく」

 デミウルゴスの笑いが響く。そう――デミウルゴスは笑ったのだ。全員から能力を疑われているのにも係わらず。しかし、その場にいた全員が次の瞬間、驚きの声を上げた。

「……君たちは本当にアインズ様の計画がそれだけだと思っているのかね?」

「え?」
「何?」
「ナンダト?」
「ほう」
「……ぇ?」

「皆、少しは考えるべきだ。我らの主人にして、至高の41人のまとめ役であったアインズ様がその程度の思考しかされてない筈が無いだろ?」

 アインズがごくりと出もしない唾を飲み込む中、守護者達は『確かに』と互い互い同意の頷きを行う。ジルクニフの対応を思い出してみれば、それ以外にも何かがあったのは確実。
 守護者達はそれが何かが分からず、悔しさを微かに顔に浮かばせる。
 このような頭で、アインズの役に立てるのかという不安が過ぎるためだ。

「やれやれ……アインズ様。私の仲間達にもアインズ様の真の狙いを告げておいたほうが良いかと思われます。今後の方針にも係わってくるのではと思われますが?」

 全員の視線がアインズの元に集まった。それは愚鈍なる自らに教えて欲しいという、哀願の思いを込めた視線だ。
 全員の顔を見渡し、アインズは一息、いや数度呼吸を繰り返す。
 それからゆっくりとイスから立ち上がった。そして守護者全員に背を向けと、デミウルゴスに肩越しに賞賛の言葉を送った。

「……流石はデミウルゴス。私の全てを見切るとは……な」
「いえ。アインズ様の深謀遠慮。私の並び立てるところにはございません。さらには理解できたのは一部だけではないかと思っております」

 賞賛に対して、敬意の一礼でデミウルゴスは答える。
 そんな2人だけの――自らが崇拝する主人と同じ世界に踏み込んでいるデミウルゴスに、シャルティアは嫉妬の問いかけを行う。

「どういうことなんでありんすか?」

 それに答えず微笑を浮かべるデミウルゴスに、アウラも不満げに頬を膨らませる。

「アインズ様。あたし達にも教えてください」
「本来デアレバ、ゴ説明ヲ受ケズトモ気付カナクテハナラナイノデショウガ……コノ愚カナル身ヲオ許シクダサイ」

 背を向けたままのアインズの行動は、愚鈍なシモベに対する不快感を意味しているのではと、アインズの狙いが読めなかった者たちは怯える。
 至高の41人――その最後に残った慈悲深き者、アインズの役に立てないのでは、それは生まれてきた意味が無いのだから。
 そんな守護者たちの哀願にアインズは答える。
 振り返ると、ギルド長の印たるスタッフをデミウルゴスに突きつけたのだ。

「そうか。ならばデミウルゴス。お前が理解したことを他の者たちに説明することを許す」
「畏まりました」

 デミウルゴスは頷くと、仲間たちに話し始めた。





 行きと構造は何も変わってないのにも係わらず、馬車が走るたびに起こる振動が大きく感じられるのは、馬車内の空気が重いためか。それとも乗っているメンバーが変わったことか。
 行きが一軍のみで構成だとするなら、帰りは二軍を含めた構成だ。
 フールーダの代わりには高弟の1人。ロウネの代わりには部下の秘書官。変わってないのは残る2人、ジルクニフとバジウッドだ。
 そんな中、ジルクニフを除いた3者は滅多に見られないものを目に、言葉無く固まったまま座席に座り込んでいた。3人はチラチラと時折同じ方向に目をやる。
 そこでは皇帝であるジルクニフが眉を顰めて、物思いにふけっていたのだ。ジルクニフはいつでも薄い笑いを浮かべている男と認識を強く持たれている。実際、3者の中では最も面識のあるバジウッドでさえ、ジルクニフのそんな表情は見たことが無かった。
 
 ジルクニフの硬い表情は、ナザリックを出立してからずっとだ。時折、苦虫を噛み潰したような顔をしたりするが、決して余裕ある表情はつくろうとはしない。
 その理由は問いかけるまでも無く、即座に浮かぶ。

 かのナザリック大地下墳墓。そこで行われた一連の出来事の所為だ。
 あの恐ろしい者たちの群れ。そしてその先にいる存在。最後には玉座に座った『死』。
 また、恐怖だけでもない。
 贅を凝らした輝かしい建築物、調度品の数々。それは畏敬の念をも引き起こす。

 軍事力や経済力などの内包する力の桁が違う存在を前に、帝国がこれから向かえる受難の日々は、政治には疎いバジウッドですら充分に理解できる。帝国は貴族たちの力をそぎ落とし、皇帝が絶対的権力を得ようと行動してきた。それが今、一気に覆されるのだから。
 たとえこの馬車がさまざまな探知魔法によって警戒され、周囲を騎士たちが守っているとはいえ思い出すだけで身震いするような恐怖がこみ上げてくる。
 ナザリックと言う場所で見た恐怖を追い払おうとしていると、ジルクニフが見慣れた皮肉げな笑みを3人に向けた。

「そうチラチラこちらを見るな。注意力が散漫になるだろ?」
「陛下」

 3人の声が重なる。その声には安堵の色があった。我らの皇帝が戻ってきたという思い、そしてある一定は行動方針が決まったことだろうという予感からだ。

「……しかしやることが山積みだな。まずはフールーダの後継を早急に決めなくてはならないだろう。誰か良いやつはいるか?」

 問いかけられた高弟の目に欲望の色が浮かぶ。フールーダの後継、帝国主席魔法使いという地位は喉から手が出るほど魅力的な地位だ。魔法使いを組織的に運営管理している帝国の最高位の席だから。
 いままでは大英雄とも言える存在が座っていたために、決して手の届くところではなかった。野望を抱くにはあまりも相手が悪すぎた。そんな絶対の諦めが支配する席が、いま目の前にあるのだ。
 高弟は自らがこの馬車に呼ばれたことを感謝するとともに、最大のチャンスだと考える。
 しかし続くジルクニフの言葉に、その欲望は容易く壊された。

「今度の主席魔法使いには場合によって、アインズと魔法的に戦ってもらう可能性があるからな」

 まさに一瞬で鎮火だ。もはやこれっぽちも欲望を感じない。それどころか、この世界で最も就きたくない席となった。あんな化け物と魔法を競い合うなんて、荒れ狂う海目掛けて500メートル近い崖を飛び降りた方が生き残るチャンスがあるというもの。
 いや死んだ方がマシな可能性だってある。
 だからこそ高弟は自分以外の人間に押し付けることを即座に考えた。

「それでしたら第4位階魔法まで使える者がおりますので、その中から決められたらどうでしょうか? 私は残念ながらそこまで使えませんが」
「今回連れて来た中にいるのか?」
「いえ。帝都において重要な実験を任されておりますので。今回は選ばれてはおりません」

 可哀想に、と高弟は心の中で呟く。ここに来ていれば、これから与えられる帝国主席魔法使いという地位がどれだけ危険なものか分かるだろうに。知らないために先ほどの自分と同じく欲望に目を眩ませて、その地位を欲するだろう。
 審問椅子と知らないで。

「……なるほど。ではその者たちの詳細な情報を集めてから、面接と行こう。しかし、何故フールーダは即座にアインズに弟子入りをしたのだ? 確かに強大な力は持つだろうが、それでも魔法の力に長けるかどうかは不明だろ? あのデスナイトが全ての答えなのか?」
「それ以外にもあるかと思います。実のところ、師は相手の使える位階を正確に見抜くという特殊な力を持っておりました」
「ほう」
「それでア……ゴウン辺境伯……違いました。辺境候の能力を見抜かれたのだと思います」
「なるほど」

 ジルクニフは頷く。彼もそういう存在がいる事は知っていたからだ。
 生まれながらにして特殊な力を持つ者、それは小さい特殊能力から強大なものまで多種多様だ。
 ジルクニフが知る中で伝説級の特殊能力を持つ者としては、ある小国の王女だろう。その王女はドラゴンの失われた秘奥とされるものから来る特殊能力を持つという。

「つまりはアインズは強大な魔法使いであるというのは完璧に確定か」

 車内が一瞬静まり返る。
 空白が生まれたと知った秘書官は自らの疑問を口に出す。

「……ところでロウネさまはどうされますか?」

 それに対する皇帝の答えは簡潔明瞭だった。

「あれはもはや信用できん。帰ってきたとしても閑職に回せ。ナザリックでなにかされている可能性がある」

 腐っているかもしれない林檎を、他の林檎と混ぜることは出来ない。そういう決定だ。
 維持されている魔法なら感知魔法で調べることも出来るが、高弟は何も言わない。あのアインズという存在の魔法を感知できる自信が無いのだ。いや、人間の魔法が通じる気がこれっぽちも沸いてこない。
 最高の師であり、これ以上の存在はないと思っていたフールーダのあの姿を目にしてしまっては。

「しかし陛下。ゴウンという人物……人じゃないからなんと言えばいいのか。辺境候はどのようにご覧になられました? 強大な力を持った化け物とはわかったのですが」

 バジウッドの質問はやはり4騎士だけあって戦闘に関連したものだった。それに対してはジルクニフは冷笑を浮かべる。

「あのアインズという化け物が恐ろしいのは力ではない。その英知だ。それは自ら、私の下に降りたことが充分に物語っているだろ?」
「……帝国の下に付いたのは中からむさぼる気でしょうか?」
「確実にな」

 簡単に肯定しないで欲しい。そんな思いを3人は同時に抱く。あんな化け物に腹の中に入られるというのはあまりにも恐ろしい事態だ。
 だからこそ問いかける。どうにかする手段を聞くことで自らの精神を安定させようと。

「どうするのですか? 法で縛るのですか?」

 秘書官の問いも当然のことであり、アインズに対する切り札になるのでいう感情が見え隠れした。
 というのも現在、帝国では貴族たちを締め上げるのに、法を使ってゆっくりと締め付けている。アインズが帝国の貴族となるなら、法律で締め上げることは出来るだろう。

「……なんだ? お前が首に鈴でも付けてくれるのか?」
「…………っ」
「まぁ悪い手ではないが、アインズを怒らせるのは愚策だろ? だが、幾人か送ってナザリック内などの情報は集めたいものだ。法を盾に怒らない程度に動く必要はあるな」
「では、辺境侯に対して帝国はどのような手を?」
「ん? ああ、決まっている。アインズというおぞましき化け物は帝国の中に潜り込んだ。このままにしておけば帝国という肉を食い散らかすだろう。だから餌を与える」
「餌ですか?」
「人を食う獣でも、餌を与えられていれば――腹を満たされ続ければ、即座に襲い掛かったりはしないだろう。共存するのが正解だと知らせるんだ。金の卵を産む鶏を殺す愚を教えてやる。アインズという化け物が満たされるような餌を」

 ジルクニフの言う餌というものがどんなものを指すのか。それは誰にも分からなかった。しかし聞く勇気はどこにも存在しない。なぜなら、お前が餌だとか言われたらどうすれば良いのか。

「……何故、建国には反対したんでしょうか? 帝国を乗っ取るのが簡単だと言う考えでしょうか?」
「違うな。俺の策を読んでいたんだ」3人の顔に浮かんだ疑問にジルクニフは丁寧に答える。「この地は帝国、王国、法国の3カ国の利益がぶつかる地だ。もしここに建国した場合はどうなったか。必然、アインズという化け物は注意の的となり、潜在的な敵となっただろう。そうなれば3カ国による対アインズ同盟が秘密裏に組まれた。しかし、アインズは帝国にもぐりこんだ。つまり周辺国家が警戒するのは、アインズという恐ろしい武器を持った帝国だ」

 ふんとジルクニフは自嘲げに笑う。

「危険な武器を持った奴が、この武器に対する同盟を組みましょうと言って信じてもらえると思うか? 周辺国家はアインズという存在に注意を払うだろうが、それ以上に帝国の動向に注意するだけだろうさ」
「では断ればよろしかったんじゃないですか?」

 ジルクニフはバジウッドを馬鹿かという眼で見た。

「お前……もしアインズが王国側に回ったらどうする気なんだ? 責任を取って倒してくれるのか?」

 バジウッドは恥ずかしそうに俯いた。
 考えれば即座に分かることだ。ジルクニフは最悪よりは悪い状況を選んだということだ。

「……つまりは同盟を最初から潰したいという狙いがあったということでしょうか?」
「そこだ」

 ジルクニフは疑問を提示した秘書官を指差す。

「そこが疑問なんだ。つまり絶対の力を持っていたら同盟なんか無視して潰せばいいんだ。そうできなかった理由があると考えても良いだろう。もしかしたら、ゆっくりと人を殺すのが好きだとかそんなおぞましい理由かもしれないがな。まず我々がすべき手は、アインズが餌を食らっている間に情報を集めることだ。それもアインズを倒せるような存在の情報を」
「いるのでしょうか?」

 言ってはみたものの、いるとは思えない。あんな存在を、桁の違う存在を倒せる存在など。世界最強種のドラゴンでも無理なのではないか、そんな思いを抱いてしまうほどの相手を。
 それに対するジルクニフの答えは自信に溢れたものだ。

「いるさ」
「そんな者が?!」
「いただろ? あの玉座の間に」

 そこまで言われれば分かる。
 アインズに並ぶようにいた4体の化け物たち。ダークエルフ、銀髪の美少女、銀の昆虫、悪魔の4者を指しているのだと。

「……離反させるのですか?」
「そこまで行けるとは思えないが、無駄かもしれないが手は打っておく必要がある。金や地位、異性を与える準備をして離反させるんだ」
「危険ではないのでしょうか?」
「確実に危険だ。だが、アインズの保有する戦力は推定だが桁が違う。下手すればこれは周辺国家などではなく、種族存続規模の問題となるかもしれない。俺が死んだ後ならどうでもいいのだが、死ぬ前に大戦争を起こされるのは迷惑なんだ。だからこそ危険は承知で行動すべきなんだ」





「――つまりはそういうことだ」
「何、デミウルゴス。わたし達がアインズ様を裏切るとあの皇帝は思ってありんす。そう、あなたは考えてありんすと、おっしゃるの?」
「うーん、意外にあの人馬鹿なんだね」
「忠義トイウ言葉ヲ知ラナイト思ワレル」

 守護者達がジルクニフを笑う。
 アインズ、そして至高の41人に創造された自分達が裏切ると思っているのかと。
 無論これはデミウルゴスの考えであり、ジルクニフは本当に考えているかは不明だ。しかしそんな話でも、非常に不愉快なのも事実だった。

「ぶっ殺しちゃおうか?」

 危険な発言を行うアウラに、シャルティアは笑いかける。

「ヴァンパイア化が一番よ。優秀ならナザリックで働いてもらえば良い」

 その言葉がいつもの変な口調でないのが、激怒の強さを思わせる。コキュートスは何も発しないが、大顎がガチガチという警告音を発し始めている。

「アインズ様の前ですよ?」

 セバスの冷静な声によって、瞬時にシャルティア、アウラ、コキュートスの憤怒が薄れる。そのあとを引継ぎ、デミウルゴスが再び話し始める。

「……さて、以上のことからアインズ様が注意をして集めている強者の情報。それはこれからは帝国が我々に代わって集めてくれると言うこと。周囲に情報を収集する者を放たなくても、皇帝の周辺に注意すれば良いということだ」

 そのデミウルゴスの説明を受け、守護者達そしてセバスの目に理解の色が浮かんだ。それだけではない。それだけのことをあの短い時間で瞬時に判断してのけた、アインズに対する尊敬の念は天元突破してなお足りない。

「なるほど!」
「さすがはアインズ様!」
「感服いたしました。そこまでお考えだとは」
「素晴ラシイ……」
「私も驚きました。あの短い時間であそこまでお考えだとは。このデミウルゴス、心底感心しました」

 アインズはその頃になってようやく振り返る。その顔には照れたようなものがあった。それも当然だろう。アインズを見る全ての眼には敬意と尊敬、崇拝といった恭しい感情があったのだから。

「そうか。しかしデミウルゴスにはすべて読まれてしまっていたな」
「いえ。アインズ様があのような対応を取らねば、そこまで読みきることはできませんでした」

 全員が頷き、デミウルゴスを同意する。

「しかし流石はアインズ様。ナザリック最高の頭脳を持つデミウルゴスよりも優れてありんすとは」
「ホントだよね! 凄いよね、アインズ様!」
「アインズ様ガ優レタ才ヲ持ツノハ知ッテイマシタガコレホドトハ……。流石ハ至高ノ方々ヲ纏メ上ゲラレタ方」
「全くです。慈悲深く、英知に優れる。アインズ様に勝る主人はいないでしょう」

 アインズは賞賛を一身に受けながら、照れたように敬意の声を手振りで抑える。

「それぐらいで一先ずは充分だ。それよりもこれからのことを考えなくてはならないだろう。帝国との交渉はデミウルゴスに任せても良いか?」
「はい。お任せください」
「そうか。色々と厄介な仕事を押し付けて悪いな。ではロウネとか言う秘書官から話を聞いて、それを書物にまとめてくれ。それを図書館のリッチたちに覚えさせよう。いや、私が作ったリッチで良いな」
「畏まりました」
「シャルティアはフールーダ、そして秘書官の部屋も一緒に頼む。コキュートスはナザリックの指揮官となってしっかりと警戒しておけ。アウラは森の隠れ場の完全なる完成を急ぐのだ。セバスはこれまで以上にナザリック9階層、10階層を綺麗にし、客がいつ来ても良いようにしておけ」

 全員が一斉に頭を下げる。

「よし! 恐らくは王国と帝国の戦いの際に、ナザリックの偉大さを見せ付ける時が来るだろう。準備を怠らず進めよ」
「はっ!」

 唱和の取れた声がアインズの自室内に響き渡った。



 ■



 この数日後。


 帝国はアインズ・ウール・ゴウンという魔法使いを臣下にしたことを発表。次にアインズ・ウール・ゴウンを辺境侯という地位に据えることを公表した。
 そして与えられるべき領地は王国、エ・ランテル近郊である。
 王国の領土を与えるということに対して、帝国は『元々アインズ・ウール・ゴウンはその辺り一帯を支配していた存在であり、王国は現在、不当に占拠しているだけである。そのため、本来の主人に返す必要がある』と宣言した。
 これに従わない場合は帝国は侵攻すら辞さない、と。

 無論、そのような暴論を王国は受け入れられるはずが無い。即座に『アインズ・ウール・ゴウンなる人物に王国の領土を支配していた歴史は無く、正統性も無い』と反論。『帝国が侵略行為を行おうとするなら、王国は断固たる処置を行うだろう』と宣言した。

 王国の大半の貴族は帝国の侵攻は毎年起こる行為であり、これもその一環であろうという認識を持っていた。そのため深く考えることなく、アインズ・ウール・ゴウンというどこの馬の骨とも知れない魔法使いを駒とした、帝国の侵略の正当とする行為を嘲笑った。
 特に一介の――取り立てて名の知られていない魔法使いに、わざわざ高い地位を作ってまで与えたことを。これは侵略行為に良くある、正統な王族を立てて、相手国家への揺さぶりとする行為と思われたのだ。

 この頃にはカーミラというヴァンパイアの情報やアインズ・ウール・ゴウンという人物の能力の高さは貴族内に伝わってはいたのだが、さしてそれを重要視する人間は少なかった。
 まず理由の1つ目は王国において魔法使いというのは、さほど高い地位を占めている者ではないということ。理由の2つ目は帝国との戦いで魔法使いが大きく戦場を左右したことが無いこと。理由の3つ目は王国内で魔法使いが何かの偉業を果たしたことが無い、つまりは実績が無いことだ。
 これらの理由から強い力を持つといわれても、軽視していたのだ。

 が、幾人かは別の感想を抱いていた。

 その根拠となるのは、帝国の今回の戦いに向けて動員しはじめている数である。
 今回の侵攻には帝国8軍のうち、7軍が動員されつつあるというのが知らせであった。これは今までの侵攻で、帝国4軍までしか動員されてないことを考えると破格の数だ。
 次にスレイン法国の宣言である。

 エ・ランテル周辺は三カ国の利害に係わってくる場所であり、帝国と王国が小競り合いをする時は必ず法国も宣言を出していた。両者からすれば嘴を突っ込んでくるなというものではあったが。
 大抵の宣言は、エ・ランテル周辺は法国のものであるという感じのものである。
 しかしながら今回は趣が大きく異なっていた。
 『法国には記録が無いために判断することが出来ないが、もしアインズ・ウール・ゴウンが本当にその地をかつて支配していたものだとするなら、その正統性を認めるものである』という旨を公表したのだ。

 王国の貴族達からすれば何を馬鹿なという憤怒の宣言だ。横からしゃしゃり出て、適当なことを言うなという者が王国内では殆どであった。しかし、その中に含まれた真意を理解するものも当然いる。黄金と称される女性、6大貴族の1人、戦士長などだ。

 彼らは充分に理解したのだ。
 スレイン法国の宣言に含まれている『我々はアインズ・ウール・ゴウンと敵対する意志は無い』という国家の判断を。周辺国家最大の国力を持つスレイン法国が、たった1人の魔法使いを相手にするのを避けたという事実を。

 今度の帝国と王国の戦い。
 これは中身に含まれているものは、今までとは大きく異なったものである。そういう理解――一部の人間ではあったが――とともに王国と帝国の軍は動き出すのであった。





――――――――
※ やっと当初の予定の帝国辺境侯になったよ。ああ、長かった。
 では次回、前半最終話「■■■」でお会いしましょう。次の話のタイトルがわかった人、書いちゃ駄目ですよ? ばればれでしょうけどね。
 あ、しまった。なんで友達でオッケーしたか書いてないや。偉い人が言ってくれたからミーハーな気持ちでオッケーしただけなんだけど。そのうち修正しておきます。

















































 そして最も悲劇的なことが起こる。


 ――哄笑が響き渡った。
 室内一杯に響き渡る。それは何かからの解放のようであり、鎖が解かれた獣の雄たけびようにも聞こえた。
 そんな笑い声を上げる、自らの師をフールーダは嬉しそうに眺めていた。
 師の喜びはフールーダにとっても喜びなのだから。

「素晴らしい、素晴らしい。フールーダ、最高だぞ」
「ありがとうございます。師に喜んでいただき、私も嬉しく思います」
「周辺国家に所属する強き者の話は充分だ。次は冒険者の強さに関して教えてくれ。とりあえずはA+冒険者。蒼の薔薇の構成メンバーの推定される強さだ」
「かしこまりました」

 フールーダは帝国で得た情報を話し始める。メンバーの能力を話すたびにアインズは笑みを浮かべるのだった。

 本当にアインズは楽しそうに笑った。
 それは――それは本当に楽しそうに。



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