かつてのナザリック『姉弟の関係』。皆もおいでよ『デミウルゴス牧場』。登場『パンドラズ・アクター』。ナザリックの『守護者アウラちゃん』の4作です。
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「じゃぁ、モモンガさん。やまちゃんとあんちゃん連れて、アウラのところにいますね」
「はい。了解です」
「約束の時間の20時には絶対戻ってきますから」
「分かりました。ただ、炎の巨人狩りの面子が時間よりも先に集まったら呼びますから、そのときは急ぎで来てくださいね」
「了解でーす」
返答するモモンガの前にいるのは肉感的とも言えるようなピンク色の塊だ。
スライム系の外装でこんな色にするものはあまりいない。てらてらした光沢のスライムが、プルンプルンゆれる様はあまり見栄えの良いものではないからだ。
そんな何処となく内臓を思わせる姿が、意外に俊敏な動きをしながら、モモンガから離れるように移動を仕掛けたその時――
「ぶくぶく姉ェ」
――第三者の声が届き、硬直するようにスライムは立ち止まる。それからぐにゃりと動いた。前後というものが分かりづらいスライム系の外装だが、恐らくは声のした方を向いたんだろうなと流石にモモンガにも予測は立つ。
「おい。私をその名で呼ぶとは、次に実家に帰ったときが楽しみだなぁ」
地獄の底から聞こえるような静かで重い声に、その人物は気押されるように硬直する。
「……怒るぐらいならそんな名前付けんなよ!」
「あーん? 私がネタにするのはいいんだよ。それとアインズ・ウール・ゴウンのメンバーもな。でもお前は駄目だ、弟」
必死の抵抗をばっさりと切られたのは、華美な装飾の施された鎧で全身を包んだ戦士風の男だ。込められた魔法の力が周囲に放射され、光の翼を背負っているようにも見える。
そんな全身鎧を纏い、顔も仮面で覆っているその人物を、男と判明するのは声質がそうだからだ。そして勿論ギルド長であるモモンガがその人物を知らないわけが無い。
「あ、どうも。ペロロンチーノさん」
「こんばんわです。モモンガさん」
互いにペコリと軽く頭を下げあう社会人同士。プルプルと震える肉塊はペロロンチーノ横に並ぶと、塊から手が伸び、全身鎧を触りだす。
「ほんと、その鎧、どこかの聖衣みたいだなぁ」
「姉ちゃん、クロスって?」
「15年ぐらい前にアニメがリメイクされただろ? モモンガさんも知らない?」
「ええ。私、アニメとかはあんまりなもので」
「俺も……」
「お前はエロゲー原作しか見ないからな」
「そんなこと……ないよ……いやマジで。姉ちゃん、モモンガさんの前で俺の評価落とすようなことしないでくれよ……」
両方の肩を落としたペロロンチーノになんと声をかければ良いのか。モモンガが言葉に詰まっていると、肉塊は今だ追撃の一手をやめない。
「……事実を事実といって何が悪いのかしら」
「姉が『ひぎぃ』とか『らめぇ』とか言っていた作品のアニメ化なんて見るわけねぇだろ!」
「……知ってはいるんだな?」
うぐっと声を詰まらせるペロロンチーノ。なんとなく場が悪そうに立ち尽くすモモンガ。
「……なぁ、普通の作品にも出てるんだからエロ系は引退してもいいじゃん。5つも6つも名前変えながらエロゲーに出るのはやめね?」
「給料的にも拘束時間的にも美味しいんだよ?」
「それでもさぁ……」
「別に本番してるわけでも――」
「止めてくれ! 家族の生々しい話は聞きたくないんだ! しかもモモンガさんがいるんだぞ!」
こんなときに存在をアピールするのはやめてくれないかなと、端っこで小さくなろうとしていたモモンガは呟く。
「もう、声優なんて辞めろよ!」
ピシリと空気が変わったようにもモモンガは感じ取れた。恐らくはここは仲裁に入るのが最も正しいギルド長なんだろうが、残念ながら怒れる女性プレイヤーの前には立ちたいとは思わない。
故意的にペロロンチーノの助けを求めるような視線は無視をする。
「ほう、言うじゃないか。お前だって私が水野のサイン貰ってきたときは無茶苦茶喜んでいたくせに。あのときなんだっけ? 私が声優についてくれたからです、とか土下座しながら言っていたよなぁ」
うぐっと言葉に詰まるペロロンチーノ。それに何を思い出したのか、肉塊はプルプルと震える。
「そーいや、あいつ私と仲が良いだけあって、結構下ネタ好きだよ?」
「うるせー! 俺のみずっちは紅茶を嗜むお嬢様なんだよ! 姉ちゃんみたいにエロゲーに出る奴とは違うんだよ!」
水野というのが誰なのか、モモンガは分からなく困惑するが、やがてペロロンチーノが良く話題にしていた声優だということを思い出す。
つい最近出たゲームの音声案内もやっていると言う話だ。
「……あいつだって名前変えてエロゲー出てんじゃん。私と始めてあったの、エロゲーでだよ? 現実、見ろよ」
「違うんだよ! あれは野水って奴で俺のみずっちとは別人なんだよ!」
狂乱したようにオーバーなゼスチャーで、思いのたけを迸らすペロロンチーノ。
肉塊は恐らくという言葉がつくが、思いっきり引いたように体をのけぞらした。そしてプルプルと体を動かし、もう疲れたといわんばかり雰囲気でモモンガに向き直る。
「そうか。男って大変だな……。あっと、モモンガさん。二人とも待ってると思いますし、これで行きますね」
「あ、……ええ、ではまた後で……」
モモンガとしてはショックを受けているペロロンチーノをここに置いたまま行ってしまうのは避けて欲しいが、それを言っても仕方が無い。遠ざかっていく肉塊と、がっくりしているペロロンチーノを眺め、ため息を1つついた。
そしてぼやく。
「なんだかなー……」
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※ ぶくぶく茶釜は実のところ痩せてます。でも高校時代に急激に太っていた頃があって……そんな設定があったり。
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ローブル王国。
リ・エスティーゼ王国の南西方角にある国であり、領土的には半分ほどの王国である。位置的な面ではスレイン法国に近いともいえるが、法国との貿易関係はほぼ途絶えている。というのもスレイン法国とローブル王国の間にある、ローブル王国全土を上回る広大な丘陵地帯――アベリオン丘陵と大森林――エイヴァーシャー大森林のためである。
特にその妨げとなっている広大なアベリオン丘陵には多くの――ゴブリンやオークに代表される亜人種が無数の部族を作り、小競り合いを起こす、そんな場所のためだ。
ローブル王国全土を取り囲むように存在する要塞線は、その亜人種の侵攻を阻止するために作り出されたものだ。しかしながら現在はゴブリンやオークを纏め上げるような存在がいないために、その要塞線が使われることも無いのだが。
そんな広大なアベリオン丘陵には無数の亜人種の部族がある。そんな亜人たち――特にオークたちの住居となるのは天幕だ。これはオークたちが一箇所に落ち着いて生活する種族ではないことを証明するものである。
曲がり牙<クルックド・タスク>部族に属する天幕の1つ。
どの部族を見渡してもこれほど大きなものは無いだろう。おおよそ高さ10メートルにもなるそれは、支柱に持ち運びが困難なほど大きな木を使っている。
そして同じクルックド・タスク部族の他の天幕にこれほど立派なものは無い。逆にみすぼらしいほどだ。
その天幕は誰かが持ち込んだもの。即座にそう判断できる作りのよさである。
そんな天幕の中央。そこにはイスがあった。
白い骨を無数に付けて、イスの形を無理矢理取ったようなものだ。しかしながらその使用目的は一目瞭然である。どれほどの骨を集めて作り出したか分からないほどの巨大さ――およそ背もたれの部分で6メートルは超えていよう。そして無数に並べられる頭蓋骨の、空虚な眼窟のおぞましさ。
それは――玉座である。
しかしながらそれほどおぞましい一品でありながら、どのような芸術家が作り上げたのか。見る者の心に美しさを感じさせるものがあった。遠くから見れば、装飾の施された純白の玉座が瞳には映っただろう。
そんな玉座だが、そこに座るものは誰もいない。まるで本来ならそこに座るものがいるのに、席を離れているために開けられている――そんな感じだ。
ただし、その玉座の横に立つものはいる。
ハンサム――その言葉こそが、そこに立つ彼の顔立ちを指し示すのに最も適した言葉だ。
かすかにつり上がった眼が多少減点かもしれないが、すらっと伸びた鼻梁、色が薄くなったような薄い唇。そしてそこに浮かんだ柔らかな親しみを込めた微笑が、見る者に安心感を与える。
非常に人に似通った容姿だが、決定的に人間と違うことがある。
それは身長は2メートルほどもあり、肌は光沢のある赤。こめかみの辺りから鋭い、ヤギを思わせる角が頭頂部に向けて伸びており、背中から生えた漆黒の巨大な翼が彼が人ではないことを表していた。
そしてそんな彼の前に複数の影が跪いていた。それはオークのものではない。
悪魔。
それがそこに立つものたちを端的に述べた言葉だろう。
「さて、定例会を始めようか」
非常に優しげな言葉。心の奥底まで滑り込むような柔らかく、聞き心地の良い深みのある声が響く。
そして彼はまるで誰かが座っているかのように玉座に一礼。それにあわせ跪く影達も深く、非常に丁寧に頭を下げる。まるで頭の下げ方が足りなければ何事かが起こると思っているような、非常に丁寧なものだ。
「まずはトーチャー」
「はい、デミウルゴス様」
彼――デミウルゴスの声に反応したのは影の1つである。それは体にぴったりとした黒い皮の前掛けをした悪魔だ。全身は白というよりも乳白色。そしてそんな色の皮膚を――仮に紫色の血が流れているとするなら――血管が全身を張りめぐっているのが浮かび上がっている。
頭部は黒い皮の、顔に一部の隙もなくぴったりとしたマスクをしており、眼は見えるのか、そしてどこから呼吸をしているのか、また声はどこから出しているのか不明だ。そして非常に腕が長い。立てば身長は2メートルはあるだろうが、腕は伸ばせば膝は超えるだろう。
腰にはベルトをしておりそこには今だ血に濡れた、無数の作業道具が並んでいる。
そんな悪魔こそ、トーチャーである。
「羊皮紙は順調に集まっております」
「素晴らしい」
優しくデミウルゴスは手を広げる。
「トーチャーの集めている羊皮紙は非常に素晴らしい。アインズ様もお喜びだよ」
「ありがとうございます」
「羊たちは元気かね?」
「はい。剥ぎ取ると同時にすぐに治癒の魔法をかけますので、次の日には再び剥ぎ取れるようになっております」
トーチャーは役目柄、簡単な治癒魔法をかけることができる悪魔である。そう、簡単に死なせないために。
「そうかね。羊たちの泣き声は心地良いからしばらく聞いていたいものなのだがね」
「ならばしばらく治癒の魔法をかけないで放置しておきますか?」
「いやいや、やめておこう。幼いほうがより良い羊皮紙が取れるのだ。幼いと即座に治癒魔法をかけないと死んでしまうかもしれないからね」
「畏まりました」
「そうだとも、博愛というものはとても大切なものだ。羊たちも大切にしてあげないとね」
「はっ」
頭を下げたトーチャーからデミウルゴスは視線を動かす。次に話を聞きたい悪魔は――と視線を動かしたとき、1人の悪魔が頭を上げ、デミウルゴスに何かを問いたげな表情を浮かべているのに気づく。
それに対し、許可するようにデミウルゴスは頷いた。
「……羊皮紙の件ですが、アインズ様には知らせないのでよろしいのですか?」
その悪魔はアインズに『アベリオンタール』と羊の種類を教えた女悪魔だ。
無論、羊の名前はそう伝えるようにデミウルゴスの命令を受けてやったことだが、あとで勝手にやったと切り捨てられるのは恐ろしいという感情が口を開かせる。
「気にすることは無いんだよ? アインズ様は代用品となる羊皮紙を得ることを重視してらっしゃった。事実、消費アイテムの代用品の発見は本当に重要な問題だ」
天幕内の片隅に置かれたなめされたばかりの幾枚もの羊皮紙に、楽しげな視線をデミウルゴスは送る。あれは羊の親に協力させて剥がせたものだ。あのときの表情を思い出すだけで笑顔がこぼれそうになる。
「アインズ様は意外につまらない生き物にも慈悲を向けるだけの寛大さを持つ方だが、本当に何が重要なのかも理解される方だ。必ず黙認されるだろう。しかし気分はよろしくないだろうという判断で、偽りを述べたに過ぎない。君が心配する必要は無いとも」
それからデミウルゴスは自らの前で頭をたれる全ての悪魔を見下ろし、言葉を告げた。
「ナザリック大地下墳墓――ひいてはアインズ・ウール・ゴウン様は至高の聖域たる存在。そのお方がスクロールの在庫が無い。そんなつまらない不安を持たなくてはいけないなんて、部下からすれば非常に悲しいことではないかね?」
「――そう。もし仮に他の生き物からそれに匹敵するだけの羊皮紙が取れるようなら、今の牧場はやめればいいのだよ? まぁ、その場合は廃棄処分が妥当だと思うがね。そうそう。主人が本当に何を欲していらっしゃるか。それを考え、行動するのが最も賢いシモベだ。わかったかね?」
「畏まりました」
女悪魔が代表し、皆の意見を述べる。それに満足したようにデミウルゴスは優しく頷いた。
「さて、次はサキュバス。君だ。どんな良い話を聞かせてくれるのか楽しみだよ」
「――はい」
声を上げたのは人間にも似た女性だ。
背中から伸びた巨大な黒い翼に包まれた、肉感的な肉体はほぼ全裸であり、ちっぽけな金属板が重要な箇所を隠している。妖艶な美というものがその顔立ちや体躯から匂い出し、空気をピンク色に染めているようだった。
しかしながら非常に美しいだろう表情は、緊張のあまりに凍りついたように動かない。
「順調に異種交配実験は進んでいます。ですが、残念ながら直ぐには結果は出ない実験ですので、いま少しお時間をいただければと」
「無論だとも。いくらでも時間は上げようとも。新たなる生命の誕生は喜ばしいことだ。それを追及する行為もまた神聖だ」
まさに神官が自らの信じる神の教えを述べるような、慈悲と博愛のようなものに満ち満ちた表情を浮かべるデミウルゴス。
安堵したようなサキュバスに声が掛かる。
「しかし――上手くいってないという噂を聞いたのだがね?」
「――!」
サキュバスの肩がこわばり、全身が瘧が起こったように震えだす。サキュバスの横に控えた他の種類の悪魔が、微妙な動きを持って少しづつ離れようとする。これから起こるかもしれない何かを恐れて。
「どうかね、サキュバス。順調に進んでいるのかな?」
「は! じゅ、順調とは言い切れないものが……」
「うん、いけない子だ。そうだ、私の像に愛を捧げてみるかね?」
デミウルゴスは微笑む。本当に優しい笑顔だ。そして一歩だけ足を、サキュバスに向かって進める。今だ、サキュバスとの距離はかなり離れている。しかしながらあと一歩で目の前に到達するような雰囲気が醸し出していた。
前任者の行き着いた先を知っているサキュバスは必死に言葉をつむぐ。
「オ、オークたちの協力が上手く行きませんので! ですが、魅了の魔法をかけることによって無理矢理に進めています! デミウルゴス様の要望に答えられるような結果は必ず出るかと!」
「美的センスというのは種族によって違うからね」
オークやゴブリン等の美的センスは人間のものと大きく違う。オークからすれば人間の美人は、醜悪極まりない存在だ。そのために異種交配というのはゲテモノの類になる。
だからこそ、デミウルゴスは楽しいのだが。
デミウルゴスの喜びは苦痛で上がる悲鳴だ。精神的な苦痛よりは、単純な肉体の苦痛で上がる方が好きだ。だからといって精神的なもので上がるものも嫌いではない。
「ならば、人間の方にかければ良いのではないかい?」
「は、はい、現在、一応、父親になる側にかけております」
「それだけ聞くと順調のように聞こえるのだがね?」
「……人間側が精神的に脆く。自傷行為に出たり等、色々と問題になりまして……」
自傷行為どころか自殺するものもいないわけではない。そして残念ながら蘇生の魔法を使える存在は悪魔ではいない。そのために数が減ってしまう結果になってしまう。
それを避けるにはナザリックの協力を得なければならないだろうが、難しいだろう。
「そのため、常時魔法によって知力を下げてしまう方が良いかと」
「……私は魅了から覚めた人間が上げる悲鳴はとても好きだよ?」
「畏まりました」
ならば夜の監視も強める必要がある。サキュバスはそう判断する。しかしどのように考えても、与えられた部下でなんとかやりくりしようとすると、どこかで破綻が生じてしまう。
サキュバスは覚悟を決めてデミウルゴスに口を開く。
「今の状態ですと、少々厳しいものがあります。ですので部下を増やしていただければと思います」
緊迫した空気が天幕に満ち、デミウルゴスの笑顔が強まる。サキュバスはぞっとした顔でデミウルゴスの顔を凝視した。
デミウルゴスは常時笑顔だ。そしてえげつないことを口にするときほど、その笑顔は強まる。
「……なるほど。まぁ、面白くなれば構わないとも。了解したよ、サキュバス。君の部下を増やそう」
微笑むデミウルゴス。
だからこそ怖いのだ。
命が助かったサキュバスは額に浮かんだ脂汗を手でぬぐう。
「そうそう。この前捕まえたミノタウルスとか面白そうだと思うがね」
「はい! 素晴らしい考えかと。時機を見て計画に取り込んでみようと思っております」
満足したようにデミウルゴスは微笑んだ。
「アインズ様には感謝をしなくては。ナザリックではこんな楽しいことはできないからね。ローブル王国にピクニックに行くときが楽しみだよ。死んでしまった羊の替えも必要だしね」デミウルゴスは微笑んだ「自分の作った牧場が大きくなっていくというのは本当に嬉しいことだね」
そして玉座に誰かが座るように、綺麗で深い礼をする。それは王に仕える貴族のような、品の良いものだった。
――――――――
※ ぶっちゃけイメージ的にはナザリックNPC以外にはネウロのシックスです。ナザリックのシモベに対しては基本、アインズの道具と見なしていますのであそこまでの無茶はしません。シャルティアよりも優しいです。けど捨てるときは容赦なく。
デミウルゴスの像? ああ、銅製のデミウルゴスの像に愛を囁いてもらうだけです。殷の紂王も好きな奴ですね。トーチャーのスペルはTorturerのはずです。
ちなみにアインズは知りませんので、この辺のことは。
ということで、子羊の悲鳴は止んだかね? アベリオンタールはローブル王国産です。それと時間軸上では戦3の前の話ですね。
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メイド――ユリ・アルファは感嘆のため息を思わずこぼしてしまった。
転移した彼女を最初に出迎えたのは、天空に浮かぶ全ての星々を集めました、といわんばかりの輝きだ。
広いなんていう言葉では表せないぐらい巨大な部屋の中央には金貨、宝石がとにかく山のように積み重なっているのだ。その山の高さは半端じゃない。10メートル以上の高さの山が山脈のように連なっている。枚数にして、数十億枚ぐらいだろうか。それとももっとあるのだろうか。
しかも、その山に埋もれるように超一級の工芸品らしきものもある。
ぱっと見ただけでも黄金で出来たマグカップ、様々な種類の宝石をはめ込んだ王勺、白銀に輝く獣の毛皮、金糸をふんだんに使った精巧なタペストリー、真珠色に輝く角笛、七色に輝く羽製の扇、クリスタル製の水差し、かすかな光を放つ精巧すぎる指輪、黒色と白色の宝石をはめ込んだ何らかの動物の皮で出来た仮面が目に飛び込んできた。
無論、こんなものはほんの一握りだ。
この巨大な宝の山の中にはこの程度の芸術品なら、恐らくは数百、いや数千個はあるだろう。
傷つきやすい芸術品にはすべて保護の魔法が掛かっているというのだから恐れ入る。それぐらいなら別のところに飾っておけばいいのにとユリは思わなくも無いが、周囲を見渡したところで、こうせざるを得なかった理由を理解できた。
それは――周囲の壁には同程度かそれ以上の宝物が置かれているのだ。
壁には無数の棚が備え付けられており、そこには黄金の山以上の輝きがあった。
ブラッドストーンをはめ込んだロッド、ルビーをはめ込んだアダマンティン製の小手、小さな銀の輪にはめ込まれたルビー製のレンズ、まるで生きてるかのようなオブシダンで出来た犬の像、パープルアメジストから削りだしたダガー、ホワイトパールを無数に埋め込んだ小型の祭壇、七色に輝くガラスのような材質で出来たユリの花、ルビーを削りだした見事な薔薇の造花、ブラックドラゴンが飛翔するさまを描いたタペストリー、巨大なダイアモンドが飾られた白金の王冠、宝石をちりばめた黄金の香炉、サファイヤとルビーで作られた雄と雌のライオンの像、ファイヤーオパールをはめ込んだ炎を思わせるカフス、精巧な彫刻の施された紫壇の煙草入れ、黄金の獣の毛皮から作り出したマント、ミスラル製の12枚セットの皿、4色の宝石を埋め込んだ銀製のアンクレット、アダマンティン製の外表紙を持つ魔道書、黄金で出来た等身大の女性の像、大粒のガーネットを縫いこんだベルト、全て違う宝石を頭に埋め込んだチェスのセット、一塊のエメラルドから削りだされたピクシー像、無数の小さな宝石を縫いこんだ黒いクローク、ユニコーンの角から削りだした杯、水晶球を埋め込んだ台座などなど。
こんなものはほんの一部ですらも無い。
そのほかにもエメラルドをふんだんに使った金縁の姿見、人間大の赤水晶、人間なんかよりも巨大な白銀に輝く精巧な作りの戦士像、何だかよく分からない文字を刻み込んだ石柱、一抱えもあるようなサファイヤなんかも鎮座している。
あまりの輝きに驚くユリに、平然とした声が掛かる。
「行くぞ」
「はい」
「…………」
ユリと頭を振ることで了解を意を示した。
アインズはその財宝の山に一瞥もすることなく、全体飛行の魔法を発動させると、3人揃って中空に舞い上がる。
飛び上がってみると理解できるのだが、空気が紫色のような色を僅かに湛えている。何かの光源によるものかと周囲を見渡しても、紫色の光を発しているものは無い。
そんなきょろきょろと周りを見渡すユリに静かな声が掛かった。
「…………ユリ姉。空気が魔法系の猛毒を含んでる」
「え?」
「ん?」
「…………ブラッド・オブ・ヨルムンガンド?」
ユリの視線の先にはもう1人のメイドがアインズの魔法によって浮かんでいた。
もう1人のメイド――シーゼットニイイチニイハチ・デルタ。略してシズは、元々発する言葉は非常に小さい。
不思議そうなユリの視線を、極寒の視線が迎撃する。それの発生源はじとっとした黒色の瞳だ。そこに悪意等の感情は無い。というよりもまるで感情を感じさせない目だ。シズの顔立ちは非常に整ってはいるが、悪くいえば能面のような表情の無さだ。
オートマトンであるシズは基本的に感情を表に出さないから。
日本人を髣髴と――しかも高貴な血筋、姫とも呼ばれるような大和撫子を思わせる顔立ちをしているシズは、艶やかな黒髪を上で持ち上げ、落とすというポニーテールと呼ばれる髪形にしている。
着ているメイド服はユリと同様の戦闘用のメイド服だ
――肘上までを覆う、ガントレット、クーター、ヴァンブレイス、そしてリアブレイスの中程までを合わせた様な、黒の材質に金で縁取りし、紫の文様が刻み込まれた腕部鎧。ハイヒールにも似たソルレット、リーブ、ポレインを融合させたような脚部鎧も腕部鎧と同じような作りだ。
メイド服のスカート部分も、布の上に魔法金属を使用した黒色の金属板を使い防御力を増している。それも魔化したメテル鋼、ミスラルとベリアットを混ぜこんだアダマス鋼、魔法金属ガルヴォルンの三重合金板だ。胸部装甲も同じ金属を使っている。
勿論、込められた魔法も一級品だ。ユグドラシルでも90レベル以上のプレイヤーしか手に入らないようなデータクリスタルの中でもレアデータを使用している。
その防御能力の高さを考えるなら、戦闘用メイド服というよりはフルプレートメイルを魔改造しましたという方が正しいだろう。
さらには首元に巻いた大粒の宝石が輝くチョーカー、腕部鎧の下で見えないが指輪、ポニーテールを結ぶためのリボン、下着に至るまで一級品のマジックアイテムである。
そして腰に下げた白色のステアーAUGにもう少し丸みを持たせ、銃床部分にもう2つのマガジンを差し込んだ奇妙な銃器を、まるで剣のように下げている。ちなみにこの銃器も、オートマトンもシズのクラスであるガンナーも、超大型アップデート『ヴァルキュリアの失墜』以降の存在である。
そんなシズが猛毒の効果をもたらすものとしては、最大の効果を発揮するアイテムの名前を挙げる。
「ああ、正解だ。そうだったな。お前達には言ってなかったな。宝物殿のこの辺りは猛毒の空気によって汚染されている。毒無効系のアイテムや能力を持たない奴の場合は、3歩行かないうちに死ぬな」
「ですからボク――私たちな訳なんですね?」
アンデッドのデュラハンたるユリと、オートマトンなシズの両者は共に毒無効能力を保有している。
アインズはにやりと笑うと軽く頭を肯定の意味で振る。それから続けて言葉を紡いだ。
「シズをつれてきた理由はそれだけでなく、確認のためもあるんだがな」
アインズたち一行はそのまま飛行の魔法によって黄金の山を踏み越えることなく、向かいにある扉まで到着する。いや、それを扉と形容してよいものだろうか。そこには扉の形をした、底なしの闇を思わせるものが壁に張り付いていたのだ。
「ここは武器庫だな。パスワードはなんだったか……」
「アインズ様、武器庫ということはそれ以外も?」
「ああ、ある。整頓好きな奴がかつての仲間にいてな。各用途ごとに分けられているはずだ。防具系、スタッフ系、装身具系、その他アイテム系、製作物系等に別けられているはずだ。ああ、あとはデータの状態のクリスタルを並べた部屋もあったな」
アインズが指差す方角、壁沿いに視線を逸らしていくとやはり同じような黒いものが壁に張り付いているのがユリも見えた。
「奥で1つになっているから、何処から入ろうが大した違いは無い」
アインズはそれだけ言うと、真正面の闇の扉に向き直る。
特定キーワードに反応して開くタイプの扉だ。魔法や盗賊系のキャラなら無理矢理に扉を開ける方法があるが、アインズはその魔法は習得してないし、その技術も無い。そのためにキーワードを言わなくてはならないのだが――
「忘れた」
当たり前だ。こういうギミックはナザリック内に結構な量がある。よく来る場所なら問題なく覚えているが、宝物殿はあまり来ない場所だ。そんな場所の扉の1つなんかいちいち覚えているわけが無い。
そのため直ぐに思い出せなかった、アインズはほぼ全てに通じるキーワードを発声する。
「『アインズ・ウール・ゴウン』」
その言葉に反応し、湖面に何かが浮かぶように、漆黒の扉の上に文字のようなものが浮かんだ。そこには『Ascendit a terra in coelum、iterumque descendit in terram、et recipit vim superiorum et inferiorum』と書かれていた。
「まったく、タブラさんは凝り性だからな」
アインズは、『アインズ・ウール・ゴウン』のギミック担当の片割れ、そして真面目な方。そう評価されている人物のことを頭に思い浮かべる。
ナザリック大地下墳墓内の細かなギミックの4割は、彼の手が入ったものだ。少々悪乗りしてるのではというほどの作りこみは、何だかんだと結構なフリーのデータ量を食いつぶしている。そのために彼自身が責任を取って課金アイテムを買い集めたほど。
アインズは表面に浮かんだ文字を真剣に眺める。これがヒントであり答えなのは間違いが無いのだが、さてどういった意味だったか。
時間を掛けながら、自らの記憶のどこかに沈んだ答えを探すアインズ。
やがて、ため息を漏らしつつ、アインズは記憶の中にある、この扉を開けるためのキーワードを思い出す。
「確か――かくて汝、全世界の栄光を我がものとし、暗きものは全て汝より離れ去るだろう――だったか?」
そう言いながらシズに確認を取るように視線を向ける。シズはそれに対して頭を縦に振った。
ギミック担当の片割れである、この扉を作った人物によって作り出されたシズは、ナザリック全域の詳細なデータと、ありとあらゆるギミックを熟知しているというキャラ設定である。先ほどのパスワードもシズであれば簡単に解くこともできただろう。それを任せなかったのは、単にアインズが自分で開けたいという我が儘を起こしたにしか過ぎない。
突如、闇がある一点に吸い込まれるように集まりだす。直ぐに先ほどの闇は跡形も無くなり、空中にこぶし大の黒い球体が残るだけだ。
今まで蓋となっていた闇が消えたことによって、ぽっかりと開いた穴から奥の光景が覗ける。そこには今までの宝物が置かれていた場所とは違う、管理の行き届いた世界が広がっていた。
そこを表現するなら、博物館の展示室という言葉以上に相応しいものは無い。
多少光源が押さえられた部屋は長く、ずっと奥まで進んでいる。天井は高く5メートルはあるだろうか。人以外のものが入り込むことを前提に考えられたような高さだ。左右はもっとあって10メートルほどだろう。
床は黒色の艶やかな石が隙間も無いほど並べられており、まるで一枚の巨大な石のようだった。そして天井から降りてくる微かな光を照り返し、静寂さと荘厳さを感じさせた。
部屋の左右には無数の武器が綺麗に整頓された上で、見事に並べられていた。
「行くぞ」
アインズは左右に控えた2人の返事を待たずに歩き始める。
そこはまさに武器庫だった。
――ブロードソード、グレートソード、エストック、フランベルジュ、シミター、パタ、ショーテル、ククリ、クレイモア、ショートソード、ソードブレイカー、etc、etc。
そこに飾られているのは無論、剣だけではない。
片手用の斧、両手用の斧、片手用の殴打武器、片手用の槍、弓、クロスボウetc、etc。
大きな分類だけでも言い切れないほどだ。
そのほかにも武器といって良いのか分からないような、ごてごてとした武器も無数にある。一言で現すなら絶対に鞘に納まらないよという、外見のみを重視したような武器だ。もしかするとそういう武器の方が多いかもしれない。
しかも殆どの武器が単なる金属で出来たものではない。
刀身が青水晶みたいなもので出来ているものから、純白の刀身に金色の文様を宿したもの、黒い刀身に紫の色でルーンが刻まれたものまである。弦が光のみで構成されているようにも見える弓だってある。そんなものが無数にあるのだ。
他に一瞥するだけ理解できる、危険そうなものもあった。
刀身から新鮮そうな血がにじみ出てる両手用の斧とか、黒い金属部分に苦悶の表情が浮かんだり消えたりする巨大なメイス、人の手のようなものが絡み合ってできている槍、などこれまた数え切れないほどだ。
恐らくは殆どが魔法の武器なんだろうなと予測は立つが、どんな魔法の効果を持ってるのかは見当もつかない。
刀身が炎のように揺らめく武器はまだなんとなく予測が立つのだが、たとえば、見ているとギチギチと昆虫の足のように動く節足動物の腹のような剣に、どんな魔法の効果があるかなんて分かるはずも無い。
コツコツと遠ざかっていくアインズの足音を我に返り、ユリは先行したアインズに遅れんとばかりに付き従う。
ユリにほんの少し遅れて、シズ。歩きながらもきょろきょろと展示されている中身を覗き込んでいる。能面のような顔に僅かな赤みがかかっていた。
静寂の中、200メートルほど――陳列されている武器の数は数千ぐらいだろうか――歩いた辺りで、終着点となる。長方形の部屋だ。そこには何も置かれて無くガラッとしている。左右を見渡すと同じような通路の出口らしきものがあった。
先には――突然雰囲気が変わる。
先ほどまでが博物館なら、そこは古墳だ。そこには明かりの落とされた暗い空間が広がっていた。幅や高さは同じようなぐらいだ。そしてその部屋の左右の窪みには玉座のようなものがあり、ほとんどに何かが置かれているように見える。
一体、この場所は何処なのか。
その位置から目を細めて中を伺おうとしたユリに、ちょうど良いタイミングでアインズの声が届く。
「この先は霊廟だな」
不思議そうな顔をしたユリといまだ無表情のシズを眺めると、アインズは周囲を見渡す。
「この辺りにいるはずなんだが……」
誰がいるというのか。ユリが不思議そうに顔をゆがめたとき――その声に反応したわけではないだろうが、別の通路から、今アインズたちがいる場所に姿を見せたものがいた。
それは異様な外見をもった存在だった。
人の体に、歪んだ蛸にも似た生き物に酷似した頭部を持つ者だ。頭部の右半分を覆うほど、刺青で何らかの文字が崩されながら刻み込まれている。それは扉に浮かんだ文字にも似ていた。
皮膚の色は死体のごとき白色に紫色が僅かに混ざっており、粘液に覆われているような異様な光沢を持つ。指はほっそりとしたものが4本生えており、水かきが互いの指との間についていた。
そんな異様な存在は、太ももの辺りまでありそうな6本の長い触手がうねらせながら、瞳の無い青白く濁った眼をユリたち一行に向けた。
着ている服は黒一色に銀の装飾が施された体にぴったりと合うような革の光沢を持つ服だ。それと黒いマントを羽織るかのように前で僅かに合わせている。
ユリはその人物を知っている。
驚愕が叫びとなってユリの口から放たれた。
「タブラ・スマラグディナ様!」
その人物こそ至高の41人の1人――単純な火力であればアインズすらも上回るスペルキャスターだ。
「…………違う」
シズの呟き。そして腰から、銃器を抜き放つと、ストックを肩にあて、銃口を今姿を見せた者に向ける。
自らの創造者に対する暴言。及び武器を向けるその姿勢、許しがたい大罪である。もしそれを黙認するようなら、ユリもまた同じだけの罪を犯したこととなる。だが――
「了解。シズを信じる」
ユリは呟くと、胸の前で両の拳を叩きつける。ガントレットがぶつかり合い、ゴングの鐘のように硬質な金属音を上げる。
ユリのガントレットはシズのものに比べて分厚い。シズは銃器を取り扱う関係上、指の部分の金属は薄くなっているが、ユリはこのガントレットが武器でもあるからだ。
そしてユリは滑るような動きで、アインズとシズの前に立つ。スペルキャスターであるアインズも、ガンナーであるシズも近接戦闘ではユリに劣る。ならば両者の盾となって接近戦を挑むのはユリの役目である。
「何者だ!」
ユリの誰何に、タブラ・スマラグディナに似たものは軽く小首を傾げるだけで答えようとはしない。あるかないかの薄笑いがユリを不快にさせる。
だが、そんな彼の正体を晒したのはアインズの言葉だ。
「――パンドラズ・アクター。元に戻れ」
不快そうなアインズの言葉を受け、タブラ・スマラグディナの姿がぐにゃりと歪む。それはユリも、そしてシズもある人物を思い出させるそんな変化の仕方だ。2人が思い出したのは、自らの同僚であるナーベラル・ガンマである。
深みのある落ち着いた男の声がした。
「お久しぶりです、モモンガ様」
タブラ・スマラグディナに似たものがいた場所に立っていたのは、1人の異形だ。
その姿形は先ほどのものから完全に変わっている。
服装は非常に整ったものだ。黒の2つボタンのダークスーツでそのすらっと伸びた肢体を包んでいる。シングルカフス、純白のシャツ、シルバーグレーのストライプネクタイ、黒の革靴。そして異様に長い4本指の白の手袋。
ただ、顔は鼻等の隆起を完全に摩り下ろした、のっぺりとしたものだ。目に当たるところと、口に該当するところにぽっかりとした穴が開いている。眼球も唇も歯も舌も何も無い。子供がペンで塗りつぶしたような黒々とした穴のみだ。
ピンク色の卵を髣髴とさせる頭部はつるりと輝いており、産毛の一本も生えていない。
外見も異様だが、それに似合わないものが顔についていた。眼鏡である。鼻も耳も無いのにどうやってか、しっかりと顔に固定されているのだ。
そんな奇怪な存在――ナーベラルと同じドッペルゲンガー。
これこそパンドラズ・アクター。アインズが設定を作った100レベルNPCであり、この宝物殿を管理している存在である。そして45の外装をコピーし、その能力を3/4程と多少落ちるが、使いこなせる存在でもある。
「……お前も元気そうだな」
「はい。元気にやらせていただいています。ところで今回は何をされに来られたので、モモンガ様? メイドのお嬢様方まで連れて」
ナーベラルに比べれば非常に聞き取りやすい喋り方で、パンドラズ・アクターは答える。お嬢様と言われ、戦闘メイドとしての誇りがあるユリは内心むっとするが、アインズに親しい人物ともなればそれを表に出すことは出来ない。
ただ、この人物が一体どんな存在なのか、二者の会話から割り出そうと神経を研ぎ澄ますばかりだ。
シズも自らを創造した方の似姿を取っていたという事で、その能面ごとき顔に僅かばかりの怒りの色を出す。それはシズを知る者からすると、大激怒というレベルだ。ではあるが、パンドラズ・アクターにその能力を与えたいのが、同じ至高の存在ということも考えれば、怒るに怒れない。
そんなユリとシズの心中を完全に気にせずに、アインズはパンドラズ・アクターと会話を続ける
「マジックアイテムの発動実験のためにいくつか使おうと思ってな」
「ほう。ついにあれらが出るのですか?」
パンドラズ・アクターの顔が霊廟に向かう。さりげなく眼鏡を指でくぃっと、上に持ち上げる。鼻も耳も無く固定されているのに、ずり落ちはするというのだろうか。
「……ワールド・アイテムは使わないし、仲間たちの装備も使ったりはしない。あれはあのままとっておけば良い」
「ならば最高でもアーティファクトですか。少々残念ですね。個人的には世界を切り裂くとされるワールドアイテムの力を見てみたかったりもするのですが。いや、いや見てよいというのならたっち・みー様の武器、ワールドチャンピン・オブ・アルフヘイムもいいですな。あ、それともヒュギエイアの杯も……」
パンドラズ・アクターはぶつぶつと呟きながら、眼鏡のブリッジの部分に指をかけたまま怪しく笑う。メガネのレンズの部分が光の反射を受け、きらっと輝くのが不気味だ。
パンドラズ・アクターはマジック・アイテム・フェチであり、それだけでご飯を食べられるという設定である。それがここまで気持ち悪いとは。
アインズは自らの作った設定を思い出し、非常に居心地の悪い気分で微かに身動きする。正直、皆で作っていた時は、悪乗りという言葉が許された。だが、こうして1人で冷静に対峙してみると、子供の頃書いた文集を読まされている気がするのだ。
そう黒歴史という奴である。
現在のナザリックに他のギルドメンバーがもしいたら、悶絶して転がっている者も中にいるだろう。そんな気がする。特に誰とはいわないが……。
「では勝手に持っていくぞ」
「私に断る必要はありません。ここにあるものは全てモモンガ様たちのものなのですから」
芝居がった口調と身振りで、周囲を指し示す。
「しかしながら少々残念ですな。モモンガ様がいらっしゃったのは、私の力を使うときがきたのか、と思っておりました」
アインズは動きを止め、眼鏡をかき上げる異形を観察するように視線を送る。
確かにそれはアインズも考えていたことだ。パンドラズ・アクターは設定上、ナザリック最高峰の頭脳と知略の持ち主である。平時では使用する方向が変な方に突っ走っているが、それでも非常時にはその頭脳は捨てがたいものがある。
さらにはパンドラズ・アクターの能力も、応用性に富むものだ。下手すれば守護者全員分の働きが出来るほど。
しかしながら、アインズが作った理由は戦闘や組織運営のためではない。この『アインズ・ウール・ゴウン』の形を残すためだ。
「……お前は切り札的な存在だ。単なる雑務で出す気はしない」
「……それはありがとうございます」何か言いたげな顔をしてから、パンドラズ・アクターは仰々しく頭を下げる「畏まりました。では今後もこの中の管理に勤しみたいと思います」
「よろしく頼む。それと今後、私の名はアインズと呼ぶように。アインズ・ウール・ゴウンだ」
「ほう……承りました。アインズ様」
話は終わりだという態度で、踵を返そうとしたアインズにパンドラズ・アクターの声が飛ぶ。
「しかし、アインズ様。マジック・アイテムの実験とあらば私の力を使用すべきでは無いでしょうか?」
「…………」
「それにアインズ様の姿をとれば睡眠不要で行動もできます。時間の大幅な短縮に繋がるとは思いますが……どうでしょう?」
パンドラズ・アクターは片手を胸に当て、自らをアピールする。僅か後ろに立つ、シズが小さくうわぁ、と声を上げるのがアインズにも聞こえる。なんというか……オーバーアクション過ぎるのだ。ぶっちゃけ、わざとらし過ぎる。
特に行動や姿勢を端々に、俺ってカッコイイよね、という感情が透けて見える。
これが確かにかっこいい男とかなら、似合うのかもしれないが、相手は卵頭だ。浮きまくっており、見ているこっちが恥ずかしくなってしまうほどだ。
アインズは暫し、黙ってパンドラズ・アクターを眺める。やがて決定したのか。アインズは懐から1つの指輪を取り出し、パンドラズ・アクターに投げる。投げられた指輪は弧を描き、パンドラズ・アクターの手の中に見事に納まった。
「これは……リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。所持する能力は――」
語りだそうとするパンドラズ・アクターを片手を上げることで黙らせる。非常に残念そうなのはこの際置いておく。
「予備だがな。数日内にコキュートスを中心とした部下にお前のことを話しておく。そうしたら来い」
「畏まりました」
指の先までピンと伸びたような非常に丁寧な、悪く言えば演技がかった礼をするパンドラズ・アクターの卵頭を眺め、アインズは軽く頭を振る。
悪い奴ではない。そして能力的な面での性能も悪くは無い。しかしながら――
「うわー……」
なんでこんな性格にしたんだろうか。昔の自分はアレがかっこよいと思っていたんだろうか。
もしアインズの顔が赤面するなら、今完全に赤くなっていただろう。
――――――――
※ ユリたちの戦闘用メイド服ってどんなの? と思われる方はかの名作、プリンセスクラウンのグラドリエル様を思い出したり、ググったりしてみてください。あれ……fateの……セイ……。
ステアーAUGでファンタジー感、壊しましたか? ご勘弁ください。
ちなみにまほうのすてあーArmee Universal Gewehrだから、まほうのだんがんをまほうのちからでうちだすらしいですよ。このせかいにかやくでうちだすへいきはないっぽいですよ、いちぶをのぞいて。
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ナザリック第6階層、アウラが支配する階層はナザリック最大の広さを誇る。
縦4キロ、横4キロにもなる正方形をしており、中心部に巨大な湖を持つ。ほぼ全域を森というよりはジャングルともいうべきエリアが広がり、平原は全エリアの1/20程度しかない。
その中にぽつんという言葉が相応しいように闘技場が建てられ、そしてそれに隣接する第7階層への入り口たる階段のある建物がある。
それ以外の人工的な建築物の姿は、アウラが建てた捕虜収容所的な意味合いを持つログハウスぐらいだ。
では支配者であるアウラは一体どこで寝泊りをしているのか。
森の中で?
闘技場で?
第7階層の入り口がある建物で?
どれも外れである。
実はそのジャングルの中に、アウラの居住区とも言える場所があるのだ。
広大なエリアを占める原生林。その中に、一際目立つ巨木があった。まるで天を突くかのように伸びているその木の高さは40メートルを超える。幹周は高さから考えると不釣合いなほど太い。
そんな異様な巨木。そここそがアウラの住居なのだ。
樹の内部をくり貫いて作られている住居は、地下2階の上8階――計10階建てになっている。1歩踏み込めば、ログハウスを思わせるような素朴だが、質素ではない暖かい光景がそこには広がっていた。
かつて、アウラを創造したぶくぶく茶釜がいた頃は、この樹に幾人かの来客があった。やまいこ、餡ころもっちもちなどの『アインズ・ウール・ゴウン』の女性メンバーたちだ。そしてそれらが創造した部下達と共に。
そんな彼女たちがここでのんびり会話している姿は、アウラからすると非常に見慣れた光景でもあった。アウラもよくぶくぶく茶釜の膝の上に乗せられたものだ。
しかし、現在。
アウラは基本的にここで1人で生活をしている。アウラの直轄のシモベの多くがモンスター系であり、人型だったり、世話をできそうな存在がいないということが主な理由だ。
そんな生活を無論、寂しいとアウラは思ったことが無い。外見的には確かにアウラはまだまだ子供といえる。しかしながら守護者であるアウラからすれば、寂しいという感情を抱く理由が無い。
なぜならアウラには創造した神ごとき存在はいても、両親に当たるものはいないのだ。1人で生活して寂しいという感情が芽生えるはずが無い。
ただ、生活をするには広すぎるために面倒だと思う程度だ。勿論、この場所は至高の存在よりアウラに与えられた場所であるために、決して文句を口には出したりはしない。しかし、それでも外での行動を最も好むアウラからすると、室内の掃除とかは精神的に面倒な仕事なのだ。
室内、ちょっと影になった部分が汚れていたりするのはそんな理由からであった。
アウラの一日の生活ははっきり言って不規則である。睡眠時間も惰眠を貪るときもあれば、殆ど眠らずに活発に行動することも多い。デミウルゴスやシャルティアのように睡眠不要の存在ではないが、睡眠をとらなくても疲労回復系の魔法を使うことで睡眠を取らずに行動できるからである。それにいざとなれば睡眠や飲食を不要とするアイテムもあるのだから。
そういう意味では、惰眠を貪り、室内の掃除等で手を抜く、非常にルーズな性格こそアウラの本性であるとも言えるのではないだろうか。
しかし、アインズより貰ったアイテムが、そのルーズな一面を解消させる働きを持っていたのもまた事実である。
アウラの寝室は思ったよりも家具が置かれていない。がらんとした部屋と言っても過言では無い。床に敷かれたカーペットも薄茶色の地味なもの。この部屋を見て少女の私室と認識できるものはいるだろうかという疑問が生じるような部屋だ。
しかし、恐らくは大抵のものが少女だと予見するだろう。
それは室内の所々に置かれたものにある。
それは等身大はあると思われるヌイグルミたちだ。窓から入り込む日差しを浴びながら、ちょこんと二頭身か三頭身のクマ、ウサギ、シカ……デフォルメされたそういった物が置かれているのだ。これらのものを確認しながら、少女の部屋で無いと判断するものの方が逆に少ないだろう。
……このヌイグルミ以外、少女の部屋と判断する材料が乏しいのもまた事実ではあるが。
そんな室内のやけに高い位置に大きなハンモックがかけられ、そこではアウラがあどけない顔で気持ちよさそうに眠りについていた。どんな夢を見ているのか、時折楽しげに表情が変化する。本当に無邪気な少女の寝顔がそこにはあった。
ピンクとホワイトの縞模様のコットンで出来たパジャマの上下を着用し、これまたピンク色のタオルケットで体をすっぽりと包むようにしている。
そんな優しい時間がいつまでも続くようであったが、そういった空気は破られるためにあるのもまた事実。
『――はちじです』
アウラではない、女性の声が室内に響いた。
黒く長い耳がピクピクと動き、くわっとアウラの目が大きく見開かれる。そして自らの腕に嵌めたバンドを操作する。そしてハンモックの上から、アウラはボンヤリとした視線を天井に投げかける。
「うぅー」
ぼんやりと呟き、暫し天井を見つめてから、再びアウラは目を閉ざす。
睡眠欲が、目を覚まさなければならないという意志に打ち勝った瞬間である。そしてアウラは再び先ほどと同じような天使の笑顔を浮かべて――しかしやはりそういった空気は破られるためにあった。
コンコンと室内に響いたのはノックの音。
くわっと再びアウラの目が見開かれる。
「アウラ様、お時間になりました」
部屋の外から掛かる女性の声。アウラは不満げに顔を歪めた。
「ううー」
「お部屋に入ってもよろしいですか?」
「うー、駄目」
アウラはぶすっとした声で返事をすると、自らの体に掛かっていたタオルケットを外す。
「よっと」
ハンモックから転がるように落ちる。無論、空中で器用に体勢を整え、床に着地するときは当然足からだ。アウラはぼさぼさになった髪を数度かくと、スリッパを履く。ペタペタという感じで歩き、扉の横に置かれていたクマの人形をポンと撫でる。
短い足を投げ出すように座っていたクマのヌイグルミは、その手に押されるように僅かに揺れる。
デフォルメされた大きな頭についた円らな黒い瞳に、微笑んでいるような口の縫いつけ。それには似合わないような短いけど、金属の光沢を思わせる艶やかな爪を持ったクマのヌイグルミのその動きは、まるでアウラに頭を下げているようだった。
やまいこズ・フォレスト・フレンズ。そんな名前を持つヌイグルミの隣の扉を、アウラは開ける。
そこに立っていたのは、メイド服を着たエルフの女性だ。
奴隷の証として切り落とされた耳も今では元通りだ。
アウラも使える単なる治癒の魔法では癒せなかったので、ペストーニャに足労願って、強力な癒しの魔法を使うこととなったが。
そのときのエルフたちの歓喜の姿は、アウラですら少しびっくりするほどだった。たかが耳の損傷を癒すことがどうして嬉しいのか。
ちなみにこのメイド服はメイド長であるペストーニャから貰ったもので、ナザリックの一般メイドが着るものと同等である。超一級品の布地を使って作られたものではなるが、セバス直轄の戦闘メイドの着るメイド服型鎧とは違って防御能力は、魔法強化されているとはいえ、せいぜいミスリル製フルプレートメイル程度しか無い。
「おはようございます、アウラ様」
「うん、おはよう」
深々とお辞儀をしたエルフにアウラは欠伸混じりの返事をしながら、その横をすり抜けるように歩き出す。その後を追ってエルフが続く。
「うんと、服を着るだけだから付いてこなくてもいいよ」
「いえ、お手伝いします」
「……あたしそんな子供じゃないんだけど?」
アウラは不満げに顔を歪める。流石に何度も繰り返された問答だ。アウラの機嫌が悪くなるのも仕方がないことだろう。
なんだか知らないが、異様なほどエルフたちがアウラの面倒を見ようとするのだ。それは少々行き過ぎていると、アウラが判断するほど。
歯を磨くのだって、食事を食べるのだって、全て手伝おうとするのだから。さらにはちょっと風呂に入らないだけでブツブツと言う。風呂に入ったら入ったで耳の後ろまで洗ったかどうか尋ねてくるし、時には一緒に入って洗おうともする。
ちょっと、うざい。
それがアウラのエルフに対する評価である。ただ、忠誠心の現れとして――尽くそうとしてやっていることだろうと理解も出来るので、殺したりするのはなぁとアウラは慈悲を与えてはいるのだが。
ただ、この異様な忠誠心が一体どこから来たものなのか。それはアウラも良くは理解できてはいない。
このエルフは先日侵入した奴らの生き残りである。殺しても殺さなくてもどっちでも構わなかったアインズは、近親種――ダークエルフであるアウラに処分を一任したのだ。
アウラも別に殺しても殺さなくても構わなかったし、エルフという存在がナザリックにはいないということ。そしてもう1つの理由によって、命を助けるという運びになった。そのときの恩で忠誠を尽くしているのだろうと考えていたのだが、どうもそれとは違うようなのだ。
アウラは頭をかしげながらも、別に問い詰める気もなかった。めんどくさいなーと思う程度である。
「ですがお洋服のコーディネイトを……」
「いつもの着るからいいって」
「ですけど……」
「ん? 何? ぶくぶく茶釜様がお決めになられた服に……ケチをつけるの?」
頭を一切動かさずに、下から視線だけでアウラはエルフを見上げる。エルフの表情に怯えの色が強くなった。これ以上何も言われまいと、アウラは口には出さないが勝ったと思う。しかしエルフからの痛烈なカウンターが次の瞬間決められた。
「ですが、あの部屋に他の服を置かれたのもぶくぶく茶釜様ではないのでしょうか」
「ぐぅ!」
「他の服も着なくてもよろしいのですか?」
アウラの表情が目に見えて硬くなる。
エルフの言っているのはドレッサーに無数に並んでいる服のことだ。アウラは基本的には即座に戦闘の取れるような服や、武装を好む。それからするとシャルティア辺りが着そうなドレスは好きではない。
しかし、そのドレッサーに並んでいる服は煌びやかなドレス等、少女らしい服装ばかりだ。これはアウラが集めたものではなく、ぶくぶく茶釜が集めたものであり、アウラを着せ替え人形に使っていたときの名残だ。中にはきぐるみまでもあるのだから。
そういう意味ではそれらの服を着ることも、確かにアウラがすべきことのようにも思われる。
アウラは逡巡し、重い口を開く。
「今日は色々とあるから駄目。……そのうち……着るから」
「はい。畏まりました。それと今朝のお食事の方ですが――」
「――いーよ、食事なんて。果実食べればおなか一杯になるしさぁ」
「それはいけません、アウラ様。しっかりと食事をしないとちゃんと成長できません」
「成長ねぇ……」
アウラの視線がエルフの胸に動く。
「あんまりしないような……」
「エルフは基本的にあまり肉感的にはなりませんから……。ただ、ワイルドエルフのような種族は別ですし、ダークエルフもそうですよ?」
「……未来があるの?」
「恐らくは」
アウラは色々と考え、最後にシャルティアを思い出す。
アウラの顔にニンマリとしたジャアクナ笑みが浮かぶ。
「……まぁ、そういうことなら仕方ないか。食事の準備をしておいて。着替えたら直ぐに行くから」
◆
食事が終わり、ちょっと膨れ上がったおなかを抱えるようにアウラは外に出る。小食のアウラにとっては、絶句するような食事の量があったためだ。というよりアウラを持ってして、この食材はどこから仕入れたのかと不思議がる量だった。答えのペストーニャから貰ったと聞いて納得もしたのだが。
今日の天候は晴れ、南東からの微風だ。
そんなのどかな天気に誘われるように、眠気が戻ってくるが、それは押さえ込む。
「ぷぅ」
ちょっと動いたために苦しい息を吐き出したアウラ。今たっている場所は巨木前の少し広場になっている部分だ。広場の外は押し茂ったジャングルが姿を見せる。
そこでアウラは周囲を見渡す。その行為が合図であったかのように、黒く巨大な獣が森の中からゆっくりと姿を見せた。
黒いオオカミのようでもあるが、尻尾は蛇のものとなっている。全身の長さは20メートルにも及ぶ。首輪が日差しを浴び、きらりと光った。
フェンリル。アウラのシモベの中でも最高レベルの魔獣でもある。北欧神話のフェンリルをモチーフにしているため、いくつかの直接系の特殊能力を保有するものでもあり、単純な戦闘能力であればかなりの強さを誇るであろう。
そんな獰猛なフェンリルが、アウラの前ではまるで子犬のような顔付きに踊るような足取りで近寄ってくる。
そしてその巨大な顔をアウラの近寄せ、こすり付けてきた。その巨体であればかなりの力となるだろうが、アウラはびくともしない。これはフェンリルがちょうど良い力を入れているのではなく、アウラの肉体能力が非常に高いからだ。
「もう、くすぐったいって」
ぺしぺしと撫でるというより叩くという感じで、アウラがフェンリルの大きな顔を撫で回す。心地良さそうにフェンリルが鳴く。大きな子供を相手にするようにしていたアウラが、思い出したように撫でまわす手を止める。
「ちょっと待っててね、あの子に餌をやらないといけないからね」
フェンリルの顔に憮然としたものが浮かぶ。かすかな鳴き声。それは甘える子犬のようであり、ふくれっつらをした子供のようでもあった。しかしアウラがそれ以上取り合わないというのを悟ると、不機嫌そうに離れ、興味をなくした子犬のように地べたに転がる。
アウラは苦笑を浮かべながら、餌を与えなくてはいけない動物の名を呼ぶ。
「ロロロー! おいでー!」
その声に招かれるように、森の木から一本の蛇がひょこり顔を見せた。そしてアウラを目にすると喜んで全身を見せようと動くが、途中で凍りついたように動きを止める。そしてゆっくりと後ろに戻っていく。
「?」
アウラは不思議そうにロロロを見る。何かあったのかと思ってだ。
「どうしたの?」
もう一度声をかける。ロロロは木の後ろに隠れつつ、じっとアウラを見ている。いや、その視線はアウラから多少外れている。それに気づき、ばっと、アウラは自らの後ろにいるだろうフェンリルに振り返った。
フェンリルは詰まらなそうにそっぽを向いている。完全に興味をなくしたという雰囲気だ。しかしながらアウラのような尋常じゃない動体視力が持つ者が見逃すわけが無い。
「フェンリル! そんな目でロロロを睨んじゃ駄目!」
アウラの叱咤を受け、びくんとフェンリルの体が跳ねる。そしてクゥーンと子犬のように鳴く。そう、その鋭い視線でロロロに敵意を送っていたことが、飼い主にばれた子犬のように。
「おいで、ロロロ」
再び、恐る恐るという感じでロロロは全身を現す。
アウラは突如、空間からずりっという感じで巨大な魚を取り出す。ただ、その魚はなんというか大雑把過ぎた。一言で表現するなら生き物というより、漫画の大雑把な魚を膨らませたというものだ。
そしてそれを近寄ってきたロロロに差し出す。
ロロロはそれ――骨も背骨以外は無いような奇怪な魚――を4つの頭で美味しそうに食べ始めた。アウラはニコニコと、フェンリルは不満そうにそんな光景を眺める。
フェンリルのようなアウラ直轄のシモベは皆、飲食不要のアイテムを装備しているために、食事を与える必要が無い。しかしロロロにはそれを装備させて無いので、食料を与える必要がある。アウラの本性がルーズだとしても、自分が無理を言って連れてこさせた生き物の面倒を忘れるほど、ルーズではない。
この奇怪な魚は本当に水中を泳いでいたものではない。金貨1枚を代価に、大釜から生み出したものだ。
ユグドラシルの本拠地には、食料の自給自足具合というのがある。これをオーバーしてモンスターやNPCを配置できないようになっているのだ。しかし、それを誤魔化す方法がある。それがアウラが魚を買った大釜――正式名称ダグザの大釜だ。
それを置いておけば、維持管理費として金貨を失っていくが、自給自足率をオーバーしてモンスターを配置できるようになるのだ。
ちなみにナザリックは最低ではあるが、基本モンスターが飲食不要のアンデッドであるのが大きく、なんとか基本の状態でも維持できる程度である。それに配置しているモンスターが飲食不要のものが多いというのもまた1つの理由ではあるが。
そのため現在、新たな参入した存在――リザードマンやエルフ、そしてこれから参入してくるだろう存在のため、自給率を上げる手段が問われているのだが。
ばくばくと食べていくロロロの頭の1つを撫でるアウラ。そして必死に低い唸り声を押し殺すフェンリル。異様な光景の中、アウラは機嫌良さそうにロロロに話しかける。
「ロロロ。今日はあなたの飼い主もここに来るからね」
その言葉の意味を理解したのか。ロロロの頭の1つが食べることをやめ、アウラに絡みつくように伸びる。これできつく締め上げられたら胃の容量的な問題で大変なことになったが、触れる程度のものであるため問題にはならない。アウラも機嫌よく笑う。
「もう、遊んじゃ駄目だって……冷たいねー。ロロロは。このすべすべした感じが……なんとも……。ツヴェーク系もいいけど……」
バシンバシンとフェンリルの尻尾が自己アピールを繰り返す中、アウラはロロロの長い首を撫で回す。
「さぁ食事をしないとね。終わったら遊ぼ」
「オォーン!」
そんなロロロとアウラの2人を前に、突如としてフェンリルが走り出し、森の中に消えていく。
「あー、怒っちゃったかな? でもロロロに意地悪したんだから、仕方ないよね」
アウラは小悪魔系の笑みを、フェンリルの後姿に投げかけた。
◆
アウラの住居たる巨木前の広場。そこには幾つもの人影が大地に座り、後ろの方ではモンスターがたっていた。ただ、その数は広場の広さからすると非常に少ない
リザードマンが10人。ヴァンパイア剣士たるブレイン、メイド服を着たエルフが3人、ピニスンや幾人かのドライアド。そして木に手足が生えたようなトリエントが3体だ。
その前、机の後ろに教師のように立ったアウラが、胸を張りつつ口を開く。
「ではあなた方に、あたし達ナザリックの偉大さがわかるお話をしようと思います」
一斉に拍手が起こる。
乱れの無い、まるで申し合わせていたようなタイミングでのだ。その拍手に機嫌を良くしたアウラは一度大きく頷くと、手を挙げ、その拍手を止める。
「まずはこのナザリックの成り立ちから話します」
静まり返った中、アウラの声が響く。
「えっと昔、昔のことよ。ここに41人の神に相応しい方々――この方々が至高の41人。覚えておいてね。その方々が現れたの」
「本来であればナザリックはさほど深いダンジョンではなかったの。でもその方々は強大な力を持って改造をしたのね。当たり前だよね。相応しい場所になるように整えるのは当然だもん。そして生まれたのが全10階層になる現在のナザリック大地下墳墓」
「次に至高の方々はそこに存在するものたちを創造されることとなったの。広い場所を作ったけど、そこにいるのは下位のアンデッドだったから、自分達に代わって一部の管理を行う代表者を作ろうと思ったんだ。勿論、至高の方々であれば管理は簡単だよ? でもそんな小さなことまでするわけが無いじゃない。もっと大きなことをしなくてはならないんだから」
「そして生み出されたのが――」アウラはここで言葉をとぎる。そして誇らしげに胸を張った。「あたし達、守護者よ」
そして聴衆の様子を伺う。
全員静まり返り、一言ももらそうとはしない。アウラは眉を寄せる。確かに真面目に聞くのは当たり前のことだ。この最も大切な話をしている中、くだらない態度を取っていたのなら、例えアウラといえども容赦ない対応を取るだろうから。
しかし、ここまでの静寂はアウラの求めていたものとは少し違う。
「あたし達、守護者はそうやって生まれたの」
そして再び、フンスっと胸を張る。
僅かにリザードマンやエルフ、ブレインは互いの顔を伺った。アウラが何を求めているのかを理解しようと。
「おお……」
「素晴らしい……」
そして幾人かが恐る恐る驚愕の呻き声にようなものを漏らし、幾人かは感嘆の声を上げた。
「ふふん」アウラの機嫌が目に見えてよくなる。「そう。そして生み出された守護者はあたし、デミウルゴス、コキュートス、そして……シャルティアね。まぁあともう1人?いるけど、至高の方々によって生み出された守護者じゃないから今回は除外しておくね」
「さて、守護者を作り出した至高の方々は、次に自分達の面倒を見る存在を作ることを決定したんだ。至高の方々を単なるシモベごときやモンスターがお世話できるはずが無いんじゃない。至高の方々にはお世話するものもそれなりの者が選ばれるということだね」
「そしてセバスやペストーニャを代表される存在が生み出され、最後に司書長や拷問官、楽師、鍛冶師、管理官といった存在が創造され、ナザリックが完成したの」
アウラはここで1つ大きく区切る。ここから先しなくてはらないことは最も重要なことだ。
乾いた喉を潤すべく、机に置かれたコップから水を一口含み、飲み込む。
「さて、そうして作り上げたナザリックから至高の方々は幾度と無く旅に出たんだ。その度ごと膨大な財宝が宝物庫を膨らませていったの。なんでそんなことをするのか、そんな風に思ったかもしれないけど、至高の方々の求めるものは桁が違ったからみたい。ワールド・アイテム。そういう名前のアイテム……至高の方々ですら容易く手に入れることの出来ない究極のアイテムを求めていたみたい」
「でも、そんな至高の方々を嫉妬する愚かな者達がやがて生まれてくるの」
アウラの声が僅かに低くなる。
「ナザリックに侵入しようとするものは幾度と無くいた。何度も財宝を持っていかれたりしたけど、そこまで深く潜られることは無かった……でもその日は違った」
アウラの子供っぽい顔に憤怒とも憎悪とも取れる表情が浮かんだ。それは誰もが驚くような表情の変化だ。
アウラはどちらかと言えころころと表情は変わっても、あまり憎悪に満ちた憤怒とかの表情は浮かべたりはしない。最もそれを知っているのはエルフだ。そんなアウラが憎憎しげに表情を歪めるというのはどんな異例の事態なのか。そんな恐れとも知れない感情が浮かぶ。
「至高の方々に嫉妬した存在――同じように強大な力を持つもの達が1500からなる軍団を作って、ナザリックを攻めてきたの」
「激戦だった……シャルティアが打ち滅ぼされ、コキュートスが切り伏せられ、そしてあたしも……」
沈黙が落ちる。
だが、ざわりと音が無く、空気が揺れたようだった。それはリザードマン、そしてブレインという守護者の強大さを知る者たちから起こった感情のうねりだ。
アウラ、シャルティア、コキュートス、デミウルゴス。
アインズに劣るだろうとはいえ、この4者の守護者の強さはもはや常識の範疇に留まるところではない。アウラが外見は非常に可愛い少女のものであっても、その手の一振りでブレインを容易く殺せ、数分とかけずにリザードマンの村を容易く殲滅できるような存在であるのは、薄々、理解できることである。
ではそんな守護者を倒せる存在。それが1500人もいるというのはどういうことなのだろうか。
もはやあまりのパワーバランスの崩壊に、ついていけなくなりそうだった。
そんな幾人もの困惑を無視し、いや考えもせずにアウラは再び話し出す。
「デミウルゴスも当然破れた……でも」アウラは微笑む。ただ、それはアウラには似合わないとも思われた残忍なものだ。「第8階層。あたしたち守護者すら知らない未知の階層。そこで至高の方々は全41名を持って戦いを挑んだの」
「そこまでたどり着いた存在は1000とも1200ともされているけど、至高の方々は全てを打ち滅ぼされたんだよ」
再びアウラは胸を張る。
「そしてよく戦ったと、守護者であるあたしたちは蘇らされ、ナザリックは再び至高の地へと戻ったの。これがあなたたちが仕えるナザリックの歴史」
アウラの話が終わり、沈黙が落ちる。話がここで終わりなのか、まだ続くのか。その微妙な空気があったためだ。そんな中を切り裂くように、突如、拍手が起こった。そこにいた全ての視線がその人物に向けられ、絶句とも驚愕とも知れない息が漏れた。
「すばらしい……」
そう呟きながら拍手を行う人物。いつの間にこの場にいたのか、それは守護者の一員であり、立場的にはその最高指揮官であるデミウルゴスだ。
デミウルゴスの瞳からは留まることを知らない涙が溢れ、頬を伝っている。
そしてその横には白銀の輝きを持つコキュートス。そして漆黒のドレスに身を包んだシャルティア。
コキュートスは感動に打ち震えるように、数度頭を左右に振る。シャルティアも片手に持った純白のハンカチを目尻に当てていた。
「素晴らしい……本当に素晴らしい……」
一斉に拍手が起こる。それは追い詰められた動物のようなそんな焦りを含んだものだ。
リザードマンやブレインは恐怖に顔を引きつらせつつ、エルフも慌てて、トリエントやドライアドはよくは分からないが、そんな風に全員が拍手を起こす。
「すまない、アウラ。この先、良いかね?」
「ん? いいよ。あたしの話は終わりだしね」
デミウルゴスは今だ流れる涙を拭おうともせずに、アウラに横に並ぶ。そして軽く手を上げる。一斉に拍手が止んだ。
「皆よ、アインズ・ウール・ゴウンの素晴らしさを理解できたと思う」
嗚咽混じりの声は非常に聞き取りづらいが、一言一句聞き取ろうとその場にいた守護者を除く全員が必死に耳を傾ける。一言でも聞き逃せばやばいことになりかねない。そんな不安が生まれたためだ。
「良いかね。こんな素晴らしいところに所属できた君たちは非常に幸運なのだ。そしてその全てを捧げることが、そんな幸運に対するささやかな感謝の礼だと知りたまえ」デミウルゴスは全員の顔を見渡し、言葉を続ける。「何か質問は?」
生徒達は互い互いの顔を見渡し、やがてリザードマンを代表するように、ザリュースが手を上げる。
「はい、ザリュース」
アウラが教師のように指差す。
「はい」ザリュースは立ち上がる。そして口を開いた。「至高の方々は全員で41人とのことですが、アインズ様以外の方には会ってないのですが、あわせてはもらえないのですか?」
一瞬だけ間が開いた、守護者の各員が互いの顔を伺う。その微妙な空気を察知し、ザリュースは不味かったかと不安を感じた。しかし、その不安を払拭するようにアウラが話し始める。
「現在、このナザリックにいらっしゃるのは至高の方々を纏めになられたアインズ様のみ。他の方々が何故、どこに行かれたかまでは知られて無いんだ。あたし達守護者ですら理解できないような理由によるものだろうと思ってはいるんだけどね」
「でもアインズ様がこの地にいらっしゃるということは、いつかはこの地に他の方々も戻ってこられるに違いない筈なの。そしてアインズ様がこの地にその名前を広めるというのは、他の方々が戻ってくるときの目印にするに違いないって思ってるんだけどね」
「じゃぁ、次の質問は?」
手を上げるものがいないことを確認し、アウラは一度大きく頷く。
「よし。では、終わり!」
◆
アウラがナザリックの物語を語り終え、残った守護者達は久しぶりに互いの状況を話すためにテーブルを囲んでいた。
丸テーブルの上には4人分の飲み物が置かれていた。湯気がくねり上がり、紅茶の匂いが僅かにたつ。アンデッドであるシャルティアの前にも無論置かれている。生き血以外は飲んでも何の意味も無いし、好みではないが、付き合いという言葉は自らの辞書に記載しているからだ。
紅茶の入ったコップを持ち上げ、その匂いを楽しんでいたデミウルゴスは目を細める。
「良い香りだ。これにあうのは……」
そこまで言ったデミウルゴスは口を閉ざす。デミウルゴスの端正な顔に僅かに失態を悔いる表情があった。コキュートスは何をデミウルゴスが言おうと思ったのかを理解し、それを許す言葉を送った。
「カマワナイ、デミウルゴス」
「すまないね、コキュートス」
デミウルゴスが続けようとした言葉は、コキュートスには不快な言葉だ。別に趣味を隠す理由は無いが、他の守護者を不快にする気も無い。そのためにデミウルゴスは謝罪したのだ。
「意外にエルフもやるでしょ?」
「フム……確カニ」
コキュートスが器用にコップから紅茶を流し込むように飲む。
アウラも口をつけ、その味に満足しなかったのだろう。壷から角砂糖を2つほど落とした。
「ところでアウラ?」
一生懸命コップをかき回しているアウラに目を送りつつ、シャルティアが不思議そうに尋ねる。
「何?」
「あれは一体何だぇ?」
シャルティアの指差す方に視線を向けたアウラが、ああと頷く。そこにあったのは壁の隅に鎮座している人形だ。それはデフォルメされたライオンに乗って、剣を抜いている耳の長い人間――恐らくはエルフだろう――のヌイグルミだった。無論、これも人間なみに大きい。
「――あけみちゃん」
すっぱりと言い切ったアウラに対し、目をぱちくりさせて疑問を顔に浮かべるシャルティア。当たり前だ。それで理解できる方が只者ではない。
「えっと、やまいこ様の妹君に当たる方をイメージしたもの。一応は、やまいこズ・フォレスト・フレンズの中では一番強いんじゃないかな?」
「妹君がいらしゃったの?!」
「うん。いたみたい。でもエルフだからアインズさまたちの仲間になれなかったんだって」
それがあのエルフを助けた理由のもう1つだ。あけみちゃんという存在がいたから、そして何度も見ていたからの慈悲である。
「悲シイ話ガアルミタイダナ」
「そうだね。姿が違っただけでナザリック――いやアインズ・ウール・ゴウンの方々の一員になれなかったんだ。悲劇的な話だ」
「そうね」
しみじみと思いを飛ばす他の守護者達に対し、アウラはやまいこがここにいた頃を思い出し、そんな雰囲気はまるでなかったなと判断する。
「あっと……そういいんすれば8階層には何がいるのかしら」
悲しい話から逃げるように、わざとらしく話を変えるシャルティア。それは答えがあることを求めてのものではなかっただろう。しかし――
「知ッテハイル」
「え? ――ちょ、教えてよ、コキュートス」
驚き、話に食いつくシャルティアを押し留めるように、コキュートスは腕の一本をシャルティアに突きつける。
「シカシアインズ様ガオッシャラナイトイウナラ、ソレハ我々ガ知ラナクテモ良イコトダロウ」
「むぅ……でも……ぐぅ」
アインズの名前まで出されてしまってはシャルティアに言葉は無い。
「恐らくはアインズ様の切り札に当たるんだろうね」
「……確かにかつての戦いのときは負けたけど……」
「それだけではないよ。恐らくは我々が反旗を翻したときに叩き潰すためもあると思うとも」
ざわりとデミウルゴスを除く全ての守護者に動揺ともしれない空気が噴きあがった。
「馬鹿な!」
「至高ノ方タルアインズ様ニ対シ、我々ガ反旗ヲ翻スナド」
「……アインズ様は非常に賢いお方。私とセバスが遠方で仕事をしているというのが1つの理由になると思うのだよ」
「それはどういう意味?」
「簡単だとも。私とセバスを確かめているんだ。自分の目が届かないところでどのような行動に出るかをね」
コキュートス、シャルティア、アウラの3人が互いに目配せを行う。それに対してデミウルゴスは苦笑いを浮かべる。
「……止めてくれないかね。私はアインズ様を、そして至高の方々を裏切ろうとは思ってもいない」
「当タリ前ダ」
「当然だよ。至高の方々に生み出されたあたし達に裏切り者なんてね?」
「無論。裏切りなんて冗談でも無いわ。……ただ、アインズ様がそう考えられたというからには、なんらかの根拠があるのでしょ? デミウルゴスやセバスが裏切るという」
緊迫感ともいうべき空気がテーブルに立ち込める。
『アインズ・ウール・ゴウン』に生み出された存在に、裏切りはありえないこと。そう今までは互いに思っていた。
当たり前である。創造した神に唾を吐くような行為が許されるだろうか。自らの存在理由は至高の存在に仕える為にあるのだから。
しかしそんな至高の存在が仲間が裏切りを働くかもしれないと考えているということは、ショックであった。この場合のショックはアインズに自らの忠誠心を疑られたことへの衝撃ではなく、そう考えさせたセバスであり、デミウルゴスに向けられたものだ。お前達の所為で自分達の忠誠心まで疑られた、どうしてくれるという類のものだ。
「私が何故アインズ様にそう考えられたかは不明だがね……コキュートス。これから王都に行くことになった」
「何? 一体?」
「アインズ様の身をお守りするためにだ」
まさにシーンという音が相応しいような静寂が降りた。デミウルゴスの言葉に含まれた意味を理解して。
「セバスハ強イ」
「竜人形態を取ったら直接戦闘能力はナザリック最強だからね」
「全員で行った方がいいんではなくて?」
デミウルゴスが頭を横に振る。
「全員で行かないということはアインズ様も判断を迷われているのだろう」
「お優しい」
「うん、だよね」
「全クダ……」
守護者からすれば怪しいなら殺してしまえば良いという判断が先に立つ。
至高の存在たるアインズにそこまで忠誠心を疑られた存在に、その身の存続を一瞬でも許すというのが許しがたいのだ。それと同時に、即座に殺すという決定を下さないアインズの優しさに触れられ、守護者からすると歓喜の念がこみ上げてくるのだった。
「つまるところは確かめるってことでありんすね?」
「そうだろうね。それ如何では……」
「フム……セバスト全力デ戦エルノハ魅力デハアルノダガ……許シガタイナ」
「コキュートス、違うって。アインズ様が迷われているというのに、あたし達で勝手に決め付けちゃまずいじゃん」
「アア、ソウダナ。スマナイ、皆」
コキュートスの謝罪を守護者たちは快く受け取る。
「デミウルゴス、じゃぁ、その件に対してあたしたちが備えることはあるの?」
「そうでありんすね。わたしとアウラで何か準備しておいた方がいいなら、教えてくれると嬉しいんけれど?」
「いや、特には無いね。セバスが実際に裏切っていたら全守護者の力が必要があるかもしれないが、勘違いで終わるだろうと思っているしね」
「……ダト良イガ……。アレハチト優シスギル。ソレガ変ナ方向ニ転ガレバ……有リ得ナイ話デハナイダロウ」
コキュートスはゆっくりと立ち上がった。前に置かれているコップの中には既に何も入ってはいない。
「どこに?」
「一応、武装ヲ整エテオコウト思ッテナ」
「了解。準備は大切だしね」
歩いて部屋から出て行くコキュートスの背中に視線をやりながら、シャルティアはデミウルゴスに言葉を軽い調子で投げた。
「気をつけていってらっしゃい。守護者が側にいながら、アインズ様に怪我をさせたら、それが一番の大罪でありんす」
「無論、理解しているとも。私とコキュートスでそのようなことは決してさせないとも」
デミウルゴスは再び紅茶の香りを楽しみながら、目をゆっくりと細くした。それは紅茶を楽しんでるのではなく、もっと別のものに思いを寄せている者の顔だった。
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※ これで一応は守護者を話に食い込ませた話は書いたかな?