古手神社には一糸乱れぬ整列をした男達が、無表情で立っている。
どこかの軍服を連想させる服装。彼等の瞳に写るのは、ターゲットの姿だけ。
あの肉を引き裂き、鬼ヶ淵沼から湧き出した鬼のように、食い荒らしたい。野生的な欲望は、人が本来持つべき理性を焼き尽くし、彼等を肉食獣を越えた鬼へ昇華させている。だが同時に彼等は兵士だった。故に暴走しない。ひたすら静かに上官の許しを待っている。
上官の顔を伺う。そして………
「では長話はこれくらいにしましょう。では乾杯~」
入江の音頭が終わるのと、富田たちが焼肉へと疾走するのは完全に同時だった。
「それにしても凄い食いっぷりだね」
「あれだけ必死に訓練をしていたのですから、仕方ないのかもしれませんわね」
雛見沢ファイターズは見事?勝利を納め、監督の自腹で焼肉が振舞われていた。
魅音と沙都子は、向こう側で猛獣のように焼肉を食べる雛見沢ファイターズの面々を見る。富田達は親達の努力によって、昔の面影を段々と取り戻しつつあるが、宗介を前にすると再び、あの時の顔に戻るのだ。
「それにしても宗介は凄いのですよ。誰にあんな訓練方法を聞いたのですか?」
「あっ、それ私も知りたいな」
「海兵隊出身の知人から教わったのだ。しかし効果は覿面だったようだな」
「へぇ~色んな知り合いがいるんだね。あっ!もしかして宗ちゃんが前に、エンジェルモートに行った時に、一緒にいたっていう外人さんから教わったの?」
「いや、あいつは傭兵の出身だ。前は日本に住んでいたらしいが…」
「何処に住んでたの?」
「東京の江戸川区と言っていたな…」
「確かクルツさんっていいましたよね」
「そうか~クルツって名前なんだ―――――――って何であんたまでいんの!?詩音!!」
何時の間にか魅音の双子の妹である詩音がいた。
「酷いですねお姉。これでも私は雛見沢ファイターズのマネージャーですよ」
「もう一年も幽霊部員でしょうがっ!!」
「幽霊部員でも部員には変わりありません。それにわざわざ合宿に付いていって色々と宗ちゃんのサポートをしたのは、誰だと思ってるんですか?この祝勝会に招かれても変じゃないと思いますが?」
「うっ…」
魅音が顔を歪めた。確かに単なる援軍の自分達が呼ばれているのだ。一応は合宿にも参加した詩音が参加しても問題などある筈もない。
「まあまあ、詩ぃちゃんがいたらレナも面白いと思うかな、かな」
魅音と詩音の間に、レナが割って入った。
こうやって場の雰囲気を沈めるのは大抵が、レナだ。
会話に花を咲かせつつも焼肉を食べる手を止めない。
――――――――――――平和だった
この村には地雷原もなければ軍隊もゲリラもテロリストもいない。
しかし人生の殆どを戦争に費やしてきた宗介には予感があった。
雛見沢には何かがあると…………
「楽しめましたか?」
途中に開催された部活で敗北した宗介は、黙々と機材を洗っていた。その宗介を見つけた
「肯定だ」
「変な言葉遣いをしますね」
「よく言われる」
「でも楽しんでくれたなら幸いです。そうそう私もボン太くんが試合に乱入してきた時は驚きましたよ。あんな試合を見たのは生まれて初めてです。
ところで――――――」
入江が一端言葉を切って、集団の中で笑う沙都子を見た。
「沙都子ちゃんの笑顔を見ていると心が洗われるような気がしませんか?」
「心を洗うだと………そのような残虐な拷問を沙都子がするとは考えにくいが…」
「は?何の事です?」
「俺も似た拷問を聞いた事がある。確か、生きたまま心臓を引き抜き、苦痛と絶望を味あわせ、殺すといった内容だ」
「私はそんな意味で言ったんじゃありません!!心が癒されるという意味です!!」
「心臓病だったのか?なら早く医者に行く事だ。この国の医療水準は極めて高い。大抵の病気ならば治せるだろう」
「私は健康です!!単に沙都子ちゃんの姿を見て喜んでいただけです!!」
言ってから失言だと悟ったのか、入江が気まずい表情になった。
「なに?お前は沙都子をどうするつもりだ?」
疑惑と敵意を込めた瞳が、入江を射抜いた。
「勿論、地下拷問場に拉致監禁して調教活動に励みます。そしてやがては、私専属の肉奴隷兼メイドさんにします」
急激に周囲の温度が下がっていった。熱い筈なのに、妙に涼しい。
「………言いたい事はそれだけか……」
宗介が銃(本物)を構えた。レーザーポインターは真っ直ぐに入江の脳天を照らしている。
ひぐらしの鳴き声だけが妙に騒がしい。
「いや私は何も言ってませんよ!!これは何かの間違いです!!」
「往生際が悪いぞ」
「そうです。変態なら変態らしく潔く射殺されちゃって下さい」
「って……詩音さん!!あなただったんですか!?」
後ろからひょっこりと詩音が姿を現した。
「悪戯が成功した時の感じって癖になりますよね」
あはははは、と笑いながら詩音が言った。
「全く、詩音さんも練習までとは言いませんから、試合くらいは応援に来てくれませんか?なんというか花がないんですよ」
「あはははは、残念ですけどカッコイイ男の子がいないと応援する張り合いがないんです。宗ちゃんが雛見沢ファイターズに入るなら考えてあげてもいいですよ」
「それはいい考えです。どうですか?相良さん」
「悪いが俺は既に、魅音の部活に所属している。他をあたってくれ…」
「あれま交渉は決裂ですね。という事なんで諦めて下さいね、監督」
「仕方ありませんね………あっ!申し訳ありません。向こうで保護者の方が呼んでますのでこれで……」
監督が去ると、後には宗介と詩音だけが残された。
「…………………」
「…………………」
会話が続かない。元より出会ってから間もない宗介と詩音では、共通の話題は少ない。
最初に口を開いたのは詩音だった。
「そうだ、この前はありがとうございます」
「何の事だ?」
「ほら、私が変な三人組に絡まれてる時に助けてくれたでしょう」
「別に大した事ではない」
「またまた謙遜しちゃって、でもどうせならボン太くんじゃなくて、生身で立ち向かってたら完璧だったかな」
「むぅ……あれは結構気に入っているのだが………」
パリンッ
何かが割れたような気がした。
そう些細な事から平和は崩れ落ちる。
別に宗介に問題があるわけではない。
ちょっとした……………彼の口癖を発してしまったばかりに………
「悟史……くん……?」
「どうした詩音?」
明らかに詩音の様子がおかしい。
肩がガクガクと振るえ、まるで信じられないモノを見ているように、目を見開いている。
「まさか持病を抱えていたのか!?」
これは只事ではないと思った宗介は、周辺を見渡した。
周りには誰もいない。原因は全くの不明。医者を呼んだほうがいいという考えに至った宗介は、誰か人を呼ぼうとした
「あ、ごっ、ごめんなさい。少し混乱してました」
「……大丈夫なのか?」
「はい、少し悟史くんと同じ様な事を言われて戸惑ってしまっただけです」
悟史という名前に宗介は心当たりがあった。古手梨花を護衛するに当たって、この村で起きた事件、それに護衛対象の同居人である沙都子についても―――――――それによると
「確か一年前に失踪したのだったな」
「知ってたんですか。そうです一年前、悟史くんは居なくなって……それっきりです」
詩音の心を虚無感が埋め尽くす。今の今まで忘却していた感情が再び襲ってきた。彼女の中に眠っていた○が目を覚ます。
此処には皆が居る。部活メンバーも雛見沢ファイターズも変態発言が多いけど大人な監督も………
だけどたった一人が足りていない。最も大切な思い出の中心がいない。
「宗ちゃんは―――――――悟史くんは生きてると思いますか、それとも…」
少しだけ間を空けて
「死んでいると思いますか?」
冷たい―――――――氷を連想させる声色で尋ねた。
「日本警察から何の訓練も受けていない学生が、見つからないままというのは妙だ。生きている確率は限りなく低いだろう」
そして彼は禁句を口にしてしまった。
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ悟史くんは死んでなんかいない絶対に絶対に絶対に」
宗介が何か言っているが、頭に入らない。
詩音の脳内を埋め尽くすのは、一つの感情。思考回路が燃える。悟史は生きている、それだけそ信じてきた。可能性が低いのは心の底では理解していたのかもしれない。
だが感情は理屈じゃない。認めたくなかった事実が、宗介の冷静な意見によって蓋を開けてしまった。
「詩音!どうした!?」
「うるさいッ!!私に触れるな!!」
鬼のような形相で睨んだ。
「あんたみたいのがいるから悟史くんは無責任に関係ないふりをしてだから誰にも頼れなくて結局は自分の手で叔母をそれに魅音には悟史くんを救えるだけの力があったのに救わなかったあの時私の魅音を奪ったから私が魅音ならそんな事はしなかった――――――――」
言葉が支離滅裂だ。しかし狂気だけは端からでもわかる。
「全部、園崎が悪い。あの鬼婆が裏で糸を引いて、北条家のいざこざと悟史くんは何の関係もないのに。許せない許せない許せない!!」
「詩音…………?」
「帰ります」
さっきまでの狂気が嘘のみたいに静かになると、そう一言だけ呟いた。
宗介は何か言おうとして、歩み寄るが
「付いて来ないでください!わたし物凄く機嫌が悪いんです」
そう言って詩音は宗介の前から去っていった。
後書き
六話目にして漸くシリアスのターン。詩音の口調が少し自身ないです。あの狂気に満ちた口調は中々に難しいです。
このまま惨劇が始まってしまうのか、それとも宗介が運命を粉々に破壊してしまうのかは次回の話で………