「という訳だ。授業を始めるぞ」
「いや意味わかんないから」
魅音が教壇に立つ宗介にツッコミをいれた。
「何だ、今説明しただろう。聞いていなかったのか?」
「いきなり教壇に立って、今日は俺が教官だ!……とか言われて理解出来る人がいたら、私は尊敬するね」
「むぅ、では詳しく説明しよう」
事の始まりは、昨日の放課後。
雛見沢分校の担任、知恵留美子は悩みを抱えていた。明日は前々から予定していた北海道にあるカレー専門店に日帰りで行く筈だったのだ。しかし校長が教育委員会の仕事で学校に来れなくなるのが、いきなり決まってしまったのだ。
三度の飯よりカレーの大好きな知恵としては、北海道にある名店に行く機会を逃すなど、大統領の暗殺に失敗するより、やってはいけない事だ。
しかし知恵はカレー好きである前に、教員である。幾ら何でもカレーの為に、大切な生徒を置き去りにする事は出来ない。
だがカレーは食べたい。
その時だった。
「失礼します。古典の宿題です。ご確認を」
「あぁ、相良君。そこに置いておいて下さい」
宗介のムッツリした顔を見て、知恵は突如として名案(迷案)を閃いた。
最近、転校してきた相良宗介は、帰国子女という事もあり英語は完璧である。文系科目は悪いが、理系の成績は実に優秀だ。もしかしたら一日くらい任せられるのでは?
それにこの前は、雛見沢ファイターズのコーチ?を引き受けて、見事にライバルである興宮ファイターズに勝利した。つまり指導者としても優秀?
頭がカレー畑になっていた知恵は、アメリカに喧嘩を売った日本並に、間違った選択をしてしまう。
「相良君、実はお願いがあるのですが…」
「はっ。なんでしょうか」
「実はですね。私は明日カ―――――じゃなくて、校長先生と私は明日、用事があるので学校を留守にするのですが……」
「お任せ下さい。この校舎には、一見気付きませんが、地雷を始めとした防備は、完璧です。また教室の床には、万が一に備えて武器を用意してあります。一個師団相手でも戦えるでしょう」
「そんなもの、何時の間に仕掛けたんですか!!」
「初日です」
「早すぎます!!一体あなたは何を考えているんですかっ!」
「お褒めに預かり光栄であり「誉めてません!!」―――――――――はっ。失礼しました」
少し不安になってきたが、これも生来の生真面目さ故なのだと、自分に納得させる。
「実は貴方に頼みたいのは、明日の学校なんです」
「と…いうと?」
「この学校には、先生は私と校長先生しかいません。ですから相良君には明日一日、生徒を纏めて欲しいんです。委員長に任せようとも思ったんですけど………」
宗介は知恵の言っている事を察する。
魅音は優秀な委員長ではあるが、もしも知恵が丸一日いないと知れば、六時間全部体育という事になりかねない。
「了解しました。留守はお任せ下さい」
「はい、頼みましたよ」
「という訳だ。分かったか?」
宗介の長い説明が終わり、漸く生徒全員が現在の状況を理解した。
つまり自分は、この危険人物の元で一日教えを受けるという事を…。
当の本人は、生徒全員の不安を気付こうともせず、某団長閣下のように『代理教官』と書かれた腕章を付けている。
「まぁ、大まかな内容は理解しましたが…………よりにもよって宗介さんにお願いするとは………知恵先生も人が悪うございますね」
「宗介の恐怖政治にボクは不安で一杯なのですよ」
「よく分からんが、俺に教えられる科目が限られているため、今日は時間割を変更する。異議のある者は前に出ろ!!」
「…………………………………………………」
そんな異議のある奴は殺すッ!みたいな目で言われて、前に出る奴なんでいる筈もない。
そんなこんなで、相良先生の授業が開始するのだった。
===一時間目:数学===
「委員長、号令だ」
「……別にいいじゃん。号令なんて面倒だ―――――ってうわぁッ!?」
すかさず宗介が発砲。
机に風穴が空いた。
「点呼もとれない者に、真の戦士になる資格はない。出て行け」
「いや、戦士なんてなる気はないし………」
「一度目だけは許す。だが二度目はないと思え」
「って無視しないでよ!!」
「どうした委員長?号令だ」
今回の宗介は絡み難い。それを本能的に悟った魅音は、大人しく従う事にした。それに今の宗介に逆らうと命が危ない気がする。
「きり~つ、れ~い」
「やり直し」
「はぁッ!?やり直しって、なんでさ?」
「そんな温い言い方で、俺が納得すると思ったのか」
「はいはい、やり直しますよ。
起立!礼!」
先程とは違い、キリッとした号令。
これなら宗介も……
「駄目だ。もう一回」
「宗介くん。今のは問題なかったと思うんだけど………」
「そうですわ!!あんな号令、歴代でも最高だったと思いますわよ」
「ふっ――――あれで最高か………四流だな。貴様等はそれでも軍人かッ!!」
「……民間人なのです……」
「まぁいい、岡村っ!!」
「はっ!」
他の者では駄目だと言わんばかりに、前の試合で洗脳した岡村を呼んだ。
「貴様と富田で見本を見せてやれ」
「了解しました――――――起立ッッ!!」
着席していた富田が、猛烈なスピードで立ち上がる。激しい動きでありながら物音は静か………完璧な起立である。
「礼ッッ!!」
しーーーーーーーーーん
「ではもう一度やるぞ」
魅音だけじゃない。
雛見沢分校にいる全員が悟ってしまった。
今日は無事ではすまないと………
(これならファンタのCMに出てくる変な先生のほうがましだよ………)
そう魅音は心の中で愚痴った。
「俺はお前達に失望した―――――――――号令だけに三十分かかるとは今まで何をやっていたッ!!」
「厳しすぎるよ宗介くん」
「厳しすぎますわ……」
何と言っても、少しでも全員の動きが合わなければ、即やり直しである。そして逆らえば模擬弾による制裁が待っている。既に魅音は同志を集めて反乱を起そうとして……………数瞬の内に鎮圧された。
「でももう一時間目は、二十分しか残ってないよ?どうするのかな?宗助くん」
「どうするとはどういう事だ?」
「だってもう、残り時間が……」
「お前は何を寝ぼけた事を言っているッ!!号令が伸びたのはお前達の失態だ。授業は予定通りに進める。今日は三十分延長だ!!」
「どうせそんな事だと思ったのです………」
「今日ほど学校という存在を呪った事はありませんわ…」
「知恵先生………恨みますよ」
「家に帰りたい……」
「俺この授業が終わったら告白するんだ……」
「割り切れよ…でないと死ぬぞ」
「なのはタン萌えーーーーー!!」
生徒達は(若干数名を除いて)相良宗介という独裁者の前に屈服した。だが惨劇は終わらない。悪魔という名の鬼軍曹の授業は………後五時間残っているのだから。
「あはははははははははははは、やっと昼休みだよ………ワタシ生きてるよね?幽霊とかじゃないよね?」
目が虚ろな魅音が、三人に問うが、答える者はいない。
何故なら他の三人も………
「痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「どういうこと!?私の大切な仲間達が授業一つで崩壊するなんてどうなっているのよ羽入あんた神様でしょ!?なら何とかしなさいよさもないと例の死刑用を食べるわよ!!」
「おっ、落ち着くのです。梨花」
「これが落ち着いていられる!?授業だけよ。授業で部活メンバーが崩壊するってどういう事よ!!」
「あぅあぅあぅあぅ、でも授業は二時間残っているのですよ」
「あっ!」
古手梨花は、言いようの無い悪寒を感じて、時間割を見た。
そして終わる。
全て終わる。
そう、ひぐらしのなく頃に
『体育』
それが五六時間目の授業内容だった。
「整列ッ!!」
『サー、イエッサーッ!!』
嫌そうな素振りを全く出さずに整列した。
少しでも口答えすれば、問答無用で模擬弾が飛んでくるので、誰も逆らう事ができない。
一人の暴君に虐げられる民衆の気分を味わいつつも、時間は進んでいった。
「四時間の授業を通して、貴様等が如何に団体行動が出来ないか理解した。今日は徹底的に扱いてやるッ!だが安心しろ。もしも俺の出す課題を終わらせたものは、帰りのHRを待たずとも帰ってよし!だがクリア出来なかった者は、今日一日家に帰れないと思え!!」
緊張が走る。
つまり課題さえクリアすれば地獄から解放される。だがクリア出来なければ地獄に堕ちる。生か死か、まさか学生の身でそんな体験をするとは思っていなかった。
「では課題を発表する………課題内容は『分校と興宮の間を十週』だ。ストレッチは済ませたな。では始めるぞ」
『ちょっと待ったァァァァァァァァァァァァ!!!!!』
「どうした?声を張り上げて」
「どうした?じゃないよ!!幾ら何でも十週って何よ!!殺す気!?」
「むぅ……これは知人からの教えなのだが、訓練教官は訓練生を殺す気で扱くものらしい」
「絶対間違ってますわよ!!その考え方!!」
あの和気藹々とした雰囲気はどこへ消えたのか、生徒全員が血走った目で宗介を睨む。
「魅ぃちゃん。レナは頑張った、だけどね……もう限界かな、かなァ!!」
その時、レナが、宝探し用にと学校に置いておいた鉈を手に掴む。
異常だ。
今のレナには何の感情もない。
あるとすれば一つだけ………理不尽に対する怒りだけ。
「レナ……幾らアンタでも直接戦闘で宗ちゃんを倒す事は……」
「オーホッホッホ、魅音さんらしくありませんわよ。こんな時、我が部の部長なら、敵を倒せと一言おっしゃるだけで十分ですのよ」
「運命は打ち破れる……そう教えた人がいたから、私は立ち上がれる。たかだが学校の授業に、私の大切な仲間を傷つけさせはしない」
「そうだよな……俺も負けられないよな」
「そうだよ、相手は一人じゃないか」
「相良さんがどうした!?僕達は同じ人間だ!!」
「意地があんだろ、男の子にはぁ!! 」
「セイバーたん萌え~」
レナに感化された(若干数名は除く)生徒達に、再び強い光がともる。
そう、歴史上このような暴君は、常に打ち破られてきた。不当な権力には断固として屈しない。それが鬼ヶ淵死守同盟の結束ではなかったかッ!?
「なにがなんでも、打ち破らなくちゃ!犠牲になった仲間のためにも!われわれ人類の尊厳の為にも!そしてなにより・・・・・・あたしたちの命の為に!」
『おお・・・・・・』
「いざ!これより我等は修羅に入るっ!人とあっては人を斬り、神とあっては神を斬れっ!!」
問答無用!大敵・相良の首を取れっ!!」
『お、おおーーーっ!』
「損害にかまわず前進せよ!あたしがヴァルハラに送ってやるぞっ!!」
『おうっ!!』
「総員突撃っ!!続けーーーっ!!」
今、一億火の玉となった、戦士達が、一人の独裁者へと迫った。
「ルンルンルン♪今日の夕食はカレーカレーカレー♪明日の朝もカレーカレーカレー♪」
変な歌を口ずさみながら、雛見沢分校への帰り道を急ぐ。
本来なら自宅に直帰してもいいのだが、今日一日の報告書類が宗介によって、書かれて職員室に置いてある筈である。
「ってこの惨状は何なんですかーーーーーーッッッ!!!」
校庭に広がるのは生徒生徒生徒生徒生徒生徒。
宗介を除く全員が、校庭で屍となっている。
認めよう。
大抵の歴史において、悪政を行う独裁者の殆どは、滅亡してきた。
別に魅音に実力がなかった訳じゃない。沙都子のトラップが未熟だった訳じゃない。レナの戦闘力が弱かった訳じゃない。梨花の腹黒さが足りなかった訳じゃない。もしも単なる兵士相手なら打ち破れただろう。しかし相良宗介はただの兵士じゃない。幼少時には暗殺者としてKGBの組織に育て上げられ、その後はバダフシャンの虎と謳われたマジード将軍の下で戦い、ゲリラが滅亡した後は傭兵として各地を転戦とした。そう彼はスペシャリストだったのだ。
故に彼女達は敗北した。
完膚なきまでに!!
「さっ、相良くん。これはどういう事ですか………」
「知恵先生、これが授業中に反乱を起した生徒の一覧です。反逆者を収容する為に、簡単な牢屋を造っていますが、どうにも材料費が足りません。宜しければ予算を少しばかり工面して貰いたいのですが……」
「ふふふふふ、ええ牢屋に入って貰わないとなりませんね…………相良くん。貴方には」
カレーを馬鹿にされた時を超える、怒りが知恵の怒りメーターを振り切った。
鬼ヶ淵から湧き出した鬼も、泣いて逃げ出す程の、形相をすると……
「牢屋に入ってなさいッッ!!!!!」
後書き
少しだけ投稿が遅くなりまして申し訳ありません。
今後の構想を決めるのに時間が掛かってしまいました。
では次回に………