「なに沙都子の叔父が帰ってきた?」
何時もの昼休み、レナと魅音それに何故か最近よく分校に来るようになった詩音が宗介を、分校の外に連れ出すと、そう言った。
梨花と、遅刻してきた沙都子を呼んでない事から、どうやら二人に聞かれたら不味い内容らしい。
宗介は最初は、叔父が帰ってきたぐらいで何の問題がある、と思ったが三人の表情を見て止める。
三人とも酷い表情だ。
まるで銃口を突き付けられたテロリストのように追い詰められた表情だ。
「その叔父に何か問題があるのか?」
「沙都子はね、去年まで叔父夫婦と一緒に暮らしてたんだよ」
「それは知っている。それで?」
「その叔父夫婦は、沙都子の両親がダム誘致派だったせいもあって、村から白い目で見られてたんだよ。
沙都子の両親が死んで、沙都子はその叔父夫婦に引き取られる事になった。まぁそれで……」
最後まで言われなくとも分かる。
恐らく沙都子は、逆恨みした叔父夫婦によって虐待を受けたのだろう。
「それで帰ってきた叔父は、再び沙都子に対して虐待を?」
「うん…」
魅音が辛そうに頷く。
(成る程よくある話だ。
俺の所属していた傭兵部隊の仲間が、自宅の中で銃を整備していたら、何故かそれを妻に怒られ、理不尽な暴力にあったという話がある。そういえば、あいつはどうしているだろうか?)
宗介は理不尽な暴力と言うが、その仲間というのは、家の中でも四六時中、銃の整備をしたり、夕食時には娘のいる前で、適切なナイフでの戦闘法やら、自分が敵兵士を殺した時の自慢話をするような男だったので、別に理不尽な暴力ではない。寧ろいい薬である。
ちなみにその兵士は、今でもお天道様の下で、元気に戦っているが、それは物語と全く無関係なので省略する。
「だが、それがどうした?
その叔父が沙都子に暴力を振るった所で、ここは日本だ。
アフガンやカンボジアなら別だが、日本ほど治安の良い国なら、そう、児童相談所というのがあるのではないか?」
「うん、あるよ」
「なら話は早い。
そこに相談すればいい」
「そんなんで上手くいったら、こんなに悩みませんよ!」
遮ったのは詩音。
まるで般若の如き形相で、宗介を睨みつける。
「どうした詩音?
戦友が敵に攻撃を受けているのだ、新兵なら慌てるのも無理はないが、戦場で冷静さを失うのは、命取りだぞ」
「五月蝿いッ!」
余りにも的外れな発言をする宗介に、詩音はキレた。
近くにあったイスを掴むと、宗介の頭に叩き落す。
「………痛いじゃないか」
「黙れ!こっちは沙都子の心配をして気が狂いそうだってのに、いっつもいっつもアンタはーーーーッ!少しは人の気持ちを考えなさいッ!」
詩音の踵落としが炸裂する。
いや、それだけには留まらない。宗介の腕を掴むと、投げた。
惚れ惚れするほど綺麗な一本背負いである。
「………宗介くん、大丈夫かな、かな?」
「肯定だ」
流石の宗介も、体の至る所が痛かったが、気合で立ち上がる。
「それで、何故児童相談所に話すのが駄目なのだ。
少なくとも、俺には有効な手段だと思うが?」
「それはボクがお話するのです」
「「梨花ちゃん!」」
てくてくと歩いて来たのは、沙都子の一番の親友であり、宗介の護衛対象である古手梨花だった。
レナ達に、沙都子が朝遅刻した原因を尋ねられた時は、あれほどまでに絶望で打ちひしがれていたというのに、今ではその瞳に一縷の光がある。
「話せば長くなりますですが、沙都子の兄である悟史が原因なのです」
「悟史だと?」
宗介も前に聞いた。
そうあれは、詩音が激怒した時に、沙都子の口から聞いている。
「沙都子の兄の悟史は、沙都子に対する叔父夫婦への妨害をずっと庇っていたのです。
そして一年前の綿流しから数日後に、悟史は失踪。
沙都子はそれを、悟史に頼ってばかりいた自分の責任だと思っています。
児童相談所は確かに、本人が否定していても虐待の形跡があれば、それを無視して保護する事が出来る。
だけどそれには、どうしても時間が掛かる」
「つまり、沙都子は虐待を認めない。
だから児童相談所は動かないという事か…」
大体の内容は理解した。
児童相談所といえど本人が認めるのと、否定するのとでは対応に掛かる時間が違う。
虐待の報告があり、本人がそれを認めたなら、即座に相談所は対応するだろう。
だが本人が否定すれば、相談所が動くには時間が掛かる。
「――――――――――殺す」
「なに?」
誰が呟いたのだろうかと見渡すと…詩音だった。
「私が殺す。今直ぐに。
あいつを殺すのに1500秒も必要ない、今直ぐに殺しにいくッ!」
「詩音!物騒なこと言わないで!」
魅音が詩音を制すが、それは火に油を注ぐ結果にしかならない。
「偉そうに…ならお姉は、沙都子の為に何をしてくれるんです?
何処をどう考えても私の提案が、一番お手軽で手っ取り早いと思いますが?」
「駄目だよ、詩ぃちゃん!
詩ぃちゃんは分かってない。
人を殺すって簡単に言うけど、それがどんなに重いことなのか、どんなに後悔するものなのか、詩ぃちゃんは考えてない!
それにそんな事をして沙都子ちゃんは喜ばないよ、寧ろ自分のせいで詩ぃちゃんを、殺人者にしてしまったって、絶対に沙都子ちゃんは自分を呪うよ!」
「なら如何すればいいんですか!
あの叔父のことです……沙都子は一週間もすれば身も心もズタズタになる。
それが分からないんですか!分かるでしょ!
ブッ殺す、それが一番確実な手段なんです!」
ヒートアップする詩音。
これが極一般的な人間なら別に問題じゃあない。
はっきりいって、この世の学生など「殺す」という単語を毎日のように使っている。
友達にからかわれた時、ゲームで負けた時、喧嘩した時etc………。
しかし「殺す」と口にして実際に実行する者は殆どいない。
だが詩音は違う。
彼女の目には殺ると言ったら殺る凄味があったッ!
「――――――――――二流だな」
「「「「へっ?」」」」
余りにも場違いな声が教室に響いた。
無論、言葉を発したのは宗介だ。
全員が宗介を見る。
すると彼は、いつもと変わらない淡々とした口調で言う。
「二流だと言ったのだ。
一流なら『ブッ殺す』などとは言わない。
何故なら『ブッ殺す』と心の中で思ったなら、その時既に行動は終わっているのだ」
「「「は、はぁ~」」」
――――――無茶苦茶だ。
そんな事を言う間もなく宗介は、沙都子の机に向かっていく。
他の四人はそんな宗介を呆然と眺めている事しか出来なかったが、ハッと我に帰ると慌てて宗介の後をつけた。
「沙都子、いいか」
「なんですの?」
宗介が沙都子の前のイスに座った。
手には、いつものようにコッペパン。
(如何でもいい事ですけど、毎日毎日コッペパン、しかもジャムも何にも無しでよく飽きないで食べれると思いますわ。私には無理ですわね)
「叔父が帰ってきたそうだな」
((((直球すぎる!))))
外野の四人が心の中で一斉に同じ事を呟いたが、宗介は全く気付く事無く話を進める。
「え、ええそうですのよ。
叔父様ったらいきなり帰ってくるんですもの、私も驚いてしまいましたわ!」
「それで叔父に暴行を受けているそうだな」
((((少しは気を使え!!))))
再び外野が叫ぶが、例の如く宗介は気付かない。
「オーホッホッホ、そんな事はありませんわよ。
宗介さんは何か勘違いしているのではないですこと?」
「…………嘘だな。
君の頬に確認出来るハレ、それは間違いなく人の手によるものだ」
「こ、これは……。
ちょっと叔父様を怒らせてしまって…、」
「それだけではない。
魅音を含めた四人と詩音も君が虐待を受けていると証言している。
状況証拠とその頬のハレから君が虐待を受けているというのは、まぎれもない事実だ」
「………………これは、私の家の事情です。
申し訳ありませんが、宗介さんは口出ししないでくださるかしら」
先程とは違う、仮面の笑顔ではなく能面のような無表情と、冷たい声で沙都子が言った。
「成る程、古手の言った通りだな。
悟史が疾走した事は、愚かにも敵前逃亡した己の責任だと思っているのか?」
「…………」
「お前の考えは間違いじゃない。
君は腰抜けだ。負け犬だ」
((((!!!!!!)))))
「ッ!――――――そこまで分っているなら、放って置いてくれませんこと?」
「いや、まだ話は終わっていない。
確かに一年前の君は腰抜けで凡骨だった。
しかし初実戦を恐れない新兵はいない。
君はこの一年で成長し、まだ一人前とは言えないが、それでも立派な学生となった」
「………………………」
「だが一つだけ君の友人として言わせて貰おう。
確かに敵の戦力に恐怖し逃げ出すのは四流だ。
しかし、自分一人で出来ると過信して仲間に救援を求めないのは、五流のする事だ」
「!」
「沙都子、お前には選択肢がある。
一つは叔父という敵に立ち向かわず、生きる負け犬の人生か…」
そこで言葉をきると、懐から何かを取り出した。
黒く光る鉄、ズッシリとした感触。
――――――――拳銃だ。
「今直ぐ、叔父を射殺し自由の身になるかだ」
「アホかあァァ―――――-―ッ!!!」
魅音と詩音のハリセンが宗介の頭に炸裂した。
「途中まで結構良い話だったのに、なんで宗ちゃんは最後にこう!!」
「お姉の言う通りです!
私も宗ちゃんの言葉に、少しだけ心を動かされたりしていたのに、如何して最後はそんな結論になるんですか!」
「君達の言う事は分かった。
安心しろ、死体処理にも伝手がある。
俺の知り合いの武器商人にウイルスの研究をしている奴がいてな、そいつに頼めば」
「「頼むか―――――ッ!」」
魅音と詩音にパンチが宗介の両頬に炸裂する。
流石の宗介も堪らず吹っ飛び、机の角に頭をぶつけた。
なにか血を流しているが、まぁ宗介だから大丈夫だろう。
「負け犬の人生、か―――――」
宗介と魅音達のドタバタを遠い目で見つめながら、沙都子はそう呟いた
後書き
自分でもう一回見直して、流石に宗介のキャラが違いすぎたので直しました。
長らく書いていないと、唯でさえ少ない文章力が更に下がるようです…。
外伝を何冊か読み直すことで漸くフルメタ分が戻ってきました。
次の投稿が何時になるか分かりませんが、これからも宜しくお願いします。