太平洋 深度50m 強襲揚陸潜水艦<トゥアハー・デ・ダナン>
「相良さんは大丈夫でしょうか?」
小劇場ほどの広さの、中央発令所。そこは艦と部隊を統括し、指令を下す<デ・ダナン>の頭脳だった
その中心に座る、アッシュブロンドの髪の“少女”が言った。
年は宗介と同い年。襟には『大佐』の階級章が光っている。普通の大佐が、その階級に達するまでに得るはずの略称は、彼女の胸には全く見当たらない。
この少女――――――――テレサ・テスタロッサは<トゥアハー・デ・ダナン>の艦長だった(愛称はテッサ)
“艦長”である、彼女の副官である公爵《デューク》と渾名される男を差し置いてだ。
理由はカリーニンも含めた一部の者しか知らない。
「問題ないでしょう。相良軍曹が護衛についている古手梨花が、『ウィスパード』である確率は極めて低いのですから。それに彼にとっても今回の任務は、いい経験となるでしょう」
「いい経験ですか……?」
「はい、彼は平和というものを全く知りませんから、今回の任務でそれを学んで欲しいものです」
カリーニン少佐が言った。表情は相変わらず無表情に見えたが、勘のいい者が見たら父性のようなものを感じ取れたかもしれない。
「ふふふ、カリーニン少佐。なんだか相良さんのお父さんみたいですよ」
「お戯れを、私はそんな立派な人間じゃありません」
「それで少佐、相良さんを日本に置いておくのは、どれくらいの期間になりますか」
「現在では不明です。可能性は極めて低いですが、攫われる可能性はあります。相良軍曹の報告次第でしょう」
これほど幼い少女に聴かれても、カリーニンは敬語で答えた。
「相良さんの首尾次第ですね」
「肯定です、大佐殿」
一礼してからカリーニンはテッサの前を辞した。
同時刻 雛見沢分校
「宗ちゃん、こっちこっち」
「な、何をする、園崎!俺は」
「魅音でいいよ、それより一人で昼食食べてないで一緒に食べよ」
最初は廊下で古手梨花の監視及び護衛をしようと思っていた宗介だが、委員長である魅音は緊張しているのだと勘違いし自分達のグループに連行していった。
これが他の相手なら拒否するなりも出来たのだが、相手は委員長、即ちこの学校のナンバーワンであり自分の上官?のような存在である。
堅物の宗介には逆らえなかった。
だが彼にも予想外の事が起きた、なんと護衛対象である古手梨花も一緒にいたのだ。
(これは……申し出を受けた方がいいかもしれんな)
傍にいれば監視も護衛もやりやすい。
あまり親しくなって情を移すわけにはいかないが……
「はじめまして、私は竜宮レナ、レナって呼んでね」
竜宮レナ、茶色っぽい髪をした少女だ。
服はセーラー服、どうやらこの学校に指定の制服はないようだ。
「オーホッホッホ、北条沙都子ですわ」
北条沙都子と名乗った金髪の少女は、元気に笑った。
宗介が確認したところ、戦闘訓練を受けた様子はない、古手梨花の同居人と聞いて、あるいはと思ったが違うらしい。
(いや油断は禁物だ)
どんなに一流の兵士でも僅かな油断が命取りになる。
宗介は実際にそうやって死んだ者を何人も見てきた。
「古手梨花なのです、よろしくなのですよ」
にぱ~と笑ったのが、護衛対象である古手梨花。
一年前の写真のためか、資料で見たのと変わらない容姿をしている。
(こんな何の変哲もない少女をKGBや他の組織に狙われるだと?妙だな、何か事情があるのか?………いや俺のような一兵士が考えることじゃない、俺はただ与えられた任務を実行するだけだ)
「相良宗介だ、同席させてもらう」
「よろしくね、ところで宗介君。お弁当は持ってきた?」
「肯定だ。腹が減っては戦争はできない」
宗介が取り出したのはコッペパン。
そして後は……何も無い
「あの………これだけ?」
躊躇いがちに魅音が言った。
宗介はへの字のまま頷く。
「肯定だ」
「そ、それだけじゃ少なくありませんこと?」
今度は沙都子が言う。
「問題ない、好物だ」
ただ黙々とコッペパンを頬張る。
顔色一つ変えず、旗から見ても美味しそうには見えない。
「あの………宗介君。よかったらレナのお弁当、分けてあげようか?」
「なに?」
差し出された弁当を見る。
弁当には唐揚げ、ブロッコリー等の食べ物があり美味しそうだ。
「いいのか?」
「うん!その代わりレナにもコッペパンを分けてくれないかな、かな?」
「了解した」
自分のコッペパンを千切りレナに渡す。宗介自身は唐揚げをとった。唐揚げを口の中に入れると濃厚な旨味が広がる。
「美味い」
嘘偽りない賛辞を口にした。
「本当!よかったー」
「あっ、宗ちゃん、ばっかずるい、私も頂き」
「オーホッホッホ、宗介さん如きにレナさんの唐揚げは渡しませんわ」
「みー、ボクも食べるのです」
暗い雰囲気が部活メンバーに長続きする事はなかった。
気が付いたら皆で弁当を突っつきあっている。
(成る程、こんな光景はイラクでもあった。あの時も物資が少なくなりお互いの食料を奪い合っていた。恐らくこれは、単に食事をするだけでなく、緊急時での食料確保の為の訓練でもあるのだろう)
ならば話は早い。
懐からある物を取り出した。
「動くな!大人しく食料を渡せ!…………さもなければ、射殺する!」
し――――――――――ん…………
再びクラス中が静まった。
四人に向けられる銃口。
それは真っ直ぐ魅音を狙っている。
しかし魅音は怯えるどころか……
「あはははははっっ。面白いとは思っていたけど、弁当のおかず欲しさに銃を出す人は始めて会ったよ!!」
「むぅ~、食事中に銃を取り出すのはマナーが悪いと思うかな、かな」
「宗介さんは一回マナーを学びなおしたほうが宜しいのじゃありませんこと」
「みぃ、宗介に銃を向けられてボクはガタガタブルブルなのですよ」
ただ一人だけ梨花だけが、怯える仕草をした。
「はぅ~、怯える梨花ちゃん…かぁいぃよ~……」
銃口を向けても全く動じない三人に、宗介は混乱した(表情には出さなかったが)
「最終警告だ、大人しく弁当を寄越せ!!」
「はぁ~、宗ちゃん。おかずが欲しいなら勝手に取ればいいじゃん」
「なに?これが非常事態での食料調達訓練じゃないのか?」
「へ、なにそれ。えんがちょ」
「宗介さんは、貧乏でコッペパンしか買えなかったんじゃありませんこと」
「宗介は貧乏なのですか?…………かわいそかわいそなのです」
「俺は貧乏ではない、それより君達は何か訓練を受けているのか?銃を見ても怯まなかった事といい素人とは考えられない」
(もしも学校を隠れ蓑に、テロリストを養成しているとしたら、護衛対象を連れて脱出する必要がある。脱出ルートを確保しておかなければ)
魅音が怪しい笑みを浮かべた。
「ふっふっふっ、ご名答。我が部活はハードだからねぇ。どう宗ちゃんもやってみる?仮入部ってことで」
(やはりテロリスト養成所だったのか?調べる必要があるな)
宗介は間違った認識をしながら、放課後の部活に臨んだ。
「それでは会則に乗っ取り部員の諸君に是非を問いたいと思う。相良宗介を我等の部活動に加えるか否か!」
「レナは意義な~し」
「オーホッホッホ、貧民風情に私の相手が務まるかしら」
「ボクも沙都子も賛成しますですよ」
魅音の問い掛けに三人は賛成を示した。
「全会一致。おめでとう相良宗介くん。君に栄えある我が部への入部試験を許可する!」
「待て、部活とはどういった内容だ?」
「我が部はだな。複雑化する社会に対応するため、活動毎に提案される条件化、…時には順境、あるいは逆境からいかにして…!!」
「……レナは弱いから…いじまないでほしいな。仲良くやろうね」
「レナさんは甘えていますわ。弱いものが食い尽くされるのが世の常でございますわ…」
「つまり、皆でゲームをして遊ぶ部活なのです」
三人の的を射ない説明の中、梨花だけが的を射た説明をした。
つまりこの部活というのは、魅音の趣味であるゲーム収集をフル活用したものなのだ。
毎回、魅音の用意するゲーム。或いは体力を使うゲーム(鬼ごっこ等)で勝負し負けた人には、厳しい罰ゲームといった具合。
(成る程、つまり部活というのは“毎回異なる勝利条件を速やかにクリアし、敵を排除する……これほど高度な訓練が行われているとは……)
宗介はミスリルに入る前に所属していた訓練キャンプの出来事を思い出す。
そのキャンプは『訓練生』と呼ぶのが似つかわしくないようなベテラン兵士ばかりであったが―――それでも半数以上が脱落する。訓練の内容は過酷できわまりなく性質が悪い、傭兵達は徹底的に肉体を酷使されストレスの強い環境にさらされる。それだけではない。漸く厳しい訓練が終わったと思えば、次の訓練が始まったりもするのだ。そしてその訓練を宗介は生き延びてきた(詳しくは本、またはアニメ)
「つまり“あらゆる手段”を用いて敵を鎮圧し効率よく勝利する力を鍛えるための部活という事か」
「まぁ、間違ってないよ。あっ!だけど宗ちゃんには一つだけ注意事項。鬼ごっことか体を使うゲームは兎も角、トランプどかの頭を使うゲームでは、暴力は駄目だからね」
「暴力が駄目?つまり射殺は駄目なのか?」
不思議そうに尋ねる宗介。
魅音は注意事項を言っておいてよかったと心の底から感じた。
「当たり前でしょ!それじゃ覚悟はいい?」
「問題ない。いつでもいける」
「今日は初日だし難しいゲームは宗ちゃんに不利だから、スタンダードにトランプのジジ抜きはどうッ」
「トランプ?なんだそれは?」
ピシッ――――――
世界が時を停止した。
(ねぇ、カンボ…なんだっけ?そんな事よりッ!外国ってトランプないの?)
(レナに聞かれても……きっとトランプがあんまり有名じゃない国から来たんだと思うな!)
(宗介さんの事ですから貧乏でトランプが買えなかったんじゃありませんこと?)
(みー、宗介は貧乏なのですか?)
「え~と、宗ちゃん。トランプっていうのはだね……」
10分間が経過して漸く宗介がジジ抜きのルールを把握した。
「じゃあ少し遅れたけど用意はいい」
年代物のトランプを取り出した。所々が傷や染みで汚れている。
「魅音、“直接攻撃を除くあらゆる手段が問題ない”間違いないか?」
「へぇ~……問題ないよ、それにしても宗ちゃん。私の目に狂いはなかったよ」
クックックッと魅音が笑った。
「そうか……なら」
宗介が取り出したのは…………カメラ?
それを構えるとトランプを激写した。
「ちょっ、幾ら何でも卑怯ですわよ!!私がトランプの傷を把握するのにどれだけ時間が掛かったと思っているんですの!!」
「あらゆる手段を用いていいのだろう」
「沙都子。会則第二条、勝つ為にはあらゆる努力が義務付けられているッ!…忘れた?」
魅音が冷酷に斬って捨てた。確かに自分もトランプの絵柄を覚えるのには苦労した。しかし道具を使うのを禁止しなかった以上、カメラでトランプを撮る行為は違反ではない。
「くっ、実践ではギャフンと言わせて差し上げますわ!」
「面白い。受けて立とう」
「むぅ………」
「オーホッホッホッ、初の部活にしては善戦したようですが、私達には適いませんでしたね」
沙都子の高笑いが響く。
結果は――――――この笑い声が物語っていた。
「でも始めての部活でここまで戦えるのは凄いと思うかな、かな」
「ボクも同意見です。初の部活では大抵がコテンパンなのに、宗介は頑張った方なのですよ」
「いや、これが実戦なら俺は死んでいる。これが模擬戦だったからいいが、実戦には次はない」
宗介が暗い声で言った。
「いや~私の見る目に間違いはなかったね!よきかなよきかな!」
「ところで魅音さん。本日の罰ゲームは一体何なんですの?」
「あっ!」
罰ゲーム、いつもはゲーム開始前に決めるソレを、魅音は宗介の度重なる奇行で失念していた。
「う~ん、じゃっ、明日学校で委員長の仕事手伝ってくんない、私一人じゃ大変でさ~」
委員長の仕事は号令だけではない。倉庫の整理やプリントの配布など様々。明日は知恵先生に頼まれていた荷物を運ばなければならない、人手が欲しかったので丁度いいだろう。
「了解した、時間は?」
宗介の転校初日は慌しく過ぎていった。
後書き
感想を見たら、凄い数の感想に作者は感動&号泣でした。
本当に感想ありがとうございます。御蔭で力が沸いてきました。
そして宗介による富竹フラッシュ!効果は覿面でしたが、百戦錬磨の部活メンバーには適いませんでした。しかしッ知能戦は兎も角、宗介の本領は戦い。体力勝負では無敵の強さを発揮してくれるでしょう
今後の展開ですが……女こまし編をやろうか迷ってます、宜しければご意見をください。