青年に親はいなかった。
この時代どこにでもいる孤児であった。
家も無く、金も無く、力も無かった。
だが、青年には兄がいた。
たとえ血が繋がっていなくとも青年にとって兄はかけがえのない存在であった。
誰にも彼の変わりを務める事はできず、また弟である彼も変わりはいない。
二人は兄弟であり家族であり一つだった。
兄無くして弟は生きられず、弟無くして兄は生きられなかった。
幼少時は兄が弟の為に金を集めた。
今は弟が兄の為に鍛え、鍛え、兄だけを守るようにした。
二人は二人が揃いて一人である。
欠ければそれは人ではなくなってしまう。
それはどちらが欠けようと同じ。
兄なら弟が、弟なら兄が仇を討つ。
それは時代を生き延び駆け抜けてきた彼らの絆。
それを兄弟愛などと嗤うことは何があっても許されない。
嗤わせなどしない。
嗤うのなら、死を覚悟しなければいけない。
それはこの青年を見守る魔人が行う。
誰にも、この青年と騎士を嗤うことなどできない。
「さあ、行こうか」
青年は手に剣をつかみ取る。
その剣は何処か軽く感じられた。
それは気のせいでもなく、カラーの宝石の力でもある。
「アイツには、感謝しよう。この宝石のお陰で俺はまだ先に進める。
これで、俺は仇を討てる。最後に感謝の言葉を言っておくぜ、ありがとよ」
それは心からの感謝の言葉。
彼が本当に感謝しているからこそ出た言葉。
彼の才能限界。
それは40もある。
この時代にしては多すぎる才能限界。
だが、彼が生きていくにはこれぐらい必要であった。
なければ死んでいた。
誰にも頼ることができないこの兄弟は間違いなく死んでいた。
才能限界がいくらあろうと鍛えなければ意味が無い。
故に彼は鍛えた。どんな怪我をしようと鍛え、モンスターと闘った。
それを、彼は続けた。大人になっても剣を振り続けた。
だから、彼のレベルは40。
つまり、才能限界まで鍛えたのだ。
これ以上彼は強くならない。
その後のためのクリスタル。
トロスが持ってきたクリスタルが、彼に力を与えた。
その力を持ってして、相手に勝てるかは分からない。
だが、彼にそんな事は関係なかった。
どんな手段を用いても、彼は相手を殺す気だった。
それが彼と彼女の違い。
騎士であるが故に彼女は自身の力だけで救いを求めた。
不可能な夢を追い続け、今そのツケを払う時がきた。
青年は死んだ。人間として半身が死んだ。
ならば理性などなく、本当にどんな手段でも用いる。
この違いは決して小さいものではなかった。
「甘い、詰めが甘すぎる。だからお前の意思は弱いのだ。
人を殺し、何故目的を忘れる?
そんなお前だから私があのクリスタルを回収するハメになる」
トロスはスラルを膝の上で寝かせながら言う。
「……ん、なにか、いいましたか?」
スラルは眠い目を擦りながら上を見上げる。
その姿は猫のようにも見える。
「いえ、何も。貴女は寝ていて構いません」
「そうですか。なら、そうします~」
スラルは力尽きた様にトロスに体を預ける。
この魔人、特に疲れているわけではないが時間に問題がある。
本来子供は寝る時間。スラルは大抵その時間に寝ている。
今は重要な事があるので無理して起きているが寝るときは眠る。
それこそ魔王スラルの望んだ睡眠方法。
誰も彼女の眠りを妨げてはいけない。
理由としては怒るから。それはもう駄々っ子のように怒る。
「さて、そろそろ出会うか……。
どちらが勝とうと構わない。だが、これからの事を考えるならば、アレが欲しいな」
その時、その場で何が起こったのだろう。
ただ死に、生きただけでは片づけてはいけない事が起こった。
彼と彼女が掲げた正義、いや、掲げてはいなかったかもしれない。
どちらにしろ、勝った方が正義となる。
「けひひひひ。見つけたァ、やっとみつけたぜぇ~。
会っていきなりだが、あんたぁ死んじゃぁくれないかい?」
その男は急に言いだした一言と共に彼女に切りかかった。
彼女はそれに驚きながらもそれを捌く。
「ッツ、一体なんですか!?
貴方もクリスタルを狙う人間だというのなら、容赦はしません!!」
彼女は勘違いしながら剣を振るう。
何も分かっていない。彼が何を思って闘っているのかも知らない。
「…だからこそ、私が説明しようじゃないか」
その場に声が響く。
それは彼も彼女も両方が聞いたことがある声。
姿見えず、ただ声が響く場所で、彼女は相手の剣を受けとめながら叫んだ。
「貴方ですか!こんな事をするのは。
こんな事をして何になるというんですか。早く彼を止めてください!!」
所徐に捌けなくなり浅い傷が増えていく。
彼女は彼が声の主に誑かされたとでも思っているのだろう。
彼を止めるには殺すしかない事も知らずに叫ぶ。
「違うよ。君は勘違いしているようだが彼に関して私は何もしていない。
ただ背を押しただけだ。彼はクリスタルが欲しいわけでもなく、ただ君を殺したいのさ」
彼女は相手の剣を弾き、いったん距離をあけ息を整える。
彼女が闘うには情報が少なすぎた。
彼女は何の意味もなしに人を殺さない。
それも、彼女が掲げた騎士道である。
「そ、それはどういうことですか!?」
「…彼は、正義を胸に闘っているのだよ。
君は今までカラーのために人を殺してきた。そして彼は肉親を君に殺された。
どんな理由があっても彼には関係ないことで、関わる術など無かった。
――――だから手伝った。
正義を胸に抱くのは彼だろう。正義の二字を掲げる愚か者は君だ。
これは君が招いた結果。
さあ、これが最後の質問だ。君は、一体、どうするのかね?」
「君は正義という言葉を使うが、彼にも正義がある。
見方を変えれば全てが正義と成り得ることを若い君はまだ知らなかった。
勿論悪は存在する。だがこの世のほとんどは正義といえるのではないか?
それこそ曖昧すぎる境界線がある。
――君が正義を信じるのなら、境界線を越えねばならない。
全てを見て、それでも自分の正義を背負って戦えば良かった。
――君が正義という二字を掲げて戦うのなら境界線を見なければいい。
他の者を巻き込み、ただ正義に酔いしれ悪を成せばいい。
ツケを払う時が来た。今こそ、答えを聞こうじゃないか」
分かっていた。
自分では分かっていた。
いや、分かった気になっていただけかもしれない。
所詮私は小娘で、正義を語るのもいけなかったのかもしれない。
だけど、だれかがやらなきゃいけない。
それを見ているだけで、今の世が変わるだろうか?
私や同胞たちの生活が変わるだろうか?
答えは否、否である。
だから闘ってきた。殺してきた。
でも、目の前で剣を振るう彼も私と同じで、同類だ。
だったら私はその復讐を受け入れなければいけないじゃないんだろうか?
あぁ、今、彼の剣が私の腕に刺さる。
「ッツ!!っくぅ~、痛い、なぁ」
痛い、熱く焼けるような痛み。
それに眼をつむり、その剣が私の首を断つのを待つ。
これは、仕方のないことだから。
でも、いつまでたってもその剣が振り下ろされることはなかった。
「っは!何諦めてんだよォォォ。そんなんじゃ駄目なんだよ!
抗えよ。這いつくばって、どんな事してでも闘えよ!!
テメェがそんな様じゃ、兄貴の仇が討てねぇだろうが!!
剣を獲れよ、俺を殺してみろよ。
じゃねぇと、兄貴が何のために殺されたか分からなくなるじゃねぇか!!!」
聞き違いではない。
彼は私に剣を獲れと言っている。
捉えようでは、殺せといっているようにも聞こえる。
「……何故、どうしてですか?
仇を討つというのなら、討ってください。私は、抵抗しませんよ」
「だからよォ、それじゃぁ駄目なんだよ!
無抵抗の奴殺したって意味ないんだよ!大体てめぇはなんで諦めるんだよ!
俺みたいな復讐する奴が現れたらテメェは命を投げ出すのか!?
その程度のなぁ、その程度の覚悟で、俺の兄貴の命を奪ってんじゃねぇぇえ!!!」
そのまま蹴り飛ばされる。
腕から剣は抜けるがその鋭い脚が腹にめり込む。
勢いに呑まれ、後ろの気に背中から激突した。
「兄貴の命はなぁ、安くねぇ!
テメェは兄貴の命を奪った。それは分かってる。
それでも、だからこそ許せねェ。
俺以外だって復讐する奴がいるかもしんねェ。
仮にそいつらが居たとして、そいつらにテメェが殺されるのが俺には勘弁ならねぇ!
分かるか?俺はな、お前が憎い。殺したい。
だけど、兄貴が殺された理由が俺の復讐程度に敗れるのは、もっと憎い!
お前は何のために他人の命を奪ったんだ?
奪ったのなら、それを背負うぐらいの事してみろよ!!!」
その言葉に、私は衝撃を受けた。
なんて、馬鹿だったのだろう。
あの時、声の主を言っていた筈なのに。
境界線を、越えて、全てを背負えば良かった。
だけど、幼い私にはその選択ができなかった。
怖くて、恐ろしい。
今この瞬間も怖い。
彼は、私に教えてくれたのかもしれない。
この先の生き方を。
命の重さというものを。
本当に私はクソガキで、騎士なんて名乗るのは早かった。
「…でも、まだ名乗りなおせることはできる。
過ちを認めよう。その言葉は正論。
だから、貴方に心からの感謝の気持ちと共に、私は貴方を殺そうと思う」
私は剣を彼に向ける。
突くような姿勢、ただ相手を見つめて言う。
「っは!それでいいぜ!
やっと終わりだ。どちらに転ぼうと、恨みっこなしだからなぁ」
彼は嬉しそうに剣を掲げる。
上段から私を切る気なのだろうか。
どうなろうと、速い方が勝つ勝負なりそうだ。
「ありがとう。貴方はこんな事を言われるのは嫌かもしれませんが、私は言っておきたかった。
生き残ったなら、貴方の命も、これから奪う命の全てを背負って生きてみます。
こんな事に気づくのに、時間を掛けてくださってありがとう。
だから、痛みは与えません」
「言ってろよ、クソ女。
お前が覚悟決めるのが遅くたって構いやしねぇ。それだけ兄貴の命が重かったって事だからな。だけど、手加減しねぇ。
兄貴は、テメェと一緒に埋葬してやんよぉ」
彼は私に兄を重ねたのかもしれない。
私は彼に過去の私を重なる。
それは彼が私に似ているというわけではなく、覚悟のため。
これまでの自分から、新たな私に成長するため。
だからこそ、私が負けて死ぬのは許されない。
そして、本当に一瞬。
互いが交差した瞬間に、決着はついた。
「これで、よかったのかね?」
「あぁ、所詮俺は死人なのさ……
兄貴っていう半身が死んだ時点で、俺の死は確定していた」
見下ろし、見下ろされる。
瀕死の傷を負った彼の顔は何処か幸せそうだった。
「それに、これはアンタが望んだ結果じゃねぇの?
俺はそんな気がする。
あの女を成長させる駒みてぇな感じだぜ」
見下ろす男は少し謝罪の気持ちを込める。
「すまない。結果は君が予想したとおりだ。
君は、私が憎いか?」
「いや、恨んじゃないよ。兄貴の死を教えてくれたのはアンタだ。
むしろ、感謝してる。最後に、兄貴みてぇに、人に教えられる事が、俺にもあった。
今の俺を見たら、きっと兄貴驚くだろうなぁ」
笑うように言う。
もはや彼の眼の焦点はあっていない。
何処を見ているかもわからない。
その眼には、彼の兄が映っているのかもしれない。
「…介錯しよう。去らば人の子よ。
汝の生き方、私は嫌いじゃなかったよ」
そう言って、男の首を切り落とす。
刀を抜いてからの一瞬の早業。
痛みなど無く、彼は死んだ。
「逝ったか?」
そう、彼女は聞く。
「逝った。さて、君の答えを聞かせてくれないか?」
男、トロスは後ろにいる女性に言う。
彼女もまた、トロスと眼を合わせ言う。
「私は、正義を信じる。此の世には正義があるって信じる。
だから、そのために無くなる命は私が背負う!
どんな面の正義であろうと私はそれを信じ、私の道を往く!!」
その答えに、トロスは満足気に頷いた。
「素晴らしい。ケッセルリンク、カラーの騎士よ。
私はその答えを待ち望んでいた」
「しかし、あの声の主が魔人とは、不思議なものだ。
それで魔人殿。私に何をさせたいのですか?」
魔人であることは知らせた。
ケッセルリンクはあまり驚くことは無かった。
最初から恐ろしい存在と思っていたが故にあまり驚くことがなかったのだ。
「……そうだな、今言ってしまおうか。
我が主よ、遂に出番です。出てきてください」
その声の後すぐに、近くの茂みでガサゴソという音と共に少女が出て来る。
「やっとですか!待ちくたびれましたよトロス。
魔王とは最後に現れるものなんていう言葉にすっかり騙されました!」
元気よく腰に手をあてながら叫ぶ魔王にケッセルリンクは焦る。
「これが、魔王?
あの魔王ですか?本当に?」
疑問も当然。
魔王はいまだ名をあまり知られていないが恐怖の対象である。
それがこんな少女だったら誰でも驚き疑いがあるだろう。
「その通りだ。そして私の願い。
それはケッセルリンク、君に魔人になってもらいたい。
そして、この無力な魔王を共に守って欲しい」
ケッセルリンクは何を言われたのか分からなかった。
そもそもいきなり魔人や魔王が現れたのにいきなり魔人になってくれなどと言われたら混乱するに決まっている。
色々とパニックになっているケッセルリンクを魔王は見ながら言う。
「あ、あの、大丈夫ですか?
その、魔人になる話しは断っていただいても結構ですよ」
すこし涙目になりながら言う。
俯きながら必死に涙をこらえる姿を見て、誰が断れようか。
「……答えは、決まっています。
トロス殿、貴方は私に教えてくれた。それは私にとって大事な事。
こんな私に今まで構って頂きながら断るほど私は身勝手ではない。
そして、魔王様。実を言うとこれが本当の理由なんですが――――」
その答えは、彼女だからだす答え。
正義に境界線は無い。
正義とは、皆が心の内に潜めるものである。
だから、彼女が魔人になっても、魔人としての正義が其処にはあるのだ。
「――――私は、目の前で困っている女の子を助けない外道ではないのです。
だから顔を上げて涙を拭いてください」
スラルは顔を拭きながらゆっくりと上を向く。
そのままスラルは口を開いた。
「ならば、私を助けてくれますか?
私の騎士になってくれますか?」
「勿論です。我が剣を、貴方様とトロス殿に捧げます。
未熟な剣でございますが、お二人に捧げる事を許してくれますか?」
その答えは決まっている。
勿論YES。
二人は了承した。
「ありがとうございます。私は、こんどこそ騎士となりましょう。
貴方方のために、そして何より私のために騎士になりましょう。
魔人と成りて、魔人として正義を行い、全て背負ってみせましょう。
どうか、私の生き様をその眼に焼き付けてください」
その日は魔人が生まれた日。
強く、紳士的な女性の魔人。
カラーの守り手。
そして魔王スラルとトロスの騎士。
彼女の名はケッセルリンク。
正義を背負った騎士であった。
あとがき
やっと終わった。
次は番外編。やっと番外編に戻ってこれる。
ただこの話のせいでまた違う番外編を書かねばならない。
JAPANに行きたいのに辛いです。
最近涼しくなりましたね。
涼しいっていっても前と比べてなので暑くもあります。
作者は秋が一番好きな季節です。
春は花粉が辛いので嫌いです。
こたつ最高。
書きたいことがあっても忘れてることが多い。
メモ帳とか常備してた方がいいかな?