ぐしゃぐしゃと音が鳴る。
それは別に何かを壊すような事をしているわけではない。
それは食事であった。
その緑の髪をした男は食事をしていた。
あまりにも早いスピードで目の前のものを食べている。
ただ食い、そして食べ終わる。
彼の周りは酷いものだった。
隣りには死んでいる人間が転がっている。
それをムカデのようなムシが咀嚼していく。
そして、あまり時間を必要とせず、その死体はなくなった。
ムカデは静かに男の体に戻っていく。
それはありえない現象。
だが、この男にはそれが普通だった。
なんせ彼はムシ使い、その中でも間違いなく強者と呼ばれる存在だからだ。
男は口を拭い空を見上げる。
「ああくそ、不味いな~。それに、つまんねぇ」
男は心底残念そうに溜息をついた。
「誰か、俺の腹の空腹を満たしてくれる奴がいないもんかね」
男の腹が鳴る。
あれほど食ってもまだたりない。
そして、彼は飽きていたのだ。
自分に闘いを挑むものは弱く脆い。
満たされない。
何一つ、満たされない。
それだけが、今の彼が抱いてる感情だった。
「そろそろ行くか・・・・」
彼はゆっくりと立ち上がった。
そしてただ荒野に向けて歩き出した。
「満たしてくれんなら、魔人でもなんでもいいや。
ただ、俺を満たしてくれりゃ、それでいいぜ」
彼は歩き出す。
そして、いつかは行き着くことができるかもしれない。
魔王が住む魔王城。
もしくは、彼が望む魔人がいる場所まで。
足音が響く。
一つは二足歩行の足音。
もう一つも二足歩行だが体重が重いのか、一歩の音が大きい。
そこにいる二人の身長はかなり離れていた。
片方170㎝を超えるほどで、人間の中では高い。
もう一人は300㎝はゆうに超えている。
その二人は並んで歩きながら話す。
「へへ、見ろよトロス。
俺の体もでかくなったろう。これならそこら辺の奴には絶対負けないぜ」
笑いながら自慢気に話すのはケイブリス。
かつては小さかった彼が遂に此処まで大きなっていた。
「それは見た目だけだろうケイブリス。
その中を鍛えろ。お前は才能も努力する力もあるんだから・・・」
ケイブリスの横を歩くのはトロス。
大抵の時はこの二人は一緒にいる。
「当たり前だ。だって俺様は最強になるんだからな。
だから、必殺技を考えてんだよ」
「必殺技?何故?」
トロスは本当に不思議そうにケイブリスを見上げる。
「だってその方がかっこいだろ。
どんな奴でも俺の必殺技の前では勝てないんだ」
ケイブリスは胸を張って答える。
トロスはそれを見ながらも何も言わず隣りを歩く。
「まあ、そう簡単に出来るとは思ってないぜ。
だからわざわざ外に来たんだからよ」
そう言いながらだんだん顔を赤くしながら呟く。
「そしたら、カ、カミーラさんにも認めてもらえるかもしれないし・・・」
その呟きは隣りにいるトロスには届いていなかった。
だがしかし、悲しい事にカミーラがケイブリスに興味を持つことはないだろう。
昔のように60㎝くらいの小さなままだったら、愛玩動物程度の可能性はあった。
そんな報われない気持ちを抱く彼の前に、一人の人間が立つ。
その人間は、相手を魔人と知っていないのか話しかける。
「なあ、腹減ってんだ。飯くれねえか?」
その言葉はケイブリスにとっては許せないものだった。
魔人内でなめられているケイブリス。
それは相手が自分より強いからこそ我慢できる。
だが、人間や弱者になめられて黙っているほどケイブリスは大人しくない。
人間にそういった気持ちがなくても、ケイブリスは怒りを感じていた。
「てめえ、人間ごときが俺様になんて口利きやがる」
ケイブリスは肩を震わせながら人間に向かって歩く。
「トロス、お前は手を出すなよ。
こいつは俺がぶち殺してやる!」
トロスは無言で頷いた。
「へ?なんでいきなり戦闘?」
事情を呑み込めない人間に対処が取れない。
ケイブリスはスピードを上げて人間に突進した。
それを食らえば人間は生きていられない。
本当ならそうなるはずだった。
本当ならこの攻撃は当たっていたはずだった。
本当ならこの人間は死んでいるはずだった。
否、これが本当の人間なら死んでいるはずだった。
あの状態で避ける事をできる人間は限られる。
だが、そんな人間此処に居るはずもない。
なら、答えは一つ。それは普通の人間ではなかったのだ。
「やべぇ、やべぇ。死ぬかと思ったぜ」
そんな軽い声で言い放つ男。
ゆっくりとその場に降り立つ。
べつに飛んでいるわけではない。
ただジャンプした。それだけで、男はケイブリスの攻撃をかわした。
ケイブリス自身も目を疑った。
本気ではないとはいえ、それを避けた眼前に居る男。
感覚が訴える。
ケイブリスが持つ絶対の感性。
弱者であったが故に敏感になった危険察知能力。
それが告げている。
「こいつは、人であり、人からずれた強者だ」、と・・・・・
その男は歓喜に震えた顔で喋りだした。
「すげぇな、あんた。今まであんたみたいな奴と戦ったことはねぇが、いいぜ。
俺が空腹の事を忘れられるくらい、あんたは強ぇ。
なら、名前ぐらい言っとかなきゃ失礼だよな。
俺の名はガルティア。ムシ使いのガルティアだ。あんたらの名前は?」
ケイブリスはそれに即答した。
それは相手を認めたからかもしれない。
今まで蔑まれてきたケイブリス。
弱者と罵られてきた日々。
苦しくて、ただ強くなろうと努力した日々。
そしてこの男、ガルティアは言ったのだ。
「強い」と・・・・・
「俺様の名はケイブリスだ。しっかり覚えとけ」
そう言ったケイブリスの顔は笑っていた。
胸を張り、自信をもって答えた。
それに対してトロスは少し考えているようだった。
少しの無言のあと、トロスは返事をした。
「……わたしの名は、トロスという。
ムシ使いのガルティア、質問があるのだが、いいか?」
「質問?なんでもいいぜ。言ってみな」
これはケイブリスにはできない質問である。
脳がないケイブリスではできない。
博学であるトロスだからこそできる質問であった。
「ムシ使い、記憶が正しければ此処に居るわけがない。
彼らの村は遥かに遠い。
それに、こんな場所に来れるわけがない。
普通のムシ使いには絶対不可能だ。お前はなんだ?」
いくらムシ使いが人でないくらい以上といってもありえない。
此処は魔王城から離れているとしても、魔物も多い。
なにより彼らの村から離れ過ぎているのだ。
まず、普通のムシ使いは此処に至る前に死ぬだろう。
しかし、このガルティアと名乗った男は違う。
トロス達がいる此処まで来て、大した傷も負ってない。
あったとしても軽い擦り傷のようなものしかない。
そして、ケイブリスの攻撃すらも避けた。
つまり、ありえないのだ。
普通のムシ使いではありえない。
魔物でも不可能であるだろう。
人間であるなら尚更である。
そして、ガルティアは笑う。最初はキョトンとした顔も今では崩れていた。
腹を抱えるようにして笑ったあと、息を整えてそれに答えた。
「あんた、トロスっていったか。すげぇよな。
そんなことに気づくなんて、普通ないのによ」
ガルティアはトロスとケイブリスを交互に観た。
「正解、正解だぜ、トロスさんよぉ。
俺は村じゃ伝説とまで呼ばれたムシ使いだからな。
間違いなく、現代では最強のムシ使いだぜ」
「・・・そうか。では何故此処まで来た?」
それは最大の疑問。
ガルティアがムシ使いの中でも強者であったのは予想がついていた。
だからこそ、トロスにとって疑問が増えるのだ。
何故こんな所にきたのかが。
「何故?ヘッ、そんなこと決まってんだろ。
あんたら両方なら分かるだろう?
まあ、理由はそれだけじゃないんだけどな」
ガルティアは一息入れて続けた。
「他の強者と出会うためだよ!!
自分の力を試してぇ。そいつと戦ってみたい。
知ってるか?この世界には魔王とか魔人っていうすげぇ存在が居るんだってよ。
見てぇな、嗚呼、見てみたい。
それにな、村の飯に飽きてたんだよ。
この世界にある飯を食ってみたい。
どんなうまい飯があるのか俺には想像できねぇな。それが、俺の・・・・・・」
それが、ガルティアの絶対的好奇心。
それが彼を、此処まで運んできた原動力。
好奇心を侮るなかれ。
それは、何も知らぬ者が持てば身を滅ぼすことになる心。
だがガルティアには関係ない。
その想いを、持ってガルティアは辿り着いた。
目的の一つとして、魔人に会うことに。
ガルティアはそれに気づいていない。
もしかしたら気づいているかもしれない。
だが、関係ない。
彼は空腹を満たすために戦う。
好奇心という空腹。食べ物に対する空腹。
それらの全てを満たすために。
「っと、お喋りはそろそろやめようぜ。
さあ、ケイブリスの旦那、さっきの続きをしようか」
そういってガルティアは、腰から自身の獲物を出す。
それはトロスが持つ刀とは少し違った。
それは円を描く月のよう。
それの名は円月刀。
そして、ガルティアの何も持っていない腕から飛びでるもの。
それこそ、ムシ使い最強の武器。
ガチガチガチガチガチ
ソレは歯を鳴らして威嚇する。
そのムシ以外にもガルティアの中には多数のムシがいる。
だが、今だけは、この闘いにおいて、ガルティアが他のムシを出すことない。
これはガルティアの意地でもある。
ガルティアの気持ちを理解できるものはいないだろう。
それでいい。それでいいのだ。
理解など必要ではない。
この一瞬だけでいい、どちらが勝つか、それだけである。
勝てば生きる 負ければ死ぬ。実にシンプル、簡単だ。
ガルティアは円月刀を構えて叫んだ。
「さあ、いくぜ相棒!!俺達の強さを見せ付ける時が来た。
俺はムシ使い最強の男。てめぇらが俺に勝てるわけがねぇ!!」
そして、ケイブリスとガルティアの死闘が始まった。
あとがき
ガルティア難しいですね。
だけど私はそんな彼が好きです。
質問なんですが、七星っていつカミーラの使徒になったんでしたっけ?
しってる方教えてください。
それ以外にも、ケイブワンとかケイブニャンとか、
あれっていつ使徒になったの?
という感じです。
誰も知らないようでしたら、作者が適当な時にだそうと思います。
やっと次で十話です。
記念すべき十話もガルティアで決まりです。
もしくはスラル。
いつもよりは更新に時間があいてすみませんでした。
これを読んでくれる読者の方々、ありがとうございます。