あまりの現状に誰もついていけない。
何が起こったのか、全く分かっていない。
いうなれば皆にとって信じられないような光景が目の前に広がっているのだ。
あまりにも、あまりにも信じられないような、そんな光景が。
これは夢ではないのか、そう疑う者とていた。
なにせあまりにも、彼らにとってはありえないような光景だったからだ。
いうなれば、
かの『魔王』が超緩い訓練で済ませてくれるような、
あの『死神』がどう考えても保護が必要そうな子供を保護しないような、
あの『歩くロストロギア』がおっぱいを見ても飛びつかないような、
あの『チビッ子』がアイスを見ても動揺もしないような、
あの『バトルジャンキー』が強者を見ても戦いを挑みをしないような、
そんなありえないような光景が眼前に広がっていたのだった。
第三十八話
あまりにも信じられなかった。
あのなのはや、ヴィータでさえ、この光景に吃驚していた。
まるで魂が飛んで行ったかのように吃驚していた。
それくらい吃驚していたのだ。
他の局員の皆さまだってあまりにも信じられない光景だったいゆえに、開いた口が広がらない。
なんせあのクールビューティーがあれだけの桃色空気を出すなんて、信じられるわけがない。
これは夢か、幻か、デバイスで誰かをぶん殴る音が聞こえた。
「はっ!? 痛い、これは現実か!?」
などという声も聞こえている。
殴られたことは気にしないのか、と思う方もいるかもしれないが、そんなことが気にならないくらいに信じられていないのだ。
あの高町なのはや八神ヴィータでさえ、唖然としてしまっているのだから。
「誰だぁぁ! あんな陳腐な幻覚魔法使ったのは!」
「NO! 誰も幻覚魔法など使っておりません!」
「ならば変身魔法かぁぁぁぁぁ!!」
「それもNOであります、サー!」
などということも繰り広げられていた。
というか魔法反応もなし、つまり誰も幻覚魔法も変身魔法も使っていない。
だがそれでもそんなことは信じられない、とばかりに何度も何度も尋ねている。
が、返ってくる返事は「なし」といったものだけであった。
なにが起こっているのか、全く分かっていない。
とりあえずあの人は誰なのだ!? という思いが一気に伝播していく。
「え、えっとヴィータちゃん。私、真昼間から寝ているのかな?」
「いや、それはねーと思う、思いたい。駄目だ、多分寝てるんだ、あたしら」
「いや、現実だよ。なのは、ヴィータ」
あの高町なのはや八神ヴィータでさえ、この現実が受け止められずにいる。
なんせ彼女たちが知っているのはあの凛々しく男らしいファナムなのだ。
決してあんな桃色空間を生み出している恋する乙女などではない。
まさしく驚天動地! な心地がしてくる。
が、唯一この場で事情を知っているフェイトはこれは現実なのだと教えている。
まさかここまで桃色な空気を出すとは思いもよらなかったが。
「えへへ~、どうしたの~?」
「え? あ、うん。弁当届けに来ただけだけど。
この人たち、どうして固まってんだ?」
黒髪黒目の平凡な男の人がそう呟いている。
なんでこれだけ皆が固まっているのか、分かっていない様子である。
オージンからすれば凛々しいファナムの方が違和感があり、現在のファナムの方が普通なのだと思っている。
だからこそ固まっている皆に疑問を抱いているのだ。
これが認識の差といったところか。
とりあえずこれでは話が進まないので、なのはが前に出る。
事情の知ってそうなフェイトに聞くべくだったのだが、そんなことにまで頭が回らないため、直接聞くことにした。
「え、えっと高町二等空尉の高町なのはです。え、えっとファナムちゃん。そちらの方は……?」
ふとした疑問を口にする。
その疑問はここにいる全員の疑問でもあった。
するとファナムは頬を赤らめて――信じられない、とばかりに全員が口を大きく開けた――そして嬉しそうに答えた。
「え、えっと、わ、私の夫のオージンです」
「あ、夫のオージンです」
「あ、そうですか。夫の――」
ぽくぽくぽくぽく
こんな音が流れた気がした。
うん、一旦深呼吸しよう、とばかりになのはは深呼吸する。
そして他の皆も深呼吸する。
ヴィータもまた深呼吸する。
フェイトもこれからなにが起こるのか悟ったのか、人差し指で両耳に栓をする。
それを見たオージンもまた耳に栓をすることにした。
なんでそんな事態になっているのか理解はできていないが、これから起こることがなんなのかは理解できた。
なので男、オージンもまた耳に栓をする。
それに習ってファナムも耳に栓をすることにする。因みに耳に栓をしろ、小声でファナムに伝えていた。
そして深呼吸が終わって――
『『『『『『『『ええぇぇぇぇぇ~~~~~~~~~~!!』』』』』』』』
あまりにも信じられないことゆえ、大声で叫んでしまったのだった。
あの時咄嗟に耳に栓をしたフェイト、ファナム、オージンの3人は判断力があったお陰で助かった。
あのまま耳に栓をしていなければ、今頃耳が痛くて仕方なかっただろうから。
その後がとても酷かった。
特に女性局員からの視線が怖かった、と思ったオージンであった。
それくらい、ファナムは女性局員に好かれていた、ということの証でもある。
まあ当然男性局員からもこんなそういった視線はあったのだが。
因みにあそこじゃ暴動が起きそうだったので、別の部屋へと向かうことになったのだ。
主に一般人であるオージンを、管理局員から守るために。
Side-Nanoha
え、えっと私、高町なのは(17)二等空尉です。
ヴィータちゃんと一緒に信じられないものを見ていました。
ただフェイトちゃんだけは知っていたようです。
うう、教えてくれてもいいじゃない、フェイトちゃん。
ただあの桃色空気の凄さだけは知らなかったようで、そこについては驚いていたようです。
いちゃいちゃしていたのは知っていたようですが。
「あっはっは、ついにばれてもーたーなー。あっはっはっは」
「いや、何笑ってるんスか。八神二等陸佐」
と、オージン君という人がつっこんでいました。
因みにはやてちゃんも知っていたようです。
しかもフェイトちゃんよりより詳しく。
なんで私には教えてくれなかったんだろう、とそう思うと寂しく思います。
そう思って尋ねてみると――
「いやなぁ、なのはちゃんも忙しそうやったしな、それに――
――2人の驚く顔が見てみたかったんや」
「せ、性格悪いよ! はやてちゃん!」
本当に吃驚したんだから! これ以上ないくらいに吃驚したんだから!
ヴィータちゃんも吃驚して一瞬魂の抜けた人形のようになっていたくらいなんだよ!
そう怒ってみるも、はやてちゃんは「あっはっは」と笑うばかりで聞き流していました。
うう、やっぱりはやてちゃんには敵わないよぅ~。
と、口での実力差に圧倒されてしまいました。
「というか結婚したの!? おめでとう!」
「うん。まだ正式にしたわけじゃないんだけど、もう実質そう」
「あー、うん。だよなー」
なんでも届け出は出していないらしいし、結婚式もまだしてないみたい。
ただなんだろう。
あまりにも桃色の空気が凄すぎて息ができないくらいに苦しい。
それくらいファナムちゃんから出る空気は私にとって重苦しく感じる。
なんだろう、この気持ち?
「彼氏でも作ったらええんとちゃう? ユーノ君とかどや? それとも修吾君は?」
「え、そ、それは――」
「後者は冗談やけどなー、前者はどや?」
とりあえずはやてちゃんの言ってることは聞き流そう。
言ってることの意味が本当に分からないし。
修吾君はちょっと遠慮したいし、ユーノ君とはお友達なんだよ。
「あかん、この子ほんま駄目やわ。こりゃなんとかせな」
と、言っていた。
どういう意味なのか聞きたかったけれども、あまりにも真剣だったから聞きにくい。
とりあえずこういうモードに入ったはやてちゃんには近づかない方がいいかも、と思って放置することにしました。
うう、そんなこと言うならフェイトちゃんもそうなのに!
と、ばかりに八つ当たり気味に叫んでみた。
「そやなぁ。フェイトちゃんもええ話聞かへんな~」
と、矛先は今度はフェイトちゃんに向かって行きました。
ごめんね、フェイトちゃん。今度なにか奢るから。
と、フェイトちゃんも顔を赤らめてタジタジになっていたのでした。
あのまま私が標的になっていたら危険だったよ、とばかりに危険を回避した私、高町なのはでした。
「というか、マジ信じらんねーよ」
ヴィータちゃんも目の前で見ていて信じられなかったよう。
うん、その気持ちは私にもすっごく分かる。
だってあのファナムちゃんが、
「はい、あーん」
「いや、それお前の弁当」
「だいじょぶ。私はオーちゃんからあーんしてくれればお腹いっぱいだから」
こんなにも甘々だなんて――砂糖を吐いてしまう!
「あかん、さっき馬鹿にしてゴメン。
さすがの私でもこれはキツイ」
さっきまで私をバカにしていたはやてちゃんだったけど、
2人のあまりの甘々っぷりにさすがのはやてちゃんもお腹いっぱいのようです。
しかも砂糖を吐いちゃってます。
うん、私もさすがに信じられないくらいだよ。
「さすがにこの甘いのは無理や! 彼氏のおらん私には無理やぁぁぁぁ!!」
と、はやてちゃんはすぐにでも逃げ出すのでした。
砂糖を吐きながら。
すぐに戻ってきたけど。
「なんで誰も追ってくれへんのー?」
「いや、はやて。そんな分かり切ったこといわねーでも」
ヴィータちゃんもつっこむ。
いくら主とはいえ、突っ込むところはちゃんと突っ込む。
まさに騎士の鑑だよ。
まあアイスで買収されるような騎士なんだけど。
はやてちゃん、時たまこういったことをするから信じられてないんだよね。
新人さんやはやてちゃんのことをあんまり知らない人なら別なのかもしれないのだけど。
狼少年は信じられない、てこと。
はやてちゃんは狼でも少年でもないけど。
ただ同じ狼少年(青年)のザフィーらさんは信じられるんだけどな~、と思ってみる。
でも分かるよ、さすがに。
あの2人の空気はあまりにもふわふわの桃色すぎて、
彼氏のいない私たちには辛いってことが。
ただヴィータちゃんとフェイトちゃんは平気そうだったけど。
なんでそんなに平気なの、2人とも。
ヴィータちゃんは信じられないだけでこの空気にだけは平気のようだ。
フェイトちゃんに至ってはこの空気をものともしていない。
ああ、そっか。
フェイトちゃん、純粋だからか~。と納得してしまう私。
うん、理論としておかしいかもしれないけど、そう納得するしかない。
そういうわけで無理やり納得する私でありました。
でも私もはやてちゃんも砂糖を吐いてしまって仕方ない。
うう、糖分が足りないよ~! 口が甘いよ~!
Side-Shugo
ここはミッドチルダ病院。
そこには多くの女の子たちが来ていた。
それも修吾に惚れている女の子たちが。
一応なのはたちも見舞いに来たのだが一回だけだったのだ。
ファナムちゃんに至っては一度も見舞いになど来ていない。
「ふふっ、全く恥ずかしがり屋さんめ」
そんなに俺に会うのが恥ずかしいのか。
まあそれも仕方がない。女の子だものな。
まあもっとフラグを立てて、すぐにでも、グフフ。
もう17にまでなったんだ。
StrikeS始まるまでは待っておこうと思ったんだが、ふふ、やはり最初はなのはとするかな。
それが一番だろうな、王道だし。
いやいや、それとも。
「お、おい! 聞いたか! ファナム三等空尉、結婚したんだって!」
「ま、マジかよ! あのクールビューティーの『竜滅姫』がだって!」
「マジだって、マジよ!」
な!? なんだと!?
俺の攻略キャラのファナムちゃん、が、だと!?
ありえん、ありえん、ありえん!?
あの娘は俺の攻略キャラのはずだ!?
だから手を出されるはずなんてあるわけがない!?
だったらこの現状はなんなんだ!? 何が起こっていると言うんだ!?
信じられん!
……そうか。分かったぞ。これはイベントなんだな。
俺のファナムちゃんへの愛を示す。
多分、いや絶対ファナムちゃんは悪い男に騙されているんだ!
それを俺が助けだすことによって一気に俺とファナムちゃんの愛情は深まる!
おお、完璧だ!!
ふふふっ、待ってろよ、ファナムちゃん!!
因みにその頃、オージンは管理局で女性管理局員相手にビクビクしていたという。
あまりにも怖すぎるがゆえに。
しかも「こんな平凡な人がファナムお姉様の旦那様!?」「信じられない!」という言葉の暴力のせいで精神がボロボロ状態になっていた。