新暦71年、とある管理世界。
そこではドラゴンが暴れていた。
どうやら密輸されてきたドラゴンらしく、そのドラゴンが脱走し、多くの住民をくびり殺している。
魔導師ランクとしてはAAAランクの強さを誇る魔獣。
他の魔獣よりも圧倒的な膂力と、その身に纏う鱗は生半可な魔法の一切を弾き飛ばしてしまう。
その巨体の割に、素早い高速移動を得意とする近接戦闘を旨にする獣竜。
それはドラゴンでさえもくびり殺してしまうドラゴン、【コング・ドラゴン】である。
第八話
「GOAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
「う、うわぁ、た、助けてくれぇぇ!」
必死に出てきた武装局員たち。
だがコングドラゴンの防御力の前に、彼らの魔法は無意味となる。
彼を倒すには鱗の覆ってない口内を狙うか、それとも鱗を破壊できるだけの魔法を撃つしかない。
だがここにいる武装局員たちではそんなことはできず、逃げ惑う者もいた。
「くそっ! 誰か、読んでくれ! AAAランク以上の人を!」
「無理ッスよ! こんな辺境なんかに来てくれるはずないッスよ!」
これは突発的に起こったこと。
密輸されてきたコングドラゴンが逃げ出して起こったのだ。
ただでさえ忙しくて人手不足な管理局がこんな辺境の管理世界にわざわざAAAランク以上の魔導師を送ってくれるはずがない。たとえ送ってくれるとしてもすぐになんて来てくれるはずがない。
だから今はここにいる武装局員たちだけでこのコングドラゴンを抑えなければならない。
この作戦で一体どれだけの犠牲者が出てくるのか、考えるだけでも身震いしてしまう。
「GOAAAAAAAAAAAAAAA!!」
「ひ、た、助けて! 助けて!」
1人の女性局員がコングドラゴンに掴まれる。
コングドラゴンはそのまま彼女を口の中に入れようとした。つまり食べようとしている。
「い、いや、いやぁぁぁぁぁ!!」
このままでは食べられる。
だが彼女の魔導師ランクはC+。その程度ではこのコングドラゴンに一撃を与えることも敵わない。
彼女のデバイスは既にコングドラゴンによって大破されてしまっているために抵抗することすら許されない。
だからもうこのまま食べられ、死んでしまう――
「≪竜滅ぼす魔剣≫、セットアップ」
『Ja Meister(了解致しました、我が主)』
凛とした声が響く。こんな非常事態だというのに、食べられそうになった少女はその声に見惚れてしまったかのように、この一瞬の恐怖を忘れた。
ただ安心できるかのような、もう大丈夫なのだと、心のどこかで思ってしまう。
どうしてそう思ってしまうのかは分からないが。
「喰らい潰せ」
『Ja』
一瞬の煌めき、流星のような一撃が、コングドラゴンの右腕を切り裂く。
「GOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA、AAAAA!!」
「きゃっ」
それは女性局員を握っていた腕だった。
あまりの鋭さゆえにコングドラゴンは一瞬何が起こったのか理解できず、だが失った右腕を見てなにをされたのかを理解する。
一方、放り出された女性局員だったが、すぐさまに流星のような一撃を放った魔導師が彼女を抱きあげる。
そこにいたのは――
黒髪にビー玉のような安っぽい髪飾りをしており、だがその毅然とした態度はへたな男よりも尚男らしく、まるで王子様かのような印象が見られる。
その手にあるのは一本の無骨な剣、だがその剣は切るための剣というのを容易に連想させる。
だがそこにいるのは1人の女性、女性の管理局員。
そして凄腕の武装局員というのが雰囲気だけで理解できてしまう、そんな雰囲気が彼女にはあった。
「か、かっこいい」
あっという間にその女性局員を惚れさせてしまった。
因みにお姫様抱っこである。
「GA、AAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
腕をやられたことがショックだったのか、コングドラゴンは彼女に向けて突進してくる。
今現在、さっきまでやられそうになっていた女性武装局員を抱えているために大したことはできない。
この状態のままでは剣を振るうことができな――
「フォルムチェンジ」
『Ja , Ridill form』(了解しました、リディルフォルム)
バルムンクと呼ばれたその剣はその姿を変える。
剣型デバイスはフォルムを変え、リディルフォルムと呼ばれし姿へと変わる。
剣は爪となり、彼女の右腕となって変化する。
そのまま彼女は――
「はぁぁぁぁぁ!!」
思い切り殴った。
リーチが短くなったが、その分だけ一点に集中するだけの破壊力が増したのだ。
コングドラゴンの鱗すらもその爪の拳で破壊したのだ。
あまりの破壊力ゆえにコングドラゴンは転げ回り、叫びまわる。
女性局員を抱えたまま、彼女は爪型デバイスで殴り、コングドラゴンの鱗を破壊することに成功したのだ。
その目にはどうしたことか、憎しみの目が映っていた。
「これでしまい。お前は、ここで、死ぬ」
『Askalon form』≪アスカロンフォルム≫
そして再び、バルムンクはそのフォルムを変える。
爪型のリディルフォルムから、それは宝石がついた巨大な短剣となる。
剣にしては太く短く、短剣にしては巨大。いうなれば巨大になった短剣というのがその姿の正しい表現だ。
これは他の2つとは違い、近接用のデバイスではない。
巨大短剣型フォルム、アスカロンフォルム。もっぱら遠距離専用の、いや、一撃必殺専用の形態。
「GA、OOOOOOOOOOOOO!!」
コングドラゴンは感じ取ってしまった。
アスカロンフォルムのバルムンクに集っている魔力を。これから放たれるのは彼女のとっておきなのだと。
理解してしまったゆえにすぐさまに接近して殺さなければ。そう感じ取ったコングドラゴンは一目散に近づいていく。
だが遅かった。
気付くのが遅く、そして向かってくるのも遅く、近づく前に完成してしまった。
「ドラゴンスレイ、ブレイカ」
抑揚のない声だった。
あまりにも静かで、だがそれがとっておきなのだとすぐにでも理解できた。
これが彼女の持つ必殺魔法『ドラゴンスレイブレイカー』。竜を屠る最強の砲撃魔法。
その砲撃は、コングドラゴンを灼き尽くす。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
その一瞬で灼き尽くされたコングドラゴンはその塵すらも残さずに死亡する。
たった1人、現れた1人の少女の魔導師の手によって。
「こ、これが――管理局エース『竜滅姫』、ファナムか!」
彼女こそが管理局のエースの1人『竜滅姫』と呼ばれし少女。
復讐を誓った少女、ファナム=ギルマンであった。
その姿はあまりにも凛々しく、だがなによりも重々しく。
ただただドラゴンを喰らい潰していくのだった。
管理局局内。
「やあやあ、今日も大活躍だったみたいだね。ファナム」
「……」
ファナムが帰ってきた先にやってきたのは5年前にギルマンの村に訪れてやってきたゾーク・ル・ルシエである。
だがファナムはそんなゾークに目もくれず無視して先を歩く。
「おいおい、無視しないでくれよ。どうだい? 一緒に食事でも」
だがゾークはめげずにファナムを誘ってくる。
だがそれでも無視をする。するとそこに2人の局員がやってきていた。
「あ? こんにちは。ファナムちゃん」
「……高町教導官、ハラオウン執務官」
現れたのは現在「エース・オブ・エース」として有名な高町なのは教導官、そして「漆黒の雷神」フェイト・T・ハラオウン執務官である。
因みにファルムと彼女たちは同い年でもある。
特に高町なのは教導官はこの前の「ミッドチルダ臨海空港大規模火災」の際には圧倒的な砲撃によって、天井をぶち壊したとかで有名である。
「おや、なのは君、フェイト君。君たちもどうだい? 僕とファナム君とで食事に行くんだが、君たちも?」
「いかない」
彼女の口調には「何勝手に決め付けてんだ? ああ?」といったような感情が籠められている。
「はは、そんなに照れなくともいいのに」
「あ、あはは、ちょっと遠慮しときます」
「す、すみません」
さすがの高町教導官もハラオウン執務官も、ゾークの誘いにはさすがに断るようだ。
原因はゾークのその舐め回すかのような視線だ。さすがに2人はこの視線には耐えきれない。
「それじゃ」
「あ、ファナムちゃん」
そうして去っていく。
なのはは呼びとめようとするが、彼女はその呼び掛けを無視して廊下を進むのだった。
するとファナムの前に2人の局員が現れた。
彼女にとっては仲間とも思える人物。
「フレイア、トルテ」
「お~お~、変わったね~、ファナム」
「うるさい」
それは5年前と似たトルテとフレイアがいた。
彼女らは5年経った今でもあの頃の面影を残している。
トルテは緑色の髪色に気弱そうな眼鏡少年。
その可愛らしさは女性に間違えられるほどで、幾多もの男性局員を無意識に踏み外させた経験があるほどだ。
どうしてあれほど嫌がってた管理局に入ってきたのか、未だ謎である。
ある意味、ファナムとは正反対である。
そしてフレイアは紅に染まった短髪に、ラフな格好をしている。
しかも15歳にしては胸の膨らみは無視できないほどに膨れ上がっている。おそらく同年代ならば彼女に勝る大きさの胸の少女はいないだろう。
勝気そうであり、そして生意気そうな顔が見える。
だがそんな相変わらずの2人と違い、ファナムは大きく変わった。
あまりにも変わりすぎた。
黒い長髪にビー玉のついた安っぽい髪飾り。
だがその服装はボサボサで、だが彼女の目はあまりにも鋭くなっている。女性が見ればその目はカッコイイと見惚れてしまう人が大勢いるのかもしれないが、フレイアやトルテから見ればその瞳は5年前のあの事件からまだ抜け出せていないというのが理解できる。
彼女はトルテと似ている。
主にトルテが男性局員の道を踏み外させ、ファナムは女性局員を百合な人に変えてしまう、それはまるで希少技能かのように。
ファナムは未だ【ドラゴン】を憎んでいる。
ドラゴン使いのゾーク・ル・ルシエに助けられたことはありがたい。そう思っている。
でもそれと同時になぜもっと早く助けてくれなかったのか、見当違いの憎悪もファナムは彼に抱いているのだ。
もっと早く来てくれれば、あんなドラゴンなんかにオージンを殺されることはなかった。愛しい彼が死ぬことはなかった。
そのことがより彼女のドラゴン嫌いを促進させている。
ただ今は復讐のその時を待っている。そのために剣を、牙を尖らせている。
殺すはオージンを殺せし竜、【フェンリール・ドラゴン】。
そのために彼女は魔獣殺しの任務の数多くを自分から志願している。
魔獣殺しを専門としているためか、ついた渾名は≪竜滅姫≫。
「もう、いくのか。ファナム」
「ああ」
「え、えと、ふぁ、ファナム。こ、今度さ、一族に帰って、た、タッチフット、や、やろうよ」
「この馬鹿!」
「あいてっ!」
タッチフットは村の皆でよくやった競技。
そしてオージンが最も活躍したスポーツ、主に作戦面で。
だから今はまだタッチフットをするつもりはない。しようとすれば、村の幸せだった頃を思い出してしまうから。
オージンと共にいた時代を。
「今はまだ、そんな気分になれない」
「そ、そっか」
「ご、ごめん」
だからすることはできない。気を紛らそうとしてくれたトルテには悪いが。
だからすぐにフレイアはトルテの頭を叩いたのだが。
「それじゃあ、次の任務にいってくる」
「……ああ、頑張ってこいよ。≪竜滅姫≫」
「……ああ。この名は私に相応しい。私の覚悟を、表す」
そしてまた魔獣狩りへと出かける。
いつかフェンリール・ドラゴンを狩れるその日を待って。
そのために他の魔獣で、牙を研ぐ。
≪竜滅姫≫ファナム=ギルマン。
管理局のエースの1人であった。