それだけ言うとモニカは膝からへたり込んだ。
荒い息を吐きながら両手を床につき、必死で立ち上がろうとする。
張り詰めていたものが切れたのであろう、細かく足が震えており、とても立ち上がれる様子ではなかった。
突然の来訪者に、店にいた面々は驚いた顔を隠せずに立ち竦む。
嵐の夜、巡回を終え疲れて帰ってきたら急にこの国の皇女が現れ助けを求められる。
信じられない光景であった。
最初に我に返ったのはユリアンであった。
助けを求められていながら、何もしない。正義感の強い青年に傷ついた少女を見捨てることは出来なかった。
椅子を跳ね飛ばすように立ち上がり、少女に駆け寄る。
「お、おい。大丈夫か」
その姿を見たエレン、サラ、トーマスは弾かれた様にモニカに駆け寄った。
「何があったんだ!?酷い有様じゃないか」
ユリアンはモニカの前で膝を着き、手を差し出しながら焦るように問うた。
モニカは差し出された手に一瞬躊躇したが、オズオズと手を近づけ重ねる。
重ねられた手をしっかりと握り、勢いよくユリアンは立ち上がる。
ユリアンの手に引っ張られ、モニカはたたらを踏みながらも何とか立ち上がった。
「ゴドウィン…男爵と大臣が反乱を起こしました……。今すぐお兄様に伝えないと……」
モニカは顔を俯かせて言った。
自国の、しかもそれなりに付き合いの長かった人間に裏切られる。
身内の恥を晒す事、ロアーヌが危険な状態である事、早く兄にこの反乱の旨を伝えないといけない事、様々な感情が入り混じってモニカは肩を震わせる。
元は美しいであろう金色の髪も、今は雨と泥にまみれており力無く垂れ下がっているように見える。
「でも、なんであなた様が……モニカ様がここに来たんですか?知り合いか友人の家で匿ってもらったり保護してもらうのが妥当だと思うのですが…」
緑色の髪を伸ばした引っ込み思案のサラは、すぐに人見知りをしてしまう。
夜盗の類とは思ってはいないが、かといって信じられるにはまだ早い。
「本当に信じられる人は……私には居ません。もしいたとしても既にその人たちにゴドウィンと大臣が手を回しているでしょう。そうでないとしても、私を匿えばその人たちに多大な迷惑をかけてしまう…。ですから人質となりうる私が伝令となり、一刻も早くお兄様の元へ向かわなければならないのです」
少女は、悲壮な覚悟を身体を震わせながら伝える。
きっとこの少女の言っている事は真実であろう。
身に着けているのは肌をしっかりと覆う赤色の旅服。王族のものと思えないほど機能優先に作られたそれは激しい雨に打たれ、重そうに肌に張り付いていた。
腰には護身用のレイピアを差していたが今の少女の姿からとても戦えそうには見えない。
それでも少女は行くだろう。愛するたった一人の肉親である兄とロアーヌの民のために。
その決意に絆されマスターはつい口を滑らしてしまう。
「ああ、えーっとだ…。馬ならある」
マスターは棚からタオルを出し、モニカに手渡して言った。
内心しまったと思うが時既に遅かった。
その言葉にモニカは勢い良く顔を上げる。
「お願いします。必ずお返ししますから、馬を貸して下さい。」
早口に言葉を紡ぐ。タオルを胸元で握り締め、濡れた髪を顔に張り付かせながら、モニカは懇願する。
その姿には兄を助けたい、ロアーヌを救いたいという真摯な思いがあり、店内に居た誰もに手伝ってあげたいという気持ちを芽生えさせた。
「やめておけ。その姫さんの言っている事は真実だが関わり合いにはならん方がいい」
否、一人だけ関わり合いになりたくないと思っている男がいた。
その言葉にユリアンは激昂した。
「お前!先代のフランツ様も今のミカエル様も俺たち開拓者の為にモンスター共と戦ってくれてる。それにこの子…モニカ様が覚悟を決めここまで来て下さったんだ!それなのに…」
ユリアンはこぶしを握り締めながら色黒の男に怒気を飛ばす。
男はユリアンの怒りを軽くかわしながらグラスに酒を注ぐ。
「まあ聞け。先代のロアーヌ候フランツが死んでからまだ三ヶ月だ。ミカエルが後を継ぐと決まったときもゴタゴタがあったようだ。怪しいと思わないか?」
そう言って男はグラスを傾け酒を口に含む。
モニカに視線を飛ばし、そしてゆっくりとユリアンに視線を向ける。
モニカは全て分かってるという顔で、ユリアンは真面目な顔でその真意を読み取ろうとしていた。
「候爵位を狙っている奴がいるんだよ。そのゴドウィンとか言う男爵と大臣だな。ミカエル候がロアーヌを留守にしている今が絶好のチャンス、逃す手はあるまいよ」
「そこまでわかっていて何故!」
ユリアンは叫ぶ様に男に言った。
男は鼻をフンと鳴らしながら言う。
「金にならんからだ。ミカエル候が侯爵で無くなれば一オーラムの金にもならん。モニカ様、あんた今、金を持っていないだろう?」
モニカは宝石を一つも身に着けていなかった。
旅装束に着替えてから重く邪魔になるという事で、全ての宝石の類は部屋置いてきたのである。
「俺は前金じゃなきゃ仕事はしない主義なんだ。人助けもその仕事の内だ。そういう事だからお前も…」
「もういい!」
ユリアンは今度こそ本気で怒った。
この金で動く男に人間の情というものをわからせてやりたかった。
「俺がモニカ様をミカエル様のところまで安全に送り届けてみせる。モニカ様、同行を許して貰えますか?」
モニカに対する口調こそ穏やかだが、有無を言わさないものが含まれている。
しかし、
「なりません!その気持ちはありがたいのですが、危険です」
モニカはすぐに却下という判断を下した。
「モニカ様!」
「おじ様、馬を貸してください」
ユリアンの願いを耳に入れないことにし、未だ疲れが消えてなさそうな顔でモニカはマスターに詰め寄る。
「しかしなぁ…」
マスターも馬を貸してやりたいのは山々だが、一国の皇女を危険な目にあわせるのも気が引けた。
「えぇと…モニカ姫様、こいつの同行を許してやってくださいませんかね」
マスターはユリアンを指差して言った。
モニカは睨むようにマスターを見つめる。
「ユリアンは一応筋の通った男です。困っている人を見捨てるこたぁできません。ロアーヌの民を守ろうとしているあなたをロアーヌの民であるユリアンは守りたいと思っているのです。世話を焼いてくれる人に恩返しをしたいんです。どうかその気持ちを汲んでくれないでしょうか?」
マスターはモニカに諭す様に言う。
モニカは御世辞でもなく真剣に自分の身を心配してくれる人がいて嬉しかった。
だからこそ、この優しい人を危険な目に遭わせたくなかった。
「でも…それでも危険です……」
「ふむ、それなら仕方ない」
マスターは腕を組み、深く考えるように首を傾ける。
「危険では無くなればいいんですね?」
マスターはニヤリと笑う。
「トーマス、エレン、サラも手伝ってあげるんだろ?」
それまで口を挟むことは無かった三人は突然のマスターの問いに言葉を失ったが、ジワジワと少しずつその言葉を理解していく。
そしてモニカとマスターに向かい満面の笑みを浮かべ言った。
「もちろんです」
「当たり前でしょ。モニカ様を心配してるのはユリアンだけじゃないのよ」
「少し怖いですが頑張ります」
「ふーっ、ならばお前らはお前らで好きにすればいい。俺は知らんがな」
やる気になっている四人とおろおろしているモニカを横目に、話は終わりとばかりに男はグラスをあおる。
マスターは男に近づいて言った。
「お客さん、ここには金は無いですが馬ならあります。これでモニカ様を助けてやってくれませんか」
マスターは男のグラスに酒を注ぎ足す。
「馬か…シノンの馬は良質だと聞く。いいだろう。おい、お前たちの名前は?」
ユリアンは胡散臭そうな顔をしながらハリードを見た。
「一体なんだよ…ユリアンだ。ユリアン・ノール」
「トーマス・ベントです。仲間からはトムって呼ばれてます」
「エレン・カーソンよ、こっちは妹のサラよ」
「サラ・カーソンです」
「モニカと申します。先ほど自己紹介しましたわね」
各々自分の名前を告げていく。
そして最後に男が名乗った。
「ハリードだ。この曲刀カムシーンの名にかけてモニカ姫を無事にミカエル候のところまで送り届けてやるさ」
色黒の男、ハリードがカムシーンの名を告げたとき思わずマスターは声を上げてしまった。
「曲刀カムシーン!あんた有名なトルネードか!」
「俺をそう呼ぶ奴もいるな。さて、一眠りだ。起きたら腹ごしらえして夜明け前に出発するぞ」
そう言ってハリードは荷物をまとめ店の入り口に向かう。
「待ってください、今すぐ出発しましょう」
根を上げずにモニカは入り口に向かおうとする。
しかし数歩歩いただけで、足がもつれ転んでしまう。
「あっ」
ハリードは振り返らずに言う。
「今のあんたの様子じゃ出発して十分も持たない。さあ休んだ休んだ!」
そう言い残しハリードは激しい嵐の中に消えていった。
あとがき
文を書くのは難しいですね。類義語の辞書を読んで勉強しないと同じ使い回しになってしまいそうで不安です。
もっと精進せねば。
それと皆さん、感想ありがとうございます。頂いた感想の中にこれはスクエニ板に移すべきという声がありました。
確かにこの作品はスクエニの作品で、私の手違いでその他板に投稿してしまいました。申し訳ございません。
頂いた感想を消してまで移動するのも忍びないので、こちらに投稿を続けることにします。
指摘してくださった皆さん、本当にありがとうございます。