「さて、モニカ様。ミカエル候のキャンプを張っている場所はどこだ?」
ハリードは曲刀の柄を握り締めながら言った。
「この森の過去に古戦場となった場所に軍を敷いていると、カタリナ…侍女から聞きました。本来は私が来たこの道を一直線に走っていれば着くのですが……」
「こうなっていたわけだ」
モニカの走ってきた道は、途中までは雨のせいで若干滑りやすくなっていたが、、六人、六馬が通るには十分な道である。
問題はその先の吊り橋であった。
本来、モニカの向かうミカエルのいる古戦場までの道には吊り橋があるのだが、その吊り橋は昨夜の嵐のせいで壊れて流されたのか、跡形も無くなっていた。
「一刻も早くお兄様にロアーヌの窮地を伝えないといけないのに…」
私はこの道しか知りません、と言ってモニカは俯いた。そんなモニカを慰めるようにエレンは言う。
「仕方ありません、モニカ様。少し遠回りになりますが、この森を突っ切っていきましょう」
エレンは吊り橋のすぐ横にある森を指差しながら続ける。
森は、適度に光が差し込み、とても凶暴なモンスターが蔓延っているには見えない。
「古戦場の場所は私たちシノンの者なら子供以外誰でも知っています。私たちも何度も行っています……が、それは常に複数名のパーティを組んでです」
「危険なのですね」
「そうです。森にはゴブリンなどのモンスターや凶暴化した鳥や獣、夜盗がたくさんいるのです。…モニカ様、こんな事を言うのも何ですが、出来れば村で待って…」
「それは無理だな」
エレンの言葉を遮り、ハリードは無愛想な顔をしながら橋と橋をつなぐ杭に付いていたロープを指差して言った。
「!?これは…」
それは自然の力で千切れたという感じではなかった。
トーマスは素早く屈んでロープの切れ端を握る。そして悔しそうに言った。
「…切られている。やられましたね。どうやらゴドゥイン男爵はモニカ様がここを通ることに気付いていたらしい」
トーマスは立ち上がり、モニカに向き合う。
「多分、待ち伏せする兵をここに配置していたのでしょう。あるいは早馬を飛ばして夜盗を金を買収したのかもしれません」
「…たぶん後者でしょう。ゴドウィンと大臣の話を偶然聞いて、すぐに城を出ましたから……」
モニカは俯きながら震える声で呟いた。
あのまま、もし馬が根を上げずに走り続けていたらどうなっていたか。考えただけで身震いする。
モニカの乗っていた馬は、夜盗に感づきモニカを守るために止まったのか、雷雨の激しさに根も気力も失ったのか、モンスターを見かけ怯えたのか。モニカにはわからなかった。
きっと守ってくれたのだろう。モニカは胸に両手を置いて今はいない馬に感謝した。
「さて、夜盗がお留守の間にさっさと行くぞ。もたもたしている時間は無い」
それだけ言うとハリードは振り返りもせずに森の中を歩き出した。
「お、おい。馬は!?」
ユリアンは焦ったように言う。
「どうやって連れて行くつもりだ。道は悪くモンスターも蔓延しているんだろうが。報酬はミカエル候から直接貰う」
切って捨てるような言い方にユリアンは怒りを感じたが正論なので何も言い返せない。
「ユリアン、行こう。馬を渋ってモニカ様を危険な目に合わせるわけにはいかないだろう?」
そう言ってトーマスも森の方へ歩き出した。
既にエレンとサラも馬を置いて森に入っている。
森は明るいとはいえ、視界はそれほどいいとも言えないだろう。
なにより夜盗が戻ってくる可能性がある。
「…………」
「ユリアン様、あの、そろそろ行かないと」
置いていかれる事が不安なのか、モニカも何度も森に目を向けながらユリアンに言う。
「…少しだけ待ってください、やることがあります」
それまで黙って馬のほうを見ていたユリアンは馬から目を離さず決意を秘めたような声で言った。
ユリアンは近くに落ちていた木の枝を拾う。
モニカはユリアンが何をするつもりか分からず、じっと見ているしかない。
そしておもむろにユリアンは木の枝を振りかぶり、
「!?」
自分の乗ってきた馬の尻目掛けて叩いた。
「ヒヒィーーーーーーン」
馬は悲鳴を上げ、打たれた部分を赤く染めながら何処かへと走り去ってゆく。
突然のユリアンの思いもよらぬ行動にモニカは言葉もなく立ちすくんだ。
絶句しているモニカを尻目に、ユリアンはエレン、サラ、トーマス、ハリード、モニカの乗ってきた馬に鞭を入れるかのように尻を打ってゆく。
少しずつモニカは理解していった。
この青年がなぜわざと馬を傷つけているのかを。
最後の1頭が打たれ去ってゆく姿を見ながら、モニカは静かに言った。
「…うまく逃げてくれるといいですね」
「……はい」
二人はそれ以上何も言わず、並んで森の中に入っていった。
その後すぐにハリード達と合流したモニカとユリアンは、ハリードの強い叱責を受けた。
怒り心頭なハリードを、ユリアンは必死で宥めている。
モニカと秘密を共有した事がユリアンの心を軽くしていた。
「ユリアンったら何かあったのかしら?」
「さぁ?どうでもいいけどね」
サラは興味深そうにエレンは興味無さそうに遠めに眺めながら話していた。
森は原始林になっており、木のところどころにむき出しの根が出ていた。
「あっ。す、すいません」
その度にモニカは木の根に足をとらわれ、近くにいるユリアンやエレンに何度ももつれかかっていた。
「い、いえ。モニカ様。大丈夫ですから。ゆっくり歩いてください」
ユリアンは倒れ込んでくるモニカの華奢な身体と柔らかさを感じながら照れながら言う。
「そういう訳にもいきません。もう少し歩く速度を早めても私は…『あぶねっ!』…すみません」
モニカも男性と触れ合う免疫が無いのか、ユリアンに触れるたびに頬を染め足早になってしまう。
そうしたことが続き結果、移動速度の低下という悪循環を生み出していた。
「ユリアン、あんたは後ろを歩いてな。このままじゃミカエル様のところに着くのが夜になっちゃうわよ。…モニカ様、お手を拝借」
エレンはため息をついて、モニカの手をとった。
モニカは自身の不甲斐無さを体感し、エレンに子供のような扱いで手を引かれ頬を染める。
恥ずかしく情けなくもあったが、今は亡き母に手を引かれたときの事を思い出し嬉しくもあった。
そのせいか繋がれた手にギュッと力を込める。
「…?」
エレンは突然強く握られた手に訝しみながらも手を握り返した。
「そろそろ森を抜けます」
あれから二時間後、先頭を歩いていたトーマスは同じく先頭を歩いていたハリードに言った。
「この森を抜けたらどの辺りに着く?」
「古戦場の南西の辺りですね」
即座に反応を返したトーマスに、顎に手を当て考え込むしぐさをするハリード。
「おかしいとは思わないか」
「ええ、おかしいですね」
このシノンの森に住むエレン達が危険と言ったにもかかわらずモンスターどころか小動物の一匹すら出てこない。
「やばいな」
まるで何かに脅えているように。
「ええ、モニカ様も森を歩くのに慣れて来た様ですし、少し歩くペースをあげましょう」
思慮深い二人は同じ事を考えていた。
下手をすればもう始まっているかもしれない。
それはまだモニカに伝えるわけにはいけないと。
「戦争が起きるぞ」
あとがき
早く投稿できそうと書いておきながら結局いつも通りになってしまいました。申し訳ありません。
物語の進行は遅く、表現力も乏しいですが、次辺りやっと戦闘シーンが書けそうです。あまり期待せずにお待ちくださいね。
それではこの辺で失礼します。