『誰か僕の声を聞いて……力を、貸して……魔法の、力を…………』
ぱちり、朝日に目が覚めた。
「うーん、なんだか変な夢見ちゃったわねえ……」
しかし、爽やかな春の朝の空気とは対照的に女性は眉根を寄せている。それでも気分を切り替えるようにぐっと伸びをすると表情をいつものものに切り替える。
「さーて、今日もがんばりますか!」
彼女の名前は高町桃子。喫茶翠屋のパティシエ。ここ高町家においては五人家族のお母さんである。
「おかーさんおはよう」
「あら、おはよう」
真っ白な生地に赤いリボンがよく映える私立聖祥大付属小学校の制服を着込み、髪を二つに結わえた少女の挨拶に、台所で朝食の準備をしていた桃子は笑顔で答える。
「これ、お願いね」
「はぁい」
家族全員分の飲み物を乗せたお盆を手渡す。
少女は桃子の娘で名前はなのは。この春で小学三年生になる。
純粋な娘の笑みに夢見は悪かった桃子の調子は、いつの間にか戻っていた。
午後の二時過ぎ。喫茶翠屋では昼間のラッシュが過ぎ少しばかり落ち着きを取り戻す時間である。ただそれも中高生の帰宅時間にあたる四時近くまでの準備期間のようなものでしかないのだが。
そんな時間に、桃子は店を一旦抜け出して海のほうへと歩いていた。
東京の一流ホテルに若くしてパティシエとして採用された経験を持つ桃子だが、さすがにこうして気分転換がなければやっていられないので、たいていこの時間にちょっとした休憩を貰っている。そして、今回は海が見たい気分だったので海鳴臨海公園のほうへとやってきたというわけだ。
「はぁ、やっぱり自然の中はいいわねぇ」
うきうきと散策を楽しんでいた桃子は自然の空気を胸一杯に吸い込んだ。
『助けて』
はたと桃子の足が止まる。
周囲を見回すが人影はない。
『助けて!』
再びの声に息を呑む。
周囲にはやはり誰もいないいが、声に桃子は聞き覚えがあった。
「夢と……同じ?」
人影を探して周囲を見回していたが、夢の中の風景と今の場所が非常に似通っているいることに気づく。
そして、もう一つ夢を意識させる違和感があった。
『誰か……』
声の感覚がおかしいのだ、言うなれば耳で聞こえておらず、直接脳内に聞こえてくるようなそんな感覚。
なんとなく感じる声の発信されているであろう方向へ桃子は進む。
木々の中、下草を掻き分けるように進んだ桃子の目に、小動物が映った。
少し小走りに近寄る。
「あら、この子怪我してるじゃない」
イタチかフェレットかといった金に近い毛色の小動物がうずくまっていた。本来は綺麗であろう毛並みもぼろぼろで土にまみれており痛々しさをさらに演出していた。
首には赤くて丸いアクセサリーを下げていて、誰かのペットなのかとも桃子は思ったが、このまま放っておくこともできずそっと触れる。まだ温かい。
自分に言い聞かせるように頷くとそのままフェレットを抱き上げて動物病院へと連れて行く。
「そうか、フェレットか」
夜の高町家のリビングで桃子の夫である士郎が腕を組んでなにやら考え込んでいる。
「フェレットさん?」
「うん、怪我してたところを拾ったのよ」
?マークを頭の上に乗せたまま首をかしげているなのはの頭を桃子は撫でる。
「うちで飼うの?」
「桃子さんはそうしたいんだけど……」
ちらり、とまだ悩んでいる士郎を見る。
「うーむ……」
瞑っていた目を士郎は開く。
次にどんな言葉が出るのかと、桃子だけではなく長男の恭也、長女の美由希、なのはまでもが息を呑む。
「桃子がそうしたいなら、いいんじゃないか」
「ほんとに!? 士郎さんありがとー!」
感激、とばかりに士郎に抱きつく桃子であったが、対照的に高町家の三兄妹はずるっと滑った。
「父さん、ちょっと待ってくれ」
どうにか絞り出したといった風に苦々しい声をあげた恭也は頭に手を当てながら両親を制した。
「うちの家業は喫茶店だから衛生管理上は動物を飼うことはしない方針じゃなかったのか?」
「そ、そうだよ父さん。確かにフェレットさんはかわいそうだけど、そんな軽々しく決めちゃいけないんじゃないかな」
美由希も苦笑いで父を諌める。
「えー、だって可愛いんだもん」
ぷーっと頬を膨らませる桃子は母親というよりもはや駄々っ子のようにしか見えず、恭也はますます頭がいたくなる気分だった。
「こら恭也! 母さんはいつもがんばってるんだから、これくらいのわがままくらい許してあげたっていいだろう。器量が狭いぞ!」
「母さんに抱きつかれて鼻の下伸ばした父さんはちょっと黙っててくれ」
さらりと士郎は恭也にあしらわれてしまった。
「だが、衛生管理は……」
「そこは桃子さんが気をつけるわよ。ちゃんと着替えるし」
「それでも万が一ということがあるだろう」
「なのははどう思う?」
「にゃっ?」
恭也が中々首を縦に振らないので、桃子はなのはに話を振る。
「えっと、その」
自分を見つめる桃子と恭也の二人を数度伺ってから、なのははもじもじと意見を口にした。
「なのはとしてはその、フェレットさんが家に来てくれると嬉しいかな~、なんて」
「そうよねー、なのはもそう思うわよねー!」
「むぅ……」
今度はなのはに抱きつく桃子。一方の恭也はさらに眉間を険しく歪めている。
母親に抱きつかれながらなのはは恭也のことを上目遣いに見上げ、
「うう、お兄ちゃん。ダメですか……」
うるうると訴えた。
「…………」
うっ、と言葉に詰まる恭也だったが、はぁと息を深く吐き出す。
「ちゃんと、気をつけてくれ」
いかにも仕方なさそうな仕草で許可を出した。
「あーん、ありがとう恭也っ!」
「わかったから抱きつくな高町母っ!」
不器用な息子がおかしかったのかけらけらと許可が出たこと以外の笑顔を浮かべながら桃子は息子とちょっと過激なスキンシップに挑戦していた。
「あはは……」
そんな兄と母の姿を横で見ていた美由希は、乾いた笑みを止められなかった。
「恭ちゃん、相変わらずなのはには甘いね……」
そろそろ深夜にさしかかろうかという時間帯。なのはは既に就寝し、士郎と恭也、美由希は夜の鍛錬へと出かけているため桃子は一人リビングでコーヒーを啜りながら、ぼんやりと中身のないテレビを見ていた。
『助けてください!』
「っ!?」
と、再び昼間と同じ感覚が桃子を襲う。
『僕の声が聞こえるあなた、お願いです! 僕に力を……僕に少しでいいので力を、貸してください!!』
「そ、そんなこと言われても……」
力、それがなにを指すのかわからず桃子は困惑する。
パティシエである桃子は普通の女性より筋力という意味では力があるが、それも男性に比べたら弱い。もし戦う力という意味だったら絶望的である。
『お願いします! もう、時間、が……』
ぶつり、と頭に響いていた音が消える。しばらく待つが、再び聞こえてくる気配もない。
椅子に座ったまま俯き考え込んでいた桃子だったが、決意を決めて顔をあげる。
「もう……こんなになっちゃったら、放っておけないじゃない」
気を引き締め桃子は立ち上がる。
「子どもが助けを呼んでるのに、大人がじっとなんてしていられないわよ!」
夜の街へと桃子は駆け出した。
助けを呼んでいる相手がどこにいるのか直感的にわかることは不思議だが、そんなことは気にせずにただ走る。
昼間に訪れた槙原動物病院の門の前に到着した桃子は、いったん足を止めて荒れた息を整えようとする。
「さすがに……ひさびさの、長距離、走は……きついわね」
流れ落ちる汗を袖で拭い周りを見回す。
その時、きん、となにかの糸が張り詰めたような音が響く。
「なに……これ?」
音が、消えた。
文字通りの無音の世界である。
それまで存在していた遠くを走る車の音も、風で凪がれた木々の葉がざわめく音も全てが一瞬で消える。
不自然な沈黙である。
自分の耳がおかしくなったのかと思ったが、つい零れた自分の声は聞こえる。
まるで、時が止まったかと錯覚するような世界だった。
自分だけ世界から切り離されたかのように、ただ聞こえるのは自分の心臓が脈打つ音だけ。
しかし、その静寂も長続きしない。
この無音の世界が割れるかのような巨大な破砕音が病院の敷地内から響いたのだ。
「なっ!?」
弾かれたように爆音の方向へ近寄った桃子が見たのは見事なまでに折られた木と、昼間のフェレット。そして、まるで雲を邪悪な色に染め上げたかのような体を持った、真っ赤に裂けた口がおどろおどろしい謎の化け物。
――なに、これ……
逃げるという選択肢も忘れて目の前の非現実的な光景に呆然と立ち尽くしていた。
「――!!」
まさに飢えた野獣の叫び声といった咆哮をあげて化け物はフェレットへ突進をする。
直前で避けたフェレットだったが、壁に衝突した化け物の勢いにあおられて宙を舞った。それも、ちょうど桃子のところへ飛び込むように。
フェレットと桃子の目が合う。
桃子は飛び込んできたフェレットをしっかりと受け止め、一息つこうとしたのだが。
「ありがとうございます。来て、下さったんですね」
「そんなどういたしまし……えええっ!!?」
フェレットがぺこりとお辞儀つきでお礼を述べたために驚愕の声をあげてしまう。
「さ、最近のフェレットって喋るのね。桃子さんちょっと最近の社会の進歩にはついていけないわ……」
「あ、いえその僕は普通のフェレットではないので普通は喋りませんけど」
あんまりにびっくりの連続でとんちんかんな発言をしてしまった。
「――!!!」
なぜか穏やかな雰囲気になりかけたのだが、化け物が身をよじりながら体の芯を震わせるような叫びをあげたことで、現実を直視することになる。
「とにかく説明は後、今は逃げましょう」
「そ、そうね……」
まだ壁に突っ込んだまま抜け出せない化け物を尻目に、桃子はフェレットを抱えたまま走り出す。
相変わらず生活の気配が消えたままの住宅街を走りながら桃子は呟く。
「なんで、誰もいないのかしら……」
「あ、それは僕の結界の効果です」
「けっかい?」
「はい」
手元のフェレットを覗き込むと、こくりと頷きかえしてきた。
「封時結界といって、詳しいことは省きますが、とにかく今は日常から非日常を分離させた世界だと思っておいてください」
「ああ、だから音がないし、人の気配がないのね……」
なるほどと納得しかけたところではたと桃子は気づく。
「あら? だったらなんであたしはここにいるのかしら、自慢じゃないけれどあたしは普通の女の人だと思うんだけれど。どこで非日常側にカテゴライズされたのかしら?」
「それは、あなたに特別な力があるからなんです」
「またまたー、あたしは普通よ?」
脳裏にほとんど自分の娘も同然の歌姫の姿を浮かべながら笑い飛ばした。
しかし、フェレットは真剣な表情で桃子を見詰めている。
「いえ、あなたには力があります。昼間も、さっきも僕の声が聞こえたあなたには……」
「声って……あの頭に響くみたいなやつのこと?」
「はい、あれが聞こえるのは魔法の力……魔力を持った人だけなんです。ですから、あなたには魔力があります」
「……」
走りながらも桃子は顔面の表情だけ固まるのがわかった。
――このまま目が覚めて、また「変な夢見たわ」とかならないかしら~。
現実逃避に走りかける桃子だったが、現実がそれを許さない。
人間の言葉を喋るフェレット、街から消える住民。そして、
「――――!!」
「きゃあっ!」
天から突っ込んできた化け物。これら全てが魔法が本物であると桃子の心に訴えてくる。
直撃はしなかったが、至近距離ではあったため桃子は煽られて尻餅をついてしまった。
視界には、地面に突き刺さり体から生える細い触手のようなものをゆらめかせる化け物がいる。
冷や汗が首筋をつたった。
さっきまであんなに動かしていたはずの足がなにかに縛られたかのように固まって立ち上がることさえできない。
「あの、お願いがあります」
衝撃の結果だろう、腕の中から抜け出していたフェレットが目の前から桃子を見上げていた。
その口に赤く丸い宝石を銜えながら。
「説明が後回しになることは謝ります。あとでお礼は必ずします。ですからどうかお願いします。僕だけじゃだめなんです」
つい、自身にのしかかる生命の危機をも一瞬忘れてフェレットの言葉に聞き入る。
「あなたの魔法の力を貸してください。あいつを倒すために、このレイジングハートを受け取ってください!」
ふぅ、と息を吐き出す。
まだ心臓は人生で一番の早さで動いているし、確かに怖い。
――だけど、頼られてそれを無碍にはできないわよね。
自分で自分を叱咤してどうにか立ち上がると、母親としての矜持から安心させるような笑みを浮かべてフェレットに向ける。
「いいわよ。それじゃあ、どうすればいいのかしら」
ぱあっとフェレットの顔が明るくなる。
宝石――レイジングハートを受け取ると、目の前まで持ち上げてまじまじと見詰める。
なにやら、こちらに答えるようにきらりと瞬いた気がした。
そして、どうしようもなく惹かれた。
「あの生物は、ジュエルシードというこちら側の、魔法側のとある宝石が魔力的に暴走した結果生み出されたモンスターなんです」
「じゃあ、普通の生物じゃあないのね?」
「はい、生物に取り付くこともありますが、あれは違います」
「わかったわ。それで、どうするの?」
「魔法を使ってジュエルシードを封印してください。レイジングハートはそのためにあなたの魔法の補佐をしてくれます。ですが、先に契約が必要なんです」
「契約?」
「はい。ですから僕のあとに続けてください」
言われた通り、フェレットの後に桃子は言葉を続ける。
「我、使命を受けし者なり」
レイジングハートをぎゅっと両手で握る。
「契約のもと、その力を解き放て」
目を瞑り、祈るように言葉を紡ぐ。
「風は空に、星は天に。不屈の心はこの胸に」
結界の効果とはまた違う静寂が桃子を包み込む。
「この手に魔法を。レイジングハート、セットアップ!」
一瞬の静寂の後、手の内でレイジングハートが瞬く。
「Stand by ready. Set up.」
輝かしい明りがレイジングハートからあふれ出す。
夜空を切り裂くような強烈な明りだった。
「す、凄い魔力だ……」
呆然としているフェレットだったが、
「あらら、あらら、ね、ねえ、これからどうするの? ねえねえ?」
一方の桃子はあわあわと手にあるレイジングハートの急な変わりように慌てていた。
その声にはっと正気に戻ったフェレットは声を張り上げる。
「想像してください! あなたの魔法を司る魔法の杖と、身を守る衣服の姿を!!」
「そ、そんな急に言われても……」
言いつつもどうにかこうにか桃子は想像しようと頭を回転させる。
――えーっと、えーっと魔法、魔法よね? 魔法まほう……そういえば魔法といえばなのはと一緒に魔法少女もののアニメをシリーズで見たことあったわねぇ。でもあのシリーズ主人公が9歳から19歳になるなんて誰も思わなかったわよねぇ、しかも一等空尉っていきなり軍隊ものになってるし、そもそも19歳であの格好って言うのは……
「Received images. Stracturing starts. (イメージ受諾。構成開始)」
「え゛っ?」
レイジングハートの声にはっと自分の思い出していた魔法の杖と衣服を思い出しさーっと顔を青くさせる。
「ちょちょちょちょっと待って、ただ思い出しちゃっただけで別にそれがいいってわけじゃないんだけれど!」
慌てて否定しようとするが、レイジングハートの返答はストイックだった。
「Unfortunately, we have no time to wondering which is suitable. (残念ながら、どれが適当か悩んでいる時間はありません)」
「そ、そんなこと言わないで桃子さん流石にこの年であんな格好はちょっと辛いから……ってお願い聞いてぇ!!」
桃子の叫び虚しくレイジングハートから溢れる光はさらに強くなり、桃子の全身を覆ってしまう。
数秒の後に光が消えると桃子はその姿を一変させていた。
白を下地に青色のラインがコントラストを生むロングスカートに、同じ色合いの足首まで覆うブーツ。
上半身も同じような色合いだが、胸部には無駄な装飾はなく、肩には小さなジャケットのように一枚羽織っている。
手に握るデバイスは、白の柄にピンクと金の装飾が付き、先頭には赤く丸い宝石が鎮座したもの。
ただ抵抗が少しだけ実ったか、髪型はツインテールにはならず普段通りのストレートだった。
「成功だ」
「うう、桃子さんこれだけはイヤって言ったのにぃ……」
感動の呟きを漏らすフェレットとは対照的に桃子は涙目だった。
だが、相手は桃子に沈んでいる時間を作らせはしなかった。まるでこの時を待っていたといわんばかりに体当たりを仕掛けてくる。
「――!!」
「きゃっ!」
「Protection.」
とっさにデバイスを前に突き出した桃子に応えるようにレイジングハートはオートで防御魔法を展開する。
名前のせいか桃色の光で構成された桃子のバリアを突き破らんと化け物は力を込める。
「くぅっ……」
両手でしっかりとレイジングハートを構えながら桃子は苦悶の声を漏らす。
しかし力比べに勝利したのは桃子だった。
「――!?」
はじき返され後方へ下がる化け物。
なにか考え込むように触手をうごめかせるが、先ほどまでのようにただ突撃してくる気配はない。
どうやら本能だけではなくそれなりの知能はあるようだと考えを改めた。
「You have a good magic power. (よい魔力をお持ちで)」
「杖と服をどうにかしてくれたら素直に喜べるんだけどなぁ」
それとなく持ちかけるがレイジングハートはコアを点滅させるだけだった。
諦めの混じったため息を吐いて、桃子は顔を引き締めて化け物へと視界に捉える。
「それより、これからどうしたらいいか桃子さんに教えてくれないかしら?」
「Are you stranger? (魔法は不慣れですか?)」
「魔法が現実にあるっていうのはさっき始めて知ったわね」
「OK, please calm your mind down, so you can feel your own magic words. (心を落ち着けて下されば、あなただけの呪文を感じとれますよ)」
「こんな状態で落ち着けなんてちょーっと無茶じゃない?」
「Practices lead to successes. (行動が成功に繋がるんです)」
「そうね、まずはやってみなきゃね」
目を閉じ息をつく。
また周りの音を意識の外に排除し、心臓の鼓動だけの世界にもぐりこむ。
どくん、どくんと波打つ音の中、脳裏にある一つのフレーズが浮かぶ。
「――!!」
桃子が心の奥から意識を引き上げたと同時に化け物も動く、今度は先ほど以上の助走をつけて突進を繰り出す。
「Protection.」
再びレイジングハートの張るバリアが立ちふさがる。
「――――!!!」
「くぅっ……」
しかし今度は化け物の推進力が強力で桃子の手も震える。
表情は辛そうに顔をしかめているが、どこか自分の心が落ち着いているのを桃子は感じていた。
まるでずっと昔から自分の中にあったかのように魔法のイメージが浮かぶ。
「レイジング、ハート……!」
「All right, Restrict Rock.」
桃子の思いに呼応してレイジングハートが魔法を紡ぐ。
「――!?」
化け物とバリアは拮抗していた。
拮抗していたがゆえに咄嗟の動きが取れなかった化け物は伸びる光の拘束に囚われてしまう。
「――!!」
拘束を破らんと身を震わせもがくが、硬い光の輪は動きを一切許さない。
「ごめんなさいね。それと、おやすみなさい」
その間に数歩下がって距離をとっていた桃子が化け物を狙ってレイジングハートを水平に構える。
「リリカル・マジカル!」
「Sealing mode, set up.」
レイジングハートが形を変え、杖というより槍に近い形へとなる。
魔法の色と同じ桃色の四本の羽のようなものが生え、さらに先端では桃色の魔力渦巻く球が生成された。
「ジュエルシード……封印!」
先端にあった魔力球が一陣の光条となって化け物の中心へと突き刺さる。
「――――!!??」
苦しいのかより一層暴れるが、がっしりとその身を捉えた拘束がそれを許さない。
「Stand by ready..」
「ジュエルシードシリアルⅩⅩⅠ封印!」
「Sealing.」
レイジングハートから伸びる光が太さと輝きをまし、化け物ごと取り込んでいく。
「――――!!!!」
目が眩むようなフラッシュと同時に断末魔を上げて、咆哮は二度と聞こえなくなった。
「はぁ……はぁ……おわ、り?」
目の前からあの禍々しい黒い影は消え、肩で息をしながら桃子は呟いた。
「Sealing is completed. Nice magic. (封印は終了です。いい魔法でした)」
「はい、モンスターの気配は消えました」
レイジングハート、フェレットの声によって用や苦難を乗り越えたと理解できたので、構えていたままだったレイジングハートを下ろし、その場にしゃがみ込んだ。
「はあ、結構危なかったわね……って今度はなに?」
安堵から笑みを零していた桃子だったが、目の前でこんどは青い光が瞬き始めたのを見て、反射的に再びレイジングハートを構える。
「あ! あれがジュエルシードです」
光の正体は八面体の形をした青い宝石で、確かにさっきまで化け物がいたところに浮いている。
「レイジングハートを近づけて収納してください」
「ええっと、こう?」
おっかなびっくりレイジングハートを伸ばしてジュエルシードに寄せる。するとジュエルシードは吸い寄せられるようにレイジングハートのコアの中へと消えていった。
「Receipt number ⅩⅩⅠ.」
今度こそ終わり、とばかりにレイジングハートが宣言すると、桃子の全身、正しくはバリアジャケットが発光する。
光が収まると握っていたレイジングハートは元の丸い宝石姿で手の内に収まっており、格好も急いで家を飛び出してきた時のもの。実感として一仕事終えたと感じて全身から力が抜けたのかへなへなと桃子はへたり込んでしまった。
「なんだか桃子さん、寿命が縮んだ気さえするわ……」
「すいません」
「あなたのせいじゃないわよ」
すまなそうに頭をたれるフェレットの頭を撫でる。
そこで桃子は世界に音が戻っていることに気づいた。
犬の遠吠え。電車の音。車の音。
そして、パトカーのサイレン。
「って、パトカーがきちゃうじゃない!」
はたと現実に気づいて桃子は慌てる。
目の前にあるのは化け物(とちょっぴり桃子さん)によって破壊された道路。無残にもなにか爆撃でも受けたのかというばかりにクレーターもどきまでできている。
それに、あの化け物はフェレットが結界を張る前にも暴れていたのだろうから、警察が動くのも当然といえば当然であった。
「に、逃げちゃお~っと……」
フェレットを抱え、もう疲れてがくがくの足に鞭打ち桃子は現場を振り返ることなく一目散に逃げ出した。
別に悪いことはしていない。ただ、警察に捕まって事情聴取を受けるわけにはいかないのだ。
「いったいなにが起きたかご存知ですか?」
「えーっと、魔法?」
「はい?」
などというやり取りをできるわけもない。
「なんだか……すみません」
「あなたのせいじゃないわよ……」
フェレットに対してではないため息が漏れた。
『後書き』
いつの間にかできていたネタSS。そもそも夢の中で笑顔の桃子さんがStSなのはと同じバリアジャケット着てレイジングハートを持っていたのが全ての元凶で、元々とらハ3時代から桃子さんファンだったこともあって出来上がってました。ダイジェスト的にさくさく書きたいところだけ書いただけなので完成度は微妙ですが。
浪人生なので英語の勉強も兼ねてレイハさんには色々と喋ってもらいましたが、日本語訳はかなり意訳してますので直訳だとどうだとかそういう突っ込みはなしの方向でお願いします。ただ、文法的ミスの指摘はお待ちしております。
もし続きを書くとしたらフェイトポジションにプレシアさん、クロノポジションにリンディさんを配置して「ドキッ! お母さんだらけのリリカルワールド」みたいにしてもいいかもしれないですね。ただ、これだとはやてのお母さんはいないのでA’sで詰まりますが。
……さすがにプレシアさんのバリアジャケットはフェイトと同じじゃないよ? あとリンディさんも。