試験開始からおよそ6時間後、
80km地点。
ヤムチャさんにつづく、あらたな脱落者がうまれようとした。
(オレが脱落……!?
そんなバカな!!
いままでオレに敵う奴なんて一人もいなかったのに!)
「ゼーッ、ヒュー、ゼーッ、ヒュー、ゼーッ、ヒュー、」
(オレが落第生!? 脱落者!? 負け犬!?)
「……いや……だ……たく……ない」
「くくくっ」
「ヘイ! ルーキー!」
「だらしねーぞ、ボーヤ。」
すでに体力が限界にきている187番の新人ニコルを取り囲み、
アモリ3兄弟が言葉による追い打ちをかける。
「まだ走りだして6時間程度だぜ?」
「こんなトコでへばる奴、初めて見るぜ。恥ずかしいヤローだ」
「表彰モンの能なしだぜ、テメーはよ」
「ハンター試験はじまって以来の落ちこぼれだよ、オマエ。」
アモリ3兄弟のあびせる罵声が、
ニコルの心をずたずたに引き裂いて、
最後の気力を奪っていく。
orz (……orz)
ニコルは力尽きた。
「才能ねーんだよ、バーーーカ!!」
「二度と来んなクズ野郎!!」
「ひゃはははははは!!」
・・・
「ありがとよ。上出来だ。」
ねぎらいの言葉をかけて、トンパはアモリ3兄弟に約束の報酬を手渡す。
「あいつおそらくもう試験は受けないな。新人にしちゃいいセンいってたのに」
「人を傷つけるウソってのは心が痛むぜ」
「トンパ、本当にお前さんは相手の弱点を見抜いてえぐるのがうまいな。」
「ふふん。オレの生きがいだからな」
アモリ3兄弟の精神攻撃によってひきおこされたニコルの脱落。
今年が初受験の新人であるニコルの脱落は、
新人つぶしのトンパによる策略だったのだ。
(これでようやく2人めか。今年はレベルが高いぜ)
ヤムチャ。ニコル。
2人のルーキーの哀れな最期を思い出すと
トンパは充実感と幸せを感じる。
「今年の新人はあと6人か。」
さらなる犠牲者をもとめて、トンパの暗躍はつづく。
一方その頃。
トンパの超強力下剤にやられたヤムチャさんはというと……
「ふんぬぅぉおおお!」
プリッ、ドロドロドロ。
いまだに超強力下剤の効果がきれず、下痢に苦しんでいた。
(と、止まらん。このままでは死んでしまう。いったいどうすれば!?)
1.予期せぬ助っ人が現れてヤムチャさんを助ける!
2.下半身はだかで糞尿をまき散らしつつも試験に参加!
3.現実は非情である。ヤムチャはここでリタイアしてしまう!
まともな人間ならとっくに死んでいてもおかしくないほどの苦行。
これまで10時間以上に及び、ヤムチャさんはここでふんばっていた。
(くっ、腹痛で体力の消耗がはげしい! オレはここまでなのか!?)
しかし、こんなところで本当に脱落するヤムチャさんではなかった!!
(いや、まてよ?)
4.ヤムチャさんは「天才的なひらめき」でこのピンチをのりきる!!!
「そ、そうだ。アレを使えば……」
起死回生の一手!
ヤムチャさんはいざという時のための切り札があったことをようやく思い出した。
ごそごそごそ。
ポリポリポリ、
ゴックン。
「あの豚野郎が、な、舐めやがってーーー!!」
ヤムチャさん完全復活!!
「ハァアアアッ!」
バシュゥゥゥゥン!!!
とっておきの仙豆を食べて下痢から回復したヤムチャさんは、
全身から気を放出しながら猛スピードで先頭集団を追いかけていく。
仙豆によって体内のトンパジュースの解毒に成功し、さらには失ってしまった体力も回復したのだ。
こうしてヤムチャさんは完全復活を遂げたのだった。
「ムッ!」
「ひっく、ひっく、ぐすん……」
再びスタートから80km地点。
orz
全身から汗やら涙やら鼻水やらの噴き出した小男が、うずくまって泣いていた。
「どうした?」
「……オレは負け犬で……落ちこぼれで……」
ぶわっ。
ぽたり、ぽたり。
溢れる涙が次から次へと床へ落ちてゆく。
「……おまえの名前は?」
「…ニゴ……ニ……ニコル……」
「そうか。いくぞ! ニコル!」
ヤムチャはニコルを抱えて走りだす。
「…ど…どぼじて?」
「おまえが昔のオレに少しだけ似てるから、かな」
「これを食べておけ。仙豆っていうんだ。」
「…は、はい………あれ?」
差し出された豆をコリコリと食べると、いきなりニコルの体力が全快した。
「それに、おまえも奴に嵌められたんだろ?」
ボロ雑巾のようになっているニコルの惨状をみた瞬間、
ヤムチャはそれが誰の仕業なのかぴんときた。
「オレたちには共通の敵がいる。だから、オレとおまえは仲間だ。」
足元には壊れたノートパソコンが転がっていた。
コイツを嵌めた奴が壊していったに違いない、とヤムチャは確信する。
「くそぅ、トンパの野郎だけは絶対にゆるさん。」
ヤムチャはニコルを抱えながら猛スピードで疾走していく。
ヤムチャさんの実力をもってすれば人一人の重さなど誤差の範囲でしかないのだ。
「トンパ? 新人つぶしのトンパのことですか? そうだあの、あなたのお名前は?」
「オレはヤムチャだ!」
「ヤムチャさんですね……!」
これまで常にトップを独走してきた超優等生であるニコルにとって、他者とは利用するための駒でしかなかった。
しかし、地獄に仏とはこのことか。
落後者となってしまった自分を、もはや社会のクズである自分を仲間と認めて助けてくれたヤムチャ。
ニコルはその生涯で初めて、心の底から信頼し尊敬できる人間と出会ったのである。
サトツに引率された受験生たちが地下から地上へと通じる大階段を抜けると、
そこには大自然が広がっていた。
「ヌメーレ湿原。通称「詐欺師の塒(さぎしのねぐら)」
二次試験会場にはここを通って行かねばなりません。
十分に注意してついてきて下さい。だまされると死にますよ。」
ウィィィィイン。
受験生たちの背後でシャッターが下りた。
これで時間内に階段を登りきれなかった受験生たちは出口を失ったことになる。
「この湿原の生き物はありとあらゆる方法で
獲物をあざむき捕食しようとします。
標的をだまして食い物にする生物たちの生態系……
詐欺師の塒と呼ばれるゆえんです。
だまされることのないよう注意深く、しっかりと私のあとをついて来て下さい」
そして試験官たち一行におくれること数十分。
「かめはめ波ーーー!!」
どかーん!
ヤムチャの気功波によって地下通路からのシャッターが破られた。
「そんなバカな!? いったいどんなトリックなんですか!?」
「タネも仕掛けもないさ。オレもかなり修行したからな」
(ぜったいに人間技じゃない。やっぱりヤムチャさんは神様なんだ!)
ヤムチャさんと、ヤムチャ教の信者と化したニコルが湿原へとたどりついた。
「誰もいないな。もう先に行ったのか?」
(そうだ集中して気を探れば……
いた。人間の集団がいくつか向こうの方にいる。
他は野生の動物か? ずいぶんと邪悪な気だな)
「? ヤムチャ様? 急に目を閉じて、いったいどうしたんですか?」
「おいおい。みんな次々に死んでいってるぞ。特に、あっちの方向。ひときわまがまがしい気を持ってる奴が殺しまくってやがる」
「……たぶん、44番のヒソカでしょうね。その容姿と戦い方から奇術師とも呼ばれている殺人狂ですよ。」
人間離れした身体能力と必殺技の「かめはめ波」にくわえ、
さらなる異能として遠方の人間を感知する
『全てを見通す神の眼(スカイネット)』(ニコル命名)を披露したヤムチャ。
ニコルの信仰心は留まるところを知らずギュンギュンに高まりまくっていた。
ちなみにヤムチャさん脱糞事件を目撃したことは記憶の奥底に永久封印されている。
「そうか! 哀れな愚民どもを助けに行かれるんですね! さすがはヤムチャ様です!」
「え? あ、ああうん。そうだよな。人殺しは良くないもんな」
ヤムチャの現在の目的はハンターライセンスの取得とトンパへの報復だ。
わざわざ殺人狂と戦ってまで人助けをするつもりなどさらさらなかったヤムチャだったのだが、
こうも期待に満ちた眼を向けられては動かないわけにもいかない。
「よーし、お兄さんがんばっちゃおうかなー!」
「さすがはヤムチャ様! あなたこそ新世界の神になられるお方です!」
ヤムチャさんは空気の読める男だった。
「君達まとめて、これ一枚で十分かな。」
「「ほざけェエーーー!!」」
「くっくっく、あっはっはァーーーア!」
「うわぁあ!!」
「ぎゃぁあああ!!」
「君ら全員、不合格だね。」
第一次試験のさなか、
試験官ごっこをはじめたヒソカの凶行を止められる者はおらず、
いまやヒソカと対峙しているのはクラピカ、レオリオ、チェリーの3人だけだった。
左腕に傷を負った403番レオリオ、
対の木剣をかまえた404番クラピカ、
ベテランの受験生である76番、格闘家のチェリー。
「おい、オレが合図したらバラバラに逃げるんだ。
奴は強い! 今のオレ達が3人がかりで戦おうが勝ち目はないだろう。
お前たちも強い目的があってハンターを目指しているんだろう、
悔しいだろうが今は…… ここは退くんだ!」
己の分をわきまえているベテラン受験生であるチェリーが、
レオリオとクラピカに撤退をささやく。
「いまd」
バシュゥゥゥゥン!!!
「っ! なんだ!?」
「あ、あいつは!?」
(空を飛んできた? 放出系の飛行能力者かな。)
一方的な狩猟場になるかと思われた戦場に、
最強のワイルドカードが登場した。
びっ!
「消えろ。ぶっとばされんうちにな。」
不敵な表情を浮かべ
左手の中指を立てたキメポーズ。
「「まさか……ヤ、ヤムチャなのか!?」」
いま、世界最強の超戦士が参戦する……!!!