その日の夜。
ヤムチャさんたちがいる洞窟に忍びよる2つの影があった。
一つはエリート猟師のゲレタである。
浅黒い肌、帽子を目深にかぶり、肩には愛用の大きな吹き矢を携えている。
彼はターゲットであるゴンのプレートを狙い、襲撃の機会をうかがっていたのだ。
(フン。一息ついて気が抜けたか?
見張り番も立てないとは能天気なやつらだ。
どうやってヒソカから逃れたのかは知らんが、
あの野グソ野郎を助けたのが運の尽きだったな)
フフッ、と男前な笑みを浮かべるゲレタ。
「少し予定と違うがいけるか?」
「問題ない」
ゲレタと共に潜むもう一つの影、頭にターバンを巻いた蛇使いバーボンがこくりと頷いた。
ヒョオッ!
シャー! シャー!
バーボンが短く口笛を吹くと、使役されている無数の毒蛇たちが洞窟の中へと侵入していく。
バーボンの毒蛇に咬まれた者は動けなくなりやがて死にいたる。
助かる方法はバーボン自身が持つ解毒薬を使うほかにないだろう。
これで洞窟の中にいる受験者たちを一網打尽にできるはずなのだが……
「……妙だな」
「どうした?」
「手ごたえがない。奴らは本当にこの中にいるのか?」
「まさか」
バーボンとゲレタは互いに顔を見合わせる。
とまどった様子のヘビたちが一匹、また一匹と外へ戻ってきた。
「やはりな。別の出口から外へ出たか、あるいは仲間割れで全滅でもしたか?」
「……何らかの罠である可能性もある。慎重に行くぞ」
入口に罠が仕掛けられていないことを確認すると、バーボンとゲレタは洞窟の中へと足を踏み入れた。
・・・
スッ、ススッ、
忍びこんだ二つの影が、暗闇にまぎれるようにして静かに洞窟の奥へと進む。
「……なんだあれは?」
「わからん。運営委員会が用意した休憩ポイントなのかもしれんな。」
小声でやり取りをするゲレタとバーボン。
洞窟の中の広間には、あからさまに怪しい白いドーム型の建物が収まっていた。
扉と窓と思われる部分からは明りがもれている。
(入り口が閉じている。バーボンのヘビが通用しなかったのはそういうわけか)
その正体はヤムチャさんがホイポイカプセルから出した小型のカプセルハウスだったりするのだが、
常識人である2人にそんなことがわかるはずもなかった。
こっそりと忍び寄ったゲレタが、窓らしき場所から中の様子をうかがう。
「やっぱりダメだ。受け取れないよ。それはヤムチャさんが命懸けで手に入れたものじゃないか」
「そう意地を張るなよゴン。ヤムチャがいいっていうんだからよ」
「じゃあこうしよう。
このヒソカのプレートはゴンにやる。オレが持っていても1点にしかならないからな。
その代わり、オレとレオリオが試験を合格できるように手伝ってくれ」
「う~ん、そういうことなら、わかった! オレがんばるよ!」
「うむ、よろしくたのむ。
オレのターゲットは384番だ。こう、背が高くて色黒な男だったな。レオリオは?」
「246番なんだが、さっぱりだ。相手が男か女かもわかんねェ!」
レオリオはお手上げのポーズで天井をあおぐ。
建物の中では椅子に腰かけたヤムチャ、レオリオ、ゴンの3人がお茶を飲みながらほがらかに談笑していた。
(いったいなにをしているんだこいつらは)
予想外の状況にあぜんとするゲレタの
ぴしっ、
その足元の地面に亀裂が入った。
「クッ!?」
ギュオ!
地面から飛び出してきた繰気弾を、大きくのけぞって間一髪でかわすゲレタ。しかし…
グルン!
ボン!
「ご…が…」
ばたり。
ループ軌道を描いて戻ってきた繰気弾が顔面に直撃して、ゲレタは気を失った。
「おのれ罠か!?」
危険を察知したバーボンはヘビをばらまきながら全力で逃げ出したのだが、
ギュン!
ボン!
「げふっ…」
同じく地面から飛び出してきた2つめの繰気弾が後頭部を直撃し、やっぱりゲレタと同じ運命をたどった。
「む、かかったみたいだな」
外の物音に気づいてカプセルハウスから出てきたのはヤムチャさんだ。
ヒソカとの闘いで先行入力型の繰気弾を習得したヤムチャさんは、
地中に隠した複数の繰気弾にあらかじめ操作条件を込めておくことで即席のトラップに仕立てていたのである。
今回のケースでは、カプセルハウスにこっそりと近づいてくる人間を撃退するようにセットされていた。
「うーむ、思った以上にうまくいくもんだなぁ」
(練習のときにはなかなかうまくいかなかったのに、
ヒソカとの戦いでコツをつかんでからは一発で成功するようになったもんな。
やはり実戦に勝る経験なしか。
仲間内での組み手以外じゃ地球のサイバイマンと界王星でフリーザの部下と戦ったのが最後だったからなぁ)
「かかると大きい音がするし、これなら夜は3人とも休んでて平気だね」
「こっちの色黒のほうはヤムチャのターゲットじゃねェか?
ぬおっ! ヘビだ!!」
『シャー!』(ご主人様には指一本触れさせないぞ!)
ジロリ。
『しゃ~』(ボクらは野生にかえります。さようなら~)
バーボンの傍にいた蛇たちはヤムチャさんのひとにらみで追い散らされた。
「「おおー」」
パチパチパチ。
ゴンとレオリオは蛇たちをなんなく退けたヤムチャさんの手腕に拍手を送ると、
繰気弾で気絶したゲレタとバーボンの回収にかかる。
よっこいせ、足をつかんでずるずるずる。
「しっかしスゲェな! 本物の気ってのはよ! テレビでやってたインチキくさいのとはエライ違いだぜ!!」
「ふっふっふっ、かなり修行したからな。ちなみにこの繰気弾はオレのオリジナルだ。
ちなみにこの繰気弾はオレのオリジナルだ!!」
「……ヒソカも気を使ってたんだよね。練習すればオレにも使えるようになるのかな」
「ああ。ヒソカのは念といって、オレのとはちょっと流派が違うんだけどな。ゴンは強くなりたいのか?」
「うん。オレ、ヒソカを止めようとしたけど力が足りなくて、なんにもできなくて……」
暗い表情でうつむくゴン。なんとなく気まずくなって、ヤムチャさんは頬をかいた。
「…もし時間が余るようなら2人にも少しだけ稽古をつけてやるよ。助けてもらったお礼もかねてな」
「ホント!?」
「よっしゃ! 超能力者レオリオ様の誕生だぜ!
どっちが先に気を使えるようになるか、競争だなゴン!」
「うん!」
ずるずる、ずるずるずる。
パタン。
カプセルハウスはあわれな侵入者2名を収容して、その扉を閉じた。
・・・
翌日の朝。
ヤムチャさんたちは洞窟のカプセルハウスを引き払い、本格的にプレート集めを開始しようとしていた。
ヤムチャとゴンはターゲットのプレートを手に入れて6点分集まっているので、残るはレオリオの2点分だ。
洞窟の外は雲ひとつない晴天だった。
ヤムチャさんは舞空術で空中に浮かび、空からゼビル島をながめながら周辺の気を探っている。
(それらしい気は感じられないな。
この島には野生の動物たちも多いし、
気を探って他のヤツらを見つけ出すのは難しそうだ。
空から見つけるにしても森が邪魔で視界が通らないか)
ヤムチャさんはゴンとレオリオが待つ地上へと降りたつ。
「どうだった?」
「ダメだな。
どうやらみんな気を抑えているみたいだ。
ニコルとクラピカの気も感じられない」
「そうか」
ヤムチャさんの気配を探る能力が当てにできないと知り、レオリオは難しい顔で「うーむ」とうなる。
「だけど、何人かこっちを見ている奴がいるな。」
相手が気を抑えているため正確な位置まではつかめていないが、自分たちをうかがっている気配があることはわかった。
ヤムチャさんは鋭い視線をあたりに向けると、静かに気を高める。
「2人とも、ここを動くなよ」
シャッ!
「き、消えた!!」
驚くレオリオ。
「違うよ。すごいスピードで飛びまわってるんだ」
動体視力に優れたゴンには、かろうじてヤムチャさんの動きが見えていた。
シャッ! シュビッ! シャウッ!
ヤムチャさんは瞬間移動とも思える速度で移動と攻撃を繰り返す。
「もう人間技じゃねーよな、実際。
プロハンターになれるヤツってのはあんなバケモンぞろいなのかね。
もう根本的に住むべき世界が違うような気さえしてくるぜ」
「そうかもしれないけど。
それでも、オレはハンターを目指すよ。
レオリオだってハンターになるのをあきらめるつもりはないんでしょ?」
「ケッ、あッたりめーよ! オレがもっとすごくなればいいだけの話だからな!!」
ゴンとレオリオがいい笑顔で語り合っているところに、一通りの掃除を終えたヤムチャさんが戻ってきた。
スタッ!
「ま、ざっとこんなもんだ」
どさどさどさっ。
もとの位置に戻ってきたときには、ヤムチャさんはなんと4人もの人間を捕まえていた。
281番の剣士アゴン。
384番の拳法家ケンミ。
そして見慣れない黒服が2人……!!
「ヤムチャさんよ、お前がスゲェことはよーく分かるんだがな」
「この人たちもしかして試験官の人なんじゃ」
「……えっ?」
・・・
黒服の試験官たちは受験生の行動を採点するために隠れて監視していたらしい。
ヤムチャさんたちは誤って殴り倒してしまった2人の試験官さんにごめんなさいして、いそいそと近くの川辺に移動した。
「えー、コホン。
気を使うための修業を始める前にひとつだけ約束してほしい。
武道は人生をよりよく生きるためのものだ、私利私欲で使っちゃいけない。
手に入れた力は決して悪用しないこと。いいな?」
「「押忍!!」」
ヤムチャさんの言葉にゴンとレオリオが力強く答える。
「よし、まずはお手本を見せるぞ」
ヤムチャさんは左右の掌を合わせると、それを腰だめにしてかまえる。
「かめはめ波!」
どどん!
手から放たれた気功波が近くの立ち木に命中して、小さな爆発を起こした。
「かめはめ波は体内の潜在エネルギーを凝縮して一気に放出させる大技だ。
体中からかき集めた気を右手と左手の間でうまく溜めるのがコツだな。
さ、やってみてくれ」
「「お、押忍!!」」
『かめはめ波! かめかめ波! か・め・は・め・波!』
「……できるわけねーだろうガァッ!!」
ムダに必殺技を空打ちする恥ずかしさをこらえ、一通り試してみたところでレオリオの怒りが爆発した。
「もしかしたら出来るかと思ったんだけどなぁ。いきなりは無理だったか、スマンスマン」
(とはいったものの、どうしよう。
オレの場合は亀仙人さまのところで修行させてもらっている内に自然と身についていたからな。
気を使えるようにするのにどの修行をさせればいいのかいまいちよくわからんぞ)
うーむ。
「よし、2人ともまだ気を意識できてないみたいだから
まずはそこからだな。身体を鍛えるのと並行して学んでいけばいいだろう」
とりあえず亀仙流の修行をやってみることに決めたヤムチャさんは、
こんなこともあろうかと用意しておいた修行用のホイポイカプセルを放った。
BOM!
カプセルを投げた地面から煙がたちのぼり、
亀仙流のトレードマーク。ずっしり重たい亀の甲羅があらわれた。
「2人ともこれをつけてくれ。
かなり重たいから気をつけろよ」
・・・・・・
それからの3日間。ゴンとレオリオはヤムチャさんの指導のもと修行にはげんだ。
よく動き、
「オレの後についてこい!
走り込みのあとはオレと組み手だいくぞー!」
「「オー!!」」
よく学び、
「気、オーラ、エナジー、チャクラ。流派によって呼び方はいろいろあるんだが
これらはゴンもレオリオも誰もが内に秘めている力、生命エネルギーのことなんだ。
いま2人にやってもらっているのは身体を鍛えて気の絶対量を増やし、精神を鍛えて自分の中にある力を感じとるための修行だな。
気のイメージをしっかり掴んでコントロールできるようになれば、2人もかめはめ波が撃てるようになるはずだ(たぶん)」
よく遊び、
「オレが四方からこの小石を投げるから、2人はその円の中だけで避けてみてくれ。
感覚を研ぎ澄ませて音や空気の流れ、気配を感じとるんだ」
「押忍!」
「よっ、とっ、あいたっ」
「レオリオ! 後ろにも目をつけるんだ!」
よく食べて、
「狼牙風風拳にはいくつかの型分けがある。
通常の壱式、スピード重視の弐式、足技を主とした参式。
そして…」
「狼牙風風拳のことはもういいから他の技のことも教えてくれよ」
よく休んだ。
(指導する側に回るってのは新鮮な感じだな。
プーアルのやつは今頃どうしてるだろう。
ニコルとクラピカもちゃんとプレートを集められていればいいが)
・・・
そして第4次試験最後の夜。
ヤムチャさんは草原に横になり、夜の星空を見上げている。
ゴンたちとともに修行をこなしているうち、ヤムチャさんはあることに気がついていた。
(なんだかやけに調子がいいな。
体が軽い… それに感覚も鋭くなっている気がする。)
ヤムチャさんは遠く星空に右手を伸ばす。
目には見えない何かを掴もうとして、グッと拳を握りしめた。
ヒソカとの闘いに勝利を収め、死の淵から這い上がったことでヤムチャさんは飛躍的な成長を遂げていた。
少ない気を集中して活用するヒソカの洗練された戦闘技術『流』を目の当たりにしたことで、より繊細に行えるようになった気のコントロール。
実戦的な方向へと進化した繰気弾と繰気連弾。
そして繰気弾と気円斬を組み合わせた新たな必殺技、繰気斬の完成。
死力を尽くした激闘に勝利したことによって得られた自信が、ヤムチャさんの気を以前よりもはるかに力強いものにしていた。
(まるで自分の中の可能性が引き出されていくような感覚だ。宇宙に出てきてよかった。
この星で実戦経験を積み武術を学べばオレはまだまだ強くなれる!
極められるかもしれない。
思い描いていた最強最後の必殺技『真の狼牙風風拳』を!)
宇宙の帝王フリーザをも凌駕する最強の超地球人。
地球から遠く離れたこの星で、
ヤムチャさんの潜在能力は人知れず開花の時を迎えようとしていた。
ちなみに…
『かめはめ波ーーー!!!』
そよっ、
ゴンとレオリオはそよ風が起こせるようになった!