最終試験の会場となっているホテルの広間では、
第2試合、クラピカとヤムチャの対戦がはじまろうとしていた。
「最初に言っておきたいことがある。
4次試験でニコルのプレートを奪ったのは私だ。」
ざわ… ざわ…
クラピカの言葉に場の空気が緊張する。
ヤムチャとニコルが協力関係にあったことは、この場にいる人間の半数以上が知っている事実だ。
「そういうことだったのか、なんとなく避けられてる気はしたんだよなー」
大方の予想に反し、ヤムチャさんの反応は軽かった。
「私を責めないのか。あなたはニコルと親しかったはずだ」
「別に卑怯な手を使ったわけじゃないんだろ?」
「ああ」
「ならいいさ。ニコルがルールの上で戦って負けたならオレがとやかく言えることじゃない」
戦い競い合った相手であっても、事が終わればノーサイド。それがヤムチャさんの流儀だ。
一緒に合格しようと約束したニコルの力になれなかったことを残念に思う気持ちはあっても、それでクラピカを責めたりはしない。
ヤムチャに恨まれることを覚悟していたクラピカにとっては拍子抜けの結果だった。
「今度ニコルにはクラピカが気にしてたって伝えておいてやるよ」
「あ、ああ、すまない」
「それはそれとして、勝負の前にルールを提案しときたい。
際限なく戦うんじゃお互いに大変だからな。
気絶したりダウンしたりして動けなくなったら負け。
天井か四方の壁に体がふれたらその時点で場外負け。
負けた方は『まいった』ということ。どうだ?」
「承知した。私としても戦いを不毛に長引かせることは避けたい」
ヤムチャさんが天下一武道会をイメージして考えたルール案をクラピカはあっさりと承諾した。
この2人の話し合いを聞いて頭を抱えたのがハンゾーだ。
(しまった~~~!!
オレもああいうルールでやっとけばよかった!
普通に気絶した方の負けってことならゴンのやつも納得したかもしれん!)
ざ・わ…
(守勢に回ればそのまま押し切られるだろう。
こちらから仕掛けて善戦できたとしても、空に逃げられてしまえばそれまでだ。
生半可な攻防をしている余裕はない)
クラピカは油断なく対の木剣を構えてヤムチャさんを見据えた。
「ヤムチャ、新狼牙風風拳でこい」
(私とヤムチャの地力の差は明白。正面から戦えば敗北は免れない。
だが、ヤムチャの新狼牙風風拳は攻撃する瞬間、足元に隙ができる)
過去にヒソカとヤムチャさんの対戦を見ていたクラピカは、そこにヤムチャ攻略法を見出していた。
ヤムチャさんは自ら編み出した必殺技にこだわりを持っている。だからこそ挑発に乗ってくるだろうとクラピカは判断したのだ。
「ずいぶんと自信があるみたいだな。
いいだろう。オレの必殺技を披露してやる」
ビッ!
ヤムチャさんは狼牙風風拳の構えをとった。
破れるものなら破ってみろと言わんばかりだ。
その自信ありげな態度を見たクラピカに電流走る――!
「いくぞ! 新狼牙風風拳!!」
(足元狙いは見透かされているか、ならば!)
クラピカは一度きりの勝機に全てをかけた。
視線を下方に向けることでヤムチャさんの足元を狙っていると見せかけつつ、
大きく踏み込んで前方に加速。突進してくるヤムチャさんの腹部を狙って渾身のダブル疾風突きを放つ。
「シッ!」
クラピカがお留守なはずの足元ではなく腹部を狙ったのには理由があった。
それは情報。ヒソカに破られて以来、ヤムチャが必殺技の改良に取り組んでいたことはゴンとレオリオから聞いて知っている。
技の欠点を認識していたがゆえに生じる、相手は足元を狙ってくるはずだという先入観。
それが鍵穴。足元のスキを意識して重点的に対策している分だけ、おのずと上半身への攻撃に対する警戒が薄くなる。
クラピカの狙いは確かに的中していた。
下段攻撃と見せかけての中段攻撃を選択したことでヤムチャの意表を突くことに成功。
予想外の挙動にヤムチャは反応できない。完璧なタイミングで放たれた、必殺のカウンターアタック。
当たるべくして当たる必中の一撃。試験合格への片道切符……!!
(もらった!)
だが届かない。クラピカのつかんだ勝利へのカギはもろくも砕け散る。
クラピカの思惑のことごとくを飛び越えて、ヤムチャさんは超絶無敵だった。
ヤムチャのみぞおちに木剣が突き刺さり、そして何の抵抗もなくすり抜ける。
「残…像っ…!」
「惜しかったな。今回はオレの勝ちだクラピカ」
標的を見失いたたらを踏んだクラピカの後方、背後にヤムチャの本体。
ヤムチャの両手がクラピカの背中に添えられた。殴るでもなく、叩くでもない、ただ純粋に背中を押すという行為。
攻撃とすら呼べぬようなそれが致命傷。クラピカを奈落の底へと突き落とす悪魔の一手。
ドウッ!
圧倒的な衝撃。物理法則をどこかに置き忘れてきたような一撃が、クラピカの体を水平方向へと大きく吹き飛ばす。
「うわぁぁぁぁ!」
(まずい! 壁までふきとばっ)
クラピカは手にしていた木剣を床にたたきつけて、なんとか勢いを殺そうと試みる。だが…
ズギャッ!
ガリガリガリガリ!
及ばない。努力実らず。慣性に引きずられて上滑りする身体が止まった時、クラピカの身体は壁に触れていた。
クラピカは目を閉じてうつむくと、大きく息を吐き出して心を落ち着けた。そして…
「まいった。私の負けだ」
場外負け。敗北を認めたクラピカの胸中に湧き上がる感情は畏怖。そして安堵。
もう勝ちの見えない綱渡り、命懸けのギャンブルに挑まずともよいという心の安息。魂の理想郷。
「ふっふっふ、これでオレもプロハンターの仲間入りだな」
(あぶないあぶない。念のために残像拳を組み合わせておいてよかったぜ。
カウンター狙い対策用のバリエーション、名付けて狼牙残像拳ってところか。
馬鹿正直に突っ込んで、みんなの見てる前で必殺技を破られるなんてかっこ悪過ぎるからな)
ヤムチャさんは周囲からの期待と必要に合わせて常に力をセーブしている。
ヤムチャさんの真の力をもってすれば、まだ気を満足に操ることができないクラピカを問答無用の力押しでねじふせることもできた。
それをしなかったのは、相手と同じ土俵で勝負を楽しみたい、鍛え上げた技と技とを競わせたいという武道家としての本能ゆえか。
・・・
『第3試合 ハンゾー 対 ポックル』
「よぉ、ちっと提案なんだがな。
オレ達もさっきの試合のルールでやらないか?」
「気絶したりダウンして動けなくなったら負け。四方の壁に身体がついても負けってやつか」
ポックルは口元に手をやり、ハンゾーの案を検討する。
(身体が動けなくなった時点であきらめてくれるなら、オレにとってはそのほうが好都合か)
「よし、わかった。それでいこう」
ポックルの不幸はハンゾーの眼に宿るギラついた光に気付けなかったことだ。
「はじめ!」
(接近戦はこちらが不利だ、まずは牽制から)
マスタの合図をうけて、ポックルは愛用の短弓を手に身構える。
「え?」
ポックルの口から間の抜けた声が発せられた。
駆け引きもなにもない。まばたきほどの一瞬の間に、鬼の形相をしたハンゾーが懐に潜り込んでいた。
気配と足音を殺し、無音での移動を可能とする忍び独自の体術。
ハンゾーからしてみれば、まだ様子見気分で集中しきれていないポックルの意識の間隙を縫うことなど造作もないのだ。
「死にさらせやオラァッ!!」
ドゴーン!!
「ひでぶらぁっ!」
ハンゾーの満身の力を込めた昇龍拳アッパカットが一閃。ポックルの体が宙を舞った。
「ポックル戦闘不能! ハンゾーの勝ち!」
倒れたポックルが意識を失っていることを確認したマスタが、ハンゾーの勝利を告げる。
「おっしゃあ!」
「ただしあくまでも暫定勝利です。目覚めたポックル氏が敗北を認めなかった場合には再度試合続行となります」
「何度だってぶっとばしてやんよ」
ポックルとて最終試験まで残ったツワモノだ、けして弱くはない。
ゴンを圧倒していたハンゾーの実力を考慮してなお、勝算はあると判断して挑んだ戦いだった。
しかしハンゾーは予測をはるかに上回る力を発揮。とっさのガードも容易く弾き飛ばしてポックルの意識を刈り取った。
それはゴンに対する不本意な敗戦によって生じた怒りや苛立ちといった負の情念が、ハンゾーの拳を強化したからに他ならない。
結果。ポックルは倒れた。
ハンゾーは確信する! オレってやっぱ天才忍者だぜッ!!
・・・
『第4試合 レオリオ 対 クラピカ!』
ここでも事前の話し合いによりヤムチャルールが採用された。
わざわざ反則無し、ルール無用の泥沼仕様で逆トーナメントを開始したのに、
ルーキーたちが勝手にルールを作って各々納得してしまうというネテロ会長涙目の展開となっていた。
「最後の最後でオメェとやり合うことになるとはな。
手加減はしねェ! 全力でいくぜクラピカ!!」
レオリオはなんか暑っ苦しい感じの闘気を立ち上らせている。
「望むところだ」
愛用の木剣を手に表面上は平静を保っているクラピカだったが、内心には一抹の不安があった。
対の木剣を手にしているクラピカに対し、ヒソカとの闘いで武器を失ってしまったレオリオは徒手空拳のままだ。
ヒュヒュォッ!!
試合開始と同時にクラピカはクルタ二刀流の素早い剣撃を繰り出す。だが、
ガカッ!
左右の剣撃はレオリオの両腕によって受け止められていた。
「へっ、一週間前のオレと同じだと思うなよ!」
「そのようだな」
ゴッ!
クラピカの前蹴りがレオリオの腹にヒットする。
「ぐぇっ… にゃろう!」
シュッ、
反撃の左フックを、クラピカはバックステップで回避した。
(剣をガードした腕はまったくの無傷。
油断していた腹を蹴り上げてもひるませる以上の効果は期待できないか。
今の動き、ほとんどダメージが通っていないな。厄介なことだ)
クラピカの悪い予感は的中していた。
短期間だがヤムチャさんに師事していたことで、対戦相手のレオリオは明らかにパワーアップしていたのだ。
師匠に似たのか慢心してしまっているきらいもあるが、人間離れした耐久性を身につけていることは疑いなかった。
(……亀の甲羅がカッコ悪過ぎるからと距離を置いてしまったのが裏目に出たか)
このレオリオの成長は試験官組でも話題となっていた。
「さきほどのゴン君もそうでしたが、レオリオ氏も纏を習得していますね。
男子3日会わざればとは申しますが、2人とも本当に素晴らしい才能の持ち主です」
四大行のひとつ『纏(テン)』は身にまとうオーラで身体を頑強にする念法の基本だ。
常人であれば数カ月を要するであろうそれを、わずかな期間で身につけたゴンとレオリオの才能をサトツは素直に称賛する。
「クハハハッ、こうも念の使い手を量産してくれるとは、やはりあの42番のバカっぷりは筋金入りだな!」
表試験を席巻するヤムチャルールといい、裏試験の存在をおびやかす念修行といい、意外性にもほどがあるだろうと手を叩いて喜ぶリッポー。
トリックタワーの刑務所長を務めるこの男は、基本だれかが困っているのを見るのが好きな人なのだ。
「うーん、たしかに403番の……レオリオだっけ、は強くなってるけど、むしろ404番の動きが悪いような気がするかなぁ」
「攻撃するのをためらってるっていうか、なんとなく本気を出せてないって感じよね。
ここまで協力してきた仲間意識なり思い入れなりがあるんでしょうけど、
このまんまなら404番に勝ち目はないわ」
ブハラとメンチの見立ては正しい。
無意識下でレオリオを仲間だと認識してしまっているクラピカは、十全の実力を発揮することができないでいた。
・・
「くっ」
クラピカは攻めあぐねて守勢に回っていた。
素早い身のこなしでなんとかヒットアンドアウェイをくりかえしているが、その攻撃はほとんど効いていない。
クラピカとレオリオはもともと身長にして20cm以上の体格差がある。そこに気による防御力アップが加わっているせいで有効打が出せないのだ。
ヤムチャのように分かりやすい大技を使ってくるわけではないのでカウンターを狙うのも難しい。
否、クラピカはすでに気がついている。自分がレオリオに後遺症を負わせかねないような攻撃をあえて避けていることに。
みずからの心が行動の選択肢をせばめているのだ。本当の敵は己のうちにある。
(理由があればだれとでも戦うと言っておいてこのざまか。
私はハンターにならねばならない! クモを捕らえ、同胞たちの無念をはらすために!)
自分自身を鼓舞して戦意を燃やそうとはしているのだが
どうしても内心の迷いを断ち切れず、クラピカはじくじたる思いでほぞをかむ。
そして、まどいとまどっている状態であしらい続けられるほど、レオリオは甘い相手ではない。
「うおりゃぁーー!」
肉を切らせて骨を断つ気迫でレオリオはドカドカと距離を詰めてくる。
「レオリオタックルゥ!」
はっとしたときにはもう遅い。
レオリオは体格差を活かした体当たりでクラピカに組みつくと
「レオリオスイーング!」
勢いよくブン投げた。
と同時、レオリオはクラピカの着地点へ向けて猛ダッシュ。
「レオリオ! スーパー! キィークッ!!」
(いちいち…)
ドゴッ!
空中に投げ出され身動きの取れないクラピカに、レオリオのドロップキックが炸裂する。
「…技の名前をさけぶなぁぁぁぁ!」
現実逃避ぎみな抗議の声(ツッコミ)を残して、クラピカは初戦に続いての場外負けをきっした。
・・・
さて最終試験も後半戦に突入。次なる対戦カードは
「キルアー! がんばれーー!!」
「おう」
友達であるゴンの声援に片手をあげて応えるキルアと、
「……」
ハンゾーにやられて仏頂面の狩人ポックルの一戦だ。