ヤムチャさんが天空闘技場を訪れてから数日が過ぎた。
クールな眼差しとホットなハートをあわせ持つ最強無敵のナイスガイ、ヤムチャさんは
160階クラス・170階クラス・180階クラスと連日勝利を重ね、天空闘技場で大人気のスーパースターとなっていた。
『次なる対戦者の入場です!
青龍の方角! 蝶のように舞い! ハチのように刺す!
あらゆる攻撃を回避して対戦相手を一撃KO!!
新進気鋭のプロハンター、狼牙風風拳のヤムチャ選手ッ!!』
シャッ!
東側の入場口から黒い影が飛びだした。
クルクルクル… シュタッ!
大きくジャンプして空中で3回転。そして会心のスペシャルファイティングポーズ!!
いわゆる「優勝したもんねー!」のポーズで登場したのはヤムチャさんである。
観客たち「ヤームーチャ! ヤームーチャ! ヤームーチャ! ヤームーチャ!」
会場に巻き起こるヤムチャコール。ヤムチャさんはここ数日で天空闘技場にすっかりなじんでいた。
「どーもどーも!」
大きく両手を振って会場中に愛想を振りまくヤムチャさん。
ヤムチャさんとしてはことさら己の力をひけらかしたいわけではない。断じてないのだが、
やいのやいのと持ち上げられるとニヤニヤしてしまうのもまた事実だった。
『白虎の方角! 2mを超える長身に、体重は圧巻の200kgオーバー!
その肉厚な身体にはあらゆる打撃が通じない! 拳法家殺しのファットマン選手だッ!!
ここまでの対戦成績は12戦して無敗! その快進撃は今日も続くのか!』
西側の入場口からはズシンズシンと重たい足音をひびかせて、超肥満体形の巨漢がぬうっと姿をあらわした。
『たがいに全勝同士の好カード、注目の一戦です!
観客席のみなさんギャンブルスイッチの準備はよろしいでしょうか!?
それではスイッチオーン!』
巨大電光掲示板に表示された賭け倍率はヤムチャさん1.2倍に対してファットマンが2.3倍だ。
『観客席の予想ではヤムチャ選手が圧倒的優勢!!
さすがの貫録! 武闘派プロハンターの肩書きはダテではありません!
拳法家殺しのファットマン選手、この前評判をくつがえすことができるのかーーー!?』
(ぬふふふ、プロハンターといえども恐れるに足らず!)
(こいつはいままでのやつらよりもかなり強いな。念使いか)
コロシアム中央に用意されたリングのうえで対峙するファットマンとヤムチャさん。
対戦相手のファットマンが念能力者であることを見抜いたヤムチャさんはとりあえず様子見のかまえだ。
「それでは試合はじめ!」
審判のお兄さんの号令で試合が開始された。
「ぬふぅ、このわたしと対戦した記念に一発だけ撃たせてあげましょう。パンチでもキックでもお好きなほうをどうぞ」
「いいのか? オレは強いから一撃でKOしちゃうかもしれんぞ」
「ふぁっ、どうぞ試してみてください。
わたしは今までありとあらゆる拳法をこの体で殺してきたのですよ」
でぶい腹をゆらしながら自信満々に語るピザファットマン。
「それじゃ、お言葉に甘えて」
ヤムチャさんはとりあえずパンチを一閃。
「はあっ!」
ズブン!
ブヨリとした手ごたえとともに、ヤムチャさんの腕がファットマンの腹に埋まってしまった。
(ちょろいですなぁ)
ヤムチャさんの視界の外。
両腕を大きく振りかぶったファットマンが、動きの止まったヤムチャさんを見下ろしてにやりと笑う。
次の瞬間、無言で振り下ろされたダブルハンマーパンチが
「ぐえっ!」
ヤムチャさんを叩き潰した。
『ああっとファットマン選手! 自ら攻撃を誘っておいての強烈な反撃! これは汚い! きたないぞーっ!』
「ふんぬぁ!」
「なんのっ」
続くファットマンの追撃をヤムチャさんはゴロゴロと横に転がって回避。
ドゴォンッ!
ふりおろされたファットマンの足が、一瞬前までヤムチャさんの後頭部があった場所をふみ抜いた。
「クリーンヒット&ダウン! 2ポイント!」
審判が攻撃の有効を告げる。
天空闘技場の試合はポイント&KO制と呼ばれるものだ。
有効打を浴びせて10ポイント奪うか、対戦相手を戦闘不能に追い込むことで勝敗を決する。
(なるほど。打撃を無効化できる防御型の念能力なのか。こんなのもあるんだな)
「ぬふふふ、これぞ拳法家殺し!
わたくしの身体はあらゆる打撃の威力を10分の1にまでダウンさせる!
つまりおまえの攻撃はわたくしにはまったく通じないわけだ。この意味がわかるかぁ?」
「つまり、さっきの10倍の力で攻撃すればいいってことだな」
いまのヤムチャさんであれば気を高めるまでもない。
キィィィィィィン――
ヤムチャさんは右の拳にすべての気を集中させる。
念の応用技の一つ『硬』普段は全身を満遍なく覆っているオーラを一点のみに集中させることで、その攻撃力は数倍、数十倍にも跳ね上がる。
「狼牙――
ヤムチャさんはファットマンのふところに踏み込むと、さきほどと寸分たがわぬ場所に向かってパンチをふりぬく。
――風風拳っ!」
どっかーん!
剛拳一閃。
見事ファットマンをぶっとばしたことで、ヤムチャさんは200階クラスに昇格した。
・・・
「200階クラスへようこそ。
このクラスでは申告戦闘制といいまして、一戦ごとに90日の戦闘準備期間を用意しております。
その期間内に戦闘を行われませんと、即失格となり登録が抹消されてしまいますのでご注意ください。
これより先では武器の持ち込みも可能とさせていただいております。
このクラスをクリアするには10勝が必要となります。しかし10勝する前に4敗してしまいますと、これまた失格となります。
晴れて10勝いたしますと、フロアマスターに挑戦することができます」
ヤムチャさんは受付のお姉さんから200階クラスについての説明を受ける。
おおまかな内容は事前にパンフレットで把握していたので特に聞き返すようなこともなかった。
フロアマスター(階層支配者)とは天空闘技場の230階から250階をそれぞれ占有している21名の最高位闘士のことである。
200階クラスで10勝した者がいずれかのフロアマスターに挑戦し、勝利した時点で新たなフロアマスターとして認められる。
そしてフロアマスターとなった者には格闘技の祭典、バトルオリンピアへの優先出場資格が与えられるのだ。
「こちらに登録の署名と戦闘希望日の記入をお願いいたします」
ヤムチャさんは『試合で怪我したり死んだりしても文句は言いません』という内容の同意書にサインした。
「いまが2月で… 次のバトルオリンピアは9月でしたっけ」
「今年のバトルオリンピア開催予定は9月15日から10月1日となっております」
(まだ半年以上時間があるから
あせらなくてもじゅうぶん間に合うな。
戦闘希望日の指定は特になし、っと)
希望日時いつでもオーケーのチェック欄に線を引いてお姉さんに渡すと、ヤムチャさんは自室へと引き上げた。
そんなヤムチャさんを物陰から観察していた3人組がいる。
「新入りか」
「彼も使えるようだね」
「そのようだ」
車イスの闘士リールベルト。
能面のような顔をした隻腕の闘士サダソ。
失った両足の代わりに鉄製の義足を身につけた一本足の闘士ギド。
彼らはまだ200階クラスでの戦闘経験があさい新人を狙って勝ち星をかせぐ、新人つぶしの3人組である。
・・・
時は流れる。天空闘技場の223階で、ヤムチャさんとギドの対戦が行われようとしていた。
『さあ次も注目の一番!
連戦連勝で勝ちあがってきた武闘派プロハンター、狼牙風風拳のヤムチャ選手と
ここまで3勝1敗、舞闘独楽(ぶとうごま)の使い手 ギド選手の対戦です!』
「なん……だと……?」
選手紹介を聞いたギドの背中を汗がつたう。
ヤムチャさんが武闘派プロハンターというのは初耳だった。
戦闘準備期間が残り少ないからと、ろくに下調べもせずに試合を挑んだのは早計だったかもしれない。
観客たち「ヤームーチャ! ヤームーチャ! ヤームーチャ! ヤームーチャ!」
会場に巻き起こるヤムチャコール。
続くギャンブルスイッチの結果もヤムチャさんを圧倒的に支持。
ギドの方が古株なのにこの扱い。もはやアウェイの空気すらただよっていた。
(よもやプロハンターを相手取ることになろうとはな)
全身をすっぽりとおおうフードとローブ。そして顔のマスクによって隠されてはいるものの、
ギドはすっかりビビっていた。
だが、後には引けない以上自分にできることをやるしかないなと開き直り、ギドは覚悟を完了させる。
「ポイント&KO制、時間無制限一本勝負! はじめ!」
(様子見をしてくれているのはありがたい。
まだ油断しているスキに短期決戦で仕留めるほかあるまい)
ギドは先端のまるくなった一本足の義足を支点として、グルグルと独楽のような高速回転を始める。
ギュルルルルル!!
『出ました!
自らを独楽とするギド選手攻防一体の竜巻独楽(たつまきごま)
のっけからフルスロットルだぁーーー!』
「くらえ! 散弾独楽哀歌(ショットガンブルース)!!」
ギドは手もとの独楽にオーラを込めて、回転の勢いそのままにヤムチャさんめがけて撃ちだした。
(へぇ、本当にコマで戦うんだな)
ギドから散弾のように放たれた独楽をひょいひょいっと余裕でかわすヤムチャさん。
しかしそれもギドの思惑のうちだ。
ガキィンッ!
よけられた独楽はヤムチャさんの背後で互いにぶつかり合って火花を散らし
ドゴォッ!
「ぐわっ!」
ヤムチャさんの背中に激突する。
予期せぬ方向からの攻撃と、思っていた以上に力強い衝撃にヤムチャさんはよろめいた。
「クリーンヒット! ギド選手1ポイント!」
「これぞ戦闘円舞曲(戦いのワルツ)!
複雑に舞い飛ぶ独楽は予測不可能な動きでキサマを襲う!」
ガッ! ガガッ! ギィン!
ギドの操る20個の独楽たちは、お互いに弾きあって進む方向を変えながら、ヤムチャさんの周囲をはいかいする。
(見ためのわりに力が強いな。念能力は思い入れがあるとパワーアップするというアレか。
自分の身体までコマっぽく改造するほどだもんな、よっぽどコマに思い入れがあるんだろう)
勝手に納得したヤムチャさんは、サッと左手を横に伸ばすと
バシッ。
直撃コースで飛びこんできた独楽の一つを無造作につかみ取った。
「なにィ!?」
「飛び交うコマ全部の動きを見切ろうとしたら大変なんだろうけどな、
手の届く範囲に入ってくるコマだけを意識していればそうむずかしいことじゃない」
目の前をよこぎっていこうとする独楽。背後からぶつかってこようとする独楽。足元からはねてくる独楽。
ヤムチャさんはそれらすべてを掴み取っていく――
カラカラ… カラン…
ヤムチャさんが両手を開くと、動きを止められオーラを失った20個の独楽たちが、地面に転がり落ちた。
『おおっ! これはすごいぞヤムチャ選手!
ギド選手の舞闘独楽による包囲網を完全破壊!!
その実力の高さを見せつけたァ!!』
(さすがに強い。だがオレの竜巻独楽は攻防一体! ヘタに手を出せばダメージを受けるのはヤツのほうだ!)
ギュルルルンと高速回転しながらギドは次の一手を考える。
だが、その考えがまとまる前にヤムチャさんが仕掛けた。
「繰気斬(そうきざん)!」
ブゥン!
繰気弾を薄い円盤状に形状変化させ、高速回転させることで敵を切り裂くヤムチャさんの必殺技だ。
ドドドドゥッ、ズバババッ!
対抗して撃ちだされた独楽を真っ二つに切り裂いて、繰気斬がギドに迫る。
「チィッ!」
ギャリッ!
ギドは空中に跳ねることで繰気斬を回避。
ドゥンッ!
勢いをつけた2回目の跳躍でさらに空高く舞い上がると、
ジャキィンッ! 丸みを帯びた義足の先端がスライドし、さきっちょからドリルが飛び出した。
ギドは空中から一気に急降下。ヤムチャさん目掛けて突貫する。
「これぞ我が奥義! 空中大回転螺旋竜巻独楽(くうちゅうだいかいてんらせんたつまきごま)だーーー!!」
高速回転している鉄製の義足ドリルで超電磁スピンよろしく相手を貫く。
実際の命中率には難があるものの、ギドが用意できる手札のなかでは最も威力の高い必殺技だ。
これが炸裂すればさすがのヤムチャさんといえども無事では済まない。ハズだった。
「むんっ!」
ギュオッ! ズバシュッ!
ヤムチャさんが気合を込めると、操作されて返ってきた繰気斬がギドの義足部分を切断した。
「なんとぉ!?」
竜巻独楽は回転軸を失ったことで大きくバランスを崩した。
ギドは大回転の勢いそのままに、頭から地面にたたきつけられて真っ赤なお花を――
(切……! やば… 地面……
立て直せる!? ここから!?
…無理! 死……)
「おっと」
――咲かせる寸前、スライディングで飛び込んできたヤムチャさんによってキャッチされた。
「大丈夫だったか? っと、気絶してるのか」
「ギド選手 戦闘不能! 勝者、ヤムチャ選手!!」
『ヤムチャ VS ギド 決着!
ギド選手のくりだした竜巻独楽をヤムチャ選手が光刃を飛ばして迎撃!!
空中で失神してしまったギド選手をダイビングキャッチで救助しての劇的な幕引きだ~~~!!』
大きな余裕を見せつけるヤムチャさんの活躍ぶりに、観客席はワーワーと盛り上がっていた。
選手入場口の通路。ここまで戦いを観戦していたリールベルトとサダソが話している。
「なぁ。オレたちはあいつに挑むのやめにしないか?
プロハンターだし、ヘタしなくてもフロアマスターなみに強い気がするぜ」
「それはグッドアイディアだね。
ギドっちはこれで3勝2敗、今夜は残念会でも開いて慰めてあげようか。
リールベルトはなにか食べたいものとかあるかい?」
「その相談はギドを回収してからな。相手がプロハンターだと知ってたら止めたんだが」
ため息をつき、やれやれと首を振ってリールベルトは移動を始める。
「気に病むことないよ。プロハンターもピンキリだしね。
それに、お人好しそうだって見立ては当たってたから命は助かった」
「それが不幸中の幸いだな。
ん? オレらってヤムチャに感謝する立場なのか?」
「さあ?」
友人であるギドの敗北は悪いニュースだが、しょせんは他人事でもある。
サダソはいつも通りの軽い足取りで、リールベルトの後を追った。
・・・
一方その頃。
ここは地球にあるカプセルコーポレーション。
「ブルマさん、ドラゴンボール集まりました」
「あらクリリン、ごくろうさま。庭の方に持って行ってくれる?」
「あのー、ところでベジータのやつは」
「ベジータならいないわよ。
ちょっと前に一度帰ってきたんだけどね。
超サイヤ人になる修行するんだってまた出て行っちゃったわよ。
『カカロットにできてオレにできないはずはない』ーとかいっちゃってさ
ほんとサイヤ人って負けず嫌いよね」
「あはは、そうですね」
(そのまま帰ってこなけりゃいいのに)
クリリンとしてはベジータの目と鼻の先でドラゴンボールを使うのは遠慮したかった。
目の前にチャンスをぶら下げて、また不老不死だの世界征服だのと野心を抱かれたのではたまらない。
フリーザ親子の襲来以降、地球は平和を保っている。
ピッコロはどこかで修行しているのかしばらく姿を見せていないし、
ベジータもナメック星の一件で生き返らせてもらったことにいちおうは恩を感じているのか、地球で暴れたりはしていない。
カプセルコーポレーションの庭先で、クリリンが集めた7つのドラゴンボールがかがやきをはなっている。
ブルマは大きく両手を広げ、合い言葉をとなえた。
「いでよ神龍(シェンロン)そして願いをかなえたまえ!」
カッ!
あたりに雷雲が立ち込め、ドラゴンボールから大きな龍が姿をあらわした。
「願いを言え。どんな願いでも一つだけ叶えてやろう。」
「ヤムチャが参加したハンター試験で怪我したり死んじゃったりした人たちを、みんな元に戻してあげて!」
「あれ? ヤムチャさんに頼まれたのはニコルって人を生き返らせることなんじゃ…」
「なにいってんのよ。せっかくドラゴンボール使うんだから大きなお願いごとしたほうがお得でしょ?」
「ま、まずいですって! だれか余計な人たちまで生き返っちゃったらどうすんですか!」
「もー、クリリンはいちいちうるさいわね」
「変なことして、もしもニコルって人がちゃんと生き返らなかったらヤムチャさん怒りますよ」
「はいはい。わかったわよ」
気を取り直してもう一度。
「さっきのなし! ヤムチャの友達のニコルを生き返らせてあげて! 安全確実にお願いね!」
「……たやすいことだ。」
神龍(シェンロン)の双眼が紅く輝いた。光の柱が空へ向かってのびていく。
「願いはかなえた。さらばだ。」
地球からはなたれた光は宇宙空間を突き進み、ハンター第4次試験会場であるゼビル島へと降りそそいだ。
・・・
「あれ、ここは……?」
ニコルは気がつくと、実家である屋敷の前に立っていた。
ゼビル島で無謀にもギタラクルに襲いかかり、返り討ちにあったはずの身体には一切の怪我がない。
(ボクは悪い夢でも見ていたのか? それともここは死後の世界?)
「ニコルぼっちゃま!」
屋敷の前にぼうぜんと立ちつくすニコルを発見して、家の使用人たちが駆け寄ってくる。
ニコルにとっては見慣れた光景。
以前はエリートとして当然だと受け止めていた、うざったくすら思えていた日常の風景。
それが妙に温かく、かけがえのないものに感じられて、ニコルの両目から涙がこぼれた。
***
次回『天空闘技場の狼虎激突』