その日の夜。天空闘技場にあるヤムチャさんの自室。
テレビをつけっぱなしの室内で、ヤムチャさんは床に倒れてぐうぐうと眠っていた。
だらしなく開いた口元からはよだれが垂れており、近くには栄養ドリンクの空き瓶が落ちている。
「おじゃましまーす」
こっそりと部屋に侵入してきたのは金髪碧眼のハンサムボーイ、シャルナークだ。
シャルナークは寝ているヤムチャさんの首筋あたりにプスリとアンテナを刺して、手に持った携帯電話から念能力を発動する。
『携帯する他人の運命(ブラックボイス)』
眠っていたヤムチャさんが目を開き、うつろな表情でむくりと立ち上がった。
シャルナークの念能力は操作系。付属のアンテナを刺した人間を、オリジナルの携帯電話を介してロボットのように操ることができるのだ。
ヤムチャさんを生きたまま拉致れとの団長命令を受けたシャルナークは
クロロがゾルディック経由で仕入れてきた情報と、自身がプロハンター専用サイトで集めた情報をもとにその方法を検討。
このときシャルナークが目をつけたのは、ヤムチャさんがハンター試験でトンパの下剤入りジュースを飲んでいるという事実だった。
薬物を用いるのが最も効果的だと判断したシャルナークは、売店のおばちゃんを操ってヤムチャさんに睡眠薬入りのドリンクをつかませることに成功。
結果。ハンター世界最強の超戦士であるヤムチャさんを、いともあっさりと無力化してしまったのである。
『部屋の貴重品類を回収。出かける準備をしてオレについてこい』
「ワかリましタ」
シャルナークが携帯電話に指令(コマンド)を打ち込むと、ラジコンロボットと化しているヤムチャさんはそれに従って行動を開始した。
ヤムチャさんは仙豆・念法の解説書・ホイポイカプセルのケースを手に持って、部屋の戸締まりをしてから主人であるシャルナークの後に追従する。
シャルナークはバックアップとして部屋の外に待機していた武闘派コンビ、フィンクス・フェイタンと合流して、夜の街へと姿を消した。
・・・
街の郊外に位置する廃ビル。
仮の集合拠点として定められたこの場所に、幻影旅団のメンバーが集まっていた。
「団長、ヤムチャ連れて来ました」
「ご苦労だったな」
任務を達成したシャルナークたちにねぎらいの言葉をかけたのはクロロ=ルシルフルだ。
団長であるクロロと共にゼビル島に行っていたパクノダとコルトピ。
昼間にカストロ戦を観戦していたシャルナーク・フィンクス・フェイタン・マチ・フランクリン。
殺されたヒソカをのぞく幻影旅団の構成員12人のうち、8人までがこの場に集まっている。
「さて、なにから聞きましょうか」
「現在の行動目的、仲間はどこに何人いるのか、ニコルを生き返らせた方法はなんなのか、だ」
「了解」
クロロからの指示を受けて、パクノダは呆けた表情で固まっているヤムチャさんの肩に手を置いた。
パクノダは特質系の念能力者だ。対象に触れて質問を投げかけることで、相手の記憶を読みとることができる。
「あなたの現在の行動目的は?
……修行中。フリーザのような敵が現れた時のために強くなること」
(フリーザって誰だ?)
聞いたことのない名前にフィンクスが首をかしげた。
「仲間はどこに何人いるの?
……地球にたくさん。十人以上」
(チキュウ?)
まったく知らない地名の登場に、シャルナークは胸中で疑問符をうかべる。
「ニコルを生き返らせた方法は?
……ドラゴンボール。7つ集めると龍が出てきてどんな願いでも叶えてもらえる」
「おいパク、お前さっきからなに言ってんだ?」
デタラメとしか思えないパクノダの言動に違和感を覚えたフランクリンが、彼女をにらみつけた。
他の団員たちもさりげなく警戒姿勢をとり、周囲の変化に気を配る。
それは自分たちが気づかないうちになんらかの攻撃を受けているのではないかという、疑念。
「あなたはどこの誰なのかしら?」
パクノダは最後にそう尋ねると、ヤムチャさんから一度手を離した。
「結論から言うとね。この男は宇宙人なのよ」
(!)
パクノダがヤムチャさんを指差しながら放った予想外の一言が、一同の表情に疑惑と緊張をはしらせる。が、
「ウチュウ? 聞き覚えのない国ね」
「地図で言うとどのあたりだ?」
フェイタンとフィンクスののんきな発言が、張り詰めた空気を一瞬にして弛緩させた。
「……地球という遠い星から、宇宙船に乗ってこの世界にやって来た異邦人。それが彼の正体よ」
パクノダはこめかみを押さえて頭痛を堪えるようなしぐさをすると、ため息交じりにそう吐き出した。
・・・
その後もパクノダはヤムチャさんから次々と記憶を読みとっていった。
新たに出てくる未知のキーワードについて質問を重ね、芋づる式に記憶を引き出す。
「オーケィ、記憶をみんなに送るわよ」
ある程度の情報がまとまったところで、パクノダはその手に拳銃を具現化する。
『記憶弾(メモリーボム)』
パクノダが持つ2つめの念能力。自分が持っている記憶を、具現化した弾丸に込めて相手の脳に直接伝えることができる。
パクノダはその場にいる団員たちに記憶弾を発砲して、ヤムチャさんから引き出したすべての情報を7人の頭に叩き込んだ。
タ━━━━・(゚∀゚)・∵━━━━.ン!!!!
「ヘ、ヘヘッ」
記憶を受け取ったフィンクスの口から引きつったような笑いが漏れる。
「全宇宙を支配しようとたくらんだ宇宙の帝王フリーザと、それを倒した伝説の超サイヤ人」
「天国と地獄。閻魔大王(えんまだいおう)が治める死後の世界」
「なるほど。どんな願いでも叶えてくれるドラゴンボールか、放っておく手はねェな」
マチ・コルトピ・フランクリンが一つ一つの事実をかみしめるように発音した。
「事実は小説より奇なり。荒唐無稽の法螺話としか思えないものが、現実に存在するのはままあることだ」
空の彼方に存在する未知の世界。無限に広がる大宇宙に思いをはせて、クロロはうっすらと笑みをうかべた。
「でも、こうなるとヤムチャはうかつに殺せないな。地球にいるヤムチャの仲間たちを全員敵に回すことになる」
シャルナークはあごに手を当てて、少し考え込むようにつぶやいた。
「なんでだよ? 知られなきゃいいだけの話だろ?」
「いや、殺したらすぐにばれるよ。
今回の相手は死後の世界を活用できるんだ。あの世にいる閻魔大王なら死因を特定できる。
他にも界王や地球の神、占いババがいるからこちらの行動は筒抜けになる可能性が高い」
フィンクスの唱える楽観論を、シャルナークは一蹴する。
「情報が漏れれば警戒されて待ち伏せされる。やつら化け物みたいに強いし、まともにやりあったら苦戦するだろうね」
絶対に勝てないとまでは言わないが、ヤムチャの仲間たちと戦闘になれば十中八九敗北するだろうというのがシャルナークの見解だ。
「パクノダ。ヤムチャは仲間に入ると思うか?」
「どうかしら。
元盗賊だけあって盗賊稼業にはそこそこの理解があるようだけど、それも過去の話。
人殺しには強い忌避感を持っているみたいだから、まず間違いなく断られるでしょうね。
でも私たちを捕まえようとはしないと思う。彼は自分の周りに火の粉がかからなければ動かないタイプよ」
「ふむ。まあそうだろうな」
ヤムチャさんの説得はおそらく不可能。
武力による恫喝や、なんらかの交換条件といった手段を用いるには彼我の戦力・技術力に差があり過ぎる。
クロロはヤムチャさんの今後の扱いについて一時保留とした。
・・・
ヤムチャさんが抱える事情と背後関係について分かったところで、一同の興味はヤムチャさんの持ち物へと移っていた。
テーブルの上に置かれているヤムチャさんの貴重品は3つ。仙豆・念法の解説書・ホイポイカプセルのケースだ。
このうち、この世界の品である念法の解説書は以前手に入れたことがあるためクロロの興味の対象外だった。
「コルトピ。ケースと仙豆のコピー頼む」
「わかった」
コルトピはホイポイカプセルのケースに左手で触れると、自身の念能力を発動する。
『神の左手悪魔の右手(ギャラリーフェイク)』
ズズズ……
コルトピの能力は物体の複製だ。なにも持っていなかった右手側に、オリジナルと寸分たがわぬ贋作(がんさく)が創りだされた。
同じ要領で仙豆もコピーし終えたコルトピは、かすかに引っ掛かるものを感じて念法の解説書を手に取った。
「どうした?」
「これ、サインに念が込められてるよ。たぶん現在地を追跡するためのものだと思う」
コルトピはヤムチャさんが持っていた念法の解説書に細工があることを指摘する。
「うまくカモフラージュされているが、太字のサインに重ねて細かな神字が書いてあるな。
元々の持ち主はハンター協会のネテロ会長。ヤムチャの危険性を憂慮して鈴をつけておいたといったところか」
本を受け取って念のサインをあらためたクロロは、当面は無害なものだと判断してテーブルの上に本を戻した。
続いて、クロロはコピーされた仙豆を口に運ぶ。
「やはり腹は膨れないな。量産は不可能か」
コルトピが創りだした方の仙豆には、食べると満腹になる効果も体力回復の効果も備わっていなかった。
コルトピの念能力にはいくつかの制約が存在する。
物体の姿形はコピーできるものの、それが念による産物である場合、秘められた特殊能力までは再現できないのだ。
能力で創りだされた贋作は24時間経つと消滅してしまう。ただし、贋作をさらにコピーすることで実質的な寿命を延ばすことは可能だ。
クロロは淡々と検証を進めていく。
コピーされたホイポイカプセルのケースを持って外に出ると、カプセルをいくつか放り投げた。
BOM!
煙が上がり、丸いフォルムの大きな宇宙船・魚と肉の入った大型の冷蔵庫・トレーニンググッズの詰め込まれたカバンなどが姿をあらわす。
「「おお~!」」
「こちらは問題ないようだな」
見物していた旅団員たちから感嘆の声が上がる。
ホイポイカプセルや宇宙船は念能力とは無関係の超科学による産物なので、コルトピの能力で100%再現されていた。
幻影旅団の8人+操られているヤムチャさんはぞろぞろと宇宙船に乗り込んでいった。
・・・
宇宙船の1階はキッチン・シャワー・寝室などがある広々とした居住空間。
階段を上った2階には、宇宙船の操縦室と人工重力装置が設置されたトレーニングルームがあった。
「シャル。動かせるか?」
クロロに促されて宇宙船の操縦席に座ったシャルナークが、ピコピコといくつかの機能をいじってみる。
「うん、読めない。パク! 地球の文字表記についての知識をお願い!」
タ━━━━・(゚∀゚)・∵━━━━.ン!!!!
「宇宙船各部に異常なし。目的地を入力すれば自動で飛んでくれるみたい。地球までは約3日かかる(キリリッ」
ハンター世界と地球では使っている文字表記が異なったりするのだが、その問題はヤムチャさんの記憶を撃ち込むことで一発で解決した。
「宇宙船の運用はオレたちでも可能か?」
「認証システムの類は採用されていないし、操作はすごく簡略化されてる。
細かいところはコンピューターが自動でやってくれるから、特に専門知識がなくても大丈夫」
地球にだったら今すぐにでも飛んで行けるよと、シャルナークはいい笑顔で請け負った。
お次はこの宇宙船の目玉アイテム。人工重力装置のお出ましだ。
「とりあえず5倍くらいからいってみようか」
みんなから船内の機械いじりを一任されたシャルナークが、軽い感じでスイッチを押した。
部屋の中央に設置されている人工重力装置がうなりをあげて、超重力を発生させる……?
シュッ! シャシャシャッ、シュピッ!
フィンクスが軽快な動きでシャドーボクシングをしてみせた。
「これで普段の5倍なのか?」
「むしろ体が軽くなってる気がするけどね」
マチが素直な感想を告げる。
「あれ? おかしいな」
「重力の倍率はヤムチャが住んでいた地球が基準になっているんだろう」
クロロの指摘を受けてシャルナークは改めて重力を20倍にセット。超重力を発生させた。
グググググッ。団員たちの身体に20倍重力による強い負荷がかかる。
「こいつはキクな」
「かなり重たくなてるね」
フィンクス・フェイタン・フランクリンら戦闘要員にはまだ余裕があるものの、
全団員の中でも非力な部類に入るパクノダとコルトピは立っているのがやっとの状態だった。
「もういい。重力装置も含め、船内の設備はすべて使用可能とみていいだろう」
クロロは宇宙船内の調査切り上げを宣言した。
・・・
「でもよ、どんな願いでも叶えられる念能力なんてホントに成立すんのか?」
ビルの室内に戻って他のカプセルから出てきたアイテムをチェックしていたところ、なにやら考え込んでいたフィンクスが口を開いた。
「まず不可能だろうね。
実際に叶えられる願い事には上限があるはずだよ。
念獣を呼びだすまでの手順を難しくすることで、すごく広範囲の願いをかなえられるようにしてあるだけ」
「それだよ。難しいってもレーダー見て7つのボールを集めるだけだろ?」
フィンクスは「どんな願いもかなえる能力の制約にしては簡単すぎないか?」との疑問をシャルナークにぶつけた。
「いまならね。
でもブルマって人がドラゴンレーダーを開発していなかったとしたら?
手掛かり一切なしの状態で世界中に散らばったボールを見つける。ほとんど実現不可能でしょ」
「あ、そうか」
「たぶん、ヤムチャに知らされてないだけで細かな制約はいっぱいあるんだと思うよ。
あとは伝承とかも利用してるのかな。『我ら部族の守り神(サンダーバード)』って念獣、覚えてる?」
「なんとかって部族が使ってたやつだな。結構手強かったような覚えがある」
「あれは族長が代々同じ念獣を引き継いでいくことで、歴史と信仰を持たせる手法で成り立ってた。
ナメック星人たちも似たようなことしてるんじゃないかな。
念能力は本人たちの認識によって強化されるから、星の住人全員に幼少期からすり込めたならかなり有効なはず」
(でも、どんな願いを叶えても代価は同じってところが引っ掛かるんだよなぁ)
シャルナークは何の役に立つのか意味不明なヌンチャクをそのへんに放り投げながら、ドラゴンボールの持つ制約について思考を巡らせていた。
「じゃ、この場にいない4人には最優先でここに集合するように連絡します。
予定していたヨークシンでの仕事はキャンセル。次の標的は地球にあるドラゴンボールということで」
一通りの作業を終えたあたりで、シャルナークが団長代理として本日のまとめに入った。団員たちからは「異議なし」の声が上がる。
ちなみに団長であるクロロは、いまオレに話しかけるなオーラを出しながら地球産のマンガを読みふけっていた。
「パクノダは4人が来たら状況説明よろしく」
「ええ」
「地球までの移動手段は確保しとかないとマズイから、
コルトピはホイポイカプセルのケースを毎日コピーして維持すること」
「わかった」
「クロロ、ヤムチャの扱いはどうする?」
「……元の場所に戻して来い」
「ま、そうなるよね」
自分の意思で旅団に入らないのであれば、このままヤムチャさんを手元に置いておくことのメリットは乏しい。
ここで殺すのは論外。あの世で死因について詮索されると、せっかく手に入れた情報アドバンテージが失われてしまう。
かといって、へたに捕獲したままで時間が経つとヤムチャの仲間たちか、ネテロ会長率いるハンター陣営からの襲撃を受ける恐れがある。
「仙豆は何粒かもらておくといいね。袋に穴をあけとけばバレないよ」
フェイタンに持っていた仙豆の半分を奪われ、パクノダによって各種修行方法の詳細、仲間たちの所持する念能力、
ドラゴンボールの使用方法と制限についてなどの重要情報を引き出されてから、ヤムチャさんは解放されることになる。
「次に地球のドラゴンボールが使用可能になるのはおよそ一年後。
それまではクモの強化合宿といくか。お前らこれ全員参加だからな」
参加拒否は認めねーから。クロロは超重力修行による旅団の戦力底上げを決定した。
・・・
翌日の朝。天空闘技場にあるヤムチャさんの自室。
壁にもたれるようにして眠っていたヤムチャさんは、窓から差し込む日差しで目を覚ました。
「ふぁ~あ」
寝ぼけ眼のヤムチャさんは、口元のよだれをぬぐって洗面所へと移動する。
コップに水を汲んで軽くうがいをしてから、ばしゃばしゃと顔を洗って眠気を吹き飛ばした。
(うーむ。昨夜の記憶がない。どうやら眠ってしまったらしいな)
ヤムチャさんは「いかんいかん」と反省しながら歯ブラシを手に取る。
昨夜行われた幻影旅団の暗躍には一切気付くことなく、ヤムチャさんはいつもと変わらない朝を迎えていた。
それからの約半年間、ヤムチャさんは穏やかで充実した日々を送った。
一方的にライバル宣言してきた武道家カストロ、2人のファンを名乗る「美しい魔闘家鈴木」と意気投合して食事仲間になり、
幻のゲーム『グリードアイランド』の購入資金を稼ぐために天空闘技場を訪れていたゴンとキルアに再会した。
儲け話に参加することでゴンとキルアの金策に協力しつつ、ヤムチャさんは順調に勝ち星を重ねて200階クラスで10連勝。
フロアマスターを打ち破った際にはゴン・キルア・カストロらはもちろん、これまで戦ってきた他の闘士たちからも祝福のメッセージが届いた。
繰気斬を進化させた新必殺技も完成させ、ヤムチャさんは天空闘技場のフロアマスターとして万全の態勢でバトルオリンピアにエントリーする。
またたく間に月日は流れ、ついに格闘家の祭典バトルオリンピアが始まろうとしていた1999年9月15日。
地球のこよみでいうところのエイジ767年5月12日。ヤムチャさんにとって最大の転機が訪れようとしていた。