天空闘技場の狼虎激突からしばらくたったある日のこと。
『プロハンターとしての君に頼みたい仕事がある。ぜひ力を貸してほしい』
ヤムチャさんは対戦相手だったカストロからの連絡を受けて、天空闘技場のロビーへと足を運んでいた。
「先日はいい試合をさせてもらった。
あらためて自己紹介をさせてもらうが、
私はカストロ。君と同じ天空闘技場200階クラスの闘士だ」
「プロハンターのヤムチャだ。身体はもう大丈夫なのか?」
「おかげさまでね。傷は完全に癒えているよ」
カストロは手振りでヤムチャさんに席をすすめると、自らもその対面に腰掛ける。
持参していた高級そうなティーセットを使って2人分の紅茶を注ぎ、その片方をヤムチャさんへと差し出した。
「それで今回の仕事の内容っていうのは?
悪党退治、危険生物の捕獲、秘境の食材調達、なんでも請け負うぜ」
とてもワクワクした様子のヤムチャさんが、少し前のめりになって口を開いた。
プロハンターとしての営業活動をしていないヤムチャさんにとって、今回が記念すべき初仕事となるのだ。
「ある男を捜してもらいたい。おそらくは君も知っている人物のはずだ」
「ふむふむ」
ヤムチャさんは頷きながら紅茶に口をつけると、依頼達成のための算段を考えはじめる。
(人捜しか。あまり得意な分野じゃないが、ハンター専用サイトを使えば情報は集められるだろ。
気を探れる相手ならすぐに見つけられそうだが、オレの知り合いといえばジャポンかハンター試験の関係者か?)
「奇術師ヒソカ。対戦相手をことごとく殺害していることから、死神とも呼ばれている男だ」
(……ヒソカか。試合の時にもそんなこといってたっけ)
あやうく殺されかけたヤムチャさんとしては、忘れたくても忘れられない相手である。
「今年のハンター試験を最後に消息を絶ち、戦闘猶予期間を過ぎても姿を見せていない。
死亡したとの情報もあるが真偽は不明だ。直接連絡をとれるのがベストだが、彼がいまどこで何をしているのかを教えてくれるだけでもいい。
報酬については――」
「ちょっと待ってくれ。いくつか質問したいことがある」
「――どうかしたのか?」
普通なら最も関心を持つだろう報酬の話をさえぎったヤムチャさんに、カストロは怪訝な表情を浮かべた。
「まず、どうしてオレに依頼しようと思ったんだ?」
「もっとも身近にいて、能力的にも人柄的にも信用できる人物として君を選んだ。
反応から察するに、やはりヒソカとの面識はあるようだな。今回の依頼には君が適任だろう」
「カストロとヒソカとはその、仲が良かったりしたのか?」
「まさか。私は一度彼に負けていてね、いま捜しているのは過去の再戦の約束を果たすためだ」
カストロからの否定の言葉に、ヤムチャさんはそっと胸をなでおろす。
これで実は血を分けた兄弟ですなどと言われたなら、この場で謝り倒すほかなかっただろう。
「すまんが、この仕事は受けられない。ヒソカはオレが倒したんだ」
ハンター試験でヒソカに襲われたこと。相打ちになる形で殺されかけたが、ゴンとレオリオのおかげで命拾いしたこと。
返り討ちにしたのは正当防衛だったことをアピールしつつ、ヤムチャさんはヒソカがすでに死んでいることをカストロに伝える。
相槌を打ちながら聞いていたカストロは、ヤムチャさんの繰気斬によってヒソカが敗れたことに納得したようだった。
「オレは遺体を確認してないから、どうやってか生き延びている可能性もゼロじゃないけどな」
「……そうか。全力を出したヒソカに勝利して前回の雪辱を果たす。それが当面の目標だったのだが、先を越されてしまったな」
カストロがあまり動揺していないのは、こうした展開も半ば想定していたからだ。
ヤムチャさんほどの達人が同じ会場にいたのだ。戦闘狂であるヒソカが興味を持ち、戦いを挑んだであろうことは予想できた。
そしてヤムチャさんが生きてここにいる以上、ヒソカはその時に敗死してしまっているのではないかと考えるのは、ごく自然な発想だ。
(なんにせよ、ヒソカとの決着の機会は永遠に失われてしまったというわけか)
嫌っていた相手とはいえ、目標としていた人物が手の届かない場所に行ってしまったことに、カストロは一抹の寂しさを感じる。
落ち込んでいる自分を心配してくれているのだろう、どう声をかけようかと頭を悩ませているらしいヤムチャさんの顔を見ると、感謝の念がこみ上げて……?
のろのろと視線をあげて、ヤムチャさんの顔を視界に入れたところでカストロは、はたと重要な事実に気づいてしまった。
( ヒソカ < カストロ ≦ ヤムチャ )
( よ く 考 え て み た ら ヒ ソ カ に こ だ わ る 必 要 は な い の で は な い だ ろ う か ? )
たしかに2年前、まだ念能力に目覚めていなかったカストロは奇術師ヒソカに敗北した。しかしそれも過去の話だ。
念を修めた今の自分なら、間違いなくヒソカにも勝てるとカストロは確信している。
空虚な思いにとらわれかけていたカストロのオーラが力強さを取り戻す。自分が挑戦すべきは過去ではない! いま目の前にいるこの男だ!
「いいだろう! ならばヤムチャ、今日から君は私の目標でありライバルだ!
後日、改めて私ともう一度勝負してもらいたい!
ヒソカに勝った君を私が倒す。それが私がヒソカを超えたことの証明となるだろう!!」
ガタッ、ビシィッ!
座っていた椅子から勢いよく立ち上がり、なにやら強い決意を感じさせるポーズをとったカストロは高らかに宣言する。
雰囲気につられたのか、周囲からパチパチと控えめな拍手が巻き起こった。
・・・
ライバル宣言をしたカストロはすぐさま再戦を申し入れたのだが、ヤムチャさんは公式戦を行うことに難色を示した。
「うーむ、修行の一環として手合わせするんじゃダメか?
練習試合用の、たしか修練場だっけ、そんな施設もあったよな?」
「……了解した。お願いしているのはこちらのほうだからな。
ほかにも条件があったら言ってくれ。可能な限り善処しよう」
「いいや、他には特にないぞ」
少しだけ考えてから、ヤムチャさんは首を横に振った。
(公式戦ともなれば大勢の観客の目がある。全力で戦うに当たって、むやみに手の内をさらしたくはないということか)
(オレはともかくカストロはもう2敗してるからな。もうすぐ10勝なんだし、変に邪魔したら悪いよな)
ヤムチャさんがカストロとの公式戦を避けた理由。
カストロは一人合点してしまっていたが、実はヤムチャさんがカストロの戦績悪化に配慮したためというのが真相であった。
・・・
そして現在。200階クラスの闘士に用意された修練場のリングで、カストロとヤムチャさんが対峙していた。
「全力で行かせてもらう!」
「おう! かかってこい!」
2人が纏うオーラは力強く、戦意に満ちている。
ギャラリーもいない練習試合とはいえ、カストロの表情は真剣そのものだ。
ダッ!
(!?)
カストロは早速ヤムチャさんに向かって突撃しようとしたが、奇妙な違和感を覚えてピタリと足を止めた。
(いま、なにか……)
ヤムチャさんが迎撃態勢をとったその瞬間、わずかに周囲の空気が変わったように感じられたのだ。
『凝』
カストロは高めたオーラを目に集めて、ヤムチャさんのことを油断なく観察する。
強化された視界でよく見ると、ヤムチャさんの身体から放射されたオーラが、薄くドーム状に広がっているのが確認できた。
すでにカストロ自身も広がったオーラの中に入り込んでいるが、特に影響を受けた感じはない。カストロの知識にはない念の技術だった。
「前回は使わなかった隠し玉というわけか? 面白い!!」
「こいつを使いこなせるようになったのはつい最近でな。ちょうど試してみたかったところだ」
カストロは意を決してヤムチャさんへと躍りかかった。
オーラを飛ばすといった攻撃方法を持たないカストロは、相手に近づかなくては文字通り手も足も出ない。
ヤムチャさんの能力の正体がなんであろうと、接近する以外に道はないのだ。
(一体どんな能力なのか、戦いの中で見極める!!)
カストロは具現化した『分身(ダブル)』を正面からけしかけると、自らは気配を消してヤムチャさんの死角に潜んだ。
正面から迫る分身に気をとられた相手の隙を突くための布陣。カストロの基本戦法だ。
ヤムチャさんは分身が放ったやや大振りの手刀を回避すると、続いて本体が放った死角からの貫手をすばやく察知。右の裏拳をぶつけて弾き返してみせた。
バシッ!
「その手は食わないぜ」
「見事」
シュババババッ!
リング上をめまぐるしく動きまわる3つの影。放たれた拳打が、蹴撃が交錯する。
お互いに高い技量を持ち、相手の手の内を知っている武道家たちの格闘戦は、不思議と拮抗していた。
カストロが繰り出す4本の腕と4本の脚での連続攻撃を、ヤムチャさんはすべて捌いて見せる。
それはまるで、攻撃の来る場所があらかじめわかっているかのような奇妙な動きだった。
(強い! 体術、念の扱いともに以前よりさらに鋭くなっている……!!)
ヤムチャさんは正面から殴りかかってくる分身の腕に横から手を添えて、突き出された拳の軌道をそらす。
次の瞬間、背後から足元を刈りにきた本体の虎咬拳をわずかに跳躍して避けると、
攻撃をいなされて身体が泳いだ分身に掌底をたたきこみ、その反動を利用した回転蹴りで本体のカストロも吹っ飛ばした。
ズギャッ!
「ぐっ」
「こいつはおまけだ!」
カストロは体勢を立て直そうとするが間に合わない。追撃に放たれた気功波を、再び具現化した分身を盾にして辛くもしのいだ。
「はぁ、はぁ、はぁ」
ここまで数分程度の攻防だったが、能力を全開にして戦っているカストロの息はもう上がっていた。
カストロの『分身(ダブル)』は一時的に戦力が2倍になる強力な能力である代償に、スタミナを普段の倍以上のペースで消耗してしまう。
この欠点にはヤムチャさんも気が付いており、先の攻防ではワザと大きく動き回ることでカストロを振り回し、体力を大きく削ることに成功していた。
「分身の技にこだわりすぎなんじゃないか? 分身を出すのに意識を割いてる分、動きがぎこちなくなってるぜ」
「大きなお世話だ。といいたいところだが、なるほど。空間内の相手の動きを知覚できる能力のようだな」
「正解だ。けっこう神経使うんだぜ、これ」
すでに『円』(気を張ることで周囲の物体を把握する技術)を使いこなしているヤムチャさんに奇襲のたぐいは通用しない。
加えてカストロは念能力を十全に使いこなせておらず、分身の維持に集中力を使ってしまうと動きの質が悪くなるため、2対1であっても対処は可能だ。
心源流念法を学び、戦闘技術にさらに磨きをかけている現在のヤムチャさんから見れば、カストロの『分身(ダブル)』はさして怖い能力ではなかった。
「……いくら死角を突いても無駄というわけだ。本物がどちらかを見分けているのもそれの力かい?」
「ん、本体と分身とは表面上はまったく同じなんだけどな。よくよく探ってみると本体のほうが気の総量、潜在オーラってやつが大きいんだよ」
気を探ることに慣れてるやつなら判別できるから注意したほうがいいぞ、とのヤムチャさんからのアドバイスに頷きながらも、
カストロとしてはそんなことのできる人間がどれほどいるのだろうかとも思う。少なくとも自分の知る限りでは、目の前にいる男一人だけだ。
――それからさらに数分後――
「新狼牙風風拳!」
ヤムチャさんの繰り出した嵐のような高速拳が、カストロを打ちのめし、石畳のリングへと叩き伏せる。
修練場のリングの上。そこには涼しい顔をして立っているヤムチャさんと、うつ伏せに倒れて真っ白に燃え尽きているカストロの姿があった。
南無。
・・・
こうしたやりとりはその後も幾度か繰り返されて、2人は交流を深めていくこととなる。
カストロが厳しい修行を積み、今度こそは勝てると思って挑むたび、ヤムチャさんは高い壁となって彼の前に立ちはだかるのである。
ヤムチャさんという完全無欠なライバルの存在は、カストロの戦闘能力を急速に引き上げていくとともに、
彼の戦闘スタイルをこれまでのバランス型から、格上相手に一矢報いることを目的とした『乾坤一擲』のそれへと変化させていくことになる。
・・・
天空闘技場232階 特設会場
『みなさんお待ちかね! フロアマスターチャレンジマッチの時間がやってまいりました!
挑戦者のカストロ選手は先日200階クラスで10勝を達成! 今回がフロアマスターへの初挑戦となります!』
「いけーカストロー!」「一発で決めてやれー!」「がんばってー!」
白いマントをたなびかせ、自然体で入場してくるカストロにファンからの熱い声援が送られる。
『そして挑戦を受けるのは天空闘技場が誇る最上位闘士の一人!
厳正なる抽選の結果選ばれたのは、フロアマスターランキング19位! 疾風のゲハ選手です!!』
続いて入場してきたのは黒装束を着た坊主頭の男だ。服には『風』の一文字がでかでかと刺繍されている。
「「ゲーハ! ゲーハ! ゲーハ! ゲーハ!!」」
観客たちによるゲハコール。
「オラァ! いまハゲって言ったやつ出てこいやぁ!」
「ぎゃはははは!」「いいぞー!」
『ゲハ選手の持ちネタはあいかわらずの鉄板ですねー!
このやりとりで気合が入ると公言しているゲハ選手ですが、ファンとの交流は勝利をもたらす追い風となるんでしょうか!
ギャンブルスイッチの結果はカストロ選手がやや優勢の模様! この二人はどんな戦いを見せてくれるのか!』
両者ともに固定ファンのついている人気選手であるため、会場は大きな盛りあがりを見せている。
観客席にはカストロからフロアマスター戦のチケットを贈られて、応援に来ているゴン・キルア・ヤムチャさんらの姿もあった。
「カストロさんがんばれー!」
「よっし! カストロに大金かけてもあんま倍率が下がらない! さすがフロアマスター様だぜ!」
「しっかりやれよー! 油断しなけりゃ勝てる相手だぞー!」
リング上。カストロへの声援を聞いたゲハは、面白くなさそうにフンと鼻を鳴らす。
「大した人気者っぷりだ。初心者狩りで勝ち星を稼いでるような連中とはデキが違うようだな」
「ありがとう。そう言ってもらえると光栄だよ」
「アンタの人気は認めるさ。ここまで勝ち抜いてきた努力も評価しよう。
けどな、生半可な実力でフロアマスターの地位を得られると思ったら大間違いだ」
両目をつり上げ、闘争心にあふれた野獣のような笑みを浮かべて、ゲハはカストロにメンチを切る。
「悪いが勝たせてもらうぜ。降参するならお早めにだ」
「そうかい? 君では無理だと思うけどな」
「はっ! 言ってろよ。次回の挑戦ではオレより弱いやつに当たるように祈るんだな」
『ポイント&KO制、時間無制限一本勝負! はじめ!』
審判から始まりの合図を受けて、カストロはその場で身構える。
一方のゲハは素早いバックステップで距離をとると、右手の指先にオーラを集中。それを真一文字に横に振るった。
『真空刃斬(かまいたち)』
シュパー!
独特の風切り音を響かせて飛来する風の刃を、カストロは姿勢を低くすることで回避する。
「オレの技についてもちっとは調べてきてるようだが、戦いには相性ってもんがある。
格闘戦に特化しているアンタは間合いを詰めなければ手も足も出ない。そしてオレはアンタを近寄らせない。
この試合、アンタは俺に指一本触れることもできず無様に負けるんだよ!」
「なるほど。理に適ったいい作戦だね」
『なんとゲハ選手が自分から作戦を解説するファンサービス!
それに対してカストロ選手がまさかの称賛! というか作戦をばらすのは結構な負けフラグだと思いますが大丈夫なのか!?
両選手、距離を取って慎重な立ち上がりを見せます。これは長期戦になりそうだ!』
「さぁ、踊ってもらおうか! 死のダンスをなァ!」
ゲハが腕を振るうたび、研ぎ澄まされた風の刃がカストロに襲い掛かる。
(相手の間合いの外から、風の性質を帯びたオーラを飛ばす技。以前の私であればそれなりに脅威を感じたのだろうが……)
風を武器にしているだけあってスピードはある。視認性の低さも長所といえるだろう。
だが、攻撃の軌道は直線的だし、破壊力も控えめだ。
術者によって操作され、鋼鉄をも真っ二つにするヤムチャさんの繰気斬と比べると明らかに見劣りする。
『えーと、ゲハ選手が飛ばす風の刃をカストロ選手がひたすらよけているのだと思われます!
観客席にいる我々からはまったく見えない攻防が続く! 見た目が地味すぎるぞなんとかしてくれーーー!!』
「チッ、いつまでもかわし続けられると思うなよ!」
ゲハはオーラを手元に集中しつつ、両手を組み合わせることで『印』を結ぶ。
「喰らっちまいな! 『斬空烈風陣(ざんくうれっぷうじん)』だ!!」
大きく両腕を振るい、一気に複数の風の刃を繰り出すゲハ。
攻撃対象であるカストロの逃げ道をふさぐように配置された風刃、その数16発。
(これは確かに避けきれないな)
カストロはその場で足を止めると、強固なオーラを体の前面に集中展開する。
『堅』
ズババババンッ!
荒れ狂う風刃が石畳のリングを切り裂き、小さなつぶてを飛び散らせる。しかし――
「そよ風だな」
カストロへと殺到した無数の風の刃、そのすべてが、強固な念の鎧を突破できずに雲散霧消した。
「くそっ、これだから強化系は嫌なんだ! なんでもかんでも力技で乗り切ってきやがって!」
徹底したアウトレンジからの攻撃でポイントを稼ぎ、TKO勝ちを狙うという作戦が破綻して、ゲハは思わず悪態をついた。
手数を増やした分、一発一発の威力がやや落ちていたのは事実である。だが、驚くべきはカストロの強化された防御力!
(やべぇな。いつの間にここまでの力を身につけたんだ?
今のオーラ量と密度はどう見ても上位マスタークラスだ。オレの風刃じゃ太刀打ちできんぞ!)
「様子見は済んだか? ならば本気を出せ。フロアマスターの名が泣くぞ」
「ッ!? まだ全っ然本気じゃねえし!」
『ゲハ選手の必殺技が炸裂するもカストロ選手はまったくの無傷!!
どうやらピンチに追い込まれたゲハ選手ですが、あの構えは『豪風竜巻斬(ごうふうたつまきざん)』でしょうか!?
一度喰らったら最後、中から脱出する方法はないと言われるゲハ選手の最終奥義が唸りをあげるか!!』
「させないよ」
カストロの挑発に乗ったゲハが複数の印を結び、さらなる大技を繰り出そうとする数秒間のタメ。
シャッ!
その隙を見逃さず、両足にオーラを集中したカストロがゲハのもとへと疾駆する。
(速い!? 虎咬拳をもらうわけにはいかねぇ!)
カストロの必殺技、虎咬拳が直撃すれば一撃で致命傷となる。
それだけは絶対に避けなければならないという過度の警戒心が、ゲハの判断を鈍らせた。
カストロが選択したのは真正面からの飛び蹴りだ。
「がはッ!?」
白い流星のごとく駆け抜けたカストロの放った最速の一撃が、
拳による攻撃を警戒していたために反応が遅れたゲハの腹部へと突き刺さる。
大きく吹き飛ばされてリングの外、観客席の壁へと激突したゲハに、もはや戦う力は残されていなかった。
「友人が見ているのでね。無様をさらすわけにはいかない」
『決まった~~! ゲハ選手戦闘不能! カストロ選手の勝利です!
この瞬間、カストロ選手はフロアマスターへの昇格が決定いたしました!!』
無傷のまま勝ち名乗りを受けたカストロは、観客席にいるヤムチャさんへと視線を向ける。
(一足先に上で待っているぞ、ヤムチャ)
(ああ、すぐに追いつくさ)
カストロの勝利を喜び、静かに親指を立ててカストロの勝利を祝福するヤムチャさん。
そのとなりには同じく勝利を喜んでいるゴンと、ギャンブルの配当金をゲットしてとてもまぶしい笑顔ではしゃぐキルアの姿があった。
・・・
「さて、初めてフロアマスタークラスの戦いを見た感想はどうでしたか?」
「とってもすごかったっす!!」
歓声に沸く観客席の一角で、眼鏡をかけた柔和な青年ウイングと、胴着姿の少年ズシが会話をしていた。
一撃必殺を体現したカストロのかっこよさについて興奮気味に語る少年に対し、眼鏡の青年はニコニコと相槌を打っていく。
「では最後に、今日の試合のおさらいをしましょうか。
まずはカストロ。彼は今回、強化系の基本に忠実に戦っていました」
ウイングが試合内容についての総括を始めると、ズシは真剣な表情で聞き入った。
「肉体を強化して防御を固め、脚力を強化して間合いを詰め、その強化した脚力で一撃を加える。
攻撃と防御のバランスに優れた強化系らしい戦い方でしたね。必殺技を使うまでもなく圧倒しました」
(カストロさん、すごすぎるっす)
師匠であり心源流の師範代でもあるウイングから手放しで褒められるカストロに、ズシは尊敬の念を抱いた。
「ゲハの武器は風の刃。オーラを風の性質に変化させていましたからおそらく変化系でしょう。
カストロとの接近戦を嫌い遠距離攻撃に終始しましたが、放出系との相性はいまいちなので威力は控えめでした。
悪い選手ではないのですが、カストロの方が一枚も二枚も上手でしたね」
ウイングはゲハのことをあまり高く評価していない。全体的に冷静さを欠き、自滅的な行動が目立ったためだ。
「もう一つ。ゲハが使っていたのは『印(イン)』と呼ばれる制約と誓約の一種です。
両手を特定の法則に従って組み合わせ、技の名前を声に出すことで、比較的簡単に強力な『発』を使用できるようになります」
「それを覚えれば自分もすぐに必殺技が使えるようになるっすか!」
「注意しておきますが、今回ゲハが使っていた『印』という技術。君はまだ手を出してはいけません」
勢い込んで質問を投げかけてくるズシ。ウイングは弟子が誤った道へと進まぬよう、特大サイズの釘をさした。
「押忍(オス)!」
(返事はいいんですけどね)
ズシの表情から完全には納得していないのを見てとったウイングは、厳しい口調でさらに説明を重ねる。
「まだ未熟な術者であっても、『印』を用いれば高度な念能力を使うことができます。
ですが、強い力を求めて自分の身の丈以上の力を引き出そうとすると、必ずどこかに歪みが生じます。
まだまだ発展途上である今の段階で小手先の技術に頼ることは、あなたの成長の可能性を潰してしまう」
「師範代……」
「もちろん、専門家の指導を受けた者が適切に使用するのであれば、有用な技術であることは疑いありません。
それは私の使っている『神字』も同じです。いつかはあなたに教える時が来るでしょう、しかしそれは今ではない」
「押忍!!」
ズシへのお説教を終えたウイングは表情を和らげて、彼を元気づけるために素直な気持ちを言葉にする。
「同年代のゴン君やキルア君に差をつけられてあせる気持ちはわかりますが、ズシにはズシの良さがありますよ。
今度のバトルオリンピアには私の師匠も来ますから、ぜひあなたを紹介させてください。私の自慢の一番弟子だとね!」
「師範代の師匠っすか! 会えるのが楽しみっす!」
・・・
後日のこと。天空闘技場の修練場に、カストロは一人で佇んでいた。
深く呼吸を整えて精神を安定させると、両手の人差し指と中指をぴんと伸ばし、顔の前で十字に交差させるポーズをとる。
「『分身(トリプル)!』」
ボフッ!
カストロは気合のこもったかけ声とともに念能力を発動する。
どろんと立ち込めた煙が晴れると、そこには3人のカストロが立っていた。
3人のカストロは互いの存在を確かめるように視線を交わすと、必殺の虎咬拳を3人同時に発動させる。
『新虎咬真拳(しんここうしんけん)!!』
その状態を維持すること数十秒。
やがて本体の左側にいたカストロが消滅し、わずかな間をおいて右側にいたカストロも消え失せた。
「かはっ」
中央にいた本体のカストロは苦しそうにうめくと、その場に片膝をついた。
短い時間とはいえ、本体と同等に近い性能の分身体を2体維持しながら虎咬拳を使用したのだ。
本来出せる力の三倍を引き出す暴挙は、カストロの肉体に大きな負担をかけていた。
「――できる。理論上は可能だ」
大きく息を荒げて、鼻から一筋の血を流しながらも、カストロは満足げにつぶやいた。
この新必殺技であれば、圧倒的強者であるヤムチャさんにも届くかもしれない。
『分身(トリプル)』の習得によって生まれた虎咬拳の新たなる可能性、その名は『新虎咬真拳(しんここうしんけん)!!』
必殺の牙をさらに研ぎ澄まし、虎は頂点へと駆け上がる!
……続きません。