当麻が切なそうな目でその子を見つめていた。光子が恨めしそうな目でその子を見つめていた。透き通るような銀髪に緑色の双眼。そして豪奢なティーカップみたいなデザインの白の修道服。明らかに日本人ではない顔立ちと、学園都市の学生とも思えないような服装の少女は、「美味しい、美味しいよ!! 空腹って言うスパイスがなくてもこれならまだまだ食べられるくらい!」流暢な日本語を駆使しながら光子の作ったカレーにがっついていた。「俺の晩御飯が……」「行き倒れだという人間をたたき出すほど冷血では無いつもりですけれど、もう少し食べる量を自重してくださいませんこと?」会心の出来というわけでもないが、光子が生まれてはじめて人のために作った料理であり、大切な恋人に美味しいと言ってもらえた料理なのだ。どうして誰とも分からない胡散臭いシスターに振舞わなければならないのだろう。それも三皿も。「あ、ご、ごめんなさい。丸一日くらい何も食べてなかったし、すっごくすっごく美味しかったからつい」自分の立場を分かってはいるのだろう。しゅんとなってその少女はすぐ謝った。「なあ光子。今度また、作ってくれるか?」「ええ。もちろんですわ。もっと喜んでいただけるよう、練習しておきますわね」光子が嬉しそうに笑った。当麻はガラステーブルをはさんで向かいにいる少女に気づかれないよう、こっそり光子の手を握った。「で、えーと。一体何が起こってたのか、話してくれるよな? インデックス、って呼べば良いのか」空腹時に嗅ぐカレーの匂いが持つ威力はすさまじい。それでこの目の前の少女は挨拶も自己紹介もそこそこに食事にむしゃぶりついた。インデックス・なんとかさんと名乗ってはいたが、まるで女性名に聞こえない。「うん、インデックスはインデックスだよ」「どうしてこの家のベランダに干されていましたの?」「干されてた訳じゃないんだよ!」スプーンを握り締めながらインデックスが抗議する。だが、8階建ての学生寮の7階のベランダにだらりとぶら下がる少女を、それ以外にどう表現すべきだったのか。「おおかた空力使い(エアロハンド)の能力者に吹き飛ばされでもしたのでしょう」「エアロハンド? なにそれ」「何って、気流操作系の能力者の通称じゃないか。いやでもさ光子、それだと吹き飛ばされて怪我一つ無いことの説明ができないぞ」「肉体操作か念動力系の能力者なんではありませんの? ビルから飛び降りても平気な能力者なんて常盤台なら両手の指の数じゃ足りませんわ。私もその一人ですし」インデックスと名乗る少女は二人の会話の中身をまるで理解できないように首をかしげた。「何を言ってるのか分からないけど、私が怪我してないのはこの防御結界のおかげだよ」スプーンを置いて両手をそっと広げて、彼女は自慢げに修道服を二人に見せつけた。「防御、」「結界?」思わず当麻と光子が顔を見合わせる。「知ってる?」「……原理的に難しいですわね。衝撃吸収性の服を着たって、殺せる運動量なんて高が知れています。それにこれ、手触りからしてただのシルクですわ。防御結界というのはどういう原理の対事故安全機構ですの?」「どういうって、これは『歩く教会』って言って、教会として最低限の要素だけを集めて服に集約したものなんだよ。布地の織り方、糸の縫い方、刺繍の飾り方まで、全てが計算尽くされ尽くしたとっておきの一品なんだから!」まるでそれは説明になっていなかった。服が教会を模したとして、だから物理法則が曲がるかというとそんなわけはないのだ。そんな科学は常盤台でも当麻の高校でも教えられていない。「はあ。貴女、ずいぶん歪んだ教育を受けてきたようですけれど、一体どちらの方なの?」「なんていうかさ、お前、学園都市の学生らしくないよな」「それはそうだよ。だって私はこの街の住人じゃないもん。私はイギリス清教の修道女(シスター)で、魔術の心得もあるんだよ。それとあなた、歪んだってのは失礼なんだよ! この世の中に相容れない主義主張がいくつあると思ってるの? あなたの知らないものを歪んでるって言っちゃうのは視野が狭いかも」「仰りたいことはわかりますけれど……その、魔術の心得、ですの?」インデックスはちっちっちと不遜な顔をするが、光子はその言葉に怪訝な顔をせざるを得なかった。ありとあらゆる超常現象が投薬によって発現し目の前で再現されているこの街において、魔法なんてものは旧時代に超能力を理解できなかった人々が作った不適切な用語でしかないのだ。「む、まだ信用してないんだね?」「インデックスさん、この学園都市は超能力開発の町ですのよ? 海を割り雷を落とすような人間が学生服を着てアイスクリームを舐めながらショッピングをしているのに、魔術などというよくわからない言葉を受け入れられないのは自然だと思いますけれど」「どーしても魔術を信用しないってこと?」「というか、魔術とあなた方が仰るものは結局複雑な原理で働く科学なり超能力なりではありませんの?」「なら試してみる! あなたがバカにしたこの歩く教会、傷つけられるものならやってみてよ! それでどうして傷つかないのか、科学で説明できるならしてみるんだよ!」むすっとした顔でぶんぶんと腕を振り回すインデックスをもてあますように、困った顔で当麻と光子はため息をついた。「まあ、疑って悪いとは思いますけれど、殊更に否定するつもりはありませんわ。学園都市の超能力とは雰囲気が違うのは事実ですし」「あなたは結局私の言うことを信じないんだね!」さらにヒートアップし始めたインデックスの横で、当麻は時計を気にしていた。補習の開始時間である午後1時をとっくに過ぎていた。「お前これから、どうするんだ?」「え?」「そろそろ俺は補習にいかなくちゃなんねえし、これからのことを考える必要があるんだよな」「そうでしたわね……。もう、10分だけでも二人でお話したいと思っていましたのに」当麻と光子は憂鬱にうなだれた。インデックスはそれを見てへの字に曲げていた口をきゅっと引きしめ、居住まいを正した。「あの、お邪魔してごめんなさい。二人にだって予定があるよね。食事を恵んでくださって、どうもありがとうございました。私はそれじゃあ行くね」「行くって、どこにだよ?」「イギリス清教の教会。日本じゃ珍しいけど、ないわけじゃないから」当麻は首をかしげた。おかしい。学園都市の住人以外がここに入るときは、かなり厳しいチェックと内部関係者の身元保証を必要とする。「お前、どうやってこの街に入ったんだ?」「どうやってって、普通に歩いて、というか走ってだよ」「誰にも見咎められずにか?」「うん、この辺りに来たのは昨日の夜だけど、門をくぐってもなんともなかったよ」光子と顔を見合わせた。どうやら、昨日の停電のタイミングで上手く切り抜けたのだろう。「……ってことはこの街の住人用のIDカード持ってないんだな? それで街を歩くのはまずいだろ。……っていうか、なんでそんなことになったんだ?」「追われてるからだよ」こともなげに彼女はそう言った。薔薇十字や黄金夜明と呼ばれるような魔術結社に追われている、と。自分が魔術師だという主張に加えて、さらには魔術結社ときた。それらの単語を、当麻と光子はきちんと理解し受け止める努力を放棄していた。「その、追われているという貴女を信じないつもりはないんですけれど、どうしても単語が私達にとっては突拍子もなくて……」「だからさっきから言ってるじゃない。ほら、あなた達も超能力者なんでしょ? この『歩く教会』の法王級の防御性能をそれで確かめてみればいいんだよ!」「そうは言うけど」この街の科学は原理すら悟らせないトンデモ現象をいくらでも作り出す。インデックスが魔術だと言い張るものは、おそらく科学でどうにか説明付けられてしまうだろう。当麻はどうも胡散臭さの消えない彼女の言葉に、戸惑いを覚えていた。「当麻さん。試しましょう。それで信じられるのなら一番話が早いですわ」「お、おい光子?」そう言うと、光子はインデックスのお腹辺りに触れた。光子は彼女の触れたところに風の噴出面を作り出し、あらゆる物体を飛翔させてしまうトンデモ発射場ガールだ。その能力を利用して、光子は軽い衝撃をインデックスの腹部に打ち込もうとしていた。何も体を鍛えていなさそうなこの少女ならちょっと痛がりそうな程度の強度で。「……あら?」光子の触れた部分は光子の支配下となり、気体分子を集積する。そして全ての気体分子を同一方向のベクトルを持たせて噴出することで衝撃を与えるわけなのだが。それ以前に、そもそも能力の発現面を上手く作ることが出来なかった。水面のように揺らぎやすい面などに能力発現面を作れなかったことはあるが、服を着た人間という物体を対象にして能力を失敗したことなど当麻の右手を除いて一度もない。そして服に触れたときに感じた、奇妙な圧迫感。そちらは全く初めての感覚だった。「……」「ほーらどうしたのかなー? 何かしようとしたんだよね? 私、なんともないんだけど」もう一度、光子はインデックスに触れた。しっかりと集中して、万が一にも失敗などないように。だが結果は同じ。光子は内心で混乱していた。能力そのものを封じる素材の服など、聞いたこともない。「……っ」本棚から週間少年誌を引き抜いて、インデックスに飛ばす。人間が本気で週刊誌を投げ飛ばしたくらいの速度だった。当たれば当然痛がるだろう。ところが雑誌がインデックスの修道服に触れた時点で不自然に運動量を失って、彼女の体にこれっぽっちもダメージを伝えることはなかった。衝撃吸収素材だとかそんなありふれたものでは断じてなかった。「そ、んな。私はレベル4の能力者ですのよ?! どういう原理で防ぎましたの?」この学園都市の学生らしく、光子は自分の能力に自信を持っている。向き不向きはあるから光子とて出来ないことは山ほどあるが、それでも能力の発現そのものを押さえつけられたことはなかった。さらに、全く別な能力と思われるやり方で、光子の飛ばした雑誌も防がれた。この結果は、光子の知る超能力では説明が付かない。「ふっふーん。だからさっきから言ってるでしょ? 魔術だよま・じゅ・つ! あなたは自分の力に自信があったみたいだけど、全然何も出来なかったね。魔術だって馬鹿に出来ないものでしょ?」「く……」光子は憎まれ口のひとつでも叩いてやろうかと思ったが、そもそも能力を発動させられないのでは負け惜しみにしかならない。完全に敗北だった。「じゃあ次はそっちの君も試してみる? 君がどういう力を使うのかは知らないけど、『歩く教会』は全てを防ぐんだから!」光子が何も出来なかったことに驚いていた当麻は、自分に話が回ってきて驚いた。「え? 俺もやるの?」「魔術を信じないって言うならやってみるんだよ。それともこっちの人が失敗したのでもう認めてくれたのかな?」パッと光子が顔を上げた。「そうですわ当麻さん。当麻さんの右手なら、この子の服くらい突き抜けられるんじゃありません?」「まあ、たぶん、出来ると思う。それが異能の力だっていうなら、神の奇跡だって打ち破れる」「……敬虔なる神の子羊に対して、それはずいぶん挑戦的な言葉だね。やれるものならやってみればいいよ!」「それじゃ、お言葉に甘えて」光子が期待のこもった目でこちらを見ていた。勝って態度の大きくなったこのシスターに一泡吹かせたいらしい。女の子に手を上げるのもなんだけど、ほんの少し痛い程度に体を叩けばそれで足りるかと当麻は意を決した。その前段階のつもり、とりあえず服の手触りを確かめようと手を伸ばして、肩から足元までをゆったりと覆うその服をつまんだ瞬間。ばさりというよりもしゅるりという音を立てて、インデックスの肩より下を覆う全ての布が取り払われた。「――え?」それは、三人全員の声だった。インデックスは唐突に布が体を滑って脱げていく感触に、光子は突然に目の前の女の子の肌が露出したことに、そして当麻は自分の手の中に修道服が存在することに、それぞれ戸惑いを覚える声だった。「いやあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」「ご、ごめんっ!!!」体を隠しながらしゃがみ込むインデックスに、当麻は慌ててただの布になってしまったそれを突き返す。「ばかばかばか! 信じられないんだよ!」「うわ、ちょっとおい止めろ! いでででで!」インデックスは布をひったくって体に無理矢理巻きつけたかと思うと、すぐさま当麻に噛み付いてきたのだった。もちろん服としての機能が失われていているから、それは完全に体を隠したりはしない。チラチラと体のあちこちの見てはいけないところが見えたり見えなかったりして、当麻は直視することが出来なかった。暴れる二人は、第三者から見ればじゃれあっているように見えた。そう、この場にはもう一人、婚后光子という人がいるのだった。「あらあら当麻さん? 何をなさっているのかしら?」「はひぃっ?」優しい問いかけ声だった。だがそれに当麻はこれっぽっちも抗えなかった。その口調と声色には遺伝子レベルで逆らえないような気がした。「何をなさっているの、とお聞きしたのですけれど?」「いや、な、何をって」「服が脱げてしまったのは、まあ良いでしょう」「これっぽっちも良くないんだよ!」「でも私の前で仲良くじゃれあうなんて、どういう意思表明ですの?」「いや、べつにじゃれあってなんかないだろ? いえ、ないでせう? 当麻さんはこの女の子にただ噛みつかれただけで」「当麻さん?」「すみませんでした」迷わず当麻は頭を地面にこすり付けた。逆らえなかった。「何を謝っているのか分かりませんけれど、」光子は冷たい目で平身低頭する当麻を睥睨したあと、傍らで必死に体を隠すインデックスに目を向けた。「とりあえず貴女の服を何とかしないといけませんわね」替えを着せようにも当麻の服ではサイズは合わず、それどころか下着を身に着けていないことが発覚して、結局布きれに変わってしまったそれを着なおすことになってしまった。仕方ないから縫いましょうと光子が言ったものの、一向にソーイングセットが見つからない。その結果が、目の前の光景だった。「なんというか、非常にシュールな服装になっていますわね……」「言わないで欲しいんだよ……」縫い糸の代わりを何十本もの金属の安全ピンが成している。光子と二人がかりで何とか服の形にまで戻して、もそもそと袖に腕を通す。「おーい、終わったか?」玄関で廊下へ続く扉の方を向いたまま、当麻は正座している。裸の女の子のいるところから追い出され、反省を求める空気に負けて正座をしているのだった。「ええ。当麻さんが引き毟(むし)った服は、暫定的にですけれど形を取り戻しましたわ」「う。その、ぜひ私めの話を聞いていただきたいのですが当麻さんは決して狙ってやったんではないのですのことよ?」「狙ってないのにどうしてここまで酷いことをできるのかな……」インデックスは非常に落ち込んでいた。ずいぶんと愛着のある服だった。信頼もしていた。それが、ちょっと触れられただけで壊れてしまった。「君はどういう能力なの? 右手で触るだけで霊的守護の行き届いた教会をガラガラと崩壊させる術なんて、絶対に魔術じゃありえないんだよ」「詳しいことを俺もわかってるわけじゃないんだよな。生まれつきこうでさ、しかも学園都市のあらゆる測定機械で無能力判定だし。……そういや、魔術があるかどうかって話をしてたんだっけか」よ、と当麻は立ち上がって二人のいるリビングに戻った。カレー皿は片付けられ、光子はテーブルサイドに、インデックスは当麻のベッドの上にたたずんでいた。「そうだったね。なんか、そこからやけに遠いところにいっちゃった気がするんだよ」「話を戻しましょう。……そうですわね、魔術はあると、認めざるを得ませんわ。魔術という言葉には抵抗がありますけれど、この学園都市のやり方とは違う超常現象の起こし方がこの世に存在するということは、受け入れましょう」「……で、その魔術の関係でお前は追われてるんだっけか」「そうだよ」「俺達に出来ることって何かあるのか?」「ご飯を恵んでくれたよね。それで充分なんだよ。それ以上は地獄の底まで一緒についてきてもらわなきゃいけないから。さすがにそんなことはお願いできないしね」さらりと触れたその言葉は、冗談めかした比喩表現のはずなのにどこか真実味が合って、重たかった。応えに戸惑って、わずかに会話が止まった。「これからは、一体どうしますの? IDを持ってないんでしたら交通機関も限られますし、そもそも夕方の完全下校時刻以降は町を歩くこともままなりませんわよ?」「うーん、まあ何とかするよ。イギリス清教の教会さえ見つかれば保護してもらえると思うし」不安を気づかせないためなのだろうか、インデックスはなんでもないことのようにさらりとそう言った。それを見て、光子はふむと考え込んだ。「インデックスさん。これからその教会くらいまではご一緒しますわ。私と一緒なら怪しまれる可能性も減りますし、貴女と違って町の施設検索なども出来ます。なんだかんだといって広い学園都市ですから、あなた一人が歩いて探してもすぐには見つかりませんわよ」「だめだよ! あいつらはあなたも私の協力者だとみなして襲うかも知れないし」「ではあなた一人で目的の施設を見つけられる見込みはありますの? イギリスは確か歴史的にいわゆるカソリックとは異なる派閥になったでしょう? そうした系列の教会が日本にそう多いとも思えませんが」「う……」「追われているという人間を放っておくのも寝覚めの悪いものですわ。さっさと街に出てさっさと調べて、私達も安心したいですわ」光子の言葉を聴いて、少しだけ当麻は納得しないものを感じた。出会って30分やそこらの女の子に地獄の底まで付いていくなんてのは無理だ。だけど、放っておくのも良心が痛む。光子が言い、そして当麻も異を唱えないそれがどこか偽善めいて感じられるのだった。「危ないんじゃないのか?」「私を誰だと思っておりますの? この子と同じ服を着ているのなら話は別ですけど、そんじょそこらの暴漢にやられるような実力ではありませんわ」「『歩く教会』なんて着てるわけはないから、あなたの能力が通じないことはないと思うけど……。それじゃあ、教会の場所を調べるだけ、お願いしても良いかな? ちょっとくらいなら見つからないと思うし、人の多いところを歩いていれば異変はすぐに察知できるから」「わかりましたわ。さっさと済ませてしまいましょう」話がまとまって、光子はすっと立ち上がった。インデックスがそろそろとベッドを降り、光子に並ぶ。「えっと、じゃあ俺も」「当麻さんは補習がおありでしょう? 大丈夫ですわよ」手を上げて言った当麻はむべなく断られた。まあ、補習をサボるとなると全ての話がひっくり返るのだ。今日のほんの数時間は光子といられるが、夏休みトータルではむしろ減ってしまう。「……わかった。授業中でも電話が鳴ったら絶対出るから、必要ならかけてくれ。それとさ、光子」「はい、なんですの?」シンプルなキーホルダーが付いた鍵を、当麻が差し出した。同時に自分のポケットからも鍵を出して光子に見せる。「あ……それ、もしかして」「ん。まあ、この部屋の鍵だ。元から今日渡すつもりだったんだけどな、万が一何かあったらここに勝手に入って構わないから」「……ふふ、嬉しい」付き合っている彼氏の部屋の合鍵を持つのは、学園都市の女の子にとってひとつのステータスなのだった。逆のパターンも時折あるが、それははしたないと言われたりもする。なにせラブホテルの数は非常に限られ、しかも大人のIDを持っていないと入れないのだ。学生たちにとって彼氏の家というのは、色々と深遠な意味を持つ場所だ。そのせいか、合鍵プレゼントは初デートやキスと並ぶ、一つの重要イベントだった。キーホルダーをおそろいにするという定番までちゃんと当麻が押さえて、初キスと初の彼氏の家訪問をしたその日にもらえたのが、光子にとってすごく嬉しいことだった。隣ではインデックスがはてなマークを頭に浮かべていた。「ねえ、もうちょっと待ったほうがいいの?」「あっ、いえ。行きましょう。それじゃあ、当麻さん、また」「ああ、なんかドタバタしちまったけど、埋め合わせはちゃんとするから」「はい」光子がにこりと微笑んだ。先に進んだインデックスが扉を開けて辺りを見回していた。彼女の視線が、扉によって遮られる。その瞬間を当麻は見逃さなかった。「光子。好きだ」「え? あっ……」インデックスに隠れてこっそりと、当麻は光子にキスをした。余韻を楽しむように、唇を離してからもしばらく見詰め合う。「見つかってしまったらどうしますの」「別にそれでも問題はないけど、しないほうが良かったか?」「ううん。すごく嬉しかったです。それじゃあ、行きますわね。当麻さんもお気をつけて」「サンキュ」二人が出て行くのを見送って、当麻も軽く部屋を片付け鞄を用意して、家を出た。「はぁ、どういう言い訳を用意すりゃいいんだ。ありのままになんて絶対話せないしな。不幸だ……」