「……上条? どうした、その格好は」「えっと、まあ。インデックスを追いかけてきた奴に襲われまして」「さっきの非常ベルはそういうことか。で、逼迫してるようには見えないし、何とかなったって事でいいんだな?」「とりあえずは追い返しました」黄泉川の部屋に帰ると、インデックスは静かに眠っていて、黄泉川が部屋を片付けていた。当麻と光子が危険な目に会ったらしいと分かると、すぐさま怪我の様子を診てくれた。幸い、服の汚れはそれなりにあるものの、光子は怪我らしい怪我を負っていない。それは本当に僥倖だったと当麻は思った。一方当麻も、幸い骨折に至るような怪我はなさそうだった。擦り傷などの手当てはシャワーを浴びてからということになった。「インデックスさんは、その、もう何ともありませんの?」「眠ってしまう前に、体力の消耗が激しいだけで傷は完治したって言ってたよ」「そうですの。……良かった」「……で、上条。それと婚后だっけ。とりあえず緊急事態は脱したみたいだし、洗いざらい、事情を喋るじゃんよ」インデックスの傍に座ってほっと息をついた婚后を尻目に、黄泉川はそう切り出した。当麻とて、ある程度は覚悟してきたことだ。黄泉川は警備員(アンチスキル)でもある。魔術の手伝いだけしてもらって、何も聞かずにいてくれるなんて事はないだろう。一瞬の間を空けて、当麻は口を開いた。「先生。さっき、インデックスの傷を回復させるのに使った技術は、なんだと思いましたか?」「おかしなことを聞くな上条。あれが超能力以外の、どんな物理だって言うんだ?」「先生には、あれが超能力に見えたんですか」とぼけたような当麻の物言いに、同じように黄泉川は答えを返す。……そんな言い回しを当麻がする理由にも、思い当たるところはあった。むしろ、ある意味で上条よりもっとリアルに、黄泉川は事の意味を理解していた。「腹を割って話そう、上条。あの子は、学園都市の学生じゃないんだろ?」「……」「ま、黙っててもいいさ。あたしはこの点について確信があるし、警備員の事務所に問い合わせれば一発だしな。それにこの子の使った術は、少なくとも学園都市謹製の超能力じゃないのは確かな事だ。能力開発の専門家として言わせて貰うが、あれはこの街の超能力の系譜をたどってないよ」「先生は、あの子を警備員として連行する気ですか?」当麻も、一番聞きたかったことを率直に口にした。インデックスの傍で、光子も厳しい顔をしていた。黄泉川は二人の様子を見て、苦笑した。この街の生徒のために自分は働いているのだ。学生の幼い敵意を向けられていることに慣れているとはいえ、理不尽だなと思う気持ちもないではなかった。「言っておくが、とりあえずそれは一番の大正解じゃんよ。不法侵入者は取り締まる。お前らに不利益はないし、あたしにもない。ああ婚后、落ち着いて最後まで話を聞け。とりあえず数日は、面倒を見てやる。この家の中から出ないって条件でだけどさ」二人の表情が、呆気にとられたようなものとなる。まあ、まさか匿ってくれるとは思っていなかったのだろう。「あんまり喜んだ顔はするなよ。ちょっと必要な根回しが済んだら、この子にはこの街から出て行ってもらうことにはなるじゃんよ」匿うことを決めた理由は、宣言通り根回しをするつもりだったからだ。このシスターの能力は、学園都市の多くの研究者にとって、物珍しすぎる。考え無しに事務所に突き出してこの子を拘束し、その後のことに黄泉川が関われなくなったとき、事と次第によってはこの子の『末路』がどうなるのか、想像しても愉快なことはなかった。経験として黄泉川は知っていた。この学園都市には、学生とモルモットの区別をつけられない大人が、多すぎる。とはいえ、学園都市から追い出しただけでこの子の幸せを確保できるかどうかは分からない。身寄りがあるのか、ないのか。「まあ、これ以上のことはこの子が回復してからでもいいじゃんよ。とりあえず上条、お前はシャワーを浴びてこい。その間にこの子の体を拭くじゃんよ」「はい。その、先生。迷惑かけて、すみません」当麻と、婚后がそろって頭を下げた。「何言ってんだ。それが教師の仕事じゃんよ」お前みたいな問題児にはいつだって手を焼いてる、なんてどこか嬉しげに見えなくもない黄泉川の態度が、無性に有難かった。あちこちにできた擦り傷が傷むのを感じながら、当麻はざっと汗と汚れとインデックスの血を洗い流した。風呂場から出てみると、洗濯機が静かに仕事を始めていた。下着を残して、当麻の服はなかった。「ほれ、さっさと来い。次はお前だ」「へ? いやあの、服は」「傷の手当てが済んだらあたしのジャージ貸してやるじゃんよ。とりあえず服を着る前に怪我見せてみな」信じられない暴挙だった。黄泉川はめんどくさそうに洗面所に乗り込んで、下着一枚の当麻の頭を鷲掴みにしてリビングへと引きずっていった。「きゃ! と、当麻さん?!」「……」光子に見るな、と言うのも自意識過剰の気がして恥ずかしかった。とはいえ、学校の先生に下着一枚の状態で手当てをされるなんて、どう考えても高校生の扱いではなかった。手当て自体は非常に手馴れていて、あっという間に終わっていく。熱を持っていた打撲箇所にシップを貼られて、ようやく無罪放免となった。「ほれ、あたしと大して背格好は変わらないし、家の中はこれでいいだろ?」今も黄泉川が着ている、濃淡三色の緑のジャージ。上条に手渡されたのはそれと同じものだった。作りがシンプルすぎて、恐らく男女の別もないのだろう。……とはいえ、普段は黄泉川が着ている、つまり女性の服なのだ。豪快すぎて言動からはいまいちピンとこないのだが、黄泉川は着飾って黙っていれば、間違いなく一級の美人だ。そう考えると心なしか服から薄く漂う匂いもなんだか華やかで――――「あらあら当麻さん? そんなに服を顔に近づけて、何をなさっているの?」「いぃっ、いえいえいえいえ、なんでもありません。なんでもありませんのことよ光子さん」速攻で当麻は頭を下げて、そしてなんでもないことのように平静を装いながらジャージに袖を通した。……サイズが自分に合っているのが、すこしプライドを刺激される当麻だった。「さて婚后、お前もその服は洗うしかないだろ。上条の制服とこの子の修道服がじきに洗い終わるから、お前もシャワー浴びて来い」「分かりましたわ。それじゃあお風呂をお借りしますわね。その、当麻さん。私がシャワーを浴びている間に、変なことはなさらないでね」「変なことってなんだよ。覗いたりなんてしないぞ?」「黄泉川先生やインデックスさんに、ですわ」「当たり前だ」「当麻さんは時々その当たり前が通じませんもの」憮然とした表情の当麻にそんな言葉を返してから、光子はそっと洗面所の扉を閉めた。その様子を傍で見ていた黄泉川が、意外なものを見たような顔をした。「……上条お前、尻にしかれてるなぁ」「ほっといてください」「最初は大人しいお嬢様をお前が振り回してるのかとあの子の身を案じたんだが、心配は要らないみたいだな」「なんですかそれ人聞きの悪い」「付き合い始めてどれくらいなんだ?」当麻は突然の質問に思わずむせた。「副担任がそれを聞きますか」「だって面白そうじゃんよ。月詠先生に教えたら喜ぶだろうな」「止めてください。そんなことしたら良い笑顔でしごかれまくるに決まってるんですから」「でもな上条。本当に良い事だなって思うところはあるじゃんよ。超能力で人を判断すれば常盤台のあの子は間違いなくエリートで、お前はまあ、それほどじゃないだろう。けど、そんなつまらない物差しじゃなくてもっと別のものでお互いを測れてるお前らは、この学園都市の子供らに歪んだ価値観を刷り込んでる大人としては、良いなって思えるんだ」「はあ……」別に常盤台の超電磁砲であっても臆さず鬼ごっこをする上条には、その悩みがいまいちピンと来なかった。「さて、客が増えたことだし、飯を増やさなきゃな」黄泉川はそう言って、夕食の準備を始めた。「お、シャワー終わったのか」「はい……あの! 当麻さん。あまりこっちを見ないで下さる?」「え? なんで?」「それはその、秘密です。いいから見ないで下さい」突然そんなことを言われて戸惑う当麻だったが、2秒で事情を理解した。洗面所と廊下の間の段差を降りた、光子の胸が。……いつもよりたゆんって、たゆんって。「光子もしかして、その下――」「当麻さんの莫迦! 見ないでって言いましたのに!」「いや、だって、着けてないとは……」「違います! ちゃんと黄泉川先生に新品を頂きましたから。でも、その……」「ああ――」サイズがね。そうだね。光子もすごいけど、黄泉川先生はね。つい訳知り顔になった当麻をみた光子の目が、すっと切れ長になる。「当麻さん?」「なんでもないです。そして俺は光子に満足してるから、別になんとも思いません」いつもより脳みそが猿だった当麻に、光子はひたすら莫迦、と呟いた。「借りておいて文句を言うのは筋違いだって分かっていますけれど、当麻さんにお見せする服がよりにもよってこんなジャージだなんて……」「まあそう言うな婚后。あたしの勝負服で着飾ったって、しょうがないじゃんよ?」「先生それ以外に服持ってたんですか?」「当たり前だ。あたしは警備員だぞ。インナーウェアは自分で洗濯なんだから家に何枚かある」「先生それ勝負用ってか戦闘用の服じゃないですか」「まあ、一応何年も着てないスーツと、必要に駆られたら着るドレスくらいはあるじゃんよ」「どれも着られませんわね」「そういうことだ。さて、あたしもシャワー浴びてくるかな。お前ら二人っきりだからって変なことするなよ」「しませんって!」カラカラと笑いながら、黄泉川先生は洗面所へと消えていった。「……そりゃあ、こんな場所では恥ずかしくて出来ませんけれど」「光子?」拗ねたような顔をして、光子が扇子を弄んでいた。自分達二人は幸いにしてほとんど無傷だ。だけど、心をすり減らすような出来事に直面して慰めを欲している光子の気持ちを、当麻は少し感じた。当麻自身にも、触れ合いたい気持ちはあった。「とりあえず、コイツの面倒でも見てようぜ。っても寝てるだけだけど」「はあ」当麻は、静かに眠り込むインデックスの隣に腰を下ろして、隣の床をぽんぽんと叩いた。その意図を察して、光子は、そっとそこに腰を下ろした。壁と、そして当麻にもたれかかって、そっと当麻の腕を光子は抱いた。「これくらい、別に良いだろ。先生に見つかったとしてもさ」「そうですわね。恋人なんだから、こうするのは変なことじゃありませんわ」光子がそう言って、そっと目を瞑った。「当麻さんって、暖かい」「風呂上りだしな。光子も暖かいよ」「それだけじゃありませんわ。私は、自分で言うのもなんですけれど、我侭なほうだと自覚してはいますわ。そういうのが苦手な方は私と仲良くはしてくれませんし、学校ではつい負けないようにと肩肘を張りますの。……でも、当麻さんには。全部、預けられますから」「まあ、俺と光子じゃ元からレベルは比べても仕方ないしな」「そうですわね。レベルなんて、私が当麻さんを好きになった理由とは、なんにも関係ないことですわ」きゅ、と服がすれる音がした。冴えないジャージ姿の二人だが、おそろいの服を着るなんてこれが初めてだ。なんだかおかしくて、少し嬉しかった。光子が当麻の腕を抱きしめなおした。ほお擦りをされているのが感触で分かった。「でも当麻さん。当麻さんの能力は学園都市にも測り取れない、もっとすごい何かなのですわ、きっと」「光子?」「当麻さんと合流して、あの炎の巨人から私を守ってくださったでしょう? ……その、すごく、格好よかったです」「う……な、なんか褒められると照れるな」「荒事への心構えを持つのも淑女の嗜みと学校の先生は仰いますが、やっぱり、ああいうのは……」思い出したのだろうか。光子の声に、少しおびえが混じった。当麻は身を乗り出して、光子の顔を真正面から見つめた。「これ以上、光子を危険な目に合わせないように、何とかするから」「ううん。そういうことを言って欲しいのではありませんわ」「え?」「当麻さんが行くところへならどこでも、私は付いて行きますから。だから、ずっと一緒にいてくれって、言って欲しい」光子はそう言って、キスをねだった。その唇をふさぐ前に、当麻は言った。「嫌だって言うまで、お前を放す気なんてないよ。光子」くちゅ、と音が聞こえそうなくらい、当麻は光子に深い口付けをした。「ん……ふぁぁ」唇を離すと、光子はぼうっとした様子で当麻を見つめた。当麻は迷った。光子の態度は、もっとキスをしても拒まないと告げている。……嫌がられたりはしないよな?「光子。愛してる」「嬉しい。私もお慕いしていますわ。……ん」再び当麻は口付けた。黄泉川が風呂から上がるまで、せめてこうしていようと思ったその時。「んん……あれ、ここ」当麻と光子のすぐ横で眠っていたインデックスが、覚醒した。「イイイイイイインデックスさん?」「おおお起きてたのか?」「ふぇ?」どうやら、そうではないらしかった。二人して、ほっとため息をつく。そんな二人の挙動不審をこれっぽっちも意に介さず、インデックスは部屋の匂いを嗅いだ。「おなかすいた。いい匂いがするんだよ」インデックスが待ちきれないという顔をするので、インデックス用のおかゆを先に食べさせることになった。だが、どうも自力で動けないくらい、衰弱しているらしい。テーブルの上に立ち上る湯気を爛々と見つめるその目とは対照的だった。「ほれ、そいじゃテーブル前まで運んでやるから。脇開けろ」「うん。ありがとう、とうま」「あっ! 駄目です! 当麻さんお待ちになって!」「え?」「どうしたのみつこ?」毛布から、インデックスの下半身がずるりと引き抜かれた。インデックスには、黄泉川の服が決定的に合わなかった。それは着るべき下着がないという意味であり、ズボンを穿かせても脱げるという意味であり、別にジャージの上がミニスカート並みの長さになるしズボンはいらないんじゃないかという意味でもあった。……要は、穿いてない下半身が光子と、そして当麻に丸見えになったということだった。「え、え、……え?」「いやぁぁぁぁぁ!! とうまの馬鹿! えっち! 一日で二回目って信じられないんだよ!」「ご、ごめんインデックス! 悪気はない、悪気はなかったんだ!」「当麻さん? あらあら、悪気がなければ、許されると思ってらっしゃるのかしら?」もう今日何度目か分からない気炎を光子が上げる。遺伝子のどこか深いレベルで、そういう怒り方をする女性には無条件に負ける当麻だった。「許してくれ光子! 悪気がないってことは、わざと見る気なんてこれっぽっちもなかった、つまり悪気がないってことなんだぞ?!」「とりあえず目を瞑ってジャージの下を取りに行ってくださいませ」「わ、わかった」インデックスは本当に力が出ないのか、一回目のときのように噛り付いてくることはなかった。光子の冷ややかな視線に、上条は本当に目を瞑って廊下を目指した。途中で壁にゴンと頭をぶつけたが、この際それくらいで済んだと思うべきだ。リビングが視界から消えて、ようやく目を開ける。クローゼットのある部屋の前に進み、躊躇いなくノブをひねった。「――え?」いつの間に、風呂から上がったのだろうか。薄くピンクに染まった肌が、綺麗だった。太ももやヒップ、バスト、そういうところの肉付きが良い。鍛えてあるから筋肉質の引き締まった体だろうに、一番体の外を飾る肉が、たまらなく成熟した女の色香を放っている。仕草を見れば、何をしているのか予想は付く。自分の下着が、この部屋にあったのだろう。人を呼ぶとこういうときに面倒だ。一人なら廊下を裸で歩こうが何をしようが勝手だし、人を呼んでも普段の生活習慣どおりについ、物事を進めてしまう。。黒いブラの肩紐を直して、ん? と黄泉川は上条に気づいたらしかった。「なんだ覗きか? 彼女のいる場所でやるとかお前どういう神経してるんだ」「あ、いや。インデックスが目を覚まして、ジャージの下が要るって」「ああそうか。目を覚ましたんなら必要だな。ほれ、これ持ってってやれ」「あ、どうも」あれ? と当麻は首をかしげた。ごく普通の受け答えをしているのに、なにか、ひどく非常識な展開のような。「で上条。今から覗きでお前を警備員の駐在所に突き出して、一晩冷たい床で寝て、反省書と小萌先生の説教と保護者呼び出しのフルコースでいいか?」「すみませんでしたもうしません悪気はないんですほんとに悪気はないんです!!!!!」「悪気はないってさっきお前あっちの部屋でも言ってたじゃんよ。ほれ立て。まあ大目に見てやるから」「ほ、ほんとですか!」「だから腹筋に力入れとけよ?」「へ?」洗練されたモーションのアッパーが、当麻の腹に突き刺さった。目の前で、光子のより激しく、胸が揺れた。「ゴハァッ!!!!」当麻は、床に這いつくばった。視界の片隅で、黄泉川がジャージを身に着けていく。一応加減はしてくれたのだろう。1分くらい悶絶したら、リビングに戻れそうだった。「あらあら当麻さん? また、ですの?」訂正。リビングには戻れないかもしれなかった。夕食を済ませて、当麻と光子とインデックスは、携帯端末から服を注文した。さすがに下着のないインデックスはジャージの着心地がすこぶる悪いらしく、服を気にしていた。当麻と光子も、ここを出ることは難しい。事実上の篭城作戦だった。一人帰すのにも不安があった光子も、黄泉川先生の名前を出すことで何とか外出許可も降りた。やはり警備員の中でも特に信頼の厚い黄泉川の名は、それなりに力があったらしかった。「ふぁ……ごめん。もうそろそろ眠たくなってきたかも」「病人みたいなものですものね。インデックスさんはもう寝たほうがよろしいわ。……私たちも、そう遠からず寝ることになりそうですけれど」当麻はインデックスにあくびを移されていた。今日はゴタゴタが多かった。「だなぁ。もう寝ちまえば良いんじゃないか?」「そうしましょうか」布団はすでに敷いてある。だだっ広い家に見合うだけの客用布団の数があった。黄泉川とインデックス、光子は当麻と襖を一枚隔てた和室で寝ることになっている。あたしはもう少ししたら寝るから、という黄泉川を置いて、三人はそれぞれ、床につくことにした。まだ起き上がるのはしんどいのか、ぺたりぺたりと四つん這いで布団に向かうインデックスを横目に、当麻と光子はこっそりとおやすみのキスをした。「……ふふ。同じ部屋では勿論眠れませんけれど。眠る直前まで当麻さんといられて、嬉しい」「俺もだよ。いいな、こういうの」「本当は当麻さんに撫でてもらいながら寝るのが、一番良いんですけれど」光子には自覚がなかった。当麻をドキリとさせるくらい、きわどいことを言ったのを。しばし逡巡して、当麻は冗談めかしてこう言った。「インデックスが寝た後、俺の布団に来るか?」「えっ? え、あ……だめです、そんな。私たち、まだ、そんな」「じょ、冗談だって! それに先生に見つかったらそれこそ洒落にならないし」「そ、そうですわね。……その、私、ごめんなさい。嫌だとかそう言うわけではありませんのよ。でも……」「いいから。ごめんな、困らせて」「ううん。それじゃ、当麻さん。おやすみなさい」「おやすみ、光子」もう一度キスをして、光子は和室の布団にもぐりこんだ。隣では、暑いのとめんどくさいので、インデックスが掛け布団の上にだらりと転がっていた。仕方ありませんわね、とクスリと微笑んで、インデックスの掛け布団を引き抜いて、足とお腹にかけてやる。「ねえインデックスさん。必要なことがあったら仰って。寝ていても起こしてくださって構いませんから」「ありがとねみつこ。それじゃあ、今お願いしても良い?」「ええ。なんですの?」「インデックス、って。呼んで欲しいんだよ」明かりを消して間もないせいで眼が暗さに慣れていなかったが、インデックスが微笑んでいるのが、光子には分かった。「私はみつこのこと、みつこって呼びたいから。他人行儀じゃないほうが、嬉しいな」「そう。分かりましたわ。インデックス。おやすみなさい」「おやすみ、みつこ」光子はインデックスが眠りにつくまで、そっと頭を撫でてやった。年恰好以上に、なんだか可愛らしかった。当麻は、隣に随分と暖かいものを感じて、ふと目を覚ました。「え、み、光子……?」明らかに、隣に人がいる。真っ暗な部屋で誰かは咄嗟に分からない。しかし男の上条の隣に来る女性といえば、そりゃあ光子しかありえないだろうと思うのが自然だ。恐る恐る、隣の子の肩がありそうなところを、触ってみる。ふにょりと、それはそれは柔らかい感触がした。「ん……」もうその声だけで誰か分かった。驚きが自分の頭を占めていく。なんで、インデックスが、ここにいるわけ? 確かに寝るときは、光子のいるあちらの部屋で寝ていたはずだ。その疑問をまるで無視して、インデックスは抱き枕みたいに当麻の体に自分の手足を絡めていく。柔らかくて、いい匂い。当麻の心臓がドクリドクリと強く脈動する。当然罪悪感も湧いてくる。こんなところ、光子に見つかったら――――分からない。何故こんなにも今自分が焦りを感じているのか。光子が寝ているうちに何とかすれば良いだけのこと。なのに。パッと、部屋が明るくなった。入り口に、仁王立ちする女性が、一人。「あらあら当麻さん? インデックスさんと随分仲がよろしいのね?」ああそうか、と。当麻は納得した。心のどこかで、こうなると、自分は分かっていたのだ。当麻はそっと布団から出て、土下座した。怒涛の一日はまだ、終わらない。