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No.19764の一覧
[0] ボーイ・ミーツ・トンデモ発射場ガール【禁書目録・超電磁砲】【再構成】[nubewo](2014/02/15 15:00)
[1] prologue 01: 馴れ初め[nubewo](2013/10/12 23:36)
[2] prologue 02: 目線の高さ[nubewo](2013/10/12 23:36)
[3] prologue 03: 人と人の距離[nubewo](2013/10/12 23:37)
[4] prologue 04: 遊園地とワンピース[nubewo](2013/10/12 23:37)
[5] prologue 05: 好きな人がいるのなら[nubewo](2013/10/12 23:52)
[6] prologue 06: 彼にとっての彼女とそうではない少女[nubewo](2013/10/15 22:07)
[7] prologue 07: その心配が嬉しい[nubewo](2013/10/25 14:49)
[8] prologue 08: セブンスミストにて[nubewo](2014/02/17 10:23)
[9] prologue 09: 失ったものと得たもの[nubewo](2014/02/15 14:55)
[10] prologue 10: レベル4の先達に師事する決心[nubewo](2014/02/15 14:56)
[11] prologue 11: 渦流の紡ぎ手[nubewo](2014/02/15 14:56)
[12] prologue 12: 能力の伸ばし方[nubewo](2014/02/15 14:56)
[13] prologue 13: 彼氏の家にて[nubewo](2014/02/15 14:57)
[14] prologue (old version)[nubewo](2013/10/12 23:46)
[15] ep.1_Index 01: 魔術との邂逅[nubewo](2010/09/10 21:29)
[16] ep.1_Index 02: 誰ぞ救われぬ者は[nubewo](2013/10/25 18:13)
[17] ep.1_Index 03: 傷ついた者を背負って[nubewo](2010/09/14 11:57)
[18] ep.1_Index 04: 魔術との対峙[nubewo](2012/06/26 01:42)
[19] ep.1_Index 05: 交戦[nubewo](2011/01/17 23:31)
[20] ep.1_Index 06: 黄泉川家[nubewo](2011/01/22 11:40)
[21] interlude01: 数値流体解析 - Computational Fluid Dynamics -[nubewo](2011/03/17 01:17)
[22] ep.1_Index 07: 決意[nubewo](2011/02/02 23:45)
[23] ep.1_Index 08: イギリスへ辿り着く道[nubewo](2011/02/06 20:19)
[24] ep.1_Index 09: 鬼ごっこ[nubewo](2011/02/28 00:46)
[25] ep.1_Index 10: ここに敵はいない[nubewo](2011/02/27 18:35)
[26] ep.1_Index 11: 反撃の狼煙[nubewo](2011/02/22 02:31)
[27] ep.1_Index 12: 黒いマリア[nubewo](2012/06/26 01:43)
[28] ep.1_Index 13: ボーイ・ミーツ・トンデモ発射場ガール[nubewo](2012/06/26 01:43)
[29] ep.1_Index 14: 記憶回復の代償、そして未来[nubewo](2011/03/06 00:21)
[30] interlude02: 渦流転移 - Vortex Transition-[nubewo](2014/01/29 14:28)
[31] interlude03: 乙女の昼餐(そう淑やかでもない)[nubewo](2013/10/25 18:10)
[32] interlude04: 爆縮渦流 - Implosion Vortex -[nubewo](2011/03/23 01:25)
[33] interlude05: ローレンツ収縮が滅ぼしたもの[nubewo](2011/03/25 01:31)
[34] interlude06: 能力者を繋ぐネットワーク[nubewo](2011/03/26 01:36)
[35] interlude07: 最強の電子使い(エレクトロン・マスター)[nubewo](2012/11/25 00:53)
[36] interlude08: 電話をする人しない人[nubewo](2011/04/01 01:22)
[37] interlude09: 盛夏祭開始![nubewo](2011/04/04 23:42)
[38] interlude10: キッス・イン・ザ・ダーク[nubewo](2011/04/06 22:31)
[39] 他作品の紹介[nubewo](2013/08/03 18:32)
[40] ep.2_PSI-Crystal 01: 乱雑解放(ポルターガイスト)[nubewo](2014/02/15 14:58)
[41] ep.2_PSI-Crystal 02: 友を呼ぶ声[nubewo](2011/04/16 23:32)
[42] ep.3_Deep Blood 01: 第五架空元素[nubewo](2011/05/17 02:28)
[43] ep.2_PSI-Crystal 03: 水遊び、湖畔の公園にて[nubewo](2011/05/13 00:54)
[44] ep.2_PSI-Crystal 04: 暴走する能力[nubewo](2012/08/23 22:35)
[45] ep.3_Deep Blood 02: 仲直り[nubewo](2011/06/13 23:44)
[46] ep.2_PSI-Crystal 05: 統計が結ぶ情報とエネルギー[nubewo](2011/05/25 00:00)
[47] ep.2_PSI-Crystal 06: 真実を手繰り寄せる糸[nubewo](2011/05/31 01:51)
[48] ep.4_Sisters 01: 手繰り寄せた真実からは絶望の味がした[nubewo](2011/06/06 01:26)
[49] ep.4_Sisters 02: 序列の差[nubewo](2011/06/10 11:08)
[50] ep.4_Sisters 03: 私が、知らないだけだった[nubewo](2011/06/13 00:30)
[51] Intersection of the three stories: 繋がる人と人[nubewo](2011/06/22 02:07)
[52] Intersection of the three stories: 其処に集う人達[nubewo](2011/06/21 22:20)
[53] ep.2_PSI-Crystal 07: 科学と魔術の交差点[nubewo](2011/06/30 11:42)
[54] ep.2_PSI-Crystal 08: 背中を預ける戦友は[nubewo](2011/07/14 00:24)
[55] ep.2_PSI-Crystal 09: 同じ世界の違う見え方[nubewo](2011/07/14 00:24)
[56] ep.2_PSI-Crystal 10: 渦流共鳴 - Vortex Resonance -[nubewo](2011/07/19 00:49)
[57] ep.2_PSI-Crystal 11: 踏みにじられる想い[nubewo](2011/07/24 11:42)
[58] ep.2_PSI-Crystal 12: 渦流の正しい使い方 -Advance in Implosion Vortex-[nubewo](2011/08/01 01:33)
[59] ep.2_PSI-Crystal 13: 幸せな結末[nubewo](2011/08/19 01:43)
[60] ep.3_Deep Blood 03: 不幸せな結末[nubewo](2011/10/30 07:33)
[61] ep.3_Deep Blood 04: 重なるコインの表裏[nubewo](2011/10/30 07:35)
[62] ep.3_Deep Blood 05: その名を呼ぶのが重なる時[nubewo](2012/02/04 00:22)
[63] ep.3_Deep Blood 06: 物質の支配者[nubewo](2012/02/04 00:24)
[64] ep.3_Deep Blood 07: 正義は斯くもすれ違い[nubewo](2012/04/02 23:39)
[65] ep.3_Deep Blood 08: 一途の想いが成れの果て[nubewo](2012/04/08 11:54)
[66] ep.3_Deep Blood 09: 死を受け入れる覚悟[nubewo](2012/04/12 00:45)
[67] ep.3_Deep Blood 10: 天使 - 翼を持ち奇跡をもたらす者[nubewo](2012/04/15 23:58)
[68] ep.3_Deep Blood 11: 人為、その不完全性[nubewo](2012/04/23 01:05)
[69] interlude15: 「観測」に対する能力者のスタンス[nubewo](2012/06/27 00:33)
[70] interlude16: 師匠の彼氏[nubewo](2012/09/04 23:03)
[71] interlude17: 世界、この一つだけの花[nubewo](2012/11/25 00:56)
[72] ep.4_Sisters 04: ヒトとヒトガタの姉妹[nubewo](2012/11/25 00:57)
[73] interlude18: 身体検査[システムスキャン]前編[nubewo](2012/11/25 00:57)
[74] interlude19: 身体検査[システムスキャン]中編[nubewo](2012/11/25 00:58)
[75] interlude20: 身体検査[システムスキャン]後編[nubewo](2012/11/25 00:58)
[76] ep.4_Sisters 05: 私の知らない御坂美琴[nubewo](2013/05/11 03:33)
[77] ep.4_Sisters 06: 彼女たちの邂逅[nubewo](2013/05/06 00:12)
[78] ep.4_Sisters 07: 同能力者対決[nubewo](2014/02/15 15:00)
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[19764] interlude04: 爆縮渦流 - Implosion Vortex -
Name: nubewo◆7cd982ae ID:f1514200 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/03/23 01:25

美琴たちと別れ、再び先ほどの教室へと戻る道すがら。
「佐天さん、どうされたの? あまり顔色が優れませんようですけれど」
「あ……」
光子は気がそぞろになった佐天の様子が気になっていた。集中できないとあまりレッスンにも意味がない。
そして佐天は、何気なくであったのに、光子にそう尋ねられたことに息が詰まりそうな思いを感じていた。
「木山春生っていえば、確かあの幻想御手<レベルアッパー>事件で主犯格として拘束された人でしたわね」
「……」
「その方の逮捕に白井さんが関わっている、というのはまだ分かりますけれど、どうして御坂さんが……って、佐天さん? あの」
「ごめんなさい」
唐突に、佐天が光子に謝った。
反射的に問い返そうとして、追い詰められたような佐天の表情に口ごもった。
「謝ってもらうことに、心当たりがありませんわ。嫌ならこれ以上はお聞きしませんけど、もし話を聞いて欲しいなら、いくらでも付き合いますわ」
「……あの、わたし」
右手をきゅっと握り締めて足元を見つめた佐天が、そこで言い淀んだ。
初めてアドバイスをしたときもこういうことがありましたわね、と光子は思い出した。
気を重たくさせぬように微笑んで、僅かな仕草で空気をかき回す。
「婚后さんが今言った幻想御手、私、使ったんです」
「えっ? それって――」
確か、一時的に能力は伸びたが、暴走によって使用者全員が意識を失った大事件だったはずだ。
テレビでそう話しているのを光子は見た覚えがあった。
「前に一度、言いましたよね。私、一回だけ能力が使えたことがあって、それで空力使いだって分かったって。何の能力かもわかんないくらいの無能力者だったのに、いきなり能力が使えるわけないじゃないですか。……幻想御手<レベルアッパー>で、私はズルをしたんです」
「そう、でしたの」
「ごめんなさい」
「どうして謝りますの? それに後遺症とかは、大丈夫でしたの?」
「はい。後遺症とかはぜんぜんなくて……でも、大事なことなのに、婚后さんに黙ってました」
自分から沈み込んでいくように、佐天が懺悔を続ける。
佐天が謝る意味を、ようやく光子は理解し始めていた。
「ずるいやり方で能力を伸ばしたから、私に謝っていますの?」
「……はい」
「別に、気にする必要なんてないと思いますわ。だってそういう人、普通にいますもの」
「え?」
困惑するように佐天が光子を見上げた。
流体制御工学教室、と書かれた見知った建物に佐天と光子は再び入り、二人のために用意した部屋へと戻る。
冷房の行き届いた部屋で汗が引くのを待ちながら、光子が続きを話した。
「私は開発官が勧めてくれた未認可の薬を何度か服用したことが有りますわ」
「え?」
「レベルが2の頃でしたから、今みたいな細かなチェックをしていただけるわけもありませんし、健康に対するリスクから、人数の多い低レベル能力者への投薬を認められていないものでしたわ」
学園都市の大半は、無能力者や低いレベルの能力者だ。そして学生達をチェックする大人の数は、かなり限られている。
その結果、当然のこととして大半の人間に与えられる能力開発の試薬は効き目がマイルドで、安全な物が多い。
能力を伸ばすために高レベル能力者が使う試薬に手を出す、それはある種の禁じ手でありながら、功を焦る開発官と劣等感に苛まれる学生の利害の一致から、しばしば横行する反則技だった。
もちろんそれが反則技になる理由は明快だ。管理できないほどの人数に、強い幻覚剤を与えて安全なことなどあるはずがない。副作用で精神的な障害を負うことだってないとは言えないのだ。
そういう危険を承知で、細かなチェックをすることでリスクを潰しながら、数の少ない高レベル能力者は作用も副作用も強い薬を服用していく。
ぱたり、と扇子を閉じて穏やかな表情で光子が佐天を見つめた。
「皆やっているから、でこういうことを許すのが良いとは限りませんけれど、開発の現場で、反則行為というのは横行しているものですわ」
佐天はその表情の意味を読み取れなかった。
微笑みを浮かべているものの、表れた感情は佐天への同情とも、反則を正当化するような意思とも、いずれとも違っているように見えた。
「あの。責めるんじゃないですけど、そういうことをして、悪いなとか、良くないなって思いませんか?」
「……普段は考えないことにしていますわ。みんなしていることだ、とあの時開発官は繰り返しましたから。それに、身につけてしまった能力は、たとえ私が好まざろうとも、もう私のものですわ。それを間違ったものだといっても、もう、捨てることも嫌うことも出来ません」
「……」
「だから、といってしまうのは浅ましいかもしれませんけれど。どんな方法を使ったにせよ、確かに佐天さんは能力を伸ばしたのですわ。だからもう、それでいいじゃありませんか」
光子の返事は答えというより、正当化の理屈、だっただろう。現に佐天は釈然としない思いを感じている。
言われてみれば幻想御手という反則は、実は気に病むほどの行為ではなかったのかもしれない。
でも、だけど。
「婚后さんはもう、吹っ切りましたか? また勧められたら、またやりますか?」
それを、聞かずにはいられなかった。光子が目を伏せながら笑った。
「勧められたこと、ありますの。でも断りましたわ。当麻さんの顔を思い出したら、やめようって思いましたの」
「彼氏さん、ですか」
「ええ。能力を伸ばしても、あの人に胸を張れないのは嫌ですの。あの人に褒めてもらうのがすごく嬉しくて、今は頑張っていますから」
当麻はレベル0だ。だが、それに卑屈になることのない人だった。
そんな人と心を通わし合えたおかげで、レベルなんてものが、本当の人の価値を測る定規ではありえないことを理解できた。
手段を選ばずレベルを上げるような人間じゃなくて、あの人に尊重される人でありたい。その考え方の変化を、とても光子は気に入っていた。
そしてその理屈は、佐天にとっても、すごく格好よく見えるものだった。
「はぁー……。彼氏さんが出来るって、いいことですね」
「あ、ごめんなさい。また惚気だって叱られますわね」
「でも羨ましいです。そういう風に思える人が隣にいるって」
「恋人じゃなくても、佐天さんの隣には、きっと素敵なお友達がいるんじゃありませんこと?」
真っ先に思い浮かべたのは、初春の泣き顔。佐天が幻想御手の副作用から意識を回復させた後に真っ先に見た表情。
ちょっと鼻水が出てグズグズの情けない顔だったのに、すごく嬉しかった。
頼りなくて涙もろい友達だけど、初春には胸を張って能力を伸ばしたい。
「レベル4の能力者にアドバイスを頼むのも、一応反則技ですのよ?」
「え? そうなんですか?」
「規則としては、開発のサポートは開発官にしてもらうものですから」
「……でも。婚后さんに教えてもらって、私はすごく、嬉しかったです」
「そう。まあ、駄目と規則に書かれているわけでは有りませんし、いいじゃありませんか」
「そうです、ね。もっと、頑張って伸ばします」
「ええ。私も負けないように頑張りますわ。ね、佐天さん」
「はい、あっ……」
不意に、光子に抱きしめられた。いい匂いがして、ドキドキする。
婚后さんってこんな人だったのかな、と佐天は不思議に思った。
こんなにお互いに仲良くなってからも大して経っていないと思うのに、すごく優しい人だと感じる。
ナデナデと頭を撫でて、目の前でそっと微笑んでくれた。
「ふふ」
「こ、婚后さん、あの」
「照れてる佐天さんも可愛らしいわ」
「ちょっと、もう、恥ずかしいですよ……」
「是非常盤台にいらっしゃい」
「えぇっ? いや、いくらなんでもそんなの」
「あら、無理だなんて仰ってはいけませんわ」
「はあ……」
普段は初春に抱きつく側だし、年上の美琴もこういうスキンシップを佐天にとってくることはなかった。
年下扱いも、意外と悪くなかった。
「さてそれじゃあ、続きのレッスンをしましょうか。スパルタで行きますわよ?」
「はい! 望むところです!」
意識を切り替えて、二人は実験室へと向かった。




先日、燃料を爆発させる実験をやったときの部屋の辺りに、佐天は連れてこられた。
実験室は四畳くらいの小さな部屋だったはずなのに、部屋と部屋の区切りが取り払われて、教室二つ分くらいの広さになっている。
そのせいで前と同じところに来た実感をいまいちつかめなかった。
「あちらがこのプロジェクトのリーダーですわ。事実上、学園都市で一番の空力使いです」
常盤台に外部から来ているからなのか、スーツ姿の研究者達がパソコンと向かい合う中、少し大人びた感じのする常盤台の女学生が微笑んで会釈した。もしかしたら三年生だろうか。
佐天もペコリとお辞儀を返した。
空力使いにレベル5はいない。だが、おそらくレベル4の空力使いはかなりいるだろう。
能力の分類でいえば念動力使い<サイコキネシスト>や発電能力者<エレクトロマスター>と同様、カテゴライズされる人間の多い、平凡な能力だ。
「一番ってことは、あの、婚后さんよりも?」
「ええ。数字の上では、私より上ですわ」
向こうがその光子の一言に苦笑いを浮かべた。だが、瞳の中に謙遜の色はない。
事実そうだと言い、負ける気は無いという気の強さを感じさせる目だった。
「ま、このレベルまで来ると比べてもあまり意味がありませんわ。個々の能力に特色がつきすぎて、比較が無理矢理になってきますから」
もとよりこの話は続ける気はないのか、光子が佐天をラボの端の机の島へと案内する。
島ごとにチームが分かれているらしい。
「今日佐天さんがお手伝いするのはここの班ですわ」
「よろしくお願いします」
にこやかに笑いながら、先生とは違う雰囲気を持った大人たちが対等な感じで自分に会釈をしてくれた。
「最初は私もお付き合いしますわ。慣れてきたら私も担当のブースに顔を出しますけれど」
「え? 婚后さんは別のところなんですか?」
「ええ。ここには超音速旅客機をつくるグループが集まっていますけれど、私は機体表面の設計グループの長ですから。エンジン設計のグループであるここは、担当外になりますの」
ここのプロジェクトリーダーは、先ほどの生徒とは別の空力使いらしい。もちろん常盤台の学生だ。
よく見るとちらほらいる常盤台の生徒には皆研究者とは別の大人が付き添っていたりする。一瞬秘書かと思ったが、どうやら先生らしい。
能力的には天才の集まる常盤台であっても、所詮は皆中学生だ。指揮を執る才に恵まれた人ばかりではない。
おそらく、そういう慣れない部分を補佐するために、マンツーマンで先生がついているのだろう。
「婚后さんには先生、いないんですか?」
「私も普段は助けていただいていますわ。今日は非番ですの。一応佐天さんの面倒を見るつもりでしたから」
「あ、なんだかすみません」
「いいんですのよ。メリットを出せるかどうかは佐天さん次第ですけれど、絶対に損をするとは限りませんから」
心臓が緊張に跳ね上がるのを佐天は自覚した。試験などとは違う形で、自分は今、試されているのだ。
うまくやれれば、ここで自分は誰かのために能力を使うことが出来る。
駄目でもともとと思われているかもしれないが、でも、失敗すればお荷物になって貴重な他人の時間を浪費させてしまう。
姿勢を正して、目の前の人たちにもう一度挨拶した。
「出来るだけのことは、やります。よろしくお願いします」



光子が佐天の担当部署の長にあたる1年生らしい人に声をかけ、佐天を紹介してくれた。
そしてすぐさま、仕事を割り振られる。説明は簡素だった。おそらく光子が細かいことはしてくれるとの判断だろう。
「さて、それじゃ始めましょうか」
「あ、はい。えっと、これとあれを比べればいいんですよね?」
「ええ。そうですわ」
手元には、データの入った小さなメモリと数式の書かれた紙の束。そして指差す先には燃焼試験室。
佐天が割り振られた仕事は、その二つを比較してコメントしてくれ、というものだった。
光子が事情を理解した顔をしているので頼ることは出来るだろうが、佐天は何を頼まれたのかよく分かっていなかった。
「あの、比べるって、なんていうか」
「佐天さんはあまりレベルは高くありませんでしょう?」
「あ、はい」
「そういう人が研究開発に従事するとき、まずすることは何かご存知?」
「え? えっと」
下っ端がすることといえば、お茶汲みかコピー取りじゃないのだろうか。あるいは掃除か。
だが少なくとも渡されたデータの重みは、そんなレベルじゃないように感じる。
「測定装置代わりになること、ですわ」
「装置の、代わり?」
「ええ。研究というものは最終的な目標がまずあって、それを達成するために何をすればいいのかを明らかにし、どうやって達成していくか計画を立て、それを実践する、そういう流れになりますわ。でも佐天さんにいきなりその流れに沿って何かをやれといっても難しいでしょう? だからまず、研究をする側の人ではなくて、研究者に使われる測定装置になってもらいます」
「はあ……あの、それはいいんですけど、何をしたらいいんですか?」
「まず、このデータを拝見しましょうか。数式の意味は理解できる?」
「えっと……これがよく分からないんですけど、あとは」
論文というか報告書というか、ファイルになったその紙をめくっていくと、基本的には佐天が慣れ親しんだのと同じ手法で表現された流れの支配方程式が並んでいる。
ただ発熱に関する部分が、化学反応、どうやら燃料の燃焼に関する式で書かれているらしく、そこだけ怪しかった。
「ああ、これは結局、気体自身が発熱するんだと思えばよろしいわ。細かい化学反応の部分は後でも理解できます」
「あ、はい」
「それで、佐天さんはこれを解析できます?」
「……たぶん、なんとか」
じっとその数式群だけを見つめながら、佐天はそう返事をした。扇子で隠した口元で、光子は満足げに微笑んだ。
「ではこれに従って流れを想像して御覧なさい」
「はい」
書かれた式を脳裏に思い浮かべ、数値演算で無理矢理解けるよう、式を変形しながら連立していく。
そして書かれた初期条件、境界条件を丁寧にイメージし、確かな幻を作り上げる。
あとは解くだけだ。集中力はいるけれど、もう不可能なことは何もない。
微積分を習う前には、レベル1になって渦を作れるようになった後でもそれは出来なかったことだった。

ケロシンという揮発性の高い航空燃料の充満したチェンバー。エンジンの心臓となるその空間を、複雑な形状まで注意深く想像する。
演算を開始する。内壁の一部が気体を押しつぶすように内へ内へと向かう。佐天にとってそれは、シミュレーションボックスの端、つまり境界条件の動的変化に相当する。
そしてボックスの圧縮率がある敷居値を越えた瞬間、佐天にとってのブラックボックス、化学反応式がトリガーされる。
暴虐的な熱と運動量が、何もないところから生じる。もちろんケロシン蒸気で満ちているから、何も無いというのは佐天の主観だが。
そして爆発によって起こった気流が内壁を押し返し、その壁が接続されているプロペラを回す。プロペラへ伝わる動力は佐天にとっては抵抗としてのみ意識される。
仕事を終えた内壁が再びチェンバーを圧縮すると同時に、排気とケロシンの再噴霧が行われる。
……これが、1サイクル。
1秒間にエンジンの中では何千回と起こるそれを、佐天はたっぷり1分はかけて計算した。
「……ふぅ」
「どう? 再現できましたの?」
「あの、1サイクルだけ」
「そう。初期条件の人為性を消して、ちゃんと定常状態を計算するには1000サイクルくらいは要りますわよ?」
「そっか。そうですよね。……ちょっと待ってください。色々整理します」
「ええ、どうぞ」
こちらの思考を邪魔しないようにだろう、光子が少し離れた自分のデスクで報告書を読みに行ってくれた。
そう高くもなさそうなコーヒーの香りを味と僅かに楽しんで、頭をスッキリさせる。もう一度佐天は数式から、現実を頭の中に組み立て始めた。

二度目は振り回されない。佐天が解くのは計算機と同じ方程式でありながら、機械と佐天は決定的に違う。
何でも出来る計算機は、特化が出来ない。そして何かに特化すれば、それは汎用性を捨てることとイコールだ。
佐天は違う。経験を元に、この方程式に特化した演算処理システムを作る。そしてそれはいつでも忘れられる。
式の解き方と特化するための方法論だけを記憶して、大掛かりなシステムそのものは忘却できる。それを生かすのが能力者だった。
勿論、佐天が脳内に構築する回路はたとえば光子と比べてまだまだ稚拙だ。
それでも二度目は、1サイクルの演算を20秒で済ませた。1000サイクルを、これなら6時間くらいで計算できる。
現実的か非現実的か、どっちとも断言しづらいギリギリのラインだった。そこまで持っていくのが佐天個人の限界だった。
この計算時間では今日は何も、ここにいる人たちに渡せるものがない。焼け石に水と知りつつ5サイクルを演算。
そこで、佐天は思考を中断した。疲れてそれ以上は上手く出来なかった。
「どう?」
「あ、1サイクル20秒くらいには縮まったんですけど……」
佐天は聞かれるままに、自分の組み立てた解法を光子に伝える。
「佐天さん、その三つの式は対称性がよろしいから、ベクトル化できますわ」
「あ、そうですね」
「それとこの式だけ随分と精度の高い式で解いていますわね。精度は一番悪い式に引きずられますから、この式の精度は落としてもよろしいでしょう。指数関数の展開が簡単になりますから」
「はい」
「それとこの式の展開型、ラプラス変換で一度変換してから戻すと多項式近似で綺麗に近似できますわ」
「おー……婚后さん、すごい」
「そりゃあ、一応レベル4の空力使いですから」
佐天が解釈しなおした式を紙に書き出すと、それが真っ赤になるほどに訂正を加えられた。
知恵熱を出しながら解いたのがバカらしくなるほどの修正だった。
そんな計算コストの削り方があったのかと、目からうろこが落ちるようなテクニックがあれこれと出てくる。
それは宝の山だった。逸る気持ちを必死に押さえる。自分の能力の演算にこのテクニックを応用したら、どうなるだろう。
だけど今は目の前の式を解くのが先だ。


すう、と息を深く肺に溜める。アドバイスを生かして、もう一度初めから佐天は1サイクルを計算した。
正確な数字は分からなかった。だって、1秒以下の時間を正確に測るのは佐天にも難しい。
「1サイクル1秒……!」
「まあ、こんなものですわ。1000サイクルで1000秒、17分ですわね」
それはもはや非現実的な数字ではない。
早速演算をしようとする佐天に、光子が薬を差し出した。こないだから飲み始めた、トパーズブルーの薬。
演算能力を一時的に伸ばす薬だった。
「昨日は使っておられませんわよね?」
「はい」
「なら大丈夫。うちの先生を通して佐天さんの担任には報告しておきます。明日はお飲みにならないで」
「分かりました」
水と共に渡されたそれを、佐天は嚥下した。効いてくるまでの数分間を、座り心地のよいソファに寝そべって過ごす。
これっぽっちも眠くはならない。誰かの邪魔だったかもしれないが、それをあまり気にかけなかった。
薬が効いてきたら、どれほどのことをできるだろうという期待で周りがよく見えていなかった。
「頃合ですわね」
「はい。ちょっと冴えてきた感じがします」
「じゃあ、時間を計りますから。……どうぞ」
さらり、と現象が紐解けていく。そんな流麗な印象を、自分の演算に対して佐天は感じた。
初めて能力が使えたときの、あの爆発的な全能感とはまた違う。
自分の世界が広がっていくような、トロくさかった自分の世界の流れが加速するような、広がりを感じる。
清流の滞りがなきが如く、1ステップずつ、1サイクルずつがさらさらと解けていく。
―――17分と見積もられたその演算、複雑な現象であるエンジン内の爆発現象を、佐天は10分で再現しきった。
「……できました」
「そう。予想よりかなり縮めてきましたわね。さて、正しいかどうかの検証は私達では出来ませんから、データに頼りましょうか」
「あ、そのためにあるんですね」
「そういうことですわ」
言われてみれば当然だが、佐天は自分の演算結果を見える形に表現できない。
可視化できないということは、光子と議論が出来ないということだ。そこでこのデータを使うのだった。
光子が自分の計算機にそれを差し込むと、中には数値のままの生データが入っていた。
カチカチと可視化プログラムにそのデータを投入して、見やすいように色などを調整する。
二人の目の前に1000サイクル分があっという間に表示された。
「どう?」
「……大まかに言うと一緒なんですけど、最後のほうは同じとはいえない感じ、です」
「流れの一部一部が同じでないことは別に構いませんわ。熱量の規模だとか、風の流れだとかは大体合っていますの?」
「それは、はい。だいたい合ってます」
「ならよろしいわ。計算はサイクルが進むに連れて計算誤差の影響を膨らませていきますから、ずれは仕方ありませんし」
労うように光子が佐天に微笑を向けて、リラックスを促すように自分も椅子に腰掛けなおした。
「少し休憩しましょう。それが終わったら、本格的に定常化した流れのデータをお渡ししますから、次はそれで演算しましょうか。それが済んだら実験に向かいますわね」
「はい」
佐天はそれでようやく、自分がかなり汗をかいていることに気がついた。
すこし気持ち悪い。ハンカチで軽く拭くが、乾くまではしばらくかかるだろう。
ふうっ、と息を吐く。頭が熱を持っているような感じがする。
それを冷ますように手近にあった紙束で自分を仰いだ。
「あ。これ、かなり過敏になってるなぁ」
光子がまた自分のデスクに向かっている。誰も自分に注視していないのをいいことに、そう独り言を漏らした。
部屋中の空気の流れを感じる。目を瞑っているのに、全てが分かる感じ。
それを手元に集めればどうなるだろう、という考えに心が惹かれるが、迷惑なのでさすがにやらない。
そのまま5分くらい、佐天はじっとしていた。
「さて、そろそろ再開してもよろしくって?」
「はい。やりましょう」
光子が、膨大なデータを佐天に見せた。16桁の数字の羅列。大体100万行くらいだ。
カタカタとデータを間引きして、読める量にする。さっきの演算とは違い、あらかじめ気流にベクトルが与えられている。
うねる炎の流れを時間ごと止めたようなデータ。そこから演算を始めることで、定常的なエンジンサイクルを再現できる。
佐天はあっさりとそのデータを読み込み、脳内でそのシミュレートを始めた。


どかん、ぐるん、どかん、ぐるん。
爆発とプロペラ回転のとめどないサイクル。それが内燃機関の基本原理だ。
1サイクル1サイクルは微妙に動きが違っている。だが、大きくは変化せず、ある平均的な状態に近いものばかりが再現される。
ようやく佐天は、再現に必死なだけではなくて、それを冷静に横から見つめる視点を得られ始めていた。
「そろそろよろしい?」
「はい。また1000サイクルくらいはやれました」
「あら、また少し早くなりましたわね。それで、余裕は出てきました?」
「かなり。こういう閉じ込められた空間で出来る渦って不思議ですね」
「ああ、佐天さんは制限空間は専門外ですものね。ところで、何か気づいたことはありません?」
「気づいたことですか?」
「ええ。ここで空気抵抗が大きいなとか、そういうことですわ」
ああ、と少し佐天は納得した。それを見つけるのが、自分の仕事なのか。
「排気弁の近くが、流れが汚いって思いません?」
「そう……かもしれませんわね」
「この辺とこの辺の流れがぶつかって渦が出来るんですけど、弁から飲み込むにはサイズが大きいから変にほどかないといけないじゃないですか」
「ああ、言われてみれば」
「だから、弁を大きくするとか」
「ふふ。さすがにそれは厳しいですわ。この形は色々な都合で決まっていますから」
特定の部分、部品に熱と圧がかからないように、必要な出力が得られるように、化学反応で煤が出ないように、なんて風にエンジンには沢山の『都合』が存在する。
そしてそういう都合を全て満たすような答えが、これまた無数に存在する。その答えの中で一番いい答え、最適解がどんなものか、それを見つけるのはとても難しいことだ。
計算機上でエンジンをデザインし、その演算をすることは簡単なことだ。だが、それでは局所解しか得られない。
エンジンと名のつくあらゆる可能な形状の中で、どれが一番優れたエンジンなのかはあらかじめ分からない。
全ての可能性を調べつくすことも出来ない。エンジン設計はアート、芸術の世界なのだ。
だから、新しい風をいつも必要としている。今までの人々とは違うものが見える人を。
もちろん、エンジンに限らずあらゆるものの設計にそれは通じていることだが。
成功するかはさておき、光子は佐天にそういう期待をしていた。
「ここまで出来たら、本題に移れますわね」
「あ、はい」
充分に今までもタフな作業で、それが本題でないことなどすっかり忘れていた。
疲労は充分にある。だが、まだやれる。まだやりたい。
実験を行うチームは他にないのか、燃焼試験室の近くはがらんとしていた。
「あ、これ」
「気づきましたのね。そう、さっきからずっと計算していたエンジンのレプリカですわ」
「えっと、まあ、形は一緒ですけど……」
数値としてのスペックは勿論、シミュレーション条件だから全て佐天の頭に入っている。
だが目の前のそれはどうも与えられた数値よりも小ぶりに見える。
佐天の身長よりも高いはずのエンジンは、腰までくらいの高さしかなかった。
そして何より、エンジンという無骨な響きに反し、それは全ての部品が透明だった。
視界を遮らないいくつかの部品は鋼鉄製なのだが、エンジンの外壁がガラスか何かで出来ていて、中まで丸見えだった。
なるほど、おそらくそれが目的なのだろう。
「流れを見るために、あえてこうしているのですわ。あとスケールが小さいのは小さな熱で済ませるためです。ガラスでも、さすがにエンジン内部の熱には耐えられませんから」
例えば、飛行機の羽根を設計したとして、揚力がどれくらい得られるかを実験するとしよう。
それを試すのに、設計図どおりの大きさに羽根を作り、空を飛ぶときと同じだけの風速を巨大な扇風機で作り、
実機どおりのスペックでデータを得ることも、一つの手段ではある。
だが、それにはあまりにお金がかかるし、スケールが巨大すぎる。気軽にはとても実施できない実験になる。
そこで利用されるのが、実験のスケールダウンだ。羽根のサイズを10分の1にして、上手く同じものを見ようという思想になる。
だがこれには問題もある。羽根を10分の1にしたとき、ほかの条件、たとえば風速はどのようにスケールダウンすればいいだろう。
もちろんそれにも制約があって、レイノルズ数とマッハ数が一定に保たれるように決める、ということになる。
エンジンには燃料の爆発というプロセスがあるから、さらに制約は増える。
中が透けて見えるエンジンを作る、ということはそれだけで大きく困難な現象だった。
「佐天さんが計算したあのエンジンよりも全てが何分の一かの規模ですけれど、現象としては相似なはずですわ。今から点火しますから、よくよく流れをご覧になって、先ほどのシミュレーション結果と比べて頂戴」
「わかりました」
光子が目配せをすると、いつの間にいたのか、佐天の協力部署の人たちが何人か実験の手伝いに来ていた。
コンソールのボタンを押すと、エンジンに付いたピストンが緩やかに動き、エンジン内部に吸気が始まった。
「これを」
光子に暗視用の眼鏡を渡される。
燃焼試験室と測定室の間を隔てる透明の壁は強すぎる光を遮断してくれるのだが、万が一のための保護眼鏡だった。
それをつけると、いきます、と研究員の人が佐天たちに声をかけた。



爆発だから、ドン、と音がするものだと思っていた。
――エンジンなのだから鳴り響くのは唸るような音だった。1秒間に数千回の爆発が起こる音とは、そういうものだった。
「どう?」
「どうって、これ目で追えないくらい早いんですけど」
「そう? 本当に?」
本当だった。視覚はまるで用を成さない。佐天の動体『視力』はそこまでハイスペックじゃない。
だが空気の流れを感じる佐天の第六感は、大量に情報を間引きながらも、その空気の流れを捉え始めていた。
「どこまで真に迫れるか知りませんけれど、可能な限りこの流れを追って御覧なさい。全ての現象の元には、必ず『観測』という行為がありますわ。大きく、詳しく、正しく現象を観測できる人ほど、大きな能力を使えます。世界を観測することと世界に干渉することはコインの裏表、それがハイゼンベルグの不確定性原理が暗にほのめかしたことで、そして超能力の生まれる源でもありますわ」
わかる。光子の言っていることが、佐天には納得できる。空気の流れを感じる時、それはその流れを制御できる時だ。
目の前の超高速の爆発サイクル、エンジンを佐天は掴みきれない。だから操ることは出来ない。
だけど、手の届かないほど不可思議な現象じゃない。

取っ掛かりは、爆発直前の渦。
ディーゼルエンジンに点火部はない。空気と混合した燃料を圧縮することで、自然発火させるのだ。
その基点となるのは、いつも渦だった。一様に圧縮されたエンジン内部の中で局所的に圧力の高まる、流れの特異点。
渦が出来る位置はサイクルごとに微妙にずれはするが、エンジン形状に固有の、渦の出やすいポイントは存在する。
そこのことなら、佐天は誰よりも観測が上手い能力者だ。レベル5相手なら知らないが、光子にだってこれだけなら勝てる。
幾度となく繰り返される爆発を観測し、佐天は脳裏に渦の平均的な姿を浮かび上がらせた。

次は爆発。
渦はその中心に、外へと広がる滅茶苦茶な運動量を発生させる。そしてその高温高圧の空気はあっという間に広がる。
広がるときにも、渦を作りながら広がる。複雑な形をしたエンジンの内壁は、流れを乱す要因になるからだ。
壁の近くに出来た渦のいくつかは、その回転周期と内壁の振動周期を一致させ、ブーンという騒音を発生させる。

「ここ、渦酷いですね」
「え? ……そうですわね、渦が共鳴して、騒音の元になっていますのね」
「これってやっぱり、よくないことですか?」
「ええもちろん。振動が助長されると壊れる原因になるし、騒音公害の元にもなりますから」
渦共鳴は時に冗談にならない破壊力を生み出す。ほんの少しの強風が自動車用のつり橋を壊したことがあるくらいだ。
佐天の指摘した部分は、致命的ではないがこのエンジンが抱える問題点のうち、まだ知られていないものだった。
「まだご覧になる?」
「あ、そろそろ……すみません、集中力のほうが限界かも」
「ふふ。この実験はこれくらいでいいでしょう。佐天さん、少し休憩したら、今みたいな調子でこのエンジンの問題点を洗いざらい書き出してくださいな。他に影響を及ぼさない改善案まで出せればもっといいんですけれど、さすがにそこまでは注文しませんから」
「わかりました」
すこしふらふらする。渦に集中しすぎたせいだろう、小説にのめりこんだ時みたいに、頭の中にぐるぐる回る渦と、眼球が脳に送ってくる情報の、どちらが現実なのかよく分からなかった。




光子は佐天を置いて休憩室に入り、携帯をチェックする。
当麻からの連絡が恋しいこともあるが、もうじき引っ越すさきの家主である黄泉川からも連絡が多い。
「もう、当麻さん」
朝七時にきちんと起きた光子と同様、黄泉川に叩き起こされて当麻も早起きしたらしい。
他愛もないことがつらつらと書かれていた。
返事に、佐天のことをあれこれと書く。別に当麻は佐天のことを直接は知らないのだが、
光子が何度となく話に出しているから、当麻も佐天のことはよく知っている。

すぐにきびすを返して実験室の前のラボに戻ると、佐天がエンジン開発部のメンバーから質問攻めにあっている。
開発部長は確か1年で、そしてレベル3だ。光子に気づいて微笑み付きの会釈をしてきたが、心中は穏やかでないだろう。
レベル1だと聞いているだろうが、佐天のあの結果を、一体誰がレベル1の成果と見ることやら。
常盤台ですらないレベル1の学生に刺々しく当たれば、むしろ自分の株を落とすことくらいは分かっているらしい。
だから指摘が嫌味にならないように気をつけながら、鋭い指摘になりえるものを必死に探しているのが分かる。
「えっと、すみません。これくらいしか、思いつくことがなくて」
大人の研究者達が営業スマイルで佐天を褒めた。よく頑張った学生をおだてることくらいなんでもないし、実際面白い結果だった。
開発部長の1年がやや褒めすぎなのは、複雑な感情の裏返しだろう。
それを裏でそっと笑う自分もまた、同じようにレベルという序列の世界にいることに気づく。
当麻の顔を思い出して、自戒した。優越感は劣等感の裏返しでしかない。
「ご苦労様、佐天さん。皆さんも申し訳ありませんけれど、最後に一つ山場が残っていますし、こんなところで」
「婚后さん」
「休憩はもう充分?」
「え? いやあの、今まで話しながらずっと頭の中で計算してて……」
しんどいという感想を正直に顔に出して、佐天がそう言った。
クスリとそれを笑いながら、光子は休憩はいらないだろうと思った。
最後の仕事は、何かの実験を追いかけるような内容ではない。
「最後のは、佐天さんに渦を作ってもらう仕事になりますわ」
予想通りだった。少し笑ってしまう。その一言で佐天の顔が変わったのだった。
疲れが抜けたのではなくて、疲れていてもなおやりたいという顔に。
「やります」
答えはすぐさま返ってきた。




ようやく試せる、と佐天は胸を高鳴らせた。
別にちょっと失礼と一言言って屋外に出ればいつでも試せたことだが、佐天は渦が作りたくて、仕方がなかった。
だってまた、能力が伸びたことに気づいていたから。これまでとは違う。渦を発現させてみてから能力の伸びに気づくパターンではない。
使う前から、きっと伸びていると確信があるのだ。

感覚が研ぎ澄まされている。もう、空気の粒は見えない。
それは香水の匂いに似ている。匂いは確かにあるが、慣れてくると意識されなくなるのだ。
す、と指で文字を書くように空気をかき混ぜる。それにつられた風の流れを、粒と思うこともなく、佐天は粒として処理した。
「やって欲しいのはこないだと同じ、燃料を渦で圧縮して点火することですわ。エンジンの内部にカメラや温度計を差し込むことは簡単ではありませんから、佐天さんの渦を使うことでその代替をしようという試みですの」
「わかりました。けど、その前に普通の空気でやってもいいですか?」
「ええ、もちろん。納得するまでやってから、声をかけてくださいな」
燃焼試験室は、四畳くらいの狭い部屋だ。それでいて天井は高い。その部屋の中の空気を、余すところなく、手中に収める。
ファンがあって外から空気を取り込めることが感じとれる。たぶん、今までで一番大きな渦になるだろう。空気の量で言えば。
それをどこまで圧縮できるかが、勝負になる。
圧縮すればするほどコントロールが難しくなるから、部屋一杯の空気を、運動会で使うような大玉に出来ればいいほうだろうか。
「とりあえず、作ります」
「ええ。頑張って、佐天さん」
気負いはない。ただ、発動の瞬間にカチン、と頭の中で何かが噛みあったような音がした。
一瞬遅れて、現実にも、音が響いた。

ガッ、という硬質の音。それは佐天が風を集めた音だった。
今までと桁が一つ違う速度だった。稚拙な能力でゆるゆると集めていた頃には起こらなかった空気の悲鳴。
音速の10分の1を超え始めた、突風の音だった。隣で光子が息を呑んだのが分かる。
次は集めた空気をタイトに巻いていく作業だが、これも、あっけないくらい簡単に完了した。
それなりに大きな部屋の空気全てを、一つのスイカの中に詰め込むくらい。
佐天が思ったよりも、それは高圧縮になった。
「……ねえ佐天さん」
「はい」
「何気圧くらい、ですの?」
「100、ってとこです」
「そう」
光子は、佐天に危機感を覚えた1年を笑ったさっきの自分を、笑った。こんなものがレベル1であってたまるものか。
淡々とした佐天の表情がむしろ空恐ろしい。どこまで、上り詰めたのだろう。どこまで自分に追いついたのだろう。
「すみません、なるべく上下に逃がしますけど」
「構いませんわ。好きに解放して頂戴」
顔をしかめた佐天が、渦を手放した。
ボンと鈍い音がしてすぐ、試験室と観測室を隔てるガラス壁がビリビリと音を立てた。
「すごいですわね」
「あ、はい……。それで、実験は」
「ああ、やりましょうか。すぐ用意しますわ」
佐天にも光子にも戸惑いがあった。
あまり喜んだふうに見えない佐天と、素直に喜んであげられない光子。
「それじゃ燃料を噴霧しますから、上手く纏めてくださいな」
「はい」
プラグの先から、霧吹きみたいに燃料が飛び出す。
佐天はそれを苦もなく集めて、待機する。あわただしく周りがカメラやセンサをセッティングしているのが分かるからだ。
「……できましたわ。佐天さん、いつでもどうぞ」
「それじゃ、いきますよ」
佐天はその緩い渦を、握りつぶす。
周りが何を望んでいるのかは知っている。コントロールなんてされていない、無秩序に広がる爆炎が見たいのだ。
佐天はそれに逆らう気だった。そうしたいという気持ちに抗えなかった。

燃料の爆発、それはすさまじいエネルギーを渦の内部に生じさせる。外から取り込むのではない。
佐天はそれを、コントロールできる気がした。そしてするべきだと思った。べきだ、という思いに合理的理由はない。
ただ、心のどこかで気づいていたのだ。
――――あの程度のエネルギーなら、『喰える』と。

慎重に渦を束ねていく。内へ内へと巻き込み、渦を圧壊させていく。
何度かの経験で、爆発限界は肌で感じ取っていた。その一線を、超える。
カッと光が周囲を照らす。佐天はそれを失敗だと感じた。違うのだ、自分の能力は、こうじゃない。
全てのエネルギーを飲み込んで、漏らさない。そんなイメージの渦。それが今の佐天に思い描ける理想だった。
光るということは輻射熱が漏れるということ。それは美学に反している。だから気に入らない。
ある程度エネルギーを散逸させたところで、渦は落ち着いた。渦のままだった。
「嘘……」
「婚后さん」
「あれを、押さえ込みますの?!」
光子の焦りが少し、気持ちいい。師の予想を上回るというのは愉快なことだ。
ようやく気持ちが舞い上がってきた。
そう、そうなのだ。自分の力は、こうなんだ。ベースは確かに空気。だけど、それだけじゃない。
エネルギーを、外に漏らさず蓄えて、そしてさらにそのエネルギーを内へ内へと向かう力に変える。
『爆縮する渦流』、きっとそういうイメージなのだ、自分の能力は。
ただ、爆縮には限界がある。いつかは外へ向かう、いわゆる爆発へと転じなければいけない。
何とか束ねようとして、それには失敗した。


ガウゥゥンンンン!!


間延びした爆発音が、試験室を満たす。生じた煤はあっという間に流されて、綺麗な部屋の光景がすぐに戻った。
ほぅ、とため息を一つついたつもりが、膝の力まで抜けてしまう。
「佐天さん!」
「あ、すみません、婚后さん」
「かなりお疲れのようですわね」
「はい、なんか急に、思い出したみたいに疲れちゃって」
光子が咄嗟に支えてくれた。申し訳ないとは思うのだが、抱きついていたい。ちょっと幼い自分の思考回路を佐天は反省する。
「あの、婚后さん」
「なんですの?」
「私今、あの爆発を纏められ、ましたよね?」
半信半疑だった。確信があったはずなのに、渦を消したらなんだか霧散してしまった。
そんな佐天に、にっこりと光子が微笑んだ。棘のない、褒めてくれる笑顔だった。
「ええ、自分でも覚えているんじゃありませんこと? その感触を」
「はい……はい!」
「すごかったですわ。よく頑張りましたわね、佐天さん」
「はいっ!」
褒められて、なんだかじわじわと嬉しさがこみ上げてきた。ようやくだった。
佐天はぎゅっとそのまま光子にしがみつく。ぽんぽんと背中を撫でてくれた。
「あーどうしよ、嬉しくってなんか変です、私。あの、なんだか少しだけですけど、自分の能力がどんなのか分かった気がするんです」
「そう、良かったですわね。少し落ち着いたらまた聞かせてくださいな」
「はい。本当に婚后さん、ありがとうございます」
「私も佐天さんがすくすく育って嬉しいですわ」
「あはは、すくすくって子どもみたいですね」
「あらごめんなさい」
そこでようやく、光子が回りに目で謝っていることに佐天は気がついた。
そりゃそうだ、ここには沢山の研究者がいて、しかも自分は実験中だったじゃないか。
「あ、ごめんなさい! つ、続きを……」
「その様子じゃ無理ですわよ。まあ、初めての参加でここまでやれたなら合格……でよろしい?」
光子がプロジェクトリーダーに話を振った。ええそうね、と気前のいい返事が返ってきた。
「だそうですわ。まあ、これからも参加してもらいますから、覚悟なさって」
「はい! こちらこそ望むところです」
「そうそう、このデータ、あとで佐天さんの学校に送っておきますわ」
「はあ、別にそれはいいですけど」
「明日には新しい学生IDが交付されるでしょう」
「えっ?」
佐天のIDカードは、まっさらだ。なにせ変えてから一ヶ月もたっていないから。
変えた理由は、レベル0から、レベル1に上がったから。飛び上がるくらい嬉しくて、貰ったその日はずっと眺めたくらいだ。
それが、もう一度変わるというのは。
「何を驚いていますの。あの測定値ならどう低めに見積もってもレベルは上がりますわ。システムスキャンなんてする必要もありません」
システムスキャンは、能力者としての実力の測り間違いがないよう、総合的なチェックを行うものだ。
だが、レベルアップの認定にそれは必ずしも必要ではない。
ギリギリレベル2に上がれる程度ならいざ知らず、誰が見てもその規模がレベル2相当だと分かる能力を発動すれば、そのデータをもってしてレベルアップの根拠に出来る。
佐天はすでに、その域にいた。それだけだ。
「えっと、なんか前より実感ないですね」
「ふふ、システムスキャンをしたほうが通過儀礼がちゃんとあって、締まりますものね。でもレベル1と2は待遇が全然違いますから、早めに取って損はありませんわ。夏の間にもっとのびるかもしれませんし、ね」
「やだなあ。これ以上伸びたら、それこそ出来すぎですよ」
「まるで伸びないような物言いね?」

くすりと、光子が笑った。

「ね、佐天さん。もう実験はよろしいですけれど、また休憩したらなるべく皆さんと仲良くなって、顔を覚えるとよろしいわ」
「はい。また勉強させてもらえるんだったら、そうしたほうがいいですよね」
「それもありますけれど、特に常盤台の学生とは、いずれお友達になれるかもしれませんでしょう?」
「はあ、年は近いですけど、私バカだしあんまりお嬢様みたいに振舞えないですよ。雲の上の人みたいに言うと、婚后さんは怒るかもしれないですけど」
「私が言いたいのは、いつか同級生のお友達になる人がいるかも、ということですわ」
「え?」
佐天は、自分が柵川中くらいのレベルに身の丈があっていると思っているから、全く気づけなかったのだ。
周りの常盤台の学生達が、佐天のことをどう見つめ始めているのか。そして、光子がどう見ているのか。
戸惑う佐天に向かって、光子がちょっと挑戦的で、誘うような目を向けた。
きっとすぐだと、光子は思うのだ。

「佐天さん。常盤台の入学基準は品行方正な女生徒、そして、レベル3の能力を有していること、たったそれだけですのよ?」

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湾内・泡浮や美琴の研究ネタを書くにあたり参考にした書籍:
『ブレイクスルーの科学者たち』 竹内薫著 PHP新書(2010)
また渦の破壊力に関してはタコマ橋で検索すると勉強になるやも知れません。


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