「久しぶりね」「……ああ、君か。元気そうだな」「そりゃ夏休みだからね」「学生はそんな時期になるのか。こう空調が行き届いた場所にずっといると、実感がなくてね」美琴は窓越しに、そんな言葉を交わした。目の前にいるのは、美琴の知っている姿と同じスーツ姿の木山春生だった。「ところで、何の用だい? こう見えて色々と、忙しいのだがね」「随分と暇そうな場所にいるように見えるんだけど」「そうでもないさ。以前言った気がするが、私の頭はずっとここにあるんだ。考えないといけないことなんていくらでもある。やれることもある」気だるそうで何を考えているのかよく分からない木山だが、その瞬間だけ、怜悧で明晰な思考を覗かせた。「あれだけのことをしても、救えるかどうか怪しいんでしょ? ……その、どうにかなるものなの?」「君は優れた能力者だが、研究者としての哲学はまだ持っていないようだね。どうにかならないものをどうにかするのが研究だよ。工学とはそういうものだ」それは答えのようでいて、答えではなかった。「それで、繰り返しで悪いが、何の用だい?」「う、いやえっと。アンタの過去を覗いちゃった身としては、あのまま忘れることも、出来なくて」「ああ、そうだったな。そうか、君は私の教え子の身を案じてくれたのか」「そりゃあ、ね」「そして特にそれ以外の具体的な目的はなかったと」「う」実のところ、それが実情だった。あのヴィジョンは、生々しく脳裏にこびりついている。それがずっと気になるせいで、つい話を聞こうと思ってしまったのだった。「知ってしまったら、忘れて戻ることは出来ないわ」「君は優しいな、ありがとう」「何か、出来ることはない?」「ならここから出してくれないか。君のレベルなら、相当の額を持っているだろう。保釈金が欲しい」「……それは駄目」「何故?」「アンタはまた、幻想御手<レベルアッパー>みたいな方法で、誰かを犠牲にしようとするかもしれない」「犠牲は出さない予定だったがね。……まあ、あんな予測していなかった化け物を出した身で、言えた事ではないか」少し前、美琴は木山のやろうとしたことを食い止めた。幻想御手というプログラムによって、能力者と能力者をネットワークで繋ぎ、それを統括することで巨大な演算能力を手に入れる。『樹形図の設計者<ツリーダイアグラム>』を利用できなかった代わりの、苦肉の策だった。幻想御手が安全だったという保証は、ない。結果的に後遺症を残した人はいなかった。だけど、あれを使ったことで、傷ついた学生がいたのは確かなのだ。だから間違ったことをしたとは思っていない。しかしその一方で、木山が救おうとした教え子達を、目覚めることのない今の状態から救い出すのを阻止したことを、美琴はずっと気にかけていた。「そういやさ、アレは幻想御手を使った人たちの思念の集まり、だったのかな?」「データを取る暇もなかったんだ、推察でしかないが、そうだろう。君もそう感じたんじゃなかったのか?」木山が演算を暴走させた瞬間生まれた、幻想猛獣。暴走するそれを美琴は打ち抜いた。そのときに、沢山の能力者たちの声を聞いた気がする。だから、アレが生まれるきっかけが、能力者たちの思念だったことに疑いは持っていない。しかし。「ずっと気になってたのよね。幻想御手でネットワークの部品になっていた能力者たちを解放した後も、アレはずっと自律して存在してた。それって、変じゃない?」「そうか、話す暇がなかったな、そういえば」「え?」「虚数学区、五行機関、そういう名前に心当たりはあるか?」「よくある都市伝説のひとつでしょ?」脱ぎ女だとか、どんな能力も打ち消す能力だとか、そんなのと同じだ。……と言おうとして、どちらも真実だったことに思い至る。「アレがそうだ」「え?」「虚数学区という言葉を大真面目に使う研究者達が記した論文にはね、常にAIM拡散力場の話が出てくるんだよ。あの幻想猛獣はそのものではないにせよ、確実にその系譜に身を連ねる何かだ。ふふ、分野はかけ離れているが、その方面の学会で発表すれば最優秀研究者として賞をもらえるのは確実だな。なにせ虚数学区を実体化させた人間なんて、まだいないのだから」そこまで言って、ピクリと木山が体を震わせた。そしてすぐ、何かを笑い飛ばすように、ふっと息を吐いた。「何よ」「いや、考えすぎだとは思うがね。……私の試みは全て誰かの敷いたレールの上を走っていて、あの幻想猛獣を形作らせること、それを目的にした人間がいるんじゃないか、ってね」「そんな、考えすぎでしょ」「そうかな……。だがずっと、私も引っかかっていたんだよ。例えばアレが頭の上に浮かべていたものだとか、な」「え?」そう言われて美琴はお世辞にも美しいとはいえない幻想猛獣のフォルムを思い出す。確か、頭の上には輪っかが付いていた。学園都市には不似合いな特長だった。何が影響して、アレはあの光の輪を頭にかざすに至ったのか。「天使の輪、あるいは後光、そういうものは中央、西アジアで興った宗教、つまりゾロアスター教、ユダヤ教、キリスト教、仏教、イスラム教あたりには共通して見られる概念だ。そういう意味で、人の集合的無意識が備えている一つの元型<アーキタイプ>だという主張も通らなくはないが」「気にしすぎじゃない? もうそれで、一応の説明にはなっていると思うけど」「そうだな。追いかける手があるわけでもなし、保留以外にはない。だが、やはり気になるのだよ。私が構築したやり方では、どんな偶然が起こってもあんな存在は生まれるはずがないんだ。もちろんAIM拡散力場なんて、まだまだ未解明な部分は多くて、確かなことは誰にも分からないのだけれど。原理も分からず振り回す科学者の言い訳かもしれないが、誰かが意図を持って、私のプランに介入したんじゃないか、そんな冗談を吐いてみたくもなるものさ」ふふっと自重するような笑みをこぼして、木山は足を組み替えた。仮に、仮に誰かが自分のプランに介入したのだとして、その人間は何故、幻想猛獣を天使に模したのだろう。オカルト趣味なのか、あるいは、例えば天使は実在する、なんてのが真実かもしれない。稚拙ではあったが、幻想猛獣は高次の生物的特徴を備え、自意識を持ったAIM拡散力場の塊だ。人類がこれまで獲得したあらゆる概念の中でアレに最も近いのは、きっと天使だろう。そんなどうしようもない思考の坩堝に陥ったところで、木山は考えるのを止めた。ウインドウの向こうで、美琴もまた沈黙していた。木山は、過去に名目を偽られて、実験に加担したことがある。それで教え子達を、植物人間にした。それを思えば、そうやって誰かが自分を都合の良いほうに誘導しているのだという考えをを笑い飛ばすことは出来ない。だが、やはり考えすぎだろうという感覚が一番強いのだ。学園都市にとってもかなり有益な存在であろう自分の日常に、そんな暗い影だとか、陰湿なものはない。「幻想御手ですら誰かの手のひらの上だった、なんて。アンタの生徒のことを思えば、考えすぎ……って、言えないのかな」「私の意思と無関係に、全く別の人間が描いたレールの上を走って、私は教え子を傷つけた失格教師だからな。そういうことに、鈍感ではいられないんだよ」ふう、と憂いを体の外に吐き出すようなため息を木山はついた。「まあでも、あんなこと考える無茶苦茶な研究者はそういないでしょ」「……そんなことはない。あれは、君に教えてもらったアイデアだよ」「え?」そんなものを開発した覚えも、提唱した覚えも美琴にはなかった。木山は驚いた様子の美琴に付き合うでもなく、話をぼかしながら、取り留めなく喋る。「君は発電系能力者<エレクトロマスター>の頂点に立つ能力者だったな」「ええ、そうよ」「ネットワークを構築するものといえば、普通はパソコン、電気で動くエレクトロニクスだ。君の能力は、精神操作系の能力と並んで、ネットワーク構築に向いている。なまじ物理に根ざしている分、扱いやすいくらいだ」「……何が言いたいの?」いらだつ美琴に、木山はぼんやりと答えた。二人の会話に同席している保安員が、ちらり、と木山を見た。「私は何度も『樹形図の設計者』の使用申請をして、すべてリジェクトされた。一般に募集されている計算リソースの割り当て枠にはいくつかのジャンル、素粒子工学の計算や、天体の多体問題計算、生物工学なんてのがあるんだがね、私は脳神経工学で応募していたんだ。そして、同じ採用枠で競っていつも負けた相手がね」木山が、透明のウインドウの前の小さな出っ張りに肘を乗せて、美琴の至近距離に迫った。得体の知れない不安に、背筋が寒くなる。「『学習装置<テスタメント>を利用した発電系能力者ネットワーク構築のための理論的検討』という題目だよ。よく似ているだろう? 私の研究と。ちなみに主任研究員は長点上機の学生だったよ」「発電系能力者<エレクトロマスター>の、ネットワーク?」「ああ。学習装置を利用して特定の脳波パターンを全ての能力者に植え付け、それを使って複数の発電系能力者の意識を繋ごう、という計画さ」「そんなの、無理に決まってるじゃない!」それは発電系能力者としての、美琴の正直な感想だった。「そうだな、もし実行していれば、私と同じ結果になるだろう。そんなことはね、『樹形図の設計者』を使わなかった私でも理解できるし、たどり着ける程度の高みなんだよ。だから私は自分のプロジェクトの優位性を何度も申請書に書いたし、あちらの批判を書いたこともある。率直に言って、あんなお粗末なプロジェクトが一位として採用され続けるはずがないんだ」「どういうこと?」「……おかしいと思わないかい? プロジェクトに関わって意味がある程度の、高レベルな発電系能力者は学園都市に一体何人いるだろうな? そして、君を外す理由なんて、あるだろうか?」それはそのとおりだ。発電系能力者にとってそれほど大きなプロジェクトなら、美琴が関係しないわけがない。たとえ何らかの理由でプロジェクトから外されても、そういうものがあること自体は、知っていなければおかしいのだ。「君の知らないところで、有力な発電系能力者を集めることなんて不可能だ。じゃあ、彼らはどうしたんだろうね」「……」「一つの答えは、新しく作ればいい、さ」「作るって、誰にどんな能力が宿るかは、予測不可能ってのが定説でしょ?」「そうだな。だが、そんなまどろっこしいことはしなくてもいい。例えば、レベルの高い能力者の遺伝子からクローンを作って、ソレに能力を使わせればいい」「えっ……?」「再生医療と遺伝子工学、そちらの方面のプロジェクトでも、その長点上機の生徒の名前はよく見たよ。能力者ネットワークの研究と同じ名が名を連ねるには、随分とかけ離れたテーマだがね」「それって、まさか」暗に木山が言っていることを、じわじわと美琴は理解し始めていた。能力者のクローンを作って、同じ能力者を大量に用意する、それは倫理的な問題に目を瞑ればシンプルな思想だ。そして、サンプルに使う発電系能力者は高レベルなほうがいいだろう。蓄積されていく事実に、キリキリと美琴の内臓が締め付けられていく。――美琴は、過去に自分の遺伝子マップを、学園都市に提供したことがあった。「ああ、そろそろ面会時間が終了のようだ」「待って! 詳しい話をもう少し」「悪いね。実を言うとこれ以上詳しいことは覚えてないんだよ」そう言って、木山はとんとんと地面を叩いた。ハッと美琴はその意味に思い当たった。正当な方法で得た情報だから、木山はここまで隠さなかった。そして不正に得た情報を、どうやって得たのか説明つきで語ることは拘置所では到底出来ない。そういうことらしかった。「そうそう。長点上機のその優秀な生徒の名前だけは教えておこう。論文を読むといい。勉強になるからな」「……」保安員に促されて立ち上がった木山が、別れを惜しむでもなく美琴に背を向ける。その別れ際に、一人の名を呟いた。「布束砥信(ぬのたばしのぶ)だ」拘置所を出ると、夕方というにはまだ早く、夏の日差しがようやくほんの少しの翳りを見せた頃だった。今から風紀委員の仕事に借り出されている白井のところに向かえば、ちょうどいい時間になるだろう。しかし美琴は、その足を寮や白井のところへは向けなかった。人通りは途切れないものの、数は多くなく、また中を覗かれにくい公衆電話を探す。手ごろなものを一つ見つけて、手持ちの端末を繋いで、ネットワークにアクセスした。公衆電話からのアクセスで与えられる権限は"ランクD"、これは美琴自身が持っているものと同じだ。細かな能力開発の履歴を閲覧しないならば、個人情報の取得は一般教師の保有する"ランクB"で事足りる。指先に意識を集中させる。電磁誘導で端末の回路の一部に、自分の意思を反映した電流を流した。美琴は電気現象のスペシャリストだが、情報工学のスペシャリストではない。電流を制御するのは誰より上手いが、0と1で表されたバイナリデータそのものを読む力には乏しい。だから端末には、普段は使わないデータ翻訳用のコアが積んであった。ハッキングが違法なのは美琴にとってもそうだから、このコアと搭載した特殊な処理系は完全に自作で、ハッカーとしての美琴の唯一にして最大の武器だった。難なく、場所も知らないありふれた高校のパソコンの一つにアクセスし、そこのランクB権限を使って、長点上機学園の生徒一覧を参照した。「布束砥信、長点上機学園三年生、十七歳。幼少時より生物学的精神医学の分野で頭角を現し、樋口製薬・第七薬学研究センターでの研究機関をはさんだ後に本学へ復学」ありがたいことに、今は名の知れたエリート高で普通の学生をしてくれているらしい。さらに調べればあっさりと学生寮の場所までつかめた。「ま、家で大人しくしてるかどうかまでは知らないけど」カチャカチャと手早くケーブル類を回収して、美琴は布束の家を目指した。思い過ごしであればいいと、そう思う。木山春生という人間を、自分は半分信じて、半分疑っている。人並みに誰かを慈しめる人だということは疑っていない。だから好意で美琴に情報をくれたのかもしれない。だが、昏睡状態にある教え子たちを救うためならかなり手段を選ばないことも、疑っていない。例えばこうやって美琴を動かすことも、木山の手の一つで、まんまとそれに自分は乗っているのではないか?そんな不安も、拭い去ることは出来なかった。「おーい」電車とバスを乗り継いで、大きな駅前に出る。長点上機学園は第一八学区にあるから、電車を使ってある程度の遠出をすることになる。門限破りもありえるが、美琴の足は引き返すほうには動いてくれなかった。「おーい、って聞いてないのかビリビリー」「だぁっ! うるさいわね! ビリビリじゃなくて私には御坂美琴って名前が――――って、え?!」「ん? どうかしたのかビリビリ、じゃなくて御坂。随分暗い顔して」「……アンタはやけに幸せそうね」上条当麻が、目の前にいた。つい昼に、光子や佐天、白井たちとの話で出てきたばっかりの人だから、ドキリとする。まさか、誰かと噂をした日に会えるなんて。だがそんな美琴の内心の動きになんてまるで気づかず、当麻は幸せそうにニコニコしていた。「いやー、さっきショートカットしたら路地裏でマネーカード見つけてなあ。1000円だぜ1000円。人生でお金拾ったのなんかコレで何回目かな。最高金額の記録がこれで10倍になったな、うん」「ショボ」「んな?! おい、お前今なんて言った? ショボイとかおっしゃりやがったんですか?!」「そりゃ1000円拾ったら私だってラッキーって思うけど、アンタ喜びすぎでしょ。カジノで一山当てたくらいの喜び方じゃない? それ」「人の喜びに水を差すなよ。こんなラッキーなことなんて俺にとっちゃ奇跡みたいなことなんだよ」「ふーん」美琴は当麻に、少しだけ苛立ちを感じていた。悩みのなさそうな明るい顔で、今焦りを感じている自分の気持ちと、対照的だったから。「おい、御坂」「――――え?」「なんかやけに元気ないな」「別に、そんなことないわよ」「そうか。なら、いいけど。ところでどこ行くんだ?」「なんで言わなきゃいけないのよ」「言いたくないなら別にいいさ。でも軽く聞いたっていいような内容だろ?」それはそうだ。白井のところに行くのなら、美琴だってはぐらかしたりはしない。ただ、今はそう納得させる余裕が少し欠乏していた。「アンタこそどこ行くわけ?」「どこって、そこら辺のスーパーに行くだけだ」インデックスは神学校の見学から帰るとすぐに暑さでばてて、『買い物はとうまひとりでがんばってね、応援してるよ』とのことだった。「そ、じゃあさっさと買い物して晩御飯の仕度すれば」「まあそのつもりだけど。……俺がイライラさせたんなら謝る。けど今日のお前、なんか変だぞ?」「変って、アンタに私のことがなんで分かるのよ? 大して会ったこともないくせに」「回数は知れてるかもしれないけど、夜通しで遊んだ女の子なんてお前しかいないぞ?」「う」かあっと顔が火照るのが分かる。コイツの言葉に他意なんてない。けど、まるで、それじゃあ私が特別な女の子みたいで――ッッ「……ちょっと人探し」「人探し? この時間に? 完全下校時刻ももうすぐだぞ?」「まあいいじゃない。そういうのにうるさく言える立場じゃないでしょ、アンタも」「そうだな。それで、名前は?」「え?」「探してるやつの名前」ジトリと、当麻を睨みつけてやる。軽く受け流すようになんだよ、と呟く態度が気に入らない。「何で聞くわけ?」「まだ時間はあるから付き合ってやってもいいし、そうでなくても俺の知り合いだったら話は早いだろ?」「知り合いなわけないわ。レベル0のアンタとじゃ一生接点のなさそうな相手よ」「そうは言うが、レベル0でもレベル5のお嬢様と知り合いになったりはするんだけど?」もっともな切り返しに、美琴は口ごもった。別に、名前ならいいかと思う。長点上機の三年生という点を伏せておけば、それ以上探られることもないだろう。やましいことを美琴はしたわけではないが、どこか、細かな説明をするのは躊躇われた。「探してるのは、布束砥信、って人。知らないでしょ?」「……」「ほら、さっさと買い物済ませて帰りなさい」「あの目が……ええと、パッチリしてる三年生か?」顔写真を見た美琴にも、よくわかる外見の説明だった。パッチリというのは男性の当麻が見せた女性への気遣いだろう。美琴なら迷わず、目がギョロっとしていると言うところだった。「……なんでアンタが知り合いなのよ」「いや、知り合いって程でもないけど、これ絡みで」「え?」そう言って当麻が見せたのは、例のマネーカードだった。「それ絡みって、どういうこと?」「お前知らないか? ちょっと前から噂になってるらしいんだけど、学園都市の裏通りを歩いてるとマネーカードを拾える、って話」「知らない」「……まあ、常盤台の学生ならこの額じゃ小遣い以下か」「別にそんなんじゃないわよ。噂を仕入れるような情報網を持ってないだけ。その手のソーシャルネットワークサービスとか嫌いだし」「そっか。ごめん。常盤台だから、みたいな色眼鏡で見てものを言うのは良くないよな」「う、うん。分かってくれればいいわよ」まさか謝られるとは思ってなくて、美琴は思わずたじろいだ。だけど嬉しくもあった。話す前から自分との間に壁を作る人は少なくない。常盤台の人だから、あるいは第三位だから、そんな風に美琴を遠ざけて話す人は多い。そんなものを取っ払って、気安く話してくれるところは、とても高評価で。……そんな思考を振り払うようにブンブンと頭を振った。「で、マネーカードの噂と布束って人の関係は?」「これ置いてるのが、その布束先輩だ」「はぁ?」「なんかよくわからないけど、こないだ会ったときには街の死角を潰すため、とか言ってた」「死角を、潰す? 何のために?」「なんかよく教えてもらえなかったけど、止めたい実験があるんだってさ」そのフレーズに美琴はピクリと反応してしまった。起こって欲しくなかったことが、あったのかと、そう疑ってしまうような一つの事実。「こないだ布束先輩がカードを置いて回ってて不良に絡まれたところに偶然居合わせてさ」「それじゃあ、もしかして」「人通りも多かったし、今日はこの辺でやってるのかもな」「ありがと。良い情報貰ったわ」近くにいるのなら、取り逃がす前に捕まえるに限る。美琴は早々に会話を打ち切って、路地裏へと歩き出した。「で、ビリビリ、なんで布束先輩探してるんだ?」「……なんで付いてくるのよ?」「探すなら二人のほうが早いだろ?」「仲良く歩いてちゃ意味ないでしょうが」「それもそうだな。じゃあちょっと携帯貸してくれ」「え?」「俺のアドレス教えとくから」「えっ? え、あ……え?」急にピタリ、と美琴が立ち止まった。セカセカと歩いていたので急変に当麻はびっくりした。手分けをするのなら連絡先が必要だ。美琴のアドレス帳にアドレスを登録して、自分の携帯には着信履歴を残す気だった。自分の携帯にはさすがに美琴のアドレスを載せる気はなかった。可愛い彼女に操を立てる意味も込めて、必要がない限り女の子のアドレスは登録しないようにしていた。「ちょ、いいの? そんなにあっさり」「いいのって、そりゃむしろ俺の台詞だろ。お前こそ嫌なら止めるけど」「だ、大丈夫。私だってアンタに知られて困ることなんて別に……」「よし、じゃあ貸してくれ」びっくりするくらいの急展開だった。アドレスが手に入るって事はつまり、いつでも、寝る前にだって連絡できるし、朝起きてすぐにだって連絡できるし、休み時間のたびにだって連絡できるし、会いたいときにはいつだって連絡できるし、例えば明後日の盛夏祭、美琴たちの暮らす常盤台中学の寮祭に当麻を招待する事だって、できるのだ。当麻はおずおずと差し出された可愛らしい携帯に何もコメントすることなく、カチカチとアドレス送信の手続きを行った。処理に問題など生じるはずもなく、上条当麻という登録名のアドレスが、美琴の携帯に一つ増えた。「……なんだよ、ぼうっとして」「なんでもない」「で、お前はどっちのほうを探す? 土地勘あるか?」「あ……」そもそもそういう話でアドレスを貰ったのだから今から当麻と離れることになる、ということに、美琴はいまさら気づいた。そしていきなり心のどこかで、一緒に歩いていても視線が二つになるだけでかなり違うのではないかとか、二手に分かれて当麻のほうが布束に接触した場合、自分が駆けつけるまで待ってくれないかもしれないし、そういえば当麻と布束は知り合いでしかも待ってる間は二人っきりなのかそうなのかと、そんな言い訳みたいななんともいえない思考が沸きあがってきた。「場所は、あんまりわかんないかも」嘘だった。風紀委員の白井に付き合ってそれなりになじみの場所だった。「そうか。……まあ、お前の実力なら危ないトコに迷い込んでも俺より安全な気はするけど、でも女の子がそういう場所にフラっといっちまうのを見過ごすのも嫌だしな。効率悪いけど二人で探すか……って、ありゃ」「え?」当麻が突然会話を打ち切って、目線を横に滑らせた。その先を美琴も追うと、絵に描いたような不良が5、6人と、その真ん中に白衣の女子高生。耳の下までくらいの濃い黒の髪をピンピンと跳ねさせ、ギョロリとした瞳を揺らすことなく不良に付き従っている。当麻には会った覚えが、美琴には見覚えのある人が、そこにいた。布束砥信、その人だった。****************************************************************************************************************あとがき漫画版とアニメ版の超電磁砲の違いについてコメントしておきます。漫画版では、幻想猛獣を倒してすぐ、木山が警備員に拘束される直前に、美琴に対して意味深な説明をしています。これが布石となって次の妹達編へと進むわけです。しかしこのSSは基本的にアニメ版に基づいたストーリーとなっています。すなわち、木山は捉えられる直前に超電磁砲量産計画に繋がるような情報を美琴に与えたりはしていなかったため、このSS内で美琴が木山を訪ねて始めて、美琴はその情報を手にしたことになります。ですので漫画版からすると木山が美琴に美琴の『絶望』について二度喋っていることになりますが、こういった事情があるのだということをご理解ください。……ただ、多くの人にとっては気にならない程度のことではないか、と思います。