「ただいまー、っと」「ただいま戻りました」誰もいないマンションの一室、慣れ親しんだ黄泉川家に向かって当麻と光子は声をかけた。リビングには西日が差し込んで、テーブルからの照り返しが目にまぶしい。二人で目を細めながら中に進んで、定位置にあれやこれやの荷物を片付ける。先進状況救助隊(MAR)の付属病院から回収した衣服を詰めたキャリーケースは、近日中に光子の部屋になる予定の一室に置いた。主に当麻が頑張って片づけをしたおかげで、そこはもう黄泉川の私物はほとんどない。「はー、なんか長い一日だったな」「そうですわね」スーパーの袋に入れた夕食の材料を冷蔵庫に仕舞いながら、キッチンで肩をくっつけて微笑みあう。夕日にさらされた光子の髪が綺麗だった。さっき褒めたら、暴れて埃まみれになった後だったので逆に怒られた。決してお世辞ではなく、当麻は本心でそう思っていたのだが。「晩飯の用意は……まだでいいか」「そうですわね。インデックスからも黄泉川先生からも、まだ連絡がありませんし」インデックスはステイルと会う用事があって今はいない。夕食はもしかすれば二人で摂るかもしれないし、連絡するようにと言ってある。必要なら当麻が迎えに行く用意もしなければならない。黄泉川先生は、今日の午後に起こったMARによる学生の略取および非合法な人体実験に関する事件の後処理に忙殺されている。病院でほんの一瞬だけ会ったとき、被害者の子供達が全員、いずれは元通りの日々を送れると聞いて笑った顔が印象的だった。こんな仕事で忙しいんなら大歓迎じゃんよという言葉を遺して、颯爽と仕事に戻ってしまったので、今日の夕食をどうするのか、こちらも聞きそびれたのだった。「二人とも帰ってこない、なんてことはないよな」「……黄泉川先生はわかりませんけれど、インデックスにそれを許す予定はありませんわ。偉そうな態度をとれる歳ではありませんけれど、インデックスもまだ子供なんですから、夜遊びなんて」「だな」「誰かさんは、深夜まで女の子とお戯れになったそうですけれど」「え?」「……そうやってすっとぼけるのは、本当に心当たりがないからですの?」「い、いや、その」美琴が誰のことを好きなのか、光子は知っている。そしてその美琴が思い人とどんなことをしたのかも、聞き及んでいる。どうやら自分と付き合う前のことらしいので責めるのはお門違いと分かってはいるが、一度もそんな遊びに誘ってくれたことがないのを根に持っている光子だった。「御坂さんとはして、私とは嫌なんですのね」「違うって」「じゃあなんですの」「あれは、ただ追いかけられてただけだって。それに、光子と街中を夜歩くのはちょっとな」「どうして?」「面倒くさいのに絡まれるのは御免だ。光子となら、こうやって部屋でくっつけるし」「それは、そうですけれど……」「光子」「え、あっ……」言い訳を言葉でするのが面倒くさくなって、当麻は光子を抱き寄せた。背中が棚にぶつかって、中の皿がかちゃんと音を立てた。「ちょっと先の話だけど」「はい」「ナイトパレードは、二人っきりで見ような」「あ……」大覇星祭と呼ばれる、学園都市全体で開催する巨大な体育祭。その最終日には学園都市の電力という電力をすべて光に変え、盛大なライトアップを行う。学園都市の住人の多くがカップルでそのイベントを過ごすことに憧れ、直前の時期にはあれやこれやと男女の距離を近めあうような出来事が起こるものだ。光子も当麻も、当然恋人とその時間を過ごすことを夢見てきた。「はい! 当麻さん、嬉しい……!」「すぐの事じゃないし、インデックスには悪いことするけど、やっぱし恋人同士のイベントだからな」「ええ。やっぱり、当麻さんと二人でいたい時もありますから」「インデックスには……沢山弁当でも用意してやればいいか」「もう。あの子は確かに良く食べますけれど、それで釣るような言い方をしてはまた怒られますわよ」くすくすと光子が笑って、レジ袋から野菜を取り出すのを再開した。最後にじゃがいもと玉ねぎを冷蔵庫の脇のカゴに入れて、思い出したように呟いた。「そうそう当麻さん」「ん?」「絶対に、他の女の方とおかしなことになって遅れるようなことは、なさらないで下さいましね?」「へっ……?」冷蔵庫の冷気に当てられたのか、不意にヒヤッとしたものが背中を伝う。当麻の身長で背中に冷気が当たることはないと思うのだが。髪に隠れて僅かしか見えない光子の横顔が、薄く笑っているように見えた。なぜか、どうしてもそれがいつもの朗らかなそれに見えないのだった。「さっきだって当麻さん、私と二人っきりだっていうのに、あの巫女服の方と……」「い、いやいや光子さん? 別に姫神とはなんでもないって」「なんでもない方の、どうしてお名前をご存知なの?」「そ、そりゃ教えてもらったから」「教えてもらった……? あらあら当麻さん。困りますわ。当麻さんったらまた、また、また無自覚にそうやって女性の気を引いたり名前をお知りになったりしましたのね。もう一度、ちゃんと言って聞かせたほうがよろしいのかしら……? 私、とっても嫉妬深いほうだって」「ごごご、ごめんって! 別に変な意図はないんだよ!」「悪気がないのが尚更悪いですわ」ふう、と光子はため息をついた。この家にたどり着く前、駅前で二人は姫神に会ったのだった。もちろん光子のほうは姫神を知るわけもなく、見知らぬ上条の女友達と出くわすという最悪のシチュエーションだったわけである。インデックスにお菓子を奢ってやった関係でちょっと姫神の態度が気安くなっていたのが災いした。そのときは一言、小言を言われただけだったのだが、どうやら許したとか気にしなかったとか、そういうことではないらしい。どうもピリピリした光子の空気に居心地が悪くなって、つい当麻は逃げた。「お、俺、黄泉川先生にとりあえず電話するわ」「……ええ、じゃあお願いしますわ」チロリと向けた視線に怖いものを感じて、当麻はキッチンから逃げ出す。ソファに座って、黄泉川の携帯を呼び出した。夕日を眺めながら、コールを数回待つ。「はい黄泉川」「あ、先生。上条です。今日の晩御飯どうします?」「あー、悪い。食べられるような時間には帰れないな」「じゃあ作り置きしておくってことでいいですか」キッチンに目をやる。買ってきた食材から考えて、それは問題なかった。帰ってきて軽く暖めれば食べられるだろう。「そうしてくれると助かる。悪いな」「いや、いいですよ。それで帰りはいつ頃に?」「わからん。日付は変わるだろうな」「俺、帰ったほうがいいですか」一応、お伺いを立てておく。黄泉川がいない日には、当麻は深夜になるまでに帰ることになっているからだ。「……いや、あんな事があった日だ。お前も婚后もインデックスも、あまりバラバラは落ち着かないだろう。泊まっていいぞ。ただ、婚后と間違いは犯すなよ」「わかりました。約束します」「ん。じゃあな」「はい。それじゃ」携帯の通話をきり、一息つく。キッチンの片付けも済んだのか、光子が隣に来て、スカートを調えながら腰掛けた。「黄泉川先生は、なんて?」「今日は午前様だとさ。いろいろあったし、今日は俺も泊まっていいって」「えっ?」淡々と当麻が伝えた言葉に、光子はドキリとなった。今ここには、光子と当麻の二人きりだ。もちろんいずれはインデックスが戻ってくるのだろうが、今日はこれから随分と二人っきりの時間を過ごせる上に、夜まで当麻と触れ合って、話し合って、そしてすぐ近くで眠れるのだ。それがなんだか無性に嬉しい。ほっとする。「嬉しい。ずっと当麻さんと、一緒にいられますのね」「寝る布団は別だけどな」「もう、それは当然です! 部屋だって別なんですもの」口で当麻を拒絶するようなことを言いながら、光子は当麻の肩にそっともたれ掛かっていた。「当麻さん。大好き」「俺も好きだよ、光子」「ふふ」見詰め合って、そのまま軽いキスを、二人は交わした。暗くなり始めた部屋の中で、二人の影が重なり合う。「光子」「はい?」当麻がソファから体を起こして、光子を抱き寄せる。何をするのかと光子が不思議がっていると、当麻がソファの背もたれに手をかけて引き寄せ、カチンと留め金を外した。完全に、それで背もたれが真横に倒れる。「あ、これ」「ああ、こないだ気付いたんだけど、背もたれが倒れてベッドになるんだよな」「当麻さん……?」「嫌だったら、嫌って言えよ」もう一度、当麻がキスをした。そしてそのキスでそのまま、光子の体を押し倒していく。当麻が何処までする気なのかわからないし、抗うべきだと光子の理性は訴えていた。だが、これまで何日も溜め込んでいた不満、そして今日の出来事で感じた不安、疲労、そういったものが抗うことを光子に躊躇わせる。当麻と、触れ合いたかった。撫でて、抱きしめて、キスして欲しいと思っていた。少しくらい、深いところまで行っても自分を止められないような、そういう気がしていた。「あ、あの当麻さん」「ん?」「その、今日は汗をかきましたから……」髪を撫でる当麻に、一応そうやって抗ってみる。実際、シャワーを浴びてからのほうが、匂いの心配はしなくていい。「そっか、まあ俺もだ」「え? そ、そうですわね」当麻が光子の髪から手を引っ込めた。もっと強引に来てくれるものと思っていたので、光子は肩透かしを食らった気分になる。伺うように当麻のほうを見ると、いたずらを思いついたときの顔でニッと笑っていた。「一緒にシャワー、浴びるか」「え、えぇっ?! そ、そんなの、いくらなんでも急ですわ!」「嫌か?」「い、嫌ってことはありませんけれど、でも、そんな」「じゃあ、行くか」「えっ?」突然の展開にあたふたする光子を尻目に、当麻がソファから立ち上がり、光子の背中と足の下に手を差し入れた。「ふっ!」「あ、きゃっ!」結構気合の入った掛け声を出して、当麻が光子を持ち上げた。当麻と光子の身長差はそれほどないので、当麻にとって結構光子は重かったりする。とはいえ持ち上げておいてそんなことを言うのは万死に値すると当麻も分かっているので、根性でなんとか体を安定させる。「意外と、できるもんだな」「これ……」「光子、俺の首に手を回してくれ。支えがないときつい」「あ、はい」腕を当麻の首に絡めると、二人の顔がぐっと近くなった。キスだってしたことがあるのに、なんだか物凄くドキドキとするのだった。当麻に体の全てを預けて、抱かれている。ちょっと首を傾けると当麻の胸に耳が触れて、心音が伝わってきた。「当麻さん……」「痛くないか?」「ううん。大丈夫。当麻さんこそ、重くありません?」「まあ、羽根の様に軽いとは行かないな。ごめん、力なくってさ」「そんなことありませんわ」一瞬、それまでの経緯を全て忘れて、光子はうっとりとなった。結婚式のことに思いをはせたりして、なんだか嬉しくなるのだ。……すぐさま、当麻が何を思ってこれをしたのかを思い出させられる羽目になるのだが。「それじゃ、浴室まで行こうか」「え? あっ……! 当麻さん、そんな」この姿勢は光子に移動の自由がない。自力で降りられる姿勢でもない。当麻が笑ってなくて、真剣にこちらを見つめているのが一層の混乱を加速させる。もしかして、当麻さんは本気で言ってらっしゃるの……?「駄目、ですわ……」「俺と一緒は嫌か?」「そういうことじゃありません。恥ずかしいの」「光子の裸、見たい」「っっ!! 駄目……駄目です」「なんで?」「だ、だって」恥ずかしいに決まっている。そんなの。だいたい、今日まで病院で不健康な生活をしていたのは誰だと思っているのだ。「もう一週間くらいも、外に出ないで不摂生していましたのよ。そんなときに体のラインを見せるなんて……」「光子、それって普段ならアリだって言ってるのか?」「ちち、違います! もう当麻さん、嬲るのはおよしになって」「ごめん。光子が可愛いからつい、な。さて浴室に到着っと。自分で脱ぐか? それとも脱がされるほうがいいか?」「えっ?! あ、あの当麻さん。本当に、一緒に入りますの……?」光子は高鳴る心臓を押さえ切れない。半分以上、当麻が本気なんじゃないかという気がしてきた。心の準備は、率直に言ってできてない。裸を見せるなんて、恥ずかしいの一言に尽きる。だけど嫌なわけじゃない。そして当麻の希望を裏切るのも心苦しい。好きな人にだから、全てを捧げても良いという気持ちも、どこかにはある。「光子」名前を呼んで、当麻が光子の体をそっと下ろした。足を着いて、光子は自分の体を自分で支える。二人ともいくらか服が着崩れていて、そして、密着していた。「当麻さん……」「好きだよ」「んっ……!」二人で見詰め合う。キスをするタイミングを理解して、磁石で惹かれあうみたいに、互いの体を引き寄せあった。そしてくちゅりと、舌と舌で濡れた音を立てる。「ん、ん、ん」当麻にくいくいと舌を吸い込まれる。同時に当麻のほうから唾液が流れ込んできて、咽そうになる。必死になって息を吸い、僅かな間隙をついてコクリと口の中に溜まったものを嚥下する。唇はもうベタベタだった。クーラーなんて全然効いてないし浴室はそもそも暑い。当麻のこめかみから伝った汗が口の中に入る。しょっぱい感じはするけれど、嫌だとは光子は思わなかった。「ごめん」「全然、気になりません」それよりもキスを中断されたほうが不満だった。もっとして欲しい。目を見てそれを感じ取ってくれたのか、当麻がもっと激しく光子の口を吸い上げた。「んんっ」両手で当麻が、光子の背中とお尻を撫でる。そのちょっと乱暴なくらいの仕草が、今の光子の気持ちの高ぶりに良く合っていた。今までで、一番エッチな手つきだと思う。お尻を撫でるとかそんなんじゃなくて、全体をぐっと手のひらに収めて形を楽しむような触り方だった。「当麻さん、手がいやらしいですわ……」「そうかな」「ええ。当麻さんは、いっつもエッチなんだもの」「そんなつもりはないけどな」「嘘を仰っても駄目ですわ」「……ならもっと、正直になろうか?」「えっ?」至近距離で囁くのを止めて、少しだけ当麻が上半身の距離を離す。そして、お尻を触っていた手を滑らせて、光子の胸のすぐ下、横隔膜の辺りに添えた。それが意図するものを、光子はすぐに察した。「あ……」「駄目、か?」「恥ずかしくて、その……あの」「ん?」光子の表情が、明確なノーではないことに当麻は気付いていた。ただ、服を脱がせて直接触るようなことは拒否される気もしている。光子を傷つけないギリギリまで、当麻は行きたかった。「光子、可愛いよ。光子が彼女になってくれて、ホントに良かったって思ってる」「わ、私もですわ。……でも当麻さん、急にそんな話をしても、はぐらかされませんわ」そうでもなかった。結構単純な光子は、そうやって褒められるとついつい当麻に甘くなる。「胸、触ってもいいか?」「……」潤んだ瞳で、光子が当麻を見上げる。もう一押し、というところだろうか。「光子の綺麗な体のこと、全部知りたいんだ」「当麻さんのエッチ。何処でそんな言い方、覚えてきますの」「覚えてきたとかじゃなくて、本音だって」「莫迦……」トンとごく軽く、光子が当麻の胸を叩いた。可愛らしい抗議の仕草だった。「じゅ、十秒だけ……」「え?」「十秒だけ、ですからね……?」それが光子の妥協できる限界だった。だって五分も十分もされたら、どうなるかわからない。恥ずかしすぎて自分は死ぬかもしれない。当麻はその提案に乗るか、検討する。まあ、今回はこんなところだろう。「両手で触っていい?」「そ、そんなの知りません! でも、ちゃんとキスをしてくれないのは、嫌ですわ」「わかった」胸に興味があるからと胸ばかり弄ばれるのは絶対に嫌だ。そういうのは全然嬉しくない。当麻はそれを察してくれたらしかった。壁際に、光子は押し付けられる。そして両手を当麻に繋がれて自由を失う。そのまま当麻が覆いかぶさって、光子を文字通り押し倒すようにしながらキスをした。「ん! ああ……」キスをしてすぐに、首筋を舐められる。ゾクゾクとした何かが体を這い上がって、腰が砕けそうになる。思わず目を瞑ると、平衡感覚も失いそうになった。執拗に当麻に攻められる。光子は理性を全部失うんじゃないかと、不安になるくらいだった。「それじゃ、触るな?」「あっ……」当麻が与えてくれる快感に陶然となっていると、待ちかねたように当麻がそう宣言した。心理的な抵抗は、もう随分と磨り減っていた。当麻は、安心させるためにもう一度、優しくて軽いキスをする。恥ずかしそうにしながらも、僅かに笑った光子の表情が可愛かった。「光子、愛してる」「私も……。ふあぁ……」ふにゅりと、両手で当麻は光子の胸をすっぽりと包み込んだ。その温かみだけで、光子が可愛らしい声を上げた。「すげ……」重みがしっかりあって、手のひらにおさまりきらない。中学生を恋人にしておいてこう言うのもなんだが、スタイルが良すぎるような気がしないでもない。なんだか不思議な感動を感じながら、ハッと当麻は我に帰る。今、何秒使った?勿体無いという気持ちが猛烈にこみ上げてくる。なんというか、もっとこう、こねくり回さないと。「あっ! あ、当麻さん、駄目、んんっ! あぅ、ん」パンでも捏ねるように、両手で当麻は光子の胸の形を変える。下から救い上げ、押し上げるように。抗議を上げる光子の口をキスで塞ぐ。行き場を失った光子の手が当麻の肩に触れる。当麻を押しのけるような力を光子はかけたりしなかった。それを確認して、さらに続ける。「んーっ! んんん……んは、ん」苦しげに光子が息を吸う。そんな余裕すら与えたくなくて、ひたすら当麻は胸に触れ続ける。親指で、その胸の先端あたりの布をこする。何かその『痕跡』を見つけたいのだが、ブラジャー、ブラウス、サマーセーターと三重に防御策を張り巡らせた常盤台の制服は、中々『それ』の存在を当麻に悟らせなかった。仕方ないから、摘むようにして先端を執拗に攻めてみる。「はぁぁん!」吐息や鼻声じゃなくて、光子がはっきりと甘い声を漏らしたのを当麻は聞いた。そのびっくりするくらいの色っぽさと女らしさに、むしろ当麻のほうがやられそうだった。可愛い彼女だし、大好きだったけれど、こんな風に自分の手で女としての側面をさらけ出したところは、初めて見た。その生々しいリアクションに、当麻のほうがドキドキしてどうにかなりそうだった。だがどうやら光子は自分で自分のした事に気付いていないらしく、手を動かすのもキスをするのも止めてしまった当麻を不安げに見つめていた。「当麻さん……?」「あ、悪い」「ん……」なだめるようにキスをすると、光子が安心した顔をした。なんとなく、それで当麻も胸を触るのを止めることにした。もっと、こんな一足飛びな感じじゃなくて優しく光子を導いてやりたい。「光子、大好きだよ。光子が可愛すぎて、どうにかなりそうだ」「嬉しい……。当麻さんに喜んでもらえるのが、私、一番嬉しいの」光子が当麻の首に腕を回した。それに応えて、当麻も光子の背中と腰をぎゅっと抱いてやる。汗が混ざり合うのも気にせずに、二人は深く深く、キスをした。夕日が存在感を失うくらいまで浴室の暗がりで、ずっと。「あたたたた……」佐天は体のあちこちに出来た擦り傷が染みるのに耐えながら、ぬるいシャワーを浴びる。警備員の、たしか黄泉川という先生の紹介で案内された病院で、佐天は今日一日の汚れを落とし、治療を受けるところだった。各種測定で、骨折や内臓損傷などの深刻な怪我はないことがもうわかっている。足の腱が一番の大きな怪我だったが、きちんと治療すれば後遺症もないと聞いている。そんなこんなで一息ついて、経過観察のために今日は入院なのだった。「佐天さん……大丈夫ですか?」間仕切りの向こうから、初春の声が聞こえる。初春自身の怪我は佐天よりさらに軽いが、あちらも経過観察入院だった。美琴と白井は、今診察を受けているところだ。「染みるのは擦り傷だけだから、別に問題はないよ。まあ、痛いのは痛いんだけど」「……」シャワーの音の向こうで、初春が痛ましそうな顔をしたのがなんとなく佐天にはわかった。たぶん、怪我の程度の差を、初春は申し訳なく思っているのだと思う。春上たちを助けるために体を張った度合いが自分は少なくて、役に立てなかったとかそんな気持ちを感じているんだろう。「怪我、早く治りそうですか?」「なんかゲコ太っぽいあのお医者さんが言うには、全治一週間だって。完治までは二週間くらいかかるってさ」「そうなんですか」「しばらくは食べ物は少なめで、優しいものをだってさー。困っちゃうよね。治るころにはお盆も終わっちゃってるし」「でも、こんなこと言ったら何ですけど、それ位で済んで良かったです」「あはは、まあそだね」地味に、髪があまり傷つかなかったのは嬉しかった。肌と違って元通りになるのに時間も掛かるからだ。シャンプーをとって、髪を泡立てる。爪を立てないように、髪の根のほうからきちんと汚れを取るように指を動かしていく。「ねえ初春」「なんですか?」「ホント、良かったよね。みんな無事でさ」「そうですね。春上さんも、ひどくないみたいですし」声に安堵と喜色を込めて、初春が頷き返した。一番の重症と思われた春上も、検査の結果は予想外に良好で、失血による一時的な眩暈や疲労を除けば後はそれほど時間も掛からず復調するとの事だった。口や首、胸の辺りを血まみれにして呻いていたあの時のことを思えば、信じられない結果だ。「アレは、一体なんだったのかな」「え?」問い直してから、初春は自分で佐天の言わんとしたことに思い当たった。インデックスとエリスが、春上に一体何をしたのか。とても、超能力とは思えなかった。そもそも他人の人体に干渉して、医者以上の結果を叩きだせる能力者なんてそうはいない。佐天が不思議がるのはむしろ当然だった。「祈りが届いたんですよ」「え?」だが、なんだか初春はあの時起こった出来事に、科学的な見方をわざわざ持ち込んで不可思議だとか言うのは、野暮な気がしていた。「なんとなく、判らないままっていうのが一番正解に近い気がします」「……ふーん」佐天はそういう姿勢をあまり受け入れられなかった。あの時、真っ先に春上のために祈りを捧げた初春との、差がそこにはあったのかもしれない。佐天はまあいいかと思って、シャンプーを洗い流し、トリートメントをつける。「佐天さん」「んー?」「今日の佐天さん、すごかったですね」「……ありがと」褒められるのは、勿論嬉しい。だけどなんだか佐天は寂しくもあった。初春と、距離が開いてしまったようで。「佐天さんは、システムスキャン、また受けたりしないんですか?」「退院したら受けようかな、って思ってる」「きっと、またレベル上がりますよ」「そだね。……偉そうに聞こえたらごめんだけど、たぶん、上がると自分でも思ってるんだ」「そうなれば柵川中学でトップですね。レベル3以上は、うちには一人もいませんから」「うん……」初春が朗らかにそう言ってくれるのが、寂しさの裏返しのように聞こえた。柵川中学でトップというよりは、事実上、もう転校するべきレベルだということを、意味しているから。「ねー初春」トリートメントを洗い流し、スポンジを手にして佐天は初春に声をかける。なんですかと返事が来るより先に、間仕切りを迂回して、初春のシャワールームに乱入する。「えっ、ちょ、ちょっと佐天さん!?」「んー、可愛いお尻だね」「ひぁっ?! な、なんで触るんですか!!」「え、駄目? あたしのも触っていいけど?」「別に触りたくないです! っていうか狭いところに二人って無理がありますよ」一人分のスペースしかないところにいるものだから、肘や膝や、太ももや上半身のきわどいところなどが時々触れたりする。そのたびに彼我の戦力差というか、女らしい佐天の体つきに、初春はくっと呟いてしまうのだった。身長は7センチ差なのに、バストはそれ以上差があるって一体どういうことなのか。「ほら、洗いっこしよ」「え? さ、佐天さん。それ本気で言ってます? それとも私をくすぐる口実ですか?」「どっちも正解かなっ」ボディソープをスポンジにとり、お湯を含ませ揉む事でしっかりと泡立てる。口ではくすぐるようなこともほのめかしたが、実際は特にそういう気はなかった。「あっ……」初春の背中に、そっとスポンジを当てる。傷がないかをよく確認しながら、怪我のない部分をこしこしとこすっていく。「どう初春? 気持ちいい?」「え、えっと……。なんか落ち着かないですけど、気持ちいいです」「そりゃ良かった」弟を風呂に入れてやったときの要領で、佐天は腕、首筋などを続けて洗ってやる。あっという間に初春が文句を言うのを止めて、佐天の優しいタッチに身を任せていた。「佐天さんって、やっぱり格好良いなって思います」「もう、突然どしたの?」「同級生にこう言うのは変ですけど、なんだかお姉さんな感じで、優しくて」「こ、こら初春。照れるでしょ。ほら前向いて」「え?」「洗ったげるから」「い、いいです! そこは自分でやれます!」「まあまあ。ほら、初春の全てをお姉さんにみせてごらん?」「そのお姉さんって表現はいかがわしいですよ……」胸を隠すように腕を前に回した初春に、佐天は笑ってスポンジを渡してやる。やっぱり初春をからかうのは、楽しかった。初春がそそくさと体の前を洗うのを見届けると、初春が振り返った。「じゃあ次は、私ですね」「ん。お願いね」初春はソープを足して、少し泡立てなおした。そして自分よりちょっとだけ背の高い佐天の背中に、そっとスポンジを当てる。「んっ、たた……」「あの、ごめんなさい佐天さん」「いいって。さすがに染みないように洗うのは無理だしね。一思いにやっちゃってよ。ゴシゴシと」「ゴシゴシって、そんな洗い方しませんよ」傷に直接触れることは避けながら、初春は佐天の綺麗な肌に泡を付けていく。時々目に入る紫色の痣が痛ましかった。快活ではあるけれど、やっぱり佐天にこんな傷まみれの肌は似合わない。「もう、なんて顔してんのよ、初春」「だって……」どれくらい痛かったのだろう、と想像すると、眉が自然ときゅっとなってしまうのだ。そんな初春の様子を、佐天は気にした風もなくあっさりと笑う。「別に気にしてないよ、あたしは。だってあの時、心は折れなかったから。怪我はしても、ずっと前向いてたから。だからこの怪我は勲章なんだ」「男の子の言い分ですよ、それ」「大事な人を守れた人の言い分なんだよ、正しくは。……ってちょっとカッコつけすぎか」てへっと笑う佐天に、もう、と仕方なく初春は笑い返した。確かにあの時、佐天はとびきりに格好よかった。美琴に引けをとらず、どうしようもないとすら思った状況をひっくり返して、ハッピーエンドを強引に手繰り寄せた。きっと自分は、そんな佐天に憧れているのだろうと、初春は思った。「ん、ありがと。じゃあ前よろしく」「……はい。いいですよ。佐天さんがして欲しいなら、してあげます」「え? ちょ、ちょっと待って! もう、恥ずかしがってくれなきゃ困るでしょ?」「恥ずかしいですけど、別に嫌って訳じゃないですから」「え、えっ? ……ごめん初春。あたしが恥ずかしいので、スポンジを下さい」「もう、だったら最初から言わなければいいんですよ」「だって初春からかうの、好きだからさ」照れ隠しに、さっと佐天も体の前を洗う。初春が洗い流すシャワーを用意しようと、コックに手を伸ばした。そこを、佐天はもう一度急襲する。「ひゃっっ?! ささささ佐天さん?」「大好き、初春」「なななな何を言ってるんですか?」ぬるりと、肌が石鹸膜越しに触れ合う感触がする。素っ裸で、二人っきりのシャワー室で、初春は佐天に抱きつかれていた。背中にピッタリと、佐天のおなかや胸が張り付いた感触がする。ここまで来るともうなんだか、友達の一線を越えちゃうんじゃないかっていうくらいのスキンシップだ。「さ、佐天さん?」「……」「あの」初春を抱きしめてからしばらく、佐天は言葉を発さなかった。その雰囲気が、なんだか真剣なのに気付いて、初春は言葉を急かしたり、暴れたりするのを止めた。やがて、ぽつんと佐天が言葉を漏らし始めた。「初春や春上さん、クラスの皆と柵川中学で過ごすの、楽しいよね」「……そうですね。もし、佐天さんがいなかったら寂しいですね」「そう、かな。寂しがってくれるかな」「当たり前じゃないですか。佐天さんは明るくて、クラスでも人気ありましたし」「……じゃあ、二学期からはそんな感じで行こうか」「もちろん、大歓迎ですよ」「そっか」「でも。佐天さんは、別の選択肢のことも、考えてるんですよね」「うん」初春から、佐天の表情は見えない。だけどわかる。だって自分は佐天の親友だから。「佐天さんは、どっちの道を進みたいですか?」「あたしは……」心の中で、もうほとんどは、決まっていることだった。だけど寂しくて、忘れられそうで、初春の前ではなかなか、それを口に出来ないでいた。決定的なことを言うのが、怖かった。「応援してます!」「う、初春?」突然、ぐっと拳を握って初春がそう叫んだ。「私、佐天さんのこと応援してますから! 佐天さんはもっと伸びるに決まってます! そのために、できることはきっとあります! 転校したら、一緒に遊べる時間は減っちゃうかもしれませんけれど、別にいつだって会えるんです! だから、だから……っ」勢いの良かった初春の声が、だんだんぐすぐすと鼻声に替わっていく。なんだか、その雰囲気に佐天も中てられそうだった。「ちょっと初春。なんで泣くのよ。こっちまでなんか変になるでしょ」「電話もします。メールもします」「あたしだって、するよ」「だから、あのっ……!」「うん」初春を抱いた腕を放し、正面を向かせる。そして、初春の目を見て、佐天は初めて、きちんと自分の決心を伝えた。「あたし、転校するね。もっと自分の能力を伸ばせる場所で、もっとビッグになってくるから」「……はい、っ。がんばっで、さてんさん。ふえぇぇ」「あーもー、泣いちゃだめでしょ。後ろ髪引かれちゃうじゃない」「だ、だって、覚悟はしていましたけど、やっぱり佐天さんから聞いちゃうと、本当なんだなって……!」「うん。あたしも、初春に言ったら、なんか寂しく……っ。ほらもう、もらい泣きしちゃったじゃない」「佐天さぁぁぁん」シャワー室でわんわんと涙をこぼしながら、佐天は初春と抱き合った。悲しいだけではない。何でこんなことになったんだと二人で変に爆笑しながら、また泣いた。佐天のもらい泣きが一通りおさまって、冷たいシャワーをぶっ放してクールダウンさせるまで、初春は泣き通しだった。強い子だと思っていたからなんだかそれが意外で、そういう側面を見れたのもきっと親友だからだと思って、佐天は勇気付けられた。二人でバスタオルを巻いて、脱衣所へと戻る。「初春、落ち着いた?」「……はい。佐天さん、冷静になるのが早いです」「って言われても。初春は泣き虫だったねえ」「だって佐天さんが転校するって言うのに……!」「あーほらもう、また泣いちゃ駄目でしょ。あたし、転校できなくなっちゃうよ?」「駄目ですっ。佐天さんは、頑張らないと」「そだね。まずは初春に勉強教えてもらわなきゃ」「もう、それじゃ全然足りないですよ」文句を言い合いながら、二人でおそろいの下着を身につけていく。ちなみに可愛げのまったくないオーソドックスな中学生用下着だ。縞模様の青いヤツだった。この病院が用意してくれるのは、これしかないらしい。「んー、可愛いお尻だね」「もう、さっきもずっと見てたじゃないですか」「下着を着けてるところをみると、安心するね」「毎日ちゃんと履いてます!」「これからも、忘れちゃ駄目だからね」「なんで忘れると思うんですか……」そして上から、病院着をすっぽりかぶる。下はハーフパンツ状だった。夏真っ盛りなこともあって、軽い素材だった。「初春がスカートじゃないと、めくれない」「当然です! 言っておきますけど、ずり下げたりしたら絶交ですか、ら……う」「あーもう、自分で言って自爆しない」絶交なんて、このタイミングでは聞きたくない言葉だ。また初春の目じりに涙が浮かぶ。「大丈夫だって。転校したって、また普通に会えるから。白井さんや御坂さんともちょくちょく会ってるでしょ?」「白井さんは風紀委員で一緒ですから……。でも、なんでお二人の話が?」「あ、あたしが受けるつもりの学校、まだ言ってなかったね。って言っても、受かるかどうかわかんないし、相当無茶やってるのは、自分でもわかるんだけど」言うべきときは、今だと思う。まだ誰にも、断言はしてこなかったこと。最初に初春に言えるのは、嬉しかった。「あたし、常盤台中学、受けるつもりだから」それで覚悟は決まった。いい顔をして宣言した佐天に、飛び切りの笑顔を初春が返した。****************************************************************************************************************あとがきここの佐天さんはアニメ準拠なので、巨乳御手を使用し、公式の数値よりもバストを盛っています。この件に関するお問い合わせはアニメ版超電磁砲13話の作画監督へどうぞ。