カタンと音を鳴らして、インデックスは病室の扉を開いた。「終わったかい?」「うん。私は、大した怪我じゃなかったから」「それは良かった」室内は、かろうじて表情がわかる程度の光に抑えられている。その中で、ステイルが安堵の表情を浮かべたのが分かった。それが申し訳ない。だって、心配してもらうほど、自分は戦場の最前線に立ったりはしなかったのだから。代わりに、沢山の傷を負ったのはステイルだったのだから。「まあ、座りなよ」「……うん」インデックスは、ステイルの隣の椅子に腰掛けた。その安物のパイプ椅子は、隣に置かれたベッドに眠る人を見舞うためのものだ。「まだ目を覚ましていないの?」「そうだね。まあ、自分で心臓に届くほどにナイフを刺したんだ。すぐに目覚めなく起って不思議はない。それに」言葉を切って、ステイルは眠り続ける姫神秋沙に目をやった。「体は救えても、心はどうかは分からないさ」小さく動く胸元を見れば、生きて呼吸をしていることは分かる。だが、それ以上はどうかは分からない。果たして目を覚ますかどうか。そして目を覚ましたとして生き続ける意志があるかどうか。もう一度死を望むとしたら、その時はステイルは止める気はない。インデックスが、ほつれた姫神の髪をそっと手で直した。ステイルとの間に流れた沈黙が、耐えづらかったからだった。「……あのね、ステイル」「なんだい?」言わないと、いけない言葉があった。出来ればそれは、ずっと隠し続けていたかったのだけれど。「ごめんなさい」「何がだい?」「ステイルと、かおりを……騙していて」「何のことかな?」「分かってるでしょ。あの時、先生の前で言ってた」インデックスは、二年前に共に過ごしていた頃のことを思い出していながら、そのインデックスとは別人なのだ。思い出の内容は、甘く優しいものだった。ただそれはテレビで見たお菓子のように、インデックス自身には甘さをもたらさない。そんなことになっていながら、インデックスはそれをステイルに伝えなかった。それは裏切りだ。過去、自分達と過ごしたインデックスを取り戻すために、ステイル達は頑張ったのに。「……上条当麻と、婚后光子」「えっ?」「彼らのことを、君は好きかい?」「……うん」「君の思い出にいるあのときの君が、僕らを好きでいてくれたくらいに?」「……きっと、そうだと思う」「そうかい」ステイルは、ポケットからタバコを取り出し、口に咥えた。すぐに病室にいることを思い出し、苦い顔でライターを仕舞った。火をつけない咥えタバコをして、口の脇からため息を一つついた。「それで、いいんだよ」「……」「君は変わらないね」「えっ?」当麻と光子、その前はステイルと神裂、さらに前はアウレオルス。自分自身を『管理』するはずの人と、インデックスは深い愛情で繋がってきた。近しい人を大切に想い、邪な意図で無辜の人々に仇なす魔術師を打ち破る知識の宝庫として生きる。一年ごとに愛する人を替えたのは、インデックスの悪意や気まぐれのせいじゃない。だから、ステイルは今の自分の立ち居地を、喜びを持って受け入れる。自分は今、文句一つないハッピーエンドを生きている。ただ、ほんの少し、ほろ苦い感傷を噛み締めているだけだ。「さて、君に異常がないことも確認できたし、そろそろ動かないとね」「……これから、どうするの?」ここに、エリスはいない。姫神と居合わせられるはずもないから当然だった。垣根と共に別の病院に行ったと聞く。そして、姫神についてだって。「とりあえずはイギリスに蜻蛉帰りかな。本来なら君に渡そうと用意していた十字架が、出来上がったらしいからね」「それって」「外部からの干渉に対する防御力はゼロだ。その点で君の『歩く教会』には劣る。だが結界としての機能だけはそれと同等さ」それを、姫神の首から掛けさせるつもりだった。一生、肌身離さずつける運命になるが、それでも今よりずっとマシだろう。ステイルはそれを取りに、本国の『必要悪の教会』に戻る気だった。書置きを残し、ステイルは椅子から立ち上がった。「さっき電話をしていたね」「うん。とうまに怒られちゃった」「そうかい。なら、ここでお別れしておこうか」「わかった。――またね、ステイル」「僕らは会わないほうが幸せさ。そういう場所に、僕らは生きているだろう」「……でも。私はステイルにまたねって言いたいんだよ」「君らしいね」またねと、ステイルのほうから返してくれることはなかった。ただ、扉を開ける直前に、そっと呟いた。「最初から気付いていたよ」「えっ?」「二年に渡る付き合いだったんだ。君が過去の君ではなく今を生きているんだって事くらい、見ればすぐ分かったさ。神裂もそうだろうね。アウレオルスも、時間があればそれを悟ってもっと穏便に受け入れてただろうさ。まあ、言っても詮のないことだ。それじゃあね」インデックスに返事をするタイミングを与えず、ステイルは姫神の病室を後にした。アウレオルスには、結局あれから会えず終いだった。夥しい数の救急車が集まる三沢塾の建物から、誰にも見つからずに忽然と姿を消したらしかった。この先、また会えるのかはもう分からなかった。「先生……」どれくらい、自分はあの人を傷つけただろうか。もっと酷い罵倒を浴びせられても仕方ないはずだった。だけど、最後の最後にアウレオルスはエリスを助けようとしてくれた。ありがとうの言葉は、受け取ってくれなかったけれど。「あいさ、また来るから」ここにいても仕方なかった。当麻を待たせて心配させるのは、嫌だった。今、自分の傍にいて、幸せを共有してくれる人だから。インデックスは最後の一瞥を眠る姫神に向けて、そっと病室を後にした。夜の病棟を巡回する看護婦の間をすり抜け、夜の街へとくぐり出る。真夏の熱気は、この時間になっても引く気配がない。一日分の疲労をずっしりと足に背負って、インデックスは駅のあるほうへと向かおうとした。「遅いぞ、インデックス」「とうま……」何歩も歩かないうちに、その声に気付く。携帯電話を手にした当麻が目の前に立っていた。駅からも遠いこんな場所まで、きっと迎えに来てくれたのだろう。「……浮かない顔だな」「うん。そうだね」「ステイルと喧嘩でもしたのか」「違うよ」病院から出てきたということは、何かがあったということだ。それを当麻はすぐには追求しなかった。「ステイルにも迷惑をかけたし、先生にもひどいことをしちゃった」「先生?」「ステイルより前に、私の面倒を見てくれてた人。私を助けようと、頑張ってくれてたんだ」「そうか」あの日当麻と光子に助けてもらった時から、過去がインデックスにとって記憶でなく記録に過ぎないことを、二人には打ち明けていた。だから、インデックスがそれ以上説明せずとも、インデックスが何に苦しんでいるのかを悟ってくれた。そして当麻は何も答えず、ただ、ぐしゃぐしゃと頭を撫でた。そのぞんざいな仕草はいつもなら煩わしいのに、今日はやけに暖かい感じがして。――ぽふ、と。インデックスは当麻の胸におでこをぶつけた。まるで光子が、時々そうしているみたいに。「今日は弱ってるな」「いろいろあって、疲れたんだよ」「そっか、じゃあ帰ろう。その様子なら、とりあえずは解決したんだろ」「え?」「お前は、何かを解決できないままに残して、こんな風に甘えたりするヤツじゃないからな」そういう責任感の強い少女だということは分かっている。だからインデックスが弱みを見せたということは、弱みを見せてもいい状況に落ち着いたということだ。当麻はインデックスの肩を抱き寄せ、軽く抱きしめてやった。「ほら、泣くなら今だぞ」「むー、馬鹿にしないで」泣くのは違うと思う。今、当麻の胸で泣くのは、ステイルと、アウレオルスに悪い気がした。上条の着ているTシャツにこっそり噛み付いて、インデックスは離れた。「帰ろう、とうま」「そうだな。光子も待ってるし、とっとと帰ろう」インデックスが微笑んだ。それは少し、気持ちが上向いた証拠だろうと思う。もう一度ぽんと頭を叩いて、当麻はインデックスと帰路についた。深夜の、病室。目を開けて訳の分からないままに状況確認をした姫神が、自分は何処にいるのかと考えた予想がそれだった。恐らく間違いではあるまい。腕には点滴が繋がり、胸にはバイタルデータ確認用の素子が貼り付けられている。着ているものも、薄緑の手術着だった。「私……」なぜ、ここにいるんだったか。あまりに脈絡なくベッドに横たわっていたせいで、起きる前の記憶が思い出せなかった。たしか。いつもみたいに散歩をしていたら金髪のあの子と会って。「――っ!!」ギリギリ、と心臓が締め付けられる。取っ掛かりを得れば思い出すのは早かった。エリスと呼ばれていたあの子をアウレオルスのいた最上階まで案内し、そして、どんなアクシデントがあったのかは分からないけれど、きちんと傷つかないようにと捉えていたはずの少女が暴走した。そして最後は。姫神の首元へと、優しく噛み付いたのだった。そっと手をやると、滑らかとはいえないラインを肌が描いているのが分かる。きっと10年前みたいに噛み傷がついているのだろう。「あの子は」どうなったのだろう。もう、生きてはいないのだろうか。だけど灰になったところを姫神は見届けていない。一縷の望みを、姫神は捨て切れなかった。ナースコールを探しながら、ふと、ベッドサイドのテーブルに目をやると、小さな紙片が無造作に置かれているのに気がついた。手に取ると、どうやらあの赤髪の神父かららしい、伝言が記されていた。『気分は如何かな。 君がまた死にたいと言うのでないなら、僕達は君を預かろう。 と言っても修道女になれというわけじゃない。 君を外界から秘匿する十字架を贈ろう、って提案さ。 それで君の能力は防ぐことが出来る。 新たな吸血鬼を呼ぶことはなくなるだろう。 受け入れるかどうかは君の勝手だけれどね。 いずれにせよ、二三日は君は入院することになる。 退院までには必要なものを携えて君を訪れる。 待っていてくれ』そんな提案が、書かれていた。きっと魅力的な内容だから、昨日までの自分ならすぐにでも飛びついた気がする。だけど、今はそんな気持ちになれなかった。救われたいと思えるほど、自分が綺麗な人間ではないことを思い知った後だから。紙片には、続きがあった。『P.S. 君のナイフは返しておくよ。ベッドの中に隠したから探ってみるといい。 それと、あの少女は、無事に命を取り留めた。 僕は君に甘い夢を見せる義理なんてないから、あの少女が死んだなら遠慮なく死んだって言う。 証明しようにも君は二度と会えないからどうしようもないけれど、 僕を信じる気があるなら、信じてくれ』素直に信じるには、やはり姫神はステイルのことを知らなさ過ぎた。心を苛む重荷が少し軽くなったけれど、それだって今一番大切なことではない。「私が生きていたら。また」誰かを、死なせることになる。そうなる前に命を絶つと決心してさえ、自分は失敗したのだ。「ナイフ……」姫神はベッドのシーツをまさぐった。すぐに、硬い感触に突き当たる。何かの皮が刃に巻かれた状態の、姫神のナイフ。簡単に手入れが済ませてあるらしく、柄に汚れはなかった。これならすぐにでも、もう一度使えるだろう。姫神は、右手にナイフを握り締め、刃を仕舞った皮を、取り払った。今、死ぬのが一番だ。そうすれば誰ももう悲しませない。あの日家族すらも殺した自分なんて、もう、誰からも見向きもされないのだから。月明かりが、ナイフに反射する。その鈍い光はこれまで姫神を勇気付けるものだった。必要ならば命を絶つのだと、最後の選択肢が自分の手の中に在るのだと。だけど、今はもう違っていた。カタカタと、手が震えだす。胸に切っ先を向けようと腕を動かしたいのに、腕は頑なにそれを拒んだ。怖かった。たまらなく、自分が死ぬのが怖かった。あの時は怖いと思いながらも、心臓にまでナイフは届いたというのに。二度目は、もう無理だった。「こんな。ことって」姫神はもう悟ってしまった。自分を殺すことは、出来ないと。そしてまたきっと、誰かを殺してしまうだろうと。自分と言う生き物が、おぞましい。どれほど生き汚く浅ましい人間なのだろうか。二三日待てば、姫神の能力を封じる十字を赤髪の神父が持参するという。もう、それにすがることしか出来なかった。それともいっそ、その場であの神父に殺してもらおうか。たまらなく視界が褪せていく。何もかもがもう、どうでもいい。ナイフを握った腕から、姫神はだらりと力を抜いた。――――コンコンと、扉をノックする音が聞こえた。「感極まっているところ、失礼するよ」医者か誰かだろうと、思っていた。だから答える事もなく、暗い病室で誰かが姫神の視界に納まるまでじっと待っていた。「……え?」現れた男は医者ではなかった。そんなことは風貌で分かる。中肉中背の、典型的な南欧系の白人だった。背丈や体格は日本人と大差ない。金というには色の濃い、茶色のくせ髪。髭は丁寧に剃っているらしかった。年は三十には届かないだろうか。日本人とは違う顔立ちだから、うまく見積もれなかった。「予後の体調は如何かな、姫神秋沙」「貴方は誰」身につけた服は、洋装とは言えまい。上下共に麻で出来た服らしかった。色が白く編みの細かいものを下に、灰や茶交じりの荒いものを上に重ね着している。胸にはヒスイの首飾り。弥生か縄文時代の日本をコンセプトにしているように見えた。そういえば、言葉はネイティブであろう、流暢な日本語だった。「名は沢野忠安という。君にこれを渡そうと思ってね」顔に似合わぬ純和風の名前をした男、沢野が懐から何かを取り出し、姫神に示した。六芒星をあしらった、銀のペンダントだった。「……陰陽師?」「安倍氏のシンボルならば六芒星ではなく五芒星だ。日本にも籠目といって六芒星を利用した魔除けはあるがね、通常、このように円の中に六芒星を配置することはない。これは典型的な『ダビデの星』というヤツさ」饒舌に、そして友好的に沢野は姫神に説明する。姫神は手にしたナイフをぎゅっと握り締め、その男を見つめる。「怖がる必要はない。そうだろう? お前は死んでもいいと思っている訳だから俺を警戒する理由がない」「……」「一人でいても、お前はいたずらに吸血鬼を殺すだけだ。あと人生で何度、そういう思いをしたい?」「私は」「あの神父は信用に値するのか? ……これはまあ、俺にも言えることか。押し売りの営業だしな。いいか。このペンダントはイギリス清教の神父が持ってこようとしているものと同じ力を持っている」「……」「今ここで、お前にこれを渡そう。身につければ、外を歩いても吸血鬼が寄ってくることはなくなる。信じられないならシステムスキャンでも受けてみろ。晴れてレベル0の無能力者になって、霧ヶ丘から放校だな」「あなたは魔術師?」「そのとおりだ。超能力者には見えないだろう?」「……なら。どうしてそこまで学園都市に詳しいの?」「どうして、と言われてもな。この街に魔術師が入ることは、不可能なことではない。そして一旦入ってしまえば後はこの程度の情報を得るのは難しいことではないさ」沢野は、手のひらに乗せたペンダントを摘み、首にかけるチェーンの留め金を外した。そして目で姫神に問うた。どうする、と。「どうして私に接触したの?」「吸血鬼に触れさせない形で、お前の力を利用したいからだ」「そんなこと――」「出来るはずがないと? そんなことはない。我々は他にも『場形成』タイプの原石を見つけて仲間にしている」「えっ?」「お前が形成するのは飛び切りの特殊な『場』だ。吸血鬼にしか影響がないとくる。だがそうでない、他の『場』を作る原石というのは結構あるんだよ。俺達はそういう原石、生まれもって能力を持った人間を探し、集めているんだ。悪いようにはしないさ。だから、俺達についてこないか」この男の真摯な目は、信じられるだろうか。詐欺師だって、そんな目くらいは出来るだろう。吸血鬼を集めるために自分を利用したアウレオルス。納得ずくで自分は付き従ったが、もう二度とはやりたくなかった。赤髪の神父たちも、どういう理由で自分を匿おうとするのかは、分からない。いや、教会の人間なのだから、いずれ吸血鬼と敵対したときの切り札にでも、するつもりかもしれない。それに比べれば、目の前の人間の言うことは、悪くない。正直に信じれば、だけれど。「判断は早くしてくれ。急かして悪いが、アレイスターを出し抜ける時間はごく短いんだ。――俺達を受け入れるなら、髪を上げてくれ。ペンダントを通そう」姫神は、ナイフを膝の上に置いた。それがいいことなのかどうか、正常な判断はもう出来なかった。慎重さを姫神は欠いている。自覚はあるけれど、止めるつもりになれなかった。だってどう生きたって、この世界は自分に優しくない。目の前に差し伸べられた手に、姫神はすがりつきたい弱い気持ちを押さえるが出来なかった。「あなたたちは、誰?」最後に、姫神は訪ねた。しまった、という顔をして、沢野が軽く笑った。「これは失礼。紹介が遅れたな。私はとある魔術結社の人間だよ。名は血族、つながりを意味するヘブライ語を冠して、『絆<イェレフ>』という。正式名称はもっと長いんだが、それはおいおい紹介する。――――では、姫神。我々は、君を歓迎しよう」姫神が手で髪を救い上げる。真っ白な首元が、露わになった。白磁のように滑らかでいながら、首筋には、噛み傷が一つ。それを見て淡く笑いながら、沢野がそっと、ペンダントを姫神にかけた。「……おはよう、帝督君」「よう、エリス」なんてことのない挨拶を、二人は交わす。場所は病室。ベッドで体を起こし、本を読んでいたエリスを垣根が訪れた形だった。「調子は、どうだ?」「大丈夫。もう、心配しすぎだよ」エリスが死の淵をさまよってから、もう数日が経つ。垣根に助けられてからは体調不良なんて一度もないのに、毎日、エリスを心配する垣根の顔が真剣すぎる。過保護さがくすぐったくて嬉しいけれど、それだけ心配をかけたのだと思うと、申し訳なくなる。それに、垣根の体だって充分に傷ついている。「帝督君の怪我、あんまり治ってないのかな」「そりゃ、あんだけ赤毛の野郎に追い回されちゃな。火傷は時間が掛かるんだ」「……それにシェリーも、帝督君を傷つけたから」覚えがある。シェリーが腕を払い、垣根とステイルと弾き飛ばしたところに。エリスが目を伏せると、ふん、と馬鹿にするように垣根が笑った。「アレで俺がどうにかなると思うんなら、それは舐めすぎってもんだ。それともエリス、結構あのでかい人形にプライド持ってるか? だったら悪いけどよ」「うーん、シェリーの造り方は友達に教わっただけで、私は専門じゃないから。大切なものなんだけれど、強さとか、そういうのにプライドはないよ」「なら気にしないことだ。俺を殺したいんならもっとえげつないものを用意するんだな」「しないよ。帝督君の馬鹿」しまった、と垣根は反省した。意思に反してでも、自分が垣根を傷つけたことをエリスは気にしているらしかった。そのエリスに殺すだのなんだのと言うのは良くなかった。「悪い、エリス」「私こそ、言いすぎちゃってごめんね」「いいって」垣根がエリスの髪を撫でた。気持ちよさそうに、エリスが目を瞑る。夏真っ盛り、窓から差し込む朝日は力強い。「なあエリス、今日はこれから検査だったよな?」「うん。また大変なやつみたい」「そうか」「麻酔が要るみたいだから、また、傍にいてくれる?」「いいぜ。つまんねーことをしようとするヤツがいるなら、俺がぶちのめす。だから安心して眠ってろ」「うん。帝督君がナイトだったら、安心かな」「そんな上品な生き方はできねーがな」時計を見上げると、ちょうど朝の十時だった。もう準備は済んでいる。エリスは、垣根にキスをねだった。最近はもう、見上げるときの雰囲気だけでそれが伝わるようになっていた。そんな気安さと、他人には分からない秘密のサインを共有できたことが嬉しかった。「ん……」「愛してる、エリス」「私もだよ、帝督君」「目が覚めたら、また話をしような」「うん。しばらく私の楽しみはそれしかなさそうだから」「そうか。また、来るよ」「どうしたの? 帝督君」「何がだよ」「いつもはぶっきらぼうな帝督君が、やけに優しいことを言ってくれたからびっくりしただけ」「俺はいつだってお前にだけは優しいつもりだぞ」「あは、そうかも」名残惜しそうに、エリスは垣根と唇を離す。垣根がきたのがギリギリだったのが残念だった。そうでなければ、抱きしめてもらうくらいは出来ただろうに。定刻になった瞬間、病室の扉がノックされた。「エリスさん、おはようございます。今日の検査を始めますね」「はい」「頑張れよ」「私は寝てるだけだよ」「それでもさ。体力とか、持ってかれるだろ」「それくらいは仕方ないよ。あの、付き添いの人を今日も……」「分かりました。構いませんので、検査室まで付いてきてください」「ほら、エリス」「うん。よいしょ、っと」垣根に肩を借りながら、ベッドから降りる。院内用のスリッパを履いて、ゆっくりとエリスは検査室に向かった。「あんまり人前でくっつくなよ」「あー、病人にそういうこと言うんだ」頬をべったりと垣根の胸元にくっつけていたら、文句を言われてしまった。ナース達は視界の端でこちらを見て、クスリと笑ったらしかった。別にいいじゃないかと思う。入院しているときくらい、恋人に甘えたって。だが、検査室までの道のりは遠くない。大してくっつく暇もなく、たどり着いてしまった。この部屋に来るのはこれで二度目だ。前回はベッドごと移動だったから、それに比べても随分と回復した。「やあ、おはよう。エリスさん」「おはようございます。よろしくお願いします」「うん。それじゃ、することは前回と同じだから。早速やっちゃおうか」「はい」若い男性の医師だった。微笑んでくれる相手に会釈をして、エリスはベッドに体を横たえた。麻酔用の、透明なプラスチックマスクが顔にあてがわれる。全身麻酔が必要な検査というのに疑問がないでもなかったが、垣根が傍にいてくれるから、平気だった。そもそも、生物的には自分は簡単には死なない生き物なのだし。「じゃあ、ガスを流すよ」その言葉にコクリと頷くと、手を垣根が握ってくれた。ゆっくりと、深呼吸をする。エリスが意識を手放すまでに、数分と掛からなかった。数分後、力の抜けたエリスの体を眺めながら、垣根は医師に目をやった。「――では、後は手はずどおりに」「ああ」医師は先ほどの笑みを取り払っていた。もうエリスに対し興味を示してもいない。男は、エリスの医師ではなかった。男は医師ではあるのだが、患者はエリスではなく、垣根。とは言っても目の前のそれなりに健常な垣根を診るのではなかった。男の出番は、垣根の『出番』の後にある。「モニター越しに観察していることに文句は言わないでくれ」「勝手にしろ」「では後程。さあ撤収しよう」エリスではなく、垣根の治療の準備をしていたナース達に声をかける。程なく全員がその部屋から立ち去り、エリスと、垣根だけが残された。エリスを助けるための人間は、この病院には一人もいない。垣根を除いて。「エリス」眠り姫に垣根は声をかけ、髪を撫でる。もうマスクのせいで口付けは出来なかった。そして、エリスの胸元に、垣根は手を這わす。一つ一つボタンを外して、胸元をはだけさせた。エリスの許可を取っていないので、見えてはいけないところまでは、服をはだけさせないように気をつける。垣根が用があるのは、鳩尾の少し左の部分だ。それより横の、慎ましやかな膨らみのほうではない。「悪いな。出来が悪くてよ」そう先に謝っておく。努力はしているけれど、きっと今回も、足りないだろう。シャツを脱ぎ、適当な机に投げ置いた。上半身は布地の少ないタンクトップになる。ふう、と息を整えた。数日前、三沢塾で経験したあの工程を思い出す。あれを再現するのは今日で三回目だ。回数を重ねたことで、手続きはスムーズになった。かかる時間はきっと短縮できるだろう。「ふっ!」息を止める。次の瞬間、垣根の背中に二枚の羽根が現れた。随分と簡単に出るようになった。前は、痛みにのた打ち回った挙句だったのに。「……やるか」腹はとっくに括ってある。だから、躊躇わずに垣根は「それ」をはじめた。『世界の力』とやらをでっち上げ、それを古臭い錬金術の言葉でしか説明できないようなプロセスで処理していく。分かっていることだったが、それをきっかけにまた、体のあちこちが壊れ始めた。「ぐ、あ、あ――――」あっという間に体が血に濡れる。筋肉が爆ぜたのか、足に力が入らなくなる。鼻から逆流した血のせいで、口の中は不愉快な味がする。口でしか息が出来なくなって、フロアに血を吐き捨てながら、ゼイゼイと荒い息をつく。自分で言い訳が聞かないほどに、無様だった。だけど構わない。四肢が壊れていこうとも、エリスを救うための羽根だけは傷つく気配がないから。「――クソ、はやく、固まれよ」燃やす。燃やす。勿論その言葉は概念的なものだ。だけど垣根の意志がそう願うほどに、『世界の力』のまがい物は過熱し、ぼんやりした存在からある一つの結晶へと、昇華していく。「……いける、だろ。エリス、助けてやるから」未元物質、いや、捏造した第五架空元素を羽根に隠し、垣根はエリスの胸元へそれを近づけた。前と同じように胸元に羽根を刺し通し、そっと、今動いていた心臓と、新しい核を交換する。「明日も、笑ってくれよ。エリス」垣根の声が届くことのないはずの思い人にそう声をかける。程なくして、今作った新しい心臓がすぐにエリスの体に適合したことが、なんとなく分かった。それを見届け、垣根はエリスの眠るベッドの横に、崩れ落ちた。そして激しく咳き込む。苦しい。気道のどこかが、血で詰まったのだろうか。反射的に体は咳き込むことを欲求するが、垣根の体力はそれについていけるほど残っていなかった。羽根を杖代わりにして、垣根は体を起こす。力の入らない四肢と比べ、それはあまりに優雅だった。そして、その羽の先に握りこまれたエリスの心臓をそっと手に取り、見つめる。いくつも、見過ごせないひび割れがそこには入っていた。ほどなくして脆く崩れ落ちる。それを見て、垣根は『次』を見積もった。「……二日くらいなら、問題なくもつな」それくらいの時間ならば、垣根がでっち上げたエリスの心臓は、機能してくれるだろう。だが、三日、四日となってくると、指数関数的に危険は増していく。とりあえず今日を無事に乗り切ったことにほっと息をついて、垣根は力なく血だまりに崩れ落ちた。それを見ていたのだろう。扉を開いて、医師たちが入ってきた。「首尾はどうだい?」「……誰に、聞いてんだよ」「これは失礼。さて、治療を始めようか。次までに直せるだけ直して、体力をつけてもらわないとね」その男は、垣根の開発を担当する人間の指示で動いている。だから羽根のことも、男は何も聞かない。そしてただ、垣根を生かすために動く。ただ、それに限界があることも当然わきまえていた。「あと数回かな」「……」「打開策を考えたほうがいいだろう。このペースでこの儀式をやるなら、君の余命は一ヶ月を切るだろうね」自分のやっていることに儀式と言う言葉があまりに似つかわしくて、垣根は口の端を僅かに歪めた。垣根の体は、エリスを助けるたびに壊れていく。学園都市の医療をもってしても、自然治癒では回復が追いつきそうもなかった。「ところで、化粧は必要かい?」「あ……?」一人で起き上がることも出来ない垣根をベッドに載せて、男は面白そうに尋ねた。「そろそろ、君の怪我は完治していないと、その子に怪しまれる」「……」「偽装が必要なら言ってくれ。まあ、気休めにしかならないだろうけどね。それと」そこで医者は言葉を切った。ナースと共に傷の手当てをしながら、後ろを振り返った。「流石にこのまま君を死なせる気は上もないらしいよ」「何が、言いたい」「打開策を持ってきたらしいってことさ」医師の視線の先には、病院に似つかわしくない派手なドレスを着た少女がいた。「そこのベッドに倒れているあなたが、垣根帝督さんかしら」「誰、だ」「……ちょっと、これで大丈夫なの?」困惑を見せながら、少女は手にした端末に声をかけた。映像は映らず、男の声だけが機械から流れてきた。「まだ壊れないだろうさ。こっちの予想では、後二三回までは容認できる見通しだ」「あっそう」「それよりさっさと話を進めろ」二三言の言葉をやり取りし、そのドレスの少女は垣根に近寄った。年恰好は、たぶんエリスと同じくらい。ただ雰囲気が夜の裏町にあっているような、そんな水っぽさがあった。「こんにちは。あなたの監視役よ」「ハ。何を監視するって言うんだ。とっくに俺達はこの街のモルモットだろうに」「あなたにはこれから、この端末の向こうの相手の手足になって動くことになる」「どうやって俺に言うことを利かせる気だよ。テメェが俺の心を縛るってか?」「あら、分かったの? 私が精神感応系の能力者だって」本気で驚いたのか分からない顔で、少女はそうおどける。垣根は少女の能力なぞ知ったところではなかったが、口ぶりからして、精神感応系なのだろうか。「でもそういう力ずくではないわよ。結局そういうやり口はリスキーだと考えてるんじゃないかしら」「……」「とりあえず事情は分かってもらえたみたい。後は自分で交渉してよね」面倒くさげに言って、少女は端末を垣根の横たわるベッドの傍に置いた。自分自身は手近な椅子に座って、爪を気にしだした。「さて、交渉内容だが」「てめーは誰だ」「さあな。それを知るのにお前は何を差し出す?」愉快げな男の声が返ってくる。「差し出すも何も、その不愉快さを止めるためにテメェの命を取りに行ってやったっていいぜ?」「実際に来られると怖いだろうな。まあ、止めておけ。お前にだって悪くない話を持ってきているんだ」男はそこで一旦言葉を切った。そして垣根が聞く態度を見せたのを間で感じ取って、説明を始めた。「エリス、だったな。お前の恋人は。随分と重病を患ってるらしいじゃないか。今のところはお前が救ってやってるとのことだが、それも一ヶ月で限界だろう」「まるで見てきたような言い分だな」「映像越しになら見ているし、細かいことはとある大規模計算機で予測済みだ。信じてくれていい」チ、と垣根は舌打ちした。相手の言うことが真実なら、『樹形図の設計者』にそんな計算をやらせられる立場だということだ。「何故お前は、出来損ないの心臓しか、作ることが出来ないのだろうな?」「――!」「私は開発官でも能力者もないので受け売りの言葉しか口に出来ないんだがね、それは君の、能力上の限界だそうだな」「ハッ、学園都市第二位を随分と過小評価してくれるな」「何位であろうと、多重能力者にはなれん。君にも出来ないことがあるのは当然だ。さて、そろそろ本題に移ろう。君の恋人を助けるのに必要な能力者を、用意してやる。どんな能力者でもいいぞ。好きに言え」その男の言葉に、垣根は笑うしかなかった。バカな話だ。そんなもの交渉にすらなりはしない。「得手不得手で言えば、俺は物質の創製については学園都市で一位だぜ。あのいけ好かねえ第一位ですらこの一点じゃ俺には勝てねえ。他の能力者を連れてきたところで、何の意味がある? 交渉がやりたいんなら、もう少し賢くなることだな」垣根の嘲りに、男は静かに笑った。それは子供の稚戯を笑うような響きだった。「そういう正攻法の提案ではないのだよ」「――あん?」「『能力乗算<スキル・インテグレーション>』をやれと、言っているのだ」能力の掛け算。それは特定の場合を除いて、学園都市においては禁止されている行為だ。足し算とは違う、という意味で掛け算と呼ばれている。足し算のほうは、日常的に行われている。誰かが発生させた能力に、誰かが別の能力をぶつけることだ。念話能力者同士の会話は互いの能力の足し算みたいなものだし、発火能力者の火を水流操作系能力者が水を動かして消せば、それも足し算の一種だといえる。それとは対照に、掛け算とは、二人以上の能力者が互いの「自分だけの現実」を同期させることで能力を発生させることを指す。例えば、発電系能力者と発火系能力者を同期させ、一人ずつでは到底作りえない、高密度高温度のプラズマ塊を作ると言った風に。それは誰もが思いつき、そして夢のような結果をもたらせる方法論だが、同時に大きなリスクがあるが故に、禁じられている。異なる人間の「自分だけの現実」を溶け合わせるがゆえに、自我の崩壊や精神の不安定をしばしば招くのだった。「……俺に合わせれば、相手が壊れるだろうな。たとえレベル4でも」「構わんよ。この町は随分と成熟した。レベル4なら使い捨てられるくらいにはな」垣根は、傍らのエリスの顔を眺めた。こんなやり方をすれば、きっとエリスは悲しむだろう。誰かの犠牲の上に成り立つなんてのを、好むわけはない。だけどこれを呑まなければ、エリスの死は確定する。「どんな能力者でも良いと言ったな。レベル4以下なら、誰でも連れてこられるってんだな?」「ああ。約束しよう。学園都市とて普通の街だ。毎日交通事故は起こるし、死者も出る。何処の誰だって不運な事故に会うことはあるものだからな」男の言葉は、ひどく危険な内容を含んでいる。やろうとしていることの非道さの話ではない。男の口ぶりは、路地裏に救う無能力者<スキルアウト>とは身分が違う、もっと、学園都市の中枢に近い人間であることを示唆していた。つまり、男のやろうとしていることは、学園都市が暗に容認している、ということだった。「――テメェの条件を言え」「物分りが良くて助かる。何、君なら充分やれるさ。この街には中にも外にも敵が多い。具体的にこれをやれというのは今はないが、とりあえず、君には掃除係をお願いしたくてね」「随分と簡単そうな仕事じゃないか」「そうだろう? 楽に構えていてくれ」恐らくは、言葉とは裏腹な現実があるのだろう。実際、垣根が相対したアウレオルスという敵は、危険な力を持っていた。魔術なんて言う名前の付いた、学園都市とは違う力を手にした敵。垣根は、きっとそう言う人間の排除に使われると、そういうことなのだろう。「とりあえずは、君の恋人の救命に取り掛かってくれて構わんよ。こちらは先払いでも、問題はないのでね」「エリスはいつでも狙えるってか?」「邪推をするなよ。そう人の腹を疑うものじゃない」この街からエリスを連れ出すことは、どれくらい難しいだろうか。一生追っ手から逃げるのは、どれほどの困難を伴うだろうか。相手が余裕を見せるのは、垣根達が逃げ切れないと確信していることの裏返しだった。「さて、そろそろ話をまとめようじゃないか。伸るか反るか、どちらにする?」「選択肢を下さってアリガトウ、とでも言ったほうがいいか?」どうせ、拒む手はないのだ。この病院で得ている安全だって、ここでノーを返すだけで危険へと裏返る。「――テメェの手のひらの上で、踊ってやるさ」「交渉成立だな。いや、手早くいって良かったよ。では、君が必要としている能力者を言いたまえ。彼女の完全な心臓を作るためのね。捕縛は君にやってもらうかもしれないが、見繕うのはこちらですぐにやろう」ベッドの上で、垣根は目を瞑る。垣根が作ったエリスの心臓は、数日で崩れてしまう。元の心臓が五年以上動き続けたのと対照に。なぜかは、分かっていた。端末の向こうの男が言ったように、原因は垣根の能力の限界だった。垣根は、この世にはない物質を創製する能力者だ。第五架空元素などという訳の分からないものですら、垣根は作ることが出来る。どんなにそれが複雑でも、あるいは希少でも、ありえないようなものでも、垣根は作れる。純度だって百パーセントだ。だが、一方で不得手がある。垣根は形を作ることについては、不十分だった。人間の目に見えるレベルなら、何の問題もない。最新鋭の車だろうと船舶だろうと飛行機だろうと、その形を作ってみせる。だがそれよりもずっと小さな、ナノの領域では垣根はコントロールが効かない。だから垣根はパソコンの基盤などは作れない。エリスの心臓を作るに当たってはその、制御の不完全性が問題となっていた。魔術で作ったなら、それは現れない問題だった。吸血鬼の核をなす第五架空元素。その結晶構造、原子配列には一部の隙すらあってはならない。自然界の結晶が本質的にもっているような規則性の破綻、いわゆる格子欠損は、ただの一つもあってはならないのだ。その状態は、エントロピーがゼロと言う、自然界においてはあまりに理想的な条件を要求している。垣根はそれに、応えられていなかった。第五架空元素の粒子ひとつひとつを制御するだけの精度は、垣根は持ち合わせていない。「……環境制御の能力者がいい」「ふむ。どういうものだ?」「揺らぎを排斥できる能力。典型的には温度の制御か。厳密に場の温度を一様に保てるような能力がいい」「他には?」「もっと言えば、エントロピーの制御。まあ、能力よりはレベルが重要だろうしな。こんな条件で当てはまるヤツはいるのか」返答は、数秒遅れた。「温度の制御ならいるようだな。君に勧められる人材のように思われる」「レベルは?」「レベル1だ」「そんな役に立たない低能力者なんぞいらねえよ」「そうでもないさ。お前は随分と常識に縛られているようだな。もっと視野を広く取ってはどうだ?」「視野を外道なほうにも広げろってか?」「そうだな、それも必要だ。レベルが低いなら、上げてやればいいのだよ。さて、今日のところはもう話は充分だろう。とりあえず治療を済ませることだ。 明日にでも、また連絡を入れよう」傍らの少女が、やっと話が終わったかと言う顔をして、端末を手に取った。「これからは一緒にお仕事をすることもあるだろうし、よろしくね。第二位さん」「……テメェはただのメッセンジャーじゃないのか」「あなたと真正面から戦える力はないけれど、役に立つとは思うわよ」「そーかい」「あら、写真が送られてきたみたい。今のお話にあった能力者かしら」ドレスの少女が、端末に映る一人の能力者の情報を眺める。「おい、まだ聞こえてるのか」「ああ。どうかしたかね?」垣根は端末の男に、問いかける。「狙って簡単にレベルを上げる方法なんて、あるのかよ」「当然だ。お前だって名前くらい知っているだろう」「あ?」「幻想御手<レベルアッパー>なんてものが、あるらしいじゃないか」男は、そう告げて回線を切った。少女が抱えた端末を見上げると、花飾りをした中学生くらいの少女が、映っていた。****************************************************************************************************************あとがき『吸血殺し』編はここで終わりとなります。エピローグでかなり伏線を張ってみました。賛否は色々とあるかと思いますが、後々の展開に向けて必要なものと考えております。垣根がこれで暗部落ちし、また初春にもちょっと暗雲漂ってます。親友の危機に、佐天はどう動くのか。これからもどうぞご愛顧ください。