「佐天さん、それくらいで結構ですわ」「あ、はい」光子の声で、佐天は集めていた渦球を慎重に歪ませていく。最近佐天が取り組んでいるのは、渦を開放するときの手続きの改善だ。等方的に圧縮空気とエネルギーをまき散らすのでなく、両刃槍のように互いに反対向きのベクトルを持った二箇所の噴出口に絞って、開放していく。そうすることで、出口を絞った分威力を増加させるのが目的だ。本当は出口は一箇所に絞りたい。だが二方向に出口を作る様式以上に、一箇所からの開放は形状としての対称性が低く、制御が難しかった。水風船の上下に穴をあけたように、率直に言ってしまえばみっともない感じで、空気が漏れ出た。「ふぅっ。えと、こんな感じです」「悪くはありませんわね」光子のコメントは成長の跡を見て取ってのものだろう。そうでなければ、こんな不細工な結果に悪くはないなんていえないはずだ。とはいえ、確かに成長しているのも事実ではあった。「集められる気体の量や密度の伸びに比べると、この制御はなんだか苦手な分類のようですけれど、それでもレベル3としては悪くないでしょう。緊張で失敗でもしない限り、明日のことはあまり悲観することはなさそうですわね」「はい。ありがとうございます」「では、今日はこんなところにしましょうか。初春さんも待っていることですし」光子が傍で眺めている初春に視線を移すと、初春は二人にパタパタと手を振って応えた。「あ、私のことは気にしなくていいですよ。こないだも見てましたけど、改めて佐天さんの能力、すごいですね」「へへ。ちょっとは、能力を利用して色々やれるくらいにはなってきたからね」「あれはちょっとどころじゃなかったですよ、佐天さん」つい先日のことなのだ。まだ鮮明に、初春は覚えていた。人間の身長の何倍もあるような大型工作機械を相手にして、それを破壊してのけたこと。そしてあの御坂美琴の超電磁砲<レールガン>のエネルギーを丸ごと、自分の渦に取り込んでしまったことを。そんなこと、普通ならレベル3でも4でもできっこない。レベルだけでは測れない佐天の凄さを、初春は感じていた。「佐天さんを見てたら、私も頑張ろうって気になってきます」「へへ。でも初春が触発されたのはむしろ、春上さんの方じゃないの?」それを佐天は察していた。同い年だけれど、なんとなく、姉と妹に近いような立場の差がある二人だ。初春が負けられないと思うのはむしろ春上に対してな気がする。問われた初春は、少し気恥しそうに笑って、視線を外した。三人がいるのは人通りの少ない河原だ。別に必要ないくらい佐天は伸びていたが、佐天が光子に最終チェックを請うたのだった。「ちょっと、焦っちゃうこともあるんですよ」「え?」不意に初春がそんなことをこぼした。「佐天さんは自分の道を見つけて伸びてるし、春上さんもどんな風になりたいかの方向は決まってるじゃないですか。それに比べると、私、どんなふうになりたいんだろうって思っちゃって」佐天の伸びが見たくて付いてきた初春だったけれど、文字通りレベルの違うその能力の規模を見せつけられて、何も思わないでは居られなかった。その初春の悩みを、佐天は心の中で淡く笑った。そんな優越感が綯い交ぜになった気持ちを初春には見せたくなかったが、同じ悩みをかつて自分も感じ、光子にぶつけたことがあったのを思い出したのだった。「こないださ、婚后さんにいろいろヒントもらったって言ってたじゃん」「え?」「あの日、なんか初春嬉しそうだったし、やっぱりそういうところにヒントってあるんじゃないかな」「確かに視野が広がった気がして、いろんなことを考えるきっかけにはなったんですけど……。でも、佐天さんみたいには、なかなか伸びませんよ」「……」苦笑めいた表情の中に薄く劣等感と悔しさを含ませて、初春はそう言った。「あたしは、ズルしてこうなっただけだから」「そんなことないですよ。幻想御手(レベルアッパー)を使った人のその後って調べたことありますけど、佐天さんみたいに伸びた人、他にいませんから」巷に広がる情報では、あの事件をきっかけにレベルを上げた人間の話はほとんどなかった。そういう危険な裏技を求める学生が増えるのを危惧して、情報が意図的に隠されているのかもしれない。そう思ってもっと深いところまで初春は探したことがあったが、調べた限り、佐天はかなり特殊な例のようだった。「佐天さんを育てたのは、婚后さんですよ。きっとあの事件がなくたって、佐天さんはここまで来ていたと思います」「そうかな」「いつも陽気で嫌なことはすぐ忘れる佐天さんらしくないですよ」「うん。ありがと、初春」「私がどれほど力になれたのかわかりませんけれど、きっと卑下することなんてないのですわ。ところで、初春さん」「はい」「あれから、何か変わりはあって?」「えっ? いえその、あまり……」光子と、春上と一緒に能力の話を聞いたのは数日前だ。その時に自分のこの先について光明が見えた気もしていたのだが、だからといって急に伸びることはなかった。『演算能力は高いけれど、センスがない』それが初春に与えられている評価だった。あなたは秀才ですと言われながら、実際に与えられたレベルはたったの1だ。劣等感を初春が持っていないと言えば、嘘になる。「佐天さんが異常だったのは事実ですわ。だから、別に大きく変わったことなんて無くて普通ですわよ。でも例えば、ほかの誰にもわからない自分だけの現実というのが、本当はどんな姿なのかを見つめ直すのは悪いことではありませんわ」「え?」「本当に深いところまで、初春さんを理解できる人間は、初春さん自身以外にはいませんわ。やっぱり、自分は熱、または温度を制御する能力者だと、そうお感じになっていますの?」どうだろう、初春には、わからなかった。そこに何かしら、何でもいい、確信が得られていればもっと自分は伸びている気がする。エントロピー、あるいは情報。自分が本当に見つめているものはそれではないのか、と光子に指摘されてから、初春はますます、自分がどんな能力者なのか、わからなくなっていた。「あのさ初春」「佐天さん?」ためらいがちに声をかける佐天の目が、余計な言葉ではないかと疑いながら、それでも何かを伝えたそうにしていた「よかったら、どんな風に初春が能力を発動してるのか、教えてよ」「えっ? あの、どうしてですか」「初春のこと、もっと知ってみたいなっていうのもあるし、それに、そうやって自分を見つめ直すのって結構アリだと思うんだ」低レベルな能力者同士の集まる柵川中学のような学校では、あまりそういう話というのはしないものだ。人に言うのが恥ずかしい程度の、弱小な力の持ち主ばかりだから。「……あの、たぶん佐天さんや婚后さんと違って、すごく簡単なことしかしてないんです」初春はまず、そんな予防線を張った。きっとこの二人は自分のことを笑ったりはしないだろう。それでも、言わずにはいられなかった。低能力者は皆同じだった。「設定が下手なので手で触らないと駄目なんですけど、こうやって触ることで、触った物の表面に境界を作るんです」「境界?」「あ、物理的な意味じゃなくて、あくまで私の演算上の設定です。私が演算するのは、物体をくるむように作った閉じた曲面上だけなんです。その曲面を、熱が通り抜けないように検知して、排斥してます」「へー……」佐天はその能力の性質上、『境界』にも『面』にもとんと疎かった。能力が及ぶ果て、つまり渦の外殻というのは、自分の演算の限界によって自ずと決まるものであり、初春の言ったように明確に設定するものではない。「それを簡単にやってのける人って、私に言わせれば羨ましくて仕方ないんですけれど」「え、どうしてですか?」「いえ、別に普通のことですし、私が苦手なだけですけれど」光子はそういって、手をかざした。その、固体の何もない虚空に、気体を集める面を設定し、空気を集める。「あ……」初春が不思議そうに首をかしげる隣で、佐天は何が起こったのかを感じ取っていた。ただ、大したことはなさそうだった。光子が本気で空気を集めたら、こんなレベルじゃない。屈折率が変わって、空気レンズが出来上がるはずだ。「婚后さん、固体表面じゃなくてもできるんですか?」「……これが限界ですわ」直後、バシュッという気の抜けるような音がして、僅かな風が初春の花飾りと佐天の髪を揺らした。少し光子が拗ねた感じだった。「私は気体を集める面というのを設定して、そこに気体を集め、放出する能力者ですけれど、この面というのを、固体表面以外の場所に設定するのが非常に苦手なんですの。だから、1トントラックを空に飛ばすくらいは造作もありませんけれど、虚空に突風を生み出すのは、大の苦手なんですわ。空力使いですのにね」初春は佐天と一緒に、そんな自分の弱点について話す光子をあっけに取られて見ていた。それは純粋な驚きだった。まさか、こんな簡単でくだらない設定すら、できないレベル4がいるなんて。自分と違って、とんでもない量の物質を操れるし、とんでもない体積の空間を制御できる人なのに。「ふふ。驚きました?」「あ、はい……。その、レベル4の人でも苦手ってあるんだなって」「境界面の制御なら初春さんのほうが上かしら?」「えっと。はい。それは私、問題ありませんから」控えめに言ったけれど、初春には明白に自分のほうが優れている自覚があった。光子は今までの観察結果から考えるに、基本的には平らな表面に気体を集めるのだろう。きっと極端な球面は苦手なはずだ。自分は、それと逆で複雑な境界面の設定だって何の造作もない。「話を逸らしてごめんなさい。それで、境界面を設定するのはいいですけれど、そこからどうやって温度を保ちますの? 熱の検知って仰いましたけれど……」「そこが全然ダメだから、レベル1なんですよね。例えばこないだ春上さんのお見舞いで持って行った鯛焼きがあるじゃないですか」「ええ、美味しかったですわね」「え? 婚后さん食べたんですか? 初春、ずるいよ」「佐天さんはすぐ買えるじゃないですか」佐天の非難を、初春は軽く一蹴する。話の腰を折ったのが分かっているからか、佐天はそれ以上は口を挟まなかった。「それで、鯛焼きって出来立ては周りの温度より高いじゃないですか。放っておくと室温との差を利用して熱が外に流れちゃうんですけど、私は設定した境界面に触れた部分の温度が感覚的に分かるので、熱の流れを演算するときに、無理矢理境界面の温度を室温と同じってしちゃうんです。そうすると、温度差がないから外に熱が流れる理由を失うので、中身の温度は保たれます」「成る程」その説明を聞いて、割とクリアに、佐天と光子は初春の演算を理解できた。温度分布も、熱の流れも、どちらも流体を解く者には必須の知識だからだ。「でもその方式で、輻射熱の散逸って演算できるの?」素朴な疑問を、佐天は初春にぶつけた。初春は首を横に振り、答える。「出来ません。といっても、そもそも手で触れるくらいの温度までしか制御できない私にはあまり関係ないんですよね」「あと、完全な固体はいいですけれど、鯛焼きみたいに水分などの蒸発がある場合も大丈夫なんですの?」「いえ、そこが今、一番の弱点なんです」輻射熱は、光として物体から逃げていく熱だ。火に手をかざして暖を取るときには、この輻射熱を手に受けている。まさか燃えた物質に直接触れて暖を取る人間はいまい。温度は熱を伝える分子の運動エネルギーの強さだ。だから、物質ではなく光が伝える輻射のエネルギーには温度というものはない。それ故に、初春の設定した境界面を通過するときに輻射熱は検知できない。エネルギーは保存せず、中身は温度を下げていく。この問題は『定温保存』と名づけられた自らの能力にとっての大きな欠点のように見えるが、実態としては、室温程度の物質が出す輻射熱はごく小さいので、初春は問題にしていなかった。むしろ問題は光子の指摘した、物質の流れを伴う熱の散逸だった。鯛焼きに含まれた水分は、鯛焼き自身の熱を奪って気化し、逃げていこうとする。境界面でこの物質の動きを検知し、ベクトルを操作して元の鯛焼きへ戻せばいいわけなのだが、初春にとっては、これが厄介な問題だった。熱、つまりはエネルギーだけならいいのだ。温度を初春は感知し、操れるから。だが物質の流れがそこに加わると、初春のキャパシティを超え始める。境界面をまたごうとする質量の流れとエネルギーの流れ、この二つを同時に解くのが初春には困難だった。御坂美琴のような『場』を操る能力者と、春上のような精神系の能力者以外は、ほとんど誰しもがこの両方の流れを難なく計算できないといけないのに。それが、初春をレベル1に留まらせている理由だった。「流体屋さんに言わせれば馬鹿みたいなことだと思うんですけど、質量流と熱流を同時に解くのが、すごく苦手なんです」「うーん」「普通の空力使いなら、そんなこと問題なくこなしていますわね。確かに」含みのある光子の言葉の真意は、こうだった。佐天はあまり、熱のことで困らない。操っている空気の粒の運動エネルギーがそのまま温度になるからだ。そして光子は気体の流れを直接制御しない、要は「ぶっ放す」能力者なので、あまり関係ない。まあ、どちらも空力使いとしては異端ということだ。「色々演算式はいじってみて、改良する努力はしたんですけど、うまく行かなくて」「まあ、改善というのは失敗がつきものですけれど……」少し、言うべきかどうかを光子は逡巡した。今までの初春の努力を否定するようなことは、良くないかもしれない。光子は全く違う系統の能力者だから、助言が初春のためになるとは限らないからだ。だけど、感じていることを伝えなければ、初春にプラスになることはない。「例えばなんですけれど」「はい?」「どうして質量と熱、エネルギーは別物だとお考えなの?」「どうして、って言われても……。あ、流石に特殊相対性理論の式くらいは分かりますよ?」たぶん、ずっと前から佐天より勉強家なのだろう。初春はあっさりとそう言った。特殊相対性理論。エーテルを物理から排除したその理論はその最終的な帰結として、極めて美しく、シンプルな式を打ち立てた。エネルギーは質量と等価である、ということを指し示したその式は、やがてウランの核分裂反応という現実の例が見出されたことで、原子力を利用した爆弾と発電施設というテクノロジーを人間にもたらした。とはいえここではそんな物騒な話は関係なくて、物質も究極的にはエネルギーなんだから、質量流と熱流などと分けずに、全てエネルギーとして扱って解けと言っているのだった。もちろん流体工学や伝熱工学の常識から言えば暴論もいいところだが、そういう常識ばかりではうまく行かないのが能力というヤツだった。「初春さんの素質が空力使いや水流使いに近いなら、普通に熱と物質の流れを解けば良いと思うんですけれど。……ご自分でそう思ってらっしゃる?」「それが分かったら苦労はしないんですけどね」「ごめんなさい。その通りですわね」かすかに自虐がちらつく初春の苦笑を見て、光子は反省した。レベル4とレベル1の人間が、能力についてあれこれ話すというのは、きっと心穏やかではいられないこともあるだろう。「役に立つかは分からないですけど、世界の見方について、時々考えることがありますの」光子は、視点を変えるようにして、そう切り出した。「この世に本当に存在するものって、なんでしょうか?」「え?」「例えば人間が、直接に感じられるものは『物質』と『力』ですわよね。だけれど力を積分することでポテンシャル、つまりは『エネルギー』になる。そしてエネルギーは『物質』と等価だとアインシュタインによって示されました。『物質』『力』『エネルギー』一体これの、どれが本質でしょうか?」「……なんか、哲学っぽいですね」「高度な科学技術は魔法にしか見えない、と喝破した人がいましたわね。高度な科学理論は哲学にしか見えないものですわ。きっと」そう言って、光子は足元の石を拾い上げた。それを川に向かって投げる。水面に触れる直線で、突然の加速を見せた石は、何度も何度も水面を跳ねて悠々と対岸まで渡りきった。「私は、エネルギーを本質と見る能力者ですわ。私は力と質量をあらわに解かないといけない運動方程式を使いません。エネルギー、そして統計と確率。そういう概念で世界を見る能力者です。一方佐天さんは『力と質量』の典型ですわね。ちょっと話は逸れますけれど、きっと春上さん達精神系の能力者にとっての世界の本質は『精神』なのでしょう」「じゃあ、私にとっては……」どれだろう。なんとなく、エネルギーは近い気がする。光子は、答えを溜めるかのように、口をつぐんでこちらを見つめていた。「唯情報論って、ご存知?」「えっ?」「20世紀に生まれた物理学の新理論は、人類が持っていた世界観そのものを塗り替えるようなインパクトを持っていました。唯情報論は、統計力学が最後に示したその新しい世界観のうちの1ピースですわ。力や物質、エネルギーと呼ばれる物質世界のあらゆるものは、『情報』と等価である。この世界に唯一つある本質、それは情報である、という考えですわね。発想が逆説的というか、いろいろ批判もありますけれど」空気には、暖かいところと冷たいところがある。圧力の高いところと低いところがある。そこには、たしかに情報がある。違う性質を持つ場所があるということは、そこに情報があるということだ。光子の言う言葉が、概念が、やけに心に引っかかる。初春は夏の川原の熱気に汗ばんだ手を握り締めて、思考に没頭する。咀嚼できない。理解できない。そのまま自分に適用できない。だというのに、無視できない。ただ無表情で、何かを飲み込もうとする初春を、佐天はじっと見守っていた。「たとえば量子力学は、シュレーディンガー方程式の解である『波動』とは何か、という疑問に答えを出せていません。複素関数である波動の絶対値を二乗すれば、存在確率分布という物理的意味を獲得しますけれど。でも、世界の本質は物質である、という唯物論的な考えを止めて、世界の本質は情報だと思えば、波動とは情報そのものであると捉えてしまえます。これはまあ、詭弁だと私も思っていますけれど」「……」あまり初春は量子レベルの物理に踏み込んだことはない。そんな細かくて厳密な計算をしたら、実在世界における計算規模が小さくなる。「ごめんなさいね、初春さん。それに佐天さんも」「え?」「ごめんなさい、って、私もですか?」「私も、って。今日は佐天さんのために集まったんじゃありませんか。初春さん。あれこれ沢山と話をしてしまいましたけれど、あんまり深刻に受け止めなくて結構ですわ。私が尊敬している先生の言葉ですけれど、十を聞いて三くらい理解してくれればいいんですのよ」「あ、はい。その、ありがとうございました! ちょっと自分の中で整理できてなくて……。でもすごくためになりました! これをヒントにして佐天さんみたいに伸びたらいいな、って思うんですけどね」腰をしっかりと折って、初春は丁寧に光子にお辞儀をした。とても好感の持てる態度だった。ただその後で見せた苦笑は、光子にも苦笑を誘うようなところがあった。佐天のように、は無理だろう。自分で導いておいてなんだが、もはやこの状況は、奇跡と言っていい出来だ。一ヶ月に届かないこんな短期間で、レベル0が3にまで肉薄するなんて。「佐天さんも、すみません。本当はもっと佐天さんに時間を割いてもらうべきだったのに」「気にしなくていいよ初春。あたしもそんなにじっくりチェックして欲しいわけじゃなくて、やっぱり、最後に婚后さんに励まして欲しいなー、って思ってたところもあるし」「あら、私をそういう軽い気持ちで呼び出しましたの? 明日のこともありますし、あまり暇な身ではないんですけれど?」「えっ? あ、いやいや、そういう意味じゃなくてですね……」あわてて佐天が弁解するように、こちらを見た。勿論冗談めかして言っているだけだ。ちょっと呼び出されるだけでも、嬉しい。やっぱり頼られるのは光子としても悪い気がしないし。「学校の先生には悪いですけど、やっぱり、あたしの能力を引き出してくれた人は婚后さんですから。その人に、ちょっとでいいから見てもらえるって、なんだか安心するんです」「そう言ってもらえると、弟子を取った甲斐がありますわ。ふふ。私も楽しかったから気になさらないで、佐天さん」「はい。ありがとうございます。あと、初春の能力の話が出来たのも、面白かったです」きっと、一ヶ月前にはそんな風には思えなかっただろう。光子の言うことなんてほとんど理解もできなかっただろうし、レベル1の初春の能力の話を、レベル0だった自分は聞く気になれなかったかもしれない。「佐天さんにはあっという間に追い越されちゃいましたけど、頑張ってまた追い抜き返しますよ」「お、じゃあライバルは初春かなっ」佐天と初春は、そういって互いに不敵に笑いあった。その心の奥には、互いに気遣いがあったことは否めない。だがこんな感じに笑い合えるのは、嫌じゃなかった。「ね、初春」「はい?」「初春の能力のこと、あたしあんまり聞いたことなかったじゃんか」春上と光子に能力についてあれこれ説明したすぐ後くらいになって初めて、佐天も初春の能力について教えてもらったのだった。だけど、その時もそこまで詳しく話してくれたわけじゃなかった。「まあ、変な能力だって自覚はありますし」常盤台を受けようか、という佐天の能力とは違う。初春の能力は温度というごく自然でありふれた変数を扱うものながら、他に同じような能力者は滅多にいないという変り種なのだった。一般的な能力を好む常盤台とは、あまり相容れないほうだろう。「初春の能力ってさ、ケータイとかでも温度を保てるの?」「はい? そりゃ出来ると思いますけど」携帯電話は、普通に考えて初春が手で触れる温度だ。何の問題もない。ただ、わざわざ『定温保存』などしなくても、もとから周りの温度とほとんど代わらないのに、と初春は首をかしげた。素朴な感じに問いかけられた、その佐天の質問の意図を理解していなかった。「ケータイの中には電池が入ってて、ボタンを押せば電気エネルギーを消費して通話とかゲームとかするわけじゃん? その時に出る熱って、どうなるのかなって。熱が出て、外にそれが逃げなかったらケータイの温度上がるよね?」「えっと、そう言われてみたらそうですけど」「そういう時ってどうなるものなの?」「……私、あまり感度が良くないので、たぶんそれくらいの熱だったら温度なんて上がらなくて、ほとんど分からないと思います」「じゃあ、熱分布があるものを能力で保護したら、どうなりますの?」「え?」二人の質問は流体を扱う能力者にしてみたら当然の疑問だった。佐天の質問は、エネルギー保存則という物理の常識に対する質問だ。自分自身が発熱するものを『定温保存』するというのは、物理としておかしい。だけど、境界面での制御しか考えていなかった初春は、あまり深く考えてこなかったことだった。そして光子の質問には、もっと深い意味があった。温度にムラがあるものを『定温保存』したら、そのムラは保たれるのだろうか。その疑問の奥にあるのは、エネルギーではなくエントロピーの保存。温度が均一になってもエネルギーの保存則は満たされるが、エントロピーは増大することになる。『定温保存』で冷めかけの鯛焼きを保護したなら、皮が冷めていて中がホクホクの状態は保たれるだろうか。それとも温度は均一になるだろうか。それは初春の能力の本質を理解する上で、重要な情報になるだろうと光子は思っていた。ただ、質問に対する初春の表情は、すこぶる芳しくなかった。「……わからないです。私、境界面以外で温度とかを見るのがうまく行かなくて」文句の一つも言いたい気分ではあった。こちらはレベル1なのだ。アレもこれも分かるような、便利な能力なんかじゃない。スプーン曲げ位に、役に立たない能力のほうが多いのがレベル1なのだ。『定温保存』と名づけられたこの能力も、大して優れたものじゃない。何時間も能力を維持していると、徐々に熱は漏れて温度は室温に近づいていくし、境界面での温度検知だっていい加減なものだ。0.1度くらいの小さな差を検知することは出来ない。能力で作ったセンサーなんてそんな程度の精度だった。何かを調べようにも、あまりにコントロールが稚拙すぎて、本質が誤差に完全に埋もれてしまっているのだ。それもまた、レベル1の能力者が能力を伸ばせない原因の一つだ。「初春さん」だが、光子はそんな事情に、耳を傾けていなかった。脳裏を巡るのは、レベル1の人の能力にあれこれと関わって嫌な思いをさせるかもしれないという、懸念。光子はそれを、そっと心の隅に追いやった。劣等感とは、誰だって付き合わなければいけないのだ。たとえそれが1パーセント以下の可能性にかける行いであっても、やらないよりは、やるほうがいい。だから、顔を上げて初春のほうを、じっと見つめた。「あの、婚后さん?」「今日これから、お暇?」「え?」「よろしかったら、うちに来ませんこと?」唐突な光子の言葉に、晩御飯を食べようという提案だろうかなんて気楽な予想をした初春の予想とは裏腹に、光子が脳裏に思い浮かべているのは、つい最近、黄泉川が貰ってきた電卓だった。勿論その辺で売っているようなものではない。警備員<アンチスキル>という役職に付いた黄泉川は、他の教職員よりも優遇されていて、いいマンションに住んでいる。そしてそこには、定期的に学園都市最新の面白い製品が送られてきて、モニターとなったりするのだった。光子が気にしている電卓も、その一つだった。「あの、急にどうしたんですか」「超伝導回路で作った、発熱量がほぼ理論下限値になる超省エネ電卓なんてのがありますの」「ああ、最近市販化の目処がたったって噂の計算機ですよね」「ちょっと、それを試してみたくて」「あの、それを私が使えばいいって話でしょうか……?」「初春」話を遮るように佐天が声をかけた。「どうしてもの用事がなかったら、行ったほうがいいよ」「え?」「あたしも行くから」初春を促すように、佐天は微笑んだ。光子の提案を呑むべきだと思った理由を、佐天は説明しにくかった。直感に近かったからだ。だが、きっと初春にとって、プラスになるような気がしていた。それは自分を導いた人への信頼だけではなくて、上手く説明できないけれど、光子のやろうとしていることに意味がありそうだと、心のどこかで感じていたのだった。インデックスは、だらっとソファに寝そべったまま、当麻を見上げた。アニメが終わって余韻に浸りつつ、空腹を訴え始めた体を休めているのだ。ご飯を作ってくれる当麻はといえば、なんだか良く分からないけれど光子と電話で話をしているらしかった。「わかった。じゃカレーでいいよな。とりあえず鍋二つ分作るから。材料は大丈夫だ。……ん。じゃあすぐ作りはじめるから。炊飯器も山ほどあるし、心配要らない。それじゃ」当麻は電話を切ると、少し呆れたようなため息をついて、台所を見つめた。「とうま。どうしたの?」「光子がさ、友達を連れてくるって」「え?」「なんかよくわかんないけどさ、うちでやりたいことがあって、ついでに晩御飯も食べてくらしい」「ふーん」「ほら、お前もこないだ会った佐天さんと初春さんだって」「えっ? あの二人が来るの?」それはちょっと嬉しかった。あんまり喋ったわけじゃなかったけれど、特に佐天には浴衣を着付けてもらった。一緒に喋って遊べるのは、悪くない。……とそこまで考えて。「でもとうま。カレー足りなくなるよ」「……5リットル鍋いっぱいのカレーと5合炊きの炊飯器をフル活用して、それでようやく一食にしかならない普段のウチをおかしいと思いなさい。心配するな。今日は鍋二つと炊飯器二台だ。なんとかなる」二つ目の鍋は小さいからそこまで大量には出来ないが、炊飯器は大丈夫だ。この家の主が炊飯器であらゆる料理を済ませようとする人だったおかげで、台数だけは二台どころではない。ご飯だけは同時に三十合くらいは炊ける。「二人も増えるけど、それで足りるかな?」「お前みたいな馬鹿食いはしないだろ。あの二人は」「馬鹿食いって人聞きが悪いんだよ!」「平均的な男子高校生の上条さんより沢山食べるお前にはピッタリの言葉だろ」当麻はインデックスの相手をしつつ、台所に向かう。食材は充分にある。とりあえずはフル回転で野菜を切って炒める事になる。お腹を空かせた女子中学生達のために、当麻は調理を始めた。「お、お邪魔します……」扉を開けてにこやかに微笑む光子の隣を、佐天は恐る恐るすり抜けて中に入る。光子の寄宿先がどこだったか、気付いた故の反応だった。表札には、「黄泉川」と書いてあった。それだけじゃ勿論分からなかっただろうけれど、初春から説明されて、ここが有名な警備員の家であるとついさっき知ったのだった。「先生はまだ帰ってきてらっしゃらないようね」「そうなんですか?」「靴がありませんもの。まあ、最近はほとんど夕食時には帰ってきませんけれど」「へー……」後ろで光子が扉を閉めた。中からは、何かを炒める音がする。夕飯はカレーで良いかと聞かれたから、きっとカレーの準備なのだろう。そこで佐天は気になった。誰が料理をしているのだろう?確かインデックスとかいう変わった名前の女の子が一緒に暮らしているらしいから、あの子だろうか。「お、いらっしゃい」「え、えっ? あの。こんにちわ」初春は、廊下の先からひょっこり顔を出した当麻に声をかけられて飛び上がった。だってまさか、男の人がいるなんて。「……婚后、さん?」「はい?」混乱して廊下ですっかり足を止めてしまった初春の隣で、佐天は困惑気味に光子を見つめた。だって、こんなの、聞いてない。っていうか、これは果たして中学生に許されていい人生だろうか?「彼氏さんと、同棲中だったんですか?」「ち、ちがいますわよ佐天さん。というかここは黄泉川先生の家ですわ。当麻さんは、うちで暮らしているというわけではありません。それに、インデックスもいますし」「……みつこ。私をとうまのおまけみたいに言わないで欲しいんだよ」同棲中という言葉が嬉し恥ずかしくて、光子は顔を赤らめながらそっぽを向いた。だが当麻の様子はその説明には似つかわしくなく、明らかに台所仕事に慣れていた。当麻もそうだが、ジトリとこちらを見つめるインデックスの立ち居地がさっぱりわからない佐天と初春だった。「でも、彼氏さん……上条さんでしたっけ、なんか専用っぽいエプロンしてますけど」「あーうん、まあ、ウチで料理に一番慣れてるの、俺だしな」「さ、最近は私も頑張っていますわ」玄関からは見えないけれど、台所の片隅には、当麻と色違いのエプロンが掛かっているのだ。光子は硬直する二人を促し、リビングへと案内した。「ひさしぶりだね、るいこ、かざり」「え? あ、うん。久しぶり」「お久しぶりです。えと、インデックス……さん?」初春が自信なさげに名前を呼んだ。まあ、何せ辞書に載っている英単語そのままの名前だ。ただ、いかにも、と言う感じでうなずいた感じからしてこの修道服の少女は間違いなくインデックスさんなのだろう。「今日はどうしたの?」「なんだか婚后さんが初春の能力開発で試したいことがあるからって」「ふーん」興味あるのかないのか、良く分からない相槌をインデックスが打った。もしかして、能力開発のこともよく知らないのだろうか。返事からそう佐天は感じていた。一緒に暮らしているということは光子から聞かされているが、どんな境遇の子なのか、二人は全然知らないのだった。「当麻さん、お手伝いは……」「ん? 大丈夫だよ。だいたいもう終わったし」「あっ、あたしもお手伝いを」「いいっていいって。何かしたいことがあって光子が連れてきたんだろ? お客さんはゆっくりしていってくれよ」当麻が苦笑して、佐天にそう言った。実際もうすることはほとんどない。炒め終われば、カレーは煮込むだけだ。佐天も料理は得意なほうだから、手伝うことが確かになさそうなのは見ていて予想が付いた。「ごめんなさい、当麻さん。全部させてしまって……」「気にしないでいいって。なんか、光子が友達連れてきてるの見るの、楽しいし。いつもと違う感じが」「もう。恥ずかしいですわ」ちょっと嬉しそうな当麻の表情を見て、つい、光子は口を尖らす。そんな光子の仕草はこの家では勿論普通の反応だけれど、佐天と初春の前では、滅多に見せるものじゃない。「……いいなぁ」「えっ?」「羨ましくない? 初春」「はい。やっぱり男の人とお付き合いするって、こういう感じなんでしょうか」「ちょ、ちょっと佐天さんも初春さんも……。もう」羨ましいに決まっている。優しくて理解のある彼氏さんが、家に帰ったら頑張ってご飯を作ってくれているのだ。しかも光子がからかわれたり拗ねたりする時のイチャつきっぷりが、これまたイラッとするくらい幸福そうなのだ。中学生の少女達にとって、目の前の光景は、かなり得がたく、また垂涎の的であるのは間違いなかった。彼氏の当麻がどんな人かを詳しく知っているわけじゃないけれど、自分達と、春上やその友達が危険な目に逢っていたあのとき、助けに来てくれたのは、上条だった。だから、二人の中での当麻の評価は悪くないし、むしろ結構カッコイイ側に分類されている。「黄泉川先生がいないときって、やっぱゆっくりイチャイチャしてるんですか?」「べべ、べつにそんなことはありませんわよ。インデックスもいますし」「……見栄を張っても駄目なんだよ、みつこ。毎日毎日、ちょっと時間が空いたらすぐとうまとベタベタしてるくせに」「インデックス!」「とうまに最近ひきずられすぎなんだよ、光子は。エッチなのはよくないよ」「もう! どうしてこんなところでそういう事を言いますの」「ねえ、インデックス、さん」「インデックスで呼んでくれていいんだよ、るいこ」「じゃあ、インデックス。婚后さんて、彼氏さんの前だとどうなの?」「すっごい甘えてばっかりだよ」「……お願い、インデックス。もうそのあたりで許して」楽しげに次々と暴露話をするインデックス。顔を真っ赤にしてそれを遮ろうとする光子。そんな光景をドキドキとニヤニヤが半分くらい混ざった顔で見つめる初春と佐天。……そして当麻はといえば、そんな女の子トークが炸裂する空間で、酷く居心地の悪い思いをしているのだった。「じゃあさ、上条さんって、どんな人なの?」「え? とうま?」「あのー……俺もからかいの対象にされるんでしょうか」「自業自得なんだよ。いつもいつもエッチなことして! しかも私にも!」「え」「ちょーっと待った! それは恥ずかしいとかじゃなくて俺の尊厳に関わる悪口だから! 初春さんに佐天さん、言っとくけど女の子に変なことしたりなんかしてないからな。その、光子以外には」「当麻さんっ!」若干引き始めた二人に、当麻は必死で弁解した。光子は彼女だから、キスは当然オッケーだしお尻くらい触ったって犯罪じゃないだろう。他の女の子に対しては、少なくとも当麻のほうから手を出して何かを起こしたことはない。「えっと……上条さんは、インデックスさんとどういう関係なんですか?」「どうって、とうまは私の大切な人なんだよ」「えっ……?」一瞬にして、佐天と初春の空気が気まずいものになる。だってきっと当麻は光子にとっても大切な人のはずだ。そして、三人が一緒に暮らしている、というのは。「妻妾同衾……?」「え?」ぽつりと、佐天がそうこぼした。瞬時に意味を理解できなかったのか、インデックスがぼんやりと首をかしげる。そして少しの時間を置いて、ぽん、と顔が赤くはじけた。「さささ佐天さん! 何を言ってるんですか!? 失礼ですよ!」「ちがうもん! そんなことが言いたかったんじゃないもん!」「そうです佐天さん。インデックスの大切な人っていうのはそう言う意味ではなくてもっと、家族らしいと言いますか」その点については、光子はそんなに心配していない。だってこの一ヶ月弱のインデックスの態度を見ていれば、当麻に恋心を持っているわけではないらしいことくらいは分かる。「あー、コイツは俺と光子の同居人だから。分かりにくい関係だとは思うんだけど、俺と光子は付き合ってて、そこに一緒にコイツが暮らしてるって関係だから。別にそれ以上のことはないんだ」どう収拾をつけていいのか分からない酷いドタバタを前に、自分へのおかしな誤解をもたれないといいなと真剣に願う上条だった。「えっと……まあ、婚后さんがそれで納得してるんだし、そういうことなんですよね」「そうなんだ。頼むから、信じてくれ。そうじゃないと俺の人生がヤバい」「あはは……」まあ、こんなに堂々と二股をかけているのなら、確かに大問題だろう。「じゃあ話戻すね。上条さんって、どんな人なの?」「とうまはエッチなんだよ」「話を戻す気ないですねコノヤロウ」「だってほんとのことだもん! こないだだって私がお風呂から上がったところを」「だからアレは黄泉川先生がいきなり扉を開けたせいだろ!」「あいほの裸も見てた!」「おいばかやめろ! あれは先生が服をちゃんと調えずに部屋から出てきたのが悪い! 俺のせいじゃないぞ! ……なあ。俺のこと、たぶんものすごく評価が下がってるとは思うんだけどさ、お願いだから、不可抗力だったってことを分かってくれないか……?」なんかもう、二人からドン引きされてもしょうがないような、そんな気に当麻はなってきた。困惑と苦笑いの混ざった顔をしたまま、二人は曖昧な答えを返した。「自分は悪くない、って顔をされていますけれど、一体どうやったらあんなに何度も、そういう『ラッキー』にめぐり合われるのかしら。それも、私以外の女の人についても」「ラッキーじゃないって。毎回めちゃくちゃ怒られてるだろ? 光子やインデックスに」「怒られて当然です! 私以外の人を見るのが悪いんですわ」つーん、と口を尖らせて光子がそっぽを向いた。そろそろ、佐天と初春はこのやり取りに食傷気味になってきたところだった。はたを見ると、インデックスが言うだけ言って溜飲が下がったのか、ふうとひとつため息をついて落ち着いた口調で語りだした。「とうまはね、優しいんだよ」「え?」「私がどうしようもないことになっていたとき、みつこと一緒に、私を助けてくれたんだ」「インデックス」光子がそう呼びかけ、目じりのラインを柔らかくした。当麻は馬鹿みたいに恥ずかしいのでどこかに行きたい気分になった。だって、別にやるべきだと思ったことをやっただけのことだ。確かに、結構酷い怪我も負いはしたけれど。「だから、とうまは困った人だけど、大切な人なんだよ」「そうですわね。当麻さんは、本当に困った人ですわ」ふふ、と光子はインデックスに微笑みかけた。やっぱり惚れた相手を褒められると、嬉しい。……だが、インデックスはただ褒めるだけでは済まさなかった。いたずらっぽい表情が顔に浮かぶ。「あと、みつこに優しいのはいつもだよ。私には意地悪ばっかするけど。みつこがご飯を作る日は、絶対に隣で一緒に作ってるし、あいほが帰ってこないうちは、ソファでずっとくっついてるもん。私の前でも、時々キスするし」「インデックス! もう、何度やめてって言ったらやめてくれますの? 恥ずかしいのに……」「恥ずかしくて人に言えないようなことをしてるみつこととうまが悪いんだよ」はー、と。ただため息を漏らすしか、初春と佐天には出来ることがなかった。「さっきも言いましたけど、こんな同棲生活をやってるって、すごすぎますよ」「私たちよりも大人だなって思うのも、無理はありませんよね」毎日、一日の終わりの時間を恋人と過ごすのだ。その時間の濃さと長さは、きっと普通の中学生・高校生カップルが得られる経験なんかじゃまるで及ばない。「あたしも、彼氏を作るとか考えてみようかな」「えっ?! さ、佐天さんがですか?」「初春妬き餅焼いちゃった? 今まではずっと初春一筋だったから、仕方ないかな」「わ、私一筋ってなんですか佐天さん」「今までの態度でわかって欲しいな、飾利」「もう、変にかっこつけないで下さい佐天さん」すごく羨ましい関係の光子と当麻だったが、自分が同じような境遇になることには、ピンとこない佐天だった。そんな光景を見て、上条が大人びた笑いをふっと浮かべた。さらに光子がその横顔に気付いて、微笑む。そうして、互いの視線に気づきあって少しのアイコンタクトを交わしてから、場を仕切りなおすように、上条が口を開いた。「……さて、そろそろご飯できるけど。この話はこの辺にして、もう食べないか?」