「――――これで三件目です!」「今日は相当にハイペースですネ」「落ち着いてる場合ではありませんよ! それで、樹形図の設計者<ツリーダイアグラム>で"彼女"の行動予測をするプランはどうなったんです?」「蹴られました。予想していたことですガ。名無し<ジェーン・ドゥ>が誰かも分からないようでは仕方もありませんネ」執務室に飛び込んで着た研究者に柔和な笑みを返しながら、掘りの深い顔をした白人の男性が訛りのある日本語で返事をする。彼は担当するプロジェクトである『絶対能力進化』において、重要なポストを占めるリーダーの一人だった。彼らは今、窮地に立たされている。誰とも分からない人間に研究拠点を襲撃され、こっぴどく破壊されているのだ。今日に至っては、なんとそれぞれに離れ、独立していた三つの施設を再起不能にまで追い込まれた。被害総額なんて、想像するのも恐ろしい。たかが1000万円やそこらの自分の年収で払えるようなちっぽけな金額ではない。「名無しなどと貴方が申請したのが問題では?!」詰め寄る日本人研究者は、相当焦っているようだった。それもそうだろう。あまり自分で研究を進められる脳のある人間ではない。ここで切られては、再就職は難しいだろうから。だがそんな冷淡な査定を表情にはおくびにも出さず、リーダー格の白人男性は落ち着いた微笑を浮かべ続ける。「プロジェクトの申請書の内容は誠実であるべきでス。実際、これが本当に貴方の言うように"彼女"の仕業なのか、それとも対立するチームの妨害工作なのか、我々も判断しかねているわけですかラ」「状況証拠からして明白ではありませんか!」襲撃者の手口はシンプルにして強力だ。施設進入前に、ハッキングで施設内のセキュリティを全て外し、堂々と進入する。そして進路上にあるありとあらゆる電子的なセキュリティを無効化しながら、大電流によると思われる短絡<ショート>で施設の電子機器を全てお釈迦にしていく。侵入者の人数は明らかに少人数、下手をすれば一人。こんなことをやれるテロリストなんて、一体"彼女"以外に誰がいるというのか。目の前で悠然とたたずむこの男だって、御坂美琴以外の誰かを、頭に思い描いてなどいないだろうに。「……まあ、樹形図の設計者<ツリーダイアグラム>の利用は些か無謀な申請でしたね。例え"彼女"の名前を書いていようと、利用申請は受理されなかったと思いますヨ」「では一体どうするんです?! あと我々の施設は二つだけですよ? 明日にも落とされます!」「我々だけではどうしようもありませんネ。助力を誰かに願わねバ。ふム……」考える不利をして、白人の男は考えをめぐらす。考えているのは今後どうすべきかではなくて、最善と思われる案がどれ位の資金を持っていくか、そして研究を続けるのに必要な金が残るかどうか、それだけだった。それにしたってもう何度か見積もっていた。幸い、そうした人材の派遣が得意な人間と、懇意にしている。「必要な手を、打ちましょウ」「では」「ええ、いい増援に心当たりがありますので、明日の夜には配置しまス。心配せず、研究を続けてくださイ」電話の向こうの相手が誰なのか、正体を知っているわけではないが、どうやら女性らしいその相手が寄越す増援の実力が折り紙つきなのは疑っていなかった。自信ありげ微笑む男を見て、焦りを隠せなかった日本人の研究者は、いくらか不満を静めたらしかった。立ち去る後ろ姿に侮蔑を込めながら見送り、男は一人、自分のデスクでため息をついた。「さて、事態がつつがなく進むことを祈るばかりですネ」そう言って、必要な連絡をするために、受話器を取り上げた。だがその男も、まさか迎撃のために次の日に寄越される手駒の中に、学園都市第四位の兆能力者が含まれているなんてことは予想は出来なかった。「よし、っと!」人目に付かず、また敵のセンサーからも逃げ切った路地の一角で、美琴は安堵するようにため息をつく。眠気とも集中力の途切れとも付かない、フッとした意識の断線を感じて、慌てて心を引き締めなおす。こんなところで倒れてしまえば、きっと疑われる。明日から動けなくなる。「……電話、しないと」美琴はポケットに入れていた携帯を取り出し、ボタンを押して耳に当てる。共闘できる人間がいることは、幸せだろうか。あのギョロ目の先輩のニコリともしない顔を思い浮かべながら、コールの数を数えた。「Good evening. 調子はどうかしら?」「悪くないわね。また一つ、潰したわ」「そう。Congratulations.(おめでとう) それで次はどうするの?」「今日はこれが限界ね。続きは明日やるわ」残りの施設は今いるところからはかなり遠い。移動の時間を含めればもう時間は足りないだろう。それに、次が恐らく仕上げになる。その時の体力を温存しておきたかった。「これで残りは二つね。そっちの首尾は?」「予想通りと言えるわね。明日、研究所に私も行くわ」「そう」「私が呼ばれたのはSプロセッサ社。もう一つは近くの製薬会社だったわね。そちらよりはこっちを優先して潰すべきでしょうね」「どうして?」「私を招く気だからよ。それも急に、明日になんてね。あちらにしてみれば破壊活動で仕事に支障をきたしている時期に研究者を呼び戻す理由はない。私の招聘には、恐らく事故の責任を私に取らせて自分達は雲隠れでもする意図があるのでしょう」布束は電話越しに、そんな予想を美琴に伝えた。初めて美琴<オリジナル>と対面して数日後、二人は再び出会い、そして共闘関係を結んでいた。といっても施設の破壊には布束はほとんど関わっていない。実働は美琴がすべて行っていた。布束の仕事は一つ。再び妹達を教育する『学習装置<テスタメント>』にアクセスし、彼女達に「ある感情」を仕込むこと。それは美琴にはできない、妹達全てに変容をもたらすプラン。『学習装置<テスタメント>』の開発者にして、妹達の情操面での育ての親である布束にしかできない仕事だった。「アンタがコッソリ仕事をするのに好都合ってことね」「Exactly. あなたと時間を上手くあわせて動けば、恐らくは目的を遂行できるでしょう。セキュリティは今日の比ではないと思うから、良く休んでおきなさい」「セキュリティなんて私の前にはいくらあったって同じよ。どうせ壊すだけなんだから」「ならいいけれど。では明日、もう一度連絡するわ」「分かった」「良い夢を。Good night.」その言葉を最後に、電話は切れた。美琴の足は、繁華街にさしかかろうとしている。もう夜遊びをする普通の悪い連中と見分けは付かないだろう。はあっとため息をついて、携帯を持った手をだらりと力なく下げる。いい夢なんて、もう随分見ていない。随分といっても二週間程度の話だが、それでも美琴の心は安息を許されず、磨り減りつつあった。当たり前のことだと思う。そんな軽い罰で済んで、むしろ幸せなくらいだ。今も死に続けているかもしれない、あの子たちの比べれば。沈み込み始めた感情を奮い立たせるように頭を振り、美琴は目の前のホテルに堂々と入った。夕方に借りた一室に、制服が置いてあるのだった。何食わぬ顔で預けたキーを受け取り、部屋に入る。シャワーを済ませ、制服に戻って倒れる。程なくまどろみ始めた自分にハッとなって、起き上がった。「そろそろ帰らないと、黒子にまた怒られるわね」また夜遊びですのお姉さま、という白井の決まり文句を脳裏で反芻する。最初は咎めるような口調だったのに、今日さっき貰ったヤツは、はっきりと心配する響きを含んでいた。明日で全てを終わらせれば、これ以上の心労はかけないで済むだろう。風紀委員の可愛い妹分が、自分を探して危険に巻き込まれるようなことは避けたかった。ホテルを引き払い、学生寮へと足を向ける。そして帰り道をショートカットするために、通いなれた公園を横切った、その時だった。自分の発している電磁場の、奇妙な共鳴。チリチリと細波のような不快感が広がると同時に、美琴はそこに誰がいるのか、悟った。「アンタ――――!」「ごきげんよう、お姉さま。とミサカは数日振りにお会いしたお姉さまに丁寧な挨拶を送ります」「なんで、ここにいるわけ?」「今日は自由行動が許されていますので特に意味はありません」目の前には、いつか見たときと同じように美琴と同じ制服を着た、美琴と同じ顔、それどころか遺伝子全てが同じ少女がいた。個体名はない。ただ通し番号のみで個々を管理されている。美琴は、目の前の少女が今日は死なないらしいと知って、安堵した。そして同時にその安堵を蹴っ飛ばしたくなるような、後悔に苛まれた。――何をホッとしてんのよ。だって、この子が死んでなくたって、代わりにきっと、誰かが。今日実験に投入されたのは、10010号までの妹達だ。大規模な実験に投入されるため現地の実況見分にきたものの、自分自身が投入されるのはまだ先だろう。施設内でやっていた実験と違い、市街での実験は時間が掛かる。勿論、そんな細かな事情を美琴に教えるわけには行かない。怖い目でこちらを見つめてくる姉を、彼女――10032号は無表情に見つめた。光子は、着信を伝えてくる携帯を取り出し、カチカチと慣れた手つきでチェックした。「とうまから?」「ええ。今送り届けたから、すぐ戻るって」「ふーん。この時間なら、遊んで帰ってきたって事はなさそうだね」「そんな風に疑っては当麻さんが可哀想ですわ」「みつこだってほっとしたでしょ」「べ、別に私は」図星だった。インデックスには、完全に読まれているらしかった。必死になんでもない風を取り繕いながら、光子は部屋を見回した。黄泉川はまだ帰ってこない。今日も多分、深夜まで残業なのだろう。台所の片付けは済ませた。洗濯は帰りの遅い黄泉川の仕事だ。「インデックス、お風呂が沸きましたわよ」「んー、この番組が終わったら」「気持ちは分かりますけれど、片付きませんから」「終わったら一緒に入ろう、みつこ」「もう、わかりましたわ」お姉さんというよりはお母さんみたいだな、とため息をつきながら、光子は携帯を机にそっと置いた。当麻が戻ってくるまで30分もないだろう。そんな風に、光子は考えていた。背中にかいた汗を不快に思いながら、当麻は帰り道を一人、歩く。「夜になってもこの温度か。30度以上あるんじゃないのか、これ」いくら学園都市といえど、熱力学が与える理想効率を越えるようなエアコンは存在しない。あちこちで廃熱を撒き散らすファンが回っているせいで暑いという夏定番の事情は、学園都市の中と外でも変わりはないのだった。ちょっとでも風があるんじゃないかと根拠のない期待をして、当麻は公園を突っ切るルートを選ぶ。暗がりには不審者がいるという噂もあるが、まあ、女の子ではないし大丈夫だろう。ついでだから自販機で飲み物でも買うか、と歩みを進めたときだった。「……ん?」言い争うような声が、聞こえた。一瞬身構えて、そして警戒が不審に変わった。声は二つとも良く似ていて、そして女の子の声だった。不良に絡まれているような雰囲気ではない。視界の広がるところまで進んでそちらを見ると、争う女の子達が来ている服は、どちらも良く知っているものだった。光子と同じ、常盤台の制服。というか、良く見れば女の子『達』の顔に、当麻は見覚えがあった。「御坂?! って、何で二人?」美琴に姉妹がいるなんて話は、聞いたことがない。光子という彼女がいて常盤台には縁がある自分だから、知っててもいい話だろうに。片割れを睨みつけているほうの表情には、覚えがあった。いつもの美琴そのものだ。もう一方は、良く分からない。感情に酷く乏しくて、存在感が明らかに美琴と違う気がした。その、美琴だと思われるほうが相手に向かって怒りをぶつける。「なんで……ッ! わかんないわよ! なんでそんな平気な顔してるのよ!」「なぜ、という問いには答えかねます。お姉さまと違って、私はそのために生まれた存在ですから、とミサカは自分とお姉さまの本質的な違いを指摘します」「説明になってないわよ! あんな酷い目に合わされるのなんて、一回だって許せるものじゃないでしょ!?」「そうは言いますが、お姉さま。実験に投入されるために生み出されたのが、私達ですから」当麻はその会話を、余すところなく聞いていた。申し訳ないと思う。きっと、プライベートな話だろうから。だけど美琴っぽいほうの美琴が、苛立ちをぶつけているように見えて、あまりに辛そうで、ただの姉妹喧嘩には到底見えなかった。だから、つい、足を止めて聞いていた。美琴が、ガクリとその場にへたり込んだ。口元を手で押さえて、吐き気を必死で抑えているみたいだった。「お姉さま。体の調子が――」「触んないで!」「お姉さま」「やめてよ」「ですが今のは明らかに」「やめてって言ってるでしょうが!」やめてと言う言葉を、美琴の妹と思わしき少女は素直に受け取ったらしい。伸ばしかけた手を、止めた。だけど引っ込めることも出来ずに、指先に戸惑いを見せていた。横から推察していたって、きっと妹は姉を心配しているのだろうと、そう思えた。だが美琴は、そんな仕草を見ていなかった。追い詰められた目で、地面を見ていた。当麻は知る由もない。目の前の少女が数日もすれば死ぬであろう事も、少女がそれをなんとも思っていない事も、美琴が必死にそれを止めようとしている事も、それが上手く行っていないことも、そしてこんな出来事のきっかけを作ったのが美琴自身であることも。「アンタ達は、命に代えたって私が絶対に助ける。だから、その貼り付けた能面みたいな顔を止めなさい。その顔で、その声で、その姿で……。誰かに虐げられて生きるのを止めなさい。お願いだから止めて、よ」「……ですがお姉さま。ミサカはそのために作られた生き物ですから」ひどく薄い感情しか見せない妹の顔に、困惑が浮かんでいる気がした。事情は分からないが、きっと誠実な答えを返しているつもりなのだろう。だが美琴は、その言葉でむしろ我慢の限界をブチ切ったらしかった。「アンタはそれでも人間かぁっ!!」「種族としてではなく、哲学的な意味での回答をお望みでしょうか。そうであるならば、ミサカは――」「そんなこと聞いてない! なんで、なんでそんなこと……っ!」もう何度「なんで」を繰り返しただろうか。最後は、吐き捨てるような呟き声にしかならなかった。妹にはきっと、歩み寄る努力はあるのだが、歩み寄る余地がなかった。沈黙が二人の間を吹きすさぶ。夏なのに、冬の冷気みたいに重たい空気が公園に広がっていた。「なあ、二人ともさ」当麻は、呟かずにはいられなかった。「え?」驚きに目を開き、二人がこちらを一斉に見つめた。まだあどけなさを残す少女の顔。美人といって間違いないその顔は、二人とも瓜二つだ。だけど美琴が見せたのは困惑で、隣の妹からかろうじて読み取れるのは警戒感だった。「なんで、アンタがここにいるのよ」「ちょっと用事があってさ。その帰りだ。別に変なことはないだろ。高校生が出歩いててもおかしな時間じゃなし、ここはウチの近くなんだしさ」「お姉さま。この方は知り合いですか」「アンタはちょっと黙ってなさい。……聞いてたの?」その質問の返事を、二人はじっと耳を傾けて待った。返答次第では、対応をよく考えないといけないから。当麻も二人の緊張感は感じ取れただろう。だけど、答えは至極あっさりしたものだった。「ああ。聞いてたぞ。そっちの妹が殺されるとかどうとか、実験がどうとか」「――他愛もない冗談よ。姉妹喧嘩に口出しは要らないわ」「御坂」真っ直ぐ、当麻が自分を見つめていることに、美琴は気がついた。何一つはぐらかさない、そしてはぐらかせないような、そんな目だった。知れず、糾弾されるのを美琴の心は怖がった。人殺しだと、許せないといわれるのが怖かった。だけど。「あの時、お前が辛そうだったのは、このことだったんだな?」「え……?」思い出すのは、もうずっと前のことのように感じられる、あの日。初めて『一方通行<アクセラレータ>』に出会い、敗北し、妹達の死を知った日。薄汚い姿で途方にくれた自分を、当麻は励ましてくれたのだった。――――ズキンと、その後のことを思い出して心が軋んだ。「御坂。全部話せよ」「何をよ。喧嘩してるだけだって、言ってるでしょ」「隣の子のことだ。実験とか、その子が死ぬとかって話だよ」「だからそんなの売り言葉に買い言葉で出て来ただけの言葉だから――」「嘘は止めろよ」「嘘じゃない」「ならなんで、そんな自分を殺したような顔、してるんだよ」怒ったような当麻の顔を見て、美琴は何も言えなくなった。でも怒られているわけじゃない。真剣に、美琴のことを案じてくれている目だった。当麻にしてみれば、当たり前だった。だって、目の奥に、光がない。美琴のあの快活さが、微塵にも伝わってこないから。「お前が黙ってるんなら、そっちの妹に話を聞くだけだ」「……貴方は、お姉さまのお知り合いなのですね、とミサカは状況に困惑しつつ確認を取ります」計画が外にばれるのはまずい。だからここで拉致し、薬物で記憶を破壊するのが最善の手のはずだろう。だが、10032号は当麻の存在をネットワークに知らしめ、そんな手はずを整えさせるのを躊躇っていた。もとより自分以外の人間を傷つけることは忌避するよう設定されているのだ。美琴の知り合いなら、尚更だった。「俺はコイツの知り合いで、上条だ。妹さん、名前は?」「ミサカの名前はミサカです」「いや、苗字じゃなくて、下の名前のほうだよ」「……名前はありません、とミサカは返せるギリギリの答えを返します」「ありません、って、え?」双子の妹にだけ、名前をつけないなんてことがあるのだろうか。「何も聞いてないんじゃない。アンタ」「あんな途中からの会話で全部わかるわけないだろ」「なら忘れてこっから消えなさい。これは中途半端な気持ちで、関わっていいことじゃない」苛立ちが募る。それを吐き出すように、鋭い言葉を当麻に投げかけた。そんな風に尖ってしまう自分を、美琴はまた嫌いになる。見上げた当麻の瞳に自分への怒りか何かを見つけようとして、見上げた。……当麻の瞳は、やっぱり真っ直ぐだった。「中途半端な気持ちなんかじゃない」「どこがよ。他人事に本気になんてなれるわけないじゃない」「他人事ならそうかもな。だけど、お前は違うだろ」馬鹿みたいに、心臓が高鳴る。無意識に期待した何かなんて、与えられることは無いと分かっているのに。それを、あの時いやというほど味わったというのに。「御坂、そんな顔をしてたお前を、俺は見ないふりなんて出来ない。しない。だから話してくれ。お前一人で抱えるには重荷なら、俺が半分背負うからさ」一人で、誰にも迷惑をかけずに済ませたかった。それがけじめだとも思っていた。だけど二度は、耐えられなかった。助けてやると言ってくれた当麻の言葉を、二度拒むことは出来なかった。「後悔するわよ」「しねえよ。後悔するとしたら、ここでお前を見捨てた時だ。そっちの……御坂妹。お前も文句はあるかも知れねーけど、聞かないからな」「……お姉さまが話すと決めたことを、ミサカは止める権限がありません。ですが、お姉さまの言ったとおり、後悔を伴う可能性が高いことをミサカは指摘します」「じゃあ聞かせてくれよ。場所は、ここでいいのか? ジュースくらいならそこで買えるけど」「ここでいいわよ。どうせ制服じゃ、どこの店にもいられないし」「そうか」小銭を確認しながら、当麻がすぐそばの自販機に向かう。その背を見ながら御坂妹が呟いた。「お姉さま。ミサカにもスケジュールがあります。許される時間は、今日はもう多くありません」「知らないわよ」「お姉さまの都合には関係のないことでしたね。では、ミサカはこれで立ち去りますので、あちらの方とお話を続けてください」今帰れば、何事もなく終われるだろう。美琴自身のことも、美琴の友人らしいあの少年のことも秘密にしたまま、計画を遂行できる。そのはずだった。「……何言ってんのよ」「え?」「今アンタを帰したら、アンタは死にに行くんでしょ?」「それがミサカに与えられた使命ですから、とミサカは改めてお姉さまにお伝えします」「認めない」「お姉さま?」「アンタが死にに行くのを、私は認めないって言ってんのよ――!」「当たり前だ」美琴と、そして隣にいる少年が強い瞳で10032号を射抜いた。10032号はただ、混乱するほかになかった。死ぬなと強い口調で言われたことなんて、今までに製造された20000体の個体の誰一人として、経験したことはなかったから。二人で過ごすには大きすぎる黄泉川家で、光子は風呂上りのすぐに携帯を手に取った。当麻はそろそろ、帰ってくるはずだ。行きと同じ時間掛かるなら、後三分もあれば帰ってくる。――――メールには素っ気無く、「ちょっと用事が出来たから遅くなる」とだけ書いてあった。静かな公園のベンチに腰掛けて、美琴は当麻を見上げる。少し離れて隣に座る妹は、視線を自分と当麻の間で往復していた。「つまり、そっちの御坂妹はお前の妹って訳じゃなくて、同じ遺伝子から出来たクローンだと。しかもその妹はコイツだけじゃなくて、他にも全部で2万人いる。で――」当麻は聞いた話をまとめて、美琴に確認を取っていた。時折美琴は言葉を詰まらせ、黙って端末を差し出すこともあった。段々と、厳しくなる当麻の眼に、自責の念を感じた。後戻りできないところまで、当麻を堕としてしまう様で。「もう1万人くらいが殺されて、お前自身が殺される日も、もうすぐってことなんだな?」コクリと御坂妹が頷いた。それが、『絶対能力進化<レベル6シフト>』と呼ばれる実験の実態だった。あまりの大きな規模に、当麻は現実感を見出せずにいた。まるで冗談にしか聞こえないような、そんな話。「御坂。お前はこれを止めるためにこんな夜に出歩いてるのか?」「夜でもなきゃ、研究施設の破壊なんて出来ないでしょ」昼間は無関係な人も巻き込みやすいし、顔を見られやすい。「成功したのか?」「……」チラリと、美琴は妹の方を見た。妹を救うために美琴は動いているが、その妹は、実験のために生きている。ここで話せば、その情報を誰かに漏らさないとも限らなかった。「誰にも喋ったりはしません、とミサカはお姉さまの懸念に回答します」「どうして?」「話せばお姉さまと上条さんに危害が加えられる可能性があるからです」「……それの一体何が、アンタにとって問題なわけ? 学園都市の学生が高々二人、死ぬだけの話でしょ? まあおいそれとやられる気はないけど」「私と違って、お姉さまや上条さんは造られた人ではありませんから。替えの利かない人を、危険にさらすわけには行きません、とミサカは自信の行動理念を表明します」「アンタは、替えが利くからいいって?」「そのとおりです。単価18万円、必要な機材と薬品があればボタン一つで自動生産できる、それがミサカです。作り物の体と借り物の心しか持たない人形である我々は、正しく替えの利く存在です」だからこそ、消費されて良いのだ。実験のために。モルモットのように。実験動物が殺されるのは正しいことだ。善悪に如何を問うような難しい問題ではあるけれど、それで救われる人間の命は数知れない。この実験だって、学園都市の悲願を達成するために、学園都市そのものが推進するプロジェクトなのだ。御坂美琴というかけがえのない人の変わりに、自分たちが消費されるのは、正しいことだ。「御坂妹」「はい」「歯、くいしばれ」「え、ちょっとアンタ」上条が妹の前に立って、手を振り上げていた。それをどういう意味だと思ったのかは分からないけれど、妹は指示に、ただ従っていた。――ベチンッと、当麻の指が御坂妹のおでこを叩く音がした。「……あの」「自分を大切にできねーようなヤツには、もれなく愛の鉄拳制裁だ。それが黄泉川家の掟なんでな」自分を含め、光子やインデックスも居候組で殴られた人間はいないのだが、警備員、黄泉川愛穂といえばスキルアウトの間では愛ある暴力で有名なのだ。「私は今、叱られたのでしょうか?」「ああそうだ」「理由がわかりません、とミサカは自身の混乱を端的に伝えます」「そうか、わかんねーか。なら、分かるまで考えろ。あと死ぬな。お前の姉妹を死なせるな」横で見ていて、美琴は、出来るならそれは自分がすべきことだったのだと、感じていた。自分自身を当麻や美琴と同じ人間だと捉えていないのなら、それが間違いなのだと、教えてやらなければいけなかったのだ。偉そうなことを言えなかったのは自分に負い目があったから。だけど、それに目を瞑ってでも、言うべきだったのだと思う。「御坂。次に動くのはいつだ」「それを知って、どうする気? レベル0の足手まといなんて、いらないわ」「お前ほどなんでもできるわけじゃない。けど、能力によって起こされた現象なら、どんなことでも俺は無効化できる。お前の超電磁砲<レールガン>だって例外じゃない。いつだったか、見ただろ?」「敵として学園都市の学生が出てきたことなんてないわ。だから、アンタが活躍する場所なんてない」「……そうか、ならバックアップに行く。お前が怪我して逃げづらくなったら、背負って走るくらいのことはしてやれる」「そんなヘマ、私はやらないわ」「手伝うなんて言って、結局できるのはこれくらいなんだろうけどさ。それでもいざって時の準備はしたほうがいい」例えば拠点を守りに、一方通行が来るかもしれない。既に美琴は一方通行には勝てないと判断しているらしい。自分だってまず勝てるわけはないだろうが、それでも相性の問題で、逃げるくらいはできるかもしれない。なにより、精神的に追い詰められている美琴を、少しでも楽にしてやるのが重要な気がしているのだった。「明日のことは、とりあえずそういう予定にしておこうぜ。それで、むしろ大事なのは、御坂妹を今からどうするか、だな」「……そう、ね」「どうするか、とはどのようなことを指すのでしょうか、とミサカは自らの処遇が分からず疑問を呈します」「俺達が放って置いたら、今からお前はどうするんだ」質問の糸がつかめず、御坂妹は回答に少し時間を置いた。「もといた拠点の一つに戻ることになるでしょう。ミサカの居場所は、そこですから」「悪いけど、それは駄目だな」「……そうね。結局はそれも、偽善みたいなもんだろうけど」目の前の、10032号の少女を匿ったって、実験は止まらない。誰かの死を回避できるわけではない。だけど、それは目の前の少女を死なせても良いという理由にはならない。「ホテルは……駄目か。制服はウチのを着てても、IDまでは誤魔化せないでしょ」「はい。もとよりそのような行動を取れるようなIDは持っていませんから」街中で買い物をしたり、警備員の簡単な職務質問にくらいは対応できるようなIDカードは与えられている。だがホテルとなると話は別だ。夜に、寮などの決められた場所以外に宿泊した記録が明確に残り、所属する学校に送られるのだ。御坂妹たちに与えられたIDは、何でも誤魔化せるような高等な偽造IDではなかった。「御坂。お前の住んでるところは、まずいよな」「当たり前じゃない。いきなり双子の妹です、なんて紹介できるわけないでしょ」「となると」「……アンタ、何考えてるわけ?」「お前の考えてることそのものだと思うぞ。ウチに泊めるかどうか、考えてた」「ちょ……っ! 駄目に決まってるでしょうが! ほらアンタもなんか言いなさい!」「私はそもそもお二人に迷惑をかける気はありません。ですが、仮に上条さんの家に泊まるとして、それが問題となる理由はなんですか、とミサカはお姉さまに質問します」「だって男女が一晩屋根を共にするなんて、駄目に決まってるでしょ?!」それは許せないことだった。当麻が、女の子と一つ屋根の下なんて。それも、自分と瓜二つの体を持った女の子と一緒なんて、絶対に駄目だ。だが美琴のその怒りをいなすように、当麻は苦笑した。「別に心配は要らないって。まあ、御坂に手伝ってもらう必要はあるけど」「え?」「俺は別の家で寝るから、御坂、妹と一緒にウチで夜を明かしてくれ」「……はぁ?」当麻のプランはこうだった。ホテルなんかには泊まれない御坂妹を、上条家に泊める。監視役としてどちらかが残らないといけないが、もちろん男女ではまずいので、美琴に泊まらせる。そして自分はというと、最近の常であるように、黄泉川家で眠ればいい。それを説明すると、渋々ながら美琴は納得してくれたようだった。ただ。「黄泉川先生の家って、婚后さんのいるところ、よね?」ぽつんと、美琴が呟いた。当麻に確認を取る感じとも少し違って、自分自身の心に語りかけるような感じだった。「インデックスって、ほら、こないだの夏祭りでお前とまとめてお面を買ってやった女の子も住んでる。女所帯なのは事実なんだけど、別に変なことはしてないぞ。んなことしたら黄泉川先生にボコボコにされるし」「そう」返事が、急に不機嫌そうな響きに変わった。それに戸惑っていると、ため息をついて美琴は頭を振った。顔つきが、すぐにさっきのものに戻った。「朝に一回、常盤台に戻る必要があるわね」「そうか。まあ、こっちは明日は朝から時間取れるし、そっからは俺が交代するさ。御坂妹。そういうわけで、文句はあるかも知れねーけど、俺と御坂でお前が出て行かないように監視するから。俺達を振り切ってでも、お前は実験に参加したいか?」「……それはミサカの、存在理由です」「ちげーよ。何言ってんだ、馬鹿」取り付く島もなく、ばっさりと当麻はそう返した。理屈を懇々と説くよりも、それが正しいのだと直感的に思っているが故の対応だった。「ほら、それじゃあウチに行くぞ。あんまり長いことここにいると、ややこしいことになる」夜の見回りの担当者の一人はもしかしたら、黄泉川愛穂かもしれないし。上条家は公園からそう遠くない場所にあった。部屋の中は、想像していた最悪のケースよりはずっとましで、小奇麗といえるレベルだった。間取りを二人に案内すると、上条はすぐさま出て行った。その後、洗濯機と洗剤を勝手に借りて、二人は服を洗濯しながらシャワーを浴びた。パジャマはその辺にあるもんでよければ使ってもいいなんて言われたけれど、美琴は結局、洗って乾かした自分のTシャツにした。今日の襲撃で、幸いに敗れたりはしなかったので問題はなかった。妹は当麻のシャツを拝借したらしかった。それを見て、なんとも言えない気持ちになる気持ちを慌てて追い払った。「電気消すわよ。一応手錠かけるから、起きたいなら私も起こしなさい」一つしかないベッドに、妹と二人、腰掛ける。自分とそっくりな顔を、未だ好きになることは出来ない。そして信用も出来ないから、能力で即席の手錠を作り、自分と相手を縛った。「ミサカが錠を壊して逃げるとは思わないのですか?」「気付かれずに壊せるようなものじゃないわよ。こんだけ磁化した鉄を、力で引き千切るのは無理だから」隣で『電撃使い<エレクトロマスター>』としての能力を使われれば、美琴だって気付く。「それじゃ、お休み」「ええ。お姉さまも、いい夢を」カチカチと音を鳴らして電気を切った。慣れない部屋の、慣れないベッド。かすかに、アイツの匂いがした。否応なしにその香りのせいで当麻のことを思い浮かべてしまう。このベッドに眠る意味を考えてしまう。例えば、当麻と恋人になって深い関係になったなら、こんな風に眠ることがあったのかもしれない。もしかしたら、光子は、このベッドで眠ったことがあるのかもしれない。そんな考えが、ズキンズキンと音を立てて美琴を苛んだ。ガチャリと、黄泉川家の扉を開く。エントランスでオートロックをあけてもらうときに光子に声をかけたから、部屋の鍵は開けられていた。「ただいま」「……お帰りなさい、当麻さん」いつもより笑顔が5割減の光子が出迎えてくれた。何せ、元の帰宅予定時間よりも二時間近く遅れたのだ。ただ佐天と初春を送って帰るだけで、こんなに時間がかかるわけがない。「ごめんな」「何がありましたの?」「ちょっとさ、替えの服を取りに家に戻ってたら、そのまま土御門のヤツに捕まってさ。新しい家具を買ったとかで、部屋の片付け手伝わされてたんだ」当麻は、用意していた嘘を、光子についた。後ろめたさは、ないわけじゃなかった。だけど本当のことを言うわけにもいかなかった。女の子を泊めたことを隠したいんじゃなくて、学園都市の暗部と言ってもいいその事件のことを、光子に言いたくなかったのだ。言えば、きっと光子も関わろうとするだろう。どうせ明日で全てが終わるなら黙っておきたかった。「こんな夜に、ですの?」「おおかた夕方に受け取ってから、掃除でもしてたんだろうさ」「すぐ戻るなんて仰ってたんですから、こんなに掛かるとは思っていませんでした」光子は当麻に不満をぶつけながら、かすかな引っ掛かりを覚えていた。だけど、そんなの自分の杞憂だろう。妬き餅焼きだから、あれこれつまらない心配をしてしまうのだ。もちろん、一番悪いのは当麻だけれど、当麻の重荷になるような疑いなんて、持ってはいけないとも思う。「佐天さん達とはすぐ別れましたのね?」「ああ。普通に送ってって、それで分かれた」たぶんそれは正しいのだろうと思う。家に着いた佐天から「上条さんにもありがとうございましたって伝えてください」とメールが着たのは、予定通りの時刻にだった。「当麻さん。つまらないことで拗ねて、ごめんなさい」「な、なんで光子が謝るんだよ」「こんなに当麻さんに大切にしてもらってるのに、帰りが遅れたくらいでイライラした自分が、みっともなくて」「いいって。そういうところも、可愛いんだしさ」当麻がそう言って、笑って髪を撫でてくれた。随分とそれで、ささくれ立っていた心が穏やかになる気がした。黄泉川先生はまだ帰ってこない。短くなってしまったけれど、今日これからの時間を、大事に過ごそう。「それじゃ俺、風呂に入るわ」「かなり汗、かいてらっしゃるものね」当麻に付き従って、部屋の奥に戻る。ふと、当麻の後姿、お尻に辺りが気になった。泥で薄く汚れているらしいのだ。その汚れ方には見覚えがある。いつだったか、当麻の家の近くの公園でデートしたときにも、そんな汚れをつけていた。きっと、あそこの植え込み近くに座ったせいだったのだろう。今、当麻の服についている汚れがそれとは限らない。むしろ当麻の言い分が正しければ、そんなはずは有り得ない。いや、帰りに公園を横切って、ジュースでも買って飲んだのかもしれない。暑い夜だから無理もない。だから、それは矛盾とすらいえない、些細な違和感のはずなのだ。だというのに、それは棘のように引っかかって、光子の頭から消えてなくならなかった。「……光子、今日はごめんな」「えっ?!」不意に、当麻が謝った。それがむしろ、光子を不安にさせる。「夜にもっと一緒にいられたはずなのにさ、時間を削っちまって悪かったなって」「……当麻さんにだってお付き合いがあるのは、分かっていますもの」「今からも含めて、頑張って埋め合わせするから」「はい」微笑を作って、当麻に返す。不自然には思われなかっただろうか。そのまま当麻は、洗い場のほうへと曲がって、消えて行った。「……気にしすぎ、ですわ」妬き餅焼きの、駄目な自分の憶測が脳裏から消えてくれなかった。公園で座り込むようなことがあるとしたら、きっとそれは誰かと話すときだ。飲みながら歩くのを、多分当麻は恥ずかしいとは思わないだろうから。そして、光子にそのことを話さない理由は、相手が女の子だったからかもしれない。嫌な汗が額を伝う。光子はエアコンのほうに近づいて、冷気を直に浴びた。当麻に早く上がってきて欲しい。抱きしめてもらえば、こんな気持ち、すぐに飛んでしまうだろう。仮定を積み上げた、馬鹿げたストーリー。だけど、光子の想像の中で、当麻の相手として出てくる女の子は、たった一人だけだった。自分と同じ常盤台の制服を着た彼女を思い出して、光子は何かを吐き出すようにため息をついた。御坂妹――10032号は、傍らで眠りだした姉の寝顔を眺めていた。よほど疲れていたのだろう。ミサカネットワークにアクセスし状況を探ると、どうやら今日は三箇所ほど、研究施設が破壊されたらしかった。狭いベッドに無理矢理二人で寝ているから、互いの距離は酷く近い。そして互いの腕は、適当にその辺の鉄材で作った手錠が嵌められている。その状況を、妹は奇妙な心持ちで観察していた。「どうしてここまでするのですか」何度も、口にも出して説明したことだ。自分はほんの18万円で「買える」存在だ。そんなものを大切にしてどうするのだ。こんな風に、まるで普通の人間と同じみたいに扱われれば、混乱せずにはいられない。「お姉さまも、そして上条さんも」おでこを叩かれた、あの感触をまだ覚えている。愛の鉄拳制裁と当麻は言っていた。暴力に愛があるというのは、おかしな事のはずだ。実際、一方通行に体を破壊された記憶ならいくらでもある。殺された記憶もある。だけどあの一撃は、それとは違っていた。妹達の破壊を目的としたものじゃなかった。叩かれることに恐怖はなかった。叩かれた後にも、恐怖はなかった。「……考えても、私には分からないことでしょう」自分は、人形なのだから。所詮普通の人が持つ、普通の感情の事を理解することは出来ない。そう一人で呟いて、御坂妹はシーツを手で引き上げた。美琴のお腹の辺りまで、そっと掛けなおす。「……」シーツを手放して、不意に、自分が何故そんなことをしたのかが分からないことに御坂妹は気付いた。取った行動の合理性には自信がある。だけど、それをしようと思った動機は?疲れ果てあどけなく眠った姉に、自分が親愛の情を覚えたのだということを、御坂妹は理解できなかった。ただ、もう少しだけ、穏やかな美琴の寝顔を見つめる。こんな悪夢みたいな現実に直面しているけれど、多分、彼女が今見ている夢は悪夢ではなさそうだ。そう確認して、やがて自分も、目を瞑った。