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No.19836の一覧
[0] 【異世界トリップ・建国】黄金の帝国【完結】[行](2020/12/25 19:28)
[72] 第一話「奴隷から始めよう」[行](2013/04/11 21:37)
[73] 第二話「異世界のでの生活」[行](2013/04/11 21:40)
[74] 幕間0・ラズワルドの日記[行](2013/03/01 21:07)
[75] 第三話「山賊退治」[行](2013/03/01 21:10)
[76] 第四話「カリシロ城の花嫁」[行](2013/03/08 21:33)
[77] 第五話「都会を目指して」[行](2013/03/24 19:55)
[78] 第六話「バール人の少女」[行](2013/03/24 19:56)
[79] 第七話「牙犬族の少女」[行](2013/03/29 21:05)
[80] 第八話「冒険家ルワータ」[行](2013/04/11 21:51)
[81] 第九話「日常の終わり」[行](2013/04/12 21:11)
[82] 第一〇話「エレブ潜入」[行](2013/04/19 21:07)
[83] 第一一話「エルルの月の嵐・前」[行](2013/04/26 21:02)
[84] 第一二話「エルルの月の嵐・後」[行](2013/05/06 19:37)
[85] 第一三話「ガフサ鉱山暴動」[行](2013/05/15 20:41)
[86] 第一四話「エジオン=ゲベルの少女」[行](2013/05/17 21:10)
[87] 第一五話「スキラ会議」[行](2013/05/24 21:05)
[88] 第一六話「メン=ネフェルの王女」[行](2013/05/31 21:03)
[89] 第一七話「エレブの少女」[行](2013/06/07 21:03)
[90] 第一八話「ルサディルの惨劇」[行](2013/06/14 21:02)
[91] 幕間1 ~とある枢機卿の回想・前[行](2013/06/21 21:05)
[92] 幕間2 ~とある枢機卿の回想・後[行](2013/06/28 21:03)
[93] 幕間3 ~とある王弟の回想・前[行](2013/07/05 21:39)
[94] 幕間4 ~とある王弟の回想・後[行](2013/07/12 21:03)
[95] 幕間5 ~とある牙犬族剣士の回想[行](2013/07/26 21:25)
[96] 第一九話「ソロモンの盟約」[行](2013/07/19 21:03)
[97] 第二〇話「クロイの船」[行](2013/10/05 20:59)
[98] 第二一話「キャベツと乙女と・前」[行](2013/10/08 21:01)
[99] 第二二話「キャベツと乙女と・後」[行](2013/10/10 21:05)
[100] 第二三話「地獄はここに」[行](2013/10/12 21:05)
[101] 第二四話「サフィナ=クロイの暴動・前」[行](2013/10/15 21:03)
[102] 第二五話「サフィナ=クロイの暴動・後」[行](2013/10/17 21:02)
[103] 第二六話「皇帝クロイ」[行](2013/10/19 22:01)
[104] 第二七話「眼鏡と乙女と」[行](2013/10/22 21:04)
[105] 第二八話「黒竜の旗」[行](2013/10/24 21:04)
[106] 第二九話「皇帝の御座船」[行](2013/10/27 00:44)
[107] 第三〇話「トルケマダとの戦い」[行](2013/10/29 21:03)
[108] 第三一話「ディアとの契約」[行](2013/11/02 00:00)
[109] 第三二話「女の闘い」[行](2013/11/02 21:10)
[110] 第三三話「水面下の戦い・前」[行](2013/11/05 21:03)
[111] 第三四話「水面下の戦い・後」[行](2013/11/07 21:02)
[112] 第三五話「エルルの月の戦い」[行](2013/11/09 21:05)
[113] 第三六話「ザウガ島の戦い」[行](2013/11/12 21:03)
[114] 第三七話「トズルの戦い」[行](2013/11/14 21:03)
[115] 第三八話「長雨の戦い」[行](2013/11/16 21:02)
[116] 第三九話「第三の敵」[行](2013/11/19 21:03)
[117] 第四〇話「敵の味方は敵」[行](2014/03/21 13:39)
[118] 第四一話「敵の敵は味方・前」[行](2014/03/18 21:03)
[119] 第四二話「敵の敵は味方・後」[行](2014/03/21 18:22)
[120] 第四三話「聖槌軍対聖槌軍」[行](2014/03/25 21:02)
[121] 第四四話「モーゼの堰」[行](2014/03/25 21:02)
[122] 第四五話「寝間着で宴会」[行](2014/03/27 21:02)
[123] 第四六話「アナヴァー事件」[行](2014/03/29 21:02)
[124] 第四七話「瓦解」[行](2014/04/03 21:01)
[125] 第四八話「死の谷」[行](2014/04/03 21:01)
[126] 第四九話「勅令第一号」[行](2014/04/05 21:02)
[127] 第五〇話「宴の後」[行](2014/05/01 20:58)
[128] 第五一話「ケムト遠征」[行](2014/05/02 21:01)
[129] 第五二話「ギーラの帝国・前」[行](2014/05/03 21:02)
[130] 第五三話「ギーラの帝国・後」[行](2014/05/04 21:02)
[131] 第五四話「カデシの戦い」[行](2014/05/05 21:01)
[132] 第五五話「テルジエステの戦い」[行](2014/05/06 21:02)
[133] 第五六話「家族の肖像」[行](2014/05/07 21:01)
[134] 第五七話(最終話)「黄金の時代」[行](2014/05/08 21:02)
[135] 番外篇「とある白兎族女官の回想」[行](2014/10/04 21:04)
[136] 人名・地名・用語一覧[行](2014/05/01 20:58)
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[19836] 幕間4 ~とある王弟の回想・後
Name: 行◆7809557e ID:aef4ce8b 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/07/12 21:03




「黄金の帝国・幕間4 ~とある王弟の回想・後」







 時に、海暦三〇一五年。
 国王に対する敵対勢力をほぼ一掃し、フランク王国では平和が享受されていた。ブリトン・ディウティスク・レモリア・イベルスの諸外国でもまた同様に強力な王権が確立しており、エレブは数百年ぶりの平和と繁栄を謳歌している。

「あの教皇は本当に神の使いなのかもしれんな。まさか私が生きている間にこんな平和な時代がやってくるとは」

 とフィリップは賛嘆する。エレブ全土に平和をもたらした教皇インノケンティウスの権威は天を突かんばかりとなっていた。
 一方この十年戦い続けてきたユーグはフィリップのように楽観してはいられない。

「……不満を強引に抑え込んでいるだけです。それがいつ爆発してもおかしくはありません」

 教皇インノケンティウスは教会よりも民衆に、諸侯よりも兵士に直接訴えることを好んだ。民衆に教会という中間を飛ばして直接教皇につながるという意識を持たせ、教会の既得権益を奪い取ろうというのである。フィリップ達五王国の国王もそれを真似、諸侯を排除して直接民衆や兵につながろうとした。もちろん、諸侯や教会という中間の存在を完全に撤廃したわけでは決してないし、そもそもできるはずもない。だが長い戦いにより諸侯・教会という中間の存在はかつてないほどに力を弱めていた。
 中間搾取を廃することにより教皇・国王というトップと民衆は大きな益を得、教会や諸侯は貧する。反発する教会や諸侯を民衆の支持を得て撃滅していき、王権と教皇権を強化していく。
 そうやって敵対勢力を掃討し続け、ようやく五王国は王権強化を確立したのである。だが既得権益を徹底的に奪われた諸侯には膨大な不満がたまっている。言わば、フィリップ達の玉座は可燃ガスが目いっぱい入ってはち切れそうになっている風船の上に乗っているようなものなのだ。

「諸侯はネゲヴ征服の発動を求めています。僕の元にも毎日のように嘆願書
が届いています。

『一日でも早くネゲヴ征服を』『騎士達は馬具を揃え剣を磨き、その日を待ちわびているのです』と」

「ディウティスクなどは国王自身が誰よりもネゲヴ征服の積極派だということだ。なんと愚かな……!」

 フィリップは吐き捨てるように言う。ユーグもまた無言のまま頷いて同意した。

「私はネゲヴ征服などという愚行で兵や民の生命を損なおうとは思わない。ユーグ、お前の役目は教皇とともに時間を稼いでネゲヴ征服の発動をなし崩しのままに有耶無耶にしてしまうことだ」

 判りました、と頷くユーグ。ユーグは教皇庁のあるテ=デウムへと向けて出立した。
 教皇インノケンティウスは五王国の国王に対して軍権の全権を担う使節をテ=デウムに派遣するよう求めたのである。目的は説明されなかった。だが教皇が各国の使節を集めて発表すること、あるいは話し合うことがネゲヴ征服発動に関する問題なのは自明のことだった。
 ユーグがテ=デウムに到着する頃には他の諸王国からの大使もすでに到着していた。ディウティスクからは国王自身がやってきている。ディウティスク国王フリードリッヒは二〇歳になったばかりの、血気盛んな若者である。

「お久しぶりです、ヴェルマンドワ伯。いよいよ聖戦の発動かと思うと血がたぎりますね!」

 フリードリッヒは自分の即位に尽力してくれたユーグのことを兄のように慕っている。ユーグは苦笑しつつもフリードリッヒを宥めた。

「いえ、まだどうなるか判りませんよ。いきなり軍を率いて進軍するのではなく、まず使者を出す必要があると思いますし。いずれにしても、聖下のお言葉を待ちましょう」

 ユーグの日和見な姿勢にフリードリッヒは不満そうである。フリードリッヒは王国の実権を宰相に握られており、傀儡として十年を過ごしてきた。フリードリッヒはネゲヴ征服の発動を宰相から実権を奪い返す機会としようしているようだった。
 そして今、ユーグ達各国大使五人がサン=バルテルミ大聖堂の礼拝堂へと集められている。五名が片膝を付いて頭を伏せる中、五人の前に静かに教皇インノケンティウスが姿を現した。教皇の隣には枢機卿アンリ・ボケが影のように佇んでいる。そのアンリ・ボケが教皇の前に出、五人の眼前に立った。

「――今、エレブにはかつてない平和がもたらされています。それも、ヴェルマンドワ伯ユーグ・ディウティスク国王フリードリッヒを始めとする神の使徒たる騎士達の、長きに渡る戦いの結実というものです。ですが! 我等は決してこれに満足してはいけない。神の愛を、栄光を、この地上全てにあまねく注ぐ。それこそが教皇庁の責務、あなた方神の騎士の新たなる義務!」

 ユーグは鞭打たれたように小さく身を震わせた。嫌な汗がうつむいたままの額を流れる。

「――今、ネゲヴの大地は異教徒と悪魔の民に支配されている。聖典にある通り、ネゲヴの大地は我等聖杖教徒に与えられたもののはず! 彼の地を取り戻さなければならない! 汚らわしい異教徒を一掃し、蒙昧な民に真の信仰を理解させ、おぞましい悪魔の民を浄化する! それこそが我等聖杖教徒の聖なる義務!」

 沈黙を守っていた教皇インノケンティウスが立ち上がり、アンリ・ボケと入れ替わって前へと進み出る。そして五人に向けて厳かに告げた。

「――教皇の名において聖戦を命ず。聖杖の旗の下に、ネゲヴの全土を制するのです」

 五人の口から声にならない感嘆が漏れた。フリードリッヒは感動のあまり滂沱のごとく涙を流している。その場の全員が新たな歴史を刻むことに血を熱くする一方、ユーグの心はどこまでも冷え切っていた。教皇が言葉を続けた。

「私はエレブの兵や民を無為に損なうことを望みません。異教徒であろうとネゲヴの民にも戦ってほしくはない。ですので、戦わずともネゲヴ全土を制することができるだけの兵を動員します。――百万です」

 五人の使節が彫像のように凍り付く中、教皇の宣言が続く。

「フランクが二五万、ディウティスクが二五万、イベルスが二五万、レモリアが一五万、ブリトンが一〇万。各国はそれだけの兵を動員してください。集結はアダルの月一日、場所はイベルスのマラカ。そこに百万の兵を集結させるのです。そして全軍の指揮はフランク国王王弟・ヴェルマンドワ伯に執っていただきます」

 ユーグは全身の血が氷になったかのように思えた。指の一本すら意のままに動かせない。血の代わりに流れる氷片が血管を裂き、心臓に突き刺さる。早鐘を打つ心臓が胸を刺す痛みをさらに強めた。教皇とアンリ・ボケが退出し、各国代表が興奮して、あるいは不安そうに話し合いを始めても、ユーグは俯いたまま身動き一つできないままだった。
 ……一体あの後どう行動したのだろうか。気が付いたらユーグは迎賓館の一室にいて、寝台に腰掛けていた。この場に他の誰もいないことを理解し、ユーグは頭を抱え、絞り出すようなうめき声を上げた。

「……一体、何故こんなことに」

 そのまましばらく唸っていたユーグだが、

「そうだ、こうしてはいられない」

 ユーグは勢いよく立ち上がりアンリ・ボケの元に向かった。幸いアンリ・ボケとは間を置かずに面会することができた。

「一体これはどういうことですか!」

 ユーグの剣幕を「はて、何のことでしょう?」ととぼけた顔で受け流すアンリ・ボケ。ユーグは拳を握りしめた。

「聖戦のことだ。聖戦は王権強化のためのただの手段だったはず、実際に聖戦をするつもりはないと教皇は言っていた。あれは嘘だったのか!」

 アンリ・ボケは困惑の表情を作って見せた。

「聖下が嘘をおっしゃるはずもありますまい。どうやら何か行き違いがあったようですなぁ。王権強化は聖戦を実現するための準備段階、それは判っていただいているものと思っておりましたが」

 歯を軋ませるユーグだがゆっくり深呼吸をし、冷静さを取り戻そうとする。

「……今、エレブの民全てが平和を謳歌している。僕達が十年間戦い続けてようやく掴んだこの平和を、この繁栄を、何もかもを無為にするおつもりか? 聖下に奉られた『平和の使徒』の名声を、地に投げ捨てるおつもりか?」

「確かに、このまま平和が続くのであればそれに越したことはありません」

 アンリ・ボケはわざとらしく頷いた。

「ネゲヴのことなど無視してしまい、エレブだけで平和と繁栄を享受する……確かにそれは素晴らしいことでしょう」

「だったら――」

 だがユーグの説得はアンリ・ボケの「それができるのであれば」の一言によって遮断された。

「殿下、よくよく思い返していただきたい。私とあなたがどれだけの血を流してきたのかを。どれだけの民の屠り、どれだけの貴族を破滅させ、どれだけの聖職者を処刑してきたことか。その全ては『聖戦』のためではなかったのですか? 今更それをなかったことにできると、本気でお思いなのですか?」

 アンリ・ボケの正しさを認め、ユーグは沈黙する。

「そして巷の声に、民衆の思いに耳を傾けていただきたい。彼等は皆等しく聖戦を望んでいる。彼等の願いをなかったことにできると、本気でお思いなのですか?」

(……確かに、この期に及んでなかったことにできるはずがない)

 ユーグはそれを認める他なかった。不満を今にも暴発させそうな諸侯、ネゲヴに教区を持つことで失地を取り返そうとする教会、散々信仰心を煽られて狂信者の群れと化した民衆、ネゲヴに自分の農地を持つことを夢見ている零細農民、自分の領地を持つことを夢見ている貧乏騎士、ネゲヴを略奪することしか考えていない傭兵崩れ。もし教皇インノケンティウスが前言を翻してネゲヴ征服を中止にしたなら彼等の不満は教皇庁へと向かうことになるだろう。インノケンティウスを教皇の座から引きずり下ろし、ネゲヴ征服を実行する別の誰かを教皇の座につけようとするに違いない。

(それは僕や兄上にしても同じことだ)

 フィリップやユーグ、フリードリッヒや他の諸王国の国王にしても、ネゲヴ征服の実現を口実として軍権を国王へと集中させ、王権を強化してきたのだ。もしネゲヴ征服に反対したなら王権強化の正当性を自分でひっくり返すこととなる。部下も諸侯も民衆も離反する、教皇庁からも異端と見なされる。臣下の誰かが適当な王族を担いで反乱を起こし、フィリップとユーグは処刑されるだろう。そして結局その新たな国王がネゲヴ征服を実行するのだ。
 ユーグはその場に崩れ落ちるようにひざまずいた。

「……だが、しかし」

 ユーグはそれでも顔を上げ、アンリ・ボケを見つめた。

「いくら何でも百万は無茶苦茶だ。そんなことできるわけがない」

「勝つためには百万を動員すべきだ、そう説いたのはあなたでしょう」

「あんなもの、子供の頃の戯言だ!」

 ユーグが思わず激高する。だがアンリ・ボケは微笑んでいるだけだ。

「いえいえとんでもない。殿下のご高見には感服しているところです。確かに確実に勝利し、ネゲヴ全土を制するにはそのくらいの兵は必要でしょう」

 アンリ・ボケは笑っている。いつもと変わりない笑顔をユーグに向けている。目尻が下がり、口の端が上に向き、それは確かに笑顔のはずである。

(この男は……一体)

 ユーグにはその笑顔が何か別のものに見えたのだ――途轍もなくおぞましい何かに。ユーグの全身が悪寒に大きく震えた。

「マラカ集結まであと一一ヶ月しかありません。明日からは忙しくなりますよ、王弟殿下」

 アンリ・ボケはそう言い残して去っていきその部屋にはユーグだけが残された。ユーグはいつまでもその部屋で一人、震える身体を抱いているだけだった。







 ついに聖戦が正式にエレブ全土へと発令された。聖戦を、ネゲヴ遠征軍への集結を説いた教皇勅書が印刷機で印刷され、エレブ中へと配付される。勅書は回覧され、民衆の前で読み上げられた。
 長らく待ち望んでいた勅命がついに下ったのだ。エレブ全土に熱狂の渦が巻き起こった。ある諸侯は隣の諸侯に領地経営の全てを委託し、配下の騎士全員を引き連れマラカへと旅立った。ある村落では村人全員が剣や槍の代わりに鍬や鋤を手にし、マラカへと向かって移動を開始した。
 その熱狂の中でも、フィリップとユーグは苦い顔を隠せていない。

「……ともかく、兵を集めねばならない。それはお前に任せる。私はマラカ集結を支援する準備をしなければならない」

 はい、とユーグは頷く。フィリップとユーグはそれぞれの仕事に取りかかった。

「百万とはまた気宇壮大だな」

「エレブが空っぽになってしまうぞ」

 最初は各国の王室や諸侯も笑っていたが、その笑いが凍り付くのにそれほど時間はかからなかった。

「教皇聖下は各国に兵を割り当てられた。それを守っていない、守ろうとしていないのはどういうことですかな?」

 枢機卿アンリ・ボケが、その部下が各国王室を訪れて動員計画の進捗状況を確認。動員が割り当てに届きそうにないのなら計画の変更を要求する。

「この計画ではあまりに余裕がありません。もう二割動員を増やしましょう」

「監視員を派遣します。割り当ての遵守は信仰の証、陛下が不信心者と見られないことを祈るばかりです」

 アンリ・ボケと教皇庁は百万の動員を本気で実現するべく動いている。威圧・脅迫・断罪を駆使し、アンリ・ボケは各国に動員割り当ての遵守を迫った。

「教皇は正気か」

 フィリップは愕然とし、ユーグはただ天を仰いだ。

「教皇はともかく、枢機卿はどう考えても正気じゃありません。ですが、それは最初からだったんです」

 ユーグは諦念のため息をつくばかりである。

「他の各国も割り当てを守ろうと必死になっています。我々だけ守らないわけにはいきません」

 ユーグはフィリップに割り当て遵守のための強権を求める。フィリップは毒杯を仰ぐような顔でその要求を呑んだ。
 ユーグはまず国王直属の軍の九割を動員。当然それでは足りないので国内全ての諸侯へと動員兵数を割り当てる。幸い諸侯は次々と参集してくるが、それでも二五万には届かなかった。

「仕事をなくした傭兵がいるはずだ。それを集めろ」

「村を捨ててマラカに向かおうとしてる民衆がいるそうだな。それも軍に組み込め」

「バール人どもから奴隷を買ってこい。それを兵とする」

 そこまでやってもまだ二五万には届かない。ユーグは最後の手段を選ぶしかなかった。

「……獄舎を開放しろ。牢につながれている囚人を全員連れて行く」

 囚人に勝手に逃げられると問題なので、囚人には一人ずつ番号を振られ、その番号の入れ墨をされる。その時間がなければ焼きごてをして番号を刻印した。
 ユーグは部下や諸侯に動員兵数を割り当て義務付け、その部下や諸侯もまた配下の部下・小諸侯へと動員兵数を割り当て、罰則を持ってそれだけの兵数を動員することを強制する。さらにその部下達はまた部下へと連鎖していき、末端では五人一組、または十人一組とした班が組織された。班には定員が決められ、欠員は班自身・班員全員の連帯責任で埋め合わせる義務を負っている。欠員が出た場合は最悪出身村落に残した家族までが連帯責任を問われ、処刑されるかもしれないのだ。
 各班は欠員を埋めるための手段を選ばなかった。兵の供出を割り当てられた家から成人男子の兵が出せなければ、男の老人を、それができなければ男の子供を、それができなければ女であろうと兵として引き連れていった。

「もうたくさんだ!」

 自分で自国を破壊するに等しい行為にユーグは我慢できなくなり、ついに教皇庁に押しかけた。

「異端に問われたって構うものか。もう教皇に直談判するしかない」

 ユーグは教皇に面会を申し込む。が、ユーグの前にはアンリ・ボケが立ちはだかった。

「聖下はご気分が優れない模様。代わりに私がお話をお伺いしましょう」

「ネゲヴ出征を、聖槌軍を中止するべきだ。今すぐに」

 アンリ・ボケは眉を跳ね上げた。

「……さて、神の忠実な騎士たる王弟殿下のお言葉も思えませんな」

「あなたこそ、この国のこの有様が目に入らないのか! ネゲヴでの戦いがどうであろうと、このままではこの国が滅んでしまう!」

 成人男子は全員出征し、残ったわずかな男手も通過する聖槌軍の軍勢が欠員を埋めるためにさらっていく。根こそぎ奪われ、破滅に瀕した村では村民が聖槌軍の末尾へと加わっている。残るのは無人となった村と荒れ果てた畑だけ――そんな光景が今フランク王国全土で広がっていた。

「あなたは知らないのか、この実態を!」

「いえ、そんなことはありません。無手であろうと、女子供であろうと聖地回復に立ち上がる、信仰心篤き民草の健気さには涙が流れる思いです」

 アンリ・ボケの白々しい言葉にユーグは歯ぎしりをする。我知らずのうちに手が腰の剣に伸びていた。が、幸か不幸か剣は衛兵に預けたままだ。ユーグは何とか冷静になろうとした。

「……今、巷には教皇庁と王室に対する怨嗟の声が満ちあふれている。あなたはこのままでいいのか? 敬愛する聖下が民衆の憎悪の的になっているのだぞ」

「いいえ、殿下。民衆の憎悪を一身に受けているのは私です。民草の聖下に対する信心は未だ失われてはおりません」

 ユーグは思わずアンリ・ボケを見返した。

「……あなたは、それでいいのか?」

「何か問題でも?」

 むしろアンリ・ボケの方が不思議そうだ。

「聖下のために血を流し、泥にまみれ、敵と味方に憎まれる。それが私の役目です。それで聖下の理想が実現するのなら、どうしてその役を厭う理由があるでしょう?」

「その、聖下の理想とは何なのだ。これほどまでに民衆に犠牲を強い、血と涙を流させる、それは聖下の理想に反することではないのか」

 それはユーグの心底からの疑問だった。何故教皇は今のこのフランクの、エレブの惨状に何も言わないのか。何故教皇はこの悲劇を見過ごし、何もしようとしないのか――それはユーグだけではなく、エレブの大多数の人間が等しく抱いている深刻な疑念だった。

「理想の実現に犠牲はつきものです」

 その問いに対し、アンリ・ボケは胸を張って誇らしげに答えた。

「聖下は心優しいお方です。犠牲には胸を痛めておいででしょうが、いつものように『見なかった振り』をしてくださいますよ」

 ……結局、ユーグは教皇インノケンティウスと面会できないまま教皇庁を後にした。

「『見なかった振り』……そうか、『見なかった振り』か」

 アンリ・ボケの答えはユーグの意志を打ちのめしていた。教皇に面会しても意味がない、ユーグはそう悟る他なかったのだ。

「教皇はこのフランクの惨状を『見なかった振り』ですませることができるのか。異端でも異教徒でもなく、教皇の民草である聖杖教徒の血と涙を『見なかった振り』でやり過ごすことができるのか」

 ふと、ユーグの脳裏をある疑問が過ぎる。それは、本当に何も見ていないことと何が違うのか?
 教皇が就任してから三〇年、アンリ・ボケやニコラ・レミはさらにその前から今の教皇のために大量の血を流してきた。四〇年以上ずっと、流された血に「見なかった振り」をしてきたのなら――あるいは本当に何も見えなくなってしまうのではないのか?
 それはただの想像である。だがユーグにはそれが正解だとしか思えなかった。







 フランクを始めとする各国は百万を越える人間を動員し、南へと送り込み続けた。集められた雲霞のごとき大軍勢は、ただ通過するだけで街道沿いの町や村を破壊していった。
 聖槌軍に参加した諸侯の全員が自力での補給など考えていない。持てるだけの貨幣・貴金属を用意し、道中それで食糧を購入することを考えていた。が、実に百万の軍勢が移動し、食糧を、物資を求め続けるのだ。食糧の値段は高騰し持ってきた財貨はすぐに尽きる。そうなると彼等にできるのは二つしかない。街道沿いの町や村を略奪するか、道中の諸侯や教会に支援を求めるか、だ。

「ともかく食糧を集めろ、街道へと送り込め。聖槌軍を飢えさせるな」

 もちろん弱体化した諸侯には支援する力など残っていない。そうなると道中の食糧支援の最終的な責任はフランク等の各王国王家が受け持つこととなる。フィリップはそれを見越し、国庫を空にする勢いで食糧を買い求めた。それでも足りないのでバール人商人から借金をし、それを踏み倒し、それでも足りないので教会に金品を供出させ、それでも足りないので各村から食糧を吐き出させる。多くの村落が来月の食糧も、来年の種籾すら奪い取られ、破産していき、絶望した農民が聖槌軍の末尾に加わる。そして彼等は奪われる側から奪い取る側に回るのだ。
 そうやって、略奪と絶望を何度も再生産し、聖槌軍は雪だるま式に膨れ上がっていく。軍勢が通過した後はまるで蝗の通った後のように何も残らず、ただ荒野が広がるだけだった。
 フィリップは自国のあまりの惨状に言葉も出ない。

「七〇年前の大飢饉の時もこんな有様だったのだろうか」

 国庫は空となり、農村は荒れ果て、作付けも行われず、街からは灯が消えている。王宮からも人気がなくなり、わずかに出仕している臣下も虚ろな顔をぶら下げているだけだ。

「陛下、枢機卿アンリ・ボケの率いる鉄槌騎士団がフランク領を抜け、イベルス側へと入りました。聖槌軍の軍勢はこれで全て我が国を通過したことになります」

 臣下の報告にフィリップは「そうか」と答えた。もう食糧を手当てする必要もない。落後した兵や農民を処分する必要も、替わりの兵を補給するために人狩りをされることもないのだ。

「……行け、行け! どこへでも行ってしまえ! 地の果てまで行ってしまえ! そしてもう二度と帰ってくるな!」

 一人になったとき、フィリップは臓腑にため込んでいた暗い思いを吐き捨てた。何はともあれ、これでフランク王国にとっての聖槌軍は終わったのだ。出立した軍勢の先行きなど知ったことではない、弟さえ無事に戻ってくるならそれでいいと、フィリップは決め込んでいた。これからは国内の復興という大仕事が待っているのだから。







 イベルス王国の下級騎士にゴンザレスという名の男がいる。武芸は人並み以下で事務仕事も人並み程度、生真面目で几帳面なのが取り柄という、イベルスに五万といるであろう男である。だがこの凡人はこの時期にある任務を完遂し、それによって歴史に不滅の名を残している。
 マラカの町の南の門番だった彼は三ヶ月間城門に陣取り、通過する全ての軍勢から兵数を聞き取りそれを記録として残したのだ。
 フランク・ディウティスク・イベルス・レモリア・ブリトンの五王国を中心とし、ポルタスカラ・エイリン・マリヌス・モノエキ・ベルガエ・ホラント・デーンマルク・シュヴィツ・オストマルク・マジャール・スヴェリ・イスラント・ポリエ・ルーシ・ポロツク・ノルレベク・スオミ・ヘラス・ブルガール・ロマニ・シキペリセ、合計二六ヶ国。参加総兵数一〇二万五五五九人。それがゴンザレスの書き残した聖槌軍の全容である。もちろんその正確さについては相当割り引いて考えなければならない。だが万単位で見るならばその数に間違いはないものと考えられている。
 総勢百万の大軍勢、それがユーグの指揮する軍の威容である。この軍勢の行く先にどんな運命が待っているのか、それを知る者はまだどこにもいなかった。







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