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No.19836の一覧
[0] 【異世界トリップ・建国】黄金の帝国【完結】[行](2020/12/25 19:28)
[72] 第一話「奴隷から始めよう」[行](2013/04/11 21:37)
[73] 第二話「異世界のでの生活」[行](2013/04/11 21:40)
[74] 幕間0・ラズワルドの日記[行](2013/03/01 21:07)
[75] 第三話「山賊退治」[行](2013/03/01 21:10)
[76] 第四話「カリシロ城の花嫁」[行](2013/03/08 21:33)
[77] 第五話「都会を目指して」[行](2013/03/24 19:55)
[78] 第六話「バール人の少女」[行](2013/03/24 19:56)
[79] 第七話「牙犬族の少女」[行](2013/03/29 21:05)
[80] 第八話「冒険家ルワータ」[行](2013/04/11 21:51)
[81] 第九話「日常の終わり」[行](2013/04/12 21:11)
[82] 第一〇話「エレブ潜入」[行](2013/04/19 21:07)
[83] 第一一話「エルルの月の嵐・前」[行](2013/04/26 21:02)
[84] 第一二話「エルルの月の嵐・後」[行](2013/05/06 19:37)
[85] 第一三話「ガフサ鉱山暴動」[行](2013/05/15 20:41)
[86] 第一四話「エジオン=ゲベルの少女」[行](2013/05/17 21:10)
[87] 第一五話「スキラ会議」[行](2013/05/24 21:05)
[88] 第一六話「メン=ネフェルの王女」[行](2013/05/31 21:03)
[89] 第一七話「エレブの少女」[行](2013/06/07 21:03)
[90] 第一八話「ルサディルの惨劇」[行](2013/06/14 21:02)
[91] 幕間1 ~とある枢機卿の回想・前[行](2013/06/21 21:05)
[92] 幕間2 ~とある枢機卿の回想・後[行](2013/06/28 21:03)
[93] 幕間3 ~とある王弟の回想・前[行](2013/07/05 21:39)
[94] 幕間4 ~とある王弟の回想・後[行](2013/07/12 21:03)
[95] 幕間5 ~とある牙犬族剣士の回想[行](2013/07/26 21:25)
[96] 第一九話「ソロモンの盟約」[行](2013/07/19 21:03)
[97] 第二〇話「クロイの船」[行](2013/10/05 20:59)
[98] 第二一話「キャベツと乙女と・前」[行](2013/10/08 21:01)
[99] 第二二話「キャベツと乙女と・後」[行](2013/10/10 21:05)
[100] 第二三話「地獄はここに」[行](2013/10/12 21:05)
[101] 第二四話「サフィナ=クロイの暴動・前」[行](2013/10/15 21:03)
[102] 第二五話「サフィナ=クロイの暴動・後」[行](2013/10/17 21:02)
[103] 第二六話「皇帝クロイ」[行](2013/10/19 22:01)
[104] 第二七話「眼鏡と乙女と」[行](2013/10/22 21:04)
[105] 第二八話「黒竜の旗」[行](2013/10/24 21:04)
[106] 第二九話「皇帝の御座船」[行](2013/10/27 00:44)
[107] 第三〇話「トルケマダとの戦い」[行](2013/10/29 21:03)
[108] 第三一話「ディアとの契約」[行](2013/11/02 00:00)
[109] 第三二話「女の闘い」[行](2013/11/02 21:10)
[110] 第三三話「水面下の戦い・前」[行](2013/11/05 21:03)
[111] 第三四話「水面下の戦い・後」[行](2013/11/07 21:02)
[112] 第三五話「エルルの月の戦い」[行](2013/11/09 21:05)
[113] 第三六話「ザウガ島の戦い」[行](2013/11/12 21:03)
[114] 第三七話「トズルの戦い」[行](2013/11/14 21:03)
[115] 第三八話「長雨の戦い」[行](2013/11/16 21:02)
[116] 第三九話「第三の敵」[行](2013/11/19 21:03)
[117] 第四〇話「敵の味方は敵」[行](2014/03/21 13:39)
[118] 第四一話「敵の敵は味方・前」[行](2014/03/18 21:03)
[119] 第四二話「敵の敵は味方・後」[行](2014/03/21 18:22)
[120] 第四三話「聖槌軍対聖槌軍」[行](2014/03/25 21:02)
[121] 第四四話「モーゼの堰」[行](2014/03/25 21:02)
[122] 第四五話「寝間着で宴会」[行](2014/03/27 21:02)
[123] 第四六話「アナヴァー事件」[行](2014/03/29 21:02)
[124] 第四七話「瓦解」[行](2014/04/03 21:01)
[125] 第四八話「死の谷」[行](2014/04/03 21:01)
[126] 第四九話「勅令第一号」[行](2014/04/05 21:02)
[127] 第五〇話「宴の後」[行](2014/05/01 20:58)
[128] 第五一話「ケムト遠征」[行](2014/05/02 21:01)
[129] 第五二話「ギーラの帝国・前」[行](2014/05/03 21:02)
[130] 第五三話「ギーラの帝国・後」[行](2014/05/04 21:02)
[131] 第五四話「カデシの戦い」[行](2014/05/05 21:01)
[132] 第五五話「テルジエステの戦い」[行](2014/05/06 21:02)
[133] 第五六話「家族の肖像」[行](2014/05/07 21:01)
[134] 第五七話(最終話)「黄金の時代」[行](2014/05/08 21:02)
[135] 番外篇「とある白兎族女官の回想」[行](2014/10/04 21:04)
[136] 人名・地名・用語一覧[行](2014/05/01 20:58)
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[19836] 第二一話「キャベツと乙女と・前」
Name: 行◆7809557e ID:aef4ce8b 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/10/08 21:01




「黄金の帝国」・会盟篇
第二一話「キャベツと乙女と・前」






 月はニサヌからジブの月(第二月)に入り、その初旬。
 サフィナ=クロイの名前が定着しつつあるナハル川南岸には避難民の姿が急増していた。スキラの他、スファチェやハドゥルメトゥムといった近隣の町からの避難民がようやく集まってきているのだ。避難民が増えれば人足も増えるし、食うために兵士になる人間も増える。ナハル川の要塞化工事は進展速度を急速に上げていたし、ゴリアテ級輸送艦のための造船所建設工事も同様である。
 ただし、軋轢や問題はそれ以上の速度で急増していた。

「避難民同士の乱闘です! 首謀者を確保しました!」

 元々は竜也の護衛役だった牙犬族だが、竜也が即時動かせる戦力として重宝した結果、今ではサフィナ=クロイの治安警備を一手に担うようになっている。ジューベイやラサース達はサフィナ=クロイの町中を走り回り、大活躍をしていた。今もまた乱闘を起こしていた避難民を何人か逮捕して総司令部まで連れてきたところである。
 その彼等の前にラズワルドが進み出る。逮捕された避難民だけでなく牙犬族の剣士達も怯えた様子を見せた。
 ラズワルドはほんの数秒彼等を見つめ、竜也の元に戻っていって手をつなぐ。ラズワルドから事情を知らせてもらった竜也は頭痛を堪えているような表情をした。

「……原因はスファチェ側の責任がより大きいが、乱闘はハドゥルメトゥム側の方が多大な危害を与えている。よって双方の責任を同等とし、乱闘の参加者全員を簡易牢に暫定投獄。首謀者は鉱山送りとする」

 竜也が即決で判決を下し、牙犬族が避難民を引っ立てていこうとする。

「くそっ!」「この、悪魔が!」

 抵抗する避難民がラズワルドに怨嗟の視線を向け、罵声を浴びせる。だがラズワルドは薄笑いを浮かべながら、

「悪魔じゃない。『白い悪魔』」

 胸を張ってそううそぶくラズワルドに避難民等が絶句する。その隙を突いて牙犬族が避難民を強引に引っ立て、連行していった。
 大抵の町では犯罪者を裁くのは長老会議の役目だが、この町には長老会議が存在せず、現状ではかなり小さな裁判でも竜也が主催するしか方法がない。ラズワルドの恩寵は公正な裁判に、延いてはこの町の治安維持に必要不可欠となっている。だが竜也はラズワルドの恩寵を事情聴取に使うだけで、判決そのものをラズワルドに委ねたりはしなかった。どれだけ面倒であろうと、竜也が自分の考えで判決を下している。
 今回の乱闘の直接的原因は食料の不足である。腹を減らしたハドゥルメトゥムの子供がスファチェの避難民から食料を盗もうとし、スファチェの避難民がその子供に暴行を加え、誤って殺してしまったのだ。それに怒ったハドゥルメトゥム側がスファチェの避難民を襲撃、死者一人、重傷者二人を出している。
 今回のようなどこかに悪者がいるわけではない、だが深刻な被害が出ている裁判を主催し、元々悪人ではなかった者に処罰を下し、場合によっては鉱山送りとしなければならない。このような裁判が連日のように続いており、竜也の精神に多大な負担をかけていた。
 最近は裁判関係でラズワルドの仕事も増えてきたので、竜也の身の回りの世話はファイルーズ付きの女官が担当するようになっている。

「タツヤ様、ちゃんと食べて精を付けてください」

「うん、判ってる」

 創意工夫を凝らした、それでいて素材の持ち味を生かした料理の数々が竜也の目の前に並んでいる。少し前なら喜んで全て食べられただろうが、それらの料理は今は全く竜也の喉を通らなかった。

「……ごめん。今日はこれだけでいい」

 パンと果物をお茶で胃袋へと流し込み、竜也の食事は終了した。ファイルーズが心配そうに竜也を見つめるが、竜也はそれに気付かないふりをするしかない。
 食事を終えた竜也が総司令部に使っている船へと戻ってくる。総司令部の事務室はその船で一番大きい部屋に入っていた。多数の机が並び、事務処理の官僚がせわしなく走り回っている。竜也の執務室はその奥の別室、元々は船長室だった部屋だ。総司令部にはかなりの下っ端事務員でも出入り可能だが、執務室には高官や竜也の側近しか立ち入ることが許されていなかった。
 総司令部で竜也を待ち構えていたのは、事務方統括のジルジスである。ジルジスはレプティス=マグナの長老会議から出向してきた人物だ。長老と言っても年齢は四〇代でまだ若い。ジルジスは総司令部の事務仕事担当者を取りまとめる役を担っており、非常に有能である。ジルジスがいなければ総司令部はとっくの昔に破綻していた。だが、

「スファチェとカルトハダの避難民が境界線争いを」

「境界線は最初に決めたものを守らせろ」

「オエアに避難した避難民とオエア市民との諍いの調停の要請が」

「俺達がオエアに行くような時間はない。双方の代表と証人となる人間を総司令部に来させろ」

「スキラ避難民の代表者が面会を求めています」

「抗議や要望はまず文書で提出させるんだ」

「水不足が深刻になっています」

「上水道を整備する計画はどうなっている? 早く提出させろ」

「各地の避難所で多数の病人が」

「それについてはファイルーズに視察に行ってもらっている」

 山積する問題を竜也が必死に処理していくが、問題はそれ以上の速度で積み上がっていく。ジルジス達の力を持ってしても竜也の負担は極めて重く、竜也の精神的肉体的限界までの余裕はもうそれほど残っていなかった。
 バリアの提出する書類に承認のサインをし、計画の実行をバリアに委ねる。竜也の脳内では上水道等のいくつかの問題は解決済みということになった。

「独裁官タツヤ、金獅子族の族長が面会を求めていますが」

「……あー、会わないわけにはいかないな」

 処理するよりも早く未処理の仕事が積み上がっていき、今は一分が惜しい。約束のない面会に時間を割きたくはないのだが、相手は金獅子族。恩寵の部族の中でも最も有力な部族であり、多くの戦士を西ネゲヴに派遣しており、竜也にとっても重要な政治的味方である。「今は忙しい」で片付けられる相手ではなかった。
 竜也は応接室で金獅子族の族長と面談を持った。金獅子族の長老はインフィガル・アリーという名の、六〇過ぎの年齢の男である。彼の持つ荘厳な気配は確かに諸部族の長に相応しいものだった。

「いや、忙しいところすまんな」

「いえ、お気になさらないでください。今日はどうしたんですか?」

 竜也は笑顔を作りながら手早く話を進めようととする。

「今、この町では牙犬族が町の警備をしているな」

「はい」

「王女ファイルーズの元では牙犬族の女剣士が警護をしているな」

「はい」

「独裁官を警護しているのも牙犬族だな」

「はい」

 それが何か?ととぼけた顔を作りながらも、竜也はアリーの言わんとすることを理解していた。竜也は内心で頭を抱える。

「何、牙犬族だけではいざというとき不安が残るのでな。我が一族からもお主の周りに戦士を出したいと思っておるのだ」

「はい、ありがとうございます」

 竜也はそう答えておいて、

「ですけど、金獅子族には聖槌軍との戦いの中核になってもらわないといけません。金獅子族の戦士を要人警護に使うなんて、剣で野菜を切ろうとするようなものではないですか?」

 何とかその提案を断るべく知恵を巡らせた。竜也のおだてにアリーは「うむ、確かにその通りだ」と満更でもない表情だが、

「だが、牙犬族の扱いが今のままでいいわけではないぞ。金獅子族や赤虎族が血を流して戦っておるのに、敵と戦いもせん牙犬族が独裁官の下で偉そうにしておっては、我々が面白いわけがなかろうが」

 と釘を刺すことも忘れない。

「もちろんそれは判ります」

 竜也は言い訳を駆使してアリーの不満をなだめた。結局、牙犬族の剣士にも順番に前線に加わってもらうこと、ファイルーズの警護として他部族の女戦士を受け入れること等を約束してひとまずの納得を得、アリーに帰ってもらった。かなりの時間と体力を費やし、竜也はぐったりとする。
 少しだけ休もうと思っていたらその間もないうちにファイルーズが視察から戻ってきた。竜也は起き上がってファイルーズを出迎える。

「すまない。それで、どうだった?」

 はい、とファイルーズが返答し、同行している部下に回答を促す。ケムトからやってきた官僚の一人であるイネニというその男が竜也に報告した。

「衛生状態が最悪です。避難所ではどこに行っても汚水の臭いが漂っています。上水と下水の区別すら曖昧です。あれではどんな健康な人間でも病気になってしまうでしょう」

「上水道の整備は計画させている。問題は下水の方か」

 竜也は腕を組んで考え込んだ。

「……こっちじゃ糞尿は川か海に捨ててるんだよな。回収して肥料にすることを考えればもう少しは――サフィール!」

「は、はい?」

 いきなり名前を呼ばれたサフィールは戸惑いながらも返答する。

「牙犬族の村ではどうだった? やっぱり糞尿は捨てるだけなのか? それとも」

「いえ、わたし達の村では溜め込んだ糞尿を発酵させて肥料にしています。剣祖に教わったやり方です」

「それだ!」

 と竜也は指を鳴らした。

「ジューベイさんを呼んでくれ。そのやり方をこの町でも取り入れる」

 数刻後。執務室にやってきたジューベイに、竜也は事情を説明した。

「……そんなわけで、町の糞尿を全部回収して肥料にする。牙犬族の村から人を呼んで、やり方を指導してほしい。糞尿の回収も牙犬族の方で人を集めてやってもらえると助かる」

 竜也の依頼にジューベイは「しかしそれは……」と難色を示す。竜也はちょっと首を傾げながら、

「何か問題でも?」

 と問うた。ジューベイは意を決して「そのような汚穢な仕事、引き受けかねる」と竜也にきっぱり告げた。

「そのような仕事を引き受ければ牙犬族の名を落とすこととなる。それくらいならば牙犬族だけで聖槌軍に突撃しろと命じられる方がまだマシだ」

 竜也は頭を抱えたくなった。「職業に貴賎なし」が建前の二一世紀の日本ですら、貴賤はなくともステイタスの高低は厳然としてあったのだ。中世相当のこの世界ならジューベイの反応の方が当然であり、非難には値しない。
 竜也はどうすべきか考え込んだが、それほど長い時間は必要としなかった。竜也はいくつかの問題をまとめて解決すべく、ジューベイに提案する。

「……ジューベイさん。今牙犬族にはこの町の治安警備をやってもらっているけど、それを正式に牙犬族の担当としたい。この町の治安には、ジューベイさん、あなたが責任を持つということだ」

 ジューベイは無言のまま竜也に続きを促した。竜也が話を続ける。

「糞尿回収の仕事は、牙犬族が逮捕した犯罪者にやらせようと思う。牙犬族にはその監督をやってもらいたい、ということだ。犯罪者の仕事を直接監視・監督するのは雇った人間にやらせればいいけど、最終的な責任は牙犬族が持ってもらうことになる。つまりこの仕事は治安警備の一環なんだ」

 ジューベイが「ぐ」と何か言葉に詰まった。先ほどよりは態度が軟化していることを感じ取り、竜也が攻勢を続ける。

「糞尿は発酵させればいい肥料になるし、それを農民に売ればいい現金収入になる。金になると判ればこちらから頼まなくても向こうから『やられてくれ』って言ってくる商人も出てくる。事業が軌道に乗るまでの間だけの話だ」

 ジューベイは渋い顔をして沈黙したままだ。竜也は一枚目の切り札を切った。

「ジューベイさん。治安警備担当の中で特に優れた剣士には、総司令部の直衛に就いてもらうことを考えている」

「直衛?」

「そうだ。聖槌軍との戦いについては将軍アミール=ダールの管轄だ。全ての部族、全ての兵が将軍の指揮下に入る。でも、この直衛はその指揮系統から切り離す。総司令部の、独裁官の直接指揮下に入ってもらうんだ」

 おお、とジューベイが感嘆する。竜也が説明を続けた。

「任務は総司令部の、独裁官の護衛。もしナハル川の防衛線が突破された場合には、治安警備担当を率いて最後の盾になってもらう。また、独裁官が戦場に出陣する場合は供回りを務めてもらいたい」

 要するに、独裁官クロイ・タツヤの親衛隊である。判っているのかいないのか、ジューベイは「ふむふむ」と頷いている。
 日本文化を介したつながりや親近感があり、一番最初から行動を共にしてきた経緯があり、ルサディルでは戦死者を出した実績もある。竜也の牙犬族に対する信頼は深く、いまさら牙犬族を外して他の部族や兵士を親衛隊にしようとは考えていなかった。だが、アリーが言うように現状に対する他部族からの不満は決して無視できない。だからあくまでこれまでの警護の延長、事実上の親衛隊扱いとし、正式に親衛隊とはしていなかった。だが、それも糞尿処理の汚穢仕事とワンセットであるのなら他部族の反発も深刻なものにはならないだろう。
 竜也はその点もジューベイに説明したが、ジューベイはまだ「しかし……」と渋っている。竜也は最後の切り札を切った。

「独裁官警護隊には制服を用意しようと思う。こんな感じだ。隊章はこんな感じ」

 竜也は書類の裏に即興で制服と隊章の絵を描いた。制服は袖や裾にだんだら模様を入れた陣羽織、新撰組の隊服をそのままパクったものである。隊章は、刀を口に咥えた精悍な犬の絵だ。ジューベイは瞳を輝かせてその絵に見入っている。

「どうだろうか?」

「判った、お受けいたす。我等牙犬族はお主に、クロイ・タツヤに忠誠を捧げよう。たとえ腕を斬られようとも口に刀を咥えて戦おう。この隊章のように」

 意気揚々と総司令部を去っていくジューベイを見送り、竜也はため息をついた。

「下水処理はこれで問題解決……ということにしておこう。そう言えば」

 と竜也は周囲を見回す。

「ここの上水道整備も考えないと」

 総司令部があるゲフェンの丘は官庁街の様相を呈しつつある。だがここで仕事をする人間が増えれば、それだけ上下水道の整備が必要となった。下水については海側に捨てるだけなので人数が増えようとそれほど大きな問題にはならない。問題は上水道だ。

「幸い丘のふもとに泉が湧いているからきれいな水は確保できるけど、丘の上までそれを汲み上げるのが面倒なんだよな」

「確かに面倒ですが、他に方法があるのですか?」

 官僚の一人が竜也の考えを確認するように問う。現在は下働きの人間が、泉の水を溜めた桶を担いで丘を登っている。つまりは完全な人力による水道である。

「幸か不幸か、人手には事欠きませんから」

「だからと言って、いつまでもこのままってわけにもいかないだろう」

 余力があれば地下水道を掘ってサイフォンの原理でここまで水を引っ張ってくるんだが、等と呟く竜也をその若い官僚は不思議そうに見つめている。

「ポンプが使えれば話は早いだろうけど、でも動力が――」

 何かを思いついた竜也はそのまま考え込む。少しの時間を経て、竜也は部下に指示を出した。

「近いうちにゴリアテ級の建造現場に視察に行くからそのつもりで」





 スケジュールを調整して視察の時間を作れたのは二日後である。その日、竜也はサフィナ=クロイの町外れに建設中の造船所の視察にやってきていた。
 ゴリアテ級輸送艦五隻を同時建造するにあたり、まずはそれだけの能力を持つ造船所の建設から取りかからなければならなかった。海辺が目の前の、砂浜と草原の中間のような場所に巨大な穴を掘っていく。大きさは、長さ百数十メートル・幅五〇メートル、深さはまだ数メートル程度。穴の土壁は砂が多く崩れやすいのでセメントで固められる。

「なるほど、この穴の中で建造するのか」
 竜也を案内するガリーブが「その通りだ!」と答えた。

「船の建造と同時に海側からも穴を掘って運河を造り、水門を作って運河と工廠とを隔てる予定だ! 船が完成したなら向こう側の川から水を引いて船を浮かべ、その状態で水門を開けば船は水ごと海に出る!」

「水の大半は船と一緒に出て行って、残った水は水門を閉めて掻き出すんだな」

 建設現場では何千人もの労働者がひたすら巨大な穴を掘っていた。人がまるで蟻の群れのようである。別の一角ではネゲヴ中から集められた木材が山と積み上げられており、一部では部品の削り出しが始まっている。当然ながら船はまだ影も形もできていなかった。
 工事現場の一角に安置された、大きな瓶が竜也の目に留まった。

「あれは?」

「ああ、土瀝青だ。船の防水材に使用する」

 竜也は何気なく瓶の中を覗き込み、そこに溜め込まれているのがアスファルトであることを理解。途端に竜也の目つきが鋭くなった。

「……ガリーブさん、この土瀝青はどこで手に入れたんですか」

 竜也の様子に怪訝な表情をしながらもガリーブが答える。

「地面を掘ったら水じゃなくて油が出てきた井戸が南の漁村にあってな。そこから仕入れさせている」

「そうか、油井……!」

 北アフリカはアラビア半島に次ぐ産油地帯である。今までそのことに思い当たらなかった方が迂闊だった、と竜也は自分を罵った。竜也は即座に同行している官僚の一人に指示を飛ばす。

「そこ以外に、他の場所に油井がないか確認しろ。東ネゲヴ中の町に調べさせるんだ。最低数ヶ所は確保したい、必ずどこかにあるはずだ」

「油などどうするおつもりですか?」

 その問いに竜也は当たり前のように答える。

「そんなの決まっている。敵にぶっかけて燃やすんだ」

 建設現場事務所へと戻った竜也は用件を切り出した。

「総司令部に建ててほしい建物があるんだが、あなたの弟子を貸してくれないか?」

 その言葉にガリーブが「ザキィ、任せる」と命令する。ザキィは笑みを見せながら竜也の前へと進み出た。

「はい。どのような建物でしょうか?」

「簡単に図を書いてみた」

 と竜也は事前に用意した絵図を広げる。そこに描かれていたのは巨大な風車である。

「風車ですか?」

「そうだ。風を受けて風車が回るとこちらのロープに連動して、水の入った桶を引っ張ってくる。桶がここで回転して、この水槽に水を入れて、空の桶がまたふもとの泉に向かうようにしてほしい」

 ふむ、とザキィが腕を組んで考え込んだ。

「構造自体は単純ですので建設は難しくないでしょう。問題は風車と泉との距離ですね。井戸の上に建設するのなら楽なんですが」

「可能かどうかの確認も含めて、その辺は任せる。とにかく水汲みの手間を省ければいいんだ」

 判りました、とザキィが頷く。数日後には造船所からザキィがやってきて、ゲフェンの丘の総司令部周辺を確認して回った。

「ふもとの泉から丘の上までが遠すぎます。あのような構造物は現実的ではないですね」

 ザキィは視察の結果をそう結論づけた。竜也は「そうか」と落胆する。そこにザキィが「ですが」と提案した。

「井戸を掘ってはどうでしょうか?」

 竜也は首を傾げる。

「湧き水があるんだから井戸も掘れるだろうが、丘の高さは見れば判るだろう? それこそ現実的じゃないんじゃないのか?」

「ええ、普通ならそうですが、見たところこの丘は石灰岩が多いようです。地下が空洞になっているかもしれない。もしそうなら大して深く掘らなくても地下水にたどり着けるかもしれません」

「それなら任せる。人手はこちらで用意しよう」

 竜也は速やかに決断を下した。
 後日、掘削場所を決めるために、L字型の二本の棒を持ったザキィが大真面目な顔で丘の上をうろうろしている姿が見られ、竜也は笑いそうになるのを我慢した。ザキィが決めた掘削場所には既に木造小屋が建っていたのだが、竜也の要請で小屋は別の場所に移動させられる。小屋を使っていた官僚達も移動に対しほとんど文句を言わず、井戸掘りは速やかに進められた。
 またある日の総司令部、竜也が官僚の一人に確認する。

「そう言えば、織物職人と会うのは今日だったな」

「ええ。もう集まっています」

 そうか、と竜也は答え、織物職人等との面会に向かった。

「あなた達に作ってもらいたいのは、まずこういう外套だ」

 織物職人等が集められた部屋で、十数人の職人に向かって竜也は前置きも何もなしに用件を告げた。竜也は一同にそれが描かれた絵を示す。

「こっちが青でこっちが白。ここに紐があって前で結ぶ」

 以前ジューベイに伝えたように、竜也は独裁官警護隊の隊服を揃える手配しようとしていた。また警護隊やその他の旗も用意しようとする。

「服と同じ青と白の染料を使ってこういう旗を作ってほしい」

 竜也は牙犬族の隊章となる、剣を咥えた犬の絵図を示す。竜也はさらに別の絵図を職人達に示した。

「次、これは奴隷軍団の軍旗だ」

 その図案を見た職人達は、戸惑ったような微妙な反応をする。その旗に描かれているのは紅蓮の炎と螺旋を描いたドリルであり、元の世界の日本人が見たなら「どこのグレン団だ」と突っ込みを入れること間違いなしの代物だった。

「……これは一体?」

「鉱山で使っている道具をモチーフに選んだんだ」

 職人の一人の問いに竜也は胸を張って答える。その職人は「他に道具やモチーフはあっただろうに」と言いたげな顔をするが、竜也はそれを無視した。
 竜也も最初は他の採掘道具を、例えばツルハシをモチーフにした図案を考えたりもしたのだ。だがどこかの旧共産国の国旗のようになってしまったので「イメージが悪い」と却下したのである。

「次、こっちは海軍用の旗だ」

 その絵を見せられた職人が、今度は感嘆の声を上げる。髑髏船団が今使っている稚拙な髑髏の絵とはわけが違う、迫力のある髑髏がリアルに緻密に描かれていた。

「最後に、これは俺個人の旗となる。この旗は五パッスス(約七メートル)四方の大きさで作ってくれ」

 その絵を見せられた職人からは、今度は声一つ漏れることがなかった。七つの首がとぐろを巻いた、巨大な黒い竜の姿。それは竜也が魂をぶつけて描いた渾身の一作。自分を「黒き竜」だと信じる竜也が、自分の魂を絵の形に、竜の姿に託したものだった。




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