~飛び込んだ先の世界~
一瞬視界がホワイトアウトし、ようやく視力が回復した複眼の異形は人間と何ら変わりのない姿になっていた。
近くに元異形の追っていた翼ある異形の気配はしない。
(・・・・ここは何処だ?)
当然の疑問が彼の脳裏に浮かぶ。
だが、それに答えるものはなくその代わりとばかりに誰かの叫ぶ声が彼の聴覚を刺激した。
「――――本気か、7人目のサーヴァント……、おいおい、二人いるだとッ!?」
硬い金属がぶつかり合う音がした直後、そこから近くはないところに何かが着地する音が聞こえた。
着地音のする方を元異形が見やると、そこには赤い槍を構えた蒼い衣に蒼い髪をした男がいた。
男はゆらゆらと立っていたが、決して油断などできない殺気を放っていた。
元異形は次に金属音のする方を見やった。
「問おう、貴方が私のマスターか?」
「マスター?おやっさん、いや、立花さんのことか?」
そこにいた銀の鎧を纏った――例えるなら騎士のような少年から突然「マスターか?」などと問われ、元異形は自分の記憶の中にあるマスターに該当する人間の名を出した。
その名を聞いてか聞かずか、少年は訝しげな表情を元異形に見せた。
「…………?」
「・・・・ム?」
「な、何だよ?あんたら二人は!?」
槍を持つ男でも目の前の少年のものでもない声を聞き、元異形はその声の主に顔を向けた。
顔を向ける途中、元異形はここがどうやら古い日本家屋に多くある土蔵の中であると気づいた。
「君は?」
「失礼した。あなたが私のマスターか?」
「え…いや……マスター?」
元異形の言葉は、金髪の少年の問いに掻き消された。
先程の声の主たる赤毛の少年は、オウム返しに金髪の少年に問われた言葉を口にする。
彼の混乱した表情を見て、今の状況を分かっているのは金髪の少年と槍を持つ男だと元異形はアタリを付けた。
「すまない、君に聞きたいことがあるんだが・・・・」
「サーヴァント・セイバー、召還に応じ参上した」
金髪の少年が何事か宣言した瞬間、赤毛の少年が左手の甲を押さえながら顔を歪めた。
赤毛の少年の左手の甲には痣のようなものが浮かんでいた。
「……何だ、コレ?」
「それは『令呪』です。貴方がマスターである何よりの証……」
「マス…ター……サーヴァント…?」
「これより我が剣は貴方と共にあり……、貴方の運命は私と共にある。ここに契約は完了した」
金髪の少年は透き通った凛とした声でそう告げた。
どうやら元異形の与り知らぬところで状況はどんどん進展していっているようだ。
ふと、金髪の少年と元異形の目が合った。
「マスター、この男は?」
「いや、知らない……」
「俺か?俺は本郷猛だ」
「貴方には聞いていない!」
金髪の少年は殺気を隠すこともなく元異形――本郷猛に吠えた。
少年の殺気に一瞬本郷は気圧された。その殺気は本郷が今まで対峙してきた人間とは異なるものと似通いながらもどこか違っていた。それ故に本郷は一瞬少年に呑まれた。
だが、それはあくまで一瞬の出来事。本郷は沈着冷静な思考をすぐに取り戻した。
「待ってくれ。俺は気が付いたらなぜかここにいたんだ。君が『マスター』と呼ぶこの少年のことも、ここがどこなのかすらも知らないんだ」
「世迷い言を……。そのバイク、貴方のクラスはライダーか!?」
「ムゥ・・・・」
本郷は言葉に窮した。
それは秘匿しているはずの自らの二つ名を呼ばれたからに他ならない。
(この少年、まさか何らかの組織の改造人間か・・・・?)
本郷の脳裏を「ショッカー」や「GOD機関」「ブラックサタン」といった単語が駆け巡る。
彼の中で金髪の少年への警戒心が急激に強くなり始めた。
元々、元異形は翼ある異形――怪人を追いかけていたのだ。
怪しげな魔法陣に飛び込んだ先が、敵の本拠地である可能性は否定できない。寧ろそうあって然るべきだ。
本郷が自らの置かれた状況が、かなり危険な状態なのではないかと思い当たったところで金髪の少年の顔に困惑の色が浮かんでいることに気付いた。
だが、未だ本郷に向けられている殺気がほんの少しも和らいではいない。
「……この感じ、サーヴァントではない……、のですか?」
「あぁ、俺は『サーヴァント』とやらではないし、君と戦うつもりもない」
先ほどからの金髪の少年の言動を省みて、本郷は彼が戦うべき相手とは「サーヴァント」と呼ばれる者だと推測した。故に、自分は「サーヴァント」と呼ばれる者ではないと表明した。
それに、ここが本郷の敵のアジトならば目の前の少年が本郷のことを知らぬはずがない。
両手を上に掲げ戦闘する意思のないことを全身で表現しながら本郷は少年の答えを待った。
(さて……)
金髪の少年は高速で思考を巡らせる。
(先ほどこちらに槍を向けた男、恐らくランサーは「サーヴァントが二人」と驚いていた。恐らく私とこの男のことでしょう。ならば、この男は私とほぼ同時にここに現れたとみて間違いない。そんなことが出来る者がただの人間などでは決してない……。イレギュラーといったところでしょうか?)
少年は本郷を、その身体全体を値踏みするかのように見回した。
(……この男が何者にせよ、考え得る危険要素は排除するべきだ)
少年の思考は纏まった。
そして、何の躊躇いもなく少年はその両の腕を真一文字に薙いだ。
こうして本郷はあっけなく死んだ――――
――――はずだった。
ついさっきまでそこにいたはずの男は、赤毛の少年の傍に彼を庇うように立っていた。
「・・・・ふぅ」
間一髪だった、と本郷は一瞬だけ先ほどの出来事を思い返す。
少年の殺気が威圧のための殺気から本当に殺すときの殺気への移行の瞬間を見極めきれず、その場から離れていなければ自分の首と胴体は分かたれていた、と。
(なかなかの実力の持ち主のようだな。それに彼は何も持っているように見えないが、彼が腕を振った時のあの風の揺らぎ・・・・、剣のような武器を持っているに違いない。不可視の武器か・・・・。敵に回すとなると厄介だな)
冷静に少年の動きと彼の持つ武器を分析しながら本郷は傍らにいる赤毛の少年を見やる。
「大丈夫か?」
「あ、あぁ……。なぁ、本郷さんだっけ?今、何が起きてるんだ?」
「フム、それが俺にもよくわかっていない。詳しい話を聞きたいんだが・・・・」
「マスター、その男から離れてください!その男は危険だ!!」
金髪の少年は赤毛の少年に必死に嘆願する。
まるで、彼の味方は赤毛の少年只一人でそれ以外の全ては敵であるかのように。
(彼の言う「マスター」と「サーヴァント」、その意味が言葉通りならば・・・・)
本郷は少年の口にする言葉の意味を信じて不戦の意思を口にした。
「もう一度言おう。俺に君と戦う意思はない。だが、君がこの少年に手を出すというのなら容赦はしない」
「……そのような言葉が信じられると思いますか?」
本郷は少年の心の僅かな揺れを見逃さなかった。
そこに畳みかけるように本郷は赤毛の少年の傍を離れ、金髪の少年に歩み寄った。
「俺は彼に危害を加えるつもりはない。信じてくれないか?」
「なっ!?」
金髪の少年は困惑した。
本郷は金髪の少年曰く「マスター」なる少年をいとも簡単に殺せる位置にいながら、何の躊躇いもなく金髪の少年の間合いに入ってきたのだから。
(何故だ?何故マスターを殺せる絶好の機会をこの男はみすみす見逃した!?私たちに懐柔するつもりなのか!?それとも、本当に戦うつもりがない?いや、そんなはずはない……)
少年は困惑しながらも手に取った武器を構え直した。
彼の持つ武器は不可視の剣。先ほどは避けられてしまったが、次に振るうのは油断のない必殺の意思を込めた斬撃、しかも不可視故にその剣の間合いがどれほどのものかは本郷にはわかっているはずもない。
そして、本郷は既に少年の斬撃の届く範囲にまで踏み込んでいた。
後は、その剣を振るうだけだった。
「もういいだろ。その人は戦う気がないって言ってるんだし」
「なっ!?」
本郷を斬る機を窺っていた金髪の少年の動きを止めさせたのは本郷ではなく、赤毛の少年の言葉だった。
「なぜ止めるのです、マスター!?」
「アンタたちの事情はよくわかってないけど、今は揉め事なんかしてる場合じゃないんだ。まだ外にいるアイツ、アイツを何とかしなくちゃいけない」
赤毛の少年は自分の心を奮い立たせる。
(落ち着け、衛宮士郎。アイツは目撃者は消すと言っていた。どういう経緯であの二人がここにいるのかはわからないけど、アイツは俺を含めた三人を間違いなく殺しに来るだろう)
赤毛の少年――衛宮士郎はあの日の誓いを、決意を思い出す。
(俺は誰かの危機を救う「正義の味方」になるって決めたんだ。なら、やることは決まっている!――――この二人を助けることだ)
士郎は自分の成すべきことを成すために、今の己にできることを確認する。
(悔しいけど今の俺じゃアイツには敵わない。この二人を護りながら戦うなんて到底無理だ。……だから、まずは二人を逃がす。でも、逃がしただけじゃ駄目だ。アイツは俺のように二人を追いかけて必ず殺そうとするはずだ。何が何でも今ここでアイツを倒さなきゃいけない!だから――――俺はアイツと刺し違える!!まともに戦っても勝てないなら、この命と引き換えにしてでもアイツを倒すッ!!)
そして士郎は幼き日に憧れ、その跡を継ぐと決めた男を謝罪と覚悟を告げる。
(ゴメン、切嗣(オヤジ)。アンタとの約束護れそうにないよ……。でも、せめて「正義の味方」みたいに……、この二人だけは護って見せる!)
思えばここにいる二人は士郎がたった今出会ったばかりで名前も何も知らない赤の他人。
しかし、彼らには今間違いなく命の危機が迫っている。
衛宮士郎が自らの命を投げ出すにはそれだけあれば十分だ。
士郎はいつもこの土蔵で行っている「強化」の魔術の鍛錬に使っている鉄パイプを拾い上げ、二人に声をかけた。
「……俺がアイツの注意を引く。その間にアンタたちは逃げろ」
「いや、俺が行こう。君は怪我をしているだろう?ここで大人しく待っているんだ」
士郎の決意は本郷の一言に一蹴された。
「何言ってんだよ、アンタ!アイツは話が通じるような奴じゃないんだぞ!?」
「そうか・・・・。だが、やるだけやってみるさ」
士郎の制止の言葉を本郷は軽く流して土蔵の外へと歩き出した。
「あの男の言うように、マスターはここに。この聖杯戦争、必ずや私が勝利に導きます――!」
「な…!?」
金髪の少年も士郎の言葉を無視して本郷を追いかけるように歩き始めた。
「なんなんだ、二人とも!くそ…!!」
士郎も二人の後を追って土蔵の外へと駆け出した。
土蔵に残されたのは本郷の乗っていたバイクだけであった。
~蒼き獣と青き騎士~
少年は今後の方針を思考した。
本郷は油断ならない危険人物であるが、それ以上に危険な存在として外に槍を持った蒼髪の男――恐らくサーヴァントがいる。本郷に気を取られている間にその男から不意打ちされて、しかもそれが致命傷になるなどという事態に陥っては笑い話にもならない。故に今は本郷のことは捨て置いて蒼髪の男に集中するべきだ、と少年は自分を納得させた。
だが、本郷はまだ気を許していい相手ではないと、土蔵の入り口あたりで本郷に追い付いた少年は自分に言い聞かせる意味も含めて一言忠告した。
「……私はまだ貴方を信用したわけではありません」
「今はまだそれでいいさ」
まだ警戒心を表している少年とは対照的に、本郷は既に少年を警戒していなかった。
現にこうして彼は本郷に殺気を向けるでも武器を構えるでもなく隣にいる。
本郷にとって今はそれだけで十分だった。
「それよりも今は彼と話ができるかどうかが問題だ」
「それは無理でしょう。サーヴァント同士が顔を合わせた以上戦闘は避けられない」
本郷の問題提起は少年の言葉であっさりと却下された。
「ムゥ、なら彼もサーヴァントなのか・・・・。だが、やるだけやらせてくれないか?彼も2対1の状況なら迂闊に手を出そうとはしないはずだ」
「貴方にサーヴァントと闘うことができるほどの力があるとは思えません。そもそも、私は貴方と手を組んだ覚えもありません」
「はっはっは。手厳しいな」
少年は本郷と槍の男に対する警戒を緩めてはいなかったものの、内心呆れていた。――本郷がサーヴァントとまともに戦えると思っていることに。
確かに少年自身本郷のことを危険だとは思っているが、それはあくまで本郷の身柄・目的が漠然としているが故の警戒であり、彼を強力な戦闘者として危険視しているわけではない。
(……本当にこの男は何も知らないのですね。マスターも先ほどサーヴァントである私に対して「逃げろ」などと言い出す始末……。一度落ち着いて話し合うのがいいのかもしれません。……ですが、今はあの男――ランサーを討つのが先決だ)
少年の選択肢には穏便な話し合いなどない。
サーヴァント同士が出会えばその次に起こるのは殺し合いしかないのだから。
「これからあの男と戦闘になるでしょう。貴方は精々巻き込まれないようにしていなさい」
「待ってくれ。彼はさっき『サーヴァントが二人』と言っていた。ということは、彼は俺のこともサーヴァントだと思っているはずだ。ハッタリには十分だろう」
「……無駄だと思うのですが」
少年は折れた。
ほんの気まぐれからとはいえ少年は忠告をしてやったというのに、本郷は耳を貸そうともしない。
(まぁ、私がこの男を護ってやる理由もありません。このような瑣事など捨て置きましょう)
少年は本郷を無視して外の男と戦う決意をした。
二人が土蔵の外に出るとやはりそこには槍を持った蒼髪の男がいた。
「おぅ、やっと出てきたな。三人か……。さっきの間にとっとと逃げといた方が良かったか?」
蒼髪の男は冗談めいた口調そう笑った。
男の言った「三人」という言葉を聞いて少年と本郷は横目で後ろを見た。
そこには、土蔵の中にいるはずの赤毛の少年がいた。
(なぜ出てきたのですか、マスター!!)
思わずそう叫びたかった少年だが、そのような隙を晒せば槍を持った男に絶好の機会を与えてしまうのは自明の理と、少年はその思いを抑え込んだ。
数秒間の睨みあいを経て状況を動かしたのは、本郷の言葉だった。
「待ってくれ。俺たちは君と戦うつもりはない。話を聞かせてくれないか?」
「おぅ、悪くない提案だな。だが、俺はマスターから他のサーヴァントを偵察して来いって言われてるんでな。それに、敵であるお前らにおいそれとコッチの情報は教えられねぇし……、相手してもらうぜ?」
蒼髪の男は自分が数的不利であるにも関わらず、寧ろこの状況を楽しんでいるようだった。
男の返答に本郷は目を細め、その隣でだから言っただろうとばかりに少年は嘆息した。
少年は本郷から蒼髪の男に視線を移すと、静かに戦いの開幕を告げた。
「……残念ながら貴方はこの場を離脱することはできません。貴方はここで倒れるのですから――!」
「ハッ!武器も持たずによく言う。さっさと武器を構えな。……でないと死ぬぜ?」
「ランサー、貴方は相手の手の内を見極めてからしか攻められないのですか?」
「……上等だッ!!」
刹那、槍を持った男――ランサーが槍を構え突進してきた。
その速さはまるで銃より放たれた弾丸のようであった。
「くっ!!」
それに対し、赤毛の少年は自身の脚力を最大限にまで発揮して本郷と少年を槍から護らんと駆け出した。
(捌いて薙ぎ払う!!)
金髪の少年は自身が「マスター」と呼ぶ者とランサーを結ぶ直線状に立ち、その槍を弾き迎撃せんと不可視の剣を構えた。
戦場にて蒼と赤と金が交錯する――――
――――かに思われた。
「む…!?」
「え…!?」
「な…!?」
三者の行動は彼らの思い描いた結果と三者とも違っていた。
ランサーの槍は常人には不可避の速度だったにも関わらず何もない空を突き、赤毛の少年の足は前に踏み出されたはずなのにその足は地にすら着かず、金髪の少年の剣はランサーの槍を弾くどころか振われることさえなかった。
「な、何をするのですか!貴方は!?」
本郷と金髪の少年、そして赤毛の少年は土蔵の上に立っていた。
正確に言えば二人の少年は本郷の両脇に抱えられていた。
「いや、危ないと思ったから助けたんだが・・・・」
「いらぬ心配です!」
本郷は何故自分が怒鳴られているのかわかっていなさそうな表情を浮かべながら、ひとまず二人を降ろした。
(しかし、彼のあのスピード・・・・、まるで改造人間のようだ。サーヴァントとは皆あれほどの力を持っているのか?ということは彼もまた・・・・)
ランサーを見て、金髪の少年を見て本郷はサーヴァントと呼ばれるものの危険性を感じ取っていた。
一方で、ランサーも本郷の動きを見て感心していた。
(本気で突いたわけじゃねぇが、あの突きをかわすどころか二人も抱えてあそこまで飛び退くたぁ……)
ランサーは獰猛な笑みを浮かべた。
戦り甲斐のありそうな奴が見つかった、と言わんばかりの笑いだ。
「へっ……、この聖杯戦争ハズレを引いたと思っていたが、存外悪くない展開だな」
「聖杯戦争・・・・?なんのことだ?」
土蔵から出る前に金髪の少年も言っていた耳慣れぬ言葉を放ったランサーに本郷は思わず聞き返していた。
本郷の言葉と赤毛の少年の呆けた表情を見て、ランサーは脱力感を覚えたようだった。
「おいおい、知らねぇはずはねぇだろ?……待てよ?この感じ、サーヴァントじゃねぇな?」
「ムゥ・・・・」
本郷はハッタリが利かなくなったことを少々残念に思ったが、すぐに思考を切り替えた。
「あぁ、俺はサーヴァントじゃない。だから君と争う理由はないはずだ。武器を収めてくれないか?」
「いや、十分あるんだな、これが」
そう語るランサーの目は爛々と輝いていた。
「それにお前なかなかの腕を持ってそうじゃねぇか。見逃す気はねぇな!」
そう言うと、ランサーは本郷にその槍の矛先と禍々しいまでの殺気を向けた。
彼の顔には根っからの戦闘好きであることを証明するような笑みが貼りついていた。
「……だから言ったでしょう。話し合いなど出来はしないと」
金髪の少年は本郷に一言そう告げると土蔵の屋根から飛び降りた。
妙な動きをしたら先にお前を殺す、という意思がひしひしと感じられる視線を本郷に向けながら。
ランサーは飛び降りてきた少年を一瞥すると、槍の矛先を本郷からその少年へと向け直した。
「どうやらお前は本物のサーヴァントみたいだな?」
「えぇ、確かにこの身はサーヴァント。先ほどは邪魔が入りましたが今度こそ貴方を討ちます。――ランサー、覚悟はよろしいですか?」
「……目撃者の始末は後回しだな。――いいぜ。戦り合おうじゃねぇかッ!!」
ランサーが鋭く速い突きを繰り出す。
しかし、その突きは少年の持つ不可視の武器に阻まれた。
だが、ランサーは特に驚いた様子もなくその顔には不敵な笑みが浮かんでいた。
少年は槍を突かれたままの勢いで脇へと受け流し、鉄すらも寸断せんばかりの斬撃を放つ。
ランサーは引き戻した槍で斬撃を受け止めんとするが、その力に耐え切れず後ろへと飛び退いた。
彼は相変わらず不敵な笑みを浮かべたまま少年へと話しかけた。
「……やっぱりな。不可視の武器とは面白いもん持ってやがる」
「気付いていましたか……」
「武器を構える時間は十分あったろうに何もしないってことは、無手か既に武器を持っているかだろうしな?じゃあ、行くぜッ!!」
再びランサーと少年が互いの武器をぶつけ合う。
体格差をものともしない少年の力強い武器捌きも圧巻だが、不可視の武器を捌き切るランサーの槍の扱いもさるものだった。
二人の剣戟の激しさに赤毛の少年は圧倒されていた。
(…!!あんな小さな身体で大の男と渡り合うなんて……)
その横で本郷はサーヴァントと呼ばれる者たちの強さに戦慄を覚えつつも先ほど耳にした剣呑な言葉に思考を巡らせていた。
(さっきあの男が言った「目撃者の始末」とは――)
二人の眼下ではサーヴァントが夜の闇の中に美しく輝く閃光――剣戟による火花を散らせていた。
そして、幾許かの攻防を経て互いの武器を打ち合って生まれた衝撃に身を任せ両者は後方へと大きく跳んだ。
「……ひとつ訊かせろ。お前の武器、それは剣か?」
「何を今更、既に見当は付いているのでしょう?」
「あぁ、最優と名高い剣使いのサーヴァント・セイバー。まさかこんな所で相見えるとはな……ッ!!」
本郷はセイバーと呼ばれた金髪の少年とランサーと呼ばれた蒼髪の男の言葉を思い返し、今現在のおおよその状況を推論していた。
(おそらく二人の戦いは「聖杯戦争」と呼ばれるもので「マスター」と「サーヴァント」という組み合わせで参加し、「サーヴァント」にはクラスがあり少なくとも「セイバー」「ランサー」「ライダー」の三人がいる・・・・)
そこまで考えた本郷の脳裏に嫌な予感が駆け巡った。
その予感を振り払わんと、そしてより現状について正しい推測を行わんと本郷は傍らの赤毛の少年に問いかけた。
「・・・・ところで、君の名前を教えてくれないか?」
「俺は士郎。衛宮士郎って言ってこの家の人間だ」
「・・・・シロウか」
本郷は感慨深げに赤毛の少年の名を呟いた。
本郷の脳裏に一瞬だけ自らの血を分けた弟の顔が浮かんだ。
「では士郎君。君が今わかっていることを何でもいい、教えてくれないか?」
「……俺は学校であのランサーって奴と誰かが戦っているのを見て、そしたらランサーが『目撃者は消す』って俺を殺しに来て……」
「――そうか、そういうことだったのか!!」
本郷は何故セイバーとランサーがサーヴァントでもマスターでもない本郷に殺気を向けたのか唐突に理解した。
いや、唐突ではない。何故なら今本郷が理解したことは、先ほどから考えつつもそうであって欲しくないと無意識に己の思考から除外していた答えだったのだから。
「士郎君、君はここを動くな」
そう言うと本郷は土蔵の屋根から飛び降りた。
そして、飛び降りたままの勢いで本郷はセイバーとランサーの間に割って入った。
が、そのとき既に二人は相手を討ち倒さんと駆け出していた。
「本郷さん!?」
本郷の着地点、そこにセイバーとランサー両者の武器が振るわれた。
~剣と槍の交わりの最中に巻き起こる風~
突然の闖入者に対してセイバーもランサーも武器を振るう腕を止めることはなかった。
二人は乱入してきたお前が悪いと言わんばかりに、取るに足らぬ路傍の石を払うかのように武器を軽く振るった。
両者の考えは奇しくも一致していた。
こんな奴に気を取られて隙を晒すわけにはいかない、と。
故に二人の武器は最小限の動きで振るわれた。
だが、ランサーの槍とセイバーの剣は本郷の命を消し飛ばすことはなく彼の両の腕によってその動きを止められた。
「なっ!?」
「むっ!?」
セイバーとランサー、二人のサーヴァントは驚愕した。
本郷は、ランサーの突きに反応しただけでなく二人の人間を抱えて土蔵の上まで飛び上がった。その動きはただの人間には不可能な動き故に二人は本郷を警戒していた。
だが、警戒していただけであって驚異とは認識していなかった。
サーヴァントの動きについてこられる等とは想像もしていなかった。
所詮サーヴァントでもない人間相手なのだからと力を抜いた攻撃だったとはいえ、自分たちの武器を止められるとは思っていなかった。
「――聞きたいことがある」
沈黙を破ったのは本郷だった。
「――聖杯戦争というのは複数のマスターとサーヴァントが戦うものなのか?」
「あぁ、そうだ」
ランサーが本郷の問いに答える。
「――その戦いを見てしまった人間は、何の罪もなくても殺されるのか?」
「あぁ、『目撃者は抹殺する』ってのがルールだからな」
本郷の脳裏から消えない嫌な予感は革新へとその姿を変えていた。
「・・・・士郎君も君の戦いを見てしまったから殺すのか?」
「そうだな。ま、少々事情が変わったみたいだがな」
「・・・・そうか」
本郷はその表情から窺い知ることはできないが、彼の心は激しい怒りに燃え上がっていた。
「――さっき俺は君たちと戦う意思はないと言った。だが、君たちが無関係な人々を争いに巻き込むと言うのなら……それを見過ごすことなど出来ない!」
「ほぉ……、ならばどうするつもりだ?」
「まずは君たちを止める。事の次第によっては君たちを倒す!!」
そう叫ぶと、本郷は素早くその場から飛び退いた。
そして本郷は右手を左に向かって斜め上に伸ばし、腰の横で左手の拳を固く握る 一見不可思議だが力強さと凄みを感じさせる構えをとった。
すると、本郷の周囲に風が吹き始め彼の腰にはいつの間にか中央に風車を配した機械的なベルトが出現していた。
本郷の異変を感じ取ったランサーは油断なく槍を構え、セイバーも不可視の剣を構え直した。
「……どうやら本当にただの人間じゃねぇみたいだな?」
「お見せしよう・・・・」
本郷の周囲を漂っていた風がその勢いを増し、嵐となって吹き荒れる。
ベルトの中央が激しく回転し、嵐を吸ってさらに回転数を上げる。
それほどの激しい暴風にも関わらず本郷の声が力強く太く大きく響く。
「ライダー・・・・」
瞬間、風車から強く眩く輝く虹色の光が放たれる。
その光の向こうで本郷の右腕が円を描くように左へと動いた。
本郷の姿は黒のライダースジャケットから生物的なフォルムに変わりつつあった。
凄まじい光が本郷のベルトから発せられているために断片的にしか確認できないが、確かに本郷の姿は変化し続けている。
「変身!!」
腰のベルトが一層大きく輝き本郷の姿が一瞬顕わになった。しかし、その姿は本郷のものではなかった。
その両の腕と脚は鮮やかな銀の輝きを見せ、その全身を取り巻く色は影・闇を連想させる黒で、その胸から腹部にかけては有機的な緑の装甲とも皮膚ともとれる外殻に覆われており、また顔の辺りには複眼を思わせる真っ赤な光源が二つあり、鋭い歯をした銀の顎と昆虫的な二本の触覚が生えている。頭部を覆う外殻もまた緑色であるせいか、それはまるでバッタを摸した仮面を付けているようだった。
そして、何より目を惹くのは全てを飲み込み燃えさかる火焔のように風にたゆたう真っ赤なマフラー。
そこにいるのはただの人間などではなく、大いなる力を秘めた一流の戦闘者であった。
突然の本郷の変異に全ての者が目を見張る中、ランサーが尤もな質問をした。
「……テメェ、なにもんだ?」
本郷はその問いに力強く答えた。
「――――仮面ライダー」
「そうかい、聞いたことねぇ名だな。まぁ、ただもんじゃあなさそうだな?」
ランサーは楽しくてたまらないといった表情を浮かべていた。
その顔は待ち望んでいたおもちゃを与えられた子どものようでもあった。
「セイバー、手出しはするなよ?コイツは俺の獲物だ!!」
その言葉すら置き去りにするほどの速さでランサーは仮面ライダーへと突進した。
仮面ライダーは疾風のように迫るランサーの槍の穂先を何と右手の人差し指と中指だけで挟んで止めた。
「ハッ!やるじゃねぇか!じゃあ、少々本気出して行くぜ!!」
ランサーが仮面ライダーの右手を振り払い、嵐のように連続で突きを繰り出してきた。
仮面ライダーはランサーの突きを危なげなく右へ左へと捌いていく。
業を煮やしたのかランサーが少しだけ大きく振りかぶって槍を突いてきた。
仮面ライダーはその突きを一際大きく右に捌き、守りから攻めへと転じた。
「トォッ!ライダーパンチ!!」
「ぐっ!?」
ライダーパンチを槍で受け止めたランサーだが、その口からは苦しそうな声が漏れた。
何とか堪えきったランサーは一旦仮面ライダーとの距離を開けた。
「……双剣使いのアーチャーに最優のサーヴァント・セイバー、それにサーヴァントでもねぇくせに俺と渡り合う奴、か。へっ、こりゃあハズレなんてもんじゃねぇ。大アタリだ!」
そう言うとランサーは今まで見せたどの構えよりも低く構えて見せた。
仮面ライダーはその動きに何かを感じ取り半身に構え直した。
一瞬の睨み合いの後、ランサーが地を蹴り豹の如く走り出した正にその時であった。
「何ィ!?ふざけんなッ!!」
「ム・・・・?」
ランサーが足を止め突然叫んだ。
それはこの場にいるセイバー、士郎、そして仮面ライダーでもない誰かに対しての怒りの叫びのようだった。
「クソッタレがあぁっ!!」
しばしの逡巡の後、ランサーは悔しげな、名残惜しげな、そして何より怒りに満ちた表情で仮面ライダーらを一瞥した後転身、一気に塀に駆け寄るとそれを軽々と飛び越えて夜の闇にその姿を消した。
「待てっ!!」
セイバーの制止の声はランサーには届かず、夜の静寂に溶けて消えた。
ランサーの撤退の速さと現在の自身の置かれた状況から追跡を不可能と判断した仮面ライダーは、改めてセイバーに向き直った。
その時、本郷の超感覚が二つの人影を壁の向こう側に捉えた。
(・・・・一般人?いや、違うな。新手か?)
人影の正体、目的を探らんとしていた本郷の思考を端から聞こえた金属音が中断させた。
セイバーは自身の知らぬ力を感じさせた仮面ライダーに対し、不可視の剣を突き付けていた。
先ほど仮面ライダー=本郷は彼に対して敵対宣言をしたのだ。
さもありなんと、本郷も戦いの構えをとる。
仮面ライダー、そしてセイバーは戦闘態勢に入っていた。
「二人とも待ってくれ!」
両者の緊迫した睨み合いを制したのはまたしても赤毛の少年――衛宮士郎だった。
「マスター、何故止めるのです!貴方も見たでしょう?この男の異形の姿を、その力を!!」
「それを言ったらさっきの君だって十分異常だった。そんなことより何で二人が戦わなくちゃならないんだ?本郷さんはサーヴァントとかいうヤツじゃないんだろ?」
「そうだな、君も武器を収めてくれ。戦うのはお互いの事情を聞いてからでも遅くはないはずだ」
「……わかりました」
仮面ライダーは士郎の言葉に素直に応じて構えを解き、その姿を元の本郷へと戻した。
セイバーは本郷のあまりにも無防備な態度と士郎の真剣な眼差しの前に「私は納得できません!」と言わんばかりの憮然とした表情で渋々剣を下ろした。
士郎が土蔵から降りてくるのを待って、セイバーにランサーの話の真偽を問い質すべく本郷は話しかけた。
「……セイバー君でいいかな?」
「そう呼んでいただいて結構です」
「ではセイバー君、教えてくれ。聖杯戦争とはランサーの言う通りのものなのか?」
「……俺も詳しく知りたい。説明してくれ」
士郎も本郷に同意した。
セイバーは瞑想するかのように一瞬目を閉じ、そっと口を開いた。
「では、お話ししましょう。聖杯戦争とは聖杯を求める七人の魔術師――マスターによる殺し合い、聖杯とは所有者のあらゆる願いをかなえる存在、またサーヴァントとはマスターの手足となり戦う下僕……。そして貴方は選ばれたのです。――この儀式に参加するマスターとして……!」
「…聖杯を求めて……殺し合う!?」
「ムウ……」
セイバーの言葉を聞き、士郎はまだ信じられないといった驚愕の表情を見せた。
本郷はというとやはりそうかといった風情の仏頂面をしていた。
「……より詳しい話は後にしましょう」
セイバーが場を制すように腕をスッと突き出し、再び不可視の剣を構えた。
その視線は塀へ、その向こうへと向かっている。
「外に新手の敵が二人います」
どうやらセイバーも外の二つの人影に気づいたようだ。
場を再びの緊張が包み込んだ。
長い長い1日は、まだ始まったばかりだった。
~あとがき?~
次の話は展開を無視して内容がアインツベルンの城でのバーサーカー戦まで飛びます。
尚、仮面ライダー1号・本郷猛がバーサーカーと戦えるのかという点につきましては、『昔、「風のエネルギー」で変身する特撮ヒーローがいたが、おそらく彼は、本当の風だけがエネルギー源ではなかったのだ。実態的風+感覚的風!!相手が発するオーラ風とでもいうのか・・・そいつもおそらくエネルギーになっていたに違いない!!だとすれば、強い怪人を相手にしたときに、より強力なパワーでキックを放っていたのも十分に説明がつく!!』と、ある漫画家の先生も仰っていたので、そういうものだと考えて頂けたらありがたいです。
もしくはご都合主義的に、「セイバーの召還に巻き込まれた時に、仮面ライダーは大聖杯と繋がって魔力がヤバいことになって、それでサーヴァントにも勝てるようになったんだぜヒャッハー!」などと解釈して頂けたら助かります。