【1体目】
頭部に衝撃を感じ、目を覚ますとそこは真っ白な空間だった。
白、白、白――
どこを見ても、目が眩まんばかりの純粋な白が広がっている。起き抜けの目には辛い配色だ。
「おはよう」
寝転がっている僕の頭上から、変声期を終えた少年のような低い声が聞こえた。まだぼんやりとする頭を振りながら体を起こし、背後と振り返る。
そこには男が立っていた。全力でこの空間に喧嘩を売っているかのような、真っ黒な格好で。
髪も、瞳も、着ているコートも全てが黒い。端整な顔立ちではあったが、それもニヤついた表情のせいで全てが台無しになっている。
僕は男を不気味に思い、慌てて距離を取る。
男はそんな僕の様子をニヤニヤしながら黙って見ていた。男に警戒を抱きつつも、状況を確認するために辺りを見回す。
なんだ、ここは。
呆れるほど広い純白の空間。天井も壁も見えず、どこまで続いているのかさえわからない。
何故僕はこんな所にいるんだ?
自分の部屋で眠りについたのは覚えている、だが、目が覚めるとここにいた。服装も変わらず、寝たときと同じ青い絹のパジャマを着たままだ。
誘拐された? いや、もしかしたら夢を見ているだけかもしれない。
「残念だけど夢じゃない」
まるで心を読んだかのような発言をする男に得体の知れない恐怖を感じる。
逃げ出したくなってあたりを見回すが、ここには果てなど全く見えない空間が存在するだけだ。どこに逃げろというのだろう。
恐ろしいが、何かを知っているらしいこの男から話を聞き出すしかない。
「あの……」
「なんだ?」
はっきりとした大きな声を出す男に、僕は体をすくめてしまう。
人と話すのは苦手だ。特にこの男みたいな意思の強そうな人間を見ると、臆病で情けない自分と比べてしまうから。
「その、なんで、僕はこんな所にいるのかなって……」
「全部説明してやるよ、まずは自己紹介からだ」
ボソボソと、尋ねるというよりは呟くような僕を、男は人を苛立たせるようなニヤついた顔で真っ直ぐに見つめる。
苦手なタイプだ……。
「俺の名前はジン、天使だ」
「……」
ふざけているのだろうか。
ジンと名乗った男の格好や雰囲気は、天使というよりも死神の方が似合っていた。
「お前は?」
「あっ、僕は紫藤銀二。学生です」
「ふーん、知ってたけどな」
やっぱり、苦手なタイプだ……。
胸の辺りがムカムカして、ここから離れたくなる。
「さて銀二、突然こんな所に連れて来られて困惑していると思う。お前をここに連れてきた目的は、ゲームをしてもらうためだ」
「ゲーム、ですか?」
「そうだ、面白いゲームがあるからお前にやってもらいたいんだ」
何を言っているんだこの男は。
ゲームをやらせるために僕を誘拐したのか。
「お前は運が良い」
「えっ?」
「これはお前にもメリットのある話なんだよ。お前、生きてるのが苦しくてしょうがないんだろう?」
「なんで……」
なんで知っている。
「天使には全てお見通しだからだ。もともと人付き合いが苦手で今は不登校の引きこもり、わかりやすい脱落者だな」
うるさい。
うるさい。
「ずっと、満たされない心の隙間を埋めたかったんだろ? このゲームをクリアすればお前の願いは叶う」
「その、ゲームって」
「これだ」
するとジンは何も無い空間から、彼と同じ色、漆黒の刀身を持つ刀を取り出し、地面に突き刺した。
「ね、ねぇ、今の……」
「ルールは簡単だ、ゲームスタートとともに敵が現れる、お前は主人公を操作して出てきた敵全てを殺せばいい、単純だろ?」
「殺すって」
「難易度は高いが、何度でもやり直す事が出来る」
「……」
「ゲームが終わればお前の願いは叶う。それと、素敵な能力を一つプレゼントしてやる」
能力って、なんだ。この男の言っている事が理解できない。そもそもこちらに理解させようとする気がない。
ジンの言うゲームとやらは、たしかに単純な物だが、言っている事があまりにも荒唐無稽だった。
それにさっきの黒い刀、やっぱり僕は夢でも見ているのだろうか。
「信じられないか?」
僕は頷いた。
「お前が信じようが信じまいがどうでもいいんだ、ゲームをやるか、やらないか決めろ」
「そんな事言われても……」
「もっと単純に言ってやる。くだらない現実を変えたいか、変えたくないかを選べ」
「それは……」
変えたいに決まっている。
しかし、ジンの言っている事はあまりにも胡散臭くて、すぐに決断できるような内容ではなかった。
そんな僕を見透かすように、ジンはニヤニヤした顔で僕を見つめ続ける。
「なあ、例えこれが夢でも本当でも、迷う必要なんてあるのか?」
「え?」
「ゲームをやらないんだったら別にいいさ、家に帰してやる、だけどお前はそれでいいのか?」
それで、いいはずだ。
僕はジンに恐怖していたし、この異常な空間から早く抜け出したかったから。
でも、本当にそれでいいのだろうか。ここで帰ったって、今までと何も変わらない、苦痛の日々が続くだけだ。
本当に変えたいと思っているのなら、夢だとしても現実だとしても、少しでも可能性があるのなら選択をするべきなのだ。
「や、やります」
「え、やんの?」
「はい」
「あっそ、じゃあ受け取れ。この刀はお前に必要なモノだ、そしてお前にとって一番大切なモノでもある」
なんだか急に投げやりになったジンが黒い刀を僕に手渡してくる。
刀身だけで僕の身長の半分ほどもあり、光沢が一切無くて、一体どんな素材で出来ているのかと疑いたくなるような闇色の刀。
手に取るとずっしりとした重さが伝わってくる。長さの割には軽いのかもしれないが、体を鍛えていない引きこもりの僕では片手で振るのは少々辛そうだ。
これが一番大切なもの?
僕は猛烈に嫌な予感がしてきた。
「ではゲームスタートだ、敵は一体だけだから頑張れよ」
「ちょ、待ってよ、そんないきなり」
焦る僕を完全に無視して、ジンの姿がその場から消える。
信じがたい現象に唖然としていると、消えたジンと入れ替わるように何者かが姿を現した。
背丈は僕と同じぐらいだが、人間とは全く違う外見。
そいつは犬の頭部を持ち、全身けむくじゃらで人間のように二足で立っていて、右手には片腕ほどの長さのある無骨な剣が握られていた。
何かのゲームで見たことがある、確かコボルトとか言ったはずだ。
コボルトはギラギラとした瞳で異常な現象に驚愕し、動けない僕を睨み付け剣を振り上げると―――僕に向かって、思いっきり振り下ろした。
――え?
振り下ろされた剣は左の鎖骨をへし折り、肋骨を砕き、内臓を切り裂き、僕の体を袈裟に斬り裂く。全く動けなかった。
斬りつけられた衝撃で崩れ落ちる僕を、一瞬遅れて凄まじい痛みと熱さが襲い掛かってくる。
痛い、痛い、痛い、痛い。
今までの人生ではおよそ経験した事の無い灼熱の痛みに、僕はパニックに陥った。
血が――
不気味なくらい真っ白な床を生命の赤色が侵食し――命が失われていく。ゲームじゃ死なないって、そう言っていたのに。
痛みに支配された僕の意識がぼんやりと薄れる。
主人公って、僕かよ。
騙された――
後悔する僕の首に衝撃が走り、僕は完全に意識を失った。
【2体目】
気がつくと、僕は純白の空間に立っていた。
右手には黒い刀が握られており、コボルトは変わらず僕と対峙している。
「あ、れ?」
何故僕は生きているんだ?
強烈な痛みの信号も嘘のように消えて――いや、傷そのものが消滅していた。
全く理解できない。
またしても呆然として動けない僕に、容赦なくコボルトは襲い掛かり、今度は胸に向かって恐るべき速さで剣を突き出してきた。
突き出された剣はあっさりと僕の皮膚を破り肉を貫いて胸に吸い込まれていく、体内で何かが破裂し、焼けるような熱さを感じた。
今度はすぐに、意識を失った。
【3体目】
気がつくと、僕は純白の空間に立っていた。
右手には黒い刀が握られており、コボルトは変わらず僕と対峙している。
「ひっ、ひぃぁあああああ」
今までに聞いたことが無いような声が自分の口から漏れて、僕は刀を放り投げてコボルトに背を向けて逃げ出す。
恐ろしかった、何もかも全てが。
どこまでも続いていそうなこの純白の空間、しかし、それでも僕はここから逃げ出したかった。
なりふり構わず走っているのだが、恐怖で足がすくんでいるのかまったく速度が出ない。ついには足がもつれて転んでしまう。
「ああっあああ―――――ッ!」
立ち上がろうとしても足に全く力が入らない。
なんだよっ! 動けよ!
役立たずの体に苛立ちを感じ、それでも必死に這いずりながら、僕はコボルトから離れようとする。
怖い。
怖いよ、こわいよ、助けてよ姉さん、助けてよ……。
「ああ……」
遂に完全に動きが止まり、僕は床に顔を伏せたまま泣き出した。
誰か、助けて。
首に衝撃が走り、僕は意識を失った。
【4体目】
気がつくと、僕は純白の空間に立っていた。
右手には黒い刀が握られており、コボルトは変わらず僕と対峙している。
「うわああああぁ――――っ!」
嫌だ! 嫌だ! 嫌だ!
なんなんだ。なんでぼくをころすんだ。ぼくがいったいなにをしたっていうんだ。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
動く事も出来ずに、その場にうずくまり許しを乞う。
何がゲームでは死なないだ、死んだら蘇るだけじゃないか。こんな事を続けていたら狂ってしまう!
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
みっともなく謝り続ける僕に、無慈悲にも剣が振り下ろされた。
【9体目】
何も考えたくない。僕はひたすら果ての無い空間を走り続けた。思考がぐちゃぐちゃになり苦しくてたまらない。
無理矢理体を動かし続けるが、やがて足に力が入らなくなくなりその場に倒れこむ。
それでも僕は床を這いずり、恐怖の象徴であるコボルトから逃げ出そうとする。
僕の体なのに、何で言う事を聞いてくれないんだよっ!
すぐにコボルトの足音が近づいてくるが、僕は諦めずに床を這い続ける。
こんな事なら体を鍛えておけばよかった。せめて人並みの体力があれば――逃げ出せると思うのか?
この終わりの見えない空間から。
馬鹿馬鹿しい。逃げられないなんてわかっているのに。
無様に這い続ける僕をあざ笑うかのように、コボルトの剣が振り下ろされた。
【14体目】
「ジンさんっ! 聞いてるんでしょう!? 助けてください!」
コボルトと向かい合い、ジリジリと後退しながら必死に叫ぶ。
だが、僕自身こんな声を出せたのか、と信じられないほどの大声で叫んでも、周囲には何の変化も無かった。
「お願いです! 僕には無理です! ゲームをやめさせてくださいっ!」
駄目だ……全く反応が無い。
そもそも最初から怪しいと思っていたんだ、なんであんな奴の言う事なんか聞いてしまったんだろう。
ちくしょう。
自分の愚かさに呆れてしまう。
僕が決めた事なんていつもろくな結果になった事が無い。そんなのわかりきっていたのに。
いきなりこんな異常な空間に連れて来られて、ゲームをしろだなんて言われて、僕のことをわかっているみたいな事を言って、煽られて。
馬鹿じゃないのか?
愚かな僕にコボルトが剣を振り上げて襲い掛かってくる。
反射的に右手に持っている刀を頭上に掲げるが、ろくに力も入れてない僕に、コボルトの馬鹿力で振り下ろされた剣が防げるわけがなかった。
刀はあっさりと弾き落とされて、コボルトの剣が僕の体を易々と切り裂いた。
【40体目】
気がつくと、僕は純白の空間に立っていた。
右手には黒い刀が握られており、コボルトは変わらず僕と対峙している。
僕は刀を両手で握り、コボルトに向けて構える。
殺さなきゃ、駄目なんだ。痛いのは嫌だから、殺されたくないから。
未だに恐怖で震える体を疎ましく思いながら、コボルトを見る。コボルトは右手の剣を握り締め、殺意の篭った瞳でこちらを睨み付けていた。
武器の長さはこちらが上、飛び掛って刀を振り下ろせば倒せるかもしれない。
僕は刀を上段に構えてコボルトとの距離をゆっくりと詰めていく。
心臓が爆発しそうなほど早く鼓動する。はっきり言って逃げている時よりも正面から詰め寄る事の方がはるかに怖い。
自分を殺そうとしている武器を持った化物と、引きこもりの僕が戦おうというのだ、正気の沙汰じゃない。
今にも崩れ落ちそうな体を無理矢理動かして、僕はコボルトに飛び掛り、刀を振り下ろし――あっさりと避けられて、肺に剣を突きこまれた。
そりゃそうだ。
【41体目】
気がつくと、僕は純白の空間に立っていた。
右手には黒い刀が握られており、コボルトは変わらず僕と対峙している。
僕は刀を両手で握り、コボルトに向けて構える。
全然駄目だった。ろくに力の入らない体で、しかもまったくの素人の僕が振り下ろした一撃なんてこの化物には止まって見えた事だろう。
武器を持ち対峙した二人の間には、しかし歴然とした力の差があったからだ。
この狂ったゲームとやらは致命傷を受けた時点でやり直しになんてしてくれない。嫌がらせのように死ぬまでの間に痛みと苦しみを送り続けてくるのだ。
死ぬのはどうしようもないとしても、せめて痛みだけでも無くして欲しかった
でもどうしようか。もう一度突撃しても勝てそうにない。
ただでさえコボルトとの実力差は明白なのに、僕の体は依然として恐怖で力が入らない体たらくなのだ。
刀を握る両手からもどこかふわふわとした感触しか伝わってこない。
これじゃあまともな攻撃なんてできるわけがない。この恐怖心をなんとかしないと絶対に勝ち目など見えてこなかった。
しかし、こんなのどうしろって言うんだ? 自分をいつでも殺せる存在が目の前にいるんだぞ? 逃げ出さないだけでも僕は立派だと思う。
「はぁ……」
ため息をつき、ゆっくりと刀を上段に構える。本当はわかっていた。恐怖心を取り除く方法を。
震えながらコボルトに殺されていた僕は今こうしてコボルトに刀を向けている。少しづつ、恐怖心が薄れているのだ。何故かって?
慣れてきたからだ。痛みにも、死ぬ事にも。
死なないと、死ねないとわかってきたから。
殺されるたびに死の恐怖が薄れている。だったら殺され続ければいいのだ。
完全に恐怖心が無くなるとは思えないが、あいつを殺すぐらいまで薄まってくれれば勝機は作れる。
結局、弱者である僕の取れる選択肢なんてほとんど存在しないんだ。
痛みを我慢して、死んでもいいから攻撃を続けるだけ。ただの特攻。それをやるしかない。
「おおおおおおっ!」
叫び声を上げながらも僕はコボルトに飛び掛り、あっさりと殺された。
【83体目】
問題が発生した。
僕はある程度恐怖心を押さえ込む事に成功して、ついにコボルトに一太刀を浴びせる事に成功した。
怪物とはいえ生物の肉を切り裂く感触は僕に不快感を与えたが、そんな事を気にする余裕などなかった。
だけど、非力な僕が強靭な肉体のコボルトに放った一撃は、奴の肩口に食い込んで動きを止めてしまい、結局コボルトの反撃を食らって僕は死んでしまった。
それから何度も何度も攻撃を当てたのだが、いずれも同じように防がれて殺されてしまう。
攻撃力が絶対的に不足しているのだ。
僕は自分の手に握られているまったく光を反射しない漆黒の刀を見る。
僕みたいな初心者が使うのだから、もう少し高い攻撃力や魔法的な何かがあってもいいと思うのに。
大体このゲーム自体がおかしいんだ。
普通アクションゲームとかロールプレイングゲームって最初は自分よりもかなり弱い敵とかを倒して慣れていくとか、レベルを上げていくとか、そんな感じだろ?
でもこのゲームにはそれが全く無い。自分より遥かに強い敵相手に、何の強化もされていない等身大の僕を戦わせている。
クソゲーだ。いくら死なないからってもう少しプレイヤーの事を考えてもいいんじゃないかと僕は思う。
でも、何回も死んで理解してきた事もある。
このコボルトは逃げていたり、無抵抗で殺されていた時は容赦なく襲い掛かってきたのだが、対峙して刀を構えているとなかなか襲い掛かってこない。
こんな僕でも危険な存在とみなされているからだろう。
それに力もあるし体も強靭だが、防御はあまり得意では無いこともわかった。超素人の僕の攻撃を受けてしまった事からもそれは明らかだ。
死に始めた頃のヘロへロな攻撃程度では防がれてしまうのだが、最近の僕の攻撃には徐々に対応できなくなってきていた。
しかし僕の攻撃が当たっても致命傷にはならないうえに、敵の反撃が一発でも当たると僕は死ぬ。
腕一本を犠牲に運良く致命傷を避けたことがあったのだが、あまりの痛みで動きが止まってしまい結局殺されてしまった。
となると僕がこいつを倒すには、自分の攻撃を何発も当てて、なおかつ敵の攻撃を一発も受けない事。
何だそりゃ。どこの剣聖様ですか。
僕にはコボルトの攻撃を受け流す事なんか出来ない。だから常に先手で攻撃しなくてはならないのだけど、素人剣術では攻撃方法もワンパターンになってしまう。
遠くから一気に飛び掛り一撃を浴びせる、これしか出来ない。
ある程度近づくとコボルトの方から攻撃してくるからだ。そしてこの方法だと、僕が一撃で相手を倒さない限り、相手の反撃を受けて死んでしまう。
完全に詰んでいる。
相手の攻撃方法を奪うために、剣を持つ右腕を狙った事もあるけど、大抵が防がれてしまった。
それに腕に攻撃を当てても反撃してきた事もあれば、残った左腕で殴り殺されてしまうという悪夢のような展開もあったのだ。あれは二度と経験したくない。
ならどうするか。
攻撃力が低いなら弱点を狙えばいい。だけど頭部を狙ってもあの頑丈さなので頭蓋骨に止められる可能性がある。
だから狙うのは眼球一択、それも斬撃ではなく突きでの攻撃だ。脳味噌に直接攻撃を叩き込んでやる。
不安なのは命中精度だ。ただでさえ軽いとは言えないこの刀での突きは、狙った箇所に当てるのが難しい。
飛び掛りながらの突きという事でさらに難易度が上がる。しかもあのコボルトは、どういうわけか頭部に対する攻撃への反応が異常に良い。頭部への突きは何度か行った事があるが全て躱されてしまった。
でも、諦めはしない。
攻撃が避けられるのなら当たるまで続ければ良い。僕は絶対に死なない。そして経験を積み重ねる事ができる。
考えてみれば僕はこの空間での絶対的な強者なんだ。僕には勝利条件があるけどコボルトにはそれが無い。
無限に復活する僕を殺し続けるだけの存在。そう思うとむしろ同情さえしてしまう。
やってやる。ゲームをクリアするんだ。
僕は決意を固めてコボルトに飛び掛り、眼球を突く。
コボルトは首を傾けただけでそれを避けて、お返しのように僕の胴体へと突きを放った。
【121体目】
気がつくと、僕は純白の空間に立っていた。
右手には黒い刀が握られており、コボルトは変わらず僕と対峙している。
僕は刀をしっかりと両手で握り、コボルトに向けて構えをとる。殺し合いの中で理解した相手の眼球を突く事にだけ特化したモノに。
殺す。
たった一つ。それだけを考えて僕はじりじりと距離を詰めていく。避けられるだけの無様な突きはしだいに命中するようになっていた。
しかし、回避が不可能だと悟ったコボルトは額で僕の刀を受けるようになった
予想通りコボルトの頭蓋骨は硬くて。僕の突き程度じゃ貫通する事は出来ないようだ。
だがその動きの癖も見つけた。
今度こそあいつを殺せるはずだ。僕と同じように狂ったゲームに囚われた哀れなコボルトを。
「死ね」
射程距離に入り、僕は地面を蹴りつけてコボルトの右眼に向かって全力で突きを放つ。
コボルトはそれを回避不能だと判断し、顎を引いて攻撃を額で受けようとする。
僕の突きはそのままコボルトの額へ向かって――
瞬間、僕はすでに伸びきった肩を無理矢理伸ばした。
両肩に激痛が走るが知った事じゃない、額へと向かっていた突きは伸ばした腕の分微妙に着弾点を変えて―――コボルトの右の眼球に吸い込まれていった。
眼球を貫いた黒刀は、そのまま視神経を破壊し、脳へと突き刺さり後頭部の頭蓋にぶつかって、ようやくその動きを止めた。
純白の空間に、一瞬の静寂が訪れた。
「うおおお―――――っ! ――――あ?」
勝った!
心の底から湧いてきた衝動に身を任せ雄たけびを上げていると、すぐに僕は自らの体の異変に気付いた。
腹から剣が生えている。
「あ、ぐっ……」
コボルトの剣だ。いつ攻撃されたのか全く気がつかなかった。コボルトに視線を向けるがピクリともしない、完全に死んでいる。
死ぬ瞬間に攻撃してきたのか……。
「くそっ……」
だけど僕はコボルトを殺したんだぞ。なぜゲームは終わらないんだ。辺りを見回すが何の変化も無い。どうなっている。
「ジ…ン…」
体の力が抜けていく。僕には治療する技術が無いし、道具も存在しない。このままだと死んでしまう。悔しいが、またやり直しだ。
今回は運良く殺せたが、またあいつを殺すには何回か死ぬ必要があるだろう。
しかしゲームのクリア条件が分からない。僕も致命傷を受けたのが駄目だったのか?
最初にジンが説明していた事なんてもう覚えていない。あの時に詳しく話を聞いていなかった事が悔やまれる。
しょうがない、今度は無傷であいつを倒せるような方法を考えるか。
ゆっくりと、溶けていくような感覚に包まれて僕は意識を失った。