「・・・・・・? 妙ですね。2人のリンクが切れた」
20000号は異変に気付いた。
以前のように20000人が接続しているならともかく、たった3人だけのネットワークだ。誰かがリンクを切ればすぐに分かる。
(記憶の共有を定時のみにしたのがミスだったか・・・・・・? いや、常時の記憶の共有は『自分だけの現実』の獲得の障害になる、間違いではない)
立ち止まり、病院のある方に目をやる。
3人の中には強制命令を行える上位個体は存在しない。
元々そういう風に造られていないのだから当然だ。
一応の命令権を持つのは軍曹の彼女ではあるが。
(考え得る可能性としては急な検査が妥当だが・・・・・・)
だんだんと彼女の口調が堅く、軍人じみたものへと変化していく。
「・・・・・・やはり戻るべきだな。罰は甘んじて受けよう」
「in short それは研究所に戻るということかしら? else 19999号たちの所にかしら?」
病院の方向に一歩踏み出したところで、背後から声が掛かった。
聞き慣れないが、聞いたことのある声。
「――関係者だとは思っていましたが、まさかあなただったとは。盲点でした」
「はじめまして、ミサカ20000号」
20000号が振り向いた先には白衣の少女――布束砥信が無表情に立っていた。
「私たちを処分するのに研究員を使うはずがありませんから、後を附けているのが誰なのか疑問でした。ですが分かりません、何故、研究から手を引いたあなたが?」
「私も疑問があるの。何故あなたたちが実験を裏切ったのか」
人通りの少ない路地に、2人の声は互いによく聞こえた。
「私は――――」
◆◆
『こ、こちらイエロー! 2人やられた! 敵の位置は不明!』
『・・・・・・妹達か。全員無線を切れ、後の判断は各自でしろ――――残りは後二階か』
「漸く気付いたようですが、既に残りは両棟共に2人ずつ・・・・・・まったく、まるで新兵の行進のようですね」
病院の2つほど隣のビルの屋上に02は居た。
彼女の真骨頂は遠距離射撃にある。
本来ならばさらに離れ、この学区以外からの狙撃が好ましいが、監視が居る可能性もあり(実際に監視されていた)、巨大な狙撃銃を持ち出すことは叶わないため、カモフラージュケースに入るサイズの銃ではこの距離が最も適切だと02は判断した。
「どんな場所であれ、敵の領域に踏み入れる時に観察を怠り、油断が生じた時点で死んだも同然です」
例えば窓。
学園都市の病院は夏場といえども基本的には常にロックされているが、今日に限っては最上階を除き、全ての窓が全開になっている。
狙撃のための下準備。
それに気づかなかった時点で彼らの勝敗は決したも同然だ。
「む、窓際から離れた・・・・・・流石に気づきますか。ですが十分です」
残りは半数、最上階までは二階残っている。
最上階に辿り着くまで多数のトラップが仕掛けられているのは当然として、03も病院に残っている。
「彼ら以外の部隊は内部には侵入してはいないようですね――――?」
他に異変がないかスコープを動かしていくが、異常はない――と思った矢先、1人の男が目に入った。
「――」
すぐに照準を合わせ、息を止めて集中する。
スコープの倍率以上に敵が近くに感じてくる。手を伸ばせば届きそうな位置にまで感じて――
「――ッ!」
そして、男と眼が合った。
反射的に顔をスコープから離す。
今の一瞬で汗が滲んできた。
「偶然・・・・・・いえ、あの男――」
――笑っていた。
間違いなくこちらを見て。
刺青の入った顔を愉悦に歪めていた。
「・・・・・・成る程。軍曹の言っていたことを漸く理解しました」
――狙撃手は大抵、死ぬか失明するかのどちらかだ。
ああ、理解した。攻撃の届かない狙撃手を殺すのはああいうモノだ。
そして同時にこんな言葉も思い出した。
――深淵を覗いている時、深淵もこちらを覗いている。
「・・・・・・03、刺青の男に気をつけろ。アレは危険です」
『03、了解』
◆◆
「――――私は裏切ったつもりはありません、というのは屁理屈ですね」
「・・・・・・?」
「殺される為に努力して、そして殺された。それだけです。私たちの役割は殺されるだけの実験動物。結果は同じです」
「だから裏切ってないと?」
まさに屁理屈だ。
死ぬ為に生まれてきて、そして死んだ。だからいい。
屁理屈以外の何物でもない。
「正直なところ、理由は私にも理解できません――おそらく私はこの“感情というものを持て余している”から」
「あなた――」
妹達の感情の獲得。
それこそ布束砥信のやろうとしていることだ。
それを目の前の20000号は既に自力で獲得しているという。
「私の行動を説明するのは教官・・・・・・いえ、先生の言う“感情”というものが最も適切だと判断したのでそれを用いただけです。私自身はまったく理解していないことをお忘れなく」
「・・・・・・そう」
今の会話で布束砥信は確信した。
妹達が感情を獲得すれば間違いなく実験は破綻する。
彼女たちを救える。
「ありがとう。これで確信が持てたわ」
「いえ、私は何もしていませんが・・・・・・?」
「still 感謝するわ」
実験が破綻すれば20000号たちもちゃんと保護という形で迎えることができる。
そのためにも準備を進めなくては、と布束は踵を返した。
「待ってください。私からも一つ、訊きたいことが」
「・・・・・・なにかしら」
布束が20000号との出逢いに感謝していたように20000号もまた、布束との出逢いに感謝していた。
「一方通行についてです」
それが一番の目的であり、20000号にとっての鍵。
「残念だけど、彼についてはあまり私も知らないわ。私はあくまであなたたちの使ったテスタメントの監修が主な仕事だったから」
「――研究者たちは妹達の反逆を恐れ、上位個体を造りました」
「・・・・・・? ええ」
ずっと気になって、ずっと調べていた。
「――では、被験者である一方通行は?」
最初は研究さえ出来ればいい人間しかいないのだと思った。
「実験が終了した時、無敵の彼が牙を剥く可能性は? いえ、今のままの、最強である彼が牙を剥く可能性は考えなかったのですか?」
だが、それは間違いだ。
少なくとも目の前にいる布束はそんな人種ではないし、天井亜雄なども自分の命に頓着しない、そんな人間には見えない。
「そんなはずはない――教えてください。そんな事態が起きた時の為にあなたたちは用意していたはずです。最強を、無敵を、一方通行を倒すナニカを――――それは一体、なんですか?」
布束の脳裏に1人の男が浮かんだ。
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布束さん登場。
感想版で更新間隔が空くかもって零したのに2日連続更新。もうちょっと頑張ります。
で、木原くんの伏線回収。
木原幻生やテレスティーナがレベル6を目指していたので、数多も同様に目指していたという設定です。
で、量産型能力者計画から絶対能力進化実験にも万が一の保険として関わっていた、とそんな感じ。