「あーあー、やられちまったなぁ、テレサ」
「数、多・・・・・・!」
カツンカツンという足音にテレスティーナの意識が奇跡的に覚醒する。
しかし体は動かない。感覚もない。
ただ血走った眼で自身を見下ろす数多を睨み付ける。
「テ、メェ、何してやがる・・・・・・早く、あいつらをぶち殺せ・・・・・・ッ」
「あー? 別に殺してやってもいいが――――」
言いながら数多は足元に転がっていた体晶の1stサンプルを拾い上げる。
「――死ぬお前には関係ねえ話しだろ?」
「あ・・・・・・?」
何を言っているんだ、とテレスティーナの表情が訴える。
「お前が生きてたら絶対に俺を売んだろうが。今更“木原”に人生引っ掻き回されたくねえんだよ」
一瞬の沈黙。
次の瞬間にはテレスティーナが鬼気迫る表情で叫ぶ。
「ッざけんじゃねえ! ああ!? 関係ないフリできると思ってんのか数多ぁ! テメェは何処までいっても“木原”の名前からは逃げらんねえんだよッ!」
「んなもんに拘ってねえよ。大体、今更名前を引っ張ってくんなよ。俺や那由他はそっちから放り出したいくらいだろうが」
木原幻生などその最たる者だ。
行方不明の彼が数多のことを知っているのかは分からないが、あの少女――那由他のことは数多を含めた血族全員、“木原”ではなくただの実験体としか見ていなかっただろう。
「――幸いアレイスターとの繋がりは生きてる。今を乗り切ったら適当に潜りゃあいいだろ」
数多の言う通り、彼はこれから1ヶ月程度で猟犬部隊の隊長へと上り詰める――落ちぶれる、と言った方が良いのかもしれないが――。
「っつーわけだ。あばよ、テレサ。テメェのことは3日ぐらいは忘れません、ってな」
そう言って数多は懐から最後の一丁を取り出し、テレスティーナに銃口を向けた。
――当然、彼女たちがそれを黙って見ているはずはない。
「待ちなさい。彼女を撃てば、私があなたを撃ちます。私たちの動きを把握していたとしても、避けられるものではないでしょう」
02の磁力狙撃砲の照準が数多に合わせられる。
手負いの身とはいえ、彼女がこの距離で外すはずなどない。
「最悪、テレスティーナでなくあなたでもいいんです。木原幻生の関係者ならば多少の情報は得られるでしょう」
ひょっとしたら上位個体を待つまでもなく、真実に辿り着けるかもしれない。
彼らを逃す理由はなかった。
しかし数多は余裕を崩さない。彼はまだ一度としてその余裕を崩してはいない。
「――撃つならよ、コイツを回収してからにしたらどうだ?」
そう言って、片手に持った1stサンプルをゆっくりと02たちの方へ放った。
「っ――」
02は一瞬気を取られるがすぐに数多へと意識を戻す。
まだ両者の引き金は引かれていない――だが、銃口の向かう先が変わっていた。数多の銃が狙うのはテレスティーナではなく、弧を描く体晶、1stサンプル。
――そして、03よりも、他の誰よりも早く彼女が動いた。
「――ぁぁぁあッ!」
――木山春生。
1stサンプルに全てが掛かっている彼女が動かないはずはなかった。
木山春生が走り出すのと同時、数多は再び銃口をテレスティーナへと向ける。
――――銃声は一度しか聞こえなかった。
◆◆
結果だけ言えば木原数多は警備員の警戒網を潜り抜け、逃げ切り、テレスティーナ=木原=ライフラインは死亡した。
彼女は冥土帰しの病院で死亡した、稀有な人間として一部の人間の記憶に刻まれるだろう。
だが、木原数多に言わせてみればテレスティーナは既に死んでいるはずの人間だ。
あの木原幻生の実験の、最初の被験者となっておいて生きている。有り得ない。
“生き残った”テレスティーナが有り得ないのか、“生き残らせた”木原幻生が有り得ないのか、それは誰にも分からない。
だからというわけではないだろうが、数多にはテレスティーナを殺しても何の感慨もなかった。
死ぬはずの人間が死んだだけ。悪意も害意も敵意もない、ただの殺意からの行動。
木原の血族は消え、そして後には――――
「木山せんせー!」
「先生ー!」
「教官殿」
――――後には、彼女の生徒たちが残った。
木山春生は出頭し、20000号たちを信じて報告を待つことになるのだが、木山春生が生徒たちを求めたように、生徒たちも木山春生を求めるのは当然と言えた。
そして患者が求めるものは全て用意する、それが彼のポリシー。
となれば帰結はただ一つ。
木山春生の罪は軽いものではないし、彼女に対する世間の風あたりは強い。
それでも、彼女はきっと――――幸せだった。
◆◆
「もしもし? 叔父さん?」
『おう、久しぶりだな那由他』
「うん。久しぶり・・・・・・だけどいきなりどうしたの?」
赤いランドセルに金髪のツインテール。
そして風紀委員の腕章。
ついでに倒れ伏す男たち。
学園都市においても随分珍しい光景が少女――木原那由他を中心に広がっていた。
「叔父さんから電話ってかなり珍しい・・・・・・いや初めてだね。でも今は仕事中だから手短にお願い」
那由他は自身が男たちから救った少女に視線をやりつつ言う。
『俺がお前相手に長話なんざありえねえよ――どうせ誰も教えねえだろうし、はみ出し者同士、俺が教えてやろうと思ってな』
「・・・・・・?」
『身体は治ったんだろうが、検査ついでに病院に行って来い』
叔父の言葉に首を傾げる。
はて、叔父はこんなことを言う人間だったろうか――?
『それだけだ。じゃあな』
「あっ、叔父さ――、・・・・・・?」
切れた携帯電話を見つめ、もう一度首を傾げる。
しかしすぐに気を取り直し、まずは職務を果たさなければ、と少女(とはいえ年上だが)に向き直る。
「――怪我はない? 柵川中学のお姉さん」
「大丈夫――ありがとうなの」
ぺこりと頭を下げる少女の首にはロケットが揺れている。
「そう。それじゃあもう行っていいよ。気をつけてね」
那由他はそう言うが、少女は左右に視線を揺らすだけで動こうとしない。
「・・・・・・お姉さん。お姉さんは何処に行くつもりだったの?」
心の中で溜め息を吐いて、再び少女に声をかけた。
「病院なの――お友達が目を覚ましたって、電話が来たから」
また一つ溜め息。
今日はどうかしてる、と思いつつも那由他は歩き出す。
「附いてきなよ、お姉さん。お友達のところまで案内してあげる」
#####
病院側はあっさりと。
この章は最後の2人の会話のためだけに書いていたようなものです。
数多のフラグも立てたし、やることはやった。
次は打ち止め編です。
一方通行編は関わりません。ミサカネットワークも繋がってないし。
ただ冒頭で触れますが。
プロットは打ち止め編と前方のヴェント編も出来てるし、少しずつ完結が見えてきた。
というか那由他って知名度あるんだろうか・・・アニメしか見てない人は分からないよなぁ。