八月三十一日
学園都市のほとんどの学生にとっては夏休み最終日、ではあるが、学生ではない妹達――この場合は20000号以下2名にとってはあまり関係ない。
「私たちの情報が漏れていたのか、それとも偶然か・・・・・・いずれにしても任務に変更はない。我々の任務は最終信号の確保だ」
「sir,Yes,sir!」
「sir,Yes,sir!」
今日ばかりは口うるさい婦長も部屋には入って来ない。20000号たちの真剣な空気を察しているのだ。
「本来ならば明朝、最終信号が保護されていると思われる研究施設に侵入する予定だったが最終信号が逃亡した以上、この学園都市から最終信号を発見し、確保しなければならない」
調整が終了すると同時に実行に移すべきだったと唇を噛むが、今日までの時間は決して無駄ではない。
19998号にとっても、
19999号にとっても、
20000号にとっても。
或いは木山春生、木原那由他にとっても。
「まず私が各地区の風紀委員の端末にハッキングし、衛星から送られて来た映像を閲覧する」
未だオリジナルに及ばない20000号の能力では監視衛星に直接ハッキングを仕掛けることは出来ないが、風紀委員の端末程度のセキュリティーならばとある地区を除けば、突破は可能だ。
「逃亡から一週間経っているとはいえ、子どもの足でそう簡単に学園都市の包囲網を突破できるものではない。・・・・・・驚異なのは一週間もの間我々に最終信号の脱走を気付かせなかった芳川桔梗の方か」
それとも最終信号を逃亡させた“何か”或いは“誰か”の力か。
「貴様らは昨夜目撃情報のあった地区を捜索、新たな情報が入り次第連絡する」
「sir,Yes,sir!」
「sir,Yes,sir!」
こうして、彼女たちの新たな任務が始まった。
◆◆
PM3:10
分かりやすく言えば、一方通行と打ち止めが遅い昼食のためファミレスに訪れているとのほぼ同じ時刻。
19998号と19999号は第七学区での捜索を続けており、20000号は2人に合流するために病院を出た。
そしてもう1人、行動する者。
木山春生。
先日保釈されたばかりの彼女は打ち止めが保護されていた研究施設へと車を走らせていた。
「――此処か」
青い車が止まり、短くなった髪を揺らしながら木山春生が中から出てくる。
目の下の隈は幾分か薄くなり、真剣な表情は鬼気迫って以前とは違う、凛々しさを感じさせる。
閉じられた門越しに施設を見上げる。ここは実験が凍結になる直前に引き継がれた施設であり、“襲撃”は受けていないはずだが既にボロボロ、とまでは言わないまでも綺麗とは言い難い。
ふぅ、と溜め息を一つ。
「私も随分行動派になったものだ」
車に引き返すと後部座席から梯子を取り出し、それを塀に掛けて登り始めた。
塀を越えたところで靴を脱いで手に持って飛び降りる。
ジンジンと足が痺れるがそれを無視して靴を履き直す。
「・・・・・・」
次に彼女の歩みを止めさせたのはID式のロック。
IDカードを読み込ませるリーダーの隣には来客用のインターホン。
一瞬考えて、腰に手を伸ばす。
そして――カードリーダーを拳銃で打ち抜いた。
バチバチッと音を立てながら点滅を繰り返すカードリーダー。
それを無視して扉を押すと、あっさりと扉は開いた。
「学園都市のセキュリティーも、まだまだだな」
さらに通路を歩き続け、ある部屋の扉をノックする。
「――誰だか知らないけど、この施設に大した物は残ってないわよ」
少し間が空いて、返答。
扉越しに「そのまま離れていてくれ」と忠告。
同じようにカードリーダーを拳銃で打ち抜く。
「・・・・・・随分乱暴な客人だこと」
芳川桔梗は開かれた扉から入って来た木山春生を見て呟く。
「私としては穏便に済ませたいだが」
「よく言うわ」
研究資料と思しき紙の束を机に置いて芳川が立ち上がる。
「木山春生――幻想御手の開発者が私に何のようかしら? あなたの昏睡状態に陥ってしまうという欠点を除けば完璧。今更妹達の研究データが必要とは思えないけれど」
「今回の件が片づいたらあの子たちの戦争ボケした頭をどうにかしたいとも思うが、やめておこう。それよりも幾つか君に訊きたいことがある」
「このタイミングからして、最終信号のこと?」
木山春生は頷き、口を開いた。
「あの子たちは気付かなかったようだが打ち止めの逃走の裏には何かある。そうだろう?」
「意外ね。もう知られていると思っていたけれど」
「私たちの情報網は酷く狭い。それにこの施設の電子機器はオフライン、サイバーテロの多いこの街では最も安全な手段とも言える」
だからこそ、20000号たちも交代で寝ずの監視を行う他なく、依頼者である木山春生も、それを止めることはできなかった。しかし何も出来なかった自分を悔いているから、今動いているのだ。
「やっぱり妹達なのね。此処を監視していたのは」
「番外個体。君たちがそう呼ぶ子たちだ」
その言葉に芳川は目を細める。
「そう・・・・・・。あの子たちが」
芳川も印象に残っている。あの3人の妹達のことは。
芳川だけではない。実験に携わっていた者たちに彼女たちは強く印象づいている。それは良い印象とは言い難いが。
ほとんどの者たちにとっては感情の希薄な妹達が感情があるように振る舞う姿は滑稽でしかなかったが、今目の前に立つ木山春生の目を見る限り――
「布束砥信の目指していたものを、彼女たちは手に入れたようね」
「――?」
聞き覚えのない名前に木山春生は疑問を覚えるがあえて追及をするようなことではない。
「私にも時間がないわ。手短に説明しましょう。一週間前、最終信号は“防衛本能”に従い逃避した」
「やはりか・・・・・・」
「不正に上書きされたウイルスからの逃避。ウイルスは上位命令を発動させるもので、現在解析中だけど恐らく内容は――」
「周囲に対する無差別攻撃、といったところか」
少し考えれば容易く想像できる。
世界中に散らばった妹達。
実験凍結に伴い路頭に迷うこととなった研究者。
実験に携わっていた者ならば簡単に考えつく。
理由は個人個人によって違うだろうが、彼らにはもう学園都市に居場所はない。
「ええ。・・・・・・でも意外ね。あの子たちなら真っ先に気付きそうなものだけど。情報戦も含め、戦闘はあの子たちの最も得意とすることでしょう」
「・・・・・・確かに戦闘においては専門家だが、あの子たちは戦いの裏にあるものを考慮しない。いや、“考えないようにつくられている”」
最初は妹達全員がそうなのだと思っていた、だが10032号――御坂妹を見て知った。
あの3人は妹達の中でも特別な改造を受けている。
「彼女たちの要点は任務を果たすことにしかない。その脳構造はまるで旧日本軍の兵士のそれだ。任務を受ければ何の迷いもなく遂行する。それがどんな任務であっても」
他の妹達も実験の為に死ぬことには何の躊躇いもなかった。しかし彼女たち3人は実験に関係のない木山春生の依頼にも躊躇いがない。
ただの絶対能力進化計画の為の個体ならばそんな脳構造にする必要はない。
「――19998号、19999号、20000号。彼女たちの担当になっていた男は野心に溢れる、凶暴な男だった。尤も20000号たちの暴走の後、責任を取らされて解雇。自殺したそうだけど。テスタメントを使ってそういう風に変えたのは彼でしょうね」
「・・・・・・私はあの子たちを見ていられない。いつも無茶ばかりするあの子たちを。他の妹達を見ていると思ってしまう、もしもあの子たちがミサカネットワークに繋がっていて、“彼”の姿を、言葉を聞いていたのなら・・・・・・」
変わっていたのかもしれない。他の妹達と同じように。
「何を言っているの。・・・・・・子どもにものを教えるのがあなたの仕事でしょう? 木山先生。あなたはあなたの、私は私の仕事をするわ。用が終わったなら帰ってちょうだい」
「・・・・・・いや。まだ用は終わっていない」
木山春生はバッグからノートパソコンを取り出し、力強く机に置く。
「何を――」
「この街が、私の生徒たちの居場所が壊されようとしているんだ。黙って見ているわけにはいかない」
少しは役に立つだろう。そう言って端子をパソコンに繋いだ。
「もう、あの子たちだけに戦わせたりはしないさ」
#####
少し時間が掛かってしまいましたが③開始。
まず木山せんせーのターン。
今回の章はそんなに長くはならないと思います。
元々が短い話ですし。