七月二十二日 早朝
「マスかき止め! パンツ上げ!」
陽が登りきる前に彼女たちの1日は始まる。
いつものように目覚まし代わりの軍曹の怒号に反応し、シスター03はすぐさま立ち上がり、シスター02はパンツを上げる。
虫けらを見るような目で軍曹に見られ、02はさらに濡れた。
「私が居ない間に何か問題は?」
「はっ。特にありません!」
02が敬礼と共に報告。
軍曹が離れていた一昨日から“オリジナル”(御坂美琴)と“オセロ”(白井黒子)を監視していた(“痴女”(木山春生)は研究室に籠もっていたため、監視を断念、“花瓶”(初春飾利)と一般人は人数の都合上監視を外さざるを得なかったが)。
「軍曹殿は今までどちらに?」
「それは貴様が知る必要はないことだ、03」
「はっ、失礼しました!」
20000号はあの後研究員に呼び出され、延々とデータやら何やらを録られ続け、開放されたのはつい先程。正直倒れたいところだが、その内黙っていても倒れるので我慢しておく。
それよりも起きている間にやるべきことをやらなくてはならない。
「現時刻をもって特殊訓練を終了。痕跡を残すな」
「sir,Yes,sir!」
「sir,Yes,sir!」
それは上からの命令。
今行われているのはあくまで絶対能力進化であり、超能力者量産ではない。
欠陥品である幻想御手にこれ以上の価値は見いだせない、そういうことだろう。
幻想御手について音声ファイルであり、共感覚性を利用したものであるとしか知らない02と03は納得はいかないものの興味もない、素直に敬礼で答えた。
「私は所用がある。貴様らは通常訓練に戻れ」
「sir,Yes,sir!」
「sir,Yes,sir!」
所用――それが何なのか、02と03には想像もつかない。彼女たちには来たるべき実験の日まで訓練以外にすることなどないのだから。
◆◆
数時間ほど前、九八一一次実験が行われ、9811号が殺害された。
現在の時刻は午後11時。20000号が所用で出かけてから半日以上が経過している。
「・・・・・・」
夜道をコンビニの袋片手に歩く彼、一方通行は不機嫌だった。
数分ほど前に自分を女だと勘違いした馬鹿が話しかけてきてくれちゃったからだ。
(百合子ってのは誰のことだァ?)
問答無用で吹き飛ばしたものの、不愉快極まりない。
もう一度言おう、彼は不機嫌だった。
「――あァ?」
そんな彼が夜道に人影を捉えた。それも愉快な格好をした見知った顔を。
「今日の実験は終わりじゃなかったのかァ?」
「――肯定です。あなたの今日の実験は数時間前に終了しています」
夜道であるとはいえ、彼女の姿は特異であり、この学園都市に置いて明らかに場違いな服装。
俗に言う迷彩服であり、さらに銃器で武装を施した少女は数時間ほど前に殺害した、いやこれまで九千以上の数を殺害した少女たちと同じもの――――その少女の名はミサカ、ナンバーは20000。
「なら、そンな愉快な格好で何の用だ?」
実験の順番が回ってくるのは最後、数ヶ月後のはずの彼女。
無論、彼女の番号など一方通行は知る由もないが。
「あなたは幻想御手というものをご存知ですか?」
「知らねェな。それとテメェが此処に居ることと何か関係があンのかよ」
彼女の口調に――否、彼女との会話に違和感を感じながらも一方通行は不機嫌そうに尋ねる。
違和感の正体が“ミサカと実験について以外の会話をしていること”だと気づくのに数瞬掛かったのは彼が他人と会話をするという行為が久しぶりだったからだろう。
「肯定です。私はその幻想御手を使用し、数十時間後には昏睡状態に陥ります」
「あァ?」
その幻想御手が何なのか一方通行には分からないが、それよりもだからといって何故、自分に会いに来たのかという疑問が氷解しない。
実験の予定が繰り上がったのならばさっさと始めればいい。
だが目の前のミサカは装備こそ物々しいが、戦闘体勢をとってはいない。
「あなたに会いに来たのは私の独断であり、実験には何の関係もありません。ただ私は・・・・・・」
そこでミサカは言葉を途切れさせた。何と表現すればいいのかと迷うように。
「――ただ私は、あなたに挑まずして負けることを良しとしたくない」
それは20000号に訪れた小さな変化。
「私はあなたの能力を引き出す為に予定よりも早く培養槽から出ました。ならばせめて最初に与えられたその任務だけは果たさなければならない――軍人として」
間違った知識から得た、間違った常識。
だが同時にそれはミサカネットワークから離れた20000号を他の誰でもなく20000号たらしめていた。
酷く特異で歪んだ、彼女だけのパーソナリティー。
「楽しそうですね」
彼女の耳は未だ音を拾うことはできないが、読唇をするまでもなく一方通行の愉悦は感じ取れた。
「くはははは! あァ、他の妹達よりも万倍面白ェよ、お前。本当に第三位のクローンか?」
「肯定です。パパの精液がシーツの染みになり、ママの割れ目に残ったカスであるオリジナルから生まれたのが私です」
その言葉にさらに一方通行は唇を吊り上げる。
「どんな洗脳したらあの無表情の妹達がテメェみてェになるンだ? 最高に愉快だよ、お前」
「ありがとうございます。では“戦争”を始める前にあなたの名前を教えてください。能力名しか私は存じていませんので」
「ンなもン覚えてねェよ」
「そうですか。では第一印象から精液まみれのディック、略してディックと呼ばせてもらいます。ファッキン・ディック」
こうまであからさまに喧嘩を売られたのはおそらく初めてだろう。
だが彼に怒りはなく、愉悦と――心の底に悲哀だけがあった。