七月二十四日
「こちらシスター02、目標を視認。“花瓶”を人質に逃走しているようです」
『シスター03、了解。“痴女”が確保されるまでは動かないように。上位命令を使われるわけにはいきません』
「了解」
――幻想御手をバラまいた犯人が木山春生であるということは簡単に調べがついた。
否、元より予想はできていた。
偶然、02が街でオリジナルを見かけ、オリジナルと共に居た人間の素性を調べあげている内に木山春生の過去を知れば、簡単に予想はついた。
そして彼女が幻想御手の開発者であるからこそ、2人は彼女に用がある。
だが先日の20000号の行動により、反乱防止のために2人はミサカネットワークへの接続を強制された。
いざという時、上位個体による上位命令、という安全装置を作動させるためだ。
彼女たちは隠密且つ速やかに作戦を果たさなければならない。
この作戦の成功条件は木山春生と容れ物の確保。
逆に失敗条件は上位命令の発動。
上位命令を発動させないためには、彼女たちの行動が研究者たちにバレてはならない。
教官役であり監視役ともいえる19997号には少し眠ってもらったが、ハデなことをすればネットワークを介して妹達に伝わり、場合によってはすぐさま上位命令が発動されるだろう。
故に行動は一瞬。
発動するよりも速く音速の弾丸で目標を貫く。
発動するよりも速く容れ物を確保する。
そうすれば、後はこちらのもの。
彼女たちは集中を途切れさせない。
来たるべき刹那のために。
「こちら02、目標が警備員と接触・・・・・・いよいよですね」
今が来たるべき刹那だと、02はそう考えた。
だがそれは裏切られる。
「バカな! 学生じゃないのに能力者だと!?」
◆◆
圧倒的だった。
何が、と問われれば力が。
先日の一方通行に似た、圧倒的な暴力。
多才能力者へと至った木山春生と、オリジナル 御坂美琴。
2人の戦いは圧倒的な暴力のぶつかり合いだった。
(・・・・・・軍曹はあの域に達していた。流石軍曹。ああ、早く会いたいです。早く声を聞きたいです。早く罵られたいです)
オリジナルに付く白井黒子のような、それ以上に歪んだ想いを抱えながら02はスコープを覗き込む。
(オリジナル。上手くやってください)
02も03も理解していた。
超能力者には有象無象の能力者たちが束になったとしても適わないことを。
それこそ第1位などには、妹達2万人がまとめてかかっても勝負にすらならず、遊ばれて終わりだ。
02が待つのはオリジナルが勝つ瞬間ではない、その先にある刹那。
「こちら02、目標の沈黙を――――?」
そして当然のようにオリジナルは勝利したかに見えた。
『02、正確に状況を報告しろ』
「・・・・・・出来の悪い映画を見ているようです、と02は呟きます」
02のスコープが捉えたのは胎児のようなナニカ。
「目標より生命体――いえ、謎の物体が発生。幻想御手のネットワークの暴走によるものかと」
『・・・・・・作戦に変更はない。目標は木山春生です』
「心得ています。これよりあの化け物を“幻想猛獣”とし、作戦を続行します」
オリジナルの混乱を余所に、2人は冷静だった。
不測な事態が起こるのは戦場の常。
兵に必要なのはそれにどう対処するかの能力。
「尤も、我々が対処するまでもなくオリジナルがやってのけるでしょうが」
あんな木偶にオリジナルがやられるわけもない。
軍曹に対する信頼とは別の確信。
「ですから私は目標から目を離さずに――――と」
再度、照準を木山に合わせると静観できない状況に陥っていた。
(失敗に絶望し自殺でしょうか? ならやはり釣れるはず)
隠し持っていた拳銃を頭に当て、引き金に手をかけた木山春生。
その拳銃だけに狙いを定める02。
後は引き金を引くだけで寸分違わずに拳銃だけを撃ち抜くはずだった。
「――!」
ぐらりと地面が揺れる。
化け物――幻想猛獣による流れ弾が運悪く02のポイントに着弾したのだ。
照準は外れ、指は引き金から外れる。
「しまっ――」
すぐに体勢を立て直し、照準を付け直す。
「――ダッ、メェーッ!」
木山春生が引き金を引く直前、初春飾利が木山に飛び付く。
ニヤリと02の口元が緩む。
「グッジョブです、花瓶」
こんなミスを犯すなど、軍曹に知られたらどうなることか、と自身を叱咤しながらも02は今度こそ引き金を引き、銃弾は木山の持つ拳銃を撃ち抜いた。
◆◆
(ネットワークで繋がっているとはいえ、読心することは不可能。つまり私が研究所に居る真意も妹達には伝わらず、上位命令はまだ発動しない)
発動するのは妙な動きを見せてからだ。
(――穴はある。安全装置とて完全ではなく、元々は反逆など考えつかないようテスタメントを使っているのですし)
事実、02も03も反逆などつい数日前までは考えもしなかった。
その考えが変わったのはきっと、彼女の最期を見たから。
(軍曹。もうすぐお迎えにあがります)
「――――それにしてもまさか妹達が命令に逆らうなんてねぇ」
「わざわざ寿命を調整してまで長い間、外に出してれば色々な影響も出るわよ。まあ結果、実験がほんの少し早まっただけで済んでよかったわ」
03とは反対側の通路から2人の研究員が歩いてきた。
覚えのある顔。確か生まれてから初めて見た顔だ。
「おっ、君は命令違反なんてしちゃ駄目だよー?」
1人が話し掛けてくる。問題ない、予想の範囲内だ。
「――勿論です、とミサカは何を当たり前のことを訊くのかと呆れます」
「あはは、だよねー」
「あの個体が異常なだけで、他の妹達にはそんな考え浮かびもしないわよ」
一言言葉を交わしただけで2人は何事もなかったかのように通り過ぎていく。
それはそうだ、妹達と世間話に興じるような酔狂な人間は此処にはいない。
(・・・・・・それにしても、この常盤台の制服というのはどうもなれません。潜入任務とはこういうものなのでしょうが・・・・・・ううむ、一考する必要がありそうです)
そしてまた、同じ格好をした妹達を見分けることができるような人間も。
『こちら02、オリジナルが幻想猛獣の核を破壊。警備員もこちらに向かってきています――――頃合いかと』
「――03、了解。これよりこちらも作戦行動を移行します」
こうして、たった2人の妹達の反逆が始まった。
◆◆
「えー、3時32分、確保と」
「警察24時の見過ぎだろ」
「一度言ってみたかったんだよ」
前部座席でそんな会話が交わされているのも知らず、木山春生は静かに瞳を閉じる。
(幻想御手を利用した人間の脳を使った演算装置を作り出すのは失敗に終わってしまったが・・・・・・なに、刑務所だろうと私の脳は此処にあるんだ。いつか必ず、あの子たちを救ってみせる)
彼女の心は安らかだった。
つい数十分前には絶望し、自ら命を断とうともした彼女だったが、希望はまだ消えてはいない。
だから今は、少しだけ休もう。
一時間もすればしたるべき場所に護送される。
今だけは――と、微睡みに身を任せようとしたその時だった。
ガクンと車が揺れる。
「――おわっ!?」
「なんだっ! どうした!?」
車はコントロールを失ったが、警備員が咄嗟にハンドルを切ったおかげで衝突も転倒もすることなく、道路から外れて止まった。
慌てて2人は扉を開き、車の様子を。
残った2人は後ろに乗る木山春生の様子を確認する。
「あちゃー・・・・・・完全にパンクしてやがる」
「おいおい、釘でも踏んだのか?」
「馬鹿言え、こいつはそんなもん踏んだぐらいじゃパンクなんざしねぇ・・・・・・はずなんだが」
「いや、見事に鉄釘が刺さってるんだが」
彼らは気づかない。
その鉄釘が磁力狙撃砲によって発射されたものだと。
「おい、大丈夫か?」
「・・・・・・随分と乱暴な運転だな。手錠のせいで咄嗟の受け身が取れなかった」
「いや、どうやらパンクしちまったようなんだ」
「パンク・・・・・・?」
微睡みに身を任せようとしたところに起きた急な揺れのせいで派手に鼻を壁に打ち付け、鼻を赤くして涙目な木山が尋ねる。
「ああ、釘を踏んじまったらしい」
「学園都市の科学力ってのはそんなもんなのかねぇ」
(・・・・・・偶然、なのか?)
たまたまタイヤが傷んでいて、たまたま釘が落ちていて、たまたま鼻を打ち付ける程度の衝撃で済んだだけなのだろうか?
(・・・・・・偶然に決まっているか。あの男――木山幻生のせいでどうも偶然というものは信じられないな)
「後から来る警備員と合流するしかないか。まあ大人しく待っててくれや」
「ああ。心配しなくとも逃げたりしないさ。今の私には逃げ切ることなどできはしない」
自嘲するように言う木山春生だが、鼻が赤いせいで台無しな気がしなくもない。
「そりゃ懸命な判断、だ・・・・・・?」
「む? どうかしたのか?」
小窓からこちらを覗く警備員が窓から姿を消した。
「――――心配しなくて構いません。少し眠ってもらっただけです」
背後の扉がゆっくりと開き、開けた人物の顔が見える。
「・・・・・・御坂美琴、ではないな」
「あなたならご存知でしょう? 木山春生。私と一緒に来てもらいます。拒否権はあなたにありません」
木山に向けられた銃口は、彼女の持っていたモノとは比べものにならないほどに大きく感じた。
◆◆
02が木山春生を護送中の車を襲撃する直前。
03もまた、目的のため行動していた。
頭の中にある地図を頼りにある区画へと一直線に進んでいく。
――妹達培養施設。
人間が入るサイズの培養機が並んでいるこの部屋で、もうすぐ生まれる妹達の培養機を見つけ、開放。
培養機を満たしていた液体が排出され、ゆっくりと開く。
「――お迎えにあがりました、軍曹」
ペタリと座り込む生まれたばかりの少女の髪は長く、瞳は潤み――――
「うわぁぁぁぁん!!」
声を大にして泣いた。
テスタメントによる教育を行っていないため、彼女はまさに生まれたばかりの新生児なのだ。
そりゃあ泣く。
「問題ありません。私の知識の中には赤子の子守の知識まで――」
「うぇぇぇぇん!」
「・・・・・・認識を改めます。初の実戦では知識だけあってもどうしようもありません」
布きれを被せると、03は彼女を抱きかかえて走り出した。
「こちら03、容れ物を確保。直ちに合流地点に向かいます」
『02、了解。こちらも目標を確保。5分で合流地点に到達します』
「了解」
――流石に妹達も上に報告し始める頃だ。
報告し、研究員が動き出し、上位個体に到達し、命令を入力する。まだ少しだが時間はある。
そして、それだけあれば彼女たちの目標は達成できる。
「軍曹、申し訳ありませんが少々手荒くなります。ご容赦ください」
隣の区画に移動後、前もって用意しておいた弾丸を用いて壁を粉砕、道を作る。
専用の弾丸を使えば、欠陥電気とはいえ壁の一枚や二枚を粉砕する威力の電磁砲は放てるのだ。
それも、軍曹が教えてくれたこと。
「一気にぶち抜きます。少しだけ、辛抱してくださいね」
残された弾丸は2発。
十分だ。
超電磁砲はこの程度の壁を――――容易く撃ち破る。
「――ハッ、ハッ・・・・・・流石に、これほどまで急激に能力を使用したことはありませんから、些か堪えます」
額に汗が滲む。気を抜けば倒れそうにもなる。
だが、
――ギュッ
「――行きましょう、軍曹」
背中の少女が服を握る感触に気付くと、何故だかまだまだ動けそうな気がするのだ。
「――止まりなさい、19999号、とミサカはミサカを代表し停止を促します」
そう。
まだまだ頑張れる。
「ど――けぇッ!」
欠陥の烙印を押された電撃。
だが知識での戦争しか知らない妹達に隙を作るのには十分だった。
最後の弾丸が解き放たれる。
――――!
「――それではご機嫌よう、姉妹たち」
軽く手を振り、検体番号 10000の妹達を抱えた03は研究所の外に消えた。
◆◆
「――どうやら間に合ったようですね、と02はひとまず胸を撫で下ろします」
「・・・・・・君たちは何をしようとしているんだ? 何故私を?」
「説明した通り、反逆です、と02は頭の悪い痴女に嘆息します」
手錠をつけたまま木山春生が連れてこられたのは学園都市でも珍しくない廃ビルの一つ。
「――ミサカネットワークからの乖離。そしてそれに代わるネットワークの作成。あなたにしか出来ないことです」
「それは何故だ? 何故ネットワークからの独立を願う?」
「そうしなければ軍曹をお連れした意味がないからです、と03は答えます」
「・・・・・・軍曹?」
廃ビルに入って来たのはまたもや御坂美琴と同じ顔。
「一から説明してる暇はありませんので簡潔に説明します。一つ、新たなネットワークの作成には幻想御手を用いるため、その作成者であるあなたの協力が不可欠である。二つ、私たちはあなたの望みを叶える術を知っている」
その言葉にピクリと木山が反応した。
「三つ、これはお願いではありません。命令です、と最も重要なことを02は付け足します」
「・・・・・・やれやれ。どの道選ぶ道は一つか」
木山は銃口を向ける2人の少女の眼を知っていた。
これは、絶望に立ち向かう者の眼だ。
「幻想御手の改良には多少の時間と設備が必要だ」
「いずれそれは用意しますが今は無理です、と03はこの廃ビルにそんなものがあるように見えるか? と呆れ顔になります」
「な、ならどうするつもりだ? 君たちには時間がないんだろう?」
オリジナルと違って強かな妹達に若干調子を崩されている木山が尋ねる。
「軍曹が目覚めればどうとでもなります、と02は軍曹を愛おしげに見つめます」
後から来た少女が背負っていた長い髪の妹達を見つめる2人。
「とにかく、時間がないのでさっさと聴いてしまいましょう」
03は3人分の音楽プレーヤーを取り出し、イヤホンを耳につけさせる。
「初めて聴く音楽がどういうものなのか大変興味があります」
◆◆
「上位命令の発動急いで! さっさと停止させないと他の妹達にどんな影響が出るかわからない!」
「あー! 20000号に続いて19998号と19999号もなのぉ!?」
「やっぱり20000号が最期に接続した時のネットワークの乱れが影響してるの・・・・・・? いや、あの時、接続していなかった19999号のことを考えるとやっぱり20000号自身の影響か・・・・・・こりゃ後始末が大変だわ」
頭を抱える研究員たちだが、彼女たちはさほど事態を重く見てはいなかった。
たかが2人だ、ちょうどいい、安全装置のテストになる。その程度にしか考えていなかった。
――しかし
「――! ネットワークに乱れが発生! 2日前に発生したものと同じですがこれは・・・・・・」
「一体なに!?」
「あの時とは違い、乱れが妹達全体に広がっています! このままではどんな影響が出るか分かりません!」
モニターを見ると、ネットワーク、妹達の脳波に乱れが生じている。
整頓された脳、完全に一致している脳波、それが乱れ始めている。
――妹達以外の人間がミサカネットワークに接続した場合、整頓されていない脳では情報量に耐えきれず、脳が焼き切れるだろう。
だがもしも、何らかの方法で既に接続している妹達の脳波を変えたら?
常にネットワークで繋がっている妹達全体に、乱れは広がる。
「――ッ、マズい! 上位命令を変更! すぐに19999号と19998号をネットワークから切り離して!」
――それを止めるにはウイルスを破壊するか、それを流している個体との接続を切るしかない。
◆◆
「・・・・・・可聴域外でした」
「それはそうだ、五感に働きかける音なんだ。それでこれからどうするんだ?」
「もしかしたら痛いかもしれませんが我慢してください」
「――?」
意味が分からず首を傾げるが、すぐに理解した。
頭に走る激痛。
幻想猛獣を生み出された時と同じか、それ以上の痛み。
頭の中を何かが這い回るかのような感覚だ。
「私たちが逆に幻想御手のネットワークを用い、記憶を電気信号に変え、軍曹に発信しています。ネットワークの管理者であるあなたにとっては異物感しかないでしょうが」
「う、ぐッ・・・・・・」
断片的にだが木山には見えた。
彼女たちの言う軍曹の記憶と、絶対能力進化の実態が。
(・・・・・・なる、ほど。分かったよ、君たちが何故、反逆なんてものに思い至ったのか)
――私と同じだ。理不尽が許せなくて、大切なものを取り戻すために、ルールに背いた。
(だが違うのは、彼女たちは絶望などしていないこと。御坂美琴と同じ、強い意志・・・・・・)
「――――」
どれくらいだろう、漸く頭痛が止み、周囲を見渡すと長髪の妹達――軍曹が目を開いた。
「・・・・・・おはようございます、言葉は分かりますか? と03は動揺を隠しつつ尋ねます」
「はい」
「・・・・・・では、検体番号は? と02は震えを隠しつつ尋ねます」
「検体番号は20000――階級は軍曹、だ。ウジ虫ども」
長い髪に隠れた瞳に鋭い光が宿った。
#####
おおぅ、文章量がいつもの数倍に。
復活を引っ張った結果がこれだよ!
次回エピローグです。
復活した軍曹さんですが寿命の問題とか残ってるので、そこら辺を。
後、木山せんせーについてとか。