ロマリアのある聖堂前の広場。 獄門台に晒されているのは、皮を剥がれた生首である。 左右非対称な奇妙な表情に固まった顔面筋剥き出しの生首は、ロマリア宗教庁をして“史上最大の異端”と言わしめたウード・ド・シャンリットであった。 今にも血が滴らんばかりの新鮮な生首は、しかしその鮮烈さとは裏腹に、市中に晒されてすでに五日が経過していた。 聖人の条件の一つに“死体が腐らない”というものがある。 ロマリア市中を滅ぼさんばかりの熱病の元凶とされた悪魔、ウードの生首は腐る様子も見せず、憎悪に駆られた市民の投石を何かの加護があるかのように寄せ付けもせず、泰然としてそこにあった。 では彼は聖人なのだろうか? いや、そんな事はないだろう。少なくともブリミル教の聖人ではない。 周囲に見物に集まる市民たち。 生首の瞼のない顔面、その濁り一つもないブラウンの瞳が妖しく紅く輝き、動かないはずのその目はぎょろりと蠢き周囲睨めつけた。 時間は今暫し遡る。◆ 蜘蛛の糸の繋がる先は 22.異端認定即断頭、復活できたら取り消します◆ ロマリアから広がった奇妙だが致命的な熱病――罹患者のうち何割かが魔法の力によって内側から蝕まれて引き裂かれて、あるいは燃えて、あるいは石になって、あるいは凍りついて死ぬ、しかも魔法の使えないはずの平民であるにも関わらず!――は、ガリアの火竜山脈を隔てた南側で大きく猛威を振るっている。 現在は火竜山脈が物理的な障壁となって流行拡大を防いでいるものの、山脈を越えるのも時間の問題だと思われる。感染した鳥やフネは、山脈を楽に超えられるのだから。 この熱病はハルケギニアでは発症地域に因んで“ロマリア魔法風邪”と呼ばれている。 運良くこの“ロマリア魔法風邪”から生き残った平民はメイジの才能を得ることが出来るという噂も、同時に流れてきている。 この熱病に感染して生き残ったメイジのランクも上がったという噂もある。 そして、人々の間に、半ば以上確信を持って徐々に広がる、毒のような、あるいは病いのような噂があった。 “魔法の力というものは、決して始祖に由来するものではない”と。 現に見てみろ、あの恐ろしい熱病は、ただの平民をその“内側”から、平民には持ち得ない“魔法”の力で殺したではないか。 しかもそれに耐え切った者に、魔法の才能を与えるのだ、あの熱病は。 魔法を与える悪魔の病。 魔法を鍛える神の試練。 悪魔の手によるものか、神の手によるものか。 中には“魔法の才能を得ることが出来るかもしれない”という、ほんの僅かな可能性に希望を見て、積み上げられて墓所からあふれた熱病の死者の山へとその身を晒す者も居た。 熱病が猖獗を究めたロマリア連合皇国の貧民たちにそのような命知らずは多かったが、彼らは例外なく、熱病に身を冒されて死亡した。 万全の栄養状態でも、何の処置もしなければ死亡率が9割を超えるという熱病に対して、日々の糧にさえ汲々とする貧民が太刀打ち出来るわけもない。 熱病が火竜山脈を超えるために少しだけその侵攻速度を鈍らせている内に、アトラナート商会の方では、熱病に対する対策が完成されつつあった。 そもそもの発端が、彼らの実験室から『サモン・サーヴァント』によって召喚されたウイルスまみれの被験体であったため、ゴブリンたちはそのウイルスの特性も感染経路も何もかも熟知していた。 ウイルス作成者である彼らの手に掛かれば特効薬の開発も然程の時を待たずに終わったし、反物質対消滅機関にまで手を出し始めたゴブリンたちの圧倒的生産力と、そこから得られるエネルギーを魔力に転用して展開される系統魔法による補助を以てすれば、ハルケギニアに暮らす全ての生物に対して、ワクチンや特効薬を提供することは不可能ではない。 アトラナート商会の矮人たちの手によって唾液腺からワクチンを分泌するように改造された蚊や蚤(不妊化済みなのでこれらが増殖することはない)は、熱病が猛威を奮う都市や、その周辺の森や圃場で解き放たれた。 何度も何度も、執拗に執拗に、それらは解き放たれ、ヒトや野生動物に対して魔力暴走ウイルス脳炎の免疫を付けさせていった。 ゴブリンたちはロマリアでの熱病――ゴブリンたちは“魔力暴走ウイルス脳炎”と呼んでいる――の封じ込めには失敗したものの、なんとか善後策を整え、火竜山脈を防衛ラインとして、感染の流行を防ごうとしていた。 ……だがあらゆる脊椎動物に感染し、吸血性の節足動物を媒介に広がるこの熱病は、一度広まればそう簡単に根絶できるものではない。 しかもウイルスという概念があるかどうかすら怪しい文明レベルのハルケギニアにおいて、感染拡大を防ぐのは至難の業だ。 ゴブリンたちの間でも、ワクチンや特効薬のばら撒き以上に効果的な策は難しい。 その上、『これだけワクチンをばら撒いたならば、ある特定の動物種がこのウイルス脳炎で絶滅するということもないだろうし、当面は自然淘汰に任せるしか無いのではないか』、という意見も強くなっている。 ――ぶっちゃけてしまうと、ゴブリンたちは早くも熱病感染対策に飽き始めていた。 ゴブリンの実験施設から召喚された病み男サーノが、虚無遣いグレゴリオ・セレヴァレの使い魔である“神の右手”ヴィンダールヴになってから既に6ヶ月が経過した。 サーノは彼自身の右手に宿ったルーンの力を駆使して、都市国家ロマリア市内の魔力暴走ウイルス脳炎の鎮圧に、アトラナート商会と協力して当たっている。 ロマリア市街にあるアトラナート商会の商館の敷地の一角。 わんわんと羽音が響く二つの虫籠を前にして、サーノと矮人が立っている。「サーノ様、左がワクチン分泌タイプの蚊です。右の籠が特効薬分泌するタイプの蚊です。本日もよろしくお願い致します」「ああ、分かっている」 青白く不健康そうな顔のサーノが手を翳すと、彼の右手のルーンが輝き始める。 あらゆる生き物を支配し、その潜在能力を引き出すヴィンダールヴのルーンがその効力を発揮する。 ルーンの輝きを確認して、付き添っていた矮人はそれぞれの虫籠を開放する。「行け、蟲たちよ」 サーノの言葉に従って、羽虫たちによって形成される黒い雲は虫籠から出て、ルーンの力で刷り込まれた命令にしたがって、市街の一区画を目がけて飛んでいく。 蟲たちは自らの命を削って、ワクチンや特効薬を限界以上に分泌し続け、それを手当たり次第に周辺の動物に注入するはずだ。 矮人はもう用は済んだとばかりに、サーノの下を辞する。 また次の日に同じように虫籠を準備し、今日とは別の区画に散布する手筈になっている。 サーノも直ぐにアトラナート商会の敷地から離れ、愛しい主の下へと足を速める。 ロマリア市内のある修道院が、彼とその主の棲み家だ。 数百年、あるいは千年を超える歴史を持つだろう壮麗な修道院の建造物が遠目にも見える。 街の殆どの建物よりも高い鐘楼が目印だ。 修道院の敷地に入ると、サーノの長身痩躯に一人の少年が抱きついた。 否。 抱きついた、などとは生温い。 修道院の二階の窓から自らの自慢の使い魔が帰ってきたのを確認した紅顔の美少年グレゴリオ・セレヴァレは、そのまま躊躇せずに二階の窓から文字通りに使い魔の身体に飛びついた。「サーノ! おかえり!」 そして重力の導きに従い、サーノの体に衝突した。「げふぁっ!」 決して頑丈とは言えないサーノの身体は、その急降下攻撃によって多大なるダメージを負った。 だが、主のじゃれつきによって再起不能などという、主従どちらに取っても気不味い、精神的な禍根を残すような事態にはならなかった。 主にサーノの不屈の精神力によって、であるが。 何とか体制を立て直したサーノは、自分にじゃれつく愛しい主の頭を撫でる。 それによってさらに顔を綻ばせるグレゴリオ。「聞いてくれよ、サーノ! 遂に僕も魔法が使えるようになったんだ! 今までみたいな失敗じゃなくて!」「く、ふ、ふふ。おめでとうございます、主殿」 ずきずきと痛む全身を、それと悟らせないように気遣いながら、サーノは主の話を聞く。 一時期はサーノからうつされた魔力暴走ウイルス脳炎によって意識不明の重体にまで陥ったグレゴリオであったが、使い魔たるサーノの献身的な看病とアトラナート商会の齎した特効薬によって、現在では完全に恢復している。 溌剌としている主を見て、サーノの心は温かいものに満たされる。ああ、愛しい愛しい我が主殿、その尊い命が失われなくて本当に良かった、と。「それで、ね、サーノ。遂に、あの異端の悪魔を裁く時が来たんだよ! 計画はもうすぐ実行されるんだ!」 たとえその主が狂信に身を浸していようとも、サーノにとっては関係が無かった。 我が身の全ては、主殿のために。 使い魔のルーンは彼の精神の有り様を歪めてしまっているのだが、彼自身はそんな事には気づきもしないし、気づかない方が幸せだ。 サーノは主グレゴリオに促されるままに、彼自身の来歴について、知りうる限りの全てをブリミル教会に話してしまっていた。 蔓延っている熱病の正体や、アトラナート商会の者たちが実は人間ではなくてゴブリンを起源にする種族であること、彼らを支配しているウード・ド・シャンリットというサーノのDNAのオリジナルとなったトリステインの貴族のこと、彼らが信仰する深淵の蜘蛛神についてなど全てを話してしまっていた。 無論、彼らの脅威についてもサーノは精一杯伝えたつもりである。敵対することは愚かに過ぎる、最上の策としてもうまく利用するのに留めなくてはならない、と。 だがブリミル教会は、そんなサーノの言葉に耳を貸さなかった。 五千年の驕りか、はたまた異教徒に対する憎悪か。 いや、市井で高まる市民らの不安に対する体の良い生贄を見つけたということだろうか。 疫病や飢餓への不安は高まり、人々はその捌け口を求めているのだ(アトラナート商会が各地の村々で毎週末に宴会もどきの異端の集会を開いているトリステインはその限りではないが)。 そしてそれ以上にアトラナート商会の所有する財貨や技術は、非常に魅力的だったということだろう。 さらに、ウードを排除することで、アトラナート商会の援助を受けているブリミル教会内のアトラナート派閥の連中も連座にすることも出来るとすれば、アトラナート派に対立する主流派閥はかなりの権益を手に入れられるという皮算用もあっただろう。 教皇の口車に乗せられて異端討滅に目を輝かせるグレゴリオをあやしながら、しかしサーノは主とは全く別のことを考えていた。 何とかウード・ド・シャンリットの異端認定を避けられないかと、そう思案していたのだ。 それはサーノ自身のオリジナルであるウードの身を案じて、ではない。 サーノを実験動物として扱った人でなしのゴブリンたちの親玉である男に関わること自体が、自ら災いを呼び込むことにほかならないのだと、サーノは認識している。 何せウードという男は、自分のクローンを実験動物として量産させるという、正気を何処かに投げ捨ててきた男である。 邪悪なる蜘蛛の組織の首魁を討ち果たすことこそが、始祖の御心に適うのだと信じて止まないグレゴリオ。 無邪気に笑う主を見て、サーノは少なくとも、何があろうとグレゴリオだけは守り通そうと密かに誓う。 熱病に倒れた教皇の治療のためという名目で、現在、ロマリア宗教庁はトリステイン政府を通じてウード・ド・シャンリットに召喚状を送っているらしい。 様々な秘薬を調合するという噂のあるウードならば、教皇を治療できるはずである、ということで。 ……教皇が病に倒れたのは事実だが、実際はただの風邪であり、ロマリア市内で囁かれるように重篤な状況ではない。 このウードの召喚は、ウードをロマリア市民の前で破門し、異端として処刑し、さらにその勢いのままにアトラナート商会から物資を掠奪するという、一連の計画の第一段階なのだ。 またその一連の騒ぎを対エルフの聖戦発動の前の景気付けとして利用するという目的もある。 トリステイン政府にも内々にウード・ド・シャンリットを破門するということは既に伝えてあるが、どうもその動きは鈍い。 常ならば、台頭目覚しいシャンリット家に反発を覚えた保守派閥などが内応して、シャンリット家そのものを、ウード破門の動きに即して取り潰すなどの動きがあってもおかしくないはずである。 しかしトリステインはまるで動きを見せなかった。 アトラナート商会の浸透が進んでいないロマリアではあまり意識されていないが、トリステインでは自国の経済活動の中枢から末端にいたるまでが既に蜘蛛商会に抑えられていることをある程度は認識していた。 先だっての“シャンリット防衛戦”において見せつけられたウード・ド・シャンリットの異常性をトリステイン王は恐怖しているし、それ故アトラナート商会の実情についても様々な方面から調査させている。 しかしその結果分かったのは、“アトラナート商会の全容はどれだけ調べても把握できない”ということと“今やアトラナート商会無くしてはトリステインは立ち行かない”ということ。 正直言って、ロマリアの宗教狂いたちがアトラナート商会にちょっかいを掛けるのは、トリステインにとって迷惑以外の何物でもなかった。 虎の尾を踏むのは勝手だが、その虎に真っ先に狙われる身にもなってみろ、という訳だ。 トリステイン国内ではロマリアほどに熱病の猛威もなく、アトラナート商会への市民の支持率もそれなりに高いため、アトラナート商会擁護に動くのも無理のない話である。 当然、市民全てがアトラナート商会を支持している訳ではなく、彼らに職を奪われた輩が恨みを持っていたりもする。 異人であるゴブリンたちへの不信感も根強いものの、彼らがトリステイン国内で気前よく放出する財貨や食料品によって飢えや貧しさから解き放たれた平民たちは、街に矮人たちがちらほら交じるのを許容する程度には心に余裕が生まれていた。 トリステイン王国としてはアトラナート商会を放逐するより、“不気味だが金持ちな隣人”として置いていた方が利益が大きいと判断している。 そういった情勢であるため、トリステインのシャンリット家に対立している宮廷派閥へとロマリア宗教庁が送った“ウード破門の内々の打診”は、トリステイン政府を通じてシャンリット家に筒抜けであった。◆ トリステインの王宮。 謁見の間には玉座に王が座り、その傍に第一王子が立ち、周囲にも侍従長などが揃っている。 部屋の隅には大きな球の上に器用に座っている矮人道化の姿も見える。 そこに呼び出されたのは二人の貴族。 一人はトリステインの東の広大な地域を治める、軍人然とした筋骨隆々とした白髪混じりのブラウン髪の初老の男、フィリップ・ド・シャンリット侯爵。 そしてもう一人は、侯爵の長男で、トリステイン一とも言われる規模の商会のオーナーであり、ハルケギニア初の私立総合大学を企画し実現した、竜をも屠る蜘蛛男ウード・ド・シャンリット一代子爵だ。 王を前にして侯爵父子二人は跪いている。 トリステイン王は臣下の礼を取る二人に声を掛ける。「よくぞ参った。シャンリット侯爵、シャンリット子爵。面を上げよ」「ははっ」 王の言葉に従い、二人は面を上げる。 躍進著しいシャンリット家の、その屋台骨を支える二人である。 父フィリップ・ド・シャンリット侯爵は、王政府の教育関連の部署の重鎮であるし、王宮内で“辺境派”と呼ばれる地方諸侯の派閥の纏め役でもある。 かつて肉体派で鳴らした侯爵だが、慣れないながらも圧倒的な財力と武力を背景に、宮廷内で上手く立ち回っているようだ。 娘の結婚に際して持参金として、王都周辺と娘婿が治める北部アントワープ領を結ぶ長大な“婚礼街道”を整備したことは、宮廷のみならず市井でも有名である。 その息子ウード・ド・シャンリット一代子爵は、不気味だが有能な男だと一般的には評価されている。 性的不能が原因で廃嫡されこそはしたものの、現在のシャンリット家を支えるアトラナート商会の創設者であり、シャンリット家の興隆はこの男抜きには語れないであろう。 あるいは今後のハルケギニア史を語る上においても、この男のことは欠かせないかもしれない。「今日、貴公らを読んだのは他でもない。ロマリアからの件だ」 トリステイン王は、ロマリア教皇の印璽が捺された召喚状を示す。「先ずは子爵、教皇の病の治療のために名指しで召喚されている。詳しくはその書状を読めばよかろう」 侍従がそれを王の手から銀の盆に受け取り、子爵の方へと運ぶ。 ウードは形だけは恭しくその書状を受け取る。 かつて不具になったはずの彼の右腕は、いかなる方法によってか、恢復している。 だが片輪であった時の彼よりも、今の五体満足な彼の方が余計に人でなしに思える。彼を形容するに当たっては、人の皮を被ったナニか、という表現が最もしっくり来るだろう。 ウードの邪悪な雰囲気は、父である侯爵から見ても日毎に増しているようだった。 フィリップは銀盆から書状を受け取るウードを見て、我が子であるにも関わらず不気味に思うが、その感情を何とか押さえつけていた。 しかし同時にウードの発散する空気に対して、思わずひれ伏さずにはいられない程の畏敬の念と、得も言われぬ陶酔感も覚えていた。 ヒトとしての部分で感じる邪悪さと、それとは全く別の部分で感じる神聖さが同居した不思議な感覚であった。 そして、シャンリットの血筋の者としては、ウードのような在り方の方が恐らく正しいのだと、フィリップの直感が告げている。「シャンリット侯爵、シャンリット子爵。用件はまだある。それはこちらの書状だ」 寧ろこちらが本題かも知れぬ、と、王はそう言って、もう一枚の書状を示す。 そしてニヤリと口を釣り上げて続ける。「これは破門状だ。子爵、君のな。ロマリア教皇は、君とその一族を異端の廉で告発するつもりらしい」 謁見の間の空気が凍る。 実効日付は一週間後のものだから正確には破門予告状とでも言うのかな、と王が付け加えたのは誰の耳にも入っていないようだ。 王から寝耳に水で我が子の破門の話を聞かされたフィリップの頭の中では、様々な考えが巡っている。 破門? ウードが? 連座される? 妻エリーゼも、娘メイリーンも、最近嫁を迎えた次男ロベールも、孫たちも? いや、それより、何故破門状が国王陛下の手元に? 先ずは管区の司教に送られてくるのが通例では? 侯爵はその混乱を努めて顔に出さないようにしながら、表面上は平静を保つ。 ウードの方の顔色は伺えないが、動揺などしていないようだ。 その二人の様子を面白くもなさそうに眺めて、トリステイン王は訊ねる。「破門、という事だが、思い当たる節はあるかね? 子爵」 ウードは好奇と猜疑で非対称に引き攣って固まったいつも通りの表情のまま王に答える。「心当たりがありすぎて、逆に分かりません、陛下」 あるのかよ、と侯爵は息子の弁を聞いて思う。いやまあ在るだろうけど、と納得しつつ。 まあ何かしらのズルをしていないと、ハルケギニア中を覆う巨大な商会を作れはしないだろう、と。 そんな父親の様子を尻目にウードはさらに発言を重ねる。「ですがもし本当に破門ということで、しかも我が家系を丸ごと処断するということでしたら、私は、いえ、アトラナート商会は、ハルケギニア全てを敵に回してでも戦争をする用意がございます」 まあ王宮の矮人道化の記憶を『読心』で読まれたならばご存知でしょうが、と全員に聞こえるように呟いて口を噤む。 部屋の隅で玉乗りをしている道化には、化粧で隠されているものの、明らかに拷問の跡だと見える傷があることに、目が良い者は気付くだろう。 破門されて家系ごと滅ぼされるくらいならば、ブリミル教会を敵に回してでも生き残らなければならない。 貴族とは血脈を保つことこそが義務だとフィリップを始めとする諸侯は常識として考えているし、ハルケギニア全土を敵に回したとしても、アトラナート商会が味方であれば、勝算が全く無いわけではない。 民がついて来るか若干疑問だが、特にシャンリット家には失政もない上に、シャンリット領内のブリミル教会は味方につけているし、いっそのことロマリア教会内部のアトラナート商会派閥も引き抜いて来て、彼らをアトラナート商会の後ろ盾のもとに独立させて、新しい宗派を作っても良いだろう、と侯爵は考える。 事態の急展開に混乱していたフィリップ・ド・シャンリット侯爵は、息子の宣戦布告のような発言を咎めるでもなく、静かに、しかし確固として覚悟を決める。 いざとなれば、王国に杖を向けることさえもその選択肢に入れながら。 重苦しい沈黙の中で、王が口を開く。 彼のこの一言によって、先立っての戦で外敵に向かって振るわれたシャンリットの毒牙が、トリステインを襲うかもしれない。 王の傍らに控えている王子が思わず息を呑んでごくりと喉を鳴らす。国王の一言とはかくも重いものなのか。「ロマリアはトリステインに対して、破門宣告と同時にシャンリット領を切り取るようにと言い出してきているが……。話にならんな。シャンリットを生かしておくか殺すか、どちらがトリステインの国益に適うかは明白だ。心配せずとも良いぞ。このような露骨な内政干渉に応じはせぬ。まあ民衆がシャンリットを滅ぼすのを良しとすればその限りではないが」「ならば安心です。トリステイン国内の民衆への影響で言えば、アトラナート商会は教会よりも強いでしょうから。民衆もアトラナート商会が無くなれば日を待たずに国中が飢えることになると分からない程に愚かではないでしょうし」 王はそれを受けて精一杯笑う。 ウードもくつくつと笑う。 父侯爵とトリステイン第一王子は冷や汗を流している。「ははは、一先ずはお主らの杖の忠誠を信じよう。何、こちらからお主らに手を出すことはせぬし、させぬよ」「は、有り難き幸せ」「下がって良いぞ。ロマリアの件については王政府として、過剰な内政干渉はやめろ、ということで突っ撥ねておくが……」 実際に召喚状に応じる応じないはウードの自由だと王は言いたいのだろう。 くつくつとウードは笑っている。「承知しております。トリステインに今後一切害が及ばぬように、ロマリアの連中に目にもの見せてこいというのですね」「おいぃ?」 王が軽く突っ込む。 侯爵の冷や汗が更に増える。「分かっております、分かっておりますとも陛下。ご安心下さい。必ずやロマリアの寺院という寺院にウード・ド・シャンリットの消えぬ名を刻みつけて参りましょう」「いや、そうではなくてだな。……はあ、もういい。下がれ」 何やら不穏な方面に勘違いしたままのウードを、王は、ウードの父フィリップ侯爵と共に下がらせる。 これ以上あの蜘蛛男に何を言っても無駄だと判断したのだろう。 退出する二人を見送って、トリステイン王と王子が会話を交わす。「父上。宜しかったのですか? シャンリット家は些か力を持ちすぎておるように思うのですが」 異端云々は兎も角、ここでシャンリット家の力を削いでおくのは悪くない選択肢のはずだ。 何故そのような選択肢を取らないのかと王子は父王に訊ねる。「ふん。お前はあの蜘蛛の商会の実態を知らんからそう言えるのだ」 そう言ってトリステイン王は謁見の間の隅で大人しく芸をしている矮人道化に目を向ける。 先日まであれほど繰り言が煩わしかった道化が、見事にまるで唖のように変容してしまっている。 拷問を受けて記憶を荒らされて半ば廃人となった矮人道化を指さして王は言う。「儂は『読心』の魔法であの道化の記憶を読んだ。全くもって馬鹿げている。〈黒糸〉、新興ゴブリン種族、〈零号〉、旧支配者たち……。ロマリアの馬鹿坊主共に拘らっている場合ではないのだ」「では一体どうするのです?」 王子の問いに対して、王は獰猛そうに、内心の恐怖を隠すように笑って答える。「シャンリットを敵に回さないためには味方につけるしかない。先ずはお前に娘が生まれれば、シャンリット家に降嫁させることになるだろうな」「……はあ、そうですか……。しかし力を持った外戚が増えるのはよろしく無いのでは?」「ふん、そこをどう御するかはその時に王権を継いでいるお前の腕の見せ所だ。精精苦労しろ、我が息子」 何処か釈然としない王子を余所に、王は侍従に次の謁見者を参上させるように命じる。 しかし獰猛そうな表情を装う王の顔とは裏腹に、彼の手は微かに震えていた。 今以てこの王国自体がウードという蜘蛛が張った巣の上に位置しているという事実は、トリステイン王の精神を追い詰めているのだ。◆ ウードがトリステイン王に謁見してから三日後。 ウードは虚ろな表情でハルケギニア南部はロマリアの聖堂の一室に控えていた。 その門扉は固く閉ざされ、警護の聖堂騎士が油断無く見張りをしている。 結局ウードはロマリア宗教庁に参内することにしたのだった。 それが陰謀だと知りながら。 それが必要だと思ったから。 トリステインとガリアには先の戦役に於いて、充分に恐怖を見せつけた。 ロマリアが身の程知らずにシャンリットを迫害しようというのならば、見せつけてやらなくてはならない。 シャンリットが、ウード・ド・シャンリットが、アトラナート商会がどういう存在なのかを。 子々孫々に渡ってシャンリットに於いて快適な研究環境を維持するために、これを機にロマリアに刻みつけてやらなくてはならない。 学術研究が宗教によって抑圧されてはならないのだから、ここでロマリア宗教庁に屈してはならないのだ。 そのような信念を抱いてロマリアに参上したウードは、市内に入った瞬間に拘束された。 ウードの実力ならば、彼を拘束しに来た聖堂騎士団を鎧袖一触に蹴散らすことも出来たはずだが、何故か彼は大人しく捕まった。 何か考えがあるのだろうか? それとも、捕まらざるを得なかった理由でもあるのだろうか? ウードを拘束した聖堂騎士の中に、右手を隠した、ウードにそっくりな相貌の新人騎士が居たが、現在ウードを拘禁した部屋の警護をしているその彼とウードは何か関係があるのだろうか?◆ ロマリアのある広場に設えられた台の上で異端審問が行われていた。 広場には大勢の市民が詰め寄せ、所々に配置された聖堂騎士が警護を行っている。 大勢の観客に囲まれるようにして立つ被告は、ウード・ド・シャンリットだ。 急拵えの被告台の上に乗せられたウードは、粗末な服に身を包み、首と両手首を木板の枷に嵌められて、痩せこけた不健康そうな顔をしている。 彼がロマリアに入城してから、既に三日が経過している。 その間ずっと水も食べ物も与えられなかった彼は、傍目には憔悴しているように見える。 そのウードの前、被告席よりさらに高い場所にある、広場に面した聖堂のバルコニーに教皇はいた。 綺羅びやかな僧服を着た教皇はウードの犯した罪を読み上げる。「被告、ウード・ド・シャンリット! 汝の罪は“異教崇拝”、“疫病のばら撒き”、“邪神との契約”、“不作の呪いの実行”――」 教皇直々に次々と読み上げられる罪の数々。 病に臥せっていたという噂だった教皇が何故元気にしているのか、という疑問を、裁判台を取り囲んだ周囲の市民たちは持たない。 そんな事は些細なことだからだ。 それよりも重要なことは、悪魔の如き疫病の化身として裁判にかけられている男についてである。 ウード・ド・シャンリットという気味の悪い男。 教皇の言う通りならば、この男が邪悪な熱病の元凶だというのだ。「よくも」「病を撒きやがって」「娘を返せ」「息子を返せ」「父を」「母を」「妻を」「夫を」「失われたものを返せ」「よくも」「よくも」「よくも」 周囲に集まる民衆の間で熱気が高まる。「返せないならば」「死ね」「死ね」「死んで償え」「死ね」「死ね」「殺せ」「殺せ」「殺せえ」「死刑だ」「死刑」「死刑にしろ」「首を千切れ」「八つ裂きにしろ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「皮を剥げ」「熱した油を掛けろ」「死ね」「死ね」「死ね」「水責めだ」「鞭打ちにしろ」「死刑」「死刑」「死刑」「死刑!」 高まる熱気に推されるようにして、教皇が判決を下す。 大音声で観衆の声に負けないように神判を下す。 手を掲げた教皇の合図によって、広場は静まり返る。「被告、ウード・ド・シャンリット。これらの罪を認めるか?!」 ウードがその問いに答える。 朗々と、常の彼らしくもなく激情的に、まるで舞台俳優のように。「“否! 我は認めぬ! 神明なる決闘裁判を要請する!”」 観衆から罵声が飛ぶ。「認めろ!」「認めろ!」「悪魔め!」「神の名の下に」「死ね!」「死ね!」「償え」「罪には罰を」「神罰を!」「死刑!」「死刑だ」「殺せ!」「殺せ!」「殺せぇ!」 だがその民衆の声を押さえて、教皇が更に言葉を告げる。 教皇の傍らに控えていた少年を前に出しながら、市民たちが思っても居なかった言葉を紡ぐ。「被告ウード! 良かろう、我が判決に不服があるというのならば! 神の使いたる“虚無”の担い手、聖人グレゴリオ・セレヴァレと決闘の上で、その身の潔白を示すが良い!」 市民たちがざわめく。「聖人?」「決闘裁判?」「虚無?」「伝説の?」「死刑は?」「死刑にしろ!」「死刑!」「死刑!」「死刑!」 広場を囲う聖堂騎士たちが一斉にその杖と鎧を鳴らす。 聖堂騎士たちは魔法のオーラを立ち昇らせて、市民たちを威嚇する。 静まらねば、貴様らも異端と見做す、と。 静まった民衆を見渡して、教皇はウードに問う。「被告ウード。始祖の力を受け継ぎたる“虚無”の担い手、聖人グレゴリオ・セレヴァレとの決闘裁判を受諾するや否や? 答えよ!!」 間髪入れずにウードは答える。「“望むところ! 神聖なる決闘の下で、我が身の潔白を表明しようではないか!”」 決闘裁判とは、その名の示す通り、決闘によって判決を下すものである。 決闘に勝てば即ち勝訴、負ければ敗訴、ということ。 単純にして明快で、しかし野蛮な方法である。 だがこの場に限っては非常に効果的な裁判方法だと言えるだろう。 ロマリア宗教庁の意図する処は明白だ。 聖人グレゴリオ・セレヴァレのデビューを民衆に印象付け、さらにウードを決闘の上で惨たらしく殺すことで市民たちの溜飲を下げるのだ。 だがそれは全て、虚無遣いグレゴリオが悪魔ウードに快勝して初めて成り立つ話だ。 果たしてグレゴリオはウードに勝てるのだろうか?◆ 聖堂騎士たちが謳う。 杖を捧げ、神に祈るように呪文を詠唱する。 複数人の魔力の波動を合わせて、常以上の威力を発揮する“讃美歌詠唱”と呼ばれるロマリア聖堂騎士の十八番だ。 響き渡る讃美歌詠唱に従い、広場中央の石畳が膨張し、小山のように持ち上がる。 彼らはウードとグレゴリオが戦うためのステージを作ろうとしているのだ。 高さ5メイル程の切り立った円錐台形のリングが一呼吸のうちに出来上がった。聖堂騎士たちの非常に高度な魔法であった。 だがその賛美歌詠唱に加わっていない騎士が一人。 右手を左手で掲げ持ち、それを額につけて祈るようにする騎士は、ウードがロマリアに来た日に彼を拘束した一団の中に居た、ウードそっくりの顔の騎士であった。 彼の名前はサーノ。 ロマリアで猛威を奮う熱病の感染源であり、矮人たちに実験用として造られたウードクローンであり、また今ウードと戦わんとする美少年グレゴリオの使い魔ヴィンダールヴでもある。 多くの観衆が見守る中、ウードとグレゴリオが騎士たちの魔法によってリング上へと運ばれる。 没収されていたウードの魔法の杖である漆黒の牛追い鞭が、ウードの足元に投げ渡される。 枷を付けられたままのウードは這いつくばって牛追い鞭を口に加え、もごもごと呪文を紡ぎ、鞭状の杖に『ブレイド』を纏わせてそれを『念力』で操ると、両手首と頚を繋いでいた板状の枷を切断し、口に咥えていた鞭杖を手に持ち替えて立ち上がる。 その様子を見た虚無遣いのグレゴリオは感心したように言う。「へえ。二つの魔法を同時に使えるだなんて、なかなかやるね、異端のくせに」 ウードはそれに答えずに鞭杖を構える。 対峙する聖人と異端者から離れた場所で、ヴィンダールヴのサーノが呟く。「“御託は良い。早く構えろ。たとえお前が本当に虚無遣いだろうと関係ない。お前を殺して我が無罪を証明しよう”」 だがヴィンダールヴのその呟きは周囲の歓声に紛れてしまって、隣に居た聖堂騎士にさえ聞こえなかった。◆「“御託は良い。早く構えろ。たとえお前が本当に虚無遣いだろうと関係ない。お前を殺して我が無罪を証明しよう”」 鞭杖を構えたウードは正しく悪役(ヒール)のように観衆に聞こえるように朗々と劇役者のように口上を述べる。 それを受けるのは聖人グレゴリオ・セレヴァレ。 高貴なる紫色で染められたサーコートを着て、自分の背丈の倍ほどもある大きなハルバードを片手に持っている姿は、威風堂々としており様になっていた。 その様子は彼がメイジであるということを忘れさせるほどであり、グレゴリオが長年そのハルバードを得物として鍛錬してきたことを伺わせる。 ハルバードが彼の魔法使用媒体の杖なのだろうか。 それとも長柄戦斧の柄の部分に別のもっと小さなマジカル・タクトを仕込んでいるのか。 何にせよグレゴリオがハルバードを使って戦うのだけは確かなようだ。「良いだろう! 異端め! 死して地獄へ落ちるが良い! これは決闘裁判などではない! 公開処刑だ!」 グレゴリオの言葉に民衆が呼応する。「殺せえ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「処刑!」「処刑!」「処刑!」「処刑!」 疫病や飢餓によって蓄積された民衆の不安は、殺戮への熱狂という形で発露した。 広場を覆い尽くす地鳴りのような民衆の叫び声。 それらは一つのうねりとなって、狂騒の連鎖を形作る。 襤褸を纏い漆黒の鞭を垂らすウードと、貴顕なる紫色のサーコートを着て長柄戦斧を捧げ持つグレゴリオ。 両者がお互いの得物を構えたのを確認すると、教皇は決闘裁判の開始を宣告した。「神聖なる始祖と神の名において、被告ウード・ド・シャンリットの異端審問、決闘裁判を開始する!!」 風の魔法で増幅された教皇の宣言が響き渡り、直後にまるで爆発したかのような歓声――いや絶叫が地震のように広場を揺らす。 興奮しすぎて泡を吹いて倒れる市民も見受けられる。 誰も彼もが流血を望んでいた。勧善懲悪の英雄譚のような展開を望んでいた。異端者ウードの惨たらしい死を望んでいた。 この決闘裁判は、ロマリア教皇の狙い通りに、市民たちにとって特上の娯楽として作用しているようだった。 コロッセオで剣闘士の戦いを見るように、あるいは闘牛を見るように、民衆はこの裁判という名の娯楽を楽しみにしていた。 後の惨劇など誰一人予想していなかった。 円錐台形のリングの上に一陣の紫色の風が吹いた。 そうとしか思えないほどにグレゴリオの動きは速かった。 いや、風よりも速く、刻すらも追いつけないほどであった。 猛烈な勢いで振るわれる戦斧はしかし、『ブレイド』を纏って蠢く漆黒の鞭によって迎撃される。 6メイル近い長さの鞭は自由自在に軌道を取り、ハルバードによる刺突、薙ぎ払い、引っ掛けなどを全て打ち払う。 音速を超えることによる衝撃波が広場の空気を揺るがす。 爆発音。破裂音。破裂音。破裂破裂破裂破裂破裂破裂破裂破裂――。爆音、また破裂音。 グレゴリオが動くたびに大量の火の秘薬を爆発させたかのような轟音が響き、それを打ち払うウードの鞭が奏でる連続した軽妙な破裂音が間断なく聞こえる。 地球の現代人ならば、戦車と機関銃が撃ち合っているような、とでも形容するかも知れない。 ウードは最初に立っていた場所から動かず、グレゴリオの常軌を逸した速度の突進を全て迎撃している。 グレゴリオの姿は残像現象によって紫の帯のように観客からは見える。 嵐のようなその攻勢に、観客は息を呑む。 しばらくしてこのままでは埒が明かないと判じたのか、グレゴリオはウードから距離を取る。 静まり返った観衆の間に、グレゴリオの変声期も迎えていないようなボーイ・ソプラノの甲高い声が染み入る。「ははは! よくやるね! でも、もう終わりだ、ウード・ド・シャンリット! 今からが本番だ! 虚無の『加速』による最高速、それを認識出来るか!? 色の消えた世界の中、訳の分からぬまま死んでゆけ!!」「“……”」「行くぞ!!」 瞬いた次の瞬間にはグレゴリオが円錐台形のリングの端からウードの後ろへ移動していた。 見ればグレゴリオはハルバードを振り抜いた姿勢となっていた。 そして彼のハルバードは円錐台形のリングに突き刺さり、リングを爆砕した。 飛び散る破片は聖堂騎士の魔法で受け止められて、周囲の観衆までは届かない。 だがグレゴリオの一撃によるリングの破砕以上に決定的な変化がリングの上には訪れていた。 ウードの首から上が無くなっていた。 グレゴリオのハルバードの刃は、刹那の、否、涅槃寂靜の内にウードの首筋を捕らえ、それを刎ね飛ばしたのだ。 げに恐ろしきは虚無の魔法。 相克渦動励振原理によっても到達し得ない速度に於いて、グレゴリオはウードを処刑したのだ。 刎ね飛ばされたウードの頭は狂々と舞う。 虚空に舞って、しかし、異常なことに、途中でピタリと静止する。 その形相を憤怒に変えて見つめ合う、ほんの刹那もない時間ではあったが。 誰と見つめ合うのか。 それは裏切り者とである。 ウード自身と同じ因子を持ちながら、彼を破滅に追い遣った虚無の使い魔ヴィンダールヴと視線を合わせたのだ。 ◆ ウードは、己の迂闊さを呪っていた。 ロマリアの街に入り、ヴィンダールヴと視線を合わせた瞬間、彼の身体の自由は奪われたのだ。 ウードは自分のクローンたるヴィンダールヴが裏切るとは思いもしなかったのだ。 あらゆる生物を支配する虚無の使い魔、“神の右手”、“神の笛”、“ケモノを操る者”、ヴィンダールヴ。 ウードはその力を見誤っていた。 ウードの身体は既に9割以上が深淵の蜘蛛神アトラク=ナクアの呪によって蜘蛛へと変じてしまっていた。 人の姿をとっているのは先住魔法紛いの能力によって、自分が産み出した蜘蛛糸で己を鎧っているだけであり、本質的にはウードは人ではなく、蜘蛛となってしまっていた。 そこをヴィンダールヴに突かれたのだ。 蜘蛛の化身となったウードは、ヴィンダールヴのルーンの拘束力に抗うことに失敗し、その身体の支配権をヴィンダールヴに強奪されたのだ。 だがウードは諦めなかった。 拘留されている間の三日間、この処刑劇のリハーサルに身体を好き勝手に使わせている間に、ウードは準備を続けていた。 ヴィンダールヴが徹夜して能力を行使し続けていたが、それでも、いやそれ故に一瞬だけ支配が緩むことがある。 ウードはヴィンダールヴの支配が緩むその一瞬を積み重ねて、自分の脳髄の神経回路の殆どを〈黒糸〉へと置き換えるように魔法を使い続けたのだ。 そして、それが漸く結実する。 決闘裁判の場でグレゴリオに頚を刎ね飛ばされたウードは、瞬時に己の意識を〈黒糸〉によって構成された擬似脳神経回路へと移し替える。 蜘蛛化した肉体から切り離され、さらに魔道具たる〈黒糸〉に意識を移すことによって初めて、ウードは“生物を操る”ヴィンダールヴの支配から逃れることが出来たのだ。 そしてまた、ウードの頚を刎ねるということがどういう事なのか、虚無遣いグレゴリオもヴィンダールヴであるサーノも、この茶番の監督である教皇も理解していなかった。 当然だ。綿密に繰り返された処刑劇のリハーサルでは、本当にウードの首を刎ねることなど無かったし、首を切り離されてなおウードが抵抗するとは考えもしなかっただろうから。 ウードの肉体は、常にウードの理性と蜘蛛神の呪いが鬩ぎ合い、拮抗した状態にあった。 日に一度は生贄に呪いの毒素をウードの身体から移さなくてはならないほどに、呪いの侵食は逼迫していた。 だがウードがロマリアに来てからは、当然その呪い移しの儀式は行われていない。 ウードが三日間、呪い移しをせずとも無事だったのは、ウード自身の理性が行う呪いの抑制プラスヴィンダールヴによる呪いの抑制が、アトラク=ナクアによって植えつけられた蜘蛛化の呪いの侵食と拮抗していたからに他ならない。 では、ウードとヴィンダールヴの二人の力で抑えていた呪いの力だが、そこでウードが死んでしまえばどうなるだろうか? 当然、拮抗は崩れ、決壊する。 具体的には――◆ ウードの首が刎ね飛ばされ、それを認識した観衆が歓声を上げようとした時、リングの上に禍々しい魔力が満ちた。 それはヴィンダールヴ、サーノが主人グレゴリオの活躍に安堵し、ウードの肉体への支配を緩め、さらに宙空に浮かぶウードの生首の視線によって射竦められてしまった瞬間でもあった。 赤黒く渦巻く糸のような呪力が幻視されたと思った次の瞬間、首のないウードの身体は爆発するように変容した。 粗末な囚人服に身を包み、棒立ち状態だったウードの身体は、内側から膨れ上がるように変容する。 腕や足は二股に分かれ、ヒトではなく甲殻に包まれた蜘蛛の脚となる。頭部が失われた首からは大きな毒牙と触肢が生え、漸くの自由を謳歌するように大きく伸び広がる。蜘蛛の大きな腹は萎んで腹側に折り畳まれていたが、それも瞬時に膨らんで本来の蜘蛛としての在るべき位置へと戻って行く。 ウードの身体を覆っていたまやかしの人の皮は、その軛から解き放たれた蜘蛛によって散り散りになり、周囲にまるで舞い落ちる灰のように吹き散らされる。 凶悪で巨大な蜘蛛の化物がリング上に姿を現した。 ウードの首を刎ね飛ばし、その直ぐ後ろに居たグレゴリオは、爆発的に変化したウードだったモノが振るう蜘蛛脚によって弾き飛ばされる。「うああ!?」 リングから大きく弾き飛ばされたグレゴリオはしかし、一人の聖堂騎士に空中で受け止められる。 グレゴリオの忠実なる使い魔、サーノであった。 彼はウイルスによって齎された新たな脳回路によって系統魔法の才能を後天的に獲得していた。 サーノは『フライ』でグレゴリオが弾き飛ばされた進路に素早く割り込むと、空中で受け止める。「大丈夫ですか!? 主殿!?」「ぐっ、っぁあ、ああ、大丈夫……。ありがとう、サーノ」 大蜘蛛によって強かに打ち飛ばされたグレゴリオは、サーノの腕の中で身を捩ると、顔を顰めつつもなんとか答える。 その時、空中から漂うように伸びてきた細い糸がサーノの首筋に絡みつき、瞬時に絞め上げる。「がぁっ?!」「サーノ!?」 サーノがグレゴリオを空中で受け止めることが出来たのは、ウードの身体が蜘蛛へと変化する一瞬前に、空中を舞うウードの生首と視線が合って、そのただならぬ様子に使い魔の本能として刹那のうちに主を守るために飛び出したからである。 宙を舞うウードの生首は、その表情を憤激に染めていた。まやかしの人皮は剥がれ落ち、ウード本来の甲殻質の動かない表皮が顕になっていたが、ウードはその怒りによって本来動かぬはずの甲殻質の表皮をひび割れさせてまで憤怒を露にしていた。眼には赤熱した憎悪が宿り、サーノを射抜き、広場に居る全ての者に分かるほどの禍々しいオーラを放出していた。 ただならぬその様子に本能的に異状を感じ取ったサーノが、主の身を守るために、ウードの首から下が大蜘蛛に化身する一瞬前に飛び出していたからこそ、サーノは吹き飛ばされたグレゴリオの身体を受け止めるのに間に合ったのだ。 現在、刎ね飛ばされたはずのウードの生首は、パラパラと罅割れて砕けたクチクラの面皮の破片を落としながら、憤激の表情に染めた表情筋を露に空中で静止していた。 生首の断面からは、何千本もの〈黒糸〉が悍ましいクラゲの触手のように伸びており、ウードの怒りのオーラのままにびちびちと好き勝手に跳ね回っていた。 その生首の下から伸びる〈黒糸〉の触手のうちの一房が、ヴィンダールヴであるサーノの首筋に伸びて、絞め上げている。 唖然とする観衆の内、誰ともなく呟いた。「化物……」「化物だ」「悪魔」「蜘蛛の悪魔……」 細波のように声が広がり、観衆の恐慌が頂点に達しようとする。 限界まで高まった恐怖が決壊する寸前、聞く者全てを恐怖に陥れるような悍ましい邪教の司祭ウードの声が響き渡る。「よヨよくモやっっっってくれたナ!! ヴィンだールヴ! 虚無遣い! ロマリア教皇! ゆゆユゆる許さぬ、許さぬユルサヌ!」 不自然な調子で広場に響き渡るウードの雄叫び。「呪イ在れ! こココこの場に居合わせセたモノハ恐怖セせセよ! 我こソはウード・ド・シャンリット! ククく蜘蛛にニ、に、手を出ス、すスべての者は今日という日を忘レるな!」 邪悪な言霊をこれ以上吐かせない様に、周囲の聖堂騎士たちが魔法を紡ぐ。「ああああああああ、黙れ化物!!!」 あの邪悪な生首をこれ以上この世に存在させていてはならない! だが周囲の魔力のうねりを感じたウードは、一喝する。「無駄ダ!」 その瞬間、聖堂騎士を始めとした全ての人間の動きが止まる。「な、身体が」「動かない」「何だ、どういうことだ!?」「平伏セエええ!!」 さらに見えない重量物に押し潰されるように、聖堂騎士たちは膝を屈する。 周囲の民衆も、皆例外なく平伏する形になる。 聖堂のバルコニーの上で、自分の描いたシナリオから外れたことが進行したことに茫然自失としつつあった教皇も、全ての者がウードに平伏する形となる。 ウードの言葉に呪縛の効果があった訳ではない。 これはウードによって制御を乗っ取られたヴィンダールヴのルーンの力であった。 虚無の使い魔サーノの首に巻きついた〈黒糸〉を通じて、生首ウードはサーノの身体制御権を強奪し、ヴィンダールヴの能力でもって一帯の人間を支配下に置いたのだ。 ヴィンダールヴは生物を操るルーン、その効果はしかし人間には適用されないはずではなかったのか? それは半分だけ正しい認識だ。 ヴィンダールヴのルーンの効果は、正確には“ヴィンダールヴと同種以外の生物を操る効果”! ヒトに非ざる一代一種の蜘蛛祭司ウードがヴィンダールヴの能力を乗っ取ったことによって、ヴィンダールヴの効果範囲は拡張されたのだ。 今やヴィンダールヴの能力は、ウード以外の全ての生物をその支配効果範囲に収めていた。「平伏せ! 全てノ者は畏れよ! シャンリットをおオオお畏れよ! いいぐうるうるぅ いいぐるぁああ いあ! いあ! あとらっくなちゃ!」 空中に浮かび、生首の断面から生える無数の触手を蠢かせて、ウードは狂ったように言葉を重ねる。 ウードの言葉に応えるように家々や石畳の隙間から無数の蟲が集まり、広場に跪く人々の間やその肌の上を這い回る。 ウードの首から下が変じた大蜘蛛はその前肢を掲げて不気味に揺らしている。まるで神を讃えるかのように。「ふんじいすく ふんくすふ るくとぅうす! 我ガ真実求道の活動を妨ゲる者に呪イ在れ! 頑迷なル宗教家は滅ビよ! 無知なルモのは真実求道に開眼せヨ! 蒙を啓ケ! ほおる・うふる てぃぎい・いり・り……」 呪わしい言葉を重ねる邪神の信徒ウードを止めるものは居ない。 いや、一人だけこの場でヴィンダールヴのルーンの支配下に無い者が居た。 それは虚無の担い手グレゴリオ・セレヴァレ。 下僕のルーンが、その主に効果を及ぼさないのは道理であった。「それ以上邪悪な言葉を吐くな! 異教徒め! 疾く去ね!」 グレゴリオはハルバードを構え、呪文を詠唱する。 それを見たウードはそうはさせじと大蜘蛛をけしかける。「そソソうハさサさせンんん! 貴様モもク蜘蛛の呪イいをヲ受ケよ!」 巨大な蜘蛛がウードの言葉を受けてリングから飛び降り、詠唱するグレゴリオへと飛び掛る。 だがグレゴリオは詠唱しながら巧みにハルバードを操って、大蜘蛛を寄せ付けない。 迫り来る毒牙を避け、絡め取ろうとする蜘蛛の糸を断ち切る。「ウル・スリサーズ・アンスール・ケン……」 神聖なる虚無の詠唱が響き渡る。 そしてその詠唱に応じる者が居た。 虚無の使い魔ヴィンダールヴであるサーノだ。「なナ、貴様、まダ抵抗すルか! 出来ソそ損なイのクローンの分際デ!!」「主人が戦っているのに、使い魔がヘタっているわけにはいかないだろうが!?」 サーノは主人グレゴリオの虚無の詠唱と共に湧き上がる力で以て、ウードの呪縛を押し返そうとする。 その間にもグレゴリオの詠唱は続く。「ギョーフー・ニィド・ナウシズ……」 ヴィンダールヴのルーンの制御権を一部奪い返したサーノは、グレゴリオを襲う大蜘蛛をその“神の笛”の能力で抑えつける。「エイワズ・ヤラ……」 その隙にグレゴリオは虚無の詠唱を続ける。 使い魔サーノは主人の詠唱をサポートするべく、更にヴィンダールヴのルーンの制御権を奪い返さんとウードの精神とせめぎ合う。 ウードは激昂して叫び、〈黒糸〉の触手を何本も虚無の主従へと伸ばす。「あああアアあアあぁァ!!! 邪魔をスルナァアア!!」 だが伸びる漆黒の触手は横合いから放たれた魔法によって散らされる。「そうはさせん!!」 見れば、ヴィンダールヴの影響下から解放された聖堂騎士たちが次々に魔法を詠唱している。 それはウードの生首から伸びる触手を打ち払い、変化した大蜘蛛も貫いていく。「聖人を、虚無を守れ!」「聖堂騎士の威力を見せよ!!」「キきき貴サ様ラぁあアあァ!!」 そして遂にグレゴリオの虚無の詠唱が完成する。「ユル・エオー・イース!」 最早余人の眼にも明らかなほどに膨れ上がった虚無のオーラが、グレゴリオのハルバードの導きに沿ってウードへと襲いかかる。 伝説の虚無の系統が魅せるその圧倒的な力の奔流に、広場に集まった全ての者が目を奪われる。「がガ、ガああアアああ!?」 唱えられた虚無の魔法は『解除(ディスペル)』。 今や〈黒糸〉と同化して殆どインテリジェンスアイテムと化しているウードにとって、その魔法は致命的であった。 ウードの脳髄を模倣していた〈黒糸〉に掛けられた魔法が『解除』され、異端の悪魔の意識は霧散していく。「ぁぁァあアあアあっ、覚えテイいろ、ワ忘れレるな、この日をヲぉ! シャンリットを畏レヨ! 異端者はシャンリットの地に集えぇ! 全テの迫害さレる者よ、救わレたくばシャンリットを訪れヨ!」 痙攣するように言葉を吐き出す生首に、グレゴリオは止めの一撃を加える。「そろそろ死に尽くせ! 異端者め!」 短く唱えられた呪文は虚無の初歩の初歩の初歩、『爆発(エクスプロージョン)』。 目測が少し外れたのか外されたのか、顔面筋剥き出しの生首の直ぐ下に炸裂した虚無の力は、ウードの生首を弾き飛ばした。 それを最後にウードの生首は遂に沈黙する。 静寂が広場を支配するが、徐々にざわめきが大きくなる。「勝った?」「悪魔は倒れた?」「勝ったのか?」「終わった?」「終わったのか?」 あまりの予想外の成り行きに呆然としていた教皇が、漸く気を取り戻し、民衆に向かって宣言する。「ロマリア市民よ! 異端者は死んだ! 聖人にして伝説の虚無の担い手グレゴリオ・セレヴァレの手によって! 喝采せよ! 歓喜せよ!」「おおおおおおお!」「万歳!」「虚無万歳!」「聖人グレゴリオ万歳!」「万歳!」「万歳!!」「万歳!!」 悪魔の恐怖に包まれていた広場は、グレゴリオの劇的な勝利を祝福して、その恐怖の反動か、一層の歓声に包まれる。 教皇はさらに言葉を紡ぐ。「全ブリミル教徒よ! これよりロマリアは異端討滅の“聖戦”に突入する! 異教徒を滅ぼし、始祖の悲願、聖地奪還を成し遂げるのだ!」「聖戦!」「聖戦!」「聖戦!」「ブリミル万歳!」「聖地奪還!」「異端討滅!」「始祖以来の悲願を果たせ! 虚無の系統の再臨は、始祖のお導きにほかならない! 今、教皇の名の下に、第一次聖戦を発動する!」 広場は宗教的熱狂に包まれた。◆ その後、ウードの首は獄門台に晒され、ロマリアのアトラナート派閥の者たちも異端の罪で連座された。 とはいえ殆ど全てのアトラナート派閥の者たちは、ウードの生首が最期に言った言葉に従って、ロマリアから脱出し、トリステインのシャンリットへと向かっていたので、実際に処刑された者は少なかった。 ロマリア市民たちは狂奔してアトラナート派閥の神官たちの屋敷を襲って掠奪を行ったが、ロマリア宗教庁はそれを黙認した。いや場合によっては聖堂騎士たちが積極的に先導して掠奪を行ったケースもあった。 ウードの首から下が変じた大蜘蛛は、聖堂騎士たちの手によって殺され、ウードの生首と共に標本のように大きな木板に張り付けられて展示された。 蜘蛛の悪魔の化身であったウードの、その証拠としてこれ以上の物はなかった。 そして場面は冒頭に戻る。 五日間に渡って晒されたウードの生首に、再び紅い光が宿る。 地面から伸びた〈黒糸〉が絡みつき、彼の脳髄に残っていた〈黒糸〉の構造を利用して再起動させたのだ。 それを見てしまったロマリア市民が叫び声を上げる。「うわあああ!?」 ゆらりとウードの生首が魔法の力で浮かび上がる。 生首は不気味笑い始める。「くふ。くふふふふ、ふふふふ! くふ、くは、はは! ははははははっ!!」 囁くような声はやがて哄笑に変わった。「くはははははは!! はははははは!! ロマリア市民よ! さらば! くふふふふ、はははははは!!」 腰を抜かして唖然とするロマリア市民の前で、ウードの生首は上空へと飛び上がり、北へ――シャンリットへと向かって一筋の矢のように一直線に飛翔していった。◆ ウードの処刑に関しては、トリステインとロマリアで見解が異なる。 ロマリアは異端者としてウード・ド・シャンリットを処刑したと記録しているが、トリステインはウード・ド・シャンリットがロマリアを訪れた事自体を否定している。 トリステインの掲げる証拠としては、その後も公の場でウード・ド・シャンリットが活動していることなどが挙げられる。 ロマリアは多くの目撃証言を元にして、トリステインの見解を否定しているが「人が蜘蛛に化けるとか、何言っちゃってるの? 馬鹿じゃないの?」と婉曲にトリステイン政府から言われれば黙らざるを得なかった。 実際にあの悪夢のような光景を見た者たちも、あれが正に夢であればと思わないではなかったし、内心では否定したがっていた。 さらに生首が蘇って哄笑しながらトリステインに飛び去っていったという段になれば、その話を伝え聞いた人々も、「いやいや、何言っちゃってるの? 小説でもそれはないわ」と最早冗談としか捉えなかった。 トリステインの公式記録に於いては、ウード・ド・シャンリットはその後永きに渡って、シャンリット領アーカムの私立ミスカトニック学院の教師長に就いていたと記録されている。============================やっと死んだ! 第一部完!生首状態から再起動してるから死んでないじゃんって? ……確かにそうなんですが。魂が斬首前後で同じかどうかは不明です。とにかく一回は死にました。残基があったのかコンティニュー(ただし装備(身体含む)は全損状態)しちゃいましたけど。これでウード・ド・シャンリット編は終わりです。なんか尻切れな感じですかね……?後で追記するかも知れません。2010.11.14 初投稿グレゴリオとかサーノ、ウードのその後については外伝で書くか、第二部(ゼロ魔原作時間軸)で軽く触れる程度の予定です。外伝7は、時間軸的にはウード斬首後~ゼロ魔原作時間軸あたりまでの1000年間から1200年間の内に発生したシャンリット領の学術都市アーカムにおける噂話、という位置付けです。取り敢えず、外伝7をその7(七不思議だし)まで書ききって、ある程度ルイズたちの時代の話に見通しが立ったら、ゼロ魔板に移動しようと思います。2010.11.16 修正