ウードがカーボンナノチューブを杖にすることを思いついてから1ヶ月ほどが過ぎた。 まあ結局彼自身のためではあるが、伯爵夫妻(フィリップとエリーゼ)の思惑通り、ウードは貴族の義務に目覚め、将来自分が継ぐべき領地について勉強し、策謀を巡らせ始めた。 しかし詰まる所の動機としては、研究には金が必要だということであった。 特に不労所得が。 パトロン探した方が早い場合もあるが、普通は貴族であるウードの方がパトロンとなるべき立場である。 彼自身も、自分ひとりで一代で様々な事象の探究を終えられるとは思っておらず、将来的に一大研究所を構えたいとは漠然と考えている。 その為にも、シャンリット領には発展してもらわないと困るのである。 ウードはこつこつ毎日、ナノチューブのネットワーク〈黒糸〉を拡張しながら、そのネットワークを通じて街道の表面の地面に『硬化』を掛けたり、田畑に伸ばした先端を介して窒素系やリン系の物質をこっそり『錬金』したり、領民の持つ農具の先端に『硬化』と『固定化』をかけたりして地道に努力をしていた。 そのおかげか、日に日に精神力の容量も増え、魔法の扱いも巧みになっている。 広範囲に張り巡らせた〈黒糸〉の任意の場所に『遠見』や『錬金』の魔法を発動させたり、〈黒糸〉をソナーのように使って地表・地下の様子を探ったりするのも大分慣れてきた。 未だに二つ以上の属性を足して扱うことはできないが。 まあ、路面の舗装や地質改良などの成果が領地に現れるのは1年は掛かるだろう。何事にも時間は必要なのだ。 ドットレベルとはいえ、魔法の練習でやるべき事は沢山ある。 それに今後、何かの拍子に戦争や何かに出ることがあるかもしれないので、一応、戦闘への魔法の応用も考えている。 今のところ、戦闘に使う魔法に関しては、鞭から糸くらいの太さの〈黒糸〉に『ブレイド』を纏わせ、それを『念動』で操作する似非鋼糸術を想定している。 ウード自身のメイジとしての才能がどの程度あるのか分からないので、ひとまず今使える魔法で戦法を考えたのである。 まあ、彼自身が鋼糸術とか曲弦技に憧れがあったという事情もある。 吸血鬼漫画の元ゴミ処理係な執事とか。 最終目標は今のところその位のレベルの戦術級(空中戦艦撃墜可能レベル)の戦闘力である。 その他にも将来的に領地を豊かにする方法をいろいろと考えている。 例えば、作物の遺伝子改良のために、遺伝子導入ウィルスを作ってばら撒くとか。 もちろん、下手したらバイオハザードなので特定作物以外に感染しないようにとか、空気中では生きられないようにとか、安全策を講じる必要があるのだが。 これは、秘密裏に品種改良を行うなら、植物体を一本一本改造するよりも、ウィルスを使って広範囲で自動的に改良していったほうがいいのではないかとウードが考えたからだ。 実際に行うかどうか予定は未定だが。 あと、ウードは自分の体を実験台として、体中に張り巡らせたナノチューブ〈黒糸〉を介して筋肉や骨の成長・強化や体の様々な働きを『ディテクトマジック』で調査している。 このまま分析結果を元に身体強化を進めれば、6歳児ながらに異常な体力と頑丈さを得られそうだと、「くふふふふ……」と含み笑いをしていた。 標本に囲まれて不気味に笑う6歳児である。 神官が見たら即座に悪魔祓いモード突入であることは間違いない。 また、体内の調査を通じて、肉体強化の他にも、魔法を使う際に脳のどこが活性化するかなどを解明することが出来た。 ウードの身近にスクウェアメイジはいないが、機会があればスクエアメイジの脳の働きを調査し、他のメイジと比較することで無理やりランクを上げる方法を見つけることができるだろう。 さらに突き進めれば平民でもスクエアメイジにすることもできるかもしれない。 先程の肉体改造プランと合わせれば、スクエアメイジからなる人外の膂力を発揮する軍団ができるかも……と、ウードは夢想している。 まずは実験を行ってメイジ化脳改造の手法を確立したいのだが、いきなり人体実験するわけにもいかない。 恐らく、100は下らない失敗作が生じるだろう。 実験は数をこなす必要がある。 夢想するよりも実験動物の安定供給の確立が先決であった。 前世におけるマウスやショウジョウバエ、シロイヌナズナに該当するような実験動物が。 他にもウードにはやりたい事が沢山あった。 マジックアイテムの構造解析も行いたいし、風石の力を浮力に変換するフネの仕組みも知りたい、と、その知識欲は際限がなかった。(やりたい事が沢山ありすぎて、人手が全く足りない。ここは是非とも『偏在』の魔法を身につけたいものだ) しかしながらウードは土のメイジなので、『偏在』を身につけることは難しいだろう。 そもそもスクエアスペルである『偏在』を未だドットであるウードが使うことは難しいだろう。 原理も不明であるしことだし。 彼の身近に『偏在』の使い手が居て、彼が『ディテクトマジック』に一年間打ち込んだ時のように、数年掛けて作用原理を解き明かして、何とかドットメイジでも使用可能な別アプローチを考え点けば、『偏在(仮)』を使えるかも知れない。 だがそれなら人を雇ったほうが早い。 どうしても『偏在』の原理を今直ぐに解明したいというなら今この瞬間からウードは研究を始めるだろうが、今のところ、そこまで優先順位は高くない。 ちなみに、ウードの魔法適性は彼の自己申告による割合で言うと、土:5、水:3、火:1、風:1だそうだ。 基準はウード自身の感覚でしかないのだが、まあ、母親のエリーゼが水のトライアングルで、父親のフィリップが土のトライアングルだから妥当なところだろう。 人によっては特定の系統が全く使えなかったりということもあるので、そういう意味では彼は恵まれている方だろう。(『偏在』が無理ならば、自律型の情報収集用のガーゴイルでも作ってみるのが良いだろうか。 私はアイテム作成に有利な土系統がメイン系統だし。 あるいは、蜂が蜜を集めるように、本能で情報収集と蓄積を行うような情報収集用の幻獣でも作れないだろうか。 生命操作に関わりが深い水系統も得意だし) そういえば、前居た世界では、イカは宇宙人が情報収集のために作ったカメラユニットだとかいう話があったな、とウードは連想する。 イカである理由は、その身体に対して不必要に目の機能が発達しているからだという。 情報収集用の生物を作る、という彼の発想はそんな与太話から来ている。 それに奴隷種族や奉仕種族の作成というのは、イヌの家畜化以来数千年の歴史を持つ発想だ。 生物界では寄生や共生は当たり前であるし、早々珍しいものではないだろう。(何にしても、それらのマジックアイテム作成技術や魔法生物作成技術は必要だ) 情報収集の補助用にこれらの技術は使えるはずだ。 知りたいことは多すぎて、ウード自身の手だけでは全く足りないのだから。 シャンリット家の庭の片隅に建てられている、ウード自身の研究室内をウロウロと歩きまわり、収められた標本群を見回しながら考え事を続ける。(……何も全てを自分で調べることは無いのだし。 奴隷種族はともかく、一人で無理なら人手を借りるべきだ。 ひょっとしたら情報の流通が遅いだけで既に同じようなことを調べている人が居るかも知れない。 それなら、ある所から知識や技術を持って来ればいい。 つまり、知識を持った人間から記憶を吸い上げればいい) はたと、うろついていたウードの足が止まる。 目の前には寄生虫の液浸標本が並んでいる。 豚の解体の際に捨てられた腸の内容物から『念力』で拾い上げたもので、人獣共通の寄生虫ではないかとウードは睨んでいるのだが、今は関係ない。(……ん? なんかナチュラルに記憶を搾取するみたいな発想が出てきたが、これってどうなんだ、人として) 最近、頓(とみ)に思考がヒトから離れつつあるウードであった。 ヒト同士のコミュニケーションが不足しているサインである。 まあ、水魔法には実際に『読心』という記憶を読み取る魔法が存在する。 他にも行動を強制する『ギアス』(後催眠暗示のようなもの)が存在する以上、その掛かり具合を確認するために頭の中を覗く魔法というのも存在するのだ。 別アプローチとしては、〈黒糸〉を脳に刺せば記憶を読めるかもしれないが、間違って殺してしまってはコトだし、既存の魔法に記憶を読む魔法があるならその魔法を習得するのが確実だろう。 他の人間の研究を知ろうというのなら、掛かる時間を度外視すれば魔法で吸い上げたりしなくとも、論文を発表し評価する仕組みを作り上げる方が数段マシである。 人道的にも、世界の発展のためにも。 国際的な論文評価機構というか、研究者同士のギルドと言うか、そういうものを作るというのもウードは超々長期的視野には入れている。(研究者ギルドを作るという手もあるけど、この世界では行われている研究の多くは魔法関連だし、魔法技術が軍事に直結してるから、そうそう上手くはいかないだろうな。 特定の家の秘伝の魔法なんてのはゴロゴロ存在しているらしいし。 というか、個人の資質に頼りすぎてて、そのうえ感覚で魔法を使ってるから、下手したら一代限りの魔法なんてのも多そうだ) ウードの『ディテクトマジック』も、既にもはやオリジナル魔法の一種だろう。 一応、ロマリアの方で不定期に十数年に一度、魔法の総覧を作って、新魔法について始祖正統の魔法かどうかを評価・登録・管理する部署があるが、その御眼鏡に適ったところで、貰えるのは名誉のみ。 寧ろ、登録料という名の寄付金を取られるのである。 何処の世界でも神官連中は悪辣だという証左であろう。 その名誉を求めるものはそれなりに多いが、十数年に一度くらいしか編纂しないため、それがあることすら知らないメイジの方が多いとも言われている。 しかも総覧に載せるかどうか評価する基準は、大抵が戦場での戦果しか無いものだから、現在総覧に載っていて広く知られている魔法というのは戦闘用の魔法が非常に多くなってしまっている。 これには戦勝国家のプロパガンダ的な一面も無きにしも有らずだが。「うちの国はこんな凄い魔法で勝ったんだぞ、どうだカッコいいだろう!」的な。 あと、登録料がそれなりに高いので、勝って羽振りが良くないと登録しようという気にならないという面もある。 もちろん、国ごとの魔法学院にはその国ごとの教科書もあるし、そこにはアカデミーの研究結果を受けての魔法の新運用法が載っている。 しかし、国家にとって、諸侯貴族とはあまり力をつけられても困る存在であり、画期的に領地を富ませる魔法なんてのは教科書には載っていないようだ。 教科書に載っていることといえば、いつどこと戦争して勝ったのか負けたのか、始祖以来の王室の歴史は、といった事柄であり、それが修飾語過多な文で綴られているのだ。 もはや魔法学院は魔法を教える場所ではなく、諸侯貴族の子女に愛国心と王家への忠誠心を植えつけて反乱を抑止することが第一目的となっていた。 そのため諸侯は子女を、少なくとも爵位や領地の継承者を魔法学院に入学させることが半ば義務となっている。 これは諸侯に対する人質の意味合いも大きい。(まあ、それはともかく情報を集める布石として、何にしても人の多く集まる王都まで〈黒糸〉を伸ばさなくては、な。 王立図書館や魔法学院、アカデミーの蔵書も気になるし)◆ 蜘蛛の糸の繋がる先は 3.命の尊さを実感しながらジェノサイド◆ 母上がそろそろ出産である。 この時代の出産は、魔法があるとは言え、まだまだ命の危険を伴うものである。 とはいえ、貴族ともなれば水の秘薬を用いて痛みを和らげたり、分娩を促進したりも可能であるため、それほどの危険は無いだろう。 勿論というか、なんというか妊娠促進薬や避妊薬もあるのだとか。 あと惚れ薬やら媚薬やら。 無理やり精神を高揚させる薬を使えば、メイジのランクくらいすぐに上がりそうなものだが、そんな話は聞かない。 きっと秘匿されているのだろう。 あるいは副作用が大きいから禁止されているのかも。「おぎゃああああ、おぎゃああああ!」 どうやら赤ん坊が生まれたらしい。 母上、お疲れ様です。 そう言えば、転生して生まれて直ぐのことや胎内での記憶は無いな。 私もああして取り上げられたのだろうか。 生まれる直前の記憶としては糸を伝って登ってきたようなヴィジョンはあるのだが。 普通は生まれる時の記憶って、産道をくぐる時のトンネルを抜けるようなヴィジョンが多いと聞いたような?「よくやった! エリーゼ! 可愛らしい女の子だぞ!」 父上が興奮しているな。 やはり男親にとって娘というものは特別らしい。「ウード! これがお前の妹だ! 兄としてしっかり守ってやってくれ!」「勿論です。父上。兄は妹を守るものだと決まっています。きっとこの子は母上に似た美人になるでしょう」「うむうむ、やはりそう思うか! きっと美人になるぞ!」 といっても、今の段階では猿と変わらないがな。 猿、猿か。確か、領地の端にゴブリンの根城があったな。他にも北の森にオークの群れもいたか。 ゴブリンとは群れで暮らす人型の魔物で、猿か老人のような顔で子供の背丈をしている。益獣害獣で言えば害獣に区分される。 オークは豚面の肥満体で、その脂肪の鎧と桁外れの膂力で、戦士5人をまともに相手に出来る位の戦力を持っている。 どういう原理か不明だが、どちらも人間の女性の胎を苗床に殖えることが出来るという、邪悪な種族である。 オークにもゴブリンにもそれぞれの種族のメスがいるのに関わらず、だ。 機会があれば、いつかそのメカニズムを解明してやりたいものだ。 逆にオークやゴブリンの雌が人間の子供を孕むかどうかというのは聞いたことが無い。実験くらいはされてそうだが。 アカデミーにはそういった資料もあるだろうか。 さて、それらハルケギニア特有の幻獣の体の構造も調べたいし、領民の不安を除くためにも実験がてら討伐しとくかな? 実験がメインだろうって?……その通りです、ハイ。「ウードはまた難しい顔をして。そんなにしてると禿げるわよ?」 ……母上、出産なんて大仕事の後の割りに元気ですね。「母は強しという奴よ~」 そうですか。さすが母上。 水のトライアングルですから出産程度は楽勝なのですね。 その調子で弟も産んでくれると助かります。 私は領地経営より研究を優先したいので、とびきり優秀な弟が欲しいです。「なに言ってるの、長男なのだからしっかりしなさいよ。 それに、あなた以上に頭イイ子は早々生まれないだろうし。 期待してるのよ、お兄ちゃん」 ……そうですか。 ……やはり少なくとも政務を執る『私』と、研究する『私』で、二つは体が必要な気がしてきた。 『偏在』の魔法が良いだろうか、やはり。 いや、信頼できる腹心を見つける方が良いか? まあいい。ひとまず、先程の思いつきを実行に移そう。 オークとゴブリンの討伐だ。思い立ったら即実行である。 しかし、妹は本当にかわいいな。 サルみたいな顔だが、なんかとても愛しく思えてくる。 母上も凄い。命の誕生ってのは、なんかこう、感動するな。 どうせ生まれ変わるなら、女性に生まれて今生では出産の感動というものを味わってみたかったものだ。◆ その後、寝る直前、ウードは、先ずは領地の西の端にあるゴブリンの群落に〈黒糸〉伝いに意識を飛ばしていた。 草木も眠る丑三つ時……という訳では無いが、ゴブリンは眠ってしまっているようだ。 森の開けた場所に簡単な柵と小さな小屋が幾つも立っている。 既に〈黒糸〉はシャンリットの領地ほぼ全てをカバーしており、どこに何がいるかを知ることなんて、ウードにとっては朝飯前なのだ。 ……いや朝飯前は言い過ぎである。流石にそこまで細かくは無理だ。幾ら彼でも頭がパンクする。 種を明かすと〈黒糸〉を張り巡らせている範囲について地図を作成して地表に何があるか地上を『遠見』で見てマッピングしているからだ。 今ウードの手元にあるのは大まかに地形を書き込んだ地図くらいだが、そこから更に拡大して精細な情報を書き込んだものを作成中である。 地図を作成するにあたって、〈黒糸〉と『遠見』の魔法からの情報を描き写すマッピング技術と、それを記録しておくための紙……の代替となるフィルム状のものと、インクの『錬金』、それらに対する『固定化』が上達した。 ゴブリンの集落は、その領内の詳細バージョンの地図作成の際にウードが偶然見つけたものだ。 ずいぶん辺鄙な所に村があるということで不審に思い、詳しく『遠見』で見てみたら、住んでたのはゴブリンだったという訳だ。 廃村にでも住み着いたのだろうか。 ゴブリンに住居を作るような知能はないというのが通説である。 しかし、廃村にしては、建っている小屋のサイズはゴブリンサイズである……。(突然変異だろうか?) 突然変異あるいは、何者かに統率されている、既に改造済み……様々な考えがウードの脳裏に浮かぶが、答えは出ない。 先程、ウードが『錬金』で〈黒糸〉を地下から伸展させたため、このゴブリンの集落の、その粗末な小屋の全てに至るまで、〈黒糸〉は張り巡らされている。 それどころか、寝静まったゴブリンの一匹一匹に至るまで、〈黒糸〉は侵しており、もはやウードが念じるだけで、ゴブリンたちは脳幹をズタズタに破壊されることは明らかであった。 では、なぜ直ぐにそうしないかというと、使い道を考えているからだ。 50匹からなるこのゴブリンの集落の使い道を考えている。(これから作成し、領内に普及させる予定の作物の毒見役はどうだろう。 鼠並みに良く増え、鼠よりは人に生態的特徴が近いこいつらは、最適な実験動物であると言える。 遺伝子構造的にも人に近いものがある。というか、こいつらは多分人を基に作られた生物なのだろう。 何時、誰にというのは分からないが。 案外、私と同じように奴隷用の幻獣を作ろうと考えた奴がいたのかもしれない) あるいは、精神力の外部タンクとして使う事も出来るかもしれない、単純労働力としても使って良し、などなど色々な使い道がウードの頭の中を巡る。 ゴブリンは魔法は使えないらしいが、これだけ人間に近ければ、メイジの遺伝子を導入したり脳改造を施せば系統魔法を使えるだろう。 しかも、突然変異か何か分からないが、この集落のゴブリンは今まで知られているゴブリンより知能が高いようであるし。 ひとつの杖に対して複数のメイジが契約出来るのかどうか不明であるが、もし可能なら、ゴブリンたちも〈黒糸〉のネットワークに対して契約させて、その精神力を束ねることも出来るかも知れない。 ウード自身は魔法を発動させる命令だけして、実際の発動は〈黒糸〉を介して接続しているゴブリンたちにやらせる事が出来れば、ゴブリンのバックアップを受けたウードはこの世界で最強の個人戦力を持つことになるだろう。 ゴブリンに魔法を使わせることでウード自身は精神力を殆ど使わずに魔法が発動できるし、複数属性の多重発動や、王家に伝わるというスクエアを超える戦略級魔法すら簡単に使用可能になるではないだろうか。 これだと空を飛んでいる時には〈黒糸〉から離れるから、使えなくなる欠点があるが……、解決方法はいくらでもあるだろう。 まあ、何にせよ、すぐに殺すのは惜しいと、ウードは結論付ける。 自在に使役することができるならば、ゴブリンやオークといった亜人は労働力として非常に使い勝手がいいだろう。(まあ、オークよりはゴブリンかな。繁殖速度が凄いし、ここのは知能高そうだし。 よし、この方向で考えるか。 品種改良して、家畜化し知能を高め、奴隷……奉仕種族として使役する。 労働力としてはもちろん、戦力としても使えるかもしれない。 というか、わざわざ人間集めて組織を作るより、最初から自分に絶対服従な感じの洗脳を施した亜人の奴隷の方が使えるかも知れないな。 世俗の余計なしがらみもないし) 世俗に縛られない独自戦力というのは、非常に魅力的に思えた。 この頃、ウードは自分が異端であることを、強く認識し始めていた。それ故に、同じ人間で賛同する者を見つけるのは非常に難しいだろうとも考えていた。 だから、自分の好きに出来る奴隷種族を作るというのは、とてもとてもイイ考えのように思えたのだ。(……くふふふふ。 ならば早速改造だな! 系統魔法を使えるように脳改造する実験体としても使わせてもらおう。 いろいろ交配して、魔法的素質の高いものを作り出しても面白いかもしれない。まずは家畜化からだが。 ああ、エルフや吸血鬼や翼人の先住魔法の秘密も知りたくなってきたぞ!) 興奮した様子で、自室の布団の中で身悶えるウード。今にも高笑いを始めそうである。やはり、ハタから見ると悪魔憑きのように見える。 『遠見(有線式)』でゴブリンの集落を観察するのを続行する。ゴブリンたちは脳幹を〈黒糸〉に侵されているせいでピクリとも寝返りを打たない。(やることが多すぎるな、やはり。 どうにかして『偏在』を使えるようにならねばならないだろうか。 〈遠見の鏡〉など、魔法を補助する道具があるのだから、『偏在』を補助する魔道具があってもいいはずだ) 〈遠見の鏡〉というのは、その名の通り、一定領域内の任意の場所を〈遠見〉で見ることの出来る鏡型のマジックアイテムである。 牢獄などに設置されることが多いというが、意外と扱いが難しいらしい。少なくとも専任の職人が必要な程度には。(魔道具にはおそらく、メイジが詠唱する際の精神力の動きを擬似的に再現する回路が組み込まれている。 それに精神力を流すことで、刻まれた術式どおりに魔法が発動される……という仕組みだと以前読んだ本には書いてあった。 これを逆に利用すれば、例えば、『ライトニングクラウド』を発生させる杖があれば、電流を魔力に変換できるかも知れない) 既にウードの思考はゴブリンのことから離れていってしまっている。 ゴブリンたちの脳を侵していた〈黒糸〉は脳にその一部を残した状態で切断され、その際のノイズで一瞬ビクリとゴブリンたちが痙攣する。(既存の物を集めて解析したいな。 現役のマジックアイテム作成者にも師事したい。うーむ、やはり体が一つじゃ足りないな。 『偏在』のような効果を表すアイテムとして、スキルニルというのがあるのをこの間、本で読んで知ったが、あれが手に入らないものだろうか。 何でも、血を吸った相手に化けられるそうだ。非常に仕組みが気になる。……『偏在』よりはスキルニルの方が現実的であろうか) ウードの意識は〈黒糸〉のネットワーク上を滑って移動していく。 ゴブリンの村に、いつもの夜が戻った。しかし、それはこの日が最後となるかも知れなかった。◆ 私はゴブリンの集落から意識を離し、今度は北に向けて移動させた。北の森の中にあるオークの群れだ。 森の中は今のところ静かなものである。双月は明るいが、この森の中までは照らすことは出来ない。 オークが寝静まってから、〈黒糸〉を突き刺して脳だけ破壊するのがスマートだったのだが、今回は実戦訓練というか戦闘実証というか、構想を練ってきた鋼糸術など、〈黒糸〉を活用した戦法を試そうと思う。 先ずはオーソドックスな使い方として、鋼糸術を試してみる。 〈黒糸〉を細く長く出して、『念動』で寝入っているオークの首に絡みつかせる。そして端を一気に引っ張って絞り、切断する! 殆ど抵抗を感じずに、首を切断することが出来た。じわじわと切断面から血が滲むが、直ぐには首は千切れ無かった。 切断面が鋭利すぎたのかもしれない。オークの生命力は切ったそばから首を繋げてしまったのだろうか? 先ほどと同じように〈黒糸〉を巻きつけ、今度は首を掬い上げるようなベクトルを加えて引っ張った。 ごろりと悲鳴も上げずにオークの首が転がり、胴体から血が吹き出す。 その血の匂いに気づいて周囲のオークが起き出すが、問題ない。 何せ、本体の私は遠く離れた屋敷の寝室から〈黒糸〉を操っているのだから。 ……今後も戦場に出るようなことはないと良いのだが。 戦場に出るようなハメになっても、精巧なゴーレムを身代わりに立てて自分は安全圏に居るのがベストだ。 戦闘に勝利する手段とは、つまるところ、如何に自分を安全圏に置いて相手を攻撃出来るかを突き詰めることだと思う。 槍しかり、狙撃銃しかり、ミサイルしかり。 アウトレンジからの一方的な蹂躙が武器の進化のひとつの究極だと思う。 誰だって痛い思いはしたくないのだ。もちろん私だってそうだ。 ヒトほど痛がりな動物はいないとも言うし。 それに私は何も成し遂げていない。 世界の真理を何も知っていない。 そんなんじゃあ、もう一度死んでやることは出来ない。 血の匂いに興奮して集まってきたオークに、まとめて〈黒糸〉を巻き付かせてバラバラに切断、惨殺する。 傷口から迸る血が、辺りを染め上げる。 ドサドサと体のパーツが落ちる音と、更にまき散らされた血と臓物の匂いで、群れ中のオークが武器を手に集まってくる。 集まってきたオークの一匹が血溜まりに足をついた瞬間に、その下から無数の〈黒糸〉を地面から生やして、足裏から脛半ばまで侵食させる。 あたり一面に既に〈黒糸〉を張り巡らせてあるので、『錬金』でいくらでも何処からでも〈黒糸〉を作り出せるのだ。 急に、文字通り足に根が生えたかのように動けなくなるオーク。そいつはつんのめって、前に……つまり臓物の海に倒れる。 瞬時に、倒れたオークの全身と散らばって折り重なっているオークだったモノにも〈黒糸〉を侵食させる。 バラバラになったパーツを〈黒糸〉を縮めて引き寄せ、転んだオークの表面に密着させ、縫合する。 そしてオークと散らばっていた臓物を縫いつけた接合面にある〈黒糸〉全体で『治癒』を発動させる。 かなり精神力が持って行かれる感覚がするが、実験のためなら全く惜しくない。 〈黒糸〉は鋼糸であり、かつ杖でもあるために、このような真似が出来る。 視認出来ない遠隔地で魔法を使っているせいか、〈黒糸〉表面から離れたところには効果を表せないのが、欠点といえば欠点だろうか。 これも、熟練すれば解決される類のような気がするが。 あるいは、『遠見』の魔法を他の魔法と併用出来るようになるとか。 今は〈黒糸〉を伝わる触覚と断続的に切り替えて使う『遠見』の魔法の光景をもとに魔法行使してるからな。 臓物との継ぎ接ぎオークに『治癒』を使ったのは、亡き戦友の遺志を継いで戦友の腕を自分に繋いで4本の腕で戦い続けたという、ある水メイジの逸話を試したくなったからだ。 そして『治癒』は効果を発揮し、死にたての死体は、生きているオークを中心にして接続され、醜悪な肉の塊となった。 私のレベルでは軽い切り傷を塞ぐくらいの『治癒』しか出来ないが、〈黒糸〉で事前に肉片同士を縫い合わせていれば傷を塞ぐ程度の『治癒』で充分だ。 転んだオークからは腕や足が無秩序に生え、合間にテラテラと光る臓物が見える。 中心になったオークが哀れな鳴き声を上げている。 ……どうやら接続は成功のようだが、流石に神経は通っていないか。 阿修羅みたいな六臂オークにでも出来るかと思ったが、そこまで魔法は万能ではないようだ。 というか、これは私のランクが足りないからだな。 細胞レベルでの小さな領域の『治癒』なら〈黒糸〉によって威力を集中させられる分、私は通常のドットメイジよりも強力な治癒力を出せるが、新しい腕をつける、というような骨格レベルでの改造には実力が不足しているようだ。 見るに堪えない醜悪な肉塊にトドメを刺すべく魔法を唱える。 使う魔法は火魔法の初歩『発火』。 それを肉塊に張り巡らせた〈黒糸〉の表面で使用する。 〈黒糸〉の表面から数ミリの空間の温度が瞬く間に上昇し、みるみるうちに肉はジュウジュウと茹だり凝り固まって炭化し、やがて発火する。 仲間がワケの分からない肉塊になり、目の前で焼け焦げていく中で、さすがのオーク達も恐慌をきたして逃げ出した。 私は『発火』の魔法を使っている最中なので、他の魔法は使えない。 魔法の複数同時行使に至るは、まだまだ熟練度が足りない。 だが、既にこの森は私の領域だ。 逃がしはしない。 森の中には、この群れの周りを囲むように〈黒糸〉が縦横に張り巡らされているため、決して逃げることはできないだろう。 案の定、逃げた先で網にかかったのだろう。 木々の間に張り巡らされた〈黒糸〉に突っ込んで、切り刻まれたであろうオークたちの断末魔が聞こえてくる。 『発火』の発動を一旦止め、残りのオークを討伐しに意識を移動させる。 〈黒糸〉の上で意識を滑らせるのは、音よりもずっと速い。 光にも匹敵するだろう。 まあ、予め意識を移す場所を明確に定義しないといけないのだが。その為に〈黒糸〉の伸展領域には番地のように番号を振ってある。 あるオークには心臓に突き刺した〈黒糸〉の先で『集水』を使った。 心臓が送り出す以上の血液が魔法によって無理やり集められて、心臓が破裂して死んだ。 あるオークは下半身を〈黒糸〉で地面に縫いつけて、上半身だけを『フライ』で飛ばして殺した。 千切れた上半身と下半身を腸がだらしなく繋ぐ醜怪なオブジェが出来上がった。 更に細切れにして『発火』で燃やした。 あるオークには、全身に浸透させた〈黒糸〉から『エア・カッター』を生じさせて、細切れのミンチにした。 あるオークは生きたまま身体をじわじわと『錬金』して、彫像に変えた。 どうやら、生きている生物であっても、微細領域に限れば『錬金』は成功するらしい。 これが魔法が使えるメイジや先住種族であれば分からないが。 自分が現場にいない気楽さからか、あるいは体に引っ張られて子供特有の残酷さでも発揮したのか、私は思いつく限りのあらゆる魔法で殺していった。 オークの脳内で『錬金』を用いて水分を一気に気体に変化させて、頭蓋骨を破裂させた。 内臓に張り巡らせた〈黒糸〉に『ブレイド』を纏わせて内側からズタズタにした。 〈黒糸〉を操って、まとめて切断した。 後に残ったのは、オーク10数匹分の原型もとどめない肉片の山ばかり。 それの後始末として、『集水』の魔法で、肉片の中の水分を片っ端から集めて死体を乾かしていく。 伝染病などが怖いから、後は血とナレ、肉とナレって訳には行かないのだ。 後半は魔法実験みたいになってしまったが、まあ、曲弦技の練習にはなったと思う。 あとはどれだけの数の〈黒糸〉を同時に知覚して動かすことが出来るか、である。 『念力』による〈黒糸〉の同時複数の操作が出来るようになったら、次は『念動』と他の魔法の並列使用を練習しよう。 そうして、他の魔法も同時に使いこなせれば、さらに殲滅力が上がるだろう。 まあ、私の理想は絶対安全圏からの遠隔攻撃だから戦場に出る気はさらさら無いのだが。================================2010.07.18 初出2010.07.21 誤字修正/一部追記2010.09.26 修正、追記など