「『極点(ゼロ)』のルイズが平民を召喚した!?」「俺は平民じゃない。平賀才人。 所属は――ウィルマース・ファウンデーションだ」 それは千年を超える罪業の物語。 好奇心は猫をも殺す。では、死んでもなお残る好奇心は一体何をもたらすのか。「昔、私は全く魔法が使えなかったのよ? でも、今は全ての魔法を使える。 オクタゴンスペルだって使いこなしてみせるわ。系統魔法以外の魔法さえも! 『極点(ゼロ)』のルイズってのはそういう事よ。 極点に到達したメイジ……」「やめろ、ルイズ! その力は、邪悪なモノだ! 使ってはいけない!」「サイト、そんな事は百も承知よ。 私はこの身と引き換えに魔法を得た。系統魔法も、世界の理の外にある魔術も、全てを手に入れたわ! そう、この身に宿る“虚無”の系統を研究させることと引き換えに!」◆ 蜘蛛の糸の繋がる先は 嘘予告.ウード・ド・シャンリットは自重しない ~千年後のハルケギニア~◆ 千年前の異端――ウード・ド・シャンリットが残した惑星を覆う魔法使いの杖〈黒糸〉とその管制人格〈ゼロ号〉。 それはその身に刻まれた行動原理に従い、ハルケギニアのあらゆることに対しての研究と分析を続けていた。“魔法を使えるはずの者が魔法を使えない” そのイレギュラーは〈ゼロ号〉の興味を惹いた。 正常を理解するには異常を理解せよ。何が違っているのか、それを知ることが真理の研究には重要だ。 そして〈ゼロ号〉は“虚無”達に取引を持ちかけた。「貴様、どこから入った? 俺はお前なぞ招いた覚えはないぞ」「ジョゼフ王太子殿下、取引をしに参りました」 黒いローブに身を包んだ初老の男。 ジョゼフが自室で本を読んでいる傍らに、急に現れ出たように唐突にその男は佇んでいた。 人好きのする笑顔を湛えているが、その顔はまるで仮面のように人間味が無い。「こうやって面と向かって話をするのは初めてですな。 私、宮廷では『サンジェルマン伯爵』と呼ばれております」「おい、衛兵は何をやっている。誰かこの無礼者をつまみ出せ」 扉の外からの反応はない。 それ以前に、扉が開いた音はしなかった。 この黒ローブの男はどうやってこの部屋に入ったのか。「既に『サイレント』の魔法をかけております故。 この場は誰にも邪魔はされませぬ。 それより、毎年の私のプレゼント、気に入っていただけているようで何よりです」「貴様からモノを貰った覚えなど無い」 黒ローブの老人は嘆くように肩を竦め、ジョゼフが手に持つ本を指差す。「その本は、私からのプレゼントですよ、王太子殿下。 千年前の異端本、アトラナート商会の図鑑や研究書の類の、その初版に限りなく近い写本でございます」 ジョゼフは手元の本に目を向ける。 数年前から、誕生パーティの贈り物の数々に紛れ込んだ古そうな本。 魔法以外の全てを極めるつもりでいた彼にとって、その本の知識は正に求めていたものであった。 それに、その本が齎す新たな知識はこの世界が魔法のみで成り立っているのではないと彼に思い知らせ、読んでいる間だけは多少なりとも弟に対する劣等感を紛らわせることが出来たのだ。「これは、貴様からの物だったのか。 ……ふむ、夜分に俺の部屋に押し入ったことは不問にしてやっても良い。 その代わり、これらの本の続刊を俺に寄越せ」「ふふ、それは追々。 今日はそのような要件ではないのです」 今からが本題、と、黒ローブの男は切り出す。「昔の人は言いました。 『兄より優れた弟など存在しない』と。 これは正に真理と言えるでしょう。現に、シャルル殿下の全てを貴方は上回っておられる。 政治的センス、知性、体力、筋力、武術のセンス、理解力……。 ただ一点……」「系統魔法の才能を除いて、な」 ジョゼフは途端に不機嫌になる。 自分は系統魔法が全く使えないということを、目の前の男が思い出させたからだ。 先程までの新たな本と引き換えに許してやろうという気持ちは失せてしまった。 今はこの目の前の男を殴り倒してやりたいくらいだ。 沸々と湧き上がる、苛立ちと怒りの感情に任せて、拳を振り上げようと思ったときに、老人の声が冷ややかに差し込まれる。 「――“魔法を使いたくは有りませんか?”」「――っ」 今まで、そのような事を言って自分に取り入ろうとする人間は数え切れない程居た。 そしてそれら全てが何の成果も出さなかった。 この言葉を言う者たちを、彼は一切信用しないことにしている。 だが、目の前の男はこれまでの凡俗な輩とは一線を画す雰囲気を纏っていることも確か。「はン、出来るものならやってみせよ」「もちろん可能でございます。ただ、私と“契約”していただければ。 殿下は“魔法を使いたくは有りませんか?”」 使いたくないはずはない。魔法が使えれば、そうどんなに思ってきただろうか。「使いたいに決まっているさ。ずっとそう思って生きてきた。 しかし“契約”か……。その物言い、貴様、悪魔か何かか? 『対価はその体、魂の一片までも』とでも言うつもりか?」 目の前の男が、くふふ、と囁くように笑う。「よくお分かりで。しかし、悪魔とはまた大層なものですな。 私はそこまで大層なものでは有りません。 そうですね、ガリア宮廷では『サンジェルマン伯爵』と名乗り、他にも様々な名は有りますが……」 一呼吸置いて、老人は慇懃に礼をして身を起こす。 その顔は、もはや人の顔をしていない。老人が身を折っていた一瞬で、それは全く違うものに変わってしまっていた。 何か、細かな黒い線のようなものが無数に集まって絡まり合って人の顔らしき形を模している。 それを見てもジョゼフが正気を失わなかったのは、或いは彼がそれを予見していたからか。 『サンジェルマン伯爵』とは、ガリア宮廷に500年の昔から囁かれる、怪老の名前だ。 このような妖魔の類であっても、却って納得するというものだ。【今は、〈ウード・ド・シャンリットの杖〉と呼んでいただければと思います】 人のものとは違う調子を伴った声が、目の前の糸の塊から聴こえる。「〈ウード・ド・シャンリット〉? 誰だそいつは?」【おや、御存知ありませんか? 殿下が今手にとっておられるその本……その著者ですよ。 殿下は他にも幾つもわが主の著作に目を通しているはずです。 私が贈った本の殆どは、著者の名前は違えど我が主の著作ですから】「この『深海の驚異』の著者……? 千年前の、最大の異端。 馬鹿な、千年前の人物がなぜここで出てくる!?」【それは追々。それよりも契約の話です。 殿下、あなたは“魔法を使いたくは有りませんか?”】「俺は――……」 教会に伝わる説話の一説に次のような文がある。“悪魔は3度問いかける。 それを肯定してはいけない。 3度、肯定で答えたとき、悪魔との契約は成されるのだから。”「俺は、魔法を、使いたい」【宜しい、契約は成されました。 では、少々痛いですが、我慢なさって下さいまし……】 〈ウード・ド・シャンリットの杖〉と名乗ったモノは解け、その目に見えぬほどに細かい糸が何本もジョゼフの身体へと吸い込まれるように入っていく。 自分の中に異物が侵入する悍しさに耐えられず、ジョゼフはその意識を手放す。 その夜“慧眼王”ジョゼフ――後世の歴史書では“第二の異端”と呼ばれる男が誕生したのである。================================嘘予告です。消すかも知れないし、本編が追い着くまでは置いとくかも知れません。2010.08.15 初投稿2010.08.17 誤字など修正 嘘予告2.ゼロ執事(ネタ)『むかしむかし、あるところに大層見栄っ張りな貴族がおりました。 身の丈に合わぬ出費を繰り返し、毎晩豪勢なパーティを開き、服を取っ換え引っ換えしているうちに、ついにお金が無くなってしまいました。 それでもその貴族は見栄を張るのをやめられません。 ですが幸い、その貴族は類まれなる土の魔法の才能を持っていました。 屋敷の家具を売り払っては、見かけだけは高価そうな家具を『錬金』して、パーティを開き続けます。 屋敷の家具が全て紛い物に置き換わった頃。 やがて、使用人を雇うお金も足りなくなってしまいました。 しかし貴族は、土魔法の才能に溢れていたので――』◆ 蜘蛛の糸の繋がる先は 嘘予告2.ゼロ執事◆「ミス・ヴァリエール。『発火』をお願いします」 トリステインにある魔法学院の授業の時間中のことです。 禿頭の教師から指名されたのは、トリステインでも最も古い公爵家の三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。 彼女が魔法を成功させた所を見たことがある者は、この学院には誰も居ません。 それどころか、使っているところを見たことがあるものさえ、誰も居ないのです。 何故ならば。「執事(スチュアート)」 彼女が片手を挙げてパチンと鳴らすと、どこからとも無く長身痩躯の美形の男子が現れて。「はい、お嬢様」「ミスタ・コルベールは『発火』をご所望よ」「はい、お嬢様」 彼女の代わりに優雅に杖を振って魔法を使うからです。 ほら今日も、彼女の『執事』の魔法は成功しました。「素晴らしい魔法です。 ですが、ミス・ヴァリエール。私が指名したのはあなたの執事ではなく、あなたです。 それに、部外者を学院に招いてはいけません」「あら、ミスタ・コルベール。私に今更、初歩の初歩である『発火』を使えと仰るのですか? 精神力が勿体なくっていけませんわ。それに執事の魔法は上手ですから、皆のお手本に持って来いでしょう?」「そういう訳には参りません。学院の生徒でしたら、きちんと授業を受けてもらわなくては困ります」「では、別に実技の点数はいりませんわ。その程度、座学で十全に取り返してみせます」 悠然と。毅然と。優雅に。傲慢に。 彼女は席に着きます。いつの間にか彼女の執事は消えていました。 ヴァリエール公爵家の三女は天才である、と、そう社交界では噂されています。 既に四大系統を極め、メイジの到達しうる極点に立っているとさえ言われているのです。 ですが、この学院の誰も、彼女が魔法を使っているところは見たことはありません。◆「執事(スチュアート)」 片手を挙げてパチンとひと鳴らし。「はい、お嬢様」「ティータイムにしましょう」「はい、お嬢様」 どこからとも無く現れた執事は、やはりどこからとも無くお茶のセットを取り出すと、あっという間に紅茶の用意を整えてしまいます。 今日も彼女は優雅に木陰でティータイム。 傍らにはいつもの長身痩躯の優男。 執事は無駄のない洗練された身のこなしで、主のカップに紅茶を注ぎます。 その様子は、溜め息が出るほどに絵になります。 実際、メイドの女たちは遠くからその様子を見ては溜め息をついています。 ある時、メイドの一人がこんなことを言い出しました。「お嬢様も立派になられて……。私がお仕えしていた時には魔法も失敗ばかりなさっていたのに」「へえ、あなたヴァリエール家に仕えていたの? あの完全無欠のお嬢様が魔法を失敗しているのなんて想像がつかないけれど」「ええ、昔、お仕えしていたの。あの時は、お嬢様はいつも魔法を爆発させてばかりいたわ……」 そんな話がやがては広まって、ルイズが人前では自分で魔法を使わないことも相まって。 “本当はヴァリエール家の三女は未だに魔法が使えないんじゃないか” という噂が学院生徒の間でも囁かれるようになりました。◆ そんなある日のことです。 切欠はなんだったか、定かではありません。 いつも女子生徒の間でもてはやされるルイズの執事に嫉妬をしたのか。 それとも魔法をちっとも使おうとしないルイズのことが勘に障ったのか。 はたまた美少女ルイズに対する淡い恋心の裏返しの照れ隠しだったのか。 とある貴族がルイズのことを馬鹿にし始めました。「ゼロのルイズ! お前、本当は魔法が使えないんだろう!」「何ですって?」「だっていままで一度も魔法を使ったことがないじゃないか! いつもいつも執事に代わりにやらせて! ゼロ! 魔法の才能ゼロルイズ!」 これにはルイズも頭に来ました。 彼女は授業中はクール振っていたりするのですが、本来は感情的な質なのです。「ふ、ふふふ。い、いい度胸ね、マリコルヌ。 良いわ、そ、その挑発に乗ってあげる」 着いて来なさい。とそう言って、彼女は庭へと足を向けます。 暴言を吐いたマリコルヌだけではなく、ルイズが使う魔法を見ようと教室に居た他の生徒も彼女を追いかけ、学院の庭へと歩いていきます。◆「私の魔法を見せる前に、昔話を聞いてもらえるかしら? 何、時間は取らせないわ。すぐに終わるもの。」 庭の真ん中に陣取ったルイズは、唐突に語り出します。――むかしむかし、あるところに大層、見栄っ張りな貴族がおりました。――身の丈に合わぬ出費を繰り返し、毎晩豪勢なパーティを開き、服を取っ換え引っ換えしているうちに、ついにお金が無くなってしまいました。――それでもその貴族は見栄を張るのをやめられません。――ですが幸い、その貴族は類まれなる土の魔法の才能を持っていました。――屋敷の家具を売り払っては、見かけだけは高価そうな家具を『錬金』して、パーティを開き続けます。――屋敷の家具が全て紛い物に置き換わった頃。――やがて、使用人を雇うお金も足りなくなってしまいました。――しかし貴族は、土魔法の才能に溢れていたので、使用人たちを魔法で創り出すことにしました。――魔法で出来た土人形です。――執事にコック、メイドに庭師。辞めていった使用人の代わりに、みんなみんな、ガーゴイルに入れ替わっていきます。――やがて、その貴族にお金が無いことが広まると、パーティに出席する人数も減っていきました。――土の魔法の才能に溢れていた見えっ張りな貴族は、人寂しいパーティを賑やかにするために魔法を使います。――魔法で出来た土人形の参加者です。――最初は3人ほど。やがては5人。そして7人、11人とどんどんと参加者はガーゴイルに置き換わっていきました。――やがて人間の参加者は誰も居なくなってしまいました。――それでも宴は続きます。――最近の参加者は料理に手を着けないなあ、とそう思いながらも貴族はパーティを続けます。――もはや、どれがガーゴイルだったのか、その貴族にも分からなくなってしまっていました。――まやかしの宴はずっと続きます。昨日も今日も、明日も明後日も。――当の貴族が死んでしまっても、その人形達は、宴を続けていると言います。――おしまい。 不気味な不気味な話を終えると、ルイズは何時ものようにパチンと指を鳴らして執事を呼びます。 話しすぎて喉が乾いたのでしょう。執事から水を受け取ると、こくこくと、その可愛らしい喉を動かしてグラスの水を飲み干します。 何時もは作り物のように美しく見える執事の顔が、先程の話を聞いた後だと、本当の作り物のように思えてきて、周囲の皆はゾッとします。「……それで、ルイズ。肝心の魔法は使ってくれないのかい?」「あら、使っているじゃない。魔法の謂れも説明してあげたのに、まだ分からないのかしら?」 くすくすと笑って、さらに片手をひと鳴らし。「『執事(スチュアート)』」 彼女の傍らには、いつの間にか燕尾服を着た瓜二つの執事が、2人。 あの執事はガーゴイルだったのです。 腹話術師が人形に喋らせるように、ルイズは執事の姿のガーゴイルに魔法を使わせていたのです。 なぜ彼女がそんな面倒なことをしていたのかは、分かりません。 悪趣味なのか、気まぐれなのか、それとももっと深遠な彼女なりの哲学があるのかも知れません。「マリコルヌは風の系統だったわよね? じゃあ、久しぶりに風の魔法を使ってみようかしら。 お母様の“烈風”にも負けないくらいの、強力な奴を。 でもちょっと観客が足りないかしら? 折角だからもっと賑やかな方が良いわね」 慄然とする周囲の人間に構わず、彼女は続けます。――『コック』、『メイド』、『庭師』。 彼女の指が鳴る度に、周囲に人影が増えていきます。「ああ、もう面倒臭いわ。『招待客(ゲスト)』!」 彼女が両手を叩きあわせて、大きな拍手の音を鳴らすとそれに応じて、まるで絵画から抜けだしてきたような、着飾った大勢の人々が庭に現れました。 新しく現れた者たちは、全てガーゴイルなのでしょうが、全く人間と見分けがつきません。 呆然とするクラスメイトを尻目に、彼女は魔法を続けます。「『カッター・トルネード』!」 全てを薙ぎ倒す真空を含んだ竜巻が、学院の壁の向こうに現れました。 全てを極めたメイジ。第一位の更に上。“極点(ゼロ)”のルイズ。彼女の二つ名が決まった瞬間でした。===================================※このルイズは〈黒糸〉のバックアップを受けて、無敵パワーを手に入れています。2010.09.29 初出/誤字修正嘘予告再掲。捜索掲示板で探していた方がいらっしゃるようなので。なお、本編第二部とは余り関係はありません。似た様な出来事はあったかもしれませんが。2011.05.04 再掲