昏倒から目覚めた平賀才人22歳。 自分の見知らぬ場所で目が覚めるというのは、これが生涯で実に十度目の経験であった。 記念すべき一度目の経験とは異なり、身体がきちんと自分の――地球人類の――ものであったことに一先ず安心する。 彼の不思議体験第一弾でもある、『見知らぬ天井ver.1』はその内語る機会もあるだろう。 次に周囲を見回そうとしたサイトは、仄かに香る芳香に気がつく。(なんかいい匂いがする……) サイトは無意識のうちに、このベッドの主の美少女の体臭を存分に味わっていた。 シーツを鼻先まで持っていってくんかくんか。 状況確認より先に女性の匂いに気を取られる辺り、サイトの女日照りっぷりが伺える。(いかんいかん、危ない危ない。状況確認をしなくては) 魅惑の芳香に囚われかけたサイトは頭を振って周囲を見回す。 これはどうやら布団ではなくてベッドのようだ。 隣に何か長い棒のような物――和弓か木刀だろうか――が立てかけてある。 視線をベッドサイドから足元の方へ移動させると、彼を覗き込む桃色の髪の人物に気がついた。 というか半ばベッドに身を乗り出している彼女の鳶色の右瞳と目が合った。左目には眼帯を付けている。 つまりシーツの匂いをくんかくんかしていたのはバッチリ見られていたということだ。「のわっ!?」「……やっぱり変態ね」◆ 蜘蛛の巣から逃れる為に 2.使い魔は須く主人の支配下にあるべし◆「えーと?」「おはよう、ヒラガ・サイト。サイトと呼ばせてもらうわ。私の名前はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ。“ご主人様”と呼ぶことを許可するわ」「……ぅえぁ?」 寝起きにこのやり取りは辛い。 というか声の周波数が辛い。キンキン来る。 つーか、何だ、ご主人様って。「あんたを招来したのは私。意味は理解できて? あんたが眠っている間にこちらの知識はダウンロード出来ているはずなのだけれど」 そう言われてみれば、頭の中に次々と知識の断片が泡沫のように浮かび上がってくる。 この世界の名前は――ハルケギニア。 この場所は――トリステイン魔法学院、貴族が学ぶ場所。その女子寮のルイズの部屋。 貴族とは――ハルケギニア固有の系統魔法を使うことが出来る支配種族。 系統魔法とは――土、水、火、風の4つの属性から成る魔法――系統の分け方については要検討――。物理現象に干渉可能。 何故呼ばれた――運命に導かれてルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの使い魔となり全身全霊を捧げるために。「――って、おい」 何か変なノイズが入ったぞ。 『全身全霊を捧げる』ってどういうことだ。「何よ?」「ナチュラルにインプリンティング(刷り込み)してんじゃねぇ」「はンッ! 異邦人に人権なんて無いのよ。死にたくなければ従いなさい。寧ろ死んでも従いなさい」「外道!?」「よく言われるわ。褒め言葉よ、それ。というか召喚生物に従属の術式を刻むのなんか初歩の初歩じゃない」 よくよく思い返してみれば、この桃色の髪の少女には会って早々にボディに蹴りを入れられて、更にその後よく分からない技法によって昏倒させられた気がする。(可愛い顔してとんでもねえ奴だ。……可愛いのにとんでもない奴だ) 平賀才人はこの異世界に来てから何度目かの感想を抱く。 そして恐らくそれは的確だ。 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、只者ではないのだから。 そこでサイトは気がつく。 こちらを覗き込んでいる少女が余りに鮮明に見えすぎていることに。 自分は大多数の日本人の例に漏れずに近眼で、コンタクトレンズによって視力を矯正していたはずなのだが。コンタクトレンズを確かめるが外れているようだった。 ルイズという小柄な少女は、差し込む朝日の中を、ベッドから少し離れた椅子へと退き、腰掛ける。 足を組み替える動作がなんとも蠱惑的だ。左目の眼帯はレースをあしらったお洒落なものであり、彼女の美しさを尚更引き出している。 その彼女は左手の指を何度か擦り合わせる動作をする――癖なのだろうか、確か大学の教授の誰かが同じような癖を持っていたような――と、組んだ脚に両手を重ねて置いた。 サイトはそんな少女から目を離して、部屋の様子を見る。 鏡台やランプなど、古風だが高級感を漂わせる調度が、下品にならない程度に配置されている。壁に等間隔で並べられた三つの鏡が特徴といえば特徴だろうか。そして、その細部までもが、眼鏡もコンタクトもつけていないのにハッキリと見える。件の鏡の枠にはアラベスク(蔦花文様)を基調として、所々にグロッタ調にグリーンマンが隠れているのまで見える。 部屋中を解せない様子で見回すサイトの様子を観察して、ああそういえば、とルイズは口を開く。「眼なら治しておいたわよ。ガンダールヴが近眼じゃ困るからね」 彼女がそう言うならば、そういう事なのだろう。 レーシック手術のようなものなのかも知れない。 サイトは自然と納得してしまっていた。「毛様体筋を強化して、眼球の水晶体を軟化させたのよ。こちらの世界では簡単な術式よ」「……そりゃどうも」「そこは“感謝感激恐悦至極雨霰の流星雨、代えましてはこの命尽きるまで仕えさせて頂きます”くらい言いなさいよ」 そういうルイズの目元には、よく見れば深い隈が見て取れる。小さく噛み殺したあくびをする様子もキュートである。 ひょっとしたらサイトが目覚めるまで看病(?)してくれていたのかも知れない。このベッドも恐らくはルイズというピンクブロンドの少女の物だろうし、サイトは彼女から寝床を奪った形になるのかもしれない。 寝床を譲って看病して、と考えたら、なんともいじましいご主人様ではないか。まあ迂闊に寝入って、先に目を覚ましたサイトに襲われるのを危惧しただけなのかもしれないが。「ところで“ガンダールヴ”ってのは何だ?」 サイトはルイズの発言にまぎれていたキーワードっぽい言葉について尋ねたが、直ぐにその答えは彼の頭の中に浮かび上がってきた。 刷り込まれた記憶の中に、その知識も含まれていたようだった。 ガンダールヴとは――『神の左手』とも呼ばれる使い魔、およびそのルーン。武器を手にした際の肉体強化、身体動作最適化の能力を手に入れることができる。伝説の虚無系統の四体の使い魔の内の一つである。 使い魔のルーンとは――『コントラクト・サーヴァント』の呪文によって刻まれる刻印。主人であるメイジとの感覚共有や知能強化、その他固有能力の付与など様々な機能がある。 虚無系統とは――ハルケギニアに魔法を広めた始祖ブリミルが用いた系統。時空操作や魂の操作すら可能とする、この世界ハルケギニアでも最高峰の魔法系統。(うえぇ、なんか自分が知らないはずの知識が湧いてくるのって気持ち悪い……) サイトが刷り込まれた知識の感触に顔を不快げに歪めていると、ルイズが声をかけてくる。「多分既に自己解決しているだろうけれど、ガンダールヴってのは使い魔に付与される能力の一種よ。左手にルーンが刻まれることと、始祖ブリミルが使役したことから、伝承では『神の左手』と呼ばれているわ」「ああ、分かった。というか、何と言うか。覚えた覚えが無いものを“思い出す”ってのは何だか気持ち悪いな」 始祖ブリミルとは――『神の左手』とは――、とさらに連鎖状に知識が頭の奥の奥から湧いてくる。 サイトは頭を振って刷り込まれた知識の連想を止める。 気を付けないと際限なく連想が広がっていくようだ。何だかゲーム序盤での強制チュートリアルを受けているようだ、などと感想を抱く。 サイトが自分の左手に目をやると、確かにそこには今までになかったものが浮き上がっていた。 不思議なことに、そこに在ったのは地球の古代文字であるルーン文字と似通ったものであった。 幸いにも、地球に居た頃に古文書に当たっていた関係で、サイトは少しはルーンを読むことが出来る。(えーと、ギョーフ/ウル/ニイド/ダエグ/オシラ/ラグ/フェオ――G/U/N/D/O/L/F、ガンダールヴ、と読めるな、確かに。しかし、ルーン魔術? ってことは、ここのメイジというのは北欧のドルイドの末裔か何かか? あるいは逆に地球のルーンがこいつらから伝わったものだという可能性もあるな……) サイトは生来の好奇心を発揮して、ルーン文字の伝来について色々と思索を巡らせる。「まあ、知識については追々馴染んでいくでしょ。夢の中で素敵なルーンの妖精さんが解説してくれるかも? ルーンの性能調査もその内にやっておく必要があるわね。でもそんな事より――」 ぐきゅる、と、サイトとルイズ、二人のお腹から空腹を訴える音がする。 思索に耽りかけたサイトだが、ルイズの声と同時に響いた腹の虫の音に思考を戻される。「――お腹が空いたわ」◆ ルイズとサイトの二人は揃って女子寮の廊下に出る。 朝のドキドキ生着替えイベントなど発生しなかった。 何故なら垢や余分な皮脂はルイズの使う『錬金』の魔法の軽い応用で一瞬で払拭されてしまったからだ。やけに手馴れていた。 ルイズたちが部屋から出るのと同時、ルイズの部屋に向かって右隣の部屋のドアも開く。 中から現れたのは、燃えるような赤髪と褐色の肌、胸元を大きく開いてその豊満なバストを強調した美女であった。 同時にむっとするほどの濃密な雌の匂いが漂う。 フェロモン、というものだろうか。 ヒトの最も根源的な部分に働きかける天性の魅力が彼女には備わっているようだった。 それは危険なほどに濃厚な匂いであった。 濃密すぎてかえって毒である、あるいは真実それは毒なのかも知れない。 サイトの胸の高鳴りは、恋などではなく、毒香によって生命が危機に晒されていることによる防御反応なのかも知れなかった。 生命の危機に応じて身体が臨戦態勢に移行しているのだ。 どくんどくんどくん、血を全身に巡らせろ、襲うか襲われるか、戦うか逃げるか、いずれにせよ心拍は速い方がイイ。「あら、おはよう、ルイズ」「おはよう、キュルケ」 和やかな朝の挨拶、のはずだ。 だがサイトはその背後に走る紫電を幻視した。 ……冷戦状態、ただし核弾頭は発射済み、みたいな。「そちらがあなたの使い魔なの? 人間を召喚するなんて随分珍しいこともあるのね」「まあそういう事もあるわ。運命とやらは残酷で理不尽で唐突なのよ」「確かにルイズの所なんかに召喚されるのは、残酷で理不尽で唐突かもしれないわね」「……。……、……ぁ~」「ちょっ!? そこは否定しようよ、ご主人様!?」 言い返そうとして何か喉につっかえたような様子で最終的に黙りこんでしまったルイズを見て、慌ててサイトが突っ込む。 召喚とか契約とかインプリンティングとかで有耶無耶になっていたが、今後の扱いとか、送還とか、そういった諸々の条件についてはまだ伝えられていない。 こんな気になる黙られ方をされると、自分の今後が不安になって仕方ない。まさか邪神の生け贄にするために召喚されたわけではあるまいな。などと疑念が湧き出てくる。「……。まあ色々大変だと思うけど頑張って、使い魔さん? 一応自己紹介しておくわ。キュルケよ。二つ名は『微熱』」「ああ、オレはサイト、平賀才人だ。二つ名ってのは無いな。こことは文化が違うところに居たから」「へえ、異国の方なのね。こっちは私の使い魔のフレイム」 キュルケの後ろから、コモドオオトカゲのような巨大なトカゲ、訂正、オオサンショウウオが這い出してくる。 湿った濃紫色の毒々しい背中をしている。腹側は真っ赤な色だ。イモリを巨大にしたような外見だ。「……ファイアサラマンダーよね? 見たところ火竜山脈の地熱で溶けた氷河湖に生息している種類かしら。大きさからいって、もう既に成体みたいね。毒腺も発達してるみたいだし」 運命の過酷さについての思索に陥ってフリーズしていたルイズが再起動して発言する。 彼女は博学なのだ。 ハルケギニアの大抵の動植物については知っているし、きっとドーヴィルの海岸の砂の数だって知っている。「毒娘のアンタには相応しい使い魔ね、キュルケ」「“火”の使い手としての腕前を始祖にも認められたということよー。あ、あとでフレイムの為にファイアサラマンダー用の虫下しを調合してもらえないかしら?」「私じゃなくてモンモランシーに頼めば良いじゃない。そのファイアサラマンダーの毒液と引換になら作ってくれるでしょうよ」 表面上は和やかに、しかし背後には雷雲を背負って二人は会話をしている。 キュルケの使い魔のフレイム(両棲類)はサイトの方へと大きな身体を進ませると、彼の顔を見上げる。 サイトは屈んでフレイムと視線を合わせる。使い魔同士のシンパシーでもあるのだろうか。「おお、意外と湿ってないのな。ヒンヤリしてる」 ペタペタとフレイムの体表を触るサイト。「あんまり触ってると毒に冒されるわよ」 ルイズが窘める。「え、そうなのか?」 ヤドクガエルみたいなものか、と納得しサイトはフレイムから離れる。 サイトがフレイムに触っている間にキュルケは階段に向かっていたようで、既に廊下には居なかった。 ファイアサラマンダーのフレイムも、キュルケを追って、案外素早い動きで階段へと向かう。「……さっきのフレイム、でっかいサンショウウオだよな? 火の系統とは関係があるのか?」「発火能力(パイロキネシス)を持ってるのよ。あと毒腺が発達してる影響で火炎に対する耐性があるわ」「なるほど」 毒殺された者の心臓は火葬しても燃え残る、という迷信を思い出しつつ頷くサイト。そういえば、さっきの毒サンショウウオの主人の名前も、毒薬の魔女KIRKE(キルケー、キュルケ)だった。放蕩そうだったし。 フレイムを撫でるためにしゃがんでいたサイトが立ち上がると同時に彼の背後からドアの開く音がした。 キュルケの部屋とはルイズの部屋を挟んで反対側、三つ並びの女子寮の部屋のうち、ルイズの部屋に向かって左隣のドアから、女の子が出てきたのだ。「お姉さま、おはようございます。ガンダールヴも」 出てきたのは金髪のツインテールが印象的な小さな女の子だった。 小柄なルイズよりも更に小さな身体をしている、どこか勝気そうな女の子だ。「おはよう、ベアトリス」「え、あ、オハヨウゴザイマス」 自然に挨拶するルイズと、挨拶していいものか、挨拶するとしてなんと挨拶すればいいのか迷ってぎこちないサイト。 何故か向こうのベアトリスとかいう女の子には、自分のことが知られているようであるし。「ベアトリス、こっちは知ってると思うけど、ガンダールヴのサイトよ」「宜しく、サイト。私はベアトリス・イヴォンヌ・フォン・カンプリテ・クルデンホルフ。二つ名は『天網』よ」 自己紹介に伴って、また刷り込まれた知識が連鎖的に発火してサイトの脳髄を駆け巡る。 ……――クルデンホルフとは――大公国。ハルケギニア最大の学術都市を抱える。異端のはびこる独立国家――異端とは――一般的にはブリミル教以外の宗教が異端と言われる――ブリミル教とは――……。 痛みすら伴いそうな情報の奔流にこめかみを押さえながら、サイトは何とか自己紹介を返した。「宜しくベアトリス、ちゃん? 俺は平賀才人だ」「ベアトリス、と呼んで頂いて構いませんわ。ちゃん付けだなんて、虫酸が走る。……では食堂に行きましょうか、お姉さま」 ベアトリスはそっけなくツンケンした態度でサイトから視線を外す。 どうやら何かしらの理由で嫌われてしまったらしい。お姉さま、とかルイズは呼ばれているが、どう見てもベアトリスという女の子とは血縁ではなさそうだし……。サイトは思案するが、考えても分からないことは仕方ない、と棚上げする。長生きするためには必須の技能だ。 使い魔というポジションに嫉妬されているとは思いも寄らない。サイトとしては今の自分の立場は奴隷以下、家畜にも劣るのではないかとすら考えている。あるいはただの生贄か、とも。「ええ。そうしましょう。あ、サイトの御飯は厨房には言ってないわね、そういえば」「え、オレ飯抜き?」 三人連れ立って歩き出す。 どうやらルイズはベアトリスを待っていたようだった。仲が良いのだろう。 それよりもサイトにとって目下の問題は朝食である。 食べ物がなければ死んでしまう。 水が合わずにお腹を壊して、下痢や嘔吐で碌に栄養が取れなくなって体力を消耗してしまう可能性も考えると、ここで飯抜きにされるのはリアルに命の危機である。「昨日のうちにコック長のマルトーさんに頼んで賄いを食べさせてもらえるように取り計らっておきましたわ」 そんなサイトの心配を察したわけではないだろうが、ベアトリスが答える。 何だイイヤツじゃないか、とサイトは先程の印象を修正する。「流石ベアトリスね。よくやったわ」「あぁん! お姉さまに褒められましたわっ!」 身悶えるベアトリス。 スルーするルイズ。 反応に困るサイト。心中で再度ベアトリスに対する印象を訂正。彼女はサイトに対して好意的な訳ではなく、彼のゴシュジンサマである所のルイズという少女に対して好意的なのだと理解。「ということでサイト、“ミス・ヴァリエールに召喚された使い魔の人間です”と言えば厨房で賄いが貰えるはずよ」「OK。だが厨房はどこだ?」「途中まで案内するわよ、安心なさい」 ふとサイトが周囲を見渡す。「どうしたのよ、キョロキョロして」「いや、ベアトリスの使い魔は居ないのかな、と」「私の使い魔は居ますわ。ほら、上に」 ベアトリスが天井を指さす。 釣られてサイトも上を見る。 するとそこには、巨大な蜘蛛がへばりついていた。 各脚が1メイルはあり、緑と黄色の精神に悪い色彩の縞模様の腹を持っている。「うわぁっ!? 蜘蛛!? デカっ!」「ああ、ベアトリスの家系は蜘蛛に愛されているのよね。しかしまあこの程度の大きさで良かったじゃない。大きなものになると屋敷ほどの大きさもあるんでしょう?」「ええ、でも、私の実力ではそこまで巨大な蜘蛛は召喚できませんでしたわ。この子の名前はササガネと言いますの。使い魔同士、宜しくしてやって下さいまし、サイト」 大蜘蛛のササガネは、軽く前脚を浮かせてサイトの方へと振る。 ササガネなりの挨拶のつもりなのだろう。 サイトも顔を引き攣らせながら、手を振り返す。「は、はは。なんだ、この辺りからは、レン高原にでも繋がってやがるのか?」「あら、レンの蜘蛛にお知り合いでも居て?」「……何度か遭ったことがあるよ(捕食者遭遇的な意味で)」「それは重畳。ひょっとしたら私の先祖かもしれませんから、また会ったら宜しくお伝え下さいまし」「……ああ、機会があれば」 サイトは、そんな機会なんてもうゴメンだ、と内心で悪態をつく。「ちょっと、ベアトリス、サイト! 置いて行くわよ?」「あぁん、お待ちになって、お姉さま~!」「悪い、待ってくれ、ルイズ。すぐ追いつく」◆「おう、お前がミス・ヴァリエールに召喚されたって言う人間か。ベアトリスの嬢ちゃんから聞いてるぜ」「あ、はい。サイトです。それにしてもよく分かりましたね」「はっはっはっ、まあその服装(なり)見りゃ分かるさ。貴族にも平民にも見えねえし、所在無さ気に入り口を伺ってるんじゃな」 コック長の益荒男、マルトーは豪快に笑ってサイトを迎える。 魔法学院の厨房を預かる平民の男だが、一流の技術を持っている、尊敬するべき職人である。 魔法学院で働いているのに貴族嫌いという、よく分からない男だが。 きっと、働いているうちに嫌気が差してきたのだろう。お手つきにされたメイドなんかを見てきたのかも知れない。あるいは彼の職は世襲で、彼の意思とは無関係に就かされたとかいうことなのか。「えーと、サイト、だったか」「はい」「その辺に座って待ってろ。貴族の坊ちゃん方に飯出すまではちょいと忙しいからな」 サイトに席を勧める間にも、仕上げに差し掛かった料理の味の確認にマルトーは呼ばれ、また同時に方々に指示を出している。 その忙しさは戦場もかくやという有様だ。しかし、その集団はひとつの生物のように有機的に統率されているようにも見える。 ……そんな忙しさの中、手持ち無沙汰に座っているだけというのも居心地が悪い。かと言って高度に統率され分業されたところにぽっと出が入っても邪魔になるだけのような気もするし。「マルトーさん、何か手伝えることはありませんか?」 結局、サイトは自分が出来ることをマルトーに聞いてみることにした。「ん? そうだな、今は別に無いな。まあ皿洗いなんかを手伝ってもらえるとありがたいが、確か食事後は授業に同席しなきゃならんはずだから、今日は無理だな」「え、そうなんですか?」 そういえば今後の予定を聞いていなかった。 というか、他にも色々、いつこの使い魔の身分から開放されるのかとか、そもそも地球に送還できるのかとか、色々と今夜は問い質さなくてはならないだろう。「ああ、毎年、使い魔召喚のあとの最初の授業はそうなっているはずだぞ。何でも使い魔と主人の絆を深めるために最初のうちは少しでも長く一緒にいる必要があるんだとか」「そうなんですか。教えてくれてありがとうございます」「はは、何、気にするな。同じ人間同士だろう。あのミス・ヴァリエールの嬢ちゃんのところならそうそう邪険に扱われることはないだろうけどな」 存外、サイトのご主人様は下働きの者たちからの評判も良いようだ。「運が良いなあ、青年! あのミス・ヴァリエールにお近づきになれるなんて」「ホントホント。私もミス・ヴァリエールにお仕えしたいわあ」 容姿端麗、頭脳明晰、血統良好となれば、一種の崇拝のような情を持たれても不思議ではない。 ……ルイズの本性の一端を垣間見たサイトは、そのご主人様の評価に対して日本人らしく曖昧に苦笑を浮かべるしかできなかったが。 あれは見た目通りではない苛烈さを奥に秘めているに違いないと、サイトは踏んでいる。 賄い飯は端肉を使ったシチューだったが、空腹も相まってサイトは非常に美味しく頂いた。 その複雑な香りから判断したところ、使われている香辛料の種類が多そうだったので、サイトはハルケギニアの文化レベルの認識を少し上方修正した。◆ アルヴィーズの食堂で朝食を摂った後は、各教室での授業だ。 サイトは厨房で十分に朝食を摂ることが出来たようだ。 先に厨房の入り口で待っていたルイズに遅れたことを謝りつつ、教室に向かう。 二人が教室に入ると一瞬、教室の生徒の目がルイズとサイトに向かう。「あれがミス・ヴァリエールの……」「人間の使い魔」「聖人と同じ」「虚無?」「公爵家ならば、確かに有り得る」「むしろ僕が使い魔になりたかった!」 生徒たちは勝手に囁いている。 ルイズはそんな周囲の反応に慣れた様子で、最前列の席に向かう。その席には既にベアトリスと、朝は見なかった青い髪のメガネの女の子が座っていた。 幼い系の三人だな、などと感想を抱きつつ、慌ててサイトもルイズを追う。――が、途中で目に入った地球ではありえない生物群の中に、この場には絶対居てはいけないものを認めてビシリと固まる。(バシリスク居るんですけどーーー!!?) ドリームランドの悪名高き毒蛇の王。羽毛の冠を持つ、鳥と蛇とのキメラのような姿。 緑の大地をその羽根の一枚で不毛の荒野に変えてしまう毒の化身。 目から毒気を飛ばすことも出来、弱い者なら一睨みで死に至る。存在そのものが毒、という極悪生物。擬人化された毒。「あれはまだ幼生体だから大丈夫よ。あと、そういう周囲に無自覚な被害をもたらす使い魔は『コントラクト・サーヴァント』と同時にその能力を制御する力が自動的に付加されるわ。始祖はいとも慈悲深きものなり、ってね」 固まったサイトの視線の先にあるものを察したのか、ルイズが解説を入れる。「そ、そうだよな。そうじゃなきゃ、この教室は今頃死屍累々だもんな!」 毒を吸わないように呼吸まで止めていたサイトはそれを聞いて再起動を果たすとぎくしゃくと動いてルイズの隣に座る。 というか実はさっき目が合ったから、その時点で運が悪ければサイトは死んでいる。 彼の前途は、案外に、というか、予定調和に、多難なようだった。=================================頑張れサイト(※当SSのサイトは特殊な訓練を受けています)2011.01.05 初投稿・誤字修正あけましておめでとうございました2011.01.19 あとがきを感想板に移動