■13-1.とある午後のティータイム「助けてルイズ! アラム・スカチノフが息してないの!」 ブフゥー! 紅茶吹いた。「げほ、げぇっほ、げっほ」「ああっ、ルイズさん大丈夫ですか!?」 ルイズの傍に控えていたシエスタが、主の桃髪の美少女の口元にナプキンを持っていき、背中をさする。 午後のティータイム中であったというのに。 読み返していたハルケギニア語版『ネクロノミコン』も紅茶塗れだ。 いやこれはダウンロードしたデータから『錬金』で具現化したコピーだから作り直せばいいだけだが。「げほっ、キュルケ、色々言いたいことあるけど、とりあえず『アンロック』は校則違反よ」「それどころじゃないの! とにかく来て!」 青ざめた表情のキュルケは、ルイズの手を引いて、導爆線のような勢いで廊下へ飛び出していく。「ちょ、ちょっと、キュルケ!?」「いいから早く! アラムが死にそうなのよ~!」「アラムって誰ー?!」 泡を食って飛び出すキュルケとそれに振り回されるルイズを追って、手早くこぼれた紅茶の後片付けをしたシエスタも部屋を飛び出す。 「ルイズさーん! お茶請けはスコーンにしますかー? それともシフォンケーキにしますかー?」 紅茶セットを持って。 ルイズの侍女はこの程度では動じない。この程度で動じていては務まらない。砲火後ティータイム対応型メイドでなければ……! なんだかんだでシエスタも染まってきているのかもしれない。 ところ変わってキュルケの部屋。 明るいうちから閉めきられて、ムードを盛り上げる媚香含有のキャンドルが微かな光を放って並んでいる。 その中心には泡吹いて痙攣する男子生徒が一名と、それを見守っているでっかい毒サンショウウオのフレイム。両棲類らしい安定感がクールだ。「えっと……?」「私がキスしたらこうなっちゃったの! バシリスクを使い魔にするくらいだから大丈夫だと思ったのに!」 ああナルホド。 ルイズはそれで大体の顛末を悟る。 そういえばキュルケはバシリスクを召喚した生徒にコナかけていた。 毒娘の熱いヴェーゼはバシリスクを上回ったらしい。Critical! ※バシリスク(成体)の噛みつきによる毒ダメージ=3D6(六面ダイス3個振り、つまり最大ダメージ値18)、毒娘(キュルケ)の熱いヴェーゼ=2D10(十面ダイス2個振り、つまり最大ダメージ値20) ※ちなみに平均的な人間の耐久力(HP)は10~11。 ルイズはとりあえず、懐から取り出したマジックカードを振って、倒れている男子生徒――推定名称“アラム・スカチノフ”――に解毒の魔法を使う。 だが一向に解毒は進まない。 ツェルプストーの生み出した毒娘には、シャンリットの解毒魔法も及ばないようだ。「ねえ、脳味噌凍結処理して首から下をすげ替えたほうが生存率高いわよ?」 ルイズの持つマジックカードの操作画面に、「Error/Unidentified Poison(エラー/未知の毒物です)」という文字がずらずら次々と流れていく。 おいおい、何種類の毒が含まれているんだ? ルイズは戦慄を隠せない。 ひょっとしたら魂すらも冒す霊的な毒さえも含まれているかもしれない。 『微熱のヒ・ミ・ツ』とかいうタイトルで毒物研究の論文を書けそうだ。何十本も。 とりあえず検出された毒物を片っ端からマジックカードに記録させつつ、ルイズは解毒を続ける。 いや、解毒というよりは、もはや人体の再『錬金』である。 とりあえずどれが毒なのか分からないので、血液や、口腔粘膜を中心に正常な人間の組成に『錬金』し直している。 ひとまずは脳に行く血液さえ正常な人体と同じようにエミュレートしてやれば暫くは死にはすまい。 身体が再起不能でもシャンリットにお金を払えばクローニングした胴体を作ってもらえるし。 ルイズの操作する魔法によって横たわる男子生徒アラムの顔色は良くなる。 それを見てキュルケがアラムを抱き起こそうと近づく。「ああ、アラム、ごめんなさいこんなことになるなんて!」 彼女の頬を一筋の涙が伝う。 涙滴は泣き腫らして上気した褐色の頬を流れて化粧を乱して水の跡を残す。 次々と押し流される涙によって、それはついにキュルケの顎まで達し、彼女の細い顎の先から雫となってアラムの上へ――「危なーい!!」 間一髪。 ルイズが解毒魔法と多重発動させた『念力』の力場によって、キュルケの涙は空中で受け止められる。 口付け程度で人事不省に陥ったのだ、涙の一滴がどんな毒を秘めているか分かったもんじゃない。 ルイズがキュルケの涙をマジックカードに分析させると、案の定、「Error/Unidentified Poison(エラー/未知の毒物です)」の嵐、嵐、嵐。 これが現在治療中の男子生徒(アラム)の上に掛かっていたらと考えると恐ろしい。 アラムが即死せずにルイズがやって来るまで持っていたのは奇跡のように思える。「キュルケ、あんたちょっと離れてなさい。治療の邪魔よ」「そんな!」「離れろっつってんの。ようやく安定してきたんだから。あんたはお茶でも飲んでなさい」 渋々キュルケがアラムを床に横たえる。 その後ろではシエスタがお茶の準備をしている。 結局お茶のともはスコーンにしたらしい。「ミス・ツェルプストー、紅茶が入りました」「あ、ああ。ありがとう」「本日の紅茶はアルビオンの高地(ハイランド)の秘境で採れるという極撰茶葉のみを使用した一級品でございます」 シエスタが一礼してキュルケに紅茶のカップを差し出す。 キュルケがそれに口をつける……その前に懐からなにやら小瓶を取り出す。 それを何らかの調味料と見てとったのか、シエスタが慌ててキュルケに尋ねる。「あの、ミス・ツェルプストー、お気に召しませんでしたか?」「いえ、そんな訳じゃないのよっ」 キュルケの慌てて否定する。「私、毒娘なのよ。小さい頃から周りは全部毒のあるものに囲まれて育ってきたの。生まれたときの産湯はマンドラゴラの浸出液のうすめ液だったし、揺りかごの下にはビーシュ(トリカブト)を敷いていたのよ」「はあ」 幼児虐待も良いところではないか、とシエスタは思ったが、口には出さなかった。 使用人とは木石も同じ。 見ず聞かず話さず、が美徳である。 まあ貴族には妙な風習を持つ家があると聞くし、これもきっと良くあることなのだろう。 そういえば元同室だった娘から借りた本には、家のしきたりで成人するまで男装して過ごすという貴族の娘が男子寮に入ってあらあら大変、というのがあったような気もする。 借りっぱなしになっている本を返さないと、などと思いつつ、シエスタは大人しく話を聞く。「食事もね、砒素や青酸、屍毒(プトマイン)、ストリキニーネ、もう数えきれないくらいの毒を少しずつ混ぜたのを食べて育ってきたの」「よくご無事でしたね」「それは私に宿る始祖の恩寵たる炎の系統のおかげね。炎は毒と拮抗するのよ」「なるほど、平民には真似できないのですね」「そうね。まあ、そういうわけで、今では私は立派に毒娘なのよ。普段の食事や飲み物にも、秘伝の毒薬を混ぜないと物足りないの」 そう言って、キュルケは手に持った小瓶から数滴、紅茶の中に落とす。 紅茶の色が紫になった。 シエスタの顔色も紫になった。「……それ、飲まれるんですか?」「ええ、もちろん」 シエスタの多面的な質問にキュルケは即答した。 ルイズはアラムの治療に障らないように気流を操作して紅茶の蒸気がやってこないようにしている。 ついでにアラムの身体も床から浮かしている。絨毯にも恐らくは毒草が織り込まれているだろうから。 ……四半刻経過。 キュルケが毒々しい紅茶を飲み終えた頃には、アラムの治療は峠を越したらしい。 ルイズは空気からエアロゲル(固化した煙、凍った煙)で担架のゴーレムを『錬金』する。 空気原料のエアロゲル製のゴーレムならば、軽くてある程度丈夫なので、室内など、周囲に『錬金』出来る質量がないときには重宝する。「ああ、アラム! ありがとう、ルイズ!」 アラムを載せた担架ゴーレムがキュルケを伴って部屋を出る。「今はキスとかするんじゃないわよー。また悪化しちゃうからー」「分かってるわよ!」 ゴーレムは医務室に向かうように簡単なガーゴイルとしてプログラミングしてある。 キュルケが余計なことをしなければ、ゴーレムが崩壊したりすることもないだろう。 シエスタはいそいそと片付けをしているが、ふと手を止める。「あの、ルイズさん。ミス・ツェルプストーが口付けた茶器、私がこのまま触るとマズイですよね?」「……そうね」 ルイズは杖を振って『爆発』の選択破壊を執行。 ボンッ! と、カップに残った毒を虚無の彼方に纏めて消却する。 カップは無事だ。「これで大丈夫よ」「お手を煩わせて申し訳ありません」「いいのよ。……それより彼女、キュルケに悪印象は持たないでね」 ルイズの言葉にシエスタはわたわたと両手を振る。「そんな、悪印象だなんて……」「ならいいんだけど。……キュルケも可哀想よね。この学校に来て、キスまで持っていけたのはさっきの男の子が初めてだったでしょうに」 ルイズが溜息をついて憂える。 自由に恋も出来ないなんて、宿敵ツェルプストーながら難儀な話だ。女としては若干同情する。 一方シエスタは疑問符を頭上に浮かべる。言っちゃあ悪いが、あの放蕩そうな褐色の艶女が、そんな奥手には思えなかったのだ。「とてもそんな風には見えませんけど」「……あの娘、毒体質でしょう? 美人でフェロモンもあって胸も大きいから、……そう、む、む、胸も大きいから? そりゃあもう、告白はされるみたいだけど、それ以上となると『毒で殺しちゃうかも』って思って、手を繋ぐのも恐る恐るになるそうよ」 男どもにとっては、そのギャップが尚更に良い、ということになるようだ。 付き合うまでは派手女と思っていたら、実は超奥手なモジモジ娘。 征服欲が刺激されるとか、なんとか。「そうなんですか」「そうなのよ」 だからきっと今夜は恋人を殺しかけたことで落ち込んでしまうだろう。 秘蔵のワインでも持って押しかけてやることにしよう。 ルイズは今夜の予定を書き換える。(宿敵がメソメソしているのは気に入らない。そう、ただそれだけなんだからねっ) ――シエスタの酒乱癖によって、キュルケ慰め会がぶち壊されるまで、あと数時間。■13-1.とある午後のティータイム/微熱のキス 了◆◇◆ 蜘蛛の巣から逃れる為に 13.嵐の前の静けさ、つまり平穏は大波乱の前兆なり◆◇◆■13-2.学院の図書室にて サイトはこの間王都で買ったハルケギニアの歴史書を読んでいた。彼は今学院生徒と同じ制服を着ている。彼の服は『闇の跳梁者召喚事件』で、ミ=ゴ的なバイオ装甲を着せられたせいで全損している。それに学院の中なら制服のほうが目立たない。 今彼が読んでいる本の他にも、興味を惹かれた本が周囲に積み上げられている。見たところ童話が多いようだ。ハルケギニア人の思考を知るのに、童話を参照しようという腹積もりだ。 彼の前には、本を読んでいる雪風のタバサが居る。サイトの前に積まれた童話の幾つかは、この青い少女のオススメの「イーヴァルディの勇者」シリーズである。 静かに本を読むタバサとサイトの横にはルイズも居る。 彼女は鬼気迫るオーラを背負ってカリカリとレポートを編集している。彼女の前には極薄シートに投影された画面とコンソールが浮かんでいる。 がしがしと頭を掻いては、図表を調整し、データの集計方法を変えてみたり、誤解を招かない正確な表現を模索して辞書と首っ引きになっていた。「うー……、終わらない……」 唐突にルイズが力尽きたように突っ伏す。 たれルイズ。サイトは何となしにそう思った。かわいい。 彼女の左手だけが苛立たしげに擦り合わせられている。「なあルイズ、何か手伝おうか?」 サイトはそれを見て心配し、助力を申し出る。 ルイズは突っ伏した状態から顔だけ動かしてサイトを見る。 暫し見つめ合う主従。顔を赤らめるサイト。真顔のルイズ。 ルイズとしては猫の手も借りたい状態である。 正直この申し出はありがたい。 さて、ではサイトに何を手伝ってもらえるだろうか、と考える。 (『カーの分配』で移植した知識があるから……、あれ、結構色々と手伝ってもらえるんじゃないかしら?) サイトが故郷の地球にいた頃は、大学生をやっていて、レポートの書き方も十分に熟知しているはずである。 何で今まで手伝いを申し付けなかったのか。 それが悔やまれてならない。「サイト、あんた、表計算ソフトとかワープロとかの使い方は分かるわよね?」「ああ、勿論。植えつけられた知識からこっちの文字やなんかもほぼ完璧に分かるし、多分大丈夫」「そう、じゃあ、私のマジックカードの権限の一部を解放するから、レポート作成を手伝ってもらっていいかしら?」「良いぜ。何するのか教えてもらえるなら」 そういえば説明していなかった。「説明してなかったわね。この間の『闇の跳梁者召喚事件』のレポートの作成よ。サイトには、その時の記録映像を元にして、あの『闇の跳梁者』の戦闘力――飛翔能力とか再生力とか――を書き出して欲しいの」 学院長秘書の皮を被ったインテリジェンスアイテム169号から、ルイズには先日の学院での邪神の化身(劣化版)との戦闘に関するレポートが言い渡されている。 ルイズとしては、はっきり言ってそんなの無視したい。 蜘蛛の眷属のために情報提供などしてやりたくはないのだが、今は逆らうに足りるだけの実力(武力、組織力などなど)が不足している。そのくらいはルイズとて自覚している。未だ雌伏の時だ。(ぐぬぬ。しかも鞭だけじゃなくて飴も用意しているあたり、埋めがたい経験の差を感じるわね……) ルイズに対して用意された飴、それは〈輝くトラペゾヘドロン・レプリカ〉の詳細なデータなどだ。 ロングビル曰く、【もしレポートの出来が良ければ、〈輝くトラペゾヘドロン・レプリカ〉の使用マニュアルや、これまでの使用事例を纏めた極秘情報をお渡ししますよ】ということだった。 それで、ロングビルに指定されたレポートの提出期日が迫っているから、ルイズは焦っているのだった。サイトが手伝ってくれるなら、大歓迎である。「ん、了解。でもそんな曖昧なパラメータをどうやって、」 そこまで口に出しかけたサイトの脳裏に、マジックカードによってサポートされる画像解析ソフトの使い方や、各種パラメータの計算方法の知識が自動的に浮き上がる。「って、頭の中に勝手に知識がー!? この感覚久し振りだ! そして相変わらず情報量が多い! 頭イテェー!?」 分厚いマニュアル数冊分の情報が一瞬で脳裏に顕れた衝撃で、サイトが頭を抱えて机に突っ伏す。 傍から見れば、主従揃って図書室にてだらけモードのようにも見える。 実際は修羅場進行中なのだが。「図書館では静かに」 タバサがのた打ち回るサイトと、うんうん唸っているルイズに注意する。 まあ焼け石に水だろうけれども。 タバサは溜息をついて、自分の目の前の本に集中する。 今タバサが読んでいるのは『幻の古代知性生物たち~韻竜の眷属~』である。 韻竜の年齢は鱗の年輪から分かることなどが書かれている。 同シリーズには『幻の古代知性生物たち~穿地蟲の眷属~』(0/1D4)や『幻の古代知性生物たち~蛸蝙蝠巨人の眷属~』(0/1D4)というのもあるが、今のところタバサは手に取っていないようだ。 待つことしばし。 サイトが頭痛から回復し、ルイズの気力も復活した。「じゃあ、マジックカードにあんたのアカウント作るから、それで作業してちょうだい」「おう、任せとけ!」 ルイズは自分のIDカード型汎用魔法補助アイテムを操作し、サイト用の権限を新たに作成する。 そしてサイトの前にも、ルイズの眼前に浮かんでいるのと同じような、薄いシートを複数浮遊させ、それぞれに戦闘記録映像や表計算画面、操作コンソールを投影する。 なんだかそこだけ近未来SFな光景である。空中コンソールだなんて、それなんてロマン装備? って感じだ。 タバサが心なしか羨ましそうに、そして懐かしそうに、作業する彼らの様子を見ている。 タバサも国元に戻れば同様のことは出来る環境はあるのだが、流石に本家本元のシャンリット製のマジックカードには叶わない。 異国の地まではミョズニトニルンの支配は及ばない。 現在タバサの祖国ガリアでは、シャンリットに追いつけ追い越せで魔法道具の研究が盛んに行われている。 虚無の使い魔ミョズニトニルンは、総ての魔道具を扱える。その能力を使って、先進的なシャンリットのマジックアイテムをハッキングして、研究開発に役立てているのだ。 ガリア王宮の奥深くまで浸透していたシャンリットの自律型擬人インテリジェンスアイテムたちや、ガリア全土を覆っている〈黒糸〉とかいう広域ネットワーク型マジックアイテムの制御権を、神の頭脳(ミョズニトニルン)は奪ってしまっている。 〈黒糸〉のネットワークはガリアどころかハルケギニア星の全てを覆っているのだが、ミョズニトニルン一人の頭脳では、ガリア国内ネットワーク掌握が関の山であった。 それすらも、〈黒糸〉の制御人格にして千年前の亡霊である〈ウード零号〉のお目こぼしに過ぎない。 シャンリットの好奇心の亡者〈ウード零号〉が本気でクラッキングすれば、ミョズニトニルンの頭脳は焼き切れてしまうだろう。 ……いや、主人(ガリア王)の愛の籠もった応援があれば、ひょっとしたら拮抗してイイ線行くかもしれない。虚無の使い魔は感情の昂ぶりによる能力のブーストが大きいので、正確なところは「やってみなければ分からない」というところか。 タバサは、この学院に入学する前の日々を思い出す。 従姉姫のイザベラに教えられて、タバサも、サイトとルイズが扱っている魔道具を扱わせてもらったことがある。 イザベラも、伯父のジョゼフ王も、その汎用補助マジックカードの扱いには習熟していた。 系統魔法の才に乏しかった伯父親娘は、マジックカードの力を使って実力を糊塗して、周囲の貴族を黙らせてきたのだとか。 ルイズも同じように、自分の実力をマジックカードで偽っているのだろう。 彼女からは、伯父や従姉から感じるのと同じような、「王の風格」のようなモノを感じる。 一度、イザベラにマジックカードについて、「それってズルくない?」 とタバサは尋ねたことがあった。それに対して、従姉姫は「はン、使えるもの使って何が悪いのさ。魔法が使えたって、国を治めるのに役に立つわけでなし」 と悪びれもせずに言い放った。 そのころ修道院から救い上げられたばかりで世間知らずだったタバサは、「まあそんなものか」としか思わなかったが、宮廷貴族の誰かに聞かれていたら大変だっただろう。 まあ、実際のところイザベラもジョゼフも、統治者としては一級を超えた天性の資質を持っているし、魔法の才能と治世の才能は一致しないのだろう。 タバサは系統魔法については、自力でトライアングルまで成長したが、統治者としての能力を見れば、伯父どころか従姉の足元にも及ばない。 そんな自分がガリアの公爵位を持っていて良いものかどうか、不安になることもある。 まあイザベラにそんなことを相談しようものなら、「悩んでる間に精進しな! あんたもガリアの王族なら、領地くらい安堵できなくてどうするんだい」と一喝されてしまうだろうが。 そしてその後に、学習に役に立つ本を届けてくれたりしてくれるのだ、あの優しくて照れ屋の姉姫は。 そう、公爵位。 タバサは、本名を、『ジョゼット・ドルレアン』と言う。 今は国を追われ、爵位を剥奪された逆賊にして王弟、シャルル・ドルレアンの双子(忌み子)の娘の片割れ。 それがジョゼットにして、このトリステイン魔法学院に偽名で留学してきている『雪風』のタバサなのだ。 今からもう16年前のこと。 当時のオルレアン公シャルルに娘が生まれた。 だがその娘は双子だった。 ガリアでは、双子は争いを招くとして不吉だとされる。 生まれ落ちた双子は、『ジョゼット』と『シャルロット』と名付けられた。 しかし双子は、一方を捨てねばならぬ。オルレアン公爵シャルルも、その因習には逆らえなかった。 『ジョゼット』とは、その双子のうちの、『選ばれなかった方の子供』に付けられた名前。 忌み子として捨てられ、修道院に押し込まれた娘。 本来であれば、そのまま、修道院の中で一生を過ごすはずだった娘。 だが、大地に張り巡らされた〈黒糸〉は全てを見ていた。 そして虚無の使い魔ミョズニトニルンも、その〈黒糸〉を通じて、全ての顛末を知った。 捨てられた娘を、自分と同じ名を持つ因果な娘を、哀れに思った星慧王ジョゼフは、逆賊に成り果てた王弟の代わりに、その忌み娘を引き取って育てることとした。 それはあるいは、弟の心の闇に気づいてやれなかった兄としての、罪滅しの代償行為だったのやもしれぬ。 もはや取り返しがつかないまでに道を違えてしまった弟と、ジョゼットを重ねて見ていたのかもしれぬ。 自分を謀殺しようとした愛しい弟を、ついに殺せず、追放することしか出来なかった兄王の、せめてもの償いだったのかもしれぬ。 だが、ジョゼットが救われたことは確かであった。 あの牢獄のような修道院で、何もなさずに朽ちていくだけであったジョゼットを救ってくれたのは、そこにどんな感情があったにしても、ジョゼフであったのだ。 国家反逆罪によって爵位を失い追放されたシャルルに代わり、修道院から出て早々オルレアン公爵に就けられたりしたが、まあそれはいい。 これから伯父王を支えて恩返しするのに、公爵位はあるに越したことはないのだから。 修道院から出てきてすぐ、ジョゼットは、イザベラから様々なことを教わった。 世間の常識、王族としての心構え、魔道具の使い方……。 時に厳しく、時に優しく、姉姫はジョゼットに教えてくれた。 その中でイザベラは、もう一人の従妹姫シャルロットと、ジョゼットを重ねることはなかったように思う。それはとても稀有なことで、有り難いことだった。 毅然として、峻烈で、王才に満ちた姉姫と一緒に、ガリアを支えていけるようになりたいと、いつからかジョゼットは思うようになった。 それを伯父に、いや義父(ちち)であるジョゼフに言ったら、彼は嬉しそうに、そして眩しそうに笑って頭を撫でてくれた。「ああ、きっとそれがいい。それが一番良いのだ。イザベラとジョゼットなら、きっとガリアをもっと繁栄させられる。余が言うのだから、間違いない」 その時のことを思い出して、タバサの顔が自然と綻ぶ。 今はイザベラねえさまの「ジョゼフ王甘やかし撲滅計画」のためにトリステインに留学させられているが、夏期休暇にはガリアに戻って沢山甘えよう。 恥ずかしがりで素直になれない姉姫も巻き込んで。(そうだ、きっとそれがいい) 伯父の口癖を真似て、ジョゼットは思う。「あれ、タバサ笑ってる?」 図書館でルイズの作業を手伝っていたサイトが、タバサに笑みに気づく。「思い出し笑い。懐かしくて」 ちょっと恥ずかしくなって、タバサは口元を読んでいた本で隠す。 ルイズがサイトにマジックアイテムの使い方を教えて書類仕事を手伝わせているのが、イザベラに被って見えて仕方ない。「原稿修羅場が懐かしいなんて、あんたも結構色々あったのね……」 若干勘違いしたままのルイズがつぶやく。 また精神エネルギーが切れかかっているのか、だんだん『たれルイズ』になってきている。 だがその目に光が宿る。いいこと思いつきました、って感じだ。「あ、修羅場慣れしてるってなら、タバサも手伝って! って、いない!?」 風メイジの速度を嘗めて貰っては困る。 手伝わされそうな雰囲気を察知したタバサは、既に図書室の扉に差し掛かっていた。(気分が良いから、今日はシルフィードの愚痴でも聞いてあげよう。そうだ、きっとそれがいい) 上機嫌で、タバサは学院の庭に向かう。 このいい気分を、あのお喋りで臆病な使い魔にも分けてあげよう。 きっとそれがいい。■13-2.学院の図書室にて/オルレアン公爵ジョゼット・ドルレアン、またの名をタバサ 了◆◇◆■13-3.使い魔品評会に向けて「ルイズー」「なによー」 たれルイズ続行中。ついでにサイトも垂れている。 サイトの助力によって、なんとか『闇の跳梁者』との戦闘に関するレポートは間に合ったらしい。 報酬の『正しいトラペゾヘドロンの使い方』(1/1D6)と『間違ったトラペゾヘドロンの使い方・事例集』(1D4/2D6)がロングビルから支給されたが、ちょっと今は読むだけの気力(現在正気度)が足りないので、コレクション棚に放りこんである。「この間レイナールから聞いたんだけどさー、使い魔品評会ってあるらしいじゃないかー?」「あー、そういえばそんなのもあったわねー」 サイトは少し前に、モンモランシーやギーシュ、レイナールと一緒に秘薬(超回復促進薬や、ジャイアントモールの虫下し)の調合を行ったときに、使い魔品評会なるものが行われることを聞いていた。 レイナールも忘れていたらしいのだが、教師に指摘されて思い出し、ついでに再召喚を命じられたらしい。出てきたのはやはり『しっとマスク2号』だったらしい。 モンモランシーたちと秘薬を調合した後片付けの途中で、すっごい困り顔で「どうしたら良いかな」と相談されたが、結局その場では誰も名案を出せなかった。まさかマスク被ってボディビルやれとも言えないし。 一方ルイズは完膚なきまでに品評会の存在を忘れていたらしい。 「あー、そんなこともあったわねー」とか言っているが、目がどこか遠くを見ている。 どこまで意識が覚醒しているか怪しいレベルだ。「でさー、俺ってルイズの使い魔じゃん? 何かしないといけないのか?」 何か出し物をしなくてはならないなら、準備をした方が良いだろう。「あー、どうしようかしらー。あんた、別に見世物になりたくはないでしょー?」「そりゃーなー」 サイトは好んで目立ちたいほど自己顕示欲はない。「それにー、人間の使い魔だって公にするとー、絶対、私が虚無の系統って気づく人出ると思うしー」「あー、レアなんで秘密にしときたいんだっけかー?」 この間、原稿修羅場を共にしたときに、ルイズとは色々と話をした。 彼女の系統がレアなこととか、今現在のハルケギニアは籠の鳥みたいなものだとか、ルイズはその現状が気に入らないからハルケギニアを覆う籠をぶち壊したいんだ、とか。 まあ人間、自由を志すものである。今のハルケギニアにも自由はあるが、それはルイズから言わせれば、家畜の自由、奴隷の自由であるからして、運命を蜘蛛の巣から人間の手に取り戻したいのだ、とか。「そうなのよー、秘密にしときたいのよねー」「じゃあどうすんだよー? アンリエッタ姫様も見に来るとか言ってたぞー?」 ゲルマニア行幸の帰りに魔法学院に寄るそうだ。 この間の王都の地下水路での一件で、何かお言葉を頂けるかもしれない、とギーシュは若干興奮していた。 そしてモンモランシーに足を踏まれていた。なんだかんだでヨリを戻しつつあるらしかった。ギーシュ恐るべし。「姫様がー? じゃあ下手なことできないわねー……。棄権しようかしらー。もう何もかも面倒だわー」「棄権ってどうやってすんだー?」 棄権できるなら、レイナールもそうしているだろう。 それが出来ないから、ああやって悩んでいたのだ。 もし棄権できる方法があるなら、しっとマスクを握りしめて眉根を寄せる彼に教えてあげようと、サイトは頭の片隅に覚えておく。「まあ停学にでもなれば良いんじゃないかしらねー? 授業サボって一週間くらいピクニックに行くとかー?」「それでいいのかよー?」「良いわよー。もう学院の成績とか正直どうでもいいわー」 まあ主人がそう言うなら、サイトに否は無い。「さすがに姫様がいらっしゃるなら、その日までには戻らなくちゃならないでしょうけどねー」 という訳で突発的逃避性ピクニック開催大決定。=================================シャルル生存ルート。アルビオン編より先に宝探し編になるかも?今後は投稿ペース落ちると思われます。と言うか今までが早かった。2011.02.13 初投稿