「きゅいきゅい! 今日は学院から離れてお空のお散歩なのね! ここなら、あのおっかない触手の竜も居ないのね!」 厨房のマルトーからたくさんのお肉をもらって満腹になったシルフィードは、上機嫌で空を飛んでいた。 “おっかない触手の竜”とは、クルデンホルフ大公国の空中触手竜騎士(ルフト・フゥラー・リッター)の乗騎であるヴィルカンというキメラドラゴンのことである。 ヴィルカンという竜自体は、千二百年も時を経た落ち着いたドラゴンなのだが、彼の素体となった地底魔蟲クトーニアンが、シルフィードたち韻竜の天敵なのである。 しかも、ルフト・フゥラー・リッターの作った竜舎に空きがあるとかで、強制的に隣部屋である。ストレスが溜まるってもんじゃない。一応、森の中に別荘をシルフィード自身の手で作っているが、主人である青髪のメイジからは、できるだけ学院に近い方、つまり触手竜の隣部屋を使えと言われている。 シルフィードはまだ幼く(二百年ほどしか生きていない)、直接はクトーニアンに襲われたことはないが、その恐ろしさは嫌というほどに聞かされている。 シルフィードが生まれるよりも百年ほど前に、二百メイルはある巨大なクトーニアンに、彼女の村は襲われたことがあるのだという。 その時には、多大な犠牲を出して、ようやく一匹のクトーニアンを殺すことができたそうだ。 本来、あの腐った粘液にまみれて地中を溶かして掘り進む、イカミミズの化物は、そこまで大きくはならない。 せいぜい全長は三十メイルほどであり、水が致命的な弱点である性質もあり、以前ならば、集団で襲われない限りは、韻竜たちならば逃げ出すことくらいは容易であった。何せ相手は地底魔蟲、空を飛べば追っては来れないのだから。 だが、千二百年前のある時、あの異端の蜘蛛人間ウード・ド・シャンリットが、彼らクトーニアンに仕えるようになってから、事情は一変した。 クトーニアンたちはその身体を十倍も、巨大に、そして頑丈にし、さらには人間の魔道具の力によって、弱点の水を克服し、あまつさえ水を操り、天にまで『ウォーターウィップ』の偽触手を百メイル以上も伸ばすのだ。 韻竜たちは、強力な力を持った天敵から隠れるように、ハルケギニアの表舞台から姿を消し、寄り集まって細々と生きてきた。 韻竜たちも、何も手を拱いて(こまねいて)みてきた訳ではない。精霊魔法の研鑽を積み、道具を駆使して、クトーニアンへの対策を練ってきた。大地から離れて天空大陸に移り住むものたちも多かった。 だが、それでも、三百年前に、一匹の巨大クトーニアンに戯れ(・・)に集落が襲撃されたときには、十匹以上の優れた精霊魔法の行使手が斃れた。 地核に住む魔蟲には、炎も土も通じず、樹木や風の魔法は威力が足りず、水は弾かれ逆に操られ返される始末。 何よりその質量の差は如何ともしがたかった。 しかしそこで、今まで作ってきた武器が役に立った。 頑丈な鋼管が、その武器である。 何匹もの竜が囮になって、クトーニアンに隙を作らせ、そこに猛烈な勢いで射出した鋼管を突き刺し、クトーニアンにとっての猛毒である水を、注射したのだ。 クトーニアンは、醜悪な叫び声を上げて、じゅうじゅうと溶けて、どろどろの腐汁になって死んだ。韻竜の里は守られたのだ。「きゅいきゅい、お祖父様はその時の戦で大活躍したと聞いてるのね~」 その鋼管による戦法――杭打ち(パイルバンカー)戦法――を考えたのは、シルフィードの祖父に当たる竜なのだという。最もその当時は武器を(しかもトッツキを)使うという考えは異端視されていたらしいけれど。 シルフィードの両親は、祖父の活躍を誇らしげに幼いシルフィードに語り聞かせてくれた。 『あなたも、皆のために智慧や力を振るえる立派な竜になりなさい』と。「今は、ちょっと、あのヴィルカンとかいう竜が怖いけど……、でもシルフィも、きっといつかは、お祖父様みたいに勇敢に……」【ほうほう、それでそれで】 上空で呟いていたシルフィードのすぐ後ろあたりから、聞き覚えのある、しかし聞きたくもない渋みのある声がしたような気がする。 シルフィードの背中を冷たいものが伝う。心臓の鼓動は爆発せんばかりに高鳴り、飛翔筋に大量の血液が送り込まれる。 遥か上空で、風韻竜であるシルフィードの真後ろにつけることの出来る生き物は、そうは居ない。居るとすれば、それは高度にチューンナップされた人造種族である、あの触手竜くらいしか――。「きゅい~!! 食べないでなのね~!!」 シルフィードは本能の叫びに従って、懸命に羽ばたいて、後ろも見ずに距離を取る。 後ろからは愉快そうに笑う触手竜の声と、それを窘める騎手の少年の声がする。【ふはははは、逃げよった。せっかくの夢に見た再生の空、再会の空だというのにのう】「ヴィルカン様が脅かすからでしょう。というか悪夢(ユメ)に見ていたのは多分ヴィルカン様じゃなくて、あっちの風韻竜の子の方だと思います」【かっかっか、まあそうじゃのう。それに大体、たまたまこっちの進路上にいただけじゃないか。別に儂らが追いかけてきたわけでもないのに、ツイてないのう、あの娘っ子も】 まだまだシルフィードが真の勇敢さを身につけるには、時間がかかりそうだ。 慌てて飛び去っていくシルフィードを、触手竜ヴィルカンと騎手ルネが見送る。 彼らの後ろには卵型の流線形した二つの竜籠が牽引されている。◆◇◆ 蜘蛛の巣から逃れる為に 14.黒山羊さんたら……◆◇◆ 一方同じころ、魔法学院では授業が行われていた。 いつもは最前列に座っているミニマム娘三姉妹(ルイズ・ベアトリス・タバサ)なのだが、今日は雪風のタバサしか座っていない。 教師のギトーが首を傾げる。「ん? ミス・タバサ、今日はミス・ヴァリエールとミス・クルデンホルフは休みかね?」「……愛の逃避行」「そうか……。百合百合しいとは思っていたが、そういう仲か。いや、この場合はミス・クルデンホルフの粘り勝ちというところか」 タバサの返答から、ギトーは妙な勘違いをしたようだ。 いやまあタバサの返答が勘違いを煽るものだったから仕方ないが。「せっかく本日は彼女らも好みそうな実践的な風魔法の使い方を教示しようと思っていたのだが……。まあいい。おや、ミス・ツェルプストーも居ないではないか。それにミスタ・スカチノフも」 キュルケと、彼女の恋人であるアラム・スカチノフも、この教室には居なかった。 何人かは二人が休んでいる事情を知っているらしく、顔をひきつらせる。 そんな中、ギトーの疑問の声に対して、教室を代表してタバサが答える。「アラム・スカチノフ、毒で重体。キュルケ、傷心旅行」 バシリスクの幼生を使い魔にしたアラム・スカチノフは、つい先日までキュルケと付き合っていた。 だが、毒体質のキュルケの毒素は、バシリスクと契約しても無事だったアラムを、なんとキスの一撃でノックアウト。 その後の処置が良かったため、アラムは九死に一生を得たものの、意識を回復して一言。『やっぱ無理』 とだけ言い残して、再び意識を失い、病床についた。 結構本気だった恋人を不慮の事故で殺しかけた挙句、その恋人からフラれたキュルケは随分と落ち込んでしまっていた。 タバサも色々と世話を焼いて、キュルケを慰めたのだが、本調子まで元気づけてあげることは出来なかった。 見かねたルイズが、落ち込んで寝床から出てこないキュルケの部屋のドアを蹴破って、キュルケを連れ出して外に出たのが今朝のことだと思われる。 タバサは先に食堂に行っていたので、その現場には出くわさなかったが、推測するに――『いつまでもヘタってんじゃないわよ、キュルケ! メソメソめそめそ、こっちの気が滅入っちゃうわ! 大体こんな部屋の中に篭もりっぱなしだから良くないのよ! 外行くわよ、外!』 ――とか何とか言って連れ出したのだろう。 ちなみにタバサが、ルイズたちとキュルケが同行しているのを知ったのは、つい先程、シルフィードと感覚同調した時である。 シルフィードが触手竜から逃げて随分と距離をとってから、木陰に隠れて(隠れきってない)そっと、触手竜の方を見たときに、触手竜が牽引する竜籠の中にピンクブロンドの髪と赤髪を認めたので、そうだと気づいたのである。(私だけハブにされた……。ちょっと悲しい。あとで絶対合流する) 放課後はシルフィードを駆って、ルイズたちと合流しようとタバサは心に決める。シルフィードの心労は無視である。いい加減に触手竜恐怖症を克服してもらいたいものだ。 ちなみに、今の授業をサボって抜け出すのは無しである。 タバサは密かに、風のスクウェアメイジであるギトーの授業を楽しみにしていた。内容が濃密だからだ。「なるほど、了解した。では、授業を始めよう。今回休んでいる彼らには、あとで誰かノートを見せてやってくれたまえ」 教室中の皆がギトーの声に身構える。 “疾風”の二つ名を持つギトーの授業は、迷授業として有名である。 ギトーのモットーは『風最強。何故なら、はやいから』であり、それは常日頃の彼の授業態度にも顕著にあらわれる。「『ユビキタス・デル・ウィンデ』」 ギトーが『偏在』の魔法によって二人に分身し、一方は黒板に、もう一方は授業用のノートを開いて教壇に立つ。 教室に緊張感が満ちる。教壇に立った方のギトーが、『拡声』の魔法を用いる。生徒の方も一言一句逃すまい、黒板の文字一文字も見逃すまいと神経を張り詰めさせる。 彼の授業が何故、迷授業なのか。何故、生徒たちが身構えているのか。『風最強。何故なら、はやいから』というギトーの信念が、授業に影響するとはどういう事か。 それは、つまり――「本日のテーマは真空についてだ真空とは何かといえば空気がないことでは空気がないとはどういう事かそれは一定空間における気体分子の密度が低いさらに言えば分布している分子がゼロであることを特に指すこの場合の単位は――」 ――授業速度が『疾風』のギトー。 息つく暇もない授業である。 実際、授業中、喋り続けるギトーの息が途切れることはない。 気道の空気の流れを、片肺ごとに風魔法で制御して、発音しながら強制的に換気しているとか、本人は言っているが、本当なのかどうかは解らない。喋ってるのは、実は発音(スピーカー)機能のみの簡易な『偏在』だから息継ぎの必要は無いとかいうことかも知れない。 そして喋る方のギトーのスピードに合わせて、板書する方のギトーも猛スピードで黒板を文字で埋めていく。 生徒たちも必死でそれに喰らいつく。 最早彼らは書く機械である。視界は狭まり、精神はギトーの声と、板書のみに向かう。 ある意味無我の境地に至れるギトーの授業を通じて、皆はその精神の空白に風魔法の知識を書き込まれていく。『その速度が病み付きになる』 とはタバサの談である。◆◇◆「『ブリーシンガメン』? そんなのがこんな所にあるのかしら?」 竜籠の中でキュルケが聞き返す。 竜籠の中にはルイズ、ベアトリス、シエスタも居る。 その後ろの竜籠には、サイトとレイナール、魔剣デルフリンガー、使い魔の毒サラマンダーであるフレイム、大蜘蛛ササガネがぎゅうぎゅう詰めで乗っている。「なんか扱い悪くないか、俺ら?」 「男は損な役目を負うべきだとおもうよ」 【レイナールも段々ギーシュに教育されてるなぁ】 「ギ」 「キシキシ」 視点を前の竜籠に戻そう。「ええまあ、多分偽物だろうと思って放っていたんだけど、この機会に、近場だし探索しておこうと思って」 ルイズは使い魔品評会を、授業をサボったペナルティでエスケープするために、自主休講して趣味の遺跡探索に乗り出したのだ。 人間を使い魔にしたことを大々的に公表しては、どこからルイズが虚無の系統だとバレるか分からないからだ。 ……まあ、既に知っている者は知っているのだが。(シャンリットの母校や実家のヴァリエール家は勿論、ガリアの鬱屈王や、ロマリアの宗教狂いも、私の虚無については知ってるから、今更感はあるけれど……) 焼け石に水だが、虚無の隠蔽の努力はした方がいいだろう。 レイナールもルイズ同様、使い魔品評会回避のため、サボタージュである。しっとマスク2号を召喚してしまった彼も、使い魔品評会には参加したくないのだ。 サイトとベアトリスとシエスタは、ルイズ一行なので自動的に探索に同行である。ルネとヴィルカンは貴重なアッシーとして徴兵。 キュルケはメソメソしていたので、気晴らしにとルイズが誘い出した。「『ブリーシンガメン』って何ですか?」 シエスタがルイズに尋ねる。 今向かっている方向は、シエスタの故郷タルブ村がある方角であるが、彼女は『ブリーシンガメン』なんてものを聞いた覚えはなかった。 ルイズがそれに答える。「『ブリーシンガメン』というのは、豊穣神の首飾りで、炎の形をした琥珀があしらわれてると言われているわ。まあ、今から向かう廃村の方は、十中八九はガセネタだろうけどね」「ガセだと分かってるのに行くの?」 キュルケが尋ねる。「他に近場で目ぼしいのは無いのよ。少し前にオーク鬼の襲撃で放棄された村らしいから、何もなくても、オーク鬼相手に魔法をぶっぱなしてやればあんたのストレス解消くらいにはなるでしょう」 一応トリステイン貴族として、国内の蛮族の排除も必要であるからして。「野戦なら、わたくしの真の実力をお見せ出来ますわ! 最近、見せ場が無いなと思っていましたの!」 ベアトリスが意気込む。 野戦となれば、彼女の本当の実力も発揮できる。 『天網』の二つ名のお手並み拝見といったところか。 その時、触手竜ヴィルカンを駆るルネ・フォンクから連絡が入る。『お嬢様、地図で指定された地点付近の上空まで来ました』「ルネ、それでは適度に離れたところに下ろすように。その後、お姉さまと一緒に廃村を攻略します。ルネは村の上空で待機して、制空権を掌握。適宜、威圧や索敵、取り零し殲滅などのフォローを」『了解であります』 というか触手竜騎士一騎だけでも、小都市を灰燼に帰するには充分すぎる戦力なのだが。 それを上空哨戒任務に使うとは、贅沢すぎる。 場合によっては、彼らは風の膜を纏って超音速で飛行し、無数の触手の先から強力なドラゴンブレスをばら撒くのだ。 高速で飛行する触手竜には、敵の攻撃は当たらず、竜騎士の攻撃は過剰なまでの高威力。都市を占領するつもりがなければ、非常に使い勝手がいい。インフラも何もかも破壊してしまうから、占領には向かない。薙ぎ払えー。(このメンツって、普通に一国落とせるんじゃ……) シュヴルーズによる演習風景を間近に見て、ルイズたちの打撃力の凄まじさを知っているシエスタは、これから行われる虐殺に幾許かの憐憫を感じる。 だが、オーク鬼は人間の敵であるし、タルブ村付近のオーク鬼の拠点が潰されるなら、それは非常に喜ばしいことだ。憐憫は掻き消えて、すぐに安心の感情が湧き上がる。 オーク鬼討伐後は野営をするということだから、どんな料理を振舞おうかと、シエスタは考えを切り替える。(この辺に生えてる野草とか、あとは、ウサギ捕りの罠でも仕掛けて……、あ、ヴィルカンさんに驚いて出てこないかも知れませんね、ウサギ……。どうしましょう?) 猟銃の練習なども最近させられているし、鳥にしても良いかもしれない、などと考えつつ、シエスタは最近ルイズに与えられたゲートの鏡を応用した『四次元ポケット』の中身を脳内で列挙して確認していく。 ルイズはシエスタを一体どんなメイドにしたいのか……。 シエスタ万能完璧メイド化計画が地味に着々と進行中である。 廃村から少し離れた場所に、『サイレント』の結界を張り、森の木々を無音で薙ぎ倒して広場を作る。 触手竜と竜籠が静かにそこに着陸する。 そして皆で気勢を上げる。「ではー、『ブリーシンガメン』探索および、オーク鬼殲滅にー」『しゅっぱーつ!!!』◆◇◆ 廃村に降り立ったルイズたち一行は、隠れることなく堂々と、廃村の中央を進んでいく。 『オーク鬼相手に隠れる必要は感じないわ、制圧前進あるのみよ』とのルイズの一言によってこの戦術を取ることとなった。 進撃メンバーは、前衛にサイト(withデルフリンガー)とレイナール(及びスパイクゴーレム)。 中心には砲台としてキュルケ、そしてベアトリス。「うふふふ、ふふふ。みんな、燃えてしまいなさい! みんなみんな灰になれ! 空に水面に浮いて漂え!!」「ぴぎぃ、ぶひゃあ!?」 廃屋の中から出てきたオーク鬼に、キュルケが『火球』の魔法を景気よくぶつける。 失恋の鬱憤をはらすように。 あっという間にオーク鬼は燃え上がり、炭を通り過ぎて灰になって吹き散る。「あら、わたくしも負けてられませんわ! 太陽系からサワディーカー! 一億四千九百リーグの果てより飛来する太陽フォトン(光子)の翻訳者(犠牲者)として、諸君は讃えられる! 故に安心して死ね! 『集光(ソーラーレイ)』!」「ぶぎっ!?」 ベアトリスが杖を振って、先祖伝来の秘伝魔法を使う。 歪曲され収束された太陽光線が、灰になった仲間を見て唖然としていたオーク鬼を、レーザーメスのように焼き切り裂く。 ジッ、という音と共に、四分五裂にされたオークの身体が転がる。「はい邪魔ー。しまっちゃおうねー」 転がったオーク鬼の死体を、レイナールのゴーレムがスパイク付きタワーシールドを振るって退ける。 彼の役目は、後衛が呪文を詠唱するまで、敵の圧力を受け止める盾だ。 そして同時に残骸を撤去するブルドーザーでもある。 引き続いて廃屋から飛び出してきたオーク鬼の前に、デルフリンガーを握ったサイトが踊り出る。 オークが棍棒を振るう。 だが、既にその時にはサイトの姿は無い。「ぷぎ?」「遅えんだよ、豚野郎」【ガンダールヴ相手にゃ役者不足だぜ!】 瞬きする間に棍棒を持った方の手首を切断し、さらに太腿の腱を切り裂いておく。オーク鬼は何が起こったのか分からず疑問の声を上げる。 トドメは後衛が刺してくれるだろう。 サイトがそう思う間にも、『火球』と光条が走り、オーク鬼を焼き尽くす。 後退しようと後ろをちらりと確認したときに、サイトは、廃屋の二階で弓を引くオーク鬼の姿を認める。 危ない、とサイトが声に出す前に、そのオーク弓兵の矢は、後衛に向かって発射される。 迎撃は間に合わない。「はン、うざったいわ」 と、思いきや、ルイズがマジックカードを翳して、事も無げに矢を空中に縫い留める。 発動された『念力』の力場によって、矢は空中で受け止められる。 矢でも鉄砲でも持って来いってもんである。 必勝『念力』バリア。マジックカードの魔法使用料金を湯水のように使えば、エルフの『反射』の魔法もビックリの、重力加速度の1000倍の加速度を常時外向きに発生させる力場によって全周囲を覆うことも可能である。 直後、矢が放たれた窓へと、ベアトリスが操る細い光条が殺到する。「お姉さまに手を出して、ただで済むと思ったのかしら!? 死ね! 消えろ!」 執拗にレーザー光条が動かされ、オーク弓兵の死体を切り刻み、ミンチより酷い状態にしていく。 次々とやられる仲間に恐れ慄いたオーク鬼たちが、廃村を放棄して逃げ出そうとする。鉄壁神速の前衛、バカ火力の後衛、無敵のバリア。豚の頭脳でもさすがに勝ち目がないことくらいは悟ったらしい。 しかし、すでにこの村は包囲されているのだ。「ぎっ!?」 逃げ出そうとしたオーク鬼たちが、足を取られる。 見れば細くて白い蜘蛛の糸。 引きちぎろうと力を入れるが、取れはしない。 そのうちに、じゅうじゅうという音とともにオーク鬼の身体から蒸気が吹き出し、オーク鬼が身体を掻き毟る。 そして、発火。パイロキネシスによる人体発火現象。 声なき叫びを上げて、オーク鬼が炭になって倒れる。「ぴぎぃ?!」 それを見た別のオーク鬼が、また別の方向に逃げる。 しかし、そちらにも蜘蛛糸は張り巡らされている。 別の方向に逃げたオーク鬼は、足を留められているうちに、銃声と共に、頭部をザクロのように弾けさせられて倒れる。「銃は平民の牙です。平民に牙も爪も無いと思っているから、そうやって死ぬことになる。鬼は鬼らしく、鬼籍に入りなさい」 逃げ出そうとするオーク鬼たちは、ササガネの蜘蛛糸によって足止めされ、フレイムの発火能力(パイロキネシス)とシエスタの猟銃によって始末されていく。 その包囲網を抜けたとしても、その先にはルネとヴィルカンの触手竜騎士コンビによるドラゴンブレスが待っている。 オーク鬼に逃げ場はない。◆◇◆ 一行は鬱憤をはらすようにオーク鬼を殲滅した。 サイトが殺人童貞的な葛藤をするかと思われたが、別に人型生物を殺すのは初めてではない。 ハルケギニアでは初めてだが、地球ではそれなりに数をこなしている。 魚人とか屍食鬼とか。殺らなきゃ殺られる、という極限状況は何処にでも起こりうる。悲しいけどこれって生存競争なのよね。 人型だからといって、人間の味方とは限らないわけだし。 ま、人間だからといって、自分の味方とは限らないわけだが。 生存競争の最大の相手は、必要資源がモロ被りしている種族、つまりは自分と同種なのであるからして。 あ、残ったオーク鬼の死体はヴィルカンやフレイム、ササガネが美味しく頂きました。食物連鎖は自然の掟。【む、なかなか脂が乗っておる。こいつら割と良い物食っておったのか……?】 「ギ!」 「キシ、キシキシ」 使い魔たちが死体を処理している間に、ルイズたち一行は村の探索を進める。 ところどころに、オーク鬼に食われたと思われる犠牲者の骨が転がっている。 子供のものと思われる、ずいぶん小さな頭蓋骨も見受けられる。「なあルイズ、ここで開拓していた人たちは……」「まあ、食われたんでしょうねえ。ここのオーク鬼たちが弓とかで武装してたのは、開拓民の装備を奪ったんだろうし」「領主は何をしてたんだろう。領主への連絡も間に合わなかったってことなのかな」 サイトとルイズ、レイナールは、三人で村の教会を家探ししている。 村人の多くは、教会に逃げ込んだのだろうが、最終的に押し入られてなぶり殺しにされたらしい。 教会の中には、乾いた血痕があちこちに見られる。死体は食われたのか、見当たらなかった。 ルイズが探していた『ブリーシンガメン』は、すぐに見つかった。 血染めのブリミル像の首に掛けられていたのだ。 炎の形の琥珀をあしらったものだが、人間と違って光り物を集める習性を持たないオーク鬼にとっては、価値のないものに見えたのだろう。放って置かれたようだ。「これが『ブリーシンガメン』か。これって有名なものなのかい?」 レイナールがブリミル像の台座に手をかけながら、ルイズに問う。「そうねえ、それを持っていると、豊穣神の加護によって、開拓は上手くいき、豊作は続き、家畜は不妊にならず多産になる、という言い伝えがあるわ。実際に、この開拓村に任官していた神官は、他の開拓村でも実績がある人物だったらしくて、その筋ではちょっと有名だったのよ。何か“神憑り的な部分がある”ってね。始祖ブリミル以外の神(豊穣神)を信仰してるとかで、教会中央の覚えが悪くて、辺境ばかり回らされたという噂も聞いたわ、その神官については」 まあ、どうせそこに掛かってる首飾りも豊穣神にあやかった形だけの偽物でしょうけれど、と言って、ルイズは締め括る。 サイトはデルフリンガーに手をかけて、教会の入り口で、一応周囲を警戒している。「ふーん。……あれ」「レイナール、あんまり色々触らない方が良いぞ。こういう、如何にも怨念が溜まってそうなところは、何があるか分からん」 サイトが油断無く周囲を見回しながら、レイナールに声をかける。 ルイズは、片手に杖、片手にマジックカードの臨戦態勢である。 レイナールは台座に触ったまま不自然に動きを止めている。「サイト、それ、もうちょっと早く言って欲しかったなぁー」 レイナールが引き攣った顔で答える。「レイナール、どうしたの?」 ルイズが警戒しながら尋ねる。「ブリミル像の台座から、手が離れない。血文字が、台座に、書いてある。意識が、霞む、ぐらぐらする。でも倒れることも出来ない、おかしい、おかしい、おかしい」「血文字は読むなよ! 絶対読むなよ! 眼を閉じて、心を落ち着けて、」 サイトが慌ててレイナールに近づこうとする。 ルイズが、それでは遅いと、杖を振り上げ、『爆発』によって台座を消滅させようとする。 しかし、それよりも早く、レイナールの口がわななき、何かに操られるようにして、台座に書かれた血文字を一気に読み上げてしまう。「『沃土の黒。多産の山羊。千の仔を孕みし黒山羊、シュブ=ニグラスよ。我が血を捧げる。仔山羊を遣わせよ、供物が足りねば、敵対者を貪れ。イア! イア! シュブ=ニグラス! ザリアトナトミクス、ヤンナ、エティナムス、ハイラス、ファベレロン、フベントロンティ、ブラゾ、タブラソル、ニサ、ウァルフ=シュブ=ニグラス。ダボツ・メムプロト!』……」 レイナールの口から、レイナールの声ではない声で、祝詞が読み上げられる。 しゃがれた中年男性の声。おそらくは、『ブリーシンガメン』の持ち主であった、異端派神官の亡霊か何かなのだろう。 それだけ口にすると、レイナールの身体は力を失い、崩れ落ちる。「サイト!」「分かってる!」 崩れ落ちるレイナールの身体を、ガンダールヴを発動させたサイトが、目にも留まらぬ早業で回収し、ブリミル像から距離を取る。 何故なら、レイナールの口を借りた詠唱に従って、ブリミル像の首に掛けられた『ブリーシンガメン』が、まばゆい光を放ち始めたからだ。 生贄の血、豊穣神の首飾り、血文字の祝詞、死してなお残る切なる願い。 召喚に十分な条件が揃ったのだ。 そしてその光の中心から、肉樹が伸び始める。「『爆発(エクスプロージョン』!」 顕現し始めたその『黒い仔山羊』に対して、ルイズが詠唱途中だった『爆発』を一当てする。 すると虚無の光に焼かれて、悍ましい触手は呆気無く消え去った。 爆発の衝撃によって、『ブリーシンガメン』が宙を舞い、ルイズとサイトの方へ飛ぶ。 ルイズは腕を翻して、炎琥珀の首飾りをキャッチする。「退くわよ。目当てのものは手に入ったから、用は無いし。他の場所にも、似たようなトラップがあるかもしれないから、みんなにも注意を促しとかないと」「……虚無って反則くせー。つか、それ大丈夫なのか? 仔山羊が出かかってたけどよー」 仔山羊が簡単に封じられたのを見て、サイトは驚愕を通り越して呆れている。 ルイズは手にした『ブリーシンガメン』を指にひっかけてクルクル回しながら、教会をあとにする。 ルイズに続いて、サイトもレイナールを抱えて、教会を出る。「大丈夫よ、虚無で全部吹き飛ばしたから。それに顕現しかけで小さかったしね」「……信頼してるぜ、ゴシュジンサマ」「任せなさい、サイト。私は無敵よ。そして、その従者にして使い魔であるあんたもまた、無敵。こっちこそ信頼してるわよ?」「オーケイ。任せとけ」 二人は並んで歩き、お互いの拳を軽くぶつけ合う。 なんだかんだで、結構仲が良いらしい。◆◇◆ 廃村の適当な建物で宿営の準備をしていたシエスタたちの元に、ルイズたちが合流する。「お姉さま、目当ての物は見つかりました?」「見つかったわ。でもどうやらタチの悪い怨霊が居るみたい。迂闊に村の中の物を触らないようにね」 ベアトリスが早速ルイズに駆け寄る。 一方でサイトは廃屋の別の部屋(寝室)にある古いベッドに、気を失ったレイナールを横たえる。 ルネが心配してレイナールの様子を見に、寝室の入り口から顔を出す。「大丈夫か? レイナールは」「ルネか。レイナールが一時的にここの神官の怨霊っぽいのに乗り移られた。で、その怨霊のせいで『黒い仔山羊』――ああデカイ象の上半分が蔦の大樹みたいになってる化物な――それが召喚されかけたんだが、ルイズの魔法で事なきを得たってところだ」「そうなのか……。レイナール、無事だといいけど」 正気度的な意味で。「ああ、全くだ。この間の『トラペゾヘドロン・レプリカ』から立て続けだしな。心配だよ」 正気度的な意味で。◆◇◆ その後、無事にレイナールも目を覚まし、皆で食卓を囲む。 給仕役のシエスタ以外は食卓についている。 シエスタが皆にパンと、野草と鳥のヨシェナベ(タルブ村名物料理)を振舞う。 皆の前にはワインが注がれたグラスが並んでいる。 代表してルイズが音頭を取る。「んじゃ、カンパーイ!」『カンパーイ!』 ……パンや食器はどこから出てきた? って、そりゃあ、四次元ポケットからだ。シャンリット製の〈ゲートの鏡〉で空間拡張したやつ。 メイドのポケットには夢がいっぱい詰まってます。 ※夢=食器とか調理器具とか調味料とか銃とか弾丸とか酒とか弾丸とか酒とか弾丸とか酒とか弾丸とか酒とか弾丸とか洗剤とか。「あら、美味しいじゃない」 ヨシェナベに口をつけたキュルケが言う。 彼女の食器の中身だけは毒色だが。 全員が心のなかで突っ込む。(……それで味の善し悪しが分かるのか……?) と。「あら、これでも毒じゃない部分の味を嗅ぎ分けられるのよ? 歯ごたえなんかもポイント高いわね」「キュルケ、あんた毒娘なだけじゃなくて、読心術も使えたの?」「あら、ルイズ、女たるものこの程度は読み取れなくちゃ苦労するわよ~。公爵令嬢ともなれば、将来は宮廷にも出入りすることになるでしょうし、覚えておいて損はないわよ?」 キュルケが口元に手を当てて妖艶に笑う。 だがルイズは肩を竦めてため息をつく。「はぁ。私は別に宮廷に入るつもりはないわ。何故なら!」 ルイズはテーブルの上のワインが入ったグラスを一気に飲むと、ぷはぁ~と息を吐く。「何故なら! 私の夢は! 全ハルケギニア人類の解放! 目指せ世界転覆ー!」「いや、転覆させちゃ駄目だろ」 サイトが突っ込む。 ルイズが「ナイスツッコミ」と親指を立てる。 何故かベアトリスが悔しがっている。 と、そこで廃屋の扉が勢い良く開く。「話は聞かせてもらった。邪神が復活する」「タバサじゃない。よくココが分かったわね」 入ってきたのはガリアの騎士、雪風のタバサだ。「シルフィードが目撃していた。私だけ除け者にするとか許さない」 一人だけ除け者にされて、彼女は大層ご立腹のようだ。 シエスタが素早くタバサのために席を作り、ヨシェナベをよそう。「ミス・タバサ、どうぞ」「ん。ありがとう」 シエスタの勧めに従って、タバサがちょこんと座る。 彼女の前には大盛りのヨシェナベが。 竈にかけた大鍋をぐるぐる回しながら、シエスタが皆に声を掛ける。「みなさん、まだまだありますから、どんどん食べてくださいねー」『は~い!』 仲良く話をして酒を酌み交わし、タバサが神官の幽霊のくだりで怖がったり、シエスタの故郷にある秘宝『夢の卵』の話を聞いたりして、そうして夜は更けていく。 この日は黒い仔山羊が召喚されかけたり、波乱含みだったが、概ね問題なし。 明日もきっといい日だろう。 明日はシエスタの話に出てきた『夢の卵』を見に行くと決まった。 ルイズがそれに異常に興味を示していた。 明日、何も、イレギュラーがなければ、だけれど。◆◇◆ 翌日、タルブ村への途上、目の良い触手竜は上空に怪しい影を見つけた。【ルネ坊、空賊だ。襲われてるのは掲げている国旗から見るにクルデンホルフ大公国船籍のフネみたいだな】「了解です、ヴィルカン様。ではお嬢様に対応方針を確認しますね」 ルネから竜籠の中のベアトリスに回線が繋げられる。「こちらルネです。お嬢様。十時の方向に商船、および、それに接舷している空賊船を発見。商船の船籍はクルデンホルフ、船名は『マリー・ガラント』号、領空はトリステイン。空賊船の所属は不明。いかがいたしましょう、お嬢様?」『ここに触手竜騎士(ルフト・フゥラー・リッター)が居るのに、空賊を逃しては、大公国の名折れです。空賊船を拿捕、あるいは撃沈しなさい。例えその商船が便宜置籍船であっても、クルデンホルフに籍を置いている以上は、我々が守らねばなりません』「まむ、いえす、まぁむ!」 タルブ村への旅程は一時中断し、空賊船拿捕ということに相成った。 竜籠の中でベアトリスが、皆に頭を下げる。「という訳で、お姉さま、皆さん、申し訳ないのですが、少し寄り道させていただきます」「構わないわ、ベアトリス。トリステイン貴族としても、空賊討伐は賛成よ。どうせすぐに決着はつくでしょうし」「はい、ほんの十数分あれば、片はつくと思いますわ。旅程を邪魔したお詫びに、戦利品は山分けということで」 竜籠が触手竜ヴィルカンから切り離されて、少し揺れた。 同時に竜籠から真下に、係留用の碇が投下射出される。 ルイズは頬杖をついて竜籠の窓から外の景色に目をやる。 隣を青い鱗のシルフィードが飛んでいる。シルフィードの背には、タバサとキュルケが乗っている。眼下には森。触手竜が飛び去っていく方向には、ゴマ粒のような船影が見える。ベアトリスが隣を飛ぶキュルケたちと、後ろの竜籠のサイトたちに事情を説明している。(全く、サイトと居るせいか、トラブルには事欠かないわね……) きっと件の空賊も、ただの空賊ではないのだろう、と、ルイズは予感していた。=================================オーク鬼攻略はドラボーン(龍挺作戦)とかやっても良かったけれども、結局は制圧前進で2011.02.21 初投稿